シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

50 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  4.8     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  7.4   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  3.5  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  9  6.7  自分以外の全参加者の死亡
郷田真弓  Q  Death   71時間の経過
御剣総一  2  3.9  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  6.6  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  4.2    全員との遭遇
綺堂渚   J  Death  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  3.1   首輪が5つ作動


第47話 凶報、そして・・・

「クックック……やっと着いたぜぇ……お待ちかねのゴールによぉ」

 

目の前に広がる最上階のホールを眺めながら、手塚は笑う。十数時間歩き回った彼にとっては、ゲームクリアが近いだけに感激も一入である。思えば長い道のりだった。特に一人でいる時はまとまった休憩もとれず、食事は歩きながらのこともあった。さらには何者かの手による複数回の銃撃。何よりもつらかったのが、煙草が自由に吸えない事だった。部屋に置かれているダンボール箱には、食糧よりも煙草のカートンを求めて必死に探していたほどだ。

 

 

「ふう、これを機に禁煙でもしろってか? 冗談じゃねえ……ただでさえ立ったまま寝ちまいそうな距離だってのによ」

 

「まだ終わったわけではない。勝利を確信するには早すぎるぞ」

 

少しばかり気を緩めると、背後から高山の声がかかる。4階で出会ってから、事あるごとに互いの行動を反省してきた間柄だった。

 

「おやおや、随分と心配してくれるじゃねえか、大将」

 

「緊張が解けた途端、周囲への警戒が薄れて行動が大胆になる。当然の確認作業が面倒事と化し、結果、命の危険……死へと繋がる。戦場ではありきたりな一息ついた後の悲劇だ」

 

「またお得意の軍事学ってか……? そういうのはさっさとここからおさらばした後、座学で頼むぜ」

 

耳を澄まして周囲の様子を警戒していた高山だが、今のところは他プレイヤーの接近や脅威はないと判断して言葉を投げかける。

 

「……居眠りしてやり過ごしたい、と言ったところか」

 

「チッ、バレたか……」

 

「なんとなく、お前のパターンが読めてきたのでな」

 

珍しくも高山は頬を緩ませる。だが、悪態をついていながらも、手塚が彼から学んだことは多かった。

 

 

――銃撃等の傷は見た目軽くても治療は怠るな。それが原因で熱でも出れば、まともに活動できなくなる。そうなったら自己責任だ。……容赦なく置いていくぞ。

 

――お前は異性を甘く見る傾向がある。だが、覚えておけ。精神的に屈強なのは女性の方だ。特にこのような状況下では……いや、そうでなくとも、互いに人間を殺傷できる武器……例えば銃を手にした時点で簡単に男女の戦闘力は逆転するものだ。

 

 

 

こんな状況でもなきゃ右から左に聞き流してるところなんだが……ま、お陰様でこの腕はしっかり止血させてもらったしな。臆病者の俺にはうってつけだってか? 

 

手塚は左腕を微かに上下させ、感触を確かめる。今までの出来事を振り返る限り、銃撃の主には察しがついている。もしも、あの時単独で行動していたら迷わず応戦していただろう。その結果、どうなっていたか……本人のプライドが許さないものの、考えたくもない結末が待ってることは容易に想像がついた。

 

 

 

でもよ……やっぱり矢幡のあれだけは納得いかねえ……! ありゃ疑り深いだけだ。ったく……。

 

「あの時、郷田がナイフを隠し持っていたら……? 俺はそう想定したまでだ。ならば矢幡のお前への対処は妥当だと思えるがな」

 

「って、おい……! あんたは超能力者か? 独り言にまで突っ込み入れんなよな!? こっちの気が収まりゃしねえ」

 

「ふっ……それはお互い様だ。……行くぞ。くれぐれも罠には注意しろ」

 

歩き出した高山の後を手塚はゆっくりと付いていく。チェックポイントはあと4つ。全て踏破すれば首輪が外れるのだ。しかし……その後はどうするつもりなのか。果たして素直に勝利に喜び、守りに入るのかどうか。互いの神経は張り詰めたままだった。

 

 

――ま、確かに罠にでもかかっちゃ笑えねえな。さて、勝利への行軍と行きますか。……クックック。

 

 

 

 

 

 

「長沢君……生きていたんですね……。私……あの時、死んでしまったんじゃないかって……!」

 

全力で駆け寄ってきたのか、息を切らせて笑顔を浮かべる長沢に咲実は泣き崩れた。止めどなく溢れる涙を必死に拭い、身を屈めて両肩に手を掛けようとする。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい……長沢君……。私があんなことをしたせいで……こんな辛い思いをさせてしまって……」

 

「お、おい……! 咲実の姉ちゃんってば、大げさだぜ。僕が簡単に死ぬわけないだろ? へへっ」

 

照れたような笑みを浮かべて、長沢は陽気に振る舞った。実際は何度も死にかけてきたのだ。ここにこうして立っていることが奇跡、と言っても過言ではないほどに。そして、一番大切な人の犠牲の上に成り立っている命でもある。

 

「もうっ! 本当に心配したんですから、いい加減なことを言っちゃだめです!」

 

驚いたのは長沢の方だった。自分が生きていることをここまで喜んでもらえることが、今まであっただろうか。真逆の事は何度学校で言われたかわからないと言うのに。

 

「長沢……お前、どうやって逃げ切ったんだ……? ケガは大丈夫だったのか? それと、北条さんは……?」

 

再会の喜びも束の間、唖然としていた総一が頭を過った疑問を投げかける。

 

「あ、ああ……それなんだけど、さ……」

 

 

 

 

 

 

「長沢、お前……!!」

 

怒られるだけでは済まないとしても、隠しようがなかった。何より、総一が他人を傷つけることを激しく嫌悪することは知っていた。だが、かりんの件に関しては状況が違いすぎている。妹の為に発狂してしまった哀れな少女でもあり、自分をバカにして殺しにかかってきた憎き仇敵でもある。しかし、不味いことに後者のイメージは長沢自身のみのものであり、二人には共感してもらえそうにない。

 

「お前の行動は北条さんだけじゃなく、妹さんまで殺すことになるんだぞっ!!」

 

「いや……で、でも、そうしないと僕はやられてたんだぜ……? そうだろ? 咲実の姉ちゃんならわかってくれるよな!?」

 

怒りを露わにして詰め寄ってくる総一に、長沢は咲実に助けを求めた。しかし、咲実は言葉を失い判断しかねると言った雰囲気である。確かに何度も殺されかけた。麗佳の仇とばかり、逆に殺してやろうとも思った。この手で致命傷を負わせるまでは憎き相手であったことは間違いない。

 

「撃つよりも先に、後ろからなら押さえられたかもしれないだろ!」

 

想像するだけならばそう言えるのかもしれない。しかし、相手は銃を所持していたのだ。それだけでも十分脅威である。さらに長沢にとって総一の指摘は、自分の腕力やケンカの弱さを揶揄するかのようにさえ聞こえる。

 

「だ、だって……しょうがないじゃないか! 一歩間違えたら僕が殺されてたんだぞ!?」

 

「長沢……北条さんだって本当は人殺しなんかしたくないはずだったんだ……。なんでそれがわからないんだ!! 北条さんを殺したって麗佳さんは帰ってこないんだぞ!!」

 

「な、なに……!!」

 

尤もらしい言葉に怒りを覚え、言葉を失う。そんなことは総一に言われなくてもわかっていた。そして、その時の感情もはっきりと覚えている。仇討ちの念が僅かにあったのかもしれない。だが、憎しみではない。首輪の解除でもない。増してや今となっては、人を殺してみたいなどと戯けたことを考えるはずもない。自分が生き残るためには撃たなければならなかったのだ。

 

 

「それとも、なんだ。お前は自分の首輪が外れればそれでいいのか……!!」

 

「それじゃ、どうしろってんだよ!!! 僕が撃ち殺されればよかったって言うのかよ!!」

 

自分には理解できない論理を展開するばかりか、生き残った自分を責めるかのような総一に、長沢も涙声を交えて怒りを露わにする。相手が無抵抗ならともかく、明らかに害意を持っていたというのに。総一がさらに畳みかけようとしたその時だった。

 

「そうじゃない!! 出来るかもしれない可能性を投げ出して、安易に撃ったことを俺は……」

 

 

 

 

「やめて!!!!!」

 

 

 

 

突如響き渡る涙声。あの時と同じだった……。

 

「さ、咲実さん……」

 

「咲実の……姉ちゃん……」

 

「どうして……せっかく長沢君とまた会えたのに……そんなことが言えるんですか……? 御剣さん……」

 

今まさに相手につかみ掛からんとする二人が咲実の方へ視線を向けると、彼女の乾き始めていた瞳が再び涙色に染まっていた。しかし先ほどとは違い、それは悲しみから流れる涙だった。

 

「確かにかりんさんは、本当はあんな子じゃなかったんだと思います……。でも、御剣さん、今のは少しひど過ぎます……。優希ちゃんのことで焦るのも仕方ないかもしれませんけど、これじゃ……まるで八つ当たりです……」

 

咲実の言葉にばつが悪くなった総一とは対照的に、長沢は涙を抑えられなくなった。笑顔で受け入れてもらえると思った矢先、執拗な説教を受けるとは……。いつかの優希と同じ状況である。

 

「……ごめんなさいね、長沢君。元はと言えば私が悪いんです……」

 

 

咲実はハンカチで自らの目を拭いながら、背を向けて肩を震わせている長沢にそっと手を掛けた。

 

 

 

「べ、別に……大丈夫、だよ。咲実の姉ちゃんが悪いわけじゃないだろ」

 

 

 

 

 

そうだよな……こんなゲームをやらせる奴らが悪いんだった……。

 

 

俺は……何を……。

 

 

結果的に二人を泣かせてしまった総一は言葉を失い、その場に立ち尽くすしかなかった。いったい自分は何に怒っていたのだろう――

 

 

 

 

 

 

 

「それを知っていたのなら……大佐、あなたは……なぜ!!」

 

薄暗い光が差し込む作戦基地の一室で押し問答が続いていた。彼らの服装――身に付けているスーツとコート、ジャケットからして、何も知らない人間が見れば探偵チームが上司と仲間割れしているようにも見える。

 

「……状況を利用したまでだ。これ以上タカ派の連中に仕切らせていては、我々の活動も

表沙汰になりかねんからな」

 

彼らに詰め寄られながらも、大佐と呼ばれた紳士風の男はその勢いに動じることなく、椅子に深く身を預けたままじっと彼らを見据えていた。

 

「彼女は我々の仲間なんですよ! あの悪夢から……それも10年以上共に戦ってきた……!!」

 

机を挟んで対峙していた男女の一人が、激しい怒気を込めて訴える。以前から何度も異を唱えに来ていたのか、焦燥に駆られていることが傍目にもわかるほどだった。

 

「仲間、か……。そう言えば貴様らも同期だったな。だが、奴らを倒すために今日まで犠牲になっていった者たちのことを思えば、たとえ貴様の仲間だろうと例外はない。そういうことだ」

 

「あなたは……! 彼女がどんな想いで、ここまでやってきたのか知っているんですか!! あのゲームで大切な人を失って……。やっとここまで来たのに……」

 

やがて、若い女性も声を上げて机に手を叩き付け、感情を露わにする。一方、向かいの椅子に深く腰掛けている紳士は眉一つ動かさずに、淡々と現状を述べた。

 

「そろそろ、タカ派の暴走が始まる頃だ。当然タダでは済まんだろう。……今回の端末不正配布操作に加え、この命令無視が加われば十分だ。本件を持って漸く我々一派がエースの実権を握ることになる」

 

「くっ……」

 

機械のように語る紳士に納得がいかないのか、若者たちは歯軋りしながら肩を震わせる。

 

「先ほど、襲撃チームから連絡が入った。尤も、色条良輔が引き返さなければ全てが丸く収まったのだろうが……な。奴を見失ったのは手痛いが……タカ派の連中は上手い具合に暴れ出してくれた」

 

「あなたが情報を入手した時点で、我々に伝えてくれていれば、彼女を潜入させはしなかった……!」

 

「……言ったはずだ。例外はない、とな。彼女がゲームに参加しなければ、他の諜報員が身代わりになっただろう。誰かが生贄にならねばならん。それだけのことだ」

 

工作員個人にとっては大切な同僚であり仲間だとしても、彼らを一つの組織として上から見るならば……大佐として兵隊を見るならば彼らは駒に過ぎないのである。一人一人の事情を深く考慮していては作戦は遂行できず、組織も機能しない。確かに戦場で部隊を指揮するにあたってはそれで良いのかもしれない。

 

だが、この思想こそが仇となり、敵味方を問わず無駄に悲しみや憎しみを増幅させていることに彼が気づくことはなかった――そう、ゲームの参加者にも意思があるように、彼の掌の上で闇に葬られていった存在一つ一つにも意思があるということを。

 

「今回のようなイレギュラーが発生した時の為にも、これから我々が活動していく上でも、足並みはそろえるべきだ。内部でいがみ合っている場合ではないのだからな」

 

 

 

 

 

 

何が自分を急き立てているのだ――

 

冷静に考えれば長沢のとった行動を誰も責めることはできないはずだった。銃を向けて殺しにかかってくる相手の心情を理解しようなど、自身の命が脅かされている時点でそんな余裕があるはずもない。それはむしろ普通のことである。

 

懐かしき面影に責め立てられた焦りといら立ちを長沢にぶつけてしまったのか――

 

――いや、それでも俺ならば……。

 

しばしの沈黙は険悪な空気を徐々に晴らし、三人に再会の喜びと元の調子を取り戻させていった。だが、その直後、長沢の口から飛び出した真実は総一と咲実を圧倒するのには十分過ぎた。

 

 

「長沢君……それは、本当、なんですか……? ふ、文香さんが……そんな……!」

 

「そうだよ。今の話と、渚の姉ちゃんが僕にくれたPDA……これが証拠だぜ。それとも、僕がウソついているように思えるのかな? あのババアは人殺しのテロリストの大ウソつきだぜ」

 

長沢の話に怯えだした瞳には、再び涙が溢れているようにさえ見える。優希に対する態度の話に違和感を持ちつつも、咲実は心のどこかで文香をまだ信頼していたのだ。尤も、それは総一も同じだったのだが……。

 

それが、今まさに音を立てて崩壊したということになる――

 

「な、これでわかっただろ? 御剣の兄ちゃん。だからあのババアに連絡なんか入れてやる必要はないぜ。僕たちを殺してくださいって言ってるようなもんだ」

 

「……ちょ、ちょっと待ってくれ、長沢……」

 

あまりの衝撃に総一は言葉を紡ぐことができない。文香を信頼していた……否、なにか言えない事情があって優希に辛く当たっていたのであり、きっと俺達には言えないわけがある……そう信じたかったのは総一も同じだったのだ。

 

「と、とりあえず……だ、長沢。まず、その……ババアはやめろよ? 失礼だろ?」

 

話の内容を整理しようと必死ながらも、頼れるお姉さん的存在に悪態をつかれるのは、どうにもしっくりこない。というより、一気に押し寄せた衝撃的な情報に混乱して他に言葉が見つからなかった。

 

「……渚の姉ちゃんを生き返らせてくれるんなら考えてやってもいいけどな。あんな奴、まともに呼んでやる価値もないぜ」

 

不敵な笑みを浮かべているのかと思いきや、長沢の表情は真剣だった。総一も咲実も会ったことがない綺堂渚というプレイヤー。話によれば文香の言う、このゲームを運営している側の人物である。それならば彼女――渚がまともな存在なはずがない。では、どんな恐ろしい人物なのかと想像したものの、長沢は彼女を悪く言うことはなかった。そもそも渚が生粋の悪党ならば、このような大事なツールの詰まったPDAを長沢に託すだろうか。

 

「……渚さん、か。お前だって、その人をそう呼ばれたら嫌だろ?」

 

「当たり前だ! 言った奴はぶっ飛ばしてやるよ!!」

 

「それなら……わかるだろ。文香さんは、俺たちを何度も助けてくれたんだ。だから……そういう呼び方は俺たちも不愉快だぞ? それに……お前だって文香さんが来ていなかったらどうなっていたことか……」

 

「何の話だよ!? 僕はあのバ……女に助けられた記憶はないぞ?」

 

「そうか、長沢はあの時……」

 

結果論とは言え、あの白煙が沸いてこなければ状況の打破はありえなかった。しかし、文香のその後の行動、そして本意を考えると何とも言い難いところではある。

 

「そ、そんなのきっかけに過ぎないぜ。僕はあの後、自分の力で北条を倒したんだからな。結局、御剣の兄ちゃんはあのババアにユーワクされて、僕の言うことが信じられないってのか」

 

それとこれとは話が別、という論理は思春期の少年には理解しがたいものだった。自分の中の基準こそが正義と悪を決め、そのどちらかしかない。本来、人間は清濁併せ持ったものであり、それらを抱えて生きる姿こそが真である。だが、悪人に妥協して、一部を認めるなど肥大化した自我を持て余すこの時期の少年には自分を殺すも同然であり、認められるわけもない。

 

「そうじゃない! なんでお前はそう言った極端な考え方を……」

 

半ば呆れながら長沢をなだめようとした総一が諭す前に、咲実が口を挟んだ。

 

「ここは御剣さんの言う通りですよ、長沢君? 女の人にその……そんな言い方したらいけません! 渚さんがそんな長沢君を見たら、きっと悲しむと思います」

 

「知ったようなこと言っちゃってさ。今話した通り……渚の姉ちゃんを殺したのはあのババアなんだぜ? だから姉ちゃんの為にもあいつを許さないって意味で僕は……!!」

 

「確かに、御剣さんも私も渚さんとは会ったことがありませんし、私たちに何がわかるの、と言われると……返事に困ります」

 

「だったら、余計に僕の勝手じゃないか」

 

「……でも、そんな風に女性に悪態をつく長沢君を、渚さんは見たくないと思いますよ? もっとちゃんとした、立派な子に育って欲しいって。そう願っているはずです」

 

「けっ……渚の姉ちゃんがそう思うかもしれないなら……。わ、わかったよ。しょうがないな……」

 

長沢はしぶしぶ了承した。こうもわかりやすい形で説得されるととりあえずは納得せざるを得ない。だが、文香と渚――互いに見えている面が全く違うだけに、三人の間には微妙な不和が生じる。

 

「と、とにかくさ。話はまだまだ続くんだ。戦闘禁止エリアとかこの辺にないかな? 結構長引きそうだからさ」

 

「…………」

 

「御剣の兄ちゃん?」

 

「あ、ああ……悪い。戦闘禁止エリアだな……えーと」

 

総一は上の空でPDAを取り出すと拡張機能の追加された地図を確認する。長沢に聞いたところによる、文香の行動には驚愕せずにはいられなかったのだ。むしろ、長沢の物言いを批判したことさえ、真実を知る恐怖から目を背けるための回避措置だったのかもしれない……。

 

「ここからだと、大分離れているな……。6階へも遠回りになりそうだ」

 

「どれくらいの距離でしょうか? えーと、時間は……」

 

「この速さだと約53分、だって。疲れるし、さっさと6階に向かった方がいいんじゃない?」

 

「えっ!?」

 

突然の長沢の言葉に二人は口をそろえる。その得意げな表情とは逆に総一と咲実の顔は固まったままだ。

 

「ここから6階の階段までなら41分。戦闘禁止エリアから歩くと25分。まあ、それでもこの階にいられなくなるまで、まだ時間はあるけどね」

 

「お、お前……どうやってそんな正確な時間を……!?」

 

驚きの表情で視線を向ける総一に、長沢は待ってましたとばかりに説明を始める。

 

「ああ。このPDAだよ。渚の姉ちゃんの形見。これ、すげえんだぜ? 兄ちゃんにも貸してやるよ。咲実の姉ちゃんも見てみなよ」

 

総一がPDAを受け取ると、自分たちのそれにはないような情報がズラリと並べられていた。無機質な地図には現在位置がはっきりと示され、行き先を触れるとその横に距離と時間が表示される。

 

「まるで魔法だな……」

 

トランプのジャックを模したPDAを返しながら総一は呟く。これならば渚がゲーム運営側の人間だということも納得がいく。

 

「もしかして、これで長沢君は私たちの居場所がわかったんですか?」

 

「そういうこと。ま、困ったことがあったら、僕に聞いてくれよ。他の奴らの居場所も大体わかるからさ」

 

「ふふ、頼りにしてますよ? それで……今、ちょうど19:00を打つところですから、5階が侵入禁止になるまで約4時間……ですね。長沢君の話の通りに時間がかかるのなら……やっぱり、早く6階に上がった方が良いと思います」

 

懸念事項が少し減ったことに安心したのか、咲実は余裕ある微笑みを長沢に向ける。

 

「よし、そうと決まれば……行こう、咲実さん、長沢」

 

5階が侵入禁止エリア化するまではまだ余裕はあった。だが、総一たちが文香から聞いた話のことも考えると、のんびり話している時間はない。とは言え、互いに言わなければならないことが多すぎるのだ。

 

「はい、御剣さん。……長沢君、行きましょう? その、PDAを見ながら歩いていると危ないですよ? 罠に当たったりなんかしたら……」

 

「大丈夫なんだな、これが。その罠の位置までしっかり表示されてるからさ、ほら」

 

長沢は咲実にPDAを向ける。すると先ほどの地図に赤く点滅する光点が広がった。

 

 

 

 

 

 

「……ついに最上階まで来ちゃったか」

 

PDAに視線を落としながら慎重にホールへと足を踏み入れる。ツールを最大限に生かした結果、誰かが待ち伏せしている危険性は低いが、用心するに越したことはない。やがて周囲に誰もいないことを確認すると、文香はふぅ、とため息をつく。

 

「何をしているの? 早くいらっしゃい」

 

威圧的な声に反応して、優希が階段を駆け上ってくることを認めると、文香は黙って近くの部屋に滑り込んだ。当然、優希もその中に続くと、文香は既に箱を漁り始めていた。無防備に背中を向けるその後ろ姿に、優希は今後の身の振り方を考えるも、妙案は浮かんでこない。PDAも無しに一人でどこへ行けるというのか、何ができるのか……唖然と立ち尽くしていると、文香は黒いツールボックスを片手に呟いていた。

 

「ふふふ、そうよ。これ。やっぱりこういうのがなきゃ、ね……」

 

斜め後ろからでも文香が顔を綻ばせているのがわかる。目は髪で隠れているものの、裂けているかのような口元、揺れるイヤリング――果たして彼女はこれからどうするつもりなのか。一部の者のみぞ知る文香の首輪の解除条件を考えれば……絶望しかない。なぜ、自分を生かしておくのか? 総一と咲実を騙してまで何を成そうとしているのか……。

 

「ボーっとしてないで。行くわよ、優希ちゃん。ふふふ……」

 

率先して部屋の外へ出ようとする文香の表情は妙に嬉しそうだった。機嫌が良いのだろうか、真意は測りかねるも恐怖が先立ち、優希は何も聞けなかった。

 

 

 

はぁ。一番厄介なのがこの二人だと仮定すると――ジャマーを使っても安心しきれないわね。練度の低い運営の連中ならともかく、ガス缶もなかなか通用しないみたいだし。じっくり武器を探して、一気に仕留めるしかないわね……。ともあれ21:30まで優希ちゃんを確保しておけばそこまでする必要もないか。ふふふふ……。

 

でも、ま……念には念を入れた方がいいわね……。あたしの処遇がどうなるかを考えれば……居場所が残っているかどうかも怪しいし……。何てったって……傭兵なんて、どこで組織に雇われて加担するかわからないものねぇ……。

 

 

 

 

「ふーん。そうかよ。それで?」

 

長沢は不貞腐れた様子で悪態をついた。話の内容が理解できなかったわけではない。むしろ逆である。だからと言って到底納得できるものではない。

 

「それでって……お前なぁ……」

 

「だったら渚の姉ちゃんを殺してもいいのかよ? エースだかオムライスだか知らないけど、そんな奴らの都合なんて知ったことかよ。僕は絶対に許さないからな」

 

新しい情報が開示されればされるほど、互いの溝が深くなってゆく。こんな皮肉が他にあるだろうか。

 

「それに、さっきも言ったぜ。あの女の首輪解除の条件は皆殺しだ。余計に生かしておくわけにいかないじゃないか!!」

 

「長沢君……だから、私たちも迷ってるんです。本当にそうだとしたら、どうして私たちに何もしてこないのか……説明がつきません」

 

「何言ってんだ。兄ちゃん達に味方するなら、騙す必要なんかないだろ!? あの女が、あのおばさんのPDAを奪って見せたに決まってるぜ! 誰がどのPDAを持っているのか、ここに全部書いてあるんだからな」

 

JOKER初期化機能を使ったにもかかわらず、文香のPDAは本人が言う通りQの絵柄を模していた。だが、渚のPDA情報によれば……文香の持つ本当のPDAは9なのだ。そして、優希もそれを悲痛の想いで訴えていたというのに。

 

「迷うことなんかないだろ!? あの女をぶっ飛ばして優希を助けるんだ!! ほっとけばみんな殺されるんだぞ!」

 

 

「お前の言いたいことはわかる……でも、この情報を見る限り、単に文香さんを敵だと睨むのはどうかと思う。もしかしたら、文香さんだって……被害者なのかもしれない」

 

長沢にはわからなかった話……エースのタカ派とハト派の争いの結果、文香に降りかかったと思われる災難――

 

(あたし達も一枚岩じゃないのよ……)

 

文香が一部で凶暴な顔を覗かせているのは、渚のPDA情報から得られた、エース内部の内輪揉めからくるものではないのか。そんな疑問が沸き始めていた。

 

「だから、もう一度文香さんと話させてくれないか?」

 

「お断りだね。北条の時もそれで失敗したのを忘れたのかよ。あいつがどういうつもりだろうと、見つけたら速攻でぶっ殺すからな。今回は譲れないぜ」

 

「いい加減にしろ、長沢……殺すだなんて軽々しく言うなっ!!! 何度も言わせるな……俺の前でお前に人殺しはさせない」

 

「上等だっ! 邪魔するんなら兄ちゃんを殺してでも、僕は文香のババアを殺るからな!!」

 

「……好きにすればいいさ。それでお前が助かるのなら……咲実さんや優希を助けられるんだったらな」

 

「なっ……」

 

売り言葉に買い言葉で放った本気半分、冗談半分の暴言――自分の怒りを理解して欲しい一心でついた悪態。怒られるものだと覚悟していた。当然言い返してくるものだと、いつかのようにぶん殴られるのかもしれないと思っていた。しかし、総一の表情は呆れて流しているようには見えず、むしろ本当にそうして見せろと言わんばかりである。

 

 

長沢も人に危害を加えるような話題となれば、総一が了承しないことはある程度わかっていた。そして一般常識で考えれば、それが正しいことを。確かに自分の見てきた真実のみで相手を断罪する前に、会話は必要なのかもしれない。

 

しかし、なぜこうも危険な選択肢ばかり選ぼうとするのだろうか――

 

毒を抜かれて絶句する長沢をよそに、総一を見つめていたのは咲実だった。その視線には悲しみとも怒りともとれる不思議な力が宿り始めていた。

 

そんな咲実の表情に気づいた長沢は一瞬、自分の態度が咲実を怒らせたのではないかと錯覚する。だが、その怒りを帯びた視線が刺している先にいるのは間違いなく総一の方だった。

 

 

 

 

 

 

 

――倍率を見た限りでは、そうそうやられたりはせんだろうが……。何しろ、運のない奴だからな。

 

 

先ほど見たカジノの情報が否応なく反芻してくる。だが、今は任務中であり不測の事態が襲い来るともわからない。

 

余計な想像を振り払いながら扉に手を掛けて甲板に出ると、とっぷりと日が暮れた紺碧色の大海原が広がる。この先、どうしたものか……潮騒と夜風に当たりながら撤退命令を出そうかと考えあぐねている傍から、自身の姿を認めた部下が声をかけてくる。

 

「お疲れ様です」

 

「……異常ないか」

 

退屈な任務になりそうだが、このままカジノ船の警備に当たろうかとありきたりな答えを待っていたところ、返ってきたのは意外な言葉だった。

 

「はっ。先ほど19:17(ヒトキュウヒトナナ)及び19:30(ヒトキュウサンマル)……2回にわたり上空から微かな光が見えましたが……現状、問題ありません」

 

「光だと?」

 

思わぬ返答を受け、特隊長は夜空を睨む。しばらく目を凝らしてみたが、今のところ変わった様子はない。

 

「まあいい。お偉方より貴様らに通達だ。今回、我々は当カジノ船の護衛任務の為、派遣されてきたわけだが、テロリストどもによる襲撃の可能性ほぼなくなったそうだ」

 

特隊長が宣言すると、急に緊張が解けたのか隊員たちの間でざわめきが広がった。

 

「ただし、本来の相手はテロリストどもだ。何も起こらないとは限らん。念のため、本来の迎撃開始時刻21:30(フタヒトサンマル)までは甲板上にて交代で哨戒に当たる。先ほど不審な光を見たという情報もある。俺が指示を出すまで、装備は解除するな」

 

「了解しました」

 

各々の持ち場に広がって行く部下を目で追いながら、特隊長は船首へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

部屋の隅で彼女は肩を落とし、俯いていた。何かを使い、誰かと通信していたように見えたが、この距離では会話の内容まではよくわからなかった。何より、その背中から放たれる青黒いオーラが少女に近づくことを躊躇わせていた。

 

 

 

どうしたら良いのかと考えた次の瞬間――

 

 

 

 

「くっ……ふふふふふふふ。あははははっ……あっはははは!! バカみたい……。あははははははっ!!! 何だったのよ……! あたしは……。あたしは……! もう……。ふふふ、ふふふふふ……」

 

 

 

 

彼女は全身を震わせて笑っていた。

 

今まで聞いたことのない音色で、陸島文香は笑っていた。

 

その異様な雰囲気からとても楽しくて笑っているような笑い方ではないことは、子供でも理解できる。そしてこのままでは遠からず、己の身に害が及ぶことも――

 

しかし、脳が放つ「逃げろ」という指示とは逆に恐怖で体が動かない。背を向けて一歩でも動こうものなら、今しがた彼女の横に置かれたバルカン砲が即座に火を噴くような気さえしたのだ。

 

やがて彼女はゆっくりと振り返り、ふらふらと歩み寄ってくる。笑っているのか、怒っているのか……あまりの怖さに表情を直視できない。もしかしたら泣いているのかもしれない。

 

「あははは……ははは。ねえ……優希、ちゃん……?」

 

「…………?」

 

「大事な人に捨てられるのって……あははは……! どんな、気持ちかしら……? うふふ……ふふふ」

 

「あ……あぁ……」

 

 

恐ろしい形相でにじり寄ってくる文香に対し、優希は後ずさるのがやっとだった。そもそも、文香がこうなった理由すらわからない以上、どうすることもできない。

 

 

「どうして、そんな顔するの……? そんなにあたしが怖い……?」 

 

「…………」

 

本音を言えばどうなるかなど、火を見るよりも明らかである。

 

 

 

「あはははっ、もう……何とか言いなさいよ……? そうねえ……ふふ、ふ……例えば、あなたのパパが、ねえ? 優希ちゃんを捨てちゃったり……とか……どう? ふふ、ふふふふふ」

 

「…………」

 

「ふふふ……あぁ、言い方が不味かったわね……。優希ちゃんのパパが、とても悪い人で……こういうゲームをね? やらせてるような人だとしたら……ふふふふふふ……優希ちゃん、あなたはどう思う?」

 

子供である優希に唐突な質問の意図、内容を理解する余裕もなく、答えられるはずもない。それは必然だった。そして、言ってはいけないことがそこに含まれていることも。だが、そんな事に頭が回らなくなるほど、文香の理性は崩壊しかけており、優希の精神も飽和しきっていた。

 

わけもわからぬまま、意を決して文香を見上げると、そこに映ったのは光のない瞳、泣いているのか怒っているのか、それとも睨んでいるのか――目を合わせれば自身も毒されてしまうような……。優希はとっさに視線を下に逸らすと、銀色のペンダントが生気を失ったかのように揺れていた。

 

しかし、それが意図的な無反応という行為に映れば時に人の神経を逆撫ですることになる。

 

 

「無視しないでっ!!!! どうしてあなたはそうやってすぐ黙るの!!!!」

 

 

部屋の空気を切り裂くかのような声が優希の耳を劈くと、優希はたまらず涙を零す。幼い少女にとっては、文香の斜め後ろに置かれている軍用兵器よりも彼女の方が怖いのかもしれない。

 

恐怖と混乱で涙を流す少女の前で、暴走する感情のままに怒号を上げる女性の荒い吐息だけがその部屋に響いていた――

 

 

 

 

「ああ……ごめんね、優希ちゃん……。あたしはねえ、捨てられたんじゃないの……ふふふふふ、騙された、の……ふふふ、あっはははははははっ!!」

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