シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

45 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  8.3     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  7.1   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  3.4  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  ?
郷田真弓  ?
御剣総一  2  4.2  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  6.5  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  2.9    全員との遭遇
綺堂渚   J  10.6  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  3.0   首輪が5つ作動


第43話 大好きなあなたへ・・・

「姉ちゃん……。渚の、姉ちゃん……」

 

長沢は今しがた現れたシャッターに背を向けると、おぼつかない足取りで渚の元へ歩き出した。離れていても見える、白と黒の衣装に浮かぶ鮮血の赤。そしてこれだけの銃弾を浴びていれば、そう助からないことは嫌でもわかる。

 

「渚の姉ちゃん……」

 

長沢は崩れ落ちるように渚の傍らに跪くと、その瞳から堰を切ったかのように涙がこぼれ落ちていく。声にならなかった。

 

「う、うくくっ……うわぁ……っ!」

 

「長、沢くん……」

 

少年の嗚咽と女性の吐息の音だけがその部屋に木霊する中、渚はやっとの思いで手を伸ばすと、長沢の頬にそっと添える。

 

「男の子、は、泣かない……んだ、よ……?」

 

血塗られた指先に涙が触れ、赤い雫となって地面に零れていく。今日に至るまで何度も聞かされてきた言葉。渚の言葉は尤もだった。だが、ケンカで負けた時よりも、学校でひどい目にあった時よりも涙が止まらない。

 

 

 

「少し、だけ……聞いて、欲しいんだ、けど……」

 

渚は虚ろな視線を一生懸命に長沢の方へ向けて言った。それは、少し前までの脅すような不敵な女性の声ではなく、長沢がよく知っている優しい声だった。その音色に安堵を覚えながらも声が詰まり、返事ができない。

 

「私、ね……ずっと昔に、このゲームに、参加……させら、れた、の……。親友と、一緒、に……」

 

「え……?」

 

突然の告白に長沢は驚きを隠せなかった。涙と悲しみで曇っていた心と視界が一気に開け、渚の表情が目に飛び込んでくる。

 

「それで、ね……。私は、親友を……真奈美、を……」

 

 

 

高校生の時だったかな……。私と真奈美がゲームに参加させられたのは――私の家には莫大な額の借金があったの。お父さんが事業に失敗して……。家族全員で必死に返そうと、頑張っていたわ。お父さんは寝る間も惜しんで後始末に奔走したし、お母さんは家事をこなしながら内職して。姉さんも大学を辞めて働いて、私は学校の後、弟は朝早くにバイトをするようになった。そんな境遇だったから、狙われたのかもしれないけど……。

 

「一緒に帰るわよ、真奈美! こんな馬鹿げたことで殺されてたまるもんですかっ!」

 

私と真奈美はずっと二人で行動してたの。女の子二人だったからかもしれないけど、何度か命を狙われたわ。私は家族のためにも、絶対に生きて帰らなければならなかった。だから、襲われた時は必死で戦ったの。真奈美を守りながら……。銃だって撃ったし、ナイフだって振りかざした……説明書を読んで難しい武器も使ったり……。

 

そして、奇跡的に5階まで辿り着いた3日目……。武器だって強力になるし、死んだ人も増えていった。あの子は……真奈美は、私よりずっとおしとやかで女の子らしくて、そんなところが羨ましかった。私は、どちらかというとがさつでクールな方で……。

 

そうなの……今まで、長沢くんに話してる時の……これは、ね? 真奈美の話し方や仕草を真似てるのよ。だって本当の私は、君にひどい事を……。

 

今になってやっとわかったんだけど……真奈美はきっと怖かったんだと思う。人が死ぬたびに増えていく賞金のことが頭から離れなくなって――

 

 

「いやああっ!! 私、死にたくないっ!!! 触らないでっ!!!」

 

「ま、真奈美……!?」

 

 

そして真奈美は私に銃を向けたの――

 

 

 

「一人で帰れば20億円よ……! 渚のお父さんの借金も半分以上返せるっ!! 私……私、知ってるんだからぁぁ!!」

 

「お願いだから撃たないで、真奈美! 私は、あなたを殺そうだなんて思ってないのよっ!!

 

「うるさい……うるさいっ!!」 

 

 

――私も同じなんだけど……自分の身を守るために銃を抜いたの。帰らないといけない。ううん、違うよね。心のどこかで、真奈美のことを信じられなくなって……本当は怯えていただけなのに。そんな真奈美をわかってあげられなかった。

 

 

「……やっぱり銃を抜いたわね、渚……! ほら、やっぱりそうなんだ……。渚……やっぱり私を撃つんだ……!」

 

「こ、これは、いきなり撃たれたから反射的に……」

 

「私を撃ってお金にするつもりなんでしょ!! それとも、私を殺したら渚の首輪が外れるわけ!?」

 

「そんなつもりはないのよ!! 真奈美っ! 私はあなたのことだって、大事に……!」

 

「うるさいっ!! そうよ……撃てばいいのよ……! 渚に殺される前にやってしまえばいいのよ……!! どうせ、最後は私と……殺し合いを……するんだから……!!」

 

「真奈美っ! ダメよ、真奈美……!! 違うのよっ!!」

 

「ウソをつきなさいっ!!!! ……私のことなんて、足手まといくらいにしか……思っていなかったくせにっ!!!」

 

 

 

そして私に放たれた銃弾は僅かに逸れて、私が放った銃弾は……

 

 

 

「あははは……滑稽、だわ……! 私は、ずっと……こん、な……お金の、ために……人を、殺す奴、を……とも、だちだ、なん……て……。そう、そうやって……私を、嘲り笑う、ために……友達、面して、いた、の……ね。勝ち、誇って……笑って……いい、気分でしょう……? あ、あはははは……はははははははっ!

 

「違う、違うのよ……! 真奈美、聞いて!! お願いよ……!」

 

「お金、だけ抱いて……一人ぼっちで、生きるが、いい……わ、渚……。この……!」

 

 

「ひとごろしめ……」

 

 

 

 

――真奈美の最期の、その言葉を聞いてから、私ね……? おかしくなっちゃったのかもしれない。賞金を手にして家に帰って……。それも束の間、すぐに組織からスカウトされたわ。このゲームの運営側に。借金はまだまだあったし、断る理由もなかった。それに――その時はもう全てがどうでもよかった……。

 

そして血を吐くような研修訓練を重ねて……。こうしてゲームの参加者のフリをするような立場になって……。ゲームを盛り上げるために、色々な人を騙して、傷つけて。

 

 

 

――嘘じゃないわ。私を信用したのがあなたの失敗だったわね。さようなら。

 

――怒ったって、現実は変えられないわよ? フフフ……じゃあね。

 

――残念。真実に近い位置まで来てたのにね。その鋭さが命取りなの……あははっ!

 

――痛い? 痛いよね? 今楽にしてあげる。

 

――あなたみたいな「いい人」って、癇に障るのよ。黙って……!

 

 

最初は痛んだ心もいつからか慣れてきて、心を動かされることもなくなったの……。泣かれても罵られても、迷わず殺したわ。人間なんてみんな同じ……誰だって最後は我が身可愛さに裏切る。私がゲームに参加した時から……そして、組織の人間としてゲームを管理してる時も、ずっと、ずっとそうだった。私が手を下さなくても、最後は……必ず、ね……。

 

 

 

 

 

でも、ね――?

 

 

長沢くんが……初めてだったね。私がひどい言葉で罵っても、銃を向けても、反撃してこなかったのは……。

 

 

それに……私、驚いたんだよ? このゲームに参加してよかった、だなんて……長いゲームの歴史の中でも、長沢くんだけなんじゃないかなぁ……。そんなこと言うの。私だって、あれ程このゲームを憎んでいたはずなのに……

 

 

 

 

 

「な、なあ……俺……達、こんなこと、やってて、いい……のか?」

 

「僕にそんな事を言われても……だ、だって招待されたんだから楽しまなきゃ損……だろ? そう、だよ……な?」

 

片やつい先ほどまで饒舌に語り、片や芳しくない結果に怒り狂っていた御曹司たちが、今や大人に激しく怒られた少年のように、罰の悪そうな表情を浮かべて俯く。

 

 

スクリーンの向こうに映るのは、静かに涙を流している少年と瀕死の女性。本当は想像できないほど苦しいだろうに、優しい表情を作って自らの生い立ちを述べる――

 

 

その傍ら、ドレスに身を包んだ女性はハンカチを目に当て溢れる涙を必死に拭う。

 

――ふん、生意気な女ね。見てるだけでムシャクシャするのよ、ぶりっ子。媚びに媚びた甘ったるい声出して。主催者側の人間だってことは知ってるけど、この女が血反吐を吐いて苦しむ様を見てみたいものだわ。

 

今までのゲームで何度か見かけたナンバーJ。婦人にとってはとにかく癇に障る存在だった。嫌いだった。だから、今回ついに撃たれた時は一瞬、胸がスッと晴れる自分がいた。小憎たらしく逃げ回る小動物をやっとの思いで虐待した気になった。あははっ、苦しめ、苦しめ! 

 

そう思った。

 

だが、そんなナンバーJにも今日に至るまでの深い事情があった。そして、その憎らしいはずの演出によって一人の異常な少年が助けられ、逆に彼女のために命を捨てようとさえしている――

 

「私……とても……醜い……わ……」

 

やがて溢れ出る涙を抑えきれなくなった婦人は、立っていることもできなくなったのか、すぐ隣にいる男性にの胸に顔をうずめて泣き続けた。

 

「私、私たちは……なんてひどい事……を……うぅ……」

 

「う、うむぅ……」

 

涙声の婦人の問いに対し、紳士は声にならない言葉を呟くのが精一杯だった。今や酔いがすっかり醒めてしまい、ただ茫然とスクリーンを見つめる。その向こう側で静かに涙を流している少年を見ていると、自身の目にも熱いものが込み上げてくる。

 

「くっ……こんな少年が……こんな必死に……」

 

 

――どんな無様な死に方を見せてくれるのだろう?

 

ルールを読まずに首輪発動。ナンバー5や10に虫けらのように殺される。ナンバーKに襲いかかって見事に返り討ちにされる――

 

さあ、カッコ悪い死に様で楽しませてくれよ? このゲームでは男が女に殺されるシーンこそが至高のメインディッシュなのだからな。

 

そういう存在でしかないと思っていたナンバー3が映像の中で大切な女性を抱えながら涙を流している。それどころか、初期の頃に見られた危険極まりない目つきや態度は見る影もなくなっている。少年に対して抱いていたイメージを恥ずかしく思い、自分が嫌な大人だと再確認させられる。

 

――す、すまん……。

 

謝罪の言葉が誰に対してでもなく漏れ出る……。

 

 

そう、当然のことなのかもしれないが、長沢にも渚にも心はあったのだ……。ここへきて多くの観客がその当然に気付き始めた。自分たちが嘲っているゲームのプレイヤーはそれぞれが自分と同じく、意思と感情を持った生身の人間だと言う事を――

 

 

 

 

「全く……最近の観客どもは感情に身を委ね過ぎるのだよ。もっとこの国をつき動かしている自覚をだな……!」 

 

一方、相も変わらずこの空気に対して異を唱えるタキシードの中年だったが、賛同者がいないこともあってか、周囲にはいつの間にか誰もいなくなっていた。いつもは自分が観客の代表であるかのように仕切り、煽動するというのに。そう思うと余計に腹が立ち、思い通りにならない状況に地団太を踏み始める。

 

「ええい!! 面白くないっ!!」

 

「ならば、今すぐ出て行くがよかろう」

 

「あっ? 何だと……!? 貴様ぁ……あ?」

 

怒り露わに声のした方へ振り向くと、そこには明け方に言葉を交わした老翁が立っていた。今にも殴りかからんという勢いだったものの、その静かな迫力と鋭い眼光に押されて忽ちおとなしくなる。

 

「歴史が動き出そうとしているのだ……」

 

「な、何を……言って……」

 

老翁の呟きに中年はうろたえるしかなかった。

 

 

 

 

 

「一体、なにがどうなっているんだ……? なんでこんな空気になってるんだ!?」

 

カジノの会場を唖然と眺めていたディーラーは、思っていたことが口をついて出る。モニターを監視するのも忘れ、メインスクリーンに見入っていたのだ。

 

「あ、申し訳ありません、金田様。サブマスターがこんな……。私とした事が……しかし、カジノの状況は……」

 

「別に……問題ないだろう。趣旨とは大分違ってきているが……」

 

会場は一向に盛り上がらない。否、厳密に言えばそうではない。掛け金は十分に動いている。むしろ逆なのかもしれない……。言うなればディーラー側が意図する方向とは正反対の盛況を見せているのだ。歓喜と下品な叫び声は今や影を潜め、会場を包んでいるのはすすり泣く声とワイングラスがボトルに触れる音となっていた。そんな中、目の前にある機器のランプが音を鳴らしながら点滅する。

 

「な、極秘回線……? この識別コードは……金田様!!」

 

長沢たちのやり取りに泡を食っていたディーラーは慌ててそれに手を伸ばすと、ジャミング装置を起動させ、通信を試みる。

 

「バカな……貸せっ!」

 

それの意味するところを理解した金田は、奪い取るかのように慌てて通信機を手に取ると、すぐさま耳に当てる。

 

 

 

 

 

――文香さんが言ってた事、あれは全部本当のことなの。私はね? このゲームの撮影役なのよ。この建物の中には数え切れないほどの監視カメラがセットされてるんだけど、こうして私が近くにいることで、より臨場感あふれるシーンを会場に送ることができるの……。

 

ここに……見えるかな? こんな重たいものを身に着けているのは……うん……。長沢くんを殺すところを……撮影して、そういう指示を……

 

 

 

「もう、いいよ……渚の姉ちゃん。それ以上言わなくても、さ……」

 

そこまで呟いた渚に、長沢はそっと声をかける。

 

 

「俺――僕、渚の姉ちゃんに会えて、本当によかったって思ってるんだ。だから姉ちゃんがどういうつもりだったかなんて、そんなのもう……どうでもいいんだよ。って、言うか……何度もこんなこと言わせないでくれよ。は、恥ずかしいから、さ……」

 

「あ……あぁ、ご、ごめん、ね……私が泣いてたら、ダメ、だよね……? お姉さん……なのに……え、へへ……」

 

長沢の言葉に渚も涙が抑えられなくなる。このまま生きてここから帰れたらどんなに素晴らしいことだろう。紛うことなく二人の共通の認識だった。

 

だが、それは叶わぬこと――

 

言葉には出さずとも無理だということは二人ともわかっていた。だから何と言っていいのかわからず、ただ温かい体に身を寄せ合いながら互いの瞳を見つめる。初めて優しくしてくれた女性に。心に憑りついた悪魔を追い出してくれた少年に。このまま時を止めてずっとこうしていられたら……

 

「行って……長沢くん……」

 

「……?」

 

「文香さんが、戻って来る前に……早く……。優希ちゃんを……」

 

「何言ってんだよ……渚の姉ちゃん……!」

 

幸せな時間が終焉を迎える。どうしてこんなことを言うのだろう? しかし、渚の言う通りいつまでもこの時が続くはずもない――

 

「姉ちゃんも一緒に来てくれるんだろ? 優希だけじゃない。御剣の兄ちゃんに咲実の姉ちゃん、高山のおっさん……渚の姉ちゃんに会って欲しい人、いっぱいいるんだぜ?」

 

長沢は渾身の力を込めて渚を抱き起そうとする――だが、力を入れれば入れるほど、自分の方が地面に引き寄せられてしまう。

 

「フフ、フ……ごめん、ね。重かった、かな……?」

 

自身に覆いかぶさってくるような格好になった長沢に、渚は微笑む。

 

「べ、別に重いのは機械の方だろ!? 姉ちゃんが重いわけじゃ……」

 

「うん……ちゃんと女の人に、気を遣えるようになったんだね……お姉さん、安心したよ……? ぐ……うぅ……、は、はぁ……はぁ……うぅ……」

 

必死になって弁解する長沢に普通の男子の一面を覗き見たのか、本音の笑みが零れた。それと同時に苦しそうに呼吸を繰り返す。

 

「渚の姉ちゃん……!!」

 

「長沢……く、ん……? あ、あ……れ……。そこに……いるん、だ、よね……? なんだか……はぁ、はっ……。長沢くんの顔が、霞んで……きた、みたい……。おかしい、ね……」

 

嫌な予感がした。少し前に見たかりんと同じ――

 

長沢は反射的に明後日の方向に手を伸ばす渚の手をつかむと、焦点の定まらない表情の渚をこちらに向かせる。

 

「早く……行って……。私が、我儘に……なる、前に……。あの人が、ここ、へ来る……前……に」

 

「嫌だっ! 姉ちゃんも連れていくんだ!!」

 

長沢は駄々をこねる子供のように涙声で叫んだ。今離れたら二度と会えないような気がしたから。

 

「じゃあ……ここで、私と一緒に、死んで、くれるの……か、な?」

 

「……!! ぼ、僕は……」

 

瞬間、それでもかまわないと思った自分に長沢は驚く。だが、思い出すのはこのゲームで出会った友達――

 

「気持ちは、嬉しい……けど、変なこと考えちゃ……ダメ、だよ……? ここで……長沢くんが、いなく、なったら……誰が、文香さんのこと……伝える、の……?」

 

文香の不敵な笑みが脳裏に浮かぶ。彼女は総一や優希が待っている、と言った。どういうことなのかはわからない。だが、自分に対してやったことが本性ならば、この先碌な真似はしないだろう。

 

 

「フフ、ありが、とう……。長沢く、ん……。ひどいこと、言って……ごめん、ね……? 本当は、ね。君のこと、大好き、よ……。だから、初めてのお友達からの、お願い……。君の大切な友達を、守って、あげて……」

 

「…………」

 

「……ね?」

 

「…………」

 

長沢の瞳と虚ろな渚の瞳がいつまでも交錯していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、大将……クックック……っとと、危ねぇ」

 

手塚が耳に当てていたPDAを離し、軽く空中で一回転させるように右手の中で遊ばせていると高山は素早く振り返る。

 

「悪趣味だぞ、手塚」

 

楽しそうに笑いながら後をついてくる手塚に釘を刺したものの、高山には手塚の行動を責めるつもりはなかった。

 

「まあ、そう言いなさんな。情報収集ってのはてめえの身を守るための生命線だぜ。こんなゲームじゃ特にな。戦場においては情報が命じゃなかったっけか?」

 

「…………。バッテリーの残量には注意しろ。本来の持ち主のことも忘れるな」

 

「拾ったものはその人のもの。失くした奴は泣くがいいってか。命がかかってんだ。そんな余裕がありますかっての」

 

このような状況で普段と変わらない態度でいられる。手塚の強みはまさにそれなのだろう。感情すら計算に入れて行動し、罪悪感も感じない。高山の理念とは違えど、もしかしたら自分よりもよほど軍人向きの性格なのかもしれない。社会においても中間管理職はこのような性格の方が潰されにくいものである。

 

「ここいらでひとつ質問だ、大将。ガキがよ……そこそこ若い女に対してババアって悪態つくだろ? そいつにはどんな意味を含んでると思う?」

 

突拍子もない質問に高山の神経が揺れ動く。この男はいつ敵に回ってもおかしくはない。長い傭兵稼業のせいもあってかそんな状況には慣れっ子だったが、この質問は予想外だった。

 

「……どうだかな」

 

質問の意味を掴みかねている高山はそっけなく返事をする。

 

「連れねぇな。ガキの頃、遠足の一つや二つくれぇ、行ったことがあんだろが。そん時、だ。目立ちたがり屋のガキがよ、若いバスガイドに言うだろ、ババアってな。ククク……」

 

「……そういうものか?」

 

「はぁ、大将……車に乗る時ゃ、てめえが運転しねえと気が気じゃねえか?」

 

「バス酔いには無縁だがな。ただ……遠足の記憶はない」

 

意図的に会話を避けているわけではなさそうだが、この会話の噛み合わなさは手塚も調子が狂う。尤も、高山の行動を見る限り、自分よりも遥かに危険な道を歩いて来てはいる……。それだけは理解できた。

 

「まあいい。結論から言っちまえば、それには二つあってだな。まずは一つ。あれで言うババアってのはよ、ガキが小奇麗な女に構ってもらいたいがための照れ隠しなんだよな。実際、ババアだなんて思っちゃいねえ」

 

「…………」

 

「むしろ、好かれてる意味での褒め言葉と受け取ったっていいくらいだ。だが……言われた方としちゃそこまでわかれっつっても、そうはいかねえだろうな」

 

「それで、もう一つは? ……本気でそう思っている時か」

 

「その答えでは減点だ。ババアっつーこと自体、相手を罵ってるわけなんだが……。つまりはその相手を本気で嫌ってる時だ。たとえ、相手がそこそこ薹の立った顔のいい女でもな。てめえなんか大嫌いだ。そう言ってるってわけだ。ククク……」

 

 

 

 

 

「言ってくれるわね……。相手が相手なら股間のものを踏み潰してるところよ……!」

 

突如下ろされたシャッターの前で怒りに震えていた文香は、やっとの思いで踵を返して歩き始める。胸の中で渦巻く不快感が収まらないのか、歩く度に赤いパンプスの足音が音を立てて鳴り響く。PDAを確認したところ、分断された反対側――つまり長沢たちがいる場所まで行くにはさらに数キロ歩いて回りこまなければならない。それも怒りの一因だった。

 

少年の悪態などという事はわかっていた。自身の挑発により口から飛び出た根拠のない暴言だと言う事も知っていた。

 

しかし――

 

文香は立ち止まると拳を握りしめ、恐ろしい目つきで誰もいない通路の奥を睨みつける。

 

「あたしが……ババアですって……? ふふふ……ねえ……? そんなわけないじゃない……!」

 

握りしめた拳で思い切り横の壁を殴りつける。

 

「許さないわよ……長沢君……」

 

このタイミングで他のプレイヤーが目の前に現れたら、誰彼かまわず殺しかねない勢いである。普段の陸島文香ならば、この程度のことで感情を揺らすこともなかったのだろう。だが、今の彼女に降りかかってきている数々の災難は、その余裕と理念を悉く奪い去っていた。

 

とは言え、自身が生き残る事に対する感覚までが衰えているわけではない。この先、どうするべきか。あの状態の渚を、長沢が助けられるとは思えない。それに渚を失い、激昂した長沢ならば自分から殺されに来るだろう。

 

「まあ、いいわ。あの二人は放っておいても問題ないとして。総一君達の方へ戻るべきかしら。でも……おじ様も気になるわね。うまくやったつもりなんだけど……ね。ふふふ」

 

事前に入手した情報によれば、侵入禁止エリアへの侵入が可能になるツールボックスがあると言う――尤も、そのような強力なツールが見つかるのはおそらく最上階だろう。

 

「あら……!」

 

残り時間に目をやり、PDAの情報を地図に戻したその時だった。二つの光点がこちらの方へ近づいて来ている。文香は素早く手前の通路の陰に身を隠すと奥の様子を窺う。

 

「へえ……。どこにいるのかと思ってたけど、あの二人が一緒にいるなんてね。でも……」

 

文香の心に迷いが生じる。素直に目の前に現れて行動を共にすることを提案するか、それとも……。

 

「ジャマー機能は有効……あの様子だと、あたしには気づいていないようね……。だったら……」

 

文香はそっとPDAを確認すると代わりに懐からボール状のものを取り出して、足音が近づいてくるのを待った。

 

「三度目の正直、いや、四度目かしら。そろそろケリをつけさせてもらうわよ、手塚君。ふふふふ……素人とプロの差、思い知らせてあげる」

 

 

 

 

 

「……それで? その話に何の意味がある?」

 

「意味なんざねえさ。いたいけな少年とおっかねえ大人のやり取りを聞いて、なんとなく、な。ただの暇潰し――」

 

通路の奥からボール状の物が音を立てて転がってきたのは、手塚が振り返りながら高山に語りかけた正にその時だった。解説につきあいながら歩を進めていた高山は急に足を止め、それを凝視する。

 

「あん? どうした、大将?」

 

高山のただならぬ雰囲気に手塚が正面を向くと同時に、大声が上がる。

 

「後退だ、手塚っ!! 走れ!!!」

 

手塚は近くに転がってきたそれが視界に入るや否やすぐに振り返り、帽子を押さえながら一目散に駆け出した。同時に爆音が上がり、背中に燃えるような熱気が襲いかかる。

 

「……チッ! 不意打ちか!? やるじゃねえかよ!!」

 

爆発した火炎手榴弾は火柱となり、二人を追いかける。やがて十字路に差し掛かると床を舐めるかのように炎は四方に広がり、瞬く間に黒煙を噴き上げる。

 

「ひゅーっと、こんなところでバーベキューたぁ、正気じゃねえぜ」

 

燃え盛る炎の奥を眺めながら手塚は呟く。一方、高山は既にアサルトライフルを炎へ向けて構えていた。

 

「おいおい、この煙じゃ向こう側がどうなってんのかわかったもんじゃねえぜ?」

 

――やはり火炎手榴弾か。伏せていたらどうなっていたことか。

 

通常の手榴弾ならば爆風と破片から身を守りつつ、被害を最小限に抑えるためにも伏せるのが最適である。だが、目の前に広がる火の海と煙――選択を誤っていれば煙に巻かれて右往左往、最悪ステーキにされていただろう。

 

「後方の曲がり角まで静かに下がれ。その後すぐに撤退だ」

 

「なんだ? 逃げようってか?」

 

サブマシンガンを構えようとした手塚は不服な表情を浮かべる。

 

「6階への階段なら別ルートで回り込める。敵の装備もわからぬまま応戦するのは危険だ」

 

「……あいよ。にしても、こいつで四度目だぜ? そろそろ種明かしと行きてえもんだが、な……?」

 

振り返ろうとしたその時だった。手塚は腕に熱と衝撃を感じ、驚く。

 

「うおっ! な、なんだ?」

 

左腕の二の腕の袖部分が一部焼け焦げて、血が滲んでいる。

 

――プロの手口か。

 

手塚の方へ僅かに目を向けた高山は、それに気づくと急にライフルを発砲する。相手にこちらが見えているとすればいい的である。言わば牽制だった。

 

「野郎、やってくれんじゃねえかっ!」

 

血が滴る左腕を気にもせず、手塚は高山に続き引き金を引こうとする。

 

「下がれ! おそらく敵にはこちらの姿が見えている……! 狙い撃ちにされるぞ」

 

「チッ、そうか。味な真似しやがるぜ……!」

 

煙幕の向こうへライフル弾を叩き込むと、すかさず高山も後方へ走り出した。

 

 

 

 

 

「おいっ! 状況がわかっているのか!? こんな時、無闇にお前自ら通信でもしようものなら……。姫様ならまだ無事だぞ!? それなら特隊長の部隊を……。な、なにっ!?」

 

 

「お前……何を言ってるんだ……!? そんなことができると思ってるのか!?」

 

 

しばらくの間、金田と通信機の向こうの人物との押し問答が続いていた。ディーラーはその内容、結果を全く理解できず、ただ唖然と金田を眺めていた。ただ一つ、確かなのは金田の表情が今までに類を見ない必死さと焦りが含まれていることだった。

 

「バカな事を言うなっ!! お、お前……気は確かなのか!? ゲームを止めるにしても、何もそこまで………」

 

「か、金田様……!」

 

 

金田の怒号に思わずディーラーが声を漏らしたその時だった。通信機の向こう側から何かが破裂するような音が聞こえたのは――

 

 

 

「お、おい、どうしたんだ? 何だ……今の音は!? おい……色条? 色条!! 返事をしろ、色条!!!」

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