シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

41 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  7.1     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  6.0   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  3.2  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  Q  2.3    71時間の経過
郷田真弓  9  3.9  自分以外の全参加者の死亡
御剣総一  2  3.7  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  6.2  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  1.6    全員との遭遇
綺堂渚   J  3.5  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  3.4   首輪が5つ作動


第39話 赤い冷汗

『スマートガン自動攻撃システム。首輪が作動した状態でシステムの感知エリア内に侵入すると、識別信号とサーモグラフィーに誘導されて4基の銃が目標を攻撃する。百発百中というわけでもないし、サーモグラフィーの温度が低下すれば攻撃が止むので、体を冷やしながら逃げ続けていれば助かるかも!?』

 

 

――こいつはとんでもねえ相手と組んじまったもんだな。

 

 

手塚はPDAを眺めながら呟くと、その細めた視線を数メートル先へ飛ばす。本来ならば表記通りに多量の銃弾が飛び交い、息絶えた少女の身体を八つ裂きにしているはずだった。しかし、その起きて然るべきペナルティは傍らにいる男によって作為的に封じられていたのだ。

 

手塚が柄にもなく驚いているのは、警備システムの説明やその威力の内容ではなく、そこに仁王立ちしている高山の方だった。役目を終えたアサルトライフルから静かに上がる硝煙。破壊された4基の銃器――それが手塚が目にしている今の光景だったのである。

 

――命知らずもここまで来ると呆れてものも言えやしねえ……。けどよ、大将。そう言う行動を面白く思わねえ連中がいるかもしれねえんだぜ……? 例えば、だ――

 

 

 

「あの傭兵めぇぇっ、余計な真似をしおって!! 血飛沫を上げて踊る少女の最期こそ、至高の芸術品ではないか!」

 

「趣味が悪いですわよ、あなた。ここはナンバー10の銃捌きに感激するシーンではございませんこと?」

 

 

 

――みてえにな。まあ、まだ確証はねえんだが……。大体、こんなゲーム、趣味でやらせる物好きがこの世にいるわけがねえ。となると……当然バカみてえな金が動いてるってことになるわけだが……。おっと――

 

 

 

「やっと終わったのか? 待ちくたびれたぜ……?」

 

銃器による追撃がないことを確認すると、手塚は悪趣味な想像を追い払って高山に近づいてゆく。一方、高山は既に動かなくなった少女、かりんのスポーツバッグから取り出したPDAを床に並べて考えに耽っていた。PDAはK、4、8――首輪の解除条件から考えると……。

 

――なるほど。生きるのに必死だったと言う事か。その行動が裏目に出てしまったようだな。

 

おそらく彼女は他の参加者と戦い、PDAを奪い取ったのだろう。そう高山は理解した。

 

「短気は損気、ってな。PDAが必要だってんなら、先に交渉しやがれっての。ま、この様子じゃ嬢ちゃんのPDAはKか8だったんだろうな」

 

いつの間にか近くに来ていた手塚がPDAに視線を落としながら言うと、今度は嫌な事でも思い出したかのように顔を顰め、重い調子で話し出す。

 

「で、もう片方だが……そいつぁ多分、死んじまったっていう矢幡のだぜ、大将。流石に4の方は知らんがな。あの女、JOKERがどーのこーのってすげえ気迫だったからな。おまけに俺のこと、終始疑ってやがった。女はしたたかだなんだって……疑り深いだけだろうが。こっちはなにもしやしねえってのによぉ。ま、あれだ。信じる者は、救われるって奴か……クックック」

 

手塚の言葉に高山は黙って回想する。8のPDAの解除条件はPDAを5つ破壊すること。6つ以上破壊すると自身の首輪が作動するため、8のPDA所持者にとってJOKERはかなり厄介な存在だったのだ。一方、Kの条件においてもJOKERのPDAは収集数としてカウントされないので混乱を招く原因となる。いずれにせよ、8とKは彼女らのものだったのだろう。しかし、当の矢幡麗佳は自分が見つけた時は既にこと切れていた。だから首輪を作動させたのだ。

 

そしてもう一つ気になることがあった。4のPDA――忘れもしない。長沢という少年と一緒にいた幼い少女、優希が笑顔でこちらに見せてきた数字。だが、かりんがこれを持っていたと考えると……

 

――ピロリン、ピロリン、ピロリン。

 

急に鳴り出した電子音に反応して自分のPDAを見ると、残りのプレイヤー数が10人と表示されている。一人は麗佳、一人はかりん……そう考えるともう一人は――?

 

「守り切れなかったのか……少年。それとも……」

 

不快な想像をしかけた高山だが、すぐにそれが無意味な事だと気づき、頭の中を切り替える。

 

「4階が侵入禁止になるまでせいぜい2時間ってか? さっさと6階に上がっちまった方がいいと思うがな」

 

「同感だ」

 

高山は手塚の声に振り向きながら、歩き出した。

 

――ま、面倒な話は首輪を外してからじっくり聞かせてもらうとするってか。

 

僅かに高山がかりんの方を振り返ったのを見て、手塚は呟く。高山の一連の行動は、彼にとって理解しがたいものだった。それだけではない。首輪の解除条件を考えても、高山の行動は消極的過ぎている。余裕があるのか、何か他の目的があるのか――

 

「答えを知りたきゃ上まで来いってか? 全くよぉ……」

 

 

 

 

 

「総一君たちがいてくれてよかったわ。ありがとう」

 

文香はまだ悲しみ冷めやらぬ総一と咲実に笑顔を向ける。総一のPDAには地図上に部屋の名前を表示させる拡張機能が追加されており、文香のPDAに入っているGPS機能と組み合わせれば移動は容易くなる。

 

「急ぎましょ。優希ちゃんを待たせているから。あの子のためにも早く戻らなきゃね」

 

文香が少しでも雰囲気を明るくしようと努めていることは、二人ともわかっていた。だが、先ほど現れた文香のPDAの表示がそうはさせてくれなかった。

 

――残りの生存者数、10人。

 

3人目の犠牲者――やはり長沢はあのまま殺されてしまったのか? この後、かりんと出会ったらどうすればいいのか? いや、もしかして死んだのはまた別の人物だったのでは……? 考えても仕方のないことと知っていても、頭の中を廻る疑問は消えることがない。

 

「優希、ちゃん……」

 

咲実はぼそりと呟く。ゲームの序盤……優希を加えた4人で行動していた時、彼女は長沢のことをとても嬉しそうに話していた。漆山から助けてもらったこと、ナイトと姫と言われたこと。もしかしたら、その長沢が死んでしまったのかもしれない。そんなことを優希に伝えられるはずがない。自分の判断がその事実を招いたとするならば、尚更である。

 

「えっ、文香さん、優希は無事だったんですか! 一人にして大丈夫なんですか!?」

 

「ふふっ。やっと元気が出て来たかしら? 大切なのねぇ、総一君は優希ちゃんが。ね? 咲実ちゃん」

 

「え……! あ、わ、私は、その……別、に……」

 

突然振られた問いに、沈んでいた咲実の顔色が変わる。

 

「ちょ、ふ、文香さん……! からかわないでくださいよ、こんな時に」

 

「こんな時だからこそ、よ。ねえ? お姉さんのことも少しは心配して欲しいんだけどなぁ? 総一君」

 

いつの間にか照れの表情に変わった咲実を見て、総一は声を上げると文香は顔を近づけてにっこりと微笑んだ。

 

「優希が漆山にさらわれたって、長沢から聞いたんです。それでずっと心配だったんですよ」

 

「優希ちゃんの事なら大丈夫よ。とりあえずは、ね。一人で歩いているところにあたしと出くわしたの。それからついさっきまで一緒にいたわ。あの子がいる部屋にはその気になっているプレイヤーでも近づけないようにしてあるの。……ちょっと物騒な方法だけど」

 

「物騒……?」

 

文香はPDAをかざしながら続ける。

 

「部屋の入口に爆弾をセットしてあるのよ。これでね。不審者が近づけばいつでもこのツールで、ボンッ! というわけ。他にもちょっと細工を施してあるから大丈夫。優希ちゃんに危害が及ぶことはないわ」

 

事実、文香のPDAにはリモコン式爆弾の操作ツールがインストールされており、遠く離れた場所からでも即座に起動させられるようになっているのだ。そして、地図上にはPDAの現在位置が示されている。こちらもツールボックスの効果だろう。

 

「でも、油断は禁物よ? この階の武器は極めて危険だわ。それに他のプレイヤーだってどんなツールを手にしているかわからない。グズグズしているといつ不意を突かれるかわからないわよ」

 

現に地図上には光点が急に増えた場所がある。多くの参加者が集結しているのか、その場にPDAだけが集まっているのか。

 

総一は考えていた。殺人などはもっての他である。だが、優希を守るためならば――そう思っても文香のとった方法は完全に認められるものではなかった。

 

「でも、文香さん、優希に近づいた人間が必ずしも敵対する参加者とは限らないと思います。それに、優希の近くで爆発だなんて……」

 

「総一君ならそう言うと思ったわ。心配しないで。これはあくまでも最後の手段よ。だから早く行きましょ。守りたかったんでしょ? 彼女のこと?」

 

「え……は、はいっ!」

 

文香の意味ありげな視線と言葉に総一は不釣り合いな返事をする。胸中を抉られたような感覚……深い意味があるのだろうか。だが、文香が知っているはずがない。ここに来てから誰にも「優希」のことは話していないのだから。

 

――そう、俺は、優希を……。

 

「御剣さん……」

 

遠目に見ていた咲実の疑問は確信に変わる……。やはり、総一は優希と何かしらの関係があるのだろう。確かに咲実自身、嫉妬深いと言う自覚はあるものの、総一が自分の事を守り、大切にしてくれることに嘘や演技は感じられなかった。優希と同じように自分を愛してくれている……そう信じ込もうとした。

 

「行くわよ、咲実ちゃん。……大丈夫かしら?」

 

「は、はい……」

 

突然声を掛けられて我に帰ると、咲実は二人の後に続いて行った。

 

 

 

 

文香に案内されるがまま、総一が部屋に入ると奥の木箱に腰かけていた少女は身体をびくっと震わせる。

 

「ゆ、優希……!」

 

「……っ! あ……総一……お兄ちゃん、咲実、お姉ちゃん……」

 

総一は唖然とした。以前見た時と比べて、あまりにも優希の様子が違いすぎたからである。無邪気に輝いていた瞳は光を失い、表情は沈み、リボンで束ねていたはずの髪は解けており、顔にはところどころ傷が見られる。心なしか鋭利な刃物で切られているようにも見えるほどだ。

 

「優希ちゃん……どうされたんですか!?」

 

咲実も同じことを思っていたようだが、優希はこちらを見据えると、泣きだしそうな表情を作るだけで、何も語ろうとはしなかった。

 

「ごめんね、待たせちゃって。……いい子にしてたかしら? 優希ちゃん?」

 

「う……うん……」

 

最後に入ってきた文香が笑みを浮かべて優希に語りかけると、彼女は伏し目がちに反応する。咲実はそのよそよそしさに妙な違和感を覚えたものの、すぐに総一の問いに遮られた。

 

「文香さん、優希に一体何があったんですか!?」

 

「いろいろあったのよ……。ね? 優希ちゃん。過ぎちゃったことを言ってもしょうがないけど……結局、長沢君の方へ行ったのがまずかったってことね」

 

変わり果てた優希の姿を見て、総一が声を上げると、文香は急に声色を変えて語り出した――

 

 

 

 

 

「そうだったんだ~。その……総一くんと、咲実ちゃんっていう子たちとケンカして~、はぐれちゃったんだ……?」

 

「ま、まあ……ケンカしたって言うか、何と言うか……しょうがないって言えばしょうがなかったんだよなぁ……いてててて!!」

 

「あ~、ごめんね~。でも、ちゃんと消毒しておかないと、危ないからね~。まだ何か刺さっているみたいだし~、もう少し、じっとしててね~?」

 

長沢の背中に消毒薬を塗布しながら、渚は話しかける。血の滲んだ紫色のパーカーはドス黒く変化しているのに、致命傷には見えず、不思議に思えたものだが……。

 

――被弾した角度もあるけど、何か鉄の塊みたいなものを身に着けていたようね……。ライフルで狙撃されたとすれば普通は動けないくらいの重傷なのに。

 

 

「あ、ああ、俺も最初何だかわからなかったけど……多分、クロスボウの破片かなにかだと思う。いて、いて! いてぇって!!」

 

かりんに撃たれた後、白い霧の中で立ち上がろうとした時の金属音はしっかりと耳に残っている。その後の顛末は夢中で走り去ってしまったため確認できなかったが、いつの間にかクロスボウがなくなっていた事を思えば、そう考えるしかなかった。

 

「もう少しだから……えいっ! ……それじゃあきっと、麗佳ちゃんが守ってくれたんだね~、長沢くんのこと。かりんちゃん、もうわけがわからなくなっちゃってたんだよね……。せめて落ち着いて話し合えたら、よかったのにね……」

 

「…………」

 

その時を思えば不可能な話なのだが……もしも、自分がかりんの心の中を知っていたのならそれができたのかもしれない、そう思うとやりきれなくなった。やる気になっていたのは長沢も同じだったのだから。

 

「はい、おしま~い! 刺さってた破片は全部取れたよ~? あとは~、もう一度消毒して……包帯を巻いて~。はい、両手を上げて。バンザイして~」

 

子供扱いされていることに妙な不快感を覚える一方で、素直に反応している自分も否定できなかった。ケガを手当てしてもらうことはこれで二度目である。長沢自身、ここまで優しくしてくれる女性にはゲーム以外で出会ったことはなかった。

 

「うふふ、なんだか~お医者さんごっこしてるみたいだね~、長沢くん?」

 

包帯を巻きながら渚は微笑みかける。目と目が合うと、気恥ずかしくなり、頬が熱くなってくるのが自分でもわかった。

 

「な、何言ってんだよ、気色悪いな!」

 

「あ~、患者さんは看護婦さんにそういうこと言っちゃいけないんだよ~? ちゃんと~、言う通りにしなさい?」

 

「い、今は看護師って言うんだぜ? 渚の姉ちゃん。まあ……年取ってる分間違えるのはしょうがないけどさ」

 

「……む~~っ!! そうやって逆らってばかりいると、お注射たくさん打っちゃうぞ~~!」

 

注射のつもりなのか……? 救急箱から鋏を取り出した渚の怒り方が、演技に感じられなくなったのは言うまでもない。それでも長沢は、渚と一緒にいられることは嬉しかった。だが……その一方で渚の仮面の下で邪悪な意思が燻っていることなど、気付くはずもなかった。

 

 

 

――ここで、本当にこの子の心臓に鋏をズブリと突き刺したら……ふふふ。なーんてね。まだ早いわ……。

 

 

 

 

 

「本当~? それじゃあ、このまま終わるまでゆっくりしてればいいんだね~?」

 

「渚の姉ちゃんはね。葉月のおっさんは俺たちが助けたからさ」

 

俯き加減に歩きながら今までの出来事を説明する長沢に、渚は歩幅を合わせて語りかける。共感や同情を装う表情を作りながらも、その目線は常に長沢の手の中にあるものに対してチラチラとうごめく。長沢の首輪解除条件を忘れるはずもない。サブマスターとして、万が一の事態は常に懸念しておかねばならないのだ。

 

「だいじょ~ぶ~? 長沢くん? それ、すっごく重そうだけど~、危ないし~、置いてちゃった方がいいんじゃないかな~?」

 

できる限り無邪気な笑顔で話しかける。簡単に人を殺傷できる武器がごろごろと転がっているこの階で、武器を捨てろとも取れる発言をすれば普通は怪しまれるのかもしれない。しかし、長沢にとって自分の存在とは……渚の行動は既に計算ずくなのだ。

 

「そ、そうもいかないだろ? もしも、敵が来たら誰が渚の姉ちゃんを守るんだよ? それに、僕――俺、少し前まで重たい刀を背負ってたし、これくらいなんともないぜ!?」

 

 

――ふふ、わかりやすいんだから……。でも、これなら少しはリラックスできるかもね。この子は私を殺せないわ。

 

 

長沢の言葉を聞いて渚は警戒を緩めた。懐の拳銃から手を遠ざけ、心の中でゆらめく黒い意思を鎮める。ちなみに例の日本刀は葉月がいる戦闘禁止エリアを離れる際、移動の妨げにしかならないと言う総一の提案で、仕方なく置き去りにしてきていたのだ。

 

「守ってくれるんだ~? やっぱり長沢くんは、頼りになるお友達だね~」

 

「い、いやあ……その」

 

長沢は再び自らの頬が熱くなる感覚に襲われた。友達と呼べる存在が一人もいない彼にとって、渚の言葉はとても嬉しいものだったのだ。浮かれている長沢には渚の表情を窺う余裕があるはずもなく、彼女もまたゲームの参加者であることを忘れかけるほどだった。そんな中で気の利いた言葉はないものかと拙い頭を回転させていると、渚の方が先に口を開く。

 

「ちょっと気になってたんだけど~、総一くんと咲実ちゃんは~、どうして長沢くんのことを見捨てて行っちゃったんだろうね……?」

 

「…………」

 

それは短い間ながら、渚の笑顔によって忘れていた苦い事実……。それを当の渚によって掘り起こされるのだから皮肉なものである。

 

「二人とも、ひどいよね……もしかして~、やっぱり……」

 

「え? やっぱり、なんだよ?」

 

「長沢くんのことが信じられなかったのかな……って」

 

確かに参加者を3人殺害しなければ首輪は外れない。しかし、3階で再会した時から長沢の中には総一や咲実を殺すなどという選択はなくなっていたのである。だからこそ、総一も咲実も長沢と行動を共にできたのだ。

 

「渚の姉ちゃん、それは……多分、違うぜ。うん……!」

 

迷いの表情を浮かべ、切ない顔つきで縋ってくるものと予測していた渚は見事に肩すかしを食らう。それどころか澄んだ表情で否定してくる彼の雰囲気にある種の怒りを覚える。

 

 

――いいえ、そうに決まってるわ。追い詰められれば誰だって本性を現すもの。あんなことはありえないの。あれは何かの間違いなのよ……!

 

 

渚とて事実はある程度まで把握していた。総一は我が身を省みず、長沢を助けようとしていたのだ。それを知った上で長沢の不安を煽ろうとした。今まで何十回と見てきた参加者たちの行動パターン……しかし、総一の行動は渚が定義しているものとは全く違っていた。そんなことはあってはならないことだ。だから、この時ばかりは長沢に同意して欲しかったのだ。それなのに――

 

 

誰だって裏切る……。そう、自分だって例外ではない。

 

 

 

遠いあの日、親友を裏切った私……。

 

 

 

 

――私を殺して家族のところへ帰るんでしょ? 何だってできるわよね……? 大事な家族のためなんだもの……! あれだけ必死に守ってきた家族のためなんだものっ!! 知ってるわよ……渚はそのためだったら人だって殺せるっ! 何だってする!! 渚は絶対に生きて帰るんだわ。私を殺してでもっ!

 

最初のゲームの日――私たちを狙って目の前に現れた参加者を攻撃したのは全て私……。絶対に家族の元に帰りたかったし、帰らなければならなかった。でも、それはお金のためだけじゃない。真奈美、あなたにも生きて欲しかったから……。それなのに……。

 

やってやるわよ……! 撃ってやるわよ……!! 撃たれる前に撃てばいいんだわ……。私、一人、なら……誰も殺しになんてこないんだからぁぁぁっ!!!!

 

 

このゲームは人の本性を露わにする――

 

 

 

……結局、撃った、わね……なぎ、さ……。うらぎり、も、の……。

 

 

 

 

 

親友でさえ殺しにかかってくるのに、出会ってから3日も経たない人たちにそんな関係が成り立つはずがないでしょう? だから、君は頭が悪いって言ってるのよ……長沢くん。それに……そんな凛々しい顔、お客は望んでいないのよ? 君の場合、もっと迷って不安な表情を作ってくれないと、貴婦人方からの受けが悪いんだけどなぁ……?

 

 

「どうして、そう……言い切れるの?」

 

急に渚の声色が変わる。その問いは演出とは遠い、純粋な質問だった。そのトーンの変化に長沢は驚いたが、素直に胸の内を吐き出した。

 

「え……? ああ、御剣の兄ちゃん達さ、俺の首輪解除の条件を聞いても信じてくれたんだ。渚の姉ちゃんみたいにさ」

 

「で、でも……長沢くんのことを置いて~、逃げちゃったんだよ……?」

 

「そ、そうなのかもしれないけどさ……あの時、他にもいろいろあって……俺も記憶が飛んでたし、誰か他の奴が来て逃げなきゃいけなかったのかもしれないし。だから、俺、もう一度兄ちゃん達に会いたいんだ。それではっきりするよ。渚の姉ちゃんにも会って欲しいしさ」

 

「そう……」

 

素っ気ない渚の返事に妙な感覚を覚えるも、実際は彼女の言う通りかもしれない。それでも彼らと一緒にいた間中に感じた楽しさは他の何物にも代え難いものだった。

 

――友達は喜びを倍にする。

 

学校で教わる偽善的な言葉が、実はその通りなのかもと思えるくらいに。何より、目の前にいてくれる渚こそが長沢に勇気をくれる存在なのだ。

 

 

 

じゃあ、教えてあげるわ。誰だって裏切ると言うことを……。

今すぐこの場で、君の身体で、ね――?

 

渚は心の中の理性を失い始めていた。御剣総一という男の行動。それに感化されて自身を否定するかのような言葉をぶつけてくる長沢。ゲームの演出や流れを無視して個人的な感情に走るなど、サブマスターとしてはあるまじきことだった。

 

――だけど、この子は憎らしいわ……!! 

 

人を殺してみたいなんて数え切れないくらい言っておいて……。本当は私と同じく現実に絶望して精神が壊れているはずなのに……。さっさと脱落するべき存在の癖に、ここまで生き延びて私に反発する。素直に私の言う通りに踊っていればいいのに……許せない!!

 

 

黒く、深く淀んでいく精神。憎しみの黒い炎が鎌首を擡げ、気が付けば懐の銃に再び右手が伸びていた。そんな背後の殺気に気付くこともなく長沢はPDAを取り出すと、歩きながら話しかける。

 

「そうだ、渚の姉ちゃん。とりあえず、こっちの戦闘禁止エリアに行こうぜ。俺、咲実の姉ちゃんに味噌汁の作り方を教わったんだ。だから渚の姉ちゃんに……」

 

振り向こうとした、その時だった。

 

 

――えっ?

 

 

瞬間、耳が弾け飛ぶかのような鋭い音と衝撃が耳元を掠めていく。

 

 

――嫌な音だ。

 

 

それは耳の奥まで貫かれるような――何度か聞いたことがある。そうだ、この数十秒後に俺は恥をかくんだ。絶対に勝てない戦いに無理やり狩り出されて。クラスのバカどもが見てる前で見苦しくゴールインして、後ろ指を刺され笑われる――だったら、こんなものマジでやる必要はないよな? 

 

そう、徒競争の前に聞くことになる、屈辱のゴールへと続く狼煙。本気で走ってビリになるから笑われるんだ。お前、本当にダサいな、って。だったら、のんびり走って思いっきりビリになった方が気が楽だもんな。どうせ勝てやしないんだから。それなら見てる奴らだってつまらないし、バカにもされないし。

 

――でも、こんなところで競争なんかするわけがないじゃないか。お、俺……何考えてんだろうな。

 

 

ほんの数秒の出来事がとても長く感じられる。……やがて頬が熱くなった。

 

 

――あ、あれ……? て、照れてるのか……俺? そ、そうだよな。優しい渚の姉ちゃんに、一生懸命作った味噌汁を飲んで欲しいって……そしていろいろ教えて欲しい、って……。恋愛なんてゲームの中の話か、クラスのバカどもがするものだと思ってたし……俺には関係……ない、そう、思って……た、もん、な……。へ、へへ……そりゃ、照れるよな。

 

 

――だから教えてあげる。人は誰だって裏切るってことを。ね……? 長沢くん?

 

 

火傷しているかのように頬が熱い。その熱さは時間と共に痛みへと変わり、冷や汗が流れ出す。それにしても妙な感覚だ。頬を伝わり地面に零れ落ちたのは……。

 

 

 

――な、なんで……?

 

 

 

床に赤い染みが広がる。恐る恐る左手を頬に当てると指先が深紅の液体に彩られていた。冷や汗なんかじゃない。血だ……。

 

――お、俺……。

 

長沢は振り向くのが怖かった。今この部屋にいるのは自分と渚の二人だけ。罠を作動させたような床の軋みは感じられない。それなら別の参加者が狙撃してきたのか? だが、前方を見回す限りそれも考えられない。振り返れば答えがわかる。しかし、それができない。それに渚だったら危険が身に迫った時、何か言ってくれるはずだ。

 

長沢は現実から逃げようとしていた。一番に考えられる可能性を知っていながら。だが、そんなことがあっていいわけがない。考えてはいけないことだった。

 

 

「ふふふ……味噌汁がどうしたの……? ねえ、長沢くん?」

 

 

タイムリミット――業を煮やした幻想の主が長沢を現実へと引き戻した。

 

 

――だ、誰……だ、お前……?

 

 

少し前まで傍にいた、大好きな人に似た女性……だが、似ているのは外見だけだった。先ほどの穏やかな顔つきとは程遠い、笑っているのか怒っているのかわからない不気味な表情を模ると、こちらの瞳を真っ直ぐに見詰めてくる。

 

――ウソ、だ……。そんなの……イヤ、だ……。

 

その女性の右手には黒光りする銃が握られていた。

 

――渚の、姉ちゃん……のせい、で、俺……?

 

 

「ねえ……どうしたの? 黙ってたらわからないわよ……長沢くん? フフフ……」

 

 

歪んだ口元から放たれた耳障りな台詞からは、聞いているだけで安心するようなあの優しい声の温もりはどこにも残っていなかった――

 

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