長沢勇治 3 9.6 3人の殺害
矢幡麗佳 8 Death 近距離でPDAを5つ破壊
色条優希 4 7.3 首輪を3つ取得
漆山権造 A Death QのPDA所有者の殺害
手塚義光 5 3.0 24箇所のチェックポイント通過
陸島文香 ?
郷田真弓 ?
御剣総一 2 4.5 JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実 6 6.9 JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K Death PDAを5つ収集
葉月克巳 7 2.7 全員との遭遇
綺堂渚 J 9.8 24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太 10 3.3 首輪が5つ作動
長沢は弾かれたように突進した。目の前に佇んでいた大好きな人が地面に叩きつけられる――そんなことを許すわけにはいかない。
「渚の姉ちゃんっ!」
滑り込むかの勢いで渚の身体を抱き止めて身を屈めると、傍らに落ちているライフルに右手を伸ばそうとした。だが、その時長沢の左腕に異様な重力がかかる。確かに自分は非力である。しかし、本気を出せば大人の女性一人くらいは支えられるはずだ。それなのにこの重みは妙だった。温かい肢体に鉄の塊でも仕込まれているかのように。
「く、くふっ……長、沢くん……」
自身に凭れかかったまま吐き出された渚のか細い声に我に返ると、長沢は両腕を回して必死に渚の身体を支えようとする。同時に白と黒に彩られたドレスに浮かぶ、毒々しい深紅の紋様が否応なく視界に入ってくる。他のことを考えている余裕なんかない。目の前の惨劇にただ走っただけだった。
だから、渚の姿を改めて長沢が認識した時、はっきりと理解した。他でもない第三者が渚を銃撃したのだと。このままでは自分の身も危機に晒される。何より大切な人をこんな目に遭わせた存在を野放しにしてはおけない。長沢は渚を抱きかかえたままライフルに手を伸ばすと必死に掴み取り、彼女の肩越しに銃身を向ける。
「誰だっ!! そこにいるんだろ!!! 出て来いっ!!!」
「くっ、だ……ダメっ! 長沢くん……」
もしも渚が狙撃されたのだとすれば、長沢の行動は自分たちの居場所を教えているようなものであり、自殺行為である。察した渚は怒号を上げる長沢を止めようとしたものの、既に無意味な事だった。
「大丈夫だ、渚の姉ちゃん……! どこのバカ野郎だか知らないけど、姉ちゃんを撃った奴はブッ殺す!!」
長沢に迷いはなかった。だが、ひとつだけ疑問に思えることがある。闇の向こうで息を潜めているのは誰なのか。敵だと確実に認識できる漆山やかりんはもういない。それならば……。
「随分と不謹慎なのね……ボウヤ」
一瞬、思考が停止した心におぞましい声が差し込まれる――
身の毛もよだつような、暗く、冷たく、甘い声。それでいて聞き覚えのある音色――睨みつけていた銃身の先、その柱の陰からパンプスの音を響かせながらゆっくりと近づいてきたのは――
「助けてあげたのに、その言い方はないんじゃなくて? 長沢君」
気取った立ち振る舞い。左手を腰に当て、だらりと伸びた右手には拳銃が握られている。
「な……!?」
闇の奥からゆっくりと現れた人物に長沢は戦慄した。それはまぎれもなく知っている参加者であり、行動も共にした事のある人物だった。
「ふ、文香の……!?」
そう、そこに立っていたのは間違いなくあの陸島文香だった。青色の制服、青色の髪――どれも見覚えがある。しかし、以前見た時とは決定的に何かが違う。ライフルを向けられていると言うのに余裕たっぷりな表情、口元に浮かぶ不敵な笑み、こちらを見下すような冷たい視線。どれも普通のOLのものとは思えない。
それだけではない。自分のようにどこか異常ならばともかく、普通に暮らしていた女性が人を銃撃すれば自身の行いに怖れ慄くのが普通だろう。それが原因で箍が外れて正気を失ってしまう者さえいるのだから。そう考えれば彼女の半ば平然とした異常さは少し前の渚と同様、いやそれ以上である。そして際立つ不気味さは今際の麗佳を思わせるようなものだった。
――なんで?
長沢は恐怖を振り払いながら必死に考える。なぜ文香が渚を撃つ必要があるのか。自分を助けようとした……? もしかして一連の出来事を見ていたのだろうか? 突然の惨劇と疑問に長沢の思考は瞬く間に限界を迎える。このままでは引金を引こうにも指が動かない。
文香は長沢にとって、好意的な人物とは言えなかった。だが、それはあくまでも一般的な倫理観に基づいた上での話である。彼女はゲームで言えば敵であっても悪党や異常者ではないと思っていたのだ。
「その女から離れるのよ、長沢君。こっちへいらっしゃい」
「…………!」
威圧的な言葉に長沢は戸惑う。渚に殺されかけた自分、死を覚悟していた自分。彼女は間違いなく自分を殺す気でいた。理由はどうあれ渚は悪人なのかもしれない。
それなら文香の言う通りにすることが最善に思える。さっさとこんな危険人物は捨て置いて、文香の元へ行くべきだ。
だが、渚の表情が長沢の決断を揺るがせていた――本当に彼女は悪人なのか? そして正義の味方が文香のような顔を浮かべるだろうか……?
「何を迷っているの? 渚さんが君に何をしようとしたのか忘れたわけじゃないでしょう? 見てたのよ、あたし。あなたたちのショーを……ずっと、ね。全く、同じ女として顔を背けたくなるわ。長沢君の心を弄んで」
冷たく並べられる正論も今の長沢にとってはどうでもいいものになっていた。許されざる事実が一つ、目の前にいる人物によって引き起こされた。それだけだ。
「な、何で……」
「何かしら?」
「なんで渚の姉ちゃんを撃ったんだっ!!!」
俯きながら震えていた長沢が顔上げると同時に、怒声が響き渡る。その瞳に浮かんでいた涙が今にも溢れんばかりだった。しかし文香は怯む様子も見せず、淡々と述べる。
「はぁ……その様子だと何も知らないようね。……ふふふ」
「なに笑ってんだ!!! この……ババア!!」
瞬間、文香の眉がつり上がると、聞き慣れてきた音と共に衝撃が耳を掠めていった。
「ひっ……!」
硬直させた身体を解いて恐る恐る文香を見上げると、右手で拳銃を構えたまま長沢を睨みつけている。口は災いの元とはよく言ったものである。
「口のきき方には気をつけるのよ、ボウヤ。言っていいことと悪いことがあるわ? ……ねえ? お、ね、え、さ、ん。でしょ? 長沢君があまりふざけたことを言ってると、あたしも手元が狂っちゃうかもしれなくてよ? こんな風に……ね。ふふふ」
「や、やめろっ!!」
激昂した果ての代償は大きかった。文香はあからさまに拳銃を渚の方へ向けると、挑発的な微笑みを作ってみせる。そんな文香の微笑に圧倒され、長沢は腰が引ける。それでも無意識のうちに身体を反転させて渚を庇おうとしていた。
感情を隠している女性の笑顔は時に恐ろしいことがある。文香の顔つきにはかつてあった健康的な色気を含んでいたはずの笑顔はなく、今や邪悪な毒気に晒された魔性の美貌へと変貌していた――
「でも、ま……そんなに渚さんが大切なんだ。少し妬けちゃうわ……。君が総一君だったら本当に撃っていたかもしれないわね。ふふふ……あはははっ!」
「……て、てめえっ!」
再び自分を嘲るような笑い声に、怒りが抑えられなくなる。長沢はライフルを構えようとしたものの、それよりも早く文香の拳銃がこちらを捉えていた。
「う、くく……」
「よしなさい。無駄な抵抗は君の死を早めるわよ……」
文香はうっすらと目を細め、長沢を威圧する。彼女は一体何を考えているのか……先ほどの動き、手慣れた仕草。どうしてここまで早くこちらの動きに対応できるのだろうか。自分の無力さに腹立たしさを覚えながらも、長沢はライフルを手放すしかなかった。その態度に満足した文香は拳銃を腰に差すと、再び目を逸らしたくなるような笑みを浮かべて語り出す。
「ふふ、いいこと教えてあげる、ボウヤ。……君が抱いてる彼女はねぇ、数え切れない程多くの人々を殺してきた殺人鬼なのよ……そうよね? 渚さん?」
「え……?」
――勝ち誇るかのように語られた不気味な声。
「知らないってことは恐ろしい事ね……ふふふ。君は今、一生懸命に悪者を庇ってるってことよ」
「な、何を……で、でたらめ言ってんじゃねえ! 渚の姉ちゃんは……!」
言葉では否定したものの、見る見るうちに膨らむ疑念。少し前まで渚が自分にしていた事が頭をよぎる。もしかして、文香の話が本当なのでは……? 腕の中の渚に視線を落とすも、彼女は伏し目がちに切ない表情を浮かべるだけだった。
「ふふ、撃ちどころが悪かったかしら……? 急所は外したつもりだったけど。それとも、その苦しそうな顔もお得意の演技なのかしらねえ? あたしとしては是非、渚さんの口から真実を語って欲しいところだけど……長沢君も聞きたいでしょ? 彼女がどうして君にあんなことをしたのかを、ね?」
昼下がり、少女は静かにベッドから身を起こしてカーテンを開けると、西寄りの陽が病室を明るく染める。その眩しさに目を細めながら、物憂げな表情を浮かべた。
――今日は少しだけ遅かったかな……起きるの。
青い空を眺めるのが好きだった。意識がはっきりとしている時はこうしていると気持ちが晴れる。空の向こうから、きれいな青の彼方から誰かが現れて私の病気を治してくれる――そんな幻想を抱いていた。そのような話を彼女にすると、呆れながらも頷いてこう言うのだ。
『大丈夫。あんたの病気はあたしが何とかして見せるから』
――お姉ちゃん、どうしたんだろう……。
不安なのは自分の難病ではなく、急に来なくなってしまった彼女のことだった。平日は学校が終わると必ず見舞に来てくれる。それができない時は必ず連絡を入れてくる。
「何かあったのかな……お姉ちゃん……」
ぽつりと呟いて天井を見上げると、昨夜の事を思い出す。担当看護師の話によれば、姉は日本国内で難病に苦しむ家族を抱えている人々の会合に泊まりがけで出席する、ということで中学校から連絡を受けたと言う。しかし、それほど大事な事ならば、彼女が事前に何も言わないはずがない。妙な違和感を覚えるのはそのためだった。
そして、気になる事は他にもある。ここ数カ月の間近寄ってくる大人たちに対して、表情を強張らせては追い払うかのような態度を繰り返していた姉の雰囲気が変わったことだ。強気な面持ちや自身の身体を気遣ってくれるのは相変わらずだが、僅かに余裕が感じられ、笑顔が増えている。
『ねえ、かれん。あの……さ。あしながおじさんって話、知ってる……?』
詳しくは聞けなかったけれど、この時のお姉ちゃんの表情は――
夢見がちな自分と違い現実的でありながら、他方でとても純粋な一面も持っている。それこそ好きな人でもできたら、自分より余程可愛くなるのかもしれない――
いつかそんな姉を見れるのかと思うと、嬉しかった。
「あら、起きていたのね。かれんちゃん」
部屋のドアをノックする音が聞こえると、入ってきた担当看護師が少女に語りかける。
「今日は顔色がいいわね。よく眠っていたせいかしら。どう、食べられそう?」
一度は下げたと思われる昼時の病院食を机の上に並べながら、看護師は澄んだ笑みを浮かべる。
「あ……はい。お腹は空いてるみたいです」
上の空で返事をしながら少女は姉――かりんのことについて思いを馳せる。看護師はそんな少女、かれんを見て心を読んだかのように語りかけた。
「大丈夫よ、かれんちゃん。お姉さんのことならこの前話したでしょう? 明後日には戻ってくるわよ」
「え、ええ……。その、お姉ちゃんのこと、なんですけど……それとは別に、最近何かあったんですか?」
「え……? どういうことかしら?」
心配させまいと気遣ったつもりが返ってきたのは意外にも明るい声だった。ふと覗き込んだかれんの顔から懸念の色は伺えず、柔らかな表情を浮かべている。こと大切な人の身を案ずると言うよりも、何か楽しそうな事情を探るかのような、そんな気がした。
「何かいい事があったのかな……って。そう思って」
「失礼ですが……も、もう一度、よろしいですか……? 色条、様……」
半ば放心状態に陥ったスーツの男がやっとの思いで言葉を発する。それほどに衝撃的だった。大空を駆けるヘリコプターが一瞬、傾いたかのような錯覚さえ覚える。事実、操縦士に言葉が聞こえていたらそれは現実となっていても不思議はなかった。
「…………」
今の言葉は本気なのか……一時の気の迷いではないのか。確認のために尋ねてみるも、彼――色条良輔は何かを決心したかのように顔を強張らせたまま、それ以上答えようとはしなかった。
「ボス、お気を確かに……! 姫様ならば、必ず回収部隊が……特殊部隊の準備も整っております。どうか心配なさらずに……きっと救い出してくれましょう」
優希が気になるあまり、ゲームを追うようにして見た映像――
『本当よね……? もしも、次に同じようなことをしたら、これよ……?』
娘の涙、そして血――
繰り返し脳内でリフレインされる悪夢のような光景――追いついてはいけないシーンに追いついてしまった。傍らで必死に説得を始める幹部達の方を振り返ると、良輔は静かに力を込めて言った。
「……間違い、だった」
良輔を囲むように立っていた幹部達の表情から血の気が失せていく。ゲームを存続させるに当たって、その組織のトップがゲームそのものを人道的に反省することなどあってはならないことである。ゲームが大きくなり組織が生まれ発足して数十年、人を躍らせ、傷つけて、見物客と共に盛り上がることで利益を上げてきたのだから。
「全ては…………間違いだったんだ……。遠い昔から、な……」
「し、色条様っ!!」
幹部達は何とか良輔の考えを元に戻そうと画策したが、ショックの激しさからかける言葉が思い浮かばない。
「……もう終わりだ」
一瞬、凍りつく空気――
ほんの数秒が数時間に思えるほど、その場が静まり返る。プロペラの音だけがやけに大きく感じた。驚きながら顔を見合わせる幹部達も、良輔の表情からその言葉が本気だと言う事は容易に察することができた。何か言わなければ……しかし、何を言えば……。
「やめよう。終わらせなければならない……」
「どうか落ち着いてください、色条様! 財界を仕切る多くの方々がこのゲームを楽しみにしています。彼らの協力によって我が組織もこうして成り立っているのです! もはやこのゲームなくして我が国は……」
「その後ろで、泣いている人間が大勢いるのだろう。私はずっと疑問だった……だが、今回で漸く、身を持って理解できた」
「……このゲームは中止するんだ」
良輔による唐突な宣言にその場にいるほぼ全員の幹部が身動きすら取れずにいた。
だが、あからさまに動揺する幹部達の後ろで静かに佇んでいた男が威圧的に言葉を発する。
「何を馬鹿な事を。ボス、姫様の御身を案じるあまり狂ったのですか? それとも怖気づいたのですかな? 我々にしてみればここからが見物かと思えますがね。我が国を動かす者どもに刺激を与え導くべきゲームにおいて、ボスともあろうお方が私情を挟むなど……それもたかが娘一人のために。前代未聞です」
「…………!」
煽るような部下の言動に、良輔の沈んだ表情は不快の色へと変わる。
「おや、これは失礼。語弊がありましたか……富豪どもをゲームで興奮させ、明日への経済への活力とする、そう言えばわかりますかな。ボス、この国を動かす彼らを、体よくさらに操る――言わばこの国を支配しているのはあなたなのですよ? 政治も警察もマスコミも……そして、ゲームは今回だけではありません。今後もずっと、未来永劫続くのです。いずれ姫様にも後を継いで頂くことになるでしょう。ですから、あなたがそのような……」
「……今回も前回も、その前も……そしてその前のゲームも、お前たち最高幹部会の急進派が勝手に推し進めたものではないか!!」
良輔は言葉を遮って声を荒げる。饒舌に語る幹部の男に冷静さを保ってなどいられなかった。やはり、組織のトップとはいえ良輔も人間だったのだ。だが、そんな彼を嘲るかのように幹部の男は続ける。
「これは異なことを。最終的な許可を出したのは色条様、あなたですよ?」
「……!!」
良輔は拳をわなわなと震わせ、怒りに燃える。微かに揺れる身体がその激しさを物語る。
「そもそも、定期的に行われるこのゲーム、そのサイクルを乱すようなことは許されません。私の知る限り、先代までこんな例はありえなかったはずですが……私達もゲームを遂行することに命をかけているのです。お前たちもそうだろう?」
幹部が他のメンバーの方に向き直って同意を求めると、戸惑いながらも頷いて見せる。トップと仲間、善と悪……深く錯綜した感情が彼らの答えを闇の彼方へと追いやる。
「わかっていただけましたか? そのためならば、多少姫様に怖い思いをして頂くこともやむを得ないのですよ。まあ……まさかここまで拗れて、ご本人がゲームに参加してしまったことについては……不本意ではありますがね。それもこれも、ボス、あなたが素直にゲームの開始に同意してくださっていれば……」
幹部達は彼の言葉に期待していた。不本意でも何でも良い。この説得によって良輔がゲーム続行の意思を示してくれればそれでよかった。優希が巻き込まれたという今回の事故は二度と起こりえないであろうイレギュラー、今回さえしのげればどうにでもなる。そう、良輔とて本来ならばゲームを楽しんでいるはずなのだから……。
しかし、一度心に火のついた男はそう止められるものではない。
「……私はこのゲームの存在を全世界に向けて公表する。そしてこの300年に渡る負の歴史に終止符を打つ。こんな……こんなゲームなど、我が国にあってはならんのだ……!」
――優希、今助けに行く。私はゲームと共に地獄へ落ちなければならないだろう。だが、お前は……お前だけは普通の女の子として……。
「この、ゲームが……ショー、だって……?」
文香の口から語られた真実に長沢は驚きの色を隠せなかった。彼女の話が本当ならば、今自分の腕の中で倒れている大好きな人は……。
「そうよ。そして今話した通り、君が大事に抱えている彼女はこのゲームの主催者側……つまり組織の一員ってことよ。プレイヤーのフリをして多くの人を騙してきた、ね……。そういうことを何年も続けてきたのよ」
「渚の……姉ちゃん……」
語りかけても渚は答えず、苦しそうに呼吸を繰り返す。
「騙された長沢君が絶望の果て、渚さんに殺される……そんなシーンを観客は望んでいたんでしょうね。そこで渚さんは君が好意を持っていることを逆手にとって、惨たらしく殺そうとしたの……ゲームを盛り上げるため、そして彼女自身の報酬のために。わかる?」
「……う、うそだ……! そんなことがあるわけないだろ……!!」
確かに自分は渚に殺されていたのかもしれない。しかし――
「へえ……じゃあ、どうして渚さんは長沢君を殺そうとしたのかしら? それも散々弄んで。彼女の首輪解除の条件からしてあんなことする必要はないはずよね……?」
「ぐ……くく、お前ぇ……!」
「お前……? 年上のお姉さんにそういうこと言っていいのかしら? 別にあたしは今すぐ話をやめて、お仕置きしてあげても構わないんだけど?」
怒りにまかせて罵倒したくなるのを長沢は必死にこらえていた。一歩間違えれば二人とも殺される……。鈍く光る文香の瞳がそう言っているようにすら思える。少し前の長沢ならば激情に身を委ねて、あとは為すがままだったのだろう。だが、今は違う。守りたい人が、大好きな人がここにいる。だから先ほどのようなことがあってはならない。
そして、真偽の程はともかく文香の言い分は正しく思えるものだった。このゲームが見せ物で渚がその盛り上げ役だと言うのなら、彼女の行動にも納得せざるを得ない。
だが、この不快感と第六感が発する警戒心は何なのだろうか――
今起きている事だけで全てを判断し、自分の事ばかり叱る女性教師……そこに至るまでどんな事があったのか……それを聞きもせずに普段の態度と合わせて決めつけ、審判を下す。長沢が持つ文香のイメージは正しくそれに近いものだった。言葉が続かずに視線を落としていると、文香が口を開く。
「だからあたしは組織と戦うテロ組織、エースの一員として君を助けたってわけ。ね」
「な……に……!」
エース――!
忘れもしない。あの黒い男が今際に呟いた言葉……。そしてネットで何度か見かけたことのあるテロリストの噂。この女は一体……? 長沢が驚きながら固まっていると、渚が少し反応したように思えた。苦しそうな表情に若干変化が見られたが、それ以上考える余裕はない。
「あら、少し口がすべったかしら」
文香はわざとらしく微笑むと、好意を装うような視線で長沢を見下ろす。事実、今しがたの失言も長沢の興味を引くために計算されたものだったのだ。
「さ、一緒に行きましょ、ボウヤ。優希ちゃんが待ってるわよ。総一君も咲実ちゃんもね。詳しい事は後で説明するから」
総一と咲実から長沢の話は聞いていた。衝動を抑えることができない、鬱屈した精神の塊のような少年――だったはずが、このゲームで起きた出来事により共に笑い合えるほどになっている、と。危機によって本性が現れる……とは些か違うだろうが、中学生程度の精神状態ならば、単純に善悪で判断する。そして善人を装っていた素敵な女性が実は悪だったなど、ベタとは言えドラマチック過ぎるストーリーである。だから、文香はこの時点で長沢を懐柔できるものだと踏んでいた。
しかし、長沢は渚を抱えたままそこを動こうとはしなかった。長沢にとって渚の存在はそんな軽いものではないのだから。何より文香が口にした『エース』という単語は長沢の不信感を決定的なものにしてしまったのだ。
「どうしたの? 優希ちゃんたちと会いたくないの? 長沢君が来てくれたらきっと喜んでくれると思うけど?」
「…………渚の姉ちゃんはどうすんだよ……?」
長沢が文香を睨みつけながら呟くと一転、彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべる。それが長沢には殊更に不気味に映るのだった。
「いい質問だわ。……ボウヤのPDAは何番なのかしら? ふふふふふ」
「か、関係ないだろ……!」
「あたしが何も知らないとでも思ってるの? 三人殺さないといけないんでしょ?」
「…………!」
誰が言うものかと思った矢先、自分のPDAを見破られている事に驚く。総一や咲実が言ってしまったのか……それとも優希が? いずれにせよバレていることは間違いない。好きでもない人物に秘密を知られている事に不快感を覚える。
「……恨みを晴らすのよ、ボウヤ」
「なに!?」
「長沢君を騙した渚さんが憎いでしょ……? 猫なで声を出して、君の気持ちを弄んで……ふふ。全く反吐が出るわ。挙げ句の果てには殺そうとしたのよ? そこまでされて悔しくないの? プライドだってズタズタじゃない」
「…………」
「このゲームはショーなの。多くのお金持ち達が長沢君の失態を見てるわ。きっと無様な君を笑ってるでしょうねぇ……。だから、汚名を返上するのよ。君の手で始末をつけてごらんなさい。そうすれば観客は君の事を見直すかもね」
――みんなが見ている……?
クラスのバカどもが指さして僕を嘲っている。悔しくても、悲しくても、どうすることもできなかった。でも、今ならできる……。武器があるからできるんだ……。もう一度、人を殺せるという事を見せてやるんだ……!
でも――渚の姉ちゃんだぜ……?
――僕を、騙した……?
『長沢くんって言うんだ~? お姉さんたちは傷つけるつもりはないから。大丈夫だからね~?』
――渚の姉ちゃんが……憎い……?
『男の子なんだから、ちゃんと食べないとダメだよ~? はい、あ~んして?」
――恨みを、晴らす……?
『いい加減に認めなさい、長沢くん。これが現実なの。私はこういう女よ? 君が思っているような人間じゃないわ。君は騙されていたのよ、ずうっと……ね」
――僕を、笑って、いる……?
「躊躇う事はないわ。彼女は悪人なのよ……長沢君」
――ふふふ……もう一息。普段の卑屈な心を引き摺り出してあげるわ……。
思春期に訪れる肥大化した自意識過剰。文香は長沢のそれを最大限に利用しようとしていた。
「…………」
――悪人……なんだよな……? でも……。
『嫌い……嫌いっ……!! 君のことなんて大ッ嫌いよ!!! 長沢くん!!』
――どうして、泣いていたんだろう……? 渚の姉ちゃん……。
「君の力を、強さを多くの客に見せてあげるのよ。……人を殺してみたいんじゃなかったの? 今ならそれが正当な理由でできるの。こんなチャンス、あり得ないでしょ? ふふふ……」
執拗に煽る文香の声と混じって様々な思いが頭の中を駆け巡る。
少し俯くと渚と目が合う。この目が演技……? 今、目の前にいる文香の目つきと比べれば――!
――はははっ! バカげてるぜ。何を考えてんだ、僕は。渚の姉ちゃんと会わなかったら、そもそも僕は……!!
「嫌だね」
しっかりと文香を見据えて長沢は答える。
「あら、どういうつもりかしら。そんな女に弄ばれたってわかってるのに、まだ縋りつく気? カッコ悪いわよ?」
「僕が殺すのは悪党だけだっ!」
勝負は一瞬。長沢は反射的にライフルを拾うと文香に向けて引金を引こうとする。だが、文香にとって素人の少年をあしらうことなど赤子の手を捻るようなものである。
「いけない子ねぇ……! あたしが悪人とでも言いたいの?」
「長沢く、ん……!!」
長沢がライフルを向けた瞬間、邪な笑みと銃口が目に入る。当然ながら文香の方が早かったのだ。銃の大きさや錬度の差を考えれば当然だった。それでも、渚を守るにはこれしかなかった。
――ちくしょう!! 間に合わねぇ……!!!
あきらめかけた目の前に黒い影が立ちふさがった。同時に響き渡る、二発の銃声……。
――え……?
黒い影が右後方へ吹き飛ぶ。
左腕の中にいたはずの、彼女が……。
「う……うわあああああっ!!!!」
非情な現実に長沢は怒りと嘆きの入り混じった大声を上げる。自分の立ち位置から倒れている渚の間に赤い染みが滴り伸びていた。
「てめえぇぇっ!!!」
だが、長沢が文香に向かい合った時には既にこちらへ拳銃が向けられていた。その表情に先ほどまでのような笑みはなく、ただ冷たい女性が軽蔑するような視線だった。
「残念ね、仲良くあの世にいってらっしゃい、ボウヤ」
――ちっきしょおおおおお!!! こんな終わり方なんか……!!
長沢は呪った。自分の無力さを。もう逃げ場はない。後ずさりながら目を閉じると涙が床にこぼれ落ちていった。それと同時に何かが爆発したような轟音が響き渡る。
――な、なん、だ……? あれ……生き、てる……?
不思議な事に体のどこにも痛みを感じない。静かに目を開けると、文香の姿はなく、自分の僅か数十センチ先に鋼鉄製のシャッターが下りていたのだ。
「長、沢くん……。だい、じょう……ぶ、だっ……た?」
後ろから聞こえた優しい声に振り向くと、そこには口端から血を流しながら微笑みかける大好きな人がいた。
「渚の、姉ちゃん……」
「よかっ……た……」
やっとの思いで声を発した渚の右手から、PDAが零れ落ちた――
――クックック……どうやら見えてきやがったぜ、黒幕がよ。……こうも長編ドラマが始まっちゃ、バッテリーがいくらあっても足りやしねえ。一話完結が理想ってもんだろ。なあ……?