シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

48 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  6.1     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  7.8   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  4.0  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  9  6.6  自分以外の全参加者の死亡
郷田真弓  Q  12.5   71時間の経過
御剣総一  2  4.2  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  6.4  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  3.7    全員との遭遇
綺堂渚   J  Death  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  2.3   首輪が5つ作動


第45話 テロリスト達の行く末は

悲願であった色条良輔の拘束が失敗――

 

重苦しい空気が支配する中、士気が下がった一団の司令室に更なる凶報が舞い込んできた。慌てふためいた通信士から情報を受けた副司令が報告すると、司令は渋い顔をして答える。

 

「……タカ派の一強襲部隊がカジノ船へ向かっているだと?」

 

「はっ、今回の作戦失敗を経て、過激な思想を持つ派閥の一派が制止を振り切り、太平洋沖上に隊を展開させようと試みております」

 

「バカな……船を沈めたところで、色条良輔の身柄を拘束できなくては意味がない。……して、止められるのか」

 

「…………」

 

止められるものなら、既に止めているだろう。わかりきった答えだからこそ、その沈黙は何よりの否定だった。

 

「組織に加担している、財界の人間を多数葬ることができれば、奴らにダメージを与えられると考えてのことと思われます。情報によれば、最高幹部会の人間も確認されているとか」

 

「……命と引き換えにしても、と言うのか」

 

「カジノ船へ向かった強襲部隊は規模にして百名弱、五小隊レベルです。組織側の抵抗を考慮すれば……おそらく、彼らに生きて帰るつもりはないと思われます」

 

――船共々自爆する気か。

 

太平洋上で豪華客船が沈んだとなれば、事件として大騒ぎにならないはずがない。当然、犯人探しが行われることになるだろう。そこで非合法であるエースの存在が明るみに出れば世間からの支持どころの話ではなくなる。だから、生きたまま捕まることだけは避けなければならない。カジノ船への襲撃を企てている一派は船と共に沈むつもりでいるのだ。

 

淀んだ間が支配する中、背後の通信士が驚きの表情と共に焦りの声を上げる。

 

「緊急事態です!! 今回の作戦で組織の要所に配備した部隊の大半が、21:30(フタヒトサンマル)をもって攻撃を開始する構えを見せております!!」

 

「何だと……!」

 

ここへきて渋い顔でモニターを見つめる司令に、明らかに動揺する様子が見られるようになった。

 

「……おそらく、森准将に賛同した者たちが強硬路線を主張し始めたものと思われます」

 

長年培ってきた組織の壊滅、そして復讐。その悲願が正に果たされるかもしれない、そう思った矢先に計画は頓挫――着々と準備を進めてきた身としては、到底納得がいくものではない。強硬路線を主張するタカ派にしてみれば、我慢の限界だった。

 

乱れた足並み、度重なる不協和音。一度熱くなった部隊はそう止まれるものではない。現場を指揮している暫定少将の鴻上がハト派と言うことも相まって、もはや命令を素直に聞き入れるほどの空気はなくなっているのだろう。

 

「無意味に被害を出すことはない。直ちに撤退させろ」

 

司令が言うよりも早く、副司令の出した撤退命令を通信士が飛ばし始めていた。

 

 

 

 

 

痛む身体を必死に這いつくばらせて前へ進もうとする。まさか、自分が嘲っていた側の経験をすることになるとは、夢にも思わなかった。

 

「ああぁ……っ、う、あ、ぁああ…………あああっ!!」

 

管理者側だけが知っている、非常用の通信装置。そこまで辿り着ければ――! 致死量に達するレベルの銃撃を受け、本来ならば助からないかもしれない傷である。だが、組織の医療技術は一般のそれを遥かに凌駕している。今の彼女にはその万が一の奇跡にすがるしかなかった。

 

「ぐっ……エースの、小娘がっ……調子に、乗っ……て……!」

 

地べたを這うと同時に赤黒い染みが床を染めていく。今まで何十人ものプレイヤーをこんな目に遭わせてきた。その代償なのかと思うと、激痛や死への恐怖よりも腹立たしさすら沸いてくる。

 

「どうして……この、私が……ゲーム、マスターの、私が……こんな目、に……! けれど、まだ、終わってないわ……通信機までもう、少し……!!」

 

自分の無様な姿と、その不運さ加減に奇声にも似た音を喉から絞り出したその時、目の前に小さな影が立ちはだかった。

 

――だ、誰……? 誰な、の……よ?

 

 

 

「やあ、おばさん。ざまあねえな?」

 

少し甲高い声に我に返る。すっと見上げると、少し前までからかっていたあの少年がいた。その瞳には、こちらを見下すような、勝ち誇るかのような感情が込められている。

 

「な、長沢、君……?」

 

これから探して悠々と始末しようとした相手が最悪の状況で現れるとは、何たる皮肉だろうか。だが、半死半生の身ではどうすることもできない。何とか利用して通信機まで辿り着けないものか、郷田は必死に頭を回転させるが妙案は出てこなかった。せめて同情を引いて時間稼ぎを――そう思った矢先、口火を切ったのは長沢だった。

 

「楽にしてやろうか? おばさん?」

 

言うが早いか、長沢はライフルを倒れている郷田に向ける。彼女は忘れていたのだ。自分がやってきたこと、既に話し合いの余地などなくなっているということを。長沢にとって目の前の郷田がどうしてこうなったのか、そんなことに興味はなかった。悪人には容赦しない。それだけだったのだ。

 

「だ、誰が……おば、さ、ん……です、って……!」

 

「お前だよ」

 

意地を張って突いた悪態、そして銃声は無慈悲に響き渡った――

 

 

 

――ちゃんと渚の姉ちゃんに謝ってきなよ、おばさん。

 

 

 

 

 

「ふふ……ふふふふ……」

 

「何がおかしいの? ショックで気が触れてしまったのかしら? ゲームマスターの郷田さん」

 

「あなた……もしかして、このまま……本気でプレイヤーを皆殺しにするつもりなのかしらって……そう考えたら、おかしくて……ふふふふ。自称正義の味方が聞いて、笑っちゃうわ……」

 

「あら、知らないの? あたし達は目的遂行の為ならある程度、プレイヤーを見殺しにしたり、犠牲を払ったりすることは許されているわ」

 

「目的遂行……? 面白いわねぇ……個人的感情じゃなくて? あははは……!」

 

瞬間、文香の顔つきに毒が混じり、いっそう険しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目的もなく、ただ待っているのは苦痛な作業である。アトラクションの行列に並ぶことや、恋人との待ち合わせならばともかく、命の危機が迫っている中で不確定要素に身を委ねたまま、その場で留まっていては精神が休まることもない。かと言って勝手な行動に出るわけにもいかず、三人は互いに顔を見合わせながら硬い表情を浮かべていた。

 

「18:00か……」

 

総一がPDAの時刻を確認すると、18:00を過ぎたところだった。文香が食糧調達と偵察を兼ねて、部屋から出て行ってから大凡3時間が過ぎようとしている。動きまわっていようと、立ち止まっていようと侵入禁止へのタイムリミットは刻一刻と迫ってくる。

 

「あの、御剣さん……まだこの階にいても大丈夫なんでしょうか……?」

 

「5階が侵入禁止になるのは23:00だよ。あと5時間――もう少し待ってみよう」

 

わかっていてもじっとしているのは不安を掻き立てることになる。優希の話を聞いてからは尚の事不安だった。いっそのことこのまま距離を置いて――逃げてしまおうか、そんな話も出たほどである。

 

「総一お兄ちゃん、文香さんが言ってたよね? 21:00になっても戻って来なかったら6階に行ってて、って」

 

「ああ。2時間もあれば階段まで余裕を持ってたどり着けるからな。だから、もう少し待とう」

 

きっと、戻ってくる。そう信じている総一だったが、果たしてそれが正しい選択なのか、わかりかねる状況でもあった。

 

「あの……もしかして、文香さんに何かあったんじゃ……」

 

渋い表情を作る総一に咲実が声をかける。

 

「それと、失礼だとは思うんですけど……優希ちゃんの言う通り、文香さんが……」

 

そこまで言うと優希の顔色が変わり、心配そうな視線が総一に注がれる。今まで何度も話し合ったこと。文香のPDAは? もしも本当に皆殺しの条件だとしたら、どうして何もしてこないのか? そしてJOKERはどこに……?

 

「今は文香さんを信じよう。JOKERさえ見つかれば、俺たちの首輪も外れるし、そうすれば優希の首輪だってPDAが見つかれば外せるようになる」

 

「やっぱり、文香さんのこと……待つんだ……?」

 

ぼそりと呟いた優希の声色はどことなく落胆の色を醸し出している。

 

「一応、万が一の備えもしてある。大丈夫、何かあっても、咲実さんも優希も俺が守るから」

 

総一が力強く述べると、不安そうな二人の表情が和らいだような気がした。

 

だが、安心したのも束の間のこと、すぐに重たい沈黙が流れる。自分達自身、選択が正しいのかどうかわからないのだから当然である。間違った選択肢を選んだ上に何もしない、そんな愚行を重ねているのではないか……?

 

発するべき言葉を失った三人の部屋の中は、物音ひとつなく静まり返り各々が視線を床に落としたまま吐息の音が聞こえるほどだった。

 

やがて、遠くから足音が聞こえてくる。

 

「総一お兄ちゃん……!」

 

今にも泣きだしそうな優希と唇を噛みしめて総一を伺う咲実。自然と顔が強張るのがわかる。だが、それを下手に悟られては危険だ。あくまで普通に、普通に。刺激することの無いように……!

 

大きくなった足音は部屋の扉の前でピタリと音を止める。

 

――来るっ……!

 

 

 

「ふう、待たせちゃったわね。みんな無事だった?」

 

「文香さん……! 無事だったんですか!?」

 

待ち構えていたかのように開いた扉から彼女が部屋に入ってくると、三人はそれぞれ違う顔色を浮かべた。安堵、驚嘆、そして恐怖。

 

「心配かけてごめんね? 食糧の他に色々探してたら遅くなっちゃって。」

 

文香は軽く微笑みながら荷物を下ろすと、中の物を取り出し始める。大型ライフルにサブマシンガン、ガス缶、手榴弾。自衛のためとは言え、どれも他の面々には手に余りそうな代物である。

 

「本当ですよ。この階で一人歩きなんて……。正直、探しに行こうかと思ったほどですよ?」

 

「あら、そんなに心配してくれたの? お姉さん、また咲実ちゃんを一歩リードしちゃったかしら?」

 

「は、はは……」

 

咲実の乾いた笑い声が漏れる。本来ならば、もっと顔色を変えて言葉を返す彼女も、様々な感情、状況を整理しきれず、驚きの表情のまま上の空の返事を繰り返す。

 

「さ、軽く腹ごしらえを済ませたら、さっさと出発しましょ?」

 

「え、ええ……」

 

「……どうしたの? みんな。お腹空き過ぎちゃった?」

 

いつものペースで言葉をかける文香だが、心なし二人の反応がぎこちない。そのままピラフやビーフの缶詰、水が入ったペットボトル等を面々に配りながら少しだけ視線を優希に向けると、怯えた蒼色の瞳が自身の瞳に映った。

 

「もう、俺たちペコペコですから。あれ……? これは……何のツールボックスですか?」

 

そんな文香に、別の荷物を漁っていた総一が声をかける。その両手の中には黒い箱のようなものが4つあった。

 

「ああ……それね。この二つがトランシーバー機能、こっちが生存者数を表示、これがPDAの位置を地図上に示してくれる機能みたいね」

 

「へえ……流石、文香さん。すごいじゃないですか」

 

「ありがと。年上の女性って頼りになるでしょ?」

 

屈託のない笑顔で総一に微笑みかける文香だが、優希と咲実の表情はどことなく強張っていた。それは女性特有の感情ではなく、ある種の恐怖からだったのだ。

 

「問題はどのPDAにインストールするか、だけど。……咲実ちゃん?」

 

「は、はいっ!?」

 

考え事をしていたのか、咲実の返事が一呼吸遅れる。

 

「このツール、咲実ちゃんのPDAにインストールしてもらいたいんだけど。どう?」

 

文香が差し出したのはPDAの位置を地図上に示すツールだった。バッテリー残量も考えると相対的にPDAを取り出すことが少なかった咲実のそれにインストールした方が効率が良いと踏んだのだろう。

 

「総一君にはこれ、お願い。バッテリーはまだ大丈夫よね?」

 

「はい。6割くらい残っています」

 

ディスプレイの電池残量を見てみると、半分より気持ち多いところまで減りかけてきている。文香が残り二つのツールを総一に渡すと、即座にPDAにコネクトしてインストールさせる。一つは生存者数の表示、一つは長沢と優希も使っていたトランシーバー機能である。

 

「これで、離れていても会話できるわね? 総一君。咲実ちゃんには悪いけど。ふふ」

 

「も、もう。文香さんったら……!」

 

 

先ほどとは違い、咲実は嬉しそうに微笑みながらPDAに目を落としていた。トランシーバー機能を使うには通信する者同士のPDAにツールを読み込ませなければならない。文香が自らのPDAにツールをインストールしようと、スカートのポケットからそれを取り出した時……

 

(あ…………)

 

そう、PDA強化作業を行いながら、空気が明るくなってきたその時のことだった。PDAを失い手持無沙汰になっていた優希は、文香の表情が一瞬強張るのを見逃さなかった。

 

「何かしら? 優希ちゃん?」

 

「え? 優希がどうかしたんですか?」

 

「……ううん、なんでも、ない」

 

何が起きたのかわからないまま優希に目をやると、先ほど以上に怯えた表情を浮かべている。きっと不安なんだろうとかける言葉を考えていると、先に文香が語りかける。

 

「大丈夫よ、優希ちゃん。咲実ちゃんのツールであなたのPDAもきっと見つかるわ。壊れてなければ、の話だけど……」

 

優希の暗い表情は、PDAが無い為に先が見えないこと、そして今の会話に混じれないことなんだろうと総一達は解釈していた――

 

 

 

 

 

 

「……見ろよ、大将。動かねえかと思ったら、このザマだ」

 

手塚は自身のPDAと、目の前にこと切れている存在を交互に見比べながら笑みを浮かべる。傍らには生前彼女が身に付けていたであろう眼鏡が四散し、無造作に散らばっている。

 

手塚は徐に近づくと、物言わぬ体となったその身辺を漁り出した。バッグの中、所々破けた跡と赤い血で染まったスーツのポケット、さらには靴の中までチェックし出した。だが、ある程度探し終えたところで深くため息をつくと振り返り、手にしていたハイヒールを落として見せる。

 

「持ち去られていたのか……」

 

「ああ。どうやらこの女を殺った奴は抜け目ないらしいぜ」

 

手塚は死体からPDAを探していたのだ。

 

「それなら用はない。どいてろ」

 

高山は手塚と入れ替わりに死体に近づくと懐からPDAを取り出す。視線を下ろすと否応なく彼女――郷田真弓の亡骸が視界に飛び込んでくる。常人ならば見ただけで発狂してしまうであろう損壊ぶりは、漆山のように山ほどの銃撃は受けてないにしろ、大型の弾丸で額を割られていた。さらに自身より少し年上のそれなりに熟れた色気を放っていた気品ある顔も、元の表情がわからなくなるほど変形し、血塗れとなっていた。そして大きく見開かれた瞳は赤黒い液体に染められたままになっている。

 

「…………」

 

高山は懐からPDAを複数取り出すと、その中からKを手にして無慈悲に郷田の首元に近づける。

 

 

 

 

 

 

「その靴で大丈夫か? 強く挫くと、癖がついて危険だ。意識して内股で歩くといい」

 

「え、ええ……助かりました……。色々ありがとうございます……高山さん」

 

――郷田と初めて会った時のことを思い出す。不安そうに怯える妙齢の彼女に、利用価値があるならば……。そう思いつつ当たり障りなく接しているところに罠が発動し、足を挫いた彼女を高山は介抱したのだった。

 

手慣れた仕草で見つけた救急箱から湿布と包帯を取り出し、ストッパー代わりにして強く巻き付ける。

 

 

年齢が近いせいもあってか、しばらくの間は行動を共にしながら会話が弾んでいた。

 

「傭兵だなんて……どうしてそんな、危険なお仕事を……!」

 

「色々とあってな。俺自身が生きる理由、そして目標。その為には今の生活がそれなりに気に入っている。尤もそれがいつ、動もすると明日にでも終わるかもしれん。それがわからないのが悩みどころだがな」

 

「私は父から譲り受けた会社を経営しておりまして……今の時代、不景気で宝石も売れませんの。お恥ずかしいことながら少し傾いておりまして。あの……不謹慎ながら、賞金20億を山分けなんて……私、いけないことを考えてしまいそうですわ……」

 

「…………」

 

突然閉じ込められた割には普段と変わらないような余裕、演技がかった声と喜び様。会社の社長だけあって流石だと思っていた矢先、どうにも違和感が芽生える。

 

「もしも、もしも……高山さんさえよろしければ、傭兵なんて危険なお仕事、この恐ろしいゲームを最後におやめになって……? どうか私と一緒に会社を……」

 

「答えを出すのはまだ早い。全てが終わってからだ」

 

それは次第にエスカレートして行き、冷静に観察していた高山に不信感を抱かせる結果となった。

 

 

「あぁっ! 高山さん、あなたのような……精悍でお優しい男性には今まで会ったことがございませんわっ! あなたの為ならば私は……この身体も、そして会社もっ! そして賞金も全てあなたのものですの……。私の首輪さえ外すことができれば……! ですから……どうか、あの子を……!」

 

郷田は両手を組んで上目遣いで目に涙を浮かべながら、今まさに高山の胸に飛び込もうとする。

 

――礼を言うにしては大げさすぎる。何をもってそんな幼い少女の身柄を欲するのか。

 

 

……院長は言っていた。感情はふとした瞬間に目に出るもの。過度な罪悪感は禁物です。人間性をよく見なさい。

 

そして……戦場で危険な任務中に情欲や同情心を出して死んでいった仲間たち。

 

本当にお願いをするのなら、こんな見返りを与えるようなものの言い方をする必要があるのだろうか――? 正直なところ、会社の経営云々の話だけならば郷田に情けをかけそうになったのは事実だった。しかし、その必死の色仕掛けは高山の不信感を煽るばかりだったのだ。

 

 

「……何が目的だ?」

 

「そ、そんな……? 私のことを疑いますの? 高山さん……ひどい……!」

 

結果、郷田が抱き着いてくる寸前、持っていた鉄パイプを構えて威圧すると押し問答が続いた。やがて彼女は、眼鏡をはずすと涙ながらに去って行くこととなり、それを追うこともしなかった。後味の悪さと後悔が残ったものの、今は非常時。それだけを自分に言い聞かせ、再び歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

ピロリン、ピロリン、ピロリン。

 

貴方は首輪の解除条件を満たすことができませんでした。15秒後にペナルティが実行されます。

 

聞き慣れた警告音と共に、死体となった郷田の首輪から無機質なアナウンスが流れるや否や、高山は懐にPDAをしまいながら、手塚の元へ歩き出した。

 

「行くぞ」

 

「……ちょ、おい、大将? 今回もお祈りは無しってか? あんた、意外に面食いなんだな。若い女以外は免除か?」

 

「……そうかもな」

 

「クックック……大将でも冗談を言うことがあるんだな。アッハッハッハ!!」

 

「冗談、か……フッ」

 

気の合う仲間同士が談笑しているかのような光景の背後で、機械の回転音が聞こえてくる。また銃撃かと思った瞬間、現れたのは壮絶な紅蓮の火炎放射だった。それは床に肢体を投げ出していた郷田を遠慮なく炎で包み込み、焼き払う。

 

「どうした?」

 

「いや、後学の為、どんな塩梅になるか見てみたいと思ってね」

 

「……好きにしろ」

 

 

――これでリーチってやつだな。あとは俺を狙ってくるか、だが……。ま、その方が奴らにとっちゃ受けがいいんだろうが、な。クックック……。

 

 

片や通路の奥を眺めながら、燃え上がる炎を眺めながら呟いた言葉が互いの耳に届くことはなかった。

 

 

――悪党に祈る言葉はない。

 

 

 

 

 

 

「はぁ、これでビールでもあれば最高なんだけどね?」

 

木箱に腰を掛け、足を組みながら冗談めかして言う文香の言葉だけが場違いに響く。一通りの食事を終えて寛いでいた総一達だが、一行の空気は決して気の和むようなものではなかった。それもそのはず、優希の話を聞いたことで互いの腹の中を探り合うような雰囲気にさえなりつつあった。

 

だが、このままにしてはおけない。ペットボトルの水をおずおずと口にした咲実が総一に目配せをすると、総一は意を決したように語り出した。

 

「あの……文香さん」

 

「……何かしら?」

 

「さっきのトランシーバー機能ですけど……ちゃんと通じるかどうか確認したいので、テストしてみませんか?」

 

――文香の本当のPDAは? 三人共通の懸念事項を探るべく、総一は動き出した。本当に9ならば、今すぐ殺されても何ら不思議はない。だが……それでは今まで助けてくれたことと矛盾する。そもそも、皆殺しの条件ならばここまで自分たちを生かしておく理由がわからない。だからこそ、事は慎重に運ばなければならない。何が引き金になって藪から蛇を誘き出すかわからないのだから。

 

「いいわよ」

 

――今だ。

 

あっけないほど簡単に承諾した文香がPDAを取り出した瞬間、総一は平静を装って言葉を紡いだ。

 

「……そういえば文香さんのPDAってQですよね?」

 

「その通りよ。って、そっか。総一君と咲実ちゃんにはまだ見せてなかったわね。はい」

 

そこには、トランプのクイーンの絵札を模した画面がはっきりと映っていた……。

 

「…………!?」

 

「信じてもらえたかしら? それじゃ、早速試しましょうか――」

 

 

途中から文香の言葉が上の空になるほど、総一は混乱していた。一方で咲実も平静を装うのに必死となっていった。総一はPDAを操作する振りをして、もう一度メニューの項目を確認する。

 

――JOKER初期化機能、ON……。

 

(どういうことだ? 俺と文香さんとの距離は1メートルも離れていないぞ……)

 

 

「…い…ち、くん。総一君! 聞こえる?」

 

「え、あ、ああ……は、はい! すみません!?」

 

慌ててPDAを耳に当てて声を聞き取ると、文香はこちらを見ながら満面の笑みを浮かべて見せる。つられて苦笑いする総一に続いて、不自然ながら咲実も顔を綻ばせる。その三人を泣きそうな表情で見つめる優希だけが妙に浮いて見えた

 

「……なかなか使い勝手が良いわね、これ。受信側のボリュームを操作すれば、小さな物音でも漏らさず聞こえてくるわ。バッテリーの消費が激しくなるからあまり弄らない方が良さそうだけど、ね」

 

はきはきと話す文香だが、そのやり取りを眺める優希の顔は暗くなるばかりだった。

 

――お兄ちゃん。本当に死んじゃったのかな……。わたし……。

 

目の前で行われている総一と文香を見て思い出す。長沢とトランシーバー機能で話したことが遠い昔のように感じられた。

 

 

 

 

――ヒュン、ヒュン、ヒュン。

 

太平洋沖を我が物顔で航行するカジノ船――大型空母とも見間違えるかのようなそれに上空から近づく輸送ヘリがあった。次第にその影は大きくなり、やがてヘリポートに着陸すると、中から都市迷彩服に身を包んだ兵士がぞろぞろと出てくる。

 

「総員、整列!」

 

その中でひと際眼光の鋭い男が、兵隊に向かって声を上げる。

 

「よし、全員そろっているな。これより我々はゲームの運営を取り仕切っているカジノ船警護の任務に就く。上からの話では敵対組織との銃撃戦も予想されるとの事だ。各員、警戒を怠るな!」

 

「ウオオォォーーーッ!!!」

 

凄まじいまでの男たちの雄たけびが海の彼方に響き渡り、波をも作り出しているようだった。まるで船全体が揺れるような錯覚を覚えるほどだ。

 

「良い返事だ。俺はお偉方に到着の報告に向かう。お前たちは現場で待機だ。持ち場を離れても良いがくれぐれもカジノで遊んだりすることの無いようにな。20:00(フタマルマルマル)には必ず、この場に戻っていろ」

 

「隊長、質問があります!」

 

男たちに背を向け船内の娯楽施設に向かおうとする隊長に一人の隊員が声をかける。

 

「何だ?」

 

「今回の任務はゲーム運営の方ではなく、実際のゲーム会場における少女の救出だと聞いたのですが、その経緯は……」

 

「俺にもわからん。急遽変更以外の報告は受けていない」

 

「了解しました」

 

 

 

 

「さて、必要なものは手に入ったし、腹ごしらえも済んだことだし。そろそろ出発……と行きたいところだけど……」

 

総一と咲実は困ったように顔を見合わせる。やはり疲れているのだろう、優希は咲実にもたれかかって寝息を立てていた。

 

「……もう少し休息が必要みたいね?」

 

「仕方ありませんよ。優希はまだ子供なんですし」

 

総一も咲実も優希が眠っていたのは、当然幼さ故の体力の無さかと解釈していた。実際は相当な精神的疲労からなのだが、二人はそこまで考えが追い付かなかった。

 

「今はこの方が好都合だわ。総一君、咲実ちゃん……ちょっと一緒に来てくれる? 荷物も忘れないでね? それと優希ちゃんは出来るだけ起こさないで?」

 

「え……どうしてですか?」

 

「話があるの。今はあたしの言う通りにして」

 

文香の真剣な表情と物言いに咲実が戸惑いながらも返事をすると、総一は彼女に寄り添って眠っていた優希を抱えて、部屋を出ていく。そのまま数百メートル歩いたところで、文香は部屋のドアを開けて滑り込んだ。二人も続いて中へと進んでいく。

 

「ふう。とりあえず、ここなら安全ね」

 

一息ついた文香はしたり顔で呆気にとられている総一達の方へ振り向くと、静かに微笑みかける。

 

「あの……文香さん?」

 

「見て。あのカメラ。本来はあたし達を撮影するためのものだけど、延々と別の場所の様子が繰り返されるように細工が施されてるの。他の情報を転送する装置も潰してあるから、ここは安全なわけ」

 

言われるがまま文香が指差した方に目を凝らすと、確かに小型のカメラのようなものが見える。もしかしてすべての部屋にこんなものが設置されているのだろうか? 色合いが壁と似ているのもあってか、今まで気づかなかった。

 

「カメラ……? 誰が俺たちを撮影しようと言うんですか? そもそもどうしてこんなところに……?」

 

「このゲームを運営している連中よ」

 

「え……?」

 

「あたしたちが今、参加させられているこのゲームはね。カジノのショーなの。どこぞの大金持ちを全国から集めて開催するカジノパーティー。その中で一番の目玉がこのゲームなのよ。誰が生き残るかを予想して、ね?」

 

「…………!」

 

突然の事に咲実が息を呑む音が聞こえる。

 

「どこで誰が何をしているのか……そのほとんどが撮影されて、カジノの観客の元へ映像が送られているわ」

 

「ちょ、ちょっと待ってください! 文香さん、それってつまり……俺たちは……」

 

「そうよ。あたし達はカジノの客を満足させるために、このゲームを運営する組織に誘拐されたってわけ」

 

淡々と述べる文香に、総一は驚きの色を隠せなかった。だが、そう考えれば確かに辻褄は合う。このようなゲームをやらせる意味、理由……。総一が次の質問を投げかける前に咲実が続いた。

 

「じゃあ、文香さんが今言ってた細工って……? 誰がそんなことをしたんですか!?」

 

「それをやったのは、あたしの仲間よ。この建物の中には沢山の仕掛けがあったでしょ? それと同じであたしたちも何度も仲間をこのゲームに送り込んでいるの。仲間に情報を送るため、この組織と戦うために、ね? こうして武器や食糧を簡単に見つけられるのも仲間のおかげなのよ」

 

「仲間、って……文香さん、あなたは一体……何者なんですか?」

 

恐る恐る尋ねる総一に、文香はにっこりと微笑みながら言った。

 

「あたしはテロリストよ」

 

「て……テロリスト……!?」

 

「そう。対テロ戦闘用、組織テロリズム、その英語の頭文字のAからとって、エースと呼ばれているわ。このゲームを運営する組織と戦っているのよ」

 

……エース……?

 

瞬間、総一と咲実の顔が曇る。同時に思い出したのは長沢の言葉だった。日本に潜むテロリストの噂……そして、見知らぬ黒い男が呟いた言葉……。だが、聞いた限りではエースは法で裁けない悪と戦う組織のはずだった。その悪が、このゲームの運営組織……即ち誘拐犯だとするならば、今のところは納得せざるを得ない。

 

「それじゃ、このゲームは……」

 

 

様々な情報がいっぺんに入り込んで、思考が追い付かない総一達に文香は淡々と説明を始める。

 

 

「事の発端は300年くらい前かしら。江戸時代にまで遡るわね。元はと言えば一対一の果し合いに金銭を賭けるようになったのが全ての始まりよ。格闘ゲームをプレイしたことはある? あんな感じの、ね」

 

こちらの疑問を見透かしたかのように文香は答える。

 

「それが思いのほか盛り上がって、お金持ちが勢いで大金をかけるようになって……潤った胴元は、観衆のニーズに応えるためにゲームをエスカレートさせていったわ。数人を閉じ込めて互いに戦わせたり、女子供には短銃を持たせたりして」

 

「もしかして……それが、進化し続けた結果が……この、ゲーム……ということですか!?」

 

「そうよ。この建物も、この首輪も、PDAも罠も全てそう。このゲームを運営する組織が用意したものなの。カジノの客を喜ばせて、利益を上げるためのね」

 

「ば……馬鹿げてますよっ!? いくらなんでもそんな事の為に……!」

 

総一が怒りを露わにすると、文香も顔を顰めて声を絞り出す。

 

「ええ……ふざけてるわね。そして……貴方達だけではないわ。今日に至るまで何十人何百人という罪のない人たちが、ここに連れ込まれて、望まないゲームをさせられてきたの」

 

開いた口が塞がらないとはまさにこの事だろう。聞けばこのゲームの存在自体、政府も警察もマスコミも黙認していると言う。ある者は自らの利益の為、ある者は弱みを握られて、またある者は自己保身、そして家族を守るため……数え切れないほどの人物が関わっており、もはや人の手でどうにかできる状態ではない。上層部はまさに日本を動かす――誰もが知っているような企業の役員が暗躍しているとも言われ、異を唱えることはおろか、増してや逆らうなどできるはずがなかった。

 

「そのゲームの被害者たちが結束して出来上がったテロ組織……それがエースなのよ」

 

「じゃあ……それで、文香さんも……この、その……ゲームに潜り込んで、仲間の人たちに情報を差し上げているんですか?」

 

「ええ。そのつもりだったわ。本当は、ね。あたし達の任務は組織の奴らに正体がバレないことが最優先。その為ならば作業の中断、放棄、そしてプレイヤーを見殺しにすることも許されているわ」

 

深く頷きながら答える文香に総一は尋ねる。

 

「本当は……って……それじゃ、今は何か違う目的があるってことですか!?」

 

「……そうよ。イレギュラーによってあたしの任務が急遽変更になったの。あの子の存在によって、ね」

 

文香は視線を厳しい視線を保ったまま、ゆっくりとその存在の方を振り返る。それは総一によって木箱に凭れかけられるようにして、眠っている。

 

「へ……? 優希……が、ですか?」

 

「情報によれば……本来ならばあの子の代わりに、桜姫優希さんが参加させられる予定だったのよ。総一君、貴方の恋人の……ね」

 

「なっ……!!」

 

――あ、あいつが……? 

 

突如飛び出た懐かしい名前に、総一は驚かずにいられなかった。そのまま呆気にとらわれていると、文香はQのPDAを取り出して総一の前にかざしながら言った。

 

「組織の連中もカジノの客を喜ばせるために、あの手この手で趣向を凝らそうとしているの。このPDAは……本当は咲実ちゃん、貴方のものになる予定だったのよ。そして総一君……貴方が持つべきPDAはAだった」

 

――AとQ……二人がこれを持つということは……? 

 

「ちょっと待ってください。それは……俺が……咲実さん、を……?」

 

「その通りよ。……総一君が助かるため、桜姫さんにそっくりな咲実ちゃんを殺す……。そして、それに慄いた桜姫さんが総一君を殺す……そういう演出の予定だったの。これを見たら観客はきっと大喜びだって」

 

「お、俺がそんな事を……正気の沙汰じゃない!!」

 

「ええ……わかっているわ。貴方がそんなことをする人じゃないってことは。でもね、聞いて。桜姫さんが参加直前にあんなことになって……欠員が出た。そこで、あたし達エースの一派はある作戦を強行したの」

 

黙っていた咲実も恐る恐る話に参加する。

 

「一派……? それじゃ、文香さんは? 派閥の争いとかあったんですか……?」

 

「あたし達も一枚岩じゃないのよ。同じエースでも色々な考えの者がいるわ。大きく分ければ強硬派と穏健派……タカ派とハト派ね。あたしの所属するハト派は、リーダーである鴻上大佐という男の指揮の元、じっくりと時間をかけてゲームに潜入し、組織の悪事を暴いていくつもりだった。これまでやってきたように」

 

「これまで……って、いつから活動してたんですか……!?」

 

「正式にエースが発足したのが30年くらい前かしら。ゲームに影響を与えられるようになったのは10年くらい前からだけど」

 

「そんな前から……!」

 

「それも、いずれ表沙汰になった時あたし達の行動が世間に認められるように、ね。でも、タカ派はそれを待ちきれなかった……。元々、エースのメンバーは組織へ恨みを持つ者、復讐の機を伺っている者がほとんどだから、そうなってしまうのは仕方のないことなんだけど……」

 

気を抜けば聞き逃してしまいそうな話も、今後の身の振り方を考えれば学校の授業よりも余程、興味深いものだった。総一も咲実も真剣な表情で話に聞き入っている。

 

タカ派のトップである森准将――彼は妻を組織に殺害され、ゲームで娘を殺害された。そこで復讐のために、組織のボス、色条良輔の娘である色条優希をゲームにねじ込んだのだ。名前が同じだったことでさほど苦労はしなかったという。しかし――

 

「優希ちゃんの正体を知った組織の連中は慌てたわ。そこで予期せぬ緊急事態が起きた。娘の身を案じた色条良輔は、不用意にゲームを中継しているカジノの会場へ向かっていったの。ここ十数年は全く尻尾をつかませなかった、組織のボスが……ね。ここに来て任務はゲームへの細工、調査から優希ちゃんの保護へと変更されたわ」

 

組織としては優希に害が及ぶことなどあってはならない。事によっては関係者であるゲームマスターやディーラーは責任問題へと発展し、命の恐れすらある。だから、なんとしても優希の安全は確保しなければならなかった。

 

だが、優希が良輔の娘などと言うことをカジノの客は知る由もない。組織の人間でさえ、幹部クラスでなければ知らないことである。そして不自然なことがあれば、客より不満が噴出し、カジノの存続、引いては最大の財源に大打撃を受けるばかりか、損した客から腹いせにゲームの存在を拡散される懸念もある。……ならばダミー映像で優希が死んだような演出を行い、その映像が流れる数分の間に何とか回収するしかなかったのだ。

 

「…………!」

 

急に咲実は目を見開いて固まる。

 

「じゃあ、御剣さん……私達が見た、あの、黒い影って……!! ふ、文香さんが……!」

 

二人は顔を見合わせると、そろって文香の方を見る。

 

「そう。やったのはあたしよ。あれは優希ちゃんを回収しようとして、組織の連中が向かわせてきた刺客ってことよ。……優希ちゃんは助けに来てくれた人だと思い込んでるみたいだけど。今、優希ちゃんが組織の手に渡れば、色条良輔は安心して引き返してしまうかもしれない。そういうことよ」

 

色条良輔のカジノ会場への現地入りをもって、攻撃準備に入ったエースの強襲チームによる捕獲作戦が遂行される。作戦開始まで、ざっと見積もって3時間半――それまでは優希を組織の手に渡すわけにはいかなかったのである。

 

「そ、それなら……返してやればいいじゃないですか! それで丸く収まるんじゃないですか!? 優希はまだ子供なんですよ!?」

 

「あの子の為にもそうしてあげるのが一番なのかもしれないわね」

 

「だったら……!」

 

「厳しいのね、総一君。だけど、あたし達は貴方のようにまっすぐには生きられない。……ここでどれだけ多くの人たちが望まぬゲームをさせられて死んでいったかわかる? どれだけ多くの仲間が犠牲になったのか……わかる? これは、千載一遇のチャンスなの。もしもこれで永遠にゲームを終わらせることができるのなら、あたし達はやるわ。その為のテロ組織、エースなのだから」

 

「わかります……わかりますけど……優希は……。文香さん、やっぱり俺には納得できません……」

 

 

「御剣さん……。文香さん……」

 

熱くなる総一と淡々と語る文香。そして何も知らずに眠り続ける優希――その光景の中で咲実は自身の中を錯綜する様々な感情、情報を処理しきれずにいた……。優希を取り戻すのなら、なぜ、黒い奴らがもっと現れないのだろう? そして、どうして死に際に「エース」などと言う必要があるのだろう?

 

……しかしこれはゲームの映像上からの問題で仕方がないのかもしれない。だが、優希を保護するのなら、わざわざ脅す理由がわからない。確かに文香は自分たちに対して好意的だし、先ほどの話も嘘には聞こえなかった。けれど……。

 

 

 

(……それを言うなら、咲実の姉ちゃんさ、優希は嘘ついたりしないぜ? 疑うこともないんじゃない?)

 

 

 

長沢の言葉が混乱する脳内に反芻する。やはり、優希が文香を怖がっている以上、彼女もまた嘘を言っているとは思えない。そう考えれば――

 

文香はまだ何か隠していることがある……? あの笑顔の裏に……?

 

 

そして……総一の恋人と、自分がそっくりだという話――

 

総一が自分を守ろうとするのは、咲実自身ではなく、死んでしまった桜姫優希への後悔から……。見ているのは恋人の面影、私じゃない……。私を守っているわけじゃない……。守っているのは総一が大事にしている、恋人の約束……それが私に当て嵌められているだけ……。

 

――咲実の双眸から静かに涙が零れ落ちた。

 

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