シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

46 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  6.8     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  7.3   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  4.1  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  ?
郷田真弓  ?
御剣総一  2  4.0  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  6.4  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  3.2    全員との遭遇
綺堂渚   J  Death  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  2.8   首輪が5つ作動


第44話 主なき宴は今から始まる

大切な人を……女一人すら守れないで、何が騎士だ――

 

こんなセリフを言う主人公はいつも自分の憧れだった。ヒロインをさらわれ自暴自棄になりかけながらも何とか立ち上がり、最後には大切な女性を悪の手から奪い返し、ハッピーエンドを迎える。

 

そうだとわかっているからこそ、こんな言葉に心を動かされることもなければ感動することもない。どうせ最後には立ち直るんだろ? カッコつけてんじゃねえよ……と、どこか冷めた目でそのように見る自分がいるのもまた事実だった。だが、しかし――

 

「……はは、はっ……。あははははははっ!!」

 

浮かんでは消える彼女の笑顔、優しい手の温もり……。

 

「人を……殺してみたい、だってさ……? なあ? 悪人を、あんなババアも倒せないで……さ、はは……はは……っ!!!」

 

よもや自分が悪態をついていた対象であるゲームのキャラクターの経験を、悲しみを、苦しみを、自ら身をもって体験するなどと誰が予想しただろう……。

 

ひとつだけゲームと違うことと言えば、ヒロインはもう助からない。そして、自分がヒーローのように強くもなければ、悪を倒す力もない。待っているのは確実な死と悲劇。自分の弱さと情けなさを自嘲するかのような笑い。そしてこみ上げてくる涙。

 

長沢は文香の行為よりも自分の無力さを恨んだ。それこそ高山だったら、いや、手塚や総一でも渚を助けられたのかもしれない。

 

「は……はぁ、は……う、くく、う、うぅぅ……うああぁ……」

 

長沢は自分の失敗を、弱さを紛らわせようと執拗に卑下することで、心の平衡を保とうとしていた。渚をあのような目に合わせてしまった。助けられなかったのは自分だったから。

 

他の人ならばできたのかもしれないから。

 

力もなければ、ケンカも弱い。運動もできなければ、頭も良くない。自分はただのザコだったのだ。それ以上以下でもない。それが現実だと気づいた分、成長したと言えるのかもしれない。しかし、全ては遅すぎた。

 

眉を吊り上げて顔を歪ませ、自分は無敵だとハイになっている自分――それは安全な場所でコントローラーを握り、架空の世界に粋がる哀れな存在だったのだ。

 

「……渚の、姉、ちゃん……。う、うぅぅ……うわあああああ!!!!」

 

気がつけば笑いは涙へと変わり、止めどなく流れ続ける。

 

そしてその零れ落ちる涙を拭うこともなく、冷たい壁に手を付きながら歩き続ける。支えがないと倒れてしまいそうだった。歩くのに精一杯だった。

 

 

 

 

 

だから長沢は、目の前に空気を読まない来客が現れたことに気づくのが遅れたのだった。

 

 

「……はぁ、やだやだ。ライブカメラを壊しちゃって、お客から不満が出たら査定に響いちゃうじゃないの」

 

「…………?」

 

「でも、やっぱり若いっていいわね。無限の可能性っていうのかしら。私たちが想像だにしないことをやってのけるんですもの。まあ、こういう展開、嫌いじゃないけど」

 

聞き慣れない声に長沢が顔を上げると、そこには黒ずくめのスーツに身を包んだ妙齢の女性が佇んでいた。

 

「お、前……」

 

――郷田真弓。

 

総一やかりん、葉月達を襲撃し、漆山を籠絡して参加者を混乱に陥れた、危険なカードの持ち主であろう刺客。今まで聞いた話を元に考えれば万場一致で敵と判断できるプレイヤーである。

 

 

「久しぶりね、長沢君。1階にみんなで集まった時以来かしら」

 

大人の余裕を含んだ笑みで郷田は話しかける。彼女にしてみればいくら危険な思考を持った少年とは言え、長沢程度なら簡単に料理できる自信があった。だが、下手に挑発をしたうえで手早く逆上させ、返り討ちにしてしまっては観客も喜ばないし面白くない。そこで、できるだけ長く弄んでやろうと思ったのだ。

 

「……何だよ……? 今さら……」

 

そう思った矢先、予想だにしない暗く、低い声の返事と、憎しみのこもった視線に郷田は圧倒される。長沢が彼女に深い敵意を持っていることまでは予測していなかったのだ。一抹の不安を覚えた郷田は方向性を変えて話を進める。

 

「あら、怖いのね。そんな顔しないで欲しいわ。長沢君の為になるお話を持ってきてあげたのに」

 

「……!?」

 

こちらの感情を無視した話し方は不愉快だったが、自分の為と聞けば無視する気にはならなかった。渚を助けられる方法が僅かでもあるのなら――

 

「……ここに来るまでに話は聞いてると思うけど、まあ、はっきり言っちゃえばこのゲームはショーなのよ。いかにお客が喜ぶかを考えて行動し、ゲームを面白くする。そのために私たちゲームマスターが存在してるわ」

 

「ゲーム、マスター……?」

 

――私はゲームの撮影役。

 

渚の言葉が頭をよぎる。なぜゲーム開始後からほぼ遭遇しなかった郷田が、こちらに起きたことを全て知っているのか……彼女がゲームを管理している側ならばそれは不思議なことでもない。違和感もすぐに吹き飛んだ。

 

だが、ゲームを操作できる立ち位置ならば――

 

「お前……が……やった、の、か……? 全、部……!!」

 

「……それは誤解だわ。エースの小娘に関しては私だって想定外だったもの。ゲームマスターだからって、何でも操作していると思ったら大間違いよ?」

 

「だったら何で……何で渚の姉ちゃんを助けてやらないんだっ!! お前の仲間だろ!!」

 

「もう、頭の悪い子ね。ゲームマスターって言っても、同時にプレイヤーであることに変わりはないわ。それにさっきも言った通り、このゲームは盛大なショーなの。そしてお客があってのゲームなのよ。見ている人が大勢いるっていうのに、不正行為は出来ないでしょう? 仲間だからって、あなたの大切な渚ちゃんを贔屓にするわけにはいかないのよ。わかる?」

 

怒りにまかせた長沢の大声に臆することなく、郷田は長沢を軽く諫める。それは出来の悪い生徒を諭す教師のようだった。

 

 

 

 

 

 

「き、貴様……!? どういうことだ!? 何をした!!!」

 

「ですから、言葉通りです。姫様……いや、色条優希を回収する必要はなくなりました。もはや彼女は既にただの一プレイヤーにすぎません。ご安心ください、金田様」

 

「な、なにを言って……」

 

「後のことはディーラーに任せて金田様も早急にお戻りください。今後のことを我々最高幹部会の面々で話し合いたいと存じますので。では、失礼します」

 

「お、おい! 待てっ!! 色条はどうした!? さっきの音は……おい!! 聞いているのか!! 貴様っ!!」

 

――クソッ!!

 

金田は乱暴に受話器を叩き付けると、その横で聞き耳を立てていたディーラーと顔を見合わせる。

 

「どういうことですか? 姫様を回収する必要がない、とは……!?」

 

ディーラーの問いかけに答えることなく、金田は顔を青くしたままその場に立ち尽くしていた。

 

「し、色条……!」

 

 

 

――どうした、色条。飲みすぎたのか? 跡継ぎなのだから当然だろう? 色条家に生を受けた以上、それは運命だ。そうだ。我が組織の次世代は女王国家だ。ふははははっ! まあ、お前の気持ちはわからんでもないが……。それに、急進派の奴らは過激すぎる。度を越せばゲームが表沙汰になりかねんからな。何よりエースの連中に隙を与えることだけは避けなければ。なぁ? 何はともあれ良かった。これで組織も向こう30年は安泰だろう。

 

 

ほら、どうだ、景気づけにもう一杯行くぞ――

 

 

 

 

 

「これで……よかったの、です、か……?」

 

今しがた信じられない暴挙に出た男に対し、恐る恐る尋ねる。声が震えているのは、考え方に相違があれど、まさかそこまではしないだろうと見積もっていたから。

 

「この男はゲームを運営する義務を怠ったばかりか、組織の頂点にありながらもその活動を妨げ、あまつさえ散開させることを目論んだ。言わば反逆者だ。裏切り者の行く末は知っているだろう? ククク……」

 

「で、ですが……」

 

「考えてみろ。このままボスの……いや、色条良輔の意のままにさせていればエースの連中に捕まっていたかもしれんぞ。そうなれば我々は終わりだ」

 

「…………」

 

「所詮、あの男に将たる器はなかったということだ」

 

 

ヘリコプターはゆっくりと旋回すると、何事もなかったかのように朝日を背にして飛び立って行った。今、起きた惨劇は夢だったかのように――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……為になる話って……何だよ……?」

 

「そうそう、忘れるところだったわ。本題に入るわね。私としても、サブマスターを失ったのは大きな痛手なの。一人だといろいろ大変なのよ。そこで、長沢君。事情を知ってるあなたに、渚ちゃんの代わりを……と言うよりも私の補佐を務めて欲しいの」

 

「…………」

 

「どう? 引き受けてくれるのなら悪いようにはしないわ。ある程度までなら命の保証だって……ね? ネットゲームの続き、まだまだやりたいでしょ?」

 

「…………」

 

「ふふ、迷ってるのかしら? 大丈夫よ。そんなに難しいことをお願いするつもりはないの。とりあえず、私と一緒に行動しながら簡単な戦闘の補助をして、プレイヤーを混乱に陥れるために少し暴れ……」

 

 

 

「……おい」

 

郷田の一方的な語りに不快感を覚えた長沢は話を最後まで聞くことなく、威圧的な声を出して遮る。長沢を支配する感情――渚を守れなかった悲しみ、そして怒り。それは今まさに目の前の郷田へぶつけられようとしていた。嫌味極まりない挑発的な言動に加え、渚を無視したかのような事務的に淡々と話す口調が怒りに火を注いでいく。もはや郷田の言葉の内容など、どうでもよかったのだ。

 

また、郷田も傷心の少年ならば素直に靡くと甘く見ていたのか、それとも見下していたためか、その態度にイラつきを見せ始める。

 

「ふう、さっきから本当に礼儀のなってない子ね? 話はちゃんと最後まで聞くものよ? 年上の女性に対する言葉遣いには気をつけなさいってあれほど言われてるはずなのに……。ほんっと頭悪いんだから、もう」

 

挑発するつもりが逆にケンカを売られたような気分になった郷田は、懐の拳銃に手を添えながら懲りずに焚き付けようとする。

 

しかし、次の瞬間に返ってきたのは想像だにしない長沢の怒号だった。

 

 

「……僕は……今、死ぬほどムカついてるんだッ!!!! 死にたくなかったら、さっさと消え失せろッ!!」

 

 

目を見開いて郷田は怯む。だが、それも束の間、数秒の沈黙が流れると普段の調子を取り戻して長沢の神経を逆撫でした。

 

「はぁ……耳に障るからそんなに大きい声出さないで頂戴な。カルシウムが足りないのかしら? この子」

 

「……消えろと言ったのが聞こえないのかよ……!! マジでブチ殺すぞ!!」

 

「ああ、もう。怖い怖い。そういう子、苦手なのよ、もう。あなたも随分落ちたものね? 人を殺してみたいって元気よく豪語していた長沢君はどこへ行っちゃったのかしら? 私たちの仲間になる素質が十分あったのに。はぁ、残念だわ。……じゃあ、予定より早くなっちゃったけど、あなたには渚ちゃんの後を追ってもらいましょうか? ふふふ……」

 

毒を吐きながら睨みつけてくる長沢に対して、郷田は取り出した拳銃を向けて語り出す。その刹那、長沢の目の色が変わる。

 

「……てめえ……!!」

 

「どうして? とでも言いたそうな顔ね。まあ、強いて言えばあなたの行動をよく思っていない人がいる、そんなところかしらね? 誰もが渚ちゃんとあなたのお涙頂戴劇を望んでいるわけではないのよ? ふふふ」

 

「そうか……なら容赦しねえから、そのつもりでいるんだなっ!!」

 

怒りの声と共に長沢は郷田に突撃する構えを見せる。持っている武器のことなどとうに忘れていた。自分の力のなさは嫌というほど理解させられている。銃を抜いたところで間に合いはしない。それに、もう拳銃なんて怖くもない。殺されたら殺されたで渚の元へ行ける。

 

拳銃を構えた郷田の位置まで距離にして約5メートル――郷田にしてみれば突撃してくる少年を射殺するには十分すぎる間合いだった。さて、どこを撃ち抜いてやろうかしら――

 

余裕で引き金を引こうとしたその時だった。

 

 

 

ぴーぴーぴー……。

 

 

 

聞き慣れた音とは明らかに違うアラームが郷田のPDAから鳴り響く。

 

――緊急事態のアラームですって!? こんな時に何なのよ!? 

 

ディーラーからの命令に下手に背こうものなら、自身の立ち位置も危ぶまれる。撃つのは簡単だったが指示の変更でもあれば大変なことになる。

 

「きゃっ!?」

 

正面に視線を移した瞬間、今まさに飛びかからんとする長沢が凄まじい勢いで向かって来たのが目に入る。郷田は反射的に素早く身をかわすとその場から走り出した。一方、郷田の首に両手を伸ばしてダイビングした長沢の身は空を切り、うつ伏せに倒れこむ。

 

「痛てて……この、待ちやがれっ!!!」

 

素早く立ち上がり、後を追おうとしたものの、郷田はこちらを見向きもせずに走り去っていった。

 

 

 

 

 

 

「プロのくせに真っ先に逃げを打つなんて……。傭兵が聞いて呆れるわね」

 

黒く変色した床の上を歩きながら鋭い目つきで呟く。役割を果たすことのなかったガス缶には握力が加わりミシミシと音を立てているようだった。

 

「まさかあの一瞬で、火炎手榴弾だと見破ったのかしら。本当なら正しい判断だって褒めてあげたいところだけど……面白くないわ……」

 

通常の手榴弾と勘違いして伏せたところを、発煙弾で視界を遮断し、トドメを刺す……。練度の低い相手ならそれで十分。エースの訓練で培った常套手段だった。

 

「何度も使える手じゃないし、正体がバレなければどうにでもなるか。癪だけど、いったん総一君のところへ戻らないとね」

 

素早くPDAを取り出して地図を頼りに歩を進める。目指すは3つの光点。それとは別に自分の位置から離れていく2つの光点、不安定に動いたり止まったりしているかと思えば、急に素早く動き出した1つの光点と、そこから少し早めに離れていく光点が見える。いずれも同じフロアのものだ。気を抜くと、自然に1つの光点が気になり、そちらへの距離を計算してしまう。

 

「いけないいけない。あたしとしたことが……でも、ま、いろいろ探し物も必要だし、少しくらいは寄り道しなくちゃ。ふふ」

 

 

 

 

 

その報告は、来たるべき決戦を前に熱気を帯びていた作戦室の空気を一気に凍り付かせた。士気に満ちていた兵士たちの表情が悲痛な面持ちへと変化していく。

 

「そうか……ご苦労だったな。下がってよい」

 

「はっ」

 

報告を済ませた通信士は司令に背を向けると、持ち場へと戻って行く。その背中から無念の意があふれ出ているのが傍目にも理解できた。

 

「司令……これは、一体……。我々の作戦に気づかれたとでも……」

 

顔を強張らせた副司令が喉から絞り出すような声を発すると、司令は険しい表情で答える。

 

「……どうやら、急すぎたようだ。今回の作戦は森君の独走、そして色条良輔の突発的な行動の上で成立した不安定な事態だったのだからな。……情報が洩れる隙間などどこにもない」

 

「それでは……なぜ……? 色条優希の安全はまだ、確保されていないというのに……奴は娘を見限ったとでもいうのですか! このままでは10年越しの苦労が……」

 

「……作戦は失敗だ。引き続き奴らの動向を監視せよ。追える限り、だ」

 

重苦しい空気の中、やっとのことで答えた司令はそれ以上語らず黙々とモニターに転送されてくる情報に目を通すだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

――ちくしょう……悪人を逃がしてばっかりだ……。

 

積もり積もった怒りと悲しみが吐き出され、僅かながらも正気を取り戻した長沢はPDAを取り出して現在位置を確かめようとした。そこへ空気を読まない床が急にへこんで足を取られる。

 

「うわっ!?」

 

大きく前のめりに躓くとしたたかに身体を床に叩き付けられた。

 

「痛ってぇなっ……!!!」

 

それと同時に、正方形状の鉄格子が落ちてきたかと思うと、長沢のすぐ後ろで轟音を立てて着地する。振り返りながら重い身を起こし、呆気に取られているとすぐさま機械音とともに左右の壁から銃が現れて鉄格子の中に向けられる。

 

「何だ、罠かよ……。はははっ。どうせやるなら、ちゃんと狙えよ……」

 

激しい銃撃音と爆音が横顔をオレンジ色に照らす。本来ならば罠の残酷さに恐怖するところだったが、今の長沢には、何も感じられなかった。むしろ、いっそのことこの中に飛び込んでしまおうかと錯覚を覚えるほどだった。

 

――それで……楽になれたのにさ……。

 

 

 

ふと我に返ると右手にあった感触がなく、投げ出されたPDAが音を立てている。

 

「おっと……。そ、そうだった。大切な形見だもんな……渚の姉ちゃん……」

 

思わぬ横槍に少し気が落ち着くと、長沢は手を伸ばして床に落ちたそれを拾って音源を確かめる。そこには今しがた発動した罠の説明が書かれていた。

 

マルチロック銃撃システム――

 

普段ならば興味津々で内容を確認するものだが、そんな余裕は残っていないどころか余計な挑発にしか映らず、さっさと飛ばしてしまい込もうとする。

 

ん? 待てよ――

 

よく考えてみればまだ渚のPDAの情報を見ていないことを思い出して長沢は立ち止まった。そして再びそれを取り出してジャックの絵柄を模した画面にタッチする。

 

あれ――? こ、これは……!!

 

 

 

 

 

 

 

長沢は夢中でPDAを操作した。新しいゲームを買った時の期待と興奮のような感覚……今自分が置かれている状況を忘れてしまいそうな勢いだった。いつの間にか涙で曇った視界ははっきりと開き、自暴自棄になりかけた精神の均衡も取れ始めていく。

 

「すげえぜ……渚の姉ちゃん……。完全にチートじゃないか……」

 

サブマスターである渚が遺したPDAには、通常の参加者の物とは比べ物にならないほどの機能と情報が備え付けられていたのだ。齎された内容には一部不愉快なものもあったが、得られた情報量と比べれば取るに足らないものだった。

 

 

「そう、か……! どうりでおかしいと思ったんだ……。でも、あの話が本当だとすると……あいつらは一応、こっちの、ゲームの組織ってのと戦ってるんだよな……? それなのに……なんで? やる気満々だったじゃないか……! それに、優希が主催者の娘って……」

 

 

 

 

 

次々と頭に浮かんでくる疑問に答えが浮かび上がると、また別の疑問が生まれる。すべてを解決しようと考えを張りめぐらせるが、もはや一刻の猶予もないことに気づく。

 

「って、こんなことしてる場合じゃないぞ! 早くみんなに知らせないと……!! これがあれば、相手が大人だってなんだって!! いや、たとえ勝てなくてもいいんだ。せめて優希を……御剣の兄ちゃんたちだけでも逃がせれば……! そうだろ? 渚の姉ちゃん」

 

――僕が死んだって……どうせ、学校に行ってもつまらないしな。誰も悲しんだりしないしさ。

 

「とにかく、謎は大体解けた……へへへ……。ありがとう、渚の姉ちゃん……。ありがとう……」

 

数日前の長沢ならば、大きな力を手に入れれば人を殺せる、自分の力を知らしめることができると狂喜して、積極的に人を殺す方向へ走っていただろう。だが、そんな彼はとうにどこか遠くへ行ってしまっていた。

 

長沢はPDAを握りしめると全力で駆け出していった。もはや迷いはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な……なんですって!? そんな……バカなこと言わないで!!」

 

突如鳴り響いたディーラーからの非常アラーム。演出中に水を差された不快感で、声を荒げて八つ当たりでもしかねない勢いだった。しかし、その声色は怒りではなく、驚嘆によるものだったのだ。報告の内容はそれだけの理由……否、いったんゲームが停止してもおかしくないほどの激震が走るものだった。

 

「……確かなのね、それは?」

 

「まだ100%とは言い切れないのですが……今、お伝えした通り、金田様と最高幹部会の皆様のやり取りを聞く限りでは……その可能性が濃厚かと……」

 

「本当なら……今はその方がゲームを進めやすいことに変わりはないけど……。それでお偉方はなんて言ってるの? ゲームをどうするつもりなのよ!?」

 

「今まで通り現状を維持せよ、との事です」

 

「間違いなく、そう言ったのね?」

 

勝手に動いて目をつけられてはたまらない。郷田はここぞとばかりに念を押して確認する。

 

「はい。ご安心ください。ゲームに関しては今まで通り進めよ、と。今回のゲームも、いつも通りです。ただのゲームになりました。今までと同じ特別な演出やダミーの使用は必要ありません」

 

「……わかったわ。じゃあ、また何かあったらすぐに連絡を頂戴。それじゃ」

 

 

郷田はPDAを片手に壁に凭れると、大きく息をつく。全身の力が抜けていくような気がした。この先、組織は、ゲームはどうなるのか――

 

いやいや、今は目の前のことを片付けなくちゃ。今まで通り。それならば……上客の希望となれば無視するわけにもいかないから、長沢君を探さないとね。でも、トップは誰が務めるのかしら? それよりもゲームマスターの評価と採点は? 

 

なんだかんだで余計な仕事が増えそうだわ。はぁ。

 

それでも、姫様……じゃないのよね。えーと、優希ちゃんのことで神経をすり減らさずに済むのは大きいわよね。漆山を殺されたときはどうしようかと思ったけれど。

 

――うふふふふ。あっははは!

 

年甲斐もなく郷田は無邪気に笑う。敵対する人間の行く末が見えたのか、堪えきれなくなった笑みが声となって通路に響き渡る。

 

この事実を知ったら、エースの小娘はどんな顔をするのかしらね。御愁傷様。さっさと長沢君を始末して、安全な場所に移動してしまえば、あなたの運命はお終い、と。ついでにこのまま内部分裂なんてしちゃわないかしらね?

 

 

……ま、せいぜい頑張りなさいな。あはははははっ! ……はっ!?

 

 

 

 

一瞬、何が起きたのかわからなかった。

 

激痛。詰まる呼吸……そして、身体から流れる生温かい液体……

 

恐る恐る手を当ててみると、それは真紅の血だった。

 

「な、何な、の? 何が起こって……?」

 

郷田は完全に警戒を怠っていた。ゲームマスターとしての立場や慣れ、ディーラーからの報告によるプレッシャーからの解放、それは余裕を与え、一人で考え込む時間を作ってしまったのだ。本来ならば危険極まりない武器やツールが数多く眠るこのフロアにおいて、何も考えずにその場に留まることなど自殺行為である。

 

 

 

「ゲームは全てのプレイヤーに対して公平でなくっちゃね……? そんな寛いじゃって。センサーに頼りすぎなのよ……ふふふ」

 

 

苦痛を堪えながら乾いた声の方へ首を向けると、そこには青い制服に身を包んだ女性が不気味な表情を浮かべて佇んでいた。

 

「うふふふ、油断していたのかしら? ゲームマスターのくせに。それよりも……あなたたち、こんなふざけた事……していいとでも思ってるの? ねえ……?」

 

全身から噴き出る脂汗、迫りくる死への恐怖。焦りからか、わき腹の激痛からなのか……ここ十数年、他人を弄んでいても、自らが危機に晒されることはおろか、そんな想像をしたこともなかった。やがて、彼女はゆっくりと歩み寄り、瞳をぎらつかせる。

 

「さあ、年貢の納め時ね……。覚悟はいいかしら? これまでのお礼は、簡単には済まさないからね……? うふふふ……あはははははっ!」

 

ありえない状況と予想だにしなかったプレイヤーの変貌を目の当たりにした郷田は、ただ腰を抜かして戦慄するしかなかった――

 

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