シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

42 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  8.2     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  6.6   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  3.3  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  Q  2.5    71時間の経過
郷田真弓  9  3.6  自分以外の全参加者の死亡
御剣総一  2  3.9  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  6.4  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  1.7    全員との遭遇
綺堂渚   J  4.0  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  3.8   首輪が5つ作動


第40話 Dear My Friend

――待っていたわ。そうよ、その顔……。信じている存在に裏切られた時に見せる驚きと絶望、そして恐怖が入り混じったハーモニー。このドラマの主役は君なのよ……? 長沢くん。どんな結末を迎えるのか……それも全て君の行動次第なの。さあ、どうするのかしら? フフフ……。

 

長沢の表情を見た渚は心底、感情が高ぶっていた。今までの自分がとってきた行動と長沢の感情。それらを振り返ってみても至極予想通りの結果が現れたからである。その興奮は脳から快楽物質を生み出させ、胸の鼓動を早まらせる。そして乱れんばかりの勢いで繰り返される呼吸――興奮と緊張は甘い息苦しさと痺れるような快感へと変化して渚の身体を支配する。

 

 

――ああ……気持ちがいいわ……あはははっ!

 

 

「な、渚の……姉、ちゃん……?」

 

長沢は、今にも泣き出しそうな表情で訴えた。この現状を信じられなかった。いや、信じたくなかった。仮に本当だったとしても、どんな理由があって……二度も自分を助けてくれた女性だ。そもそも自分を撃つ必要性すら考えつかない。

 

「なあに? 長沢くん?」

 

せめて理由を聞き出そうとしたが、言葉が出て来ない。何より渚の表情に長沢は戦慄していた。慈愛に満ちていた温かい笑顔は、凍りついたような薄ら笑いへとその姿を変え、残酷さだけを残した冷たい瞳は、躊躇うことなくこちらを捉えてくる。それでいて、麗佳や咲実の時のように瞳から色が失われているわけでもなければ、我を失っている様子もない。

 

――渚は意図的にこの状況を引き起こしているのだ。

 

長沢はそう理解した。しかし、どこをどう導けば渚がこんな暴挙に出るのか、皆目見当がつかない。実は冗談ではないのか……だが、そんなふざけた理由で銃を撃ってくるものだろうか? それならやはり本気なのか……? いまだに決めかねているのが本音だった。

 

「な、何……やってんだ、よ……? あ、危ない、じゃない……か」

 

そんな中、やっとの思いで長沢は尋ねる。血に塗れた左手を服の裾で拭きながら。事実、撃たれた時に少しでも動いていたり、振り向いたりしようものなら、今ごろ死んでいたのかもしれないのだ。だが、渚は自分がやったことを意に介する様子もなく平然と言い放つ。

 

「危ない、ですって……? 忘れたの? 長沢くん。これはゲームなのよ? ルールくらいもう頭に入ってるでしょう? それに……普通に考えたら、危ないのは君の方じゃないかな? 3人殺さないといけないんだから。ね……?」

 

「そ、そう、かも、しれない……けど、な、な、なんで、渚の、姉ちゃんが……」

 

目を見開き、銃口を向けてきている人間にルールと言われても、咄嗟に思いつくことと言えば賞金と自身の首輪の解除条件くらいしかなかった。だが、渚が賞金に興味があるとは思えない。何より、自分のPDAの数字を見せても信じてくれたのだ。そればかりか、今しがた再会した時も温かく受け入れてくれたと言うのに。

 

 

そして――

 

 

 

『えへへ。わ~い、長沢くんの最初のお友達なのだ~』

 

 

 

思い出しただけで嬉しくなるあの笑顔。記念すべき胸を張って紹介できる初めての友達。そのはずだった渚が不敵な笑みを浮かべ、銃を手に目の前に立ちはだかっているのだ。まだ冗談なのではないか……そんな期待の方が上回っていた。普段の長沢ならば、こんな質問をしたり、驚いたりする前にバカにされたと逆上してライフルを向けていたのかもしれない。

 

尤もそんな真似をすればどうなるかは大方想像がつくものだが――

 

「……もう、何度も言わせないでね? これはゲームなの。ね? 長沢くん。JOKERを使って他のプレイヤーを油断させたり、騙したり。あるいは殺しちゃって賞金を増やしたり。それに……もしかしたら、長沢くんが苦しんで死んでいくのを私が見たいだけ、ということだってあるかもしれないわ。わかるかな……?」

 

今までの彼女とは想像もつかない台詞を連発する渚に、長沢は卒倒しそうになる。

 

 

JOKER――もしかしたら……?

 

 

渚のPDAがJOKERだとすれば、一連の行動も考えられないこともない。しかし、今は悠長に推理している場合ではなかった。

 

「ね? だから、人が死ぬのに越したことはないのよ。フフフ……」

 

悪霊にでも取り憑かれたかのような薄笑いを浮かべる渚を前に、長沢はゲームのルールを思い起こそうと意識を集中させる。だが、恐怖と焦りからか凍りついたかのように思考が動かない。それでも必死に身を守るため、渚が攻撃の手を緩めるような言葉を紡ごうと試みた。

 

「ぼ、僕――俺、たち……その、友達じゃ、なかったの……か?」

 

「友達……ですって? ふふふ……あっはははは!」

 

万年嫌われ者であるはずの長沢に似合わない言葉が面白かったのか、渚は声を上げて笑う。その声色は今まで長沢が聞いた渚のそれとは全く質が違う、本性が剥き出しになっているような不気味な声だった。

 

「君の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったわ……。そうよ……私たちはお友達よ、長沢くん。だからなの。わかる?」

 

突然の問いに対し答えあぐねていると、渚は銃を向けたまま一歩を踏み出して距離を詰める。

 

「う、うわっ……わ、わああっ!」

 

今にも撃たれるのではないか……そんな恐怖に苛まれた長沢は渚の歩幅に合わせて後ずさる。そのまま尻もちをつきそうになりつつも、危うく踏ん張って身体を支えた。そんな長沢の仕草を読んでいるかのように、渚は低い声で言葉を発する。

 

 

「失礼な子ね……? どうして逃げるの? そういうのって傷つくんだけどなぁ……?」

 

渚はこの状況を楽しんでいた。自分に対して好意を抱いてる少年を掌の上で躍らせている感覚。それでいて主導権を相手に渡し、相手の行動に合わせて先回りしては希望を断ち、逃げ道をふさぐ。すべてが意のままである。事実、渚にだけは嫌われたくない長沢はその足を止めると、怯えた視線をこちらへと泳がせる。

 

 

――ど、どうしちゃったんだよ、渚の姉ちゃんは……!

 

 

立ち止まれば死の影が迫り、離れれば大好きな女性に嫌われる。静かに近づいて来る渚から感じられる溢れ出さんばかりの邪悪なオーラが、身に纏っている黒いドレスをさらに黒く染めているように思えた。ところどころに鏤められた白い部分は、本当は純白だったドレスが悪しき邪念で黒に染められたかのようにさえ思わせる。

 

「ねえ……長沢くん。君って……友達がいなかったんだよね?」

 

「な、何を……」

 

次に来るのは銃声か、とんでもない要求か……そう思ったところへ差し込まれた突然の質問に驚き、声が吃る。

 

「ちゃんと答えて。はっきりものを言わない子は女の子に嫌われるわよ?」

 

ここが学校ならば女子にそんな台詞を言われたところで、既に嫌われてるしどうでもいいとでも悪態をつくのだろうが、この状況と相手が相手では長沢も素直に答えるしかなかった。

 

「そ、そう、だよ……。な、渚の、姉ちゃん、に会うまで、は……ね」

 

無機質な声を冷たく放つ渚に頷くと、やっとの思いで答える。簡易な質問に胸をなでおろすも、こちらに向けられたままの銃口がいつ咆哮するかわからず、その恐怖が声を震わせる。

 

「そうよね……? 君のことだから、クラスメートが友達だなんだって言い合って、いつも一緒に馴れ合っているのを見て、柄にもなく見下していたんだよね……? 群れなきゃ何もできない、とか。フフフ……」

 

 

長沢は恐怖に怯える一方、自分の胸の内を正確に見破る渚に驚いていた。確かにその通りである。自分を殺してまで相手に合わせ、意味のない会話で嘘の笑顔を取り繕う。そしてやるべきことがなくなれば、他人の悪口へと移行する。その時にこちらへ向けられるバカにするような視線、言葉。長沢が反応するのを待っているかのような挑発的言動――嘘をついて徒党を組み、他人を攻撃する。まさに最低の集団にしか映らなかった。

 

こんな嘘で塗り固められたような腐った関係……俺には必要ないね。くだらねえ。

 

だから彼は自分を決して裏切ることのないゲームにのめり込んでいった。ゲームのキャラならば、自分を裏切ることもない。そしてゲームのキャラならば最後は必ず勝つ。自分がゲームの登場人物だったら、きっと無敵だ。誰にだって勝てる……。

 

そして時代を押して台頭してきたインターネット。まさに死ぬことがない世界に登場する自分自身。学校にもクラスメートにも失望していた矢先、その登場人物になることができた長沢は声を大にして言い続けた。俺の手にかかれば人なんて簡単に殺せる。いや、人を殺してみたいんだ――!ゲームに出てくるキャラクターが剣を持って敵を斬るかのように――!!

 

 

「でもね、長沢くん。君のその判断は正しいわ。だって……」

 

真面目に過去を回想していた長沢は、渚の突然の声に我に返る。

 

 

 

「人は誰だって裏切るんだから……」

 

 

――カチッ。

 

 

(な、何だ……?)

 

 

冷たい視線に込められた僅かながらの憂い。悲しい色に染まった瞳と不釣り合いに歪んだ口元……引金を引きながらその言葉を発した渚の表情は、今まで一番悲しそうでもあり、嬉しそうでもあった。

 

「それなら初めから仲良くなんてしない方がいいよね……? ううん、する必要もないものね? 長沢くん」

 

子供に訴えかけるかのような、声色と眼差し。もしも銃を向けられているような状況でなければ、喜んで相槌を打っていたであろう渚の言葉も、今は銃を握る彼女の右手に全ての神経が向かっており、それどころではなかった。何を考えているのかわからない相手ほど怖いものはない。長沢は身動き一つ取ることができず、その恐怖は自身の命を守ろうと余計な問いを生み出すだけだった。

 

「そ、それで……さ、だ、だ、だ……から、それ、を……わざわざ、言うために……そんなこと、してる、わけ……?」

 

「そうよ……? そうでもしないとわからないでしょ? 長沢くん、君って頭が悪いみたいだし……フフフ」

 

「な、なに……!?」

 

蔑むように挑発的な渚の視線と言葉に、長沢の鼓動は激しく高鳴り出し全身が熱くなるのを感じた。

 

「だって、そうじゃない? 3人殺せば君の首輪は外れたのよ? それなら総一くんと咲実ちゃんを撃てばよかったのに。かりんちゃんも入れればそれでクリアできたはずでしょう?」

 

「…………!」

 

正にその通りである。だが、渚と再会する前からそんなことには気付いていた。知っていてその手を使わなかった、それだけだ。そもそも自分がそのつもりなら、遡って余裕で勝てそうな優希に襲いかかることはあっても、行動を共にすることはなかったのだ。優希のために走り回った結果、総一や咲実とわかりあえたのだから。そんな長沢に齎された物語にも気付かず、渚は淡々と話を続ける。

 

「人は誰だって裏切るわ。君もその通りにしていればよかったのに、ね? 私の思う通りにしていればよかったのよ。ああ……ごめんなさいね。運動神経抜群のかりんちゃんに部屋に引きこもってゲームばっかりやってる長沢くんが勝てるわけないか、フフフ……銃がなくても勝てないかもね……あははは!」

 

「…………」

 

 

 

――もう少しだわ。この子が逆上して私にライフルを向けるのも時間の問題。その瞬間に君の腕は使えなくなるの。一気に撃ち殺すより、少しずつ追い詰めて絶望という絶望の果て、怒りと悲しみに苛まれたところを血の海に沈めてあげる……。手を撃ち抜いて、足を撃ち抜いて……最後は君の首輪に優しくPDAをはめてあげるの。額に穴を開けるのもいいかしら。今までで一番残酷で凄惨なショーにして見せるわ。

 

 

さあ、怒って私にライフルを向けるのよ、長沢くん……。

 

 

黙って俯いている長沢を見て、渚の中を駆け廻る精神的快楽は頂点に達する。自分の言葉によって、長沢は怒りに震えている……そう勝手に解釈した渚はさらに饒舌に語り出す。

 

「それなら……うーん。やっぱり長沢くんの失敗は、麗佳ちゃんに止めを刺さなかったことかなぁ? そうすれば、総一くんと咲実ちゃんを殺し……」

 

 

「渚の姉ちゃんさ……」

 

 

自分の言葉を遮った長沢の声色は意外だった。激昂したわけでもなく、怒鳴ったわけでもない。渚は予想したものとは違う反応に驚いたが、さらに挑発を重ねつつどんな表情を見せてくれるのか興味津津、見下すような視線を長沢に放つ。

 

「なあに? もしかして怒っちゃったのかなぁ?」

 

「俺の……、俺の……」

 

 

 

 

 

「その、と、と……トモ、ダ、チ、のこと、俺が殺すかのように言うのは、やめて欲しいんだけど、さ……」

 

 

 

長沢は自分でも何を言ってるのかわからなくなるほど、自分の言葉に驚いていた。友達がいないこと、それは自身のアイデンティティだったはずだ。確かに渚は互いの了承のもと宣言して友達になった間柄だった。

 

 

しかし、総一と咲実は――

 

偶然とは言え、自分で作ることのできた最初の友達だったのだ。知らぬ間に仲良くなり、行動を共にし、互いに笑ったり励まし合ったり、時には怒ったり――そしてケンカしたり。その空間に「俺たちは友達だ」などと言って見せる必要などまったくなかった。

 

それが友達なのだから。

 

薄々、長沢も身を持ってそれを感じ取っていたのだ。心の中に抱いていた感覚。それが極限状態によって無意識に言葉となって引き出されたのだった。

 

 

「あらあら、また友達? ここに来て随分思いあがるようになったのね? 君の友達は私だけのはずよね……。ここまで君の胸の中を理解している人っていないと思うんだけどなぁ……?」

 

渚は思い通りに事が運ばなかったことに対し不快感を露わにする。そして長沢が自分の想像とは反対側に歩き出していることに――元の居場所に引きずり戻さなければならない。しかし、渚の思惑とは別に長沢は逆上することもなく、照れたような表情さえ浮かべる。

 

 

「それに、さ……一番の、友達の……渚の姉ちゃんがそんなことばっかり言うのって、俺……ちょ、ちょっと嫌だなぁって、思って、さ……」

 

「本当のことを言ってるだけじゃない? 何度言えばわかるの? だから言ってるでしょう、君は頭が悪いんだって。友達だから裏切るのよ……!!」

 

「!!」

 

瞬間、渚が顔を歪めると同時に火を噴いた拳銃が長沢の肩を掠める。皮肉にも激昂しかけたのは渚の方――思い通りにならない煩わしさと、自分とは反対の答えばかり主張する少年に、つい自制が利かなくなる。

 

 

 

「な、渚の……姉、ちゃん……」

 

「……こうして教えてあげてるじゃない? ねえ……長沢くん。君は友達だと思っていた私に裏切られて殺されるの。悔しいでしょう? 悲しいでしょう……? ふふ、はははは!」

 

勇気を出して言葉に出した本音に対する返事、それは無慈悲な鉛の弾だった。

 

 

――やっと、わかったのに。

 

 

長沢は渚の思いとは逆にただ悲しかった。大好きな人が顔を歪めて笑っている。あの女のように。そんな不気味な笑みを浮かべないで欲しい――そう願う長沢の感情は次第に死への恐怖よりも、渚が変わってしまった悲しみの方が大きくなっていく。

 

「ここまでたどり着くのに、苦労した? もう少しでクリアできたのに、残念ね。人を殺して、お金を手にして……。学校で自慢できるものね? ゲームだって好きなだけ買えたのよ。でも、そんな夢もここでおしまいね」

 

「…………」

 

過去の例によってこまで挑発して相手を嘲笑った結果、大抵の人物は逆上して武器を向けてくるか、泣き崩れて戦意を喪失するか、はたまた逃げ出そうとするかのどれかだった。渚の牙にかかる参加者が怒れば怒るほど、悲しめば悲しむほどゲームの観客は大喜びだった。そして自身の待遇も厚くなっていく。

 

――さあ、泣きなさい。怒りなさい。君の感情がゲームを盛り上げるの。

 

しかし、意に反して長沢は目の前の床に視線を落としているだけで何も語ろうとしない。渚の中の行動パターンでは戦意喪失に当たるのだろうが、その態度は彼女をイラつかせていく。渚はそんな自分への期待を捨て切れていない長沢にトドメを刺すべく、威圧的な口調で言い放つ。

 

 

「いい加減に認めなさい、長沢くん。これが現実なの。私はこういう女よ? 君が思っているような人間じゃないわ。君は騙されていたのよ、ずうっと……ね」

 

「と、友達、だっていうのも……か?」

 

「本当に面倒な子ね……そうに決まってるでしょ」

 

 

 

――あははっ!

 

 

 

渚は自身の脳から溢れだす快楽に、発狂しそうになる。無力な少年の心を粉々に粉砕できたものと確信する。自分は間違っていない。誰だって裏切る。真奈美だって……そう、私が真奈美であなたが私――いつもそう思って引金を引いてきた。今回だって何ら変わりはない。一つだけ違うのは、死ぬのは真奈美ではなくて私の方……。裏切った方が生き残るのよ……!

 

 

 

「そうだ……真実に辿りついた長沢くんを祝して、君の大好きなゲームをしましょう? フフフ……3分だけ待ってあげるわ。その間どこへでも逃げなさい。それとも、そのライフルで私と勝負する? まあ、どちらにしても君は――」

 

 

「…………」

 

楽しい時間を共にできる人こそが友達。でもそれが必ず裏切ると言うのなら……。

 

 

悲しみ色に染まった長沢の頭はこれでもかというほどに過去の不快な出来事を思い返させていく。渚の言葉も途中から聞こえなくなっていった。

 

 

 

 

 

見た目で子供と判断するやいなやバカにしてくる男――

 

『ひょっとして、てめえの名前も忘れちまったってか? ははっ』

 

そうだ。こいつと出会った時は後で必ず殺してやろうと思ってたんだよなぁ……。

 

 

 

執拗に疑いの眼差しを刺してくる大人――

 

『それだけ? 他にはなにか持ってないの? 隠すとためにならないわよ、ボウヤ』

 

威圧的でうるさくて、嫌な女だったよな……何でも自分の思い通りにしようとして。でも、つまらない学校じゃ、この手の奴が学級委員長だったりするんだよなぁ。武器を取られたのもこいつのせいだっけ……。

 

 

 

欲望赴くままに殺しにかかってくるエロオヤジ――

 

『はぁっ……はぁっ! き、貴様のせいで……貴様のせいでぇぇ!! 貴様から先に殺してやる!!』

 

思い出しただけでムカつくぜ。このクソジジイ……!! ほんと、俺って奴はケンカが弱くて運動もダメで……。なんで俺ってこうなんだろうな……ゲームに出てくる男はみんな強くてカッコいいのにさ。こんなザコにも勝てないんじゃ、どうしようもないよな……。

 

 

 

こちらの意図を汲もうともせずに凶器を向けてくる女性――

 

『私と……一緒に、死んで……もらうわ、よ……!』

 

何年かぶりに他人を心配して声をかければこれかよ……? いくらなんでもひどいぜ、麗佳の姉ちゃん……。それにその目で睨むの、怖いからやめて欲しいんだけどな……。結局どいつもこいつも同じなんだ。俺が腰を低くしたって、受け入れてくれやしない。

 

 

 

眼前に現れては不気味な高笑いを繰り返して銃撃してきた少女――

 

『うふふふ……いいわ、あたし達の邪魔するんなら、あんたから殺してやるんだからっ!』

 

俺、よく生きてたよなぁ……。こいつだけは許さないって誓ったのに……危うく殺されかけたんだ。あの白い霧がなかったらと思うと……。ほんと、俺って情けないよなぁ……カッコ悪ぃ。

 

 

 

目の前で起きていることから目を逸らし、邪魔ばかりするお姉さん――

 

『もう……もうやめてっ!! これ以上続けるのなら、私、死にます!』

 

何やってんだよ、咲実の姉ちゃん……せっかくマシンガンを持ってんだから戦ってくれよ……。おまけに自殺かよ? ちょっとやることおかしくないか? なぁ……?

 

 

 

自分の首輪解除を悉く妨害して理解できない考えを押し付けてくる兄貴――

 

『お前に人殺しはさせないっ!! そう言ったはずだ!!』

 

力いっぱい殴りやがって……御剣の兄ちゃんが何を思ってんのか知らないけど、俺が殺すのは悪党だけだぜ? 俺さ、これでも兄ちゃん達に死んで欲しくなかったから、さ……。ホントだぜ? 

 

 

 

黙って目の前から消えてしまった、憧れのヒーロー――

 

『…………』

 

今どこにいるんだ? 高山のおっさん……。どうせだったらもっと助けて欲しかったんだぜ、俺。まあ……おっさんだったら、こんなピンチに陥ってもうまく切り抜けられるんだろうなぁ。裏切り者のヒロインのさらに上をいってさ……。やっぱり、ヒーローってのはカッコいいもんなんだよ……。

 

 

――あーあ、嫌なことばっかりだぜ。結局、ここも学校と変わらなかったんだなぁ……。って、これが噂に聞く走馬灯ってやつか……? だとしたら、余程俺の人生って普通の生活に色がなかったんだなぁ……。思い出すこと、このゲームのことばかりだぜ。

 

 

 

 

 

いや、でも……待てよ。

 

 

ゲームが始まってすぐに出会った純粋無垢な少女――

 

『なんでって……お兄ちゃんと一緒にいたかったからだよ』

 

そうだ。優希……思い出せばいつも俺の味方をしてくれてたんだよなぁ……。絶対に助けてみせるって張り切ってたっけ。

 

もう、遅いけど……。

 

 

 

無事に助けることができた、頼れるおっさん――

 

『長沢君。いくらこんな状況だからって心にもないことを言うものじゃないぞ』

 

心にもないこと……かぁ。人を殺してみたいって、あんなバカなこと本気で言ってたんだな、俺――そりゃ、そう思ってたのは間違いないんだけどさ。いざ、こうやって殺されるかもしれない側に立たされて初めてわかることってあるんだな……。

 

 

そして――

 

 

『長沢くん、私たちはお友達でしょ……? そんなことできるはずがないわ』

 

渚の姉ちゃん……。俺、本当に、本当に……嬉しかったんだぜ。

 

でも……目の前にいるのは――冷酷な視線で俺を見下す黒き堕天使。

 

 

全部、嘘だったんだ。全部……。それはわかってるんだ。わかってるんだけど、さ……。

 

 

それでも、な。

 

 

たとえ嘘でも、嬉しいことってあるんだな……。

 

 

それに、さ……ここまで嫌な奴らのことを考えたことって、今までなかったよな……。

 

 

 

あ、れ……!? 嫌な奴……本当にそうなのか? 

 

 

 

 

『お姫さん、泣いちまってるぜ? 愛しの姫を慰めるのもナイトの務めってやつじゃねえのか?』

 

……もしかして、手塚がこう言ったおかげで優希はあの時俺の方へ……? ナイトに姫、か。へへ、こんな風に現実で言われるなんて思わなかったよなぁ……。

 

 

『わーっ、本当だ! ありがとう、お兄ちゃん!』

 

些細なことでも感謝してもらえるって、嬉しいもんだよな……。って、これも渚の姉ちゃんに会えたからか……。

 

 

『ごめんなさい……一人で、死んでいくのが……怖く、て……お前……のこと、を……疑ったの……』

 

本当は怖かっただけなんだよな、麗佳の姉ちゃん……。死ぬ時は一人って言うけど、そうじゃなかっただろ? 今だから言うよ。ルールを教えてくれてありが、とう、な……。

 

 

『殺し……ちゃった人、に……傷つけた、人、たちに……申し、訳ない、もの……』

 

そうだ……あの時はただ憎かったけど、もしかしたら……本当は戦いたくなかったのかもしれないな……。それこそ、俺がもっと強かったら最初出会った時、止められた、のかな……?

 

 

『このお味噌汁……どうですか、御剣さん。長沢君が作ったんですよ?』

 

へへ……。家庭科の授業がこんな感じなら、俺、大歓迎だぜ。クラスのバカどもときたら、手伝おうとすれば、邪魔だ、何もしなくていい――それで言われた通りにしてれば、何ボーっと突っ立ってんだよぉぉ! だもんな。ハイレベルな嫌がらせだぜ。

 

せっかく……作り方教わったのに……ちくしょう……。

 

 

 

『……そういうのを都市伝説って言うんだよ。ネットじゃ人は何にでもなれる。何でも言える。どんなズルでもインチキでもできるんだ』

 

悔しいけど、その通りだよなぁ……現実で、学校で人を殺してみたいなんて言ったところで笑われて小突き回されるだけだろうな……。それにしても気のせいかな……人から借りてきているような模範的台詞が多いよな、御剣の兄ちゃん。

 

 

『……どうやら、深い信頼関係にあるようだな』

 

正義の味方って本当にいたんだな……。PDAを返してくれたのも信じられないけど……俺の首輪解除条件を知られたら、殺されても不思議じゃなかったんだ。

 

 

 

 

そっか。みんなと出会えて、ここまで来れたんだ。

 

 

 

 

――やっぱり、違うじゃないか。ここは……。学校とは違うぜ。そうだろ? 渚の姉ちゃん。それに、俺……姉ちゃんがどうなっても、やっぱり渚の姉ちゃんのこと……

 

頭の中に思い描くだけでも恥ずかしい、想像の先を描こうとしたその時だった。

 

 

「……時間よ。長沢くん」

 

渚の冷たい声が空気を切り裂く。

 

「逃げなかったのは褒めてあげるわ。それとも、もうそんな気力も残ってないのかしら……フフフ。さあ、私はいつでもいいわよ? 君がライフルを構えるまで待っててあげる」

 

渚は手にしていた拳銃を挑発的に懐へしまって見せると、蔑むような顔つきで長沢を見つめる。精度の差こそあれ、こんな素人の子供と撃ち合ったところで自分が負けるはずがない。それくらい銃の腕には自信があった。ゲームを主宰する組織に雇われてからというもの、銃器や兵器の扱いはもちろん、軍人顔負けの戦闘訓練を受けさせられてきたのだ。そして手に入れたサブマスターの座。組織の中で出世すれば、それだけ家族を助けると言う目標にも近づくことができる。

 

 

 

「どうしたの? 来ないなら、私から行くわよ……ねえ?」

 

相変わらず俯いたままの長沢に、痺れを切らせた渚はドス黒い声で威圧する。

 

 

それとほぼ同時だった。

長沢が持っていたライフルが目の前で宙を舞ったのは。

 

 

――え……?

 

 

主に放り投げられたそれは床と衝突して、広い部屋に乾いた音を響き渡らせる。

 

 

「……渚の姉ちゃん」

 

 

俯いたまま少年が放った自らの名を呼ぶ声は、いやに温かく透き通った音色を醸し出していた。それは堕天使と化した彼女にはあまりにも耳障り過ぎた。その雰囲気にのまれ、渚は一瞬といえど圧倒される。

 

「……なあに? 命乞いなら無駄よ?」

 

 

「僕――俺、あ、やっぱ、僕でいいや。僕、このゲームに参加させられて、よかったって思ってるんだ――」

 

 

見たこともない、笑顔――

 

 

そう言いながら静かに顔を上げた長沢には、今までで一番澄んだ素敵な笑みが浮かんでいた。目を合わせれば邪悪な自分が壊されてしまうかのように。

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