シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

43 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  9.3     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  6.9   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  3.2  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  Q  2.8    71時間の経過
郷田真弓  9  3.4  自分以外の全参加者の死亡
御剣総一  2  4.1  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  6.7  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  1.9    全員との遭遇
綺堂渚   J  4.6  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  3.5   首輪が5つ作動


第41話 勇者長沢

――どうして……? どうして、なの? ねえ、なんで……? どうしてそんな顔ができるの? ねえ……? 君は私に裏切られたのよ? 殺されるのよ? 怖くないの? 悲しくないの? 悔しくないの? ねえ……!!

 

銃を持つ手が震える。のぼせ上がった渚の身体から汗が吹き出し、緊張と混乱で体温が上昇したことを思い知らされる。自身のマニュアルをどう応用しても弾き出せない暴挙に出た少年にある種の恐怖すら覚える。

 

今日に至るまで、ゲームに参加する度に人から恨まれて当然、自ら望んでそのような悪事を働き続けてきたのだ。だから許されざる自分に対して、純粋な笑顔を向けられたことに渚は激しく動揺していた。

 

 

 

「渚の姉ちゃん、あの……さ、3分って言ってたけど、その……僕の話が終わるまで、撃たないで欲しいんだ」

 

「…………」

 

――やっぱり、そんなうまくいくわけないよ、な……。けれど……!

 

くすんだ色の瞳を浮かべながらも無反応な渚を見て、長沢は諦めの境地に達する。しかし、ここで黙っているわけにはいかない。命乞いする時間さえ惜しいのだ。大好きな人が引金にかけた指を動かす前に、伝えなければならないことがある。いや、たとえ撃たれても……!

 

 

 

「僕、えっと……最初、さ。ここに連れて来られた時は、その……喜んでたんだ」

 

一言ずつ、静かに言葉を紡ぎ出す。長沢とて怖いことに変わりはなかった。仮に自分が渚にとって不快な事を言おうものなら、即座に鉛の弾が自身の身体を貫くのだろう。しかし、今の長沢にとって自分の命のことなど些細な事だったのだ。

 

 

「…………。そう……。……それで?」

 

「あ、いや……あの……」

 

先ほどまでとは打って変わって、急に生気を失ったかのような声を発する渚に長沢は戸惑う。自身の命運を握っている相手がこんなに不安定では恐怖を感じずにはいられない。嘲るような言葉、挑発的な冷笑。それが終わったかと思えば無機質な反応。

 

「知ってるわよ……? 人を殺してみたかったんでしょ、長沢くん……? ねえ? このゲームの中でならば思いっきり人を殺せるものね……?」

 

「う、うん……。渚の姉ちゃんの言う通りだぜ」

 

自分の思いを言葉にしようとすればするほど、焦りと不安で上手くいかなくなる。自分が言おうとしていたことが何なのか……それすらも瞬時に頭から消え去り、数秒の沈黙がとてつもなく長く感じられる。長沢が言葉を選んでいる間にも、渚は嘲笑するかのような視線を向けながら言葉を放つ。

 

「あら、素直じゃない。そういう子……好きよ。せっかくだから、人を殺すってどんな感じがするのか、教えてあげようか? 長沢くんがかりんちゃんを撃った時とは違う、目の前ではっきりと殺した時の甘い感触を……フフフ……」

 

「……でもさ」

 

渚の挑発的な言葉に怯むことなく、見下すような彼女の双眸を真っ直ぐに見つめると、長沢は答える。

 

 

大好きな彼女にだけは知っておいて欲しかったから。

 

 

 

「それって、全部……俺――僕の弱さが原因だったんだ」

 

 

 

「僕……強くなりたかったんだ。力が欲しかったんだ。クラスの奴らにバカにされないような、そんな力が、さ……。だから、その……ゲームの中だったら自分の腕がそのまま、主人公の強さに映しだされて、いい気分になれるじゃん? それで、努力もしないでゲームばっかりやって、それで……自分が強くなった気になってたんだ」

 

 

――うっ……。

 

 

「ゲームのキャラクターならさ、簡単に人を殺すだろ? だから、僕にだって……! そう、思ったんだ。それがクラスのバカどもに自分の力を見せてやるための方法だって、本気で信じてたんだ」

 

 

くっ……! なに……この感覚は……? ……な、なに……何なのよ……? 私……私、が……! 

 

 

渚は苦しみ始めていた。長沢の言葉に。その澄んだ瞳に。黒い暗雲に覆い尽くされていた、自身の脳に一条の光が射し込まれる。

 

 

――こんなバカなこと……あるわけない……でしょ……? 動揺……して、る……の? 私が……こんな子の、ありきたりな言葉に……

 

このまま感情に流されてはサブマスターとしての役割はおろか、自身の存在価値までが脅かされてしまう。それだけは何としても断ち切らなければならない。渚は必死に心の中で相反しぶつかり合う黒い炎に身を委ねて、目覚めつつある感覚を封じ込めようとした。

 

 

「へえ……じゃあ、よかったじゃない? 長沢くんもこのゲームの登場人物よ? ほら……早く君の強さを証明して見せて? 私を殺して見せてよ……? できるものなら、ね……フフフ、アッハハハハ!」

 

「…………」

 

長沢にはわからなかった。挑発とも懇願とも取れるような言葉、歪んだ口元と潤んだ瞳――言葉と共に模られた渚の表情から、彼女が何を考えているのか、泣いているのか、笑っているのか。それさえも。

 

 

だが、事は単純である。渚は壊れそうな自分を守る事に必死だっただけなのだ。そして、必死なのは長沢も同じ事だった。

 

 

「渚の姉ちゃん……僕、真面目に話してるんだぜ? それに……姉ちゃんを殺すくらいなら、僕が殺された方がいいって、結構本気で思ってるんだ。だから、笑わないで聞いて欲しいんだ」

 

「そう……そうなんだ……? だったら早くそう言ってくれればよかったのに……。フフフ……フフ……あっはははは!! じゃあ……お望みどりに殺してあげるね、長沢くんっ!」

 

 

――私の世界を壊そうとする悪魔の申し子……! 今、この手で殺してやる!!

 

 

次の瞬間、長沢の視界に入ったものは光を失った瞳から涙を流しながら口を大きく開いて銃口を向ける女性の姿だった――

 

 

「さよなら……長沢くん……」

 

 

 

親友との悲劇に始まり、ゲームを通じて培った感性。人は誰だって裏切る。それは紛れもない真実だった。誰しも自分が一番可愛いのだから。今までに見てきたプレイヤーはもちろん、親友の真奈美も……そして自分でさえも。渚はゲームを主宰する組織の人間として、人の感情を利用し続けてきた。全てわかった気になっていた。繰り返されるゲームの中でプレイヤーの身勝手な行動を見るたびに、やはり私は間違っていなかったんだと心のどこかで安堵する。

 

その一方で、そう感じている自分を嫌いになっていく。だが、同時に参加者を裏切って殺しておきながらも、彼らが過去の自分と同じ行動をすることでどこかで安心している自分がいたのも事実だった。

 

 

 

――みんな、みんな同じなのね……。よかった……あははっ!

 

 

 

渚とて真奈美を裏切って……親友でさえも信じられずに。

 

 

 

――お願い、もう、死んで……!! これ以上私を苦しめないで!!

 

 

 

それがわかってからは人が死んでも何とも思わなくなっていった。その内家族の借金を返すための仕事として割り切れるようになっていった。否、もしかしたら今となっては借金のことなどどうでもよかったのかもしれない。渚が求めているのは親友を射殺してしまった自分を許し、認めてくれる存在であり、その理由なのだから。

 

 

 

――こんなの……渚の姉ちゃんじゃないっ!! それなら……。僕が、姉ちゃんを……! こんな銃弾っ!! 一発くらい当たったって死ぬものかよ!!!!

 

 

 

来るべき衝撃に備えて長沢が肩を怒らせたその時、無慈悲に銃声が響き渡った――

 

 

 

 

 

 

「なあ……信じられる、か?」

 

「あ、ああ……」

 

 

呆気にとられた青年の呟きがはっきりと聞こえてしまうくらい、会場は静まり返っていた。

 

「まさか、あんなガキが……ここまでやるなんて……」

 

 

本来ならば、ほとんどの客は自分の身が安全なのをいいことに酒をあおっては興奮し、スクリーンの中で踊る必死な形相のプレイヤーを指さして勝手な事を言う。加えて下品な笑い声を上げるのが常だった。参加者が傷つけば、騙されれば……そして命を落とせば大喜びだった。それがベットしていないプレイヤーならば尚更である。

 

 

 

それが……。

 

 

 

「…………」

 

 

今や一部の人間を除き、大多数の客が固唾を飲んでメインスクリーンを見守っている。笑い転げていた若者は真剣な眼差しで状況を見守り、酒を片手に男に凭れていた婦人は目に涙すら浮かべて、両手を組んでいた。荘厳な静けさは上映が始まる前の映画館のように――

 

 

その空気が面白くないのか、タキシードの中年はひと際下品な声を張り上げる。

 

 

「ふん……なんだ、なんだ! どうしたと言うのだ! 皆辛気臭い顔をしおってからに……せっかく裏切りのサブマスターが踊り始めたのだ! ここからが面白くなるところなのだよ? さあ、ここは我々も心を一つにして盛り上がろうではないか!」

 

「…………」

 

ゲームが動く度に音頭をとっていた男はいつものように他の客を煽ろうとするものの、反応する者はいない。むしろ、静かにしろと言わんばかりの視線を刺される。

 

「くっ、な、何だね? 我が国を動かす力を持った者たちが、こんな安っぽいドラマに見とれおって……不甲斐ない!!」

 

憤慨した中年はズカズカと絨毯を踏みしめながら、代わりの酒を取りに行く。

 

「あなた、皆様が静かにしてらっしゃるのですから、ここはわたくし達も……」

 

隣にいた婦人が中年を宥めるも、同意が得られないことで頭に血が上っていた男に聞く耳はなかった。そのまま乱暴に椅子に腰かけると足を組み、不貞腐れてはブツブツと文句を垂れる。尤も婦人も他の客と同意見だったのか、困ったような表情を浮かべながら、彼から離れていく。

 

その傍らには杖に身体を預けながら、ひと際鋭い眼光でスクリーンを見守る老翁がいた。

 

 

 

 

――裏切り。それは被害を被った側からすれば、青天の霹靂であり、到底信じられるものではない。裏切った側を深く信用していればいるほど、相手への期待が捨てられず、対処が後回しとなる。とは言え、このように迷う時点では人間として正常なのかもしれない。むしろ、すぐに見切りを付けて反撃に転じられる人間の方が、平和な世の中では異常である。

 

 

 

「ちょ、ちょっと待て、優希……。どういう……こと、なんだ?」

 

優希の突然の告白は総一を、そして咲実を驚愕させるには十分過ぎるほどであった。

 

「お願い……大きい声出さないで、総一お兄ちゃん……! もしも聞こえたら……わたし……」

 

優希は涙ぐんだ視線で総一を見上げると、声を震わせる。華奢な体までもが震えているのは、決死の覚悟で語っていることを思わせる。

 

「も、もう一度整理させてくれ、優希。つまり……なんだ、優希が文香さんの後をつけたんだよな? そうしたら……」

 

「少し前にも同じことがあって……わたし、どうしても気になって……」

 

「じゃあ、文香さんは優希ちゃんを置いて、何度か一人で行動をしていた、ということでしょうか?」

 

「うん……」

 

 

「それで、その……漆山さん……を……?」

 

血の海に肢体を投げ出していた漆山……。咲実自身、直視はできなかったが長沢の話を聞いた限りでは、自業自得とは言え凄惨極まりない状態だったという。

 

「おじさん、だけじゃ……なかった。何だか……わたしを助けようとしてくれた人がいたみたいで……その、人も……ふ、文香さん、が……」

 

強張った表情のまま尋ねる咲実に対して、優希は嫌な事を思い出すかのように言葉を吐き出す。今までの恐怖から語るのもつらいだろうことが容易に窺える。

 

「助けようとしてくれた人……?」

 

一瞬、なんのことだかわからなかったが、漆山と聞いて総一の脳裏には彼の死体周辺の光景が思い浮かんだ。そう、見つけた時には既に死にかけていた黒ずくめの男――

 

「御剣さん……」

 

咲実も思い出したようで総一に目配せする。確か二人いたと思えるあの黒い男たちが何か優希と関係があるのだろうか……? 考えれば考えるほど意味がわからなくなる。だが、今はそれよりも文香についての考察が先だと思えた。

 

 

「黒い人はともかく、漆山を撃ったのは優希を守るためにやった……とは考えられないか?」

 

「で、でも……総一お兄ちゃん、文香さんは……!」

 

途端に優希の顔が曇る。

 

「優希ちゃんを疑うわけではないですけど……私も俄かには信じられません……。でも……」

 

――わたし……あの人、怖いよ……。

 

決して届くことのない幼い呟きだった。子供の本能は大人の本性を正確に見破ると言う。

 

 

 

『あら……あまり動かない方がいいわ。このナイフ、すごく切れ味がいいのよ……? その辺で売ってる安物とは違うんだから。優希ちゃんが少し口を動かしただけで、頬をかすめて……そのかわいいお顔に大きな傷がつくわよ……?』

 

 

 

――あの時の文香の目、表情……そして声。おそらくは総一も咲実も長沢も見聞きしたことはないのだろう。もしかしたら親しい人物でも見たことがないくらいに……。思い出すだけで体が震え、全身の血が逆流しそうになる。

 

「優希ちゃんのこの、傷……」

 

今だ震えが収まらない優希の肩を咲実はそっと抱きかかえた。優希の頬に薄く残る小さな傷が、真実を仄めかす。

 

「今一つ想像できませんけど……話を聞く限りでは、文香さんの口振りは優希ちゃんがついてきたことを激しく非難するような感じですよ、ね……?」

 

「そう、だよな……。それにしても度が過ぎているような……信じられないよ」

 

もしも疑問点が文香の優希に対する態度だけならば、まだ話し合いの余地はある。総一と咲実が理由を聞いてわかり合えればいいのだから。文香には文香の考えがあるのではないか、と。しかし、事はそう単純ではない。

 

「俺の推理、というか推測にも無理があるような気はしてたんだけどな……」

 

総一も咲実も自分たちの命を司るJOKERを持っているのが誰なのか、ずっとわからないままだった。それこそまともな見当もつかないくらいに。わかることと言えば、少なくとも友好的な人物は持っていないであろうことくらいだった。だから、漆山が持っていて既に破壊されていたり、かりんや郷田が持っていたりする場合が一番危険な例……のはずだった。

 

 

そう、つい先ほどまでは……。

 

 

「総一お兄ちゃん、わたし、ウソなんか言ってない……!! 文香さんが見せてきたPDAには、スペードが9つ並んでたっ!! わたし、はっきり見たんだから!!」

 

 

黙って考えを整理している総一に、咲実に抱きかかえられたままの優希は涙声を上げる。

 

「ゆ、優希……」

 

「本当、なんですか……? 文香さんが……9のPDAを持っていたなんて……?」

 

半信半疑で尋ねる咲実に、優希は必死に頷いて見せるだけだった。信頼できる存在である総一や咲実の無反応さは、幼い少女の不安を瞬く間に広げていく。

 

「その……9のPDAは本当に文香さんのものなのか? そうするとQがJOKERってことになるのか……? いや、逆なのか……」

 

今までの文香の行動を考えれば、彼女が嘘を言ったり故意に人に危害を加えたりするような人物には思えなかった。だが、優希のただならぬ雰囲気には総一も本気で考えざるを得なくなる。

 

 

総一としてもどうすべきかを決めかねていた。優希の話が本当だとしたら、このまま文香と行動を共にするには危険すぎる。だが、ゲームが始まった時から行動を共にし、逸れるまで、そしてその後もかりんと戦っている時に助けてくれた女性である。優希にだけ態度が違うのか、それとも他に何かあるのだろうか……? それに、彼女がJOKERを持っているとしたら……。自分たちの首輪を外すためにも文香の協力は欠かせないだろう。

 

――とりあえず、この先、文香さんにはどう接していくべきなのか。疑うわけじゃないけど、念のための備えは必要か……?

 

総一は自分のPDAを取り出すと素早くタッチしていく。クラブの2を模した画面は瞬時に入れ替わり、複数の項目から希望の選択肢を選ぶ画面が出てくる。

 

 

そして……申し訳なさもそこそこに、指を伸ばす。

 

 

もしも、文香さんがJOKERを持っているのなら、これで何かしらの反応があるはずだ――でも、あの人が本当に皆殺しなんて……。

 

第一印象の影響は大きい。幼い叫びが如何に真実を語ろうとも、既に総一たちの心に根付いている文香のイメージはそう覆せるものではなかった。

 

 

「それで……御剣さん。私たちはこれからどうすれば……文香さんを待つにしても、少し、怖い気がします……」

 

「うーん……」

 

総一は深く唸ると、文香が出て言った時のことを思い起こした。

 

 

 

 

 

「……いくらなんでも危険過ぎますよ! もうこの階は普通じゃありません。その気になってる参加者にでも出遭ったりしたら……!!」

 

「そうもいかないわ、総一君。咲実ちゃんたちだってお腹すいたでしょ? それに戦闘禁止エリアまではかなりの距離があるみたいだし。腹が減っては戦はできぬ、よ」

 

恰も空腹であるかのような優希を見て、彼女は食料を探して来ることを提案したのだ。実際に戦闘禁止エリアを出てから何も口にしていない二人も満更ではないのだが……それでも一撃もしくは一振りで相手の命を容易に奪えるような、危険な武器が溢れている5階で単独行動など状況によっては自殺行為である。

 

「そうね……アサルトライフルやショットガンに加えて、火炎手榴弾にダイナマイト、おまけにシミター、サーベル、トマホーク……本当にゲームの世界よね。……笑わせてくれるわ」

 

真顔で反論する総一に文香は後方、部屋の外を睨みながら言った。

 

「長沢君が見たら喜びそうな気もするけれど……ねえ、優希ちゃん?」

 

「あ…………。え……? う、うん……」

 

文香に突然話を振られ、優希は驚いたように頷く。それと同時に総一たちの表情が変わる。長沢はもう、この世にいないのかもしれないのだ。そうと知ってて文香は皆を元気づけようとしてくれた――総一も咲実もそのように解釈していた。

 

 

「文香さん、どうしてもって言うなら、俺も一緒に行きます」

 

「ありがとう。総一君の気持ちは嬉しいけど……でも、君にはこの子たちを守っていて欲しいのよ。あたし達が出歩いている時に、誰かがここを通りでもしたらどうするのかしら? 全てのプレイヤーが信用できる人とは限らないはずよ」

 

文香の言葉に咲実は不安げに俯く。確かに戦闘力の極めて低い咲実と優希では誰かに襲われたらひとたまりもないだろう。その通りだとわかってはいたが、文香が危険な目に遭うかもしれないと思うと、気が気ではなかった。

 

「で、でも……!」

 

「次は絶対に守ってあげるんじゃなかったのかしら? 総一君」

 

 

――えっ?

 

 

総一と咲実、二人の声が重なる。

 

「ふふ、そういうわけだから。じゃあ、後をお願いね?」

 

唖然とする彼らに文香は軽く微笑みかけると、努めて明るい声を出しながらその場を離れていったのだ。

 

 

「総一お兄ちゃん……」

 

一人考え込む総一に優希は不安げな視線を送る。悲しい瞳だった。ただでさえショックを受けていると思われる優希が、ここに至るまでの経緯を知ろうものなら……

 

 

――長沢……。

 

こんな時にあいつがいたら……。優希に何て声を掛けるのだろう。あの時、文香さんが来なかったら、今こうして咲実さんとここにいられたかどうかも怪しい。でも……こんなことなら文香さんに逆らってでも、長沢を助けに行くべきだったのか……? 確かに俺は咲実さんに暴言を浴びせたのが許せなかった。でも、こんなことなら……俺が死んででも――

 

 

総一に激しい後悔の波が押し寄せる――

 

 

 

 

「ぶつかったっていいじゃない。大事なのは、自分が正しいと思っていることを相手にちゃんと伝えられるかどうか、よ」

 

突然、天から温かい光が降り注いだような錯覚に陥ると、総一の目の前にはあの少女が立っていた。

 

桜色の髪、見慣れた紺色の制服。

 

――!!

 

「ふふ……ま、少しは伝わってるみたいだけど」

 

「優希……!」

 

「よく思い出してみて? あの子、きっと後悔してるわ。それでなくちゃ、あんなことしないはずでしょ?」

 

「後悔してる……!? あんなことって……それじゃ、長沢は生きているのか、優希!」

 

「そうやって美味しいところだけ取ろうとしないの。少しは自分で考えてみなさい。私だって何でも知ってるわけじゃないんだから」

 

再び目の前に現れた懐かしい少女――総一にとって全てと言っても良い、かけがえのない存在。総一は縋るようにまくし立てたものの、いつか一緒にいた頃のように厳しく遮られてしまう。だが、そんな彼女の厳しささえも総一にとっては温かく、懐かしく思えるのだった。

 

「相変わらずだな……嬉しいよ」

 

いつものように駄々をこねてはしつこく食い下がってくるものと予想していたのか、少女は少し驚いた様子を見せる。

 

「何を言ってるのよ、もう……。まあ、いいわ……少しだけ教えてあげる。アンタが私だと思ってるあの人……あの子がいなかったら、大変な事になってたわ。ちゃんと気付いてたのかしら? あの人がどんな目をして、何をしようとしていたのかを。あの時、アンタは何を考えていたの?」

 

 

突然の問いに総一は必死に頭を回転させる。あまり思い出したくない光景だった。

 

 

「……俺は……あの時……」

 

目の前でライフルを構えるかりんを必死に説得していた。それだけだ。戦う必要なんかない。自分たちの話さえ聞いてくれれば、長沢が撃たれることも、かりんと敵対することもなかった。

 

でも――そうだ。

 

その時の咲実と長沢がどうしていたかまでは気が回らなかった。だけど、それは仕方がないだろう。あんな状況じゃ、誰だって……。

 

何かを訴えようとする総一を見て、少女は強い口調で言う。

 

「また、言い訳を考えてるわね? それと……あの人、本当に私のところへ来るつもりだったわよ? アンタがいつも考えているように、ね」

 

「…………!」

 

少女の言葉が鈍い衝撃となって総一を襲った。不愉快な頭の重み、胸中を抉りとられたような感覚――彼女の目を直視できなくなる。

 

「あとは自分でよく考えて。アンタは誰も守ってなんかいないのよ。あの子どころか、あの人もね……。私に言わせれば、勇治君の方がよっぽど姫萩さんやアンタを守っているように見えるけど。たとえ方法が間違っていてもね?」

 

少女は鋭い視線で総一を一瞥すると、そのまま光の中へと消えていった――

 

 

「守って……いない……? 俺が……」

 

 

優希に言われた言葉が脳裏に焼きつく。そんなはずはない――俺は、ずっと……! 総一は心の中で反論しようとしたが、全てにおいて信頼していた存在にそう指摘されては思考を停止せざるを得なかった。それほどにショックが大きかったのだ。増してや彼女は冗談でそんなことを言うような人物ではない。

 

――俺は仲間を、みんなを……守っている……。咲実さんだって、優希だって……長沢だって……!! そのためなら俺の命なんか……!!

 

 

そうだ。俺の命なんか……。

 

 

 

 

 

 

一体、自分は何をしているのだろう? やるべきことはわかっているはずだった。そしてそれは至極簡単な事であることも。今までと何一つ変わらない。それに今回はその生贄が暴れることも泣き叫ぶこともない。簡単過ぎて退屈に感じても良いくらいだった。むしろ盛り上がりに欠けることを懸念し、報酬の心配をする度合いである。

 

 

「フフフ……ふふ、ふふふ……ねえ、どうして……なの……?」

 

視界に映るのは虚ろに揺れる少年の顔――否、虚ろいぼやけているのは少年の顔ではなく、彼女の瞳の方なのかもしれない。

 

「どう、して……当たらない、の……? ちゃんと、君の額を、狙ったの、に……フフフ……ねえ……?」

 

徐々に視界が元に戻り、蜃気楼のように揺れていた世界があるべき姿へと模り始める。銃口から上がる硝煙。すぐ後ろには真顔でこちらを見つめる少年。その背後に聳える壁には銃弾の跡。

 

「…………」

 

銃口に捉えられたはずの少年は身動き一つすることなく、目の前の女性に真剣な眼差しを向けていた。

 

――そんな目で……私を……見つめないでッ!!

 

少年の強く、悲しい瞳が自身の心を蝕んでいく。

 

「い、一体……その、さ……? ど、どうしちゃった、んだよ……? 渚の、姉……ちゃん?」

 

このまま殺されては堪らない――長沢は最初、そう思っていたが今は違う。ただ純粋に渚が変わってしまった理由が知りたかった。だが、渚は銃を構えたまま黙って睨みつけてくるだけだった。

 

「ぼ、僕……さ、何か……、悪いこと、した……の、かな……?」

 

「……喋らないでっ!!!」

 

自分を拒絶するかのように響き渡る怒号。胸に刺さる恐怖……まともに接してくれる、優しいクラスメートの女子を本気でキレさせた時のような気まずさが長沢に襲いかかる。完全に八方ふさがりとなった一方、渚は肩をわなわなと震わせ、絞り出すかのように言葉を発する。

 

「どうして……? どうしてなの……!!」

 

「……え?」

 

「どうして……銃を抜かないの? ねえ、何で手榴弾を出さないの……? なんで? ねえ……? そのライフルを拾って私に向ければいいじゃないっ!! 真奈美みたいに!!」

 

――マナ、ミ……? 誰のことだ……? そんな参加者、いなかったよなぁ……?

 

長沢は混乱していた。突如渚の口から飛び出た聞いたこともない名前に。そして恰も応戦しろと言わんばかりにヒステリックに叫ぶ渚に。まるで自分がそうすることを望んでいるかのような……。だが、渚がなんと言おうとその問いに対する答えは決まっている。

 

――僕に渚の姉ちゃんは、殺せない。

 

「と、友達、を……って言うか、その……あの、さ、大切な、人……殺せるわけないじゃないか、渚の姉ちゃん……」

 

「…………! い、いや……! ……いやああああっ!!!」

 

 

渚が思い描いていたストーリーが崩壊していく。皮肉にも長沢を追い詰め、ゲームを盛り上げるはずの策略は、逆に封じ込められていた長沢の純粋な心を引き出すに至ってしまったのだ。もしも長沢が充実した学校生活を送っていたら、渚の思い通りに事が運んだのかもしれない。激昂して銃を向けていたのかもしれない。しかし、常日頃からバカにされ続けていた長沢にとって渚の優しさは、たとえ嘘の演出とは言え凝り固まった長沢の心を徐々に解かしていく結果となってしまった。

 

それが渚の最大の誤算だったのだ。渚が異常であるように、長沢も異常だった。まともに認められたことがない、優しくされた記憶も碌にない……。

 

 

 

「嫌い……嫌いっ……!! 君のことなんて大ッ嫌いよ!!! 長沢くん!!」

 

 

想像だにできなかった行動に出た長沢に、渚は現実を打ち消すかの如く大声を上げる。そして、再び長沢に向けられる銃口――だが、もはや長沢は恐怖を感じることもなかった。たとえ撃たれたとしても、自分が渚に抱いている感情が動くことはないと自分でわかっていたから。

 

だから、長沢は伝えた。学校で立場の弱い男子が言おうものなら、己の死と同義であるその言葉を。

 

 

「でも、僕……渚の姉ちゃん、が……大好き、だ、よ……」

 

 

――時が止まる。

 

 

……涙を流し、色を失いかけた渚の瞳。その手に握られた拳銃にわなわなと力が込められていくのがはっきりとわかる。自分の心を解放したところで火に油を注ぐ結果になる事はわかっていた。それでも伝えたかった。

 

 

――ちょ、ちょっと待ってくれ……まだだ、渚の姉ちゃん。これだけは――!!

 

 

そして……拳銃が火を吹く前にどうしても言わなければならないことがある。

 

 

「渚の姉ちゃんが、僕のこと、嫌いなのは……わかった。でも、いいんだ。僕、どこへ行ったって嫌われ者だったからさ……全然、いいんだよ。だけど、僕は……その、……そういうわけだから、さ……。最後になるけど、聞いてくれよ。ぼ、僕のリュックに携帯が入ってる。そ、そこのメモ帳に……」

 

渚は拳銃を構えたまま、茫然自失とした表情で長沢を見つめる。麗佳に、咲実に、かりんに……嫌というほど見せられたあの瞳。でも、これが最後だ。もう見なくて済むんだな……。そう思うと妙な安らぎさえ覚える。それでも、渚の顔色を窺いながら長沢は必死に言葉を紡ぐ。

 

「ぼ、僕が毎日やってた、ど、ドラゴン・ハンターってネットゲームの、その……ログインパスワードが書いてあるんだ……。もしも、渚の姉ちゃんが生きて帰れたら、僕の代わりに続きを遊んで欲しいなって……思って、さ」

 

ふざけるなと言わんばかりに撃たれるかもしれない。そんな恐怖が一瞬頭を過ったものの、それは徒労に終わる。渚は暗い瞳から静かに涙を流しながら、その場に立ちすくんでいた。

 

「……勇者長沢」

 

「…………?」

 

「yusha-nagasawa……だよ。もっと子供だった頃、RPGに出てくる主人公に憧れてさ、まあ……バカみたいって思うかもしれないけど……はははっ……。僕、あんな風になりたかったんだ」

 

 

 

――言えた。

 

 

 

これで、いいんだ。もう、思い残すことは何もない……。

 

 

女に殺されるなんてカッコ悪いけど……渚の姉ちゃんなら……。北条よりもよっぽどマシだろ……?

 

 

 

裏切った自分を激しく罵ってくれることを望んでいた。悲しみ、嘆き、泣き崩れる事を求めていた。親友を手にかけ裏切ってしまった自分を罰し、追い詰めて呪いの言葉を浴びせてくれることだけが自身の忌まわしい記憶を忘れさせてくれた。泣き叫んで許しを請う姿だけが自身の罪悪感を増幅し、心を傷つけ残酷に仕立ててくれた。

 

そして、それを繰り返すうちに人間なんてみんな同じだと言う結論に辿り着いた。

 

 

それなのに……それなのに、この子は――

 

 

「最後まで聞いてくれてありがとう、渚の姉ちゃん。ドラゴン狩り、よろしく頼む、ぜ……?」

 

長沢は震える声を必死に絞り出す。これで、いつ撃ち殺されたって良い。そう覚悟を決めたはずなのに、いざとなると恐怖で身体が落ち着かなくなる。そして、言いたい事が脳内に生まれてくる。

 

 

――やべえ、優希と御剣の兄ちゃんと咲実の姉ちゃんだけでも見逃してくれるように言わないと……!

 

 

引きこもってゲームばかりやっている長沢が、愛用しているネットゲームのパスワードを他人に教えるなどという事は、ゲームのデータが飛ぶ、即ち死と同じことである。それをわかった上で渚に教えると言う事は……

 

 

『もしも、渚の姉ちゃんが生きて帰れたら、僕の代わりに続きを遊んで欲しいなって……思って、さ』

 

 

――自分が死んでも、私に、生きていて欲しい……って……? そう、言うの……?

 

 

真奈美……私が、あの時……この子のように言えたとしたら……あなた、は……?

 

 

あの日、銃を向けたあなたを……私がこの子のように微笑んで抱きしめてあげられたら……あなた、は……?

 

 

二人の心を静寂が支配していた。視界に映るのは互いの存在。聞こえるのは互いの声。認識できるのは相手が佇むその空間のみ――

 

 

 

だから、気がつかなかった。

 

 

 

 

背後から上がったその銃声に――!

 

 

 

 

「……えっ? ぐっ……あ、あぁ……」

 

「渚の、姉ちゃん……?」

 

 

 

漆黒と純白をあしらったドレスに鮮やかな赤が浮かび上がる。握っていた銃がこぼれ落ち、渚の身体が崩れかける……。

 

 

「姉ちゃん……渚の姉ちゃんっ!!!」

 

 

 

 

 

――ふふふ……許さないわよ……。よくも、謀ったわね……!! 大佐ッ!!! この任務が終わったら、たっぷりお礼をしてあげるわ……。簡単には済まさないからね……。ふふふ……ふふ、あはははっ!

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