長沢勇治 3 4.6 3人の殺害
矢幡麗佳 8 Death 近距離でPDAを5つ破壊
色条優希 4 8.1 首輪を3つ取得
漆山権造 A Death QのPDA所有者の殺害
手塚義光 5 3.8 24箇所のチェックポイント通過
陸島文香 9 6.5 自分以外の全参加者の死亡
郷田真弓 Q Death 71時間の経過
御剣総一 2 4.2 JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実 6 6.9 JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K Death PDAを5つ収集
葉月克巳 7 5.0 全員との遭遇
綺堂渚 J Death 24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太 10 3.4 首輪が5つ作動
顔を見る度に、声を聞く度に嫌気が刺す。モニター越しに現れればうんざり……そんなことは日常茶飯事だった。それもついさっきまでは現在進行形の事実である。酒を飲めば酔って愚痴を垂れ流し、終いには泣き出す。そしてカラオケでマイクを握れば離さない。
そんな風に気性が激しいから結婚できないんだと、ゲーム中はもちろん、仕事後の飲み会でも絡まれるたびに心の中で悪態をついていた。
「色々と身勝手で、注文の多い上司でした。しかし……こうして、いなくなってみると……」
静まり返ったメインコントロールルームにディーラーの独り言と溜め息が響く。ふと背後を振り返ると、金田は腕を組んだまま静かに佇んでいた。その双眸は閉じられており、何を意図しているのかはわからない。オペレーターである他の面々も、現場からの指示がなくては何もできず、手持無沙汰に視線を落としていた。
「我々は……この後、どうすべきなのでしょうか……」
ゲームマスターとサブマスターがともに脱落するなど、前代未聞であった。現場での責任は彼女らにあるものの、指示や補佐、援護の不備を問われればディーラーも責任は免れないのだ。だが今、彼の懸念はそこではなかった。
「金田様……申し訳ございません。もはや……これまでです……」
このような状況を作ったのは他でもない、ゲームのプレイヤー達である。だがディーラーである自分自身の不手際が無関係と言うわけにもいかない。とは言え、この現状とて最高幹部会からも……当然、ボスからも責められることはない。ならば気にすることもないはずなのだが……。
ディーラーとはゲームが滞りなく進むように武器を配備してプレイヤーを操作し、ゲームマスターを通して、客から不満が噴出しないように場を支配する存在である。そのディーラーがプレイヤーに感情を入れようものなら、ゲームバランスは崩れ、勝敗が簡単に決してしまう。だから、ディーラーがプレイヤーを「駒」として以外の認識を持つなどあってはならないことなのだ。
「早急にお戻りください。このままいけば姫様……いえ、ナンバー4の命は時間の問題かと……。エースの一派も暗躍していると聞きます。最高幹部会の皆様と対策を……」
「やめろ。今、我々が姫様を見捨てたら誰があの子を守ってやれるのだ」
突然、金田が目を見開き、力強い視線を差す。今だ金田が「姫様」と呼んでいることに違和感を覚えつつもディーラーは続ける。
「しかし、金田様……。ゲームマスターもサブマスターも既に……そして、観客からの掛け金もかなりの額になっております……。今さらどうこうできる状況では……」
特隊長の部隊を現場に向かわせていれば、まだ優希を助け出す算段はあったのかもしれない。しかし、彼らは今この船の甲板の上である。今からゲーム会場に向かわせたところで間に合わないだろう。しかも、行動を共にしているエースの諜報員は……。
本来ならば、金田とて余計な感情など入れずに幹部会の面々と合流すべきなのだろう。だが、彼は決して動こうとはしなかった。
――色条……お前は……姫様に何を望んでいたのだ……?
幹部会の思惑、自身の義務と感情――果たしてどちらに従うべきか……金田は答えを出せずにいた。
そして、本気で金田を退室させようと思わなくなっているディーラーもまた……
「重たいわね……ほんっとイライラしてくるわ……。でも、持ち運べるだけありがたく思うべきかしらねぇ? 優希ちゃん? うふふふふ」
歩く度に肩に食い込むベルトを何度もかけ直し、文香は卑しい笑みを浮かべる。本来、このような重火器は常人に持ち運べるようなものではない。しかし、ここ最上階においては、現実では信じられないような最新兵器がそこら中に転がっていたのだ。そのどれもが生身のプレイヤー同士が戦うには大げさすぎるものだった。一撃で人間を肉塊に、あるいは粉みじんに変えてしまうような……。
「はぁ、はぁ……。どう? 優希ちゃん? あなたも持ってみる? これ……。バルカン砲って、ゲームとかで見たことあるでしょ? 正確にはガトリング砲って言うんだけど」
「…………」
「どうしたの? 兵器に詳しいお姉さんは嫌いかしら? うふふふふ。素敵でしょう、これ。ねえ……? 優希ちゃんでもね、漆山にもかりんちゃんにも……手塚君や高山さんにさえ勝てるようになるわ……」
ギラリと光る重々しい砲身が瞳を掠める。しかし、優希は質問の意図など理解できるはずもなく、弱々しくかぶりを振るだけだった。それは幼い子供であれば当然の反応である。
だが……言葉で拒絶の意思を示すことに比べれば、首を振るという拒否行為は本人の意思とは別に、時に挑発的、或いは小馬鹿にしているように映ることすらある。それがコミュニケーション能力に長ける者からすれば、尚更である。当然、正気を失いつつある文香には面白くないものとして映るのだった。
「あたしの言うことが聞けないの? 優希ちゃん? 無視しないでって言ったはずよ……!!」
「…………」
「そう……? 優希ちゃんもあたしを見捨てようとするんだ……。じゃあ……そういう子には、お仕置きをしなくっちゃねぇ、うふふふ……」
文香は顔を歪めながら重火器の砲身をゆっくりと優希の方へ向け、勝ち誇ったかのように微笑みかける。
「バルカン砲の味……優希ちゃんに教えてあげましょうか。うふふふ……ねえ? これで撃たれたら、優希ちゃん……どうなっちゃうのかしら……あははははっ! あたしねぇ、訓練でもこんなもの、人に向けて撃ったことないの。優希ちゃんの身体で味わってみる? うふふふ……」
「……い……い、いや……!」
文香はバルカン砲を優希に向けながらゆっくりと近づいていく。表情こそ笑顔を浮かべてはいるが、ギラついた目が笑っていないことが恐怖を余計に増幅させる。それに加えて疲労と汗で、ファンデーションはところどころ剥がれ落ち、薄い口紅が妙に目に付く。訓練を重ねたテロリストとはいえ、文香も長時間の緊張とプレッシャー、何より見捨てられたショックには抗えないのであろう。
「そうねぇ……優希ちゃん、きっとぐちゃぐちゃになっちゃうわよ? 脳味噌も内蔵も飛び散って、頭も体も血まみれに……ねぇ……。もしかしたら、顔もわからないくらい……。総一君たちが見てもわからないくらいにね……?」
やがて優希はその場にへたり込んで言葉を失う。抗議はおろか、自衛のための言葉すら発せられなくなっていた。いっそのこと撃ち殺された方が楽なのではないかと思えるほどに。
――目の前にあるバルカン砲が想像させる恐怖。それは血みどろで床に崩れ落ちた漆山の、恐ろしい記憶を鮮やかに蘇らせる。
「ほら、優希ちゃん……何とか言いなさいよ……? ぐちゃぐちゃになりたいの……? ねえ……」
文香の精神は長く信じていた存在に体よく利用され、捨てられたことによって既に臨界に達していた。それ故、自身にこんな思いをさせたエースに、組織に、そしてボスの娘である優希に負の感情をぶつけるに至ったのだ。その優希を亡き者にすることは簡単だ。まさに赤子の手を捻る如し、である。
しかし、言葉や態度では脅しているものの、その様子は幼い優希に縋り、助けを求めているかのようにすら映るものだった。
一方、優希は何とか話を逸らそうと、通路の彼方へ視線を送ると、幸いにも妙な窪みが目に飛び込んできた。
「ふ、文香さん……。あ、あれ……!」
「なあに? 騙されないわよ? 隙を見てあたしに悪戯しようってわけ?」
「ち、違うの! あ、あそこになにかあるのっ!」
優希が指さす方向へ振り替えると、特殊な形をした扉が目に入った。優希に持たせている武器はいつか渡したガス缶一つのみである。背後を見せても大丈夫だと判断した文香は、その場を確かめるべく歩き出した。
――へえ。こんなところに、ねえ。そう言えば1階で見たっけ。試すには気が引けるけど……うふふふ。もう、そんなことは言ってられないものねぇ……。
一人、呟いていると優希がゆっくりと追いついてくる。
「文香さん、こ、これ……」
窪みに見えて奥へ通ずると思われる場所には両開きの扉と、備え付けられたボタンがあった。
「そうよ。エレベーター。乗ってみましょうか……? うふふふふ」
文香は優希を見下ろしながら信じられない言葉を発する。とても会話を試みる気にはなれずに黙っていると、文香は一方的に続ける。
「そっか。優希ちゃん、下に降りすぎると首輪が発動しちゃうのよねぇ……? でもね? あたしは大丈夫なのよ……? うふふっ、どうしてか知りたい? それはねぇ……咲実ちゃんから聞いたんだけど……優希ちゃんの大好きな長沢君が、あたしのことをエレベーターガールとか言ってたみたいなのよ。……だから平気なの」
言ってることが理解できず、優希は唖然として文香を見上げている。
「お姉さんはエレベーターガールなのよ? これで帽子と手袋があれば完璧かしら……うふふふ」
受付嬢の自称も企業ではなく百貨店のインフォメーションだとするならば、エレベーターガールも嘘には当たらないが……。崩壊しつつある感情に心を委ねて、一方的にまくし立てている姿はむしろバスガイドと言う方が的確なのかもしれない。尤もこれほど恐ろしい笑顔を浮かべたバスガイドも珍しいのだが――
「ふ、文香、さん……」
文香が定まらない視点でエレベーターの下降ボタンを押すと、優希はたまらず声をかける。総一や咲実と行動しているときにエレベーターには乗らないという約束があった。それを破るとなると何か恐ろしいことが起こるような気がしてならなかったのだ。
このまま文香と離れられるのなら、その方が安全なのかもしれない。しかし、得体の知れない文香の態度は余計に不安を煽るだけだった。
やがてベル音が鳴ると地獄への扉が口を開ける。中は何の変哲もないエレベーターだった。しかし、今、4階以下は侵入禁止エリアである。1から4の間のボタンを押して扉を閉めたが最後、数秒後に首輪が発動しても不思議ではない。だが、文香は気に留める様子もなく、エレベーターに乗り込んで行く。
「……なんてね? びっくりした? 本当はね……見て、これ。さっき見つけたツールボックスよ。これがあれば……ふふふふ。入っちゃいけないところも入れるのよ、あたしは、ね? ……残念ながら優希ちゃんとは一緒には行けないけれど。うふふふ」
文香は開ボタンを押さえながら目を細めると、不気味な微笑を浮かべる。
「文香さん、どこへ行くの!?」
文香が本気で下に降りようとしていることに気づくも、凍り付いたようにエレベーター前で固まった優希はたまらず質問する。恐怖と安堵、期待と不安……様々な感情が優希の頭を駆け巡る。
「ふふふふふ……だからね? ちょっと下の様子を見てくるわ。心配な人がいるのよ。大ケガしてるって聞いたし……うふふふふ。いい子で待ってるのよ? 優希ちゃん?」
「あっ……」
優希が次の疑問を投げかけようとした時、妖しい笑顔を浮かべた文香の表情を残しながら、
エレベーターの扉は閉ざされていった……。
「へえ。他の階と同じなんだな。6階でも。おーい、咲実の姉ちゃん! 大丈夫だって。早く来なよ」
「長沢っ!」
階段を上りきった長沢は目の前に広がるホールを見て率直な感想を漏らすと、踊り場で足踏みしている咲実に呼びかけた。だが、三寸先に立つ総一がすぐに振り返って制した。後ろからついてきた咲実は、そんな二人の様子を見ておずおずと階段を上がる。
「大丈夫だって。誰かいるならこのPDAに映るからさ? 何も反応ないぜ」
「不意打ちされたら対応できないだろ? どんな武器が置いてあるのかもわからないんだ。用心するに越したことはないぞ。あまり大きな声も出すな」
「…………」
もしもここが林間学校で総一と咲実ではなくクラスメートの班員の男女ならば、男子からはここぞとばかりに自分の失態を激しく非難され、馬鹿にするような罵声や侮辱を受けるだけではなく、暴力も振るわれていただろう。そしてばつの悪くなった長沢を軽蔑する視線を向ける女子――嫌な奴らが手前勝手な正義の元に暴力や嫌がらせを正当化する。
そうだ。そんな奴らを倒す力が欲しかった……。
だが、ここは学校ではない。そして、総一も咲実もそういう類の人間ではないのだ。そう思うと不思議と嬉しくなる。しかし……仮に生きて帰ったところで学校には行かなければならない。
「長沢君、どうかしましたか? 急に黙り込んでしまって」
「あ、いや……ちょっと考え事」
不意に声をかけられた長沢はふと我に返る。
自分で自分が信じられない――
確かにこのゲームは世間一般的に見れば当然、悪いことなのだろう。そして、つい昨日の今日まで長沢は人を殺せると喜んでいた。このゲームで自分の力を証明してやろうと意気込んでいた……。素晴らしい機会だと。
それが……大切な人を失い、自分の限界と身の程を思い知らされ……。人を殺す、などということがどれほど重いことなのか、理解しかけているつもりだった。そして、自分が殺されることとて十分あり得ることにも気づいた。
されど、当初から変わらなかったことがある。
このゲームに対する感覚――
自分の弱さに気づいた今となっては、確かに怖い。そして恐ろしい。だが、それは自身の死ではなく、渚に続いて優希を、大切な人々を失うことだ。
そして、それよりも恐れていることがある。
このゲームが終わり、普段の生活に戻されること――
PDAの時刻は19:50と表示されている。結局、戦闘禁止エリアには寄らずに真っ直ぐ6階に向かってきたのだ。
「最上階かぁ……。へへっ、きっと豪勢な武器が眠ってるんだろうな」
「真剣な顔をしているかと思ったら……全く」
呆れるように呟いた総一だが、その答えの是非は半々である。確かに6階の武器に興味はあった。それと同時に本心を語るのを憚られるような気もしたのだ。
「でもさ、僕たちの装備って結構心細いじゃん。自分の身を守るためにも武器は拾っといた方がいいと思うけど?」
確かに長沢たちの武装は貧弱だった。本人が持つライフルと手榴弾の他には咲実が持つサブマシンガンくらいしかなく、総一に至っては何も持っていない。いずれも致死性の高い武器故、問題ないのかもしれないが……。それでも他のプレイヤーに襲われた時のことを考えれば、火力不足は否めないだろう。
「この階には僕たちの他に3人いるみたいだぜ……結構離れてるけどね」
「……話は後だ。とりあえず移動するぞ。大丈夫か、咲実さん?」
「は、はい」
「あった!」
数十メートル歩いた先の部屋に入ると、段ボールが放られていた。目敏く見つけた長沢は、これは自分のものだと言わんばかりに喜び勇んで駆け寄る。
――いったい何が入ってるんだろうな……?
棒切れ、ナイフ、クロスボウ、拳銃、手榴弾、サブマシンガン、ライフル――それを上回る最強の武器が今、僕の手に……!
期待と興奮に胸を弾ませてダンボールの蓋を乱暴に開くと、中に入っていたのは銀でコーティングされたボール状の物体だった。
「なんだこりゃ?」
レーザービームや超電磁砲でも入っているのかと思った長沢は拍子抜けする。何となくハズレを引かされた気分になり項垂れていると、総一が近寄ってくる。
「どうしたんだ、長沢。それは……」
「けっ……ただの辛子爆弾だってさ。つまんないな」
ガチャでハズレを引いて不貞腐れたかの如く、ボールを総一に放り投げると他のダンボールを漁ろうとする。その瞬間、総一が驚きの声を上げる。
「これは……!! マスタードガスじゃないか!?」
武器名と見た目だけで判断した長沢に代わり、総一は改めて説明書を読んでみると、その内容に驚愕する。
「だから、ただの辛子だろ? 咳込ませたり、動きを止めたりする……」
「違います……毒ガスですっ! 吸い込んだり、浴びたりしたら死んじゃいますよ!?」
「えぇっ!?」
名前のイメージだけで判断した長沢は咲実の発言に我に返る。
マスタードガス……第一次世界大戦より現在の紛争において、猛威を振るう化学兵器である。
「長沢、放り投げたりしたらダメだ! 本当に危ないぞ!! こんな危険なもの……使えないだろ」
「そんなことないぜ、御剣の兄ちゃん。ほら、これ!」
総一が顔を上げると、長沢は仮面のようなものをつかんで笑顔を浮かべていた。ガスマスクである。化学兵器とともに防毒装備まで備えられているとは……。早い話がこれらを有効利用しろという意味である。
「ちょっと重いから考え物だけど。でも、やっぱり使いにくいかな。どれどれ……」
「本当にやめるんだ、長沢。俺も詳しくは知らないけど、皮膚についただけでも大やけどするとかしないとか……危険すぎる。そのマスクだってつけ方を間違えると窒息しかねないんだぞ?」
「あの……あと、一応こんなものもありましたけど……その、ツールボックス、でしょうか?」
振り返ると咲実が黒い塊を手にしてそわそわしている。総一はガスマスクを試着しようとする長沢を制止しようとしたものの、無理だとあきらめて咲実の元へ行き、ツールの説明書きを調べる。
――仮面を装備して素顔を隠す主人公……実は滅んだ王国の唯一の生き残りだった、ってやつか。でも、あまり、カッコよくないなこれ。やーめたっと。
手前勝手な設定を想像しながら一度装着したマスクを外そうとすると、後ろから話し声が聞こえてくる。
「良い保険が手に入ったよ、咲実さん。これで時間が来ても下の階に行ってJOKERを探すことだって……」
「ん!? 御剣の兄ちゃん、今の話どういうこと? 時間が来ても下りられるって」
「ああ、このツールボックスだ。侵入禁止エリアにも行けるようになるらしい。その分、使用中はバッテリーをかなり消費するみたいだけどな」
最上階に上がりきった今となってはあまり意味がないのかもしれないが……JOKERの持ち主が見つからなかった場合の切り札としては確かに有効である。
「ん…………?」
「どうかしましたか? 長沢君?」
はっと、何かを思いついたかのように固まる長沢に咲実が声をかけたが、反応することなくじっと俯いて考え込んでいた。
侵入禁止エリアに侵入可能……? ということは……?
「あのさ、このツールってやっぱりこの階にはたくさんあるんだ、よ……な!?」
「断定はできないけど、あるんじゃないのか。長沢と優希が持ってるトランシーバー機能だって、俺と文香さんのPDAにインストールされてるし」
――嫌な予感がした。
瞬間、脳裏に立ち込める焦燥感。とは言ってもその懸念が遂行されるとなれば確率は低い。いくらなんでも考えすぎなのか。しかし、相手が本気ならばそこまで考えても不思議はない。加えてそれがこちらの願望であれば、ただの現実無視であり不注意極まりないということになる。そして、この階の武器……。
不謹慎ながら忘れられているかもしれないプレイヤー。
尤も関わった時間が短ければ感情が入りにくくなるだけであり、安全が確保されていると思えば注意も行かなくなる……。しかし、長沢にとってはそうではなかった。
「な、なあ、二人とも、ちょっといいか、な……?」
今まさに、その懸念が的中しようとしていた――
「ふふふ……近いわね……。良い位置にエレベーターがあったものだわ。……つっ、……ちょっと、力が入っちゃったかしら……」
乗ってみれば実に呆気ないものだった。あれだけ警戒していたことが嘘のようにエレベーターは正常に下降を始める。一方、勢いよく閉ボタンを突いた文香は、顔を顰めて薄いマニキュアを施した人差し指の爪に舌を這わせながら、呪詛のような言葉を呟き始める。
「今度は逃がさないわよ………ねぇ? うふふふふっ……あなたの娘とあたし……どっちが綺麗かしら……ふふふふ……」
何の抵抗もなく開いたドアを抜けると、文香はPDAを確認する。目的地までは近い。部屋の名前を追加表示するツールは既にインストール済みである。半ばあきらめていた黒き希望が先ほどのツールボックスによって奇しくも蘇ったのだ。
4階――すでに侵入禁止となっているフロアである。
「……到着、と。はぁ、懐かしいわね。昨日のことなのに、遠い昔のことのようだわ。うふふふっ。間違いなくここね……」
歩くこと十数分、目の前にひしゃげた鉄製のドアが現れた。なぜこんな形になっているのか……忘れるはずもない。
「結果的に失敗だったけど……うふふっ、結局はあたしの手で仕留められたし、飼い犬の片割れもこれでやれたことだし、気にすることもないか。ふふふふ」
数メートル先には血まみれの死体がすさまじい形相で無様に転がっている。近距離で小銃掃射を受けたそれは心なし焦げているようにも見えたが、文香の興味は完全に「彼」から失われていたのか気に留めることもなかった。そろそろ腐敗が始めってもよい頃合いだろう。
それよりもその奥の方にいると思われる黒い物体たち……。
「あたし達より練度も士気も低い割には……随分と邪魔してくれたわねぇ……? 飼い犬のくせに。あたしもどうかしてるわ。こんな奴らに苦戦するはずがないのに……ねえ? ……と、バッテリー消費が激しいものね。さっさと終わらせちゃいましょうか……」
そっとドアノブに手を伸ばして力任せに引っ張る。一瞬、ドアが壊れているかと思ったが、形こそ歪めど、開閉は驚くほどスムースに行った。そして鳴り響くPDAの警告音。
――あなたが入ろうとしている部屋は戦闘禁止エリアに指定され……。
「わかっているわ、そんな事。ふふふふ。でも、部屋の外からならどうかしらね……?」
文香は徐に肩にかけたバルカン砲を構えると、部屋の隅に見えるベッドを狙う。ここからでも十分に狙い撃ちできる距離だった。
「さあ、お仕置きの時間よ……? あなたのことは嫌いじゃなかったけど、お休みなさい。おじ様……。永遠にね……うふふふふ」
文香が口元に笑みを浮かべた瞬間、凄まじい衝撃音とともに断層を回転させながらバルカン砲が火を噴いた。激しい爆音が響き渡り、戦闘禁止エリア内が煙で充満していく。
「うふふふふ……あははははっ、あーっはははははっ!!! はぁ、はぁ……初めて撃ったけど……案外気持ちがいいわね……あっはははは!」
テロリストの訓練として銃火器の手ほどきは数え切れないほど受けてきた。得意とするスタングレネードやガス缶を始め、それこそ拳銃やサブマシンガンならば何百発も撃ってきた。だが、このような最新兵器はエースでも見たことはなかったのだ。
本来の陸島文香ならばこんな行動はあり得なかった。どんな首輪の解除条件が与えられようと、精一杯に自身の任務を遂行しようとしたのだろう。だが――今の文香はテロ組織「エース」の理念などとうに吹き飛んでいた。上司の思惑の上で陥れられ、悲願であった作戦さえも失敗に終わってしまった。何より、信頼していた上司、鴻上に体よく使われて捨てられたという事実は、仲間でさえもそれを認めていたのかと曲解しても不思議ではない。
驚異的な破壊力を持つ兵器に魅了された文香の瞳は、一段と深く暗く輝くのだった――
「バカなっ!? いくらなんでも……文香さんがそんなことを……!」
「僕は十分あり得ると思うけど? いつ本性を現すかわかったもんじゃないぜ、あのバ、いや、女。御剣の兄ちゃんも咲実の姉ちゃんも見てないから言えるんだ」
「どういう、こと……?」
もとはベッドであったと思われる残骸に近づいた文香は愕然とした。総一の話によれば、ここにゲームを既にクリアしたプレイヤーがいるはずだった。聞くまでもなく、深手を負っているのだから、そう動けるはずがない。あの傷で動き回れば命にかかわるはずなのだ。他でもなく、それは自分が一番よく知っているのだから……。
「いない!? ……どうし、て……?」
バルカン砲――云わばガトリング砲による激しい砲撃ならば、死体が四散しても不思議ではない。だが、人を模った肉片や血飛沫どころか、衣服の生地の欠片すら見当たらない。
第一、ゲームをクリアしているのなら動き回るメリットなどどこにもない。下手に動けば命の危険に晒されるのだから。よほどのことがない限りは、じっとしている方が得策である。念のため、キッチンやバスルームも探してみたがターゲットの姿はどこにもなかった。
「くっ……どうなっているのよ!?」
文香は戦闘禁止エリアに背を向けると、泡を食って走り出した。
「ふ~~……こうも楽に終わりが近づくと、返って悪いことが起こる前触れのような気がしてくるぜぇ……クックック」
心底嬉しそうな笑みを浮かべ手塚は歩き出す。あれほどの襲撃を受けたにもかかわらず、6階に着いてからは一度もそのようなことはなかった。気にならないといえば嘘だが、PDAを見ても光点がこちらを追ってくる様子はない。離れたところに4つ、近いところでしばらく動きを止めていたのが1つである。
「はい、おしまい……と」
――ピロリン、ピロリン、ピロリン。
『おめでとうございます! 貴方は全てのチェックポイントを通過し、首輪を外すための条件を満たしました!』
PDAを頼りに歩き回った長い旅が今、終わりを迎えたのだ。心休まることなく、何度も銃撃を受けながら、ゆうに20㎞は超える距離を歩いてきた。
「ゲームクリアってかぁ? クックック……祝福のメロディにしちゃあ、いつもと変わらねえのが残念だがな。あぁ?」
手塚は帽子に手を乗せて後ろにずらすと、大きく伸びをして首を回して見せる。その首を締め付けていた銀色の輪は既に彼の左手に移動し、緑色のランプを点滅させている。やがて煙草を一本取り出すと、いつものように火を付けた。
「この一服、何モンにも代えがたいもんだな……なぁ? 大将」
「…………」
「あん? どうした、大将。長くやってきた仲だ。少しくれぇは俺のこと祝ってくれてもいいんじゃねえのか?」
すぐ横で佇んでいる高山の視線が、自身の首輪に向いていることを知っていながら、手塚はおどけながらも思わせぶりな視線を向ける。
「……条件は何だ」
高山の望みは一つ。手塚が持っている首輪である。彼の首輪を解除するには5つの首輪を作動させる必要があった。
――最初は血に塗れて動かなくなっていた少女だった。おそらく銃撃を受けて致命傷となったのだろう。少しだけ開かれた瞳からは涙が流れており、口から流れる血液が銃撃の度合いを物語っていた。そして、純白のワンピースに浮かび上がる赤い紋様。
ナイフ地獄。時速200㎞のナイフが確実に急所を狙って飛んでくる。飛ぶ方向は一直線だし、狙う体の箇所は限られてるから、上手く見切ればかわせるかも!?
悲しそうな最期を告げる瞳が胸を貫くナイフとともに揺れると、赤い紋様がまた一つ増える。天井を見上げるとさらにナイフの発射口と思える扉が開いていた。
――放っておいてもよかったんだがな……。
事情は知らずとも、高山の本能が拳銃を天井に向けていた。
次は探していた少女だった。生きたまま会えれば――だが、その望みは叶うことはなかった。ここは戦場と変わらない……そう思えば無理もない。それに一瞬で、そもそも正気を失いかけたあの状態ではこちらが誰だか判断するのは至難の業、否、不可能だろう……。
不愉快な記憶が蘇る……。敵国の思想に洗脳され、狂った理を叫びながら突撃してくる少年兵。
兵隊へのプレゼントだと、少女が笑顔で渡してきたフルーツバスケット。受け取ると同時に何かを察知し、遠くへ放り投げて身を伏せると、間髪入れずそれは爆発して多くの人々を吹き飛ばした――
目を開けると少女の身体は粉々に吹き飛び、履いていた靴だけが遺されていた――
いつの時代もそうだ――テロリストという生き物は。こんな子供でさえも利用する……。
……墜落する飛行機。声すら記憶にない、写真の中の父と母。
俺は……そういう奴らが許せない。
だから――
最初の少女と同じく、血の海に沈んでいた中年男性。死体と言えど、会うのは二度目だった。
「おりゃまた残酷だ、大将。こうなることわかってて手加減したんじゃねえだろうなぁ? きっと奴らは大喜びだろうよ、クックック……」
確かにあの時、奴の頸部を切り裂くのは簡単だった……。だが……あいつらはまだ子供だ。怖がらせては意味がない。それにそんな場面を見せたくはない。
――やはり、俺は甘いらしい……。
そして……先ほど死体となって再会した中年女性……。
あと一つだ。
「条件ってか? クックック……まぁ、そう焦りなさんな」
手塚は煙草をふかしたまま遠い目をして壁に身を預けると、高山も煙草を取り出して無言のまま火を付ける。
「さぁて、と。てめえの取り分を増やそうかと思ったが……どうも気に入らねえな」
「何がだ」
今における高山の目的はあくまでも手塚の持つ首輪である。だが、事は慎重に運ばなければならない。目の前の男は計算しきれない何かを秘めている。果たしてどう動くのか……。あらゆる戦場を渡り歩いてきた自分でさえ、先読みするのは困難を極めるだろう。
「何もかもだ。気に入らねえ……。俺たちを眺めて楽しんでる奴がいると思うとよぉ……なぁ? 大将」
「……なぜ、そう考える?」
一瞬、警戒しかけた高山だったが、手塚の興味が賞金ではないことを悟ると、大きく煙を吐き出し、黙って続きを促した。
「まず、俺たちを掻っ攫ってきた連中の目的ってやつだ。よく考えてみろ。そもそも20億も積んで、こんなことさせるのに何の意義がある?」
「さあな、愉快犯……か?」
「俺も最初はどこかの大金持ちがそんな感覚でやったと思ったぜ。だが……まあ、見てみろ。この首輪にこのPDA。こんな御大層なもんを13個そろえるだけで、どんだけ金がかかるってんだ? 優に数百万は下らねえだろうが。それも特注ときたもんだ」
手塚は左手に外れた首輪、右手にPDAを持つと呆れたように振りかざす。
「次にここに置いてある武器、っつーにはデカすぎるんだが……さっきのバカでかい砲台に、戦車に向けてぶっ放すようなライフル……あんなもんがそこら中に転がってるとすりゃ、それだけで簡単に億は越えるぜ? さらにここがゲームをやらせるためだけに存在してると考えりゃ、箱代だってシャレにならねえ」
「……個人では無理だろうな。どこかの大きな組織がこのゲームを運営してるということか」
高山の答えに満足した手塚は、心底嬉しそうな笑みを見せながら続ける。
「退屈しねえ商売だろうなぁ、だが……問題はその金の出どころだ。こんなゲームをやるたびにン百億かけてたら、とても続きやしねえ。しかもこんな商売、表沙汰にできるわけもねえ。となれば、スポンサーがどこかにいるって話になるな……クックック」
瞬間、何かに気づいたかのように高山の表情が変わる。
「冴えてるじゃねえか、大将。このゲームと金の因果を考えりゃ……こいつを運営してるのが胴元で、俺たちにチップを振って楽しんでやがる、悪趣味な大富豪がわんさかいる……そんなところだろうなぁ」
法外な金額を調達し「ゲーム」を運営するための資金をここまで集めるとすれば、賭け事の胴元となり金持ちの客を煽って提供させるのが一番しっくりくる。同じく金を集めるとすればファンドもあてはまるだろうが、投資家へのリターンも考えれば、このような大規模のゲームを片手間でできるようなことではないだろう。
「それにしても、この国はいつからこんな陰湿になっちまったんだ? ハッハッハ! 錦の御旗が涙流して泣いてやがるぜ……」
「……末恐ろしい男だな、お前は。いつからそう考えた?」
「さぁね。あれだけ長ったらしい距離を歩かせられたんじゃ、嫌でもそれくらい思いつくってもんじゃねえのか? 尤も俺があのババアの……おっとっと、まだ死にたくねえ」
そこまで言うと手塚はわざとらしく前後左右を気にする仕草をして見せる。
「大将、今の笑うところだぜ? って、無視かよ?」
「女性を侮辱する趣味は無いのでな」
「……こりゃ、連れねえな。まあ、俺がその皆殺しや大将の条件を引いてりゃそんな事も気にせず、楽しませてもらってたんだろうがな。とは言ってもあくまでその時点じゃ、仮定だったぜ。お姫様のPDAが手に入るまではな……クックック」
――本当に恐ろしいのは平然と俺を飼っておけるあんたの方だぜ、大将。それと、だ。俺にゃ目の前の獲物を有効利用しねえで見逃すような根性、あったもんじゃねえ……。
しばらくの間沈黙が続いた。手塚の本心に気づくこともなく、高山は戦場で傭兵をやっていた頃の感覚を思い出していた。互いに気を許さずに警戒しながらも、時に理解を示して協力する――
咥え煙草の灰が床に落ち、いよいよ次の行動に出ようと思ったその時、高山の前に首輪が差し出される。
「……どういうつもりだ?」
「おいおい、随分とご挨拶じゃねえか……? 心ばかりの贈り物、ってやつだ」
自身が欲している首輪を無条件で渡してくるということは、手塚にとってもそれがメリットのある行動ということになる。無論、受け取った瞬間に何かを仕掛けてくる可能性も否定はできない。だが、高山の読みを見透かしたように手塚はおどけて見せる。
「俺は勝てねえ戦いにゃ、興味ねえよ。ほれ、さっさと受け取ったらどうだ? あんたの首根っこが悲鳴上げてんぜ? 早く楽にしてやれって」
高山は慎重に手を伸ばすと、首輪を自分の手中に手繰り寄せる。自分の首輪解除条件は、首輪を5つ作動させることであり、これが5つ目である。緑色の光を静かに湛えているそれは最後の鍵となるのか――
疑問に思いつつも懐から取り出したPDAを首輪のコネクト部分に接続する。
――反応はない。
何の手ごたえもなければ何の音もしない。何かが起こる様子もない
「ふっ……どうやら、そう甘くはないようだ。外した首輪は作動しない、か」
「やれやれ、興醒めだぜ……。運がなかったな……大将」
深い落胆とともに沈黙がその場を支配した。両者ともその意図こそ違えど互いの首輪を外した時点で害意がなければ、次の一手に移るつもりでいたからである。
「さて、世話んなったな。その首輪は餞別だ。俺はさっさと逃げるぜ……と言いたいところだが……」
「なんだ?」
「ギブアンドテイクってやつだ。わざわざてめえの命を削ってまで、あの嬢ちゃんを追いかけ回していた理由ってのを聞かせてもらおうじゃねえか。一人で楽しもうなんざ趣味が悪ぃぜ、大将」
既に手塚の興味は首輪や賞金ではなく、ゲームに纏わる力関係、その背後にある思惑の方へ移っていた。色々な意味で裏の事情に気づいた今、元から気になっていた高山の不可解な行動にも当然興味が沸く。
「……了解だ」
本来ならば話す理由もないとは言え、ここまで苦楽を共にした相手であり、先ほどの考察の代償と考えれば、その価値があると判断した高山は二つ返事で了承した。
「やったな、御剣の兄ちゃん、咲実の姉ちゃん。……この動いてる二人の内のどっちかがJOKERを持ってるってことだよな? ……よいしょっとっと」
「そういうことになるな……ここからだと結構遠いところにいるけど」
今しがた手に入れたJOKERの位置を表示するツールボックス。首輪解除条件によっては
素晴らしい機能だろう。それがインストールされた総一のPDAと渚が遺したPDAを見比べると、二人組で二つに分かれた別々の光点……都合4人のどちらかのペアが持っていることがわかる。
「でも……大丈夫なんでしょうか……。この階は……もう……。不用意に人に近づいたりなんかしたら……」
咲実は光点を見つめて表情を曇らせる。6階に無造作と言えるレベルで転がっている武器……否、兵器と言う方が的確なのかもしれない。そのどれもが一瞬で人間を肉塊に変えてしまう威力を持っているのだ。同時にそこらに仕舞われているツールボックスも強力かつ便利なものが多いのも事実である。
「JOKERが健在だとわかっただけでもよかったよ。大丈夫、咲実さん。まだ見込みはある」
「そうそう、こいつが……あればっ、よいしょっと! どんな奴が! 出てきて、も! どっからでも……かかってこいってんだ! へへへ!」
「…………」
「…………」
「……ん? 二人ともどうしたんだよ!?」
「どこまで本気なのか知らないけどな……長沢」
総一は急に歩を止めると、遅れて後ろから追いつく長沢に呆れた視線を向ける。
「何がだよ? 僕はいつでも本気だぜ?」
「お前にそれが扱えるのか! 急に誰かに襲われたらかえって不利だろ!? 後ろから不意打ちされたら……」
「……そうですよ、長沢君? それに、足元にも気を付けないと。罠にかかったらどうするんですか?」
「なんの! 180°旋回……面舵、よーい! よいしょっと、ととと! ヨーソロー! だって、あの女は、テロ、リストなんだぜ? これくらいの、武器、用意しとかないと……簡単にやられちゃうんじゃない、の? はぁ、はぁ、重いな、これ……。御剣の兄ちゃん、手伝ってくれよ」
「面舵って……お前はな……。船で使う言葉だろ!」
「うふふふふっ……もう!」
素でやっているのか本気なのかわからないところが二人の笑いを誘ってしまう。本人はいたって真剣なのであるが……。
「あれ? 取り舵だっけ? えーと、右に旋回したから……」
「人の話を聞け!」
得意げな顔で長沢は答える。家庭用ゲームでは武器の重さや扱いづらさなどは無視され、破壊力だけが重視される。だから長沢は人を殺す、つまり相手を倒すのには強力な武器があればよいと考えていた。しかし、現実はそうもいかない。大型の兵器となると一撃放つにも相応の技量と体力、そして知識が求められるのだ。正直、総一と咲実の意見も理解できるところはあったものの、せっかく見つけた兵器を手放すことにも抵抗があった。
「ほら、長沢、こっちの部屋へ入るぞ」
総一は呆れ顔で長沢が必死に押している対空機関砲に手を添えて一緒に押し出した。部屋には特に何もなく、行き止まりの空間である。
「ここに置いていこう。無理なのはわかっただろ?」
「けっ……やっぱしょうがないか。なんか悔しいな……」
どっと疲れたような表情を浮かべて総一が部屋から出てくる。あまり時間の無駄をしたくはないところだが……。しかし、無邪気ともとれる長沢の行動は、二人にとって緊張をふっと緩めてくれる存在でもあった。事実、咲実の表情から不安の色が和らいでいる。
「御剣さん……これから、どうしましょう……?」
「……文香さんに会わないと。やっぱり、俺はあの人のしていることが気になる。優希も一緒にいるわけだし」
「そうですね……。長沢君を疑うわけじゃないですけど……」
未だ文香は総一や咲実の前で凶暴な顔を覗かせたことはない。それが二人の決断を鈍らせている。とは言え、今までの行動を考えて、それを目の当たりにしたところで即座に掌を返せるのかと言えば……。
「まずは、JOKERを追っていこう。この4つの光点の内、どちらかが文香さんと優希のはず――」
「ファイアーッ!!!」
部屋の中から響き渡る絶叫――次の瞬間、凄まじい銃撃音、爆音が耳を直撃する。
「きゃああああっ!!」
「あいつ……! こら、長沢っ!! おい!! 開けろ!!」
部屋のドアを力任せに引っ張ろうとした総一は、逆に強くドアを押されて転びそうになる。
「いやあ……見てくれよ、御剣の兄ちゃん……。鉄でできた箱や棚が粉々だぜ……? すげえ……」
血相変えて部屋から飛び出してきた長沢は驚きの声を上げる。
「もしかして、さ、壁とか壊せるかな、なんて思ったけど。ちょっと僕には難しいな、これ……あはははは……ははは……はぁ……」
「……わかればいいんだ。行くぞ」
無言で睨みつけてくる総一、怒りの意を込めた瞳でこちらを見る咲実――
流石に二人の表情が厳しくなったことを察したのか、言い訳じみた言葉を発した長沢はしゅんとして二人の後ろについていった。言葉で怒られない……ということは、かなり怒っているということを学習することになったのだった。
「笑えねえな……リテイクいらずのアクション映画が撮れそうだぜ、こいつはよ」
「万が一の威嚇にはなる。……尤も素人には扱えない代物だがな」
部屋の入り口に向かって機関砲の砲塔を向けながら高山は考える。6階にある武器はどれもが軍隊の兵士に支給されるようなもの――ただ参加者を排除するためならば、サブマシンガンやライフルの方が扱いやすく有効だろう。手塚の話を真に受けるならば、この階の兵器は危害を加えることが条件の参加者を狂喜させると同時に、眺めている観客を煽り、盛り上げるための演出である。
「待たせたな。戦闘禁止エリアが使えない以上、念には念を入れねば」
「ったりめーだ。こんなもん部屋の外からブチ込まれた日にゃあ、命がいくつあっても足りねえぜ? で、そろそろ本題にしゃれ込もうってか?」
バズーカを肩に担ぎながら手塚は笑うと、話の続きを促す。ふと高山の表情に注意を払うと思い詰めた雰囲気が伝わってくる。何から話していいものか、迷っているようだった。
「重病に冒された幼い少女がいた――ご両親は何としてでもその子を助けたかった。そして……闇のギャンブルに手を出した」
「闇のギャンブル、ってか。そいつは俺も参加してみたいもんだねぇ……クックック」
「本来は……この国を動かせるくらいの大富豪が参加する催しだ。そんな会合に一般市民が参加できたのは……主催者が金に困っている人々を探し出し、オンラインで賭けに参加できるようにした為だった」
「ほう、素敵な話じゃねえか。俺なんざ、こんなに金に困ってるってのに、一度もそんなご通知が来たこともねえぜ?」
実際、手塚はその生い立ちからして裏の人間と関わることが多く、上納金を懐に入れたり誤魔化したりして命を狙われたことすらある。無許可で違法な薬物を有名人に売りさばき、その職業生命を終焉に導いてしまったこともあった。
――何が仁義だって。そんなもん生きてくうえで足枷にしかならねえだろうが。オヤジも馬鹿正直すぎんだよ。結局、身ぐるみ剥がされちまってなぁ。
ま、俺の運命を決めるのは俺だ。あんな息苦しい世界……願い下げだね。
「で? 大方その賭けに負けちまって、自殺したバカ親の娘かなんかってとこか? ハハッ」
「……自殺ではない。殺されたんだ。病気の娘さんを残してな」
「なんだ? 主催者側にってか? ま、ルールを守らねえのは金持ってる方……」
「主催者側と敵対するテロ組織、エース。奴らの手によってだ」
ベタな内容だと聞き飽きていたところに、突然の衝撃が走る。そして複雑になりつつある内容。さっさと終わらせて撤退しようとしていた手塚だが、聞き慣れない言葉に興味が沸き始める。
「テロ組織だぁ……? この平和な御国にか? なんつーか、物騒になってきたモンだ。ったく、戦争なら他所でやれってか」
「ここからは長くなる。一度しか言わん。よく聞け――」
――ふふふふふふ……。あたし達のことを何も知らないくせに……あたしがどれだけ悲しい思いをしたのか、仲間だったみんながどれ程苦しんできたのか……何もわからないくせに……随分な言い草ねぇ……。貴方にあたしの何がわかるっていうのかしら……? ふふふふふ……あっははははは!!
扉の向こう側からぼそぼそと流れてくる怨念を込めた呟き……。話に集中している二人はそれに気づくこともない。
――まあ、そうやって吹き込んでるといいわ。高山さん、手塚君。貴方達はあたし達のストーリーを知ることなく、ここから消えるのよ。男のくせにこそこそ内緒話なんてしてるから……ふふふふふ――
「おしゃべりが過ぎるようね……孤児院育ちの傭兵さん」
不安そうな瞳で背後から見つめる少女を他所に、彼女はやがてぶら下げたバルカン砲に手を掛け、ゆっくりと静かにドアを開ける――
「お前が感づいた通り、このゲームの主催者がギャンブルの……」
「手塚お兄ちゃん!!!! 高山のおじちゃん!!!! 逃げてっ!!!!!」