シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

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――やれやれ……おっかないねぇ。何も知らずに参加してみたら……ってやつか。

――そうだ。このゲームを運営する組織……それとは何も関係ない、ただの民間人だとしてもだ。奴らにとっては組織への資金供給源として見做され、粛清の対象となる。それだけではない。そのご両親のようなケースならばまだしも、オンライン上ではこのゲームを架空の物語として演出するクライアントソフトが組織から流れ出ている……。

当然、掛け金の規模は数百分の一に縮小されるが……ただのゲームだと思い込んで、その賭けに参加した者や、ソフトを購入しただけの者さえも奴らは手にかけていった……。





深夜の住宅街を一台の黒いバンが走り抜けてゆく。どこか改造されているのかエンジン音は小さく、前方を照らすヘッドライトも心なし暗めである。家の中にいる一般人ならばこの存在にすら気づかないだろう。やがてバンはある一軒家の前で停車すると、中から黒ずくめの男たちが音も立てずして家の前に展開する。

そして、最後に出てきた初老の紳士とも見える男が手で合図すると、男たちの一部が家の敷地内へと入っていく。

「鴻上大佐、準備完了です。携帯電話周波数へのジャミング、電話線及び電気回路の切断、いずれも問題ありません」

「うむ。気付かれないうちに、すぐにかかれ。騒がれると厄介だからな」

大佐と呼ばれた男はとても軍属の屈強な雰囲気とは程遠い、紳士のような穏やかな印象を醸し出している。ただ、背は高く体格はがっしりとしており、その瞳は鋭く冷たい光を夜空に放っていた。

やがて送電もカットされたのか、その家の明かりがふっと暗くなる。

「来たか。今頃、蝋燭でも探してるんでしょうかね?」

鴻上と共にバンの前に残った男が、通信機を片手に窓を眺めながら呟く。

「それにしても、ここまでやる必要があるんですかね?」

「容赦はいらない。ただの民間人とは言え、立派にゲームに加担した組織の一員であり、収入源なのだからな。……例外はない。そういうことだ」

「まあ、別に俺も文句はありませんがね。何せ、安全な場所から人の生き死に金をかけてたんだ。事の重大さを理解してもらう必要がありますね。そして、自分がどれほど卑劣な真似をしていたのかを」

会話も束の間、男が通信機を耳に当てるとすぐに次の段階に進む。

「部隊の配置、完了しました」

「やれ」

その言葉を聞いた鴻上が、短い呟きと共に闇に向かって手を上げると、男は通信機に向かって声を上げる。

「了解……! 突入!!」

家の周囲に展開していた男たちが一斉になだれ込んでいく。命令を出した男も彼らに続いて突入していった。


――…………!? …………!!


僅か数分――微かな銃声と悲鳴。そして、戻ってきた男たち。このターゲットは抵抗どころか、何が起きたかもわからぬ内に物言わぬ体となったのだろう。

「任務完了です」

「よし。さて……次はどこだったか?」

鴻上は何事もなかったかのように次のターゲットに興味を移す。今夜襲撃しなければならない場所はここだけではない。夜明け前までに一人でも多くの反乱分子を消去しなければならないのだ。

カップラーメンが茹で上がるよりも早く戻ってきた男たちに、疲れた様子もなければ感情が顔に現れることもなく……音も立てずにバンに乗り込んでいく。所詮、ターゲットはただの民間人であり、素人。そして彼らの物差しで測れば組織の一員である。苦戦することもなければ罪悪感など感じるはずもなかった。正に赤子の手を捻るが如し、である。

「総員帰還しました。出発します」

彼らを乗せたバンは再び闇の中へ消えていった――




――ハッ。ちぃとばかり金の動きに加担したら連中と同類ってか? まるでガキの思考だな。てめえの正義に固執すんのは勝手だが、無関係な人間の心や行動まで縛ろうなんざ正気じゃねえぜ?

――お前からそんな言葉を聞くことになるとはな。……それがテロリストの考え方だ。そして……その難病に侵された娘さんは……あの子の妹だ。ご両親を奴らに殺害された彼女は、俺が物心ついた頃からお世話になった孤児院に……。おそらく賞金のこともあったのだろうが、唯一の肉親である以上、なんとしてでも生きて帰らなければならなかったのだろうな。だが……俺は……。

――あしながおじさんってわけか。あんた相当の物好きだな、大将。……本気で4億稼ぐつもりだってのか? その間に不老不死の薬でも開発されそうだぜ。

「…………」 

――ま、そう嘆きなさんな。こいつは事故だ。死んじまった奴に想いを馳せてると、てめえもあの世へ引き込まれんぜ? もっと気楽に自由に生きた方が楽しいってモンだ――

手塚は遠い目をしながら思いに耽っていた。今さら他人の人生に首を突っ込む気もなければ、感情を入れるつもりもない。

「……珍しいな」

手塚が無言で差し出した箱から煙草を一本、高山が取り出そうとしたその時だった。少女の絶叫が殺風景な部屋に響き渡ったのは――


「手塚お兄ちゃん!!!! 高山のおじちゃん!!!! 逃げてっ!!!!!」



Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  5.0     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  9.2   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  5.6  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  9  6.1  自分以外の全参加者の死亡
郷田真弓  Q  Death   71時間の経過
御剣総一  2  4.8  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  7.3  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  5.5    全員との遭遇
綺堂渚   J  Death  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  5.4   首輪が5つ作動


第49話 傭兵の挽歌

本当の恐ろしさから出る悲鳴は、聞いた人間に恐怖を齎すという。泣き声にも近い、透き通った叫びに二人がドアの方へ注意を向けた瞬間、爆音のような銃撃の嵐が襲い掛かる。

 

「……右に跳べっ!!!」

 

状況を理解する間もなく弾かれたように二人は分散すると、部屋の中央にある木箱や鉄箱が一瞬にして破壊され、壁にぶつかる銃弾が轟音を上げ続ける。

 

「うおぉ……! つぅぅ……なんてこった……俺の、相棒が……よ」

 

突然の銃撃、否、砲撃と呼んだ方が的確であろうそれは手塚の身体の一部を掠めていた。蟀谷と肩から流れ出る、真っ赤な血……。あとほんの少し遅れていたら、即死は免れなかっただろう。幸か不幸か自身が飛び込んだ側には鉄製の棚や椅子などがあり、簡易バリケードのような状況を作っていた。さらに凭れた壁のすぐ隣には鉄製のドアまであった。

 

「いよいよ、ラスボスのお出ましってわけか? ……クックック、面白ぇ。その面拝ませてもらおうじゃねえか」

 

滴る血潮を気にも留めず、手塚は静かに身を起こした。反対側に跳んだと思われる高山は機関砲の後ろに身を隠しながら、砲撃の主が息を潜めているであろう部屋の入口の様子を機械のような表情で伺っていた。

 

先ほど抱えていたバズーカは無事である。手塚は徐にそれを担ぎ上げると、赤い血飛沫を浴びた「相棒」を頭に乗せながら入口に向かって身を乗り出そうとしたが、高山がそれを制する。

 

「退避しろ、手塚。お前まで付き合う必要はない」

 

微かに目で合図するとすぐに入口の方へ視線を戻す。

 

「チッ、そう言うと思ったぜ……。このまま逝ったんじゃ、さっきの続きが気になって化けて出てきちまいそうだがなぁ……。大将、あんた何者なんだ?」

 

自身の命がかかっているにも関わらず、手塚は不服そうに差し出したはずの煙草を咥える。先ほどの砲撃で火がついたらしいそれは静かに煙を燻らせていた。

 

「お互い、生き延びたらな」

 

僅かに後ろを伺うと後方には何もない。バズーカを発射しても、熱風による火傷の被害が二人に及ぶ心配はないだろう。手塚も薄々、奇襲してきた人物の見当はついていた。今までのことを思えば引き下がるのも面白くない。……だが。

 

――流石にこんなもんぶっ放してあのガキもろとも殺したりしちゃあ、大将の恨みを買っちまうだろうなぁ……。

 

やはり、生きていてこそ、だった。

 

 

「……悪ぃ、大将。俺は降りるぜっ! ……と、いい玩具だったが、こいつは返すぜ!」

 

身を屈めながら手塚は後方にあるドアの前まで移動するが早いか、高山にPDAを放り投げると同時に素早く部屋の外へ飛び出した。

 

 

――そうだ、それでいい。この先は俺の戦いだ。

 

 

砲撃の主が正面の扉側でこちらの様子を伺っているのは間違いないだろう。本来ならば、威嚇射撃による機関砲掃射を前方に向けて浴びせているところである。だが、先ほどの少女の声……。高山が撃たなかった理由は彼女がいると思えたからだった。

 

当然、罠の可能性も考えられないわけではない。何者かと共謀してこちらにアクションを起こさせ、浮足立ったところを襲撃する――しかし、それならば突然の砲撃よりも場を混乱させる手榴弾やスタングレネードを使用してくるだろう。そして、高山は声の主と一度会っている。彼女が猫を被った悪魔とは到底考えられず、その純粋な叫びは自分たちの為だと瞬時に判断したのだ。

 

おそらく襲撃者は相当焦っているのだろう――高山は銃撃の主をそう判断した。先ほどと同一人物だとして、火炎手榴弾による襲撃を思えば、もっと手の込んだ真似をしてきても不思議ではなかった。そして、少女はその人物とは望まぬ形で同行しているのだと。そうでなければ、わざわざ自分たちに襲撃予告などするわけがない。本人とて幼い声に二度も救われるとは思ってもみなかったのだ。

 

 

――さて、どんな手で来る。

 

 

少女以外の何かが部屋に入り込んできたら即座に機関砲掃射……高山は全神経を入口付近に集中していたが、何も起こる気配はない。

 

「撤退したか……」

 

だが、その静けさは別の場所で起こる悪夢の狼煙だったのだ――

 

 

 

 

 

 

 

「隊長! 先ほどから繰り返し確認された光が上空から接近してきます!!」

 

「……わかっている。総員、持ち場につけ。貴様は船の責任者に連絡を入れろ」

 

特隊長への報告を終えた部下がデッキを駆け下りると、声がかからずとも他の隊員が速やかに散開を始める。

 

――テロリストどもめ、ただ事ではないと思っていたが……どうやら避けては通れんらしいな。

 

既に配置についた隊員が夜空の光を伺う。加えて日が沈み漆黒と化した大海原にも目を配るが特に異常は見られない。まだ宙を舞う物体が目標とは限らないものの、こうも執拗に接近を試みて来るとなると、心が休まることもない。そして、いくら怪しい存在とは言え、先制攻撃を加えるわけにもいかない。万が一、敵対組織とは関係ないものであれば、騒ぎが大きくなり、今後のゲームの運営に支障をきたすことは想像がつく。こうなると折角の地対空ミサイルも宝の持ち腐れである。

 

「偵察にしては妙ですね……まあ、奴らだと仮定しても爆撃機や雷撃機を運用できるとは思えませんが」

 

「奴らにそんな力があるなら対空砲火を指示している。この距離ではわからんのが悩みの種だがな。船に攻撃を加えて沈めるのならば、急降下爆撃で十分だろう。合図を出すまで、早まった真似はするな」

 

それらが不可能となれば、考えられるのは距離を詰めての砲撃、銃撃及び、直接船上に降下して銃撃戦に持ち込むという思惑なのだろう。部隊は豪華客船の入口を守るように展開しており、約二十数名の隊員は上下のデッキそれぞれを360度死角がないように哨戒していた。

 

……そのつもりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふふふ……どこへ行くのかしら……? ねえ、優希ちゃん……」

 

まるで幽霊のようにゆらゆらと寄ってくる、恐ろしい影……。何故、こんなことをしてしまったのだろう。彼女の意に反した行動をとればただでは済まなくなることはわかりきっていた。それも一度や二度ではない。これで三度目である。

 

「やってはいけないことをやったわね……! この大事な時にっ!!」 

 

ゆっくりと近づいてくる恐怖の存在――文香は、これでもかと言うほどに言うことを聞かない少女に何度も手を焼いていた。そしてついに一線を越えたのだ。僅かな望み……生きて帰って、仲間に、上司に問い正す……。そのためには、自身の理念とは真逆の行動をとらなければならなかった……。

 

しかし、それらは悉く目の前の少女に妨害され続けた。むしろ成功したのは一人でいる時が大半である。

 

エースからの指令……色条良輔の娘を手元に保護したことで差し込んだ希望……。だが、それは同時に悪夢の始まりでもあった。次々と舞い込む悪報、自分の存在意義を揺るがす真実……。

 

もう……意味がない。

 

生きて帰るには……? エースの理念は……? 二律背反。生き延びるには信念に背かなければならない。エースの思想に殉ずるのなら、それも運命、悔いは無い……はずだった。しかし、そのエースが文香に齎した仕打ちは……?

 

二人を始末する最後のチャンス。意を決して自分の精神と身体を偽り、信念さえもかなぐり捨てた結果、今度は保護対象の少女に阻まれるとは何たる皮肉だろうか……。

 

もしかしたら、これで彼女の命運は尽きてしまったのかもしれない。そして、自分で自分を破壊した見返りすら得ることもできずに……。不遇に次ぐ不幸は彼女の精神を蝕んでいく結果となっていった。

 

 

「ふっふふ、ふふふ……あははははっ! ねえっ!!」

 

「あ……あ……!」

 

一歩、また一歩確実に近づいてくる恐怖の存在。優希は怯えていた。だが、逃げようにもどこへ行けばいいのか……静かに近寄ってくる文香に背を向けようものなら……? 考えただけで足が竦んで動けなくなる。やがて文香との距離は徐々に縮まり、互いの手が届くほどの間合いに達する。そして、次の瞬間――

 

「なんて事をするのよっ!!!!」

 

「あぅっ!」

 

自身の左頬に鋭い衝撃が走り、優希はその場に倒れ込んだ。

 

「ご、ごめん……な、さい……」

 

何とか身を起こしながら声を絞り出すと、すぐ目の前で自分を見下ろす文香が迫っていた。その憎しみや狂気が宿された恐ろしい瞳はとても直視できるものではなく、たまらず優希は目を逸らす。

 

やがて細長い指がスカートの下の拳銃に絡まり、優希の前に突き付けられる。

 

 

「どうして……? ねえ……どうして、あんなことしたの……? 優希ちゃん……!! もう少しだったのに、台無しだわっ!! あたしを追い詰めて何がしたいのよっ!!?」

 

「ひ……ひっく…………ご……」

 

「黙らないでって言ったのがわからないの!!!」

 

大人によって命の危機に晒された少女が理由を説明できるはずもない。言わばそれは本能から出た行動だったのだから。助けてもらった記憶のある高山はともかく、確かに手塚は信用できない男なのかもしれない。しかし……文香が今まで優希に与えてきた仕打ちを思えば、彼女によって酷い目に遭わされるのを見ていられる理由はない。

 

 

「ご、ごめんなさいっ、文香……さん……! た、助けてっ!」 

 

「うふふふ……そう、そうなのね……あなたも結局は組織の一員……そうなのね? あははははっ! ボスの娘だもの、あたしの邪魔をするのは当然よねぇ……?」

 

優希の懇願に耳も貸さず、怒りと狂気に任せた自身の妄想を並べながら、文香は涙がしたたり落ちる優希の頬に手を伸ばして力を加える。

 

「許さないわ……!! ほら……口を開けなさい……!!」

 

文香はそのまま優希の顎を押さえて口を開かせると、突き付けた拳銃を咥えさせる。それは漆山をも凌駕する、今まで見た中で一番恐ろしい文香の形相だった。壮絶な憤怒の中に微笑が込められているような……上がった口角、光の消えたドス黒い瞳、そして全身から溢れ出る邪悪なオーラ。間近に迫ったことにより、微妙に香る女性特有のコロンの香りが嫌悪感となり、恐怖を増幅させる。

 

「た、た、す……け……てっ……!」

 

止めどなく流れ落ちる涙が、無理やり開かされた口の中に入り込む。文香の顔を見つめ、真摯な表情で許しを請ったものの、既にハイライトが消えた彼女の瞳にはその幼い願いが届くはずもなく、無意味なことだった。

 

「ふふふふふ……お仕置きよ。優希ちゃん……? 組織に与する悪い子はこうするしかないの……。それがね? あたしたち、エースの理念なの。あっははははっ!」

 

 

撃たないで……死にたくない――

 

 

生殺与奪。優希は言葉もまともに発することができず、泣きながら首を横に振ったものの、温情が下ることはない。逆に文香の表情には狂気さえ浮かび、嗤っていた。

 

「さようなら、優希ちゃん。うふふふふ……あっははははっ!!」

 

「ぁ…………パ、パ………た、す……け……ぃゃ……ぁ!」

 

「命令違反だけど……貴方だってあたしを騙したんだからお互い様よねぇ……? あっはははは!」

 

誰にでもなく呟いた文香の指先が、今まさにトリガーに力を加えようとしていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

――手塚、お前の言う通りだ。どうやら俺は愚か者らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ。少女を解放してもらおう」

 

「……誰っ!?」

 

聞き慣れない声に場の空気が凍り付く。数メートル先の部屋の前に佇んでいたのは、先ほどバルカン砲で亡き者にしようとしたはずの男だった。アサルトライフを構えてこちらを伺っている様に文香は一瞬焦ったものの、すぐに状況を整理して彼に向き合った。

 

「ふふ……ふふふふ……飛んで火にいる夏の虫、ってやつかしら? 状況が見えていないようね」

 

「お、おじ……ちゃ……ぁん……!」

 

「はいはい、動かないでね……優希ちゃん?」

 

優希の口から拳銃を抜き頭に突き付けなおすと、文香は余裕の表情で語る。一方、優希は安堵が溢れだしたのか、消え入るような声で呟くと、涙を流してしゃくりあげる。

 

「そのまま逃げていれば死なずに済んだのに。少なくとも、今は……だけど。うふふふふっ。ねえ……貴方は今、自分で優希ちゃんが生きている状態で必要だと言ってしまったのよ? つまり、主導権はあたしにあるの。おわかりかしら?」

 

「…………」

 

優希を離すことを要求する……つまりはそれがゲームをクリアすることに繋がっている、高山の行動を文香はそう解釈していた。

 

「でも、ま……そういう行動は嫌いじゃないのよねえ。誰かを守るために……ね? 素敵だわ。あたしだって、生きて帰って欲しい子がいないわけじゃないし。昔参加させられた時は……ふふふふ。それなりに守ってばかりのお姫様だったって、ゲームの客から不評が出たとか出ないとか。懐かしいわね……」

 

不敵な笑みを浮かべている文香の瞳には、心なし涙が浮かんでいるようにも見えた。不思議と胸元に見える、彼女のペンダントが光を反射している……。

 

「フン……なるほどな。陸島文香……否、上野……」

 

「おじちゃんっ!!!」

 

高山が何かを語ろうとした瞬間、文香の動きに反応した優希の叫びと共に、二発の銃弾が身体を掠めていった。

 

「…………」

 

「女の過去を詮索するなんて……。見た目に寄らず随分と見下げ果てたものね? 金の為なら組織にも尻尾を振るのかしら? 卑しい傭兵さん」

 

「手前勝手な正義を掲げ、何百もの民間人を手にかけるような連中がよく言う……」

 

瞬間、文香の顔に不快の色が浮かび、狂気から怒りに表情を変える。高山の呟きに不快感と焦燥を覚えた文香は、威嚇射撃に加えて挑発を試みたものの、逆に返された結果だった。

 

 

――そう、今、俺達の会話を架空の話、ゲームとしてディスプレイ越しに眺めている者さえもな……。

 

そして、その静かなる怒りを込めた高山の声は誰にも聞こえることはなかった。

 

 

 

「言葉の意味が理解できるくらいの地位にはいるようだな」

 

「傭兵風情が……口を慎みなさい」

 

「人質を解放してもらおう。それとも……所詮、お前も卑劣なテロリストということか」

 

静電気が弾けているかのように、互いの視線がぶつかり合う。乾ききった空気に稲妻が迸っているような感覚さえ伝わってくる。僅かな隙を見せた方が自らの身体を銃弾に貫かれるのだろう。

 

「ふう……」

 

やがて、文香は表情を緩め、声色を柔らかくする。

 

「埒が明かないわね……高山さん。せっかくだから、こういうのはどう? 貴方の首輪を外すお手伝いをしてあげましょうか? うふふふふ」

 

「…………」

 

突拍子もない文香の言葉に耳を貸すこともなく、高山は彼女の一挙手一投足を注意深く警戒する。

 

「……首輪解除の条件は首輪が5つ作動すること、だったかしら? それなら優希ちゃんを解放しなくたって問題ないはずよねぇ? 動かないでね、優希ちゃん。下手な真似したら……撃つわよ」

 

文香は徐に拳銃をスカートの下に戻すと、悪戯な笑みを浮かべながらPDAを取り出して優希の首輪に近づけようとする。

 

「貴方の本気を確かめてあげる……ふふふ、この子を犠牲にしても助かりたいかしら?」

 

「…………」

 

「もう少し嬉しそうな顔をして欲しいものね? 本来なら圧倒的不利な状況のところをこのまま生きて帰れるかもしれないのよ? 優希ちゃんの命と引き換えに、だけど」

 

優希の首輪にPDAを宛がうような素振りを見せたら即座に射殺……そのはずだった。だが、高山には躊躇すべき理由が二つあった。一つは文香を撃てばその返り血を優希が全身に浴びることになる、ということ。

 

「そんな……刺すような目で見ないで欲しいわ。拳銃じゃライフルには適わないものね? 仲良くしましょうよ。ふふふふ。その首輪、外してあげるから」

 

文香は高山の様子を伺いながら、PDAを優希の前にちらつかせている。表情に薄ら笑いが浮かんでいるものの、余裕がないのは文香も同じだった。荒い呼吸音が物語る、正に極限状態である。

 

――ガトリング砲など携えておいてよく言う。

 

そして一つは、高山が撃つ構えを見せれば、文香とて容赦なくPDAを優希の首輪に接続させることは想像がつく、ということ。

 

それならば、一瞬の隙をついて文香の頭を吹き飛ばす以外に選択肢はない。だが、それは先の懸念と矛盾することになる。

 

高山は文香の言葉を信じるつもりは毛頭なかった。そして、PDAをかざす行為そのものはこちらの出方を見るための挑発行為だと思っていた。

 

 

最善策は――? 陸島を排除し、色条を無傷で救い出す算段は――?

 

一体どうすべきなのか?

 

 

数々の修羅場を潜ってきた男も人質を持つテロリストが相手となると瞬時に答えを見いだせず、迷いが生まれる。

 

 

 

だから、高山は文香がPDAを翳しているのではなく操作しているのだと気づくのが遅れたのだった。

 

 

 

「……はい、時間切れよ」

 

瞬間、不気味な笑みと狂気を孕んだ文香の表情が視界に飛び込んでくると同時に、高山の背中に鋭く熱い衝撃が襲い掛かる。

 

不覚――!

 

僅かに後ろを振り返ると、複数の銃身を持つ小型のロボットのようなものが見える。文香が優希の首輪にPDAを接続しようとしたのは時間稼ぎであり、陽動。本命はこのロボットに高山を急襲させることだったのだ。

 

「高山のおじちゃんっ!!」

 

「ふふふ……貴方たちが飛び出して来た時の保険だったけど……。まあいいわ。プロのくせに感情に流されて、下手な正義感を発したことがそもそもの間違いなのよ……あっはははは!」 

 

 

悲しみを込めた悲鳴と身の毛もよだつ笑い声が木霊する中、高山は衝撃と激痛で前のめりに倒れそうになるのを寸でのところで踏み止まる。

 

「あら、思ったよりも根性あるわね。じゃあ……楽にしてあげるわ。うふふふ」

 

正面には文香、後方には小型砲台を備えた戦闘ロボット。文香の右手は拳銃やバルカン砲ではなく、PDAにある。

 

「……!!」

 

「もう一発、プレゼントよ。受け取ってもらえるかしら? うふふっ」

 

それを見た高山は、アサルトライフルを逆に持ち替えながら瞬時に振り返り、渾身の力を込めてグリップをロボットに振り下ろした。鋭い衝撃音が廊下に嘶く。

 

「ふうん、やってくれるわね……! でも、無駄な足掻きはよしなさい?」

 

ロボットが半壊したと判断した文香は、砲撃を浴びせようとバルカン砲を構えようとする。しかし、発射するよりも早く優希が文香の腕に飛びついた。

 

「だめえぇっ!! おじちゃんを、殺さ……ないでっ!!!」

 

「くっ……邪魔しないで!! 優希ちゃん!!」

 

「……早く……逃げてぇぇ!!! 文香さんは……狂ってるのっ!!」

 

「誰が狂ってるのよっ!! いい加減にしなさいよっ!!! 怒るわよ!!!」

 

千載一遇のチャンスを妨害された文香は怒りを露わにすると、憎しみを込めて優希を振り払うように体を捻らせる。あえなく吹き飛んだ優希を尻目に体勢を立て直すと、視界に飛び込んできたのは、片膝をつき、鋭い視線と共にアサルトライフルを構えようとする高山の姿だった。

 

「くっ!」

 

今からバルカン砲を構えたのでは間に合わない、そう判断した文香はガス缶を素早く放り投げた。瞬く間に二人の間に白煙が広がり、互いの姿を遮断する。

 

――もらった。

 

しかし、額に挙げた左手は空しく空を切る。優希とのもみ合いでゴーグルがあらぬ方向にずれていたのだ。

 

「こういう時に限って……! 仕方ないわね……こういう物は使いたくなかったけど。貴方だけは始末しておかないと……ねえ?」

 

――さようなら、高山さん。うふふふふふ……。

 

充満する白煙の向こうに何かを投げ込んだ文香は即座に背を向け、放心状態の優希を引っ手繰るように抱え込むと、その口を押さえて全力で駆けだした。

 

「少しの間だけ、呼吸を止めるのよ? 優希ちゃん……? 死にたくなかったらね?」

 

曲がり角まで走った時、高山の姿は既に煙の向こうへと消えていた。

 

 

――ふふふ……次は……手塚君……。あたしから逃げられると思ってるのかしら?

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

――嫌な風だ。夜風とは言え、妙に肌寒い……。

 

船首に佇んでいた特隊長は、胸騒ぎを覚えつつも紺碧の海へ視線を広げる。

 

「……長、隊長!」

 

「……何事か? また上空の光か」

 

嫌な感覚に襲われていたために反応が遅れると、部下の言葉により、漸く我に返る――

 

「いえ、19:30(ヒトキュウサンマル)を最後にそれは収まったのですが……現時刻20:17(フタマルヒトナナ)……9時の方向より、異変あり。微妙に波が揺れ、僅かな擬音が拾われました……」

 

 

 

 

 

 

 

 

――はぁ、はっ、はっ……!

 

何かに追われるかのように全力で走っていた三人はついに失速した。元々、長沢も咲実も運動は得意ではなく、総一に付いていけなくなるのが常だった。しかしながら、今回は躊躇や疑問があり、それが足を遅めていたとも言える。

 

「だ、だ、大丈夫、だぜ……とりあえず、こっちには、来ない、みたい、だけど……」

 

「ほ、本当……なん、です、か……はっ、はっ……」

 

長沢の言葉に咲実は安堵の表情を浮かべる。JOKERの持ち主がいると思しき4つの光点に接近しようと試みた瞬間、一箇所に固まっていたであろうプレイヤーが一斉に分散したのだ。1つは遠くへ離れていったものの、残る3つが石のように硬直したかと思えば、その内2つが全速力でこちらに向かって来たのだった。一瞬、様子を見て迎え撃とうかとも考えたが、ただならぬ雰囲気に圧倒されてつい逃げ出してしまったのだ。

 

「急に動き出した2つの光点は……やっぱり文香さんと優希なのか? 長沢」

 

「まだ、そうとも言い切れないんじゃない? 他の奴らかもしれないし……うーん。と言うことは……」

 

さらに注意深くPDAを観察していると、その他にも一つだけ動きを止めている光点があった。そして、はぐれ者の如く離れた場所にも光点が一つある。

 

「あ、あの……私たちは、どうすれば……」

 

いずれかの光点に接触しなければ始まらないことはわかっていた。しかし、6階の武器を見るとどうしても躊躇してしまう。その恐怖からか、今にも出会い頭に機銃掃射を浴びせられそうな想像まで頭に描かれてくる。それ故に長沢も総一も咲実の問いに答えられずにいた。

 

「そうだ! 咲実の姉ちゃん、御剣の兄ちゃんもPDA見せてよ」

 

「え? は、はい……」

 

やがて何かに閃いたかのような表情の長沢に、二人は言われるがままPDAを差し出す。

 

 

「この3つが僕たちだろ? そして、この2つがさっきこっちに向かって来た奴らで、残りの3つがバラバラになった奴と、無関係な奴、だろ? そこへ御剣の兄ちゃんのPDAと合わせると……」

 

総一は地図の位置を合わせ、長沢が持つPDAの光点と自身のPDAの機能であるJOKERの位置を照らし合わせる。

 

「こうして見ると、やっぱりさっき向かって来た奴らがJOKERを持ってるんじゃないかってさ」

 

「それじゃ、逃げない方が良かったのか……?」

 

「いや、それよりも……咲実の姉ちゃんのと僕のを見合わせると……」

 

「……長沢君のPDAと私のPDAだと、光点の数が違いますね……?」

 

「ああ。正確には渚の姉ちゃんのPDA、だけどな。これと見比べてみると……」

 

咲実のPDAにはGPS機能による自分たちの位置に光点が5つあるのに対し、渚のPDAには3つしかない。それもそのはず、咲実の方はPDAの現在位置を表すもので複数所持している参加者が入れば、当然反映される。

 

「それで、さっき分散して遠くに逃げた奴だけど……こいつは咲実の姉ちゃんのも、僕のでも光点が1つしか映らないから自分のPDAしか持ってないってことだよな」

 

二つのPDAを交互に眺めながら、長沢は得意げに言う。大体の意味が呑み込み始めた総一と咲実の顔色が変わりつつあった。

 

「それじゃ、もう一つの……さっきまで固まってた、この動きが鈍い光点は……。咲実さんのPDAなら光点が4つあるけど、長沢のPDAには……1つだけか」

 

「と言うことは……一人で4枚のPDAを持っているということですよね? 誰なんでしょう? もしかしてさっきの慌て方からすると大ケガしてるとか……?」

 

急に分散した挙句、取り残されて動きが鈍くなる……当然、負傷したと考えるのが妥当だろう。僅かな動きが見られるものの、もしかしたら瀕死の身体となり脱落の時が近いのかもしれない。

 

「こうしちゃいられない! そう遠い距離じゃなさそうだし……助けに行くぞ、長沢、咲実さん!」

 

「待てって、御剣の兄ちゃん! こいつには悪いけど大事なのはここからなんだ」

 

立ち上がって急き立てる総一を長沢が制すると、焦りをかみ殺すような表情で再び総一はPDAを覗き込む。

 

「さっきの、僕たちを追ってきた2つの光点。咲実の姉ちゃんのPDAにも同じく2つあるよな? それで、兄ちゃんたちの話を聞く限り、文香と優希は二人で一緒にいるんだよ……な?」

 

納得したような表情で咲実は目配せすると、続きを促す。

 

「優希がPDAを失くしているのなら、なんで咲実の姉ちゃんのPDAに光点が2つあるんだろうな?」

 

 

――――!

 

 

瞬間、何かに気づいた咲実の顔色から血の気が引き、華奢な身体が震え出した――

 

 

「ちょ、ちょっと待て、長沢……。お、お前は何が言いたいんだ?」

 

一方、今一つ意味が理解しかねる総一は唖然として尋ねる。

 

「もう一回、御剣の兄ちゃんのPDAを見せてよ。JOKERの位置がわかるんだろ?」

 

言われるがまま、総一は長沢と咲実のPDAを照らし合わせ位置を確認する。案の定、共通して2つの光点があるその位置と同じ場所に、光を湛えている。

 

「これで、この二人組がJOKERを持ってることはわかったよな? で、咲実の姉ちゃん、PDAの現在地を示すツールって、JOKERも示されんの?」

 

「はい、ええと……」

 

咲実は文香から譲り受けたツールボックスの説明書きに目を通す。あの時、文香の提案を疑うことなくインストールしていたため、細かい部分まで確認する気もなかった。

 

「JOKERは……含まれません。あと、壊れてしまったPDAも映らないみたいですね」

 

「やっぱり……。それじゃあさ、御剣の兄ちゃんがJOKER初期化機能を使ったってのに、あの女のPDAはQのままだったのはどうしてだろうな? ってことになるよ?」

 

「文香さんが……郷田さんのPDA、を……?」

 

やっとの思いで声を出す咲実を尻目に、長沢はしたり顔で総一に目線を送る。ついに自分の主張の根拠を説明することに成功し、文香を危険人物だと確証することができたのだ。たとえ騙されていようとも文香を信じようとしている総一とは対照的である。

 

「待て……さっきも言っただろ、文香さんだって本当は……」

 

「違うね……大事なのはさ……」

 

一人頭の中で大凡の答えを導き出している咲実とは別に、長沢と総一は議論を始める。互いに大切なもの、相手に抱いている感情が違う以上、そうそう相手の主張を認められないのも仕方のないことだった。

 

「長沢! お前が渚さんから譲り受けたPDAが完璧な保証だって……それこそ何を基準に光点を映し出してるかわからないんだろ?」

 

「まあ、よく見てみなよ。それじゃ、さっき分散したところとは別に、もっと離れたところにいるこの光点……咲実の姉ちゃんのPDAには映ってないじゃん」

 

先ほど3つに分散した光点から離れた場所に存在するもう一つの光点……動きはそれほど早くはないが、咲実のPDAには映っていないものである。

 

「それでさ、咲実の姉ちゃん。この階でPDAに映ってる光点は全部でいくつ?」

 

「は、はいっ!? その……12個、ですね……」

 

考え事をしている最中に急に話しかけられ、咲実は驚きながらも光点の数を数える。

 

「ほら、これで決まりだぜ。漆山のジジイのPDAはぶっ壊れされてるんだ。それで12個ってことは、全員がこの階にいることになるよ?」

 

咲実の言葉に長沢は顔を綻ばせる。

 

「そして、渚の姉ちゃんのPDAの光点を見てみると……全部で8つだ。今まで死んだプレイヤーを除けば……このPDAは生存者の居場所を教えてくれるサブマスター用、ってことになるんじゃないかな」

 

「…………」

 

総一が抱いていた期待が脆くも崩れ去る。やはり、ゲーム開始から共に過ごしてきた文香を信用していたい。その願望が真実の確認を怠らせ、目を背けさせていたのだろう。大切な人がホシではないという確証を得ようとするあまり、逆にそうだと確立させてしまう――

 

長沢は一息つくと、静まり返った場の時を動かすかのように語りだした。

 

「僕の結論を言うぜ? つまり大事なのはさ、あの女が兄ちゃん達を騙してたってことじゃない。JOKERを持ってるんなら、どうして、それが必要な兄ちゃんたちに言わなかったんだってこと。これって、兄ちゃん達を利用して、あわよくば捨てる保険をかけてたかもしれないってことだろ? 奴のPDAが9ってことは、さ」

 

長沢よりも先に答えにたどり着いていたのか、咲実は口元を覆い目に涙を溢れさせる。

 

「これだけ捻くれてる僕だって、御剣の兄ちゃんと咲実の姉ちゃんは、その……と、とも、友達だって、言ってくれるんなら、さ。仮にあの女がどんな条件を引いたって見捨てたりしないんだろ? 首輪解除の条件が皆殺しだとしても、さ。それなら、あの女だってJOKERが必要な兄ちゃん達に真っ先に教えてもいいと思うんだけどなぁ……?」

 

 

長沢の主張が総一の心を抉っていく。

 

 

――いや、それでも何か理由があるはずなんだ……。何か、そうしなければいけない理由が……。優希を保護しなくてはいけない、そして、21:30まで持ちこたえなければいけない。詳しいことはわからないけど……「エース」の任務だってあるって……。

 

そうだ、文香さんに限って……そんな……。

 

 

だが、こうして選択を渋り時間をなくしている間にも、新たな惨劇の幕開けが迫ってきていることを長沢たちが気づくことはなかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まだそこにいたのか? 今日がゲーム最後の晩餐だ。少しは楽しんできたらどうだ」

 

「あ、……ええ、ごめんなさい、あなた。あの子たちがどうなるのかと思うと目が離せなくて……」

 

スクリーンを見つめたまま動こうとしない貴婦人に、夫と思われる紳士が盃を手渡しながらそっと声をかける。その表情は今後の展開に胸躍らせるものではなく、いつしか我が子を気に掛ける母親のものへ変わっていた。

 

「そうか……まだ、無事だったのか」

 

不思議と安堵している自分がいる。今まで何度ゲームを眺めたところで、プレイヤーに情を移したことなど一度もなかった。無様に脱落する姿、激しく戦い生に縋る必死の形相。それこそが酒の肴であり楽しみであるはずだった……。

 

 

 

 

 

「……あの男……バカ……じゃ、ないか。でも……」

 

賭けの負けが込んで怒りに震えていた御曹司の一人が俯きながら呟く。

 

「子供の漫画を……読んでるんじゃ、ない、んだぞ……」

 

理由もなく声を絞り出すと、涙が溢れてくる。他人を蹴落とし、自身の利益のみを追求する。それこそが自分が存在する世界の掟……。それを……。

 

 

……このゲームで何十人もの貧民が地べたに這いつくばって、死んでいった……。それがまた一人増えただけなのに……どうして、なんだ……? 涙が……止まらない……。

 

 

幼い少女の為に、自分の命すら投げ捨てる……。自身の価値観からすれば正に理解不能、意味不明な行為である。

 

だが、それは自分には決してできない行動……遠い昔に憧れておきながらも、現実に適応するために不必要だとしてかなぐり捨てた、理想……。

 

 

 

どうか、死なないで、欲しい……

 

 

 

今までゲームのプレイヤーにそのような感情を入れたことなど一度もなかった。むしろ考えているのは逆のこと……。高みの見物で見下す中、無様に野垂れ死ぬ……それが自分に形容しがたい高揚感とスリル、そして金を運んでくる。それが彼にとってこのゲームの醍醐味のはずであった。

 

 

 

「……どうしたんだ? メソメソしやがって。また賭けた相手が負けたのか?」

 

過去の自分の行為が一斉に蘇り、俯いているとその肩にそっと手がかかった。彼は湧き上がる感情を抑えきれず、声の主に思いを吐露する。

 

 

「なあ、どうして、なんだよ……。薄汚い中年が……一人、消えただけ、なのに……。どうしてなんだ? 僕は……」

 

「へっ、いくら賭けてたんだ?」

 

「金、金じゃ、ないんだ……!!! こいつに賭けてたわけでもないのに……なんで、こんなに悲しいんだ……?」

 

「はぁ……? らしくねえな……ったく」

 

先ほどまで、賭けに負けて怒り狂っていた御曹司が、今や子供のように感情を露わにして泣いている。その姿に声をかけた青年は困惑する。だが……自身も今回のゲームで今までにない感情、感覚が芽生えてきたのは否定できなかった。

 

「……っと、ナンバー3は……まだ生きてるか。相当額突っ込んじまったからな。勢いでカッコつけたのはいいが……胃が休まりゃしねえぜ。もう少し、ポーカーで稼いでおかないと危ねえ、か……。案外俺もビビりだな……へへ」

 

 

 

 

「ええいっ! さっきから聞いておれば下らんことをベラベラと……! 貴様みたいなのを老害と言うんだっ!」

 

「自分にとって都合の悪い話を大声や脅しで掻き消そうとは、お主の普段の体が知れるという物じゃのう……」

 

一方で、思い通りにならない空気に憤るタキシードの中年の怒声も変わらず響き渡る。元の盛り上がりを取り戻そうと、必死に異なる意を持つ存在を排除しようとするが、もはやカジノにおける流れは止めようがなく、周囲にいるのはいつかの老翁だけであった。

 

「勝利者とて、我が身の罪の意識に耐え切れず発狂し、自ら命を絶つものが殆どだったと聞く。あの……Kの悲劇の少女のように、な。知らんと言うことは、お主のような表面的な快楽と称賛にのみ興味を示すような輩には、そこまでの事情を伝える義理も縁もないということじゃろうな。勉強不足もあろうが」

 

「くっ……貴様ぁっ!! いい加減にしろ!!」

 

「あ、あなた、落ち着いて……」

 

老翁の言葉に逆上した中年は反射的に声を荒げると、隣の婦人が止めるのも聞かず、酒の空き瓶を握りしめ、テーブルに叩きつける。そのまま鋭い刃と化した瓶を構えると鼻息荒く、老翁を睨みつけた。

 

「大体、貴様のような老いぼれが、生き延びれるはずがないんだ! 妄言を並べ立て、数少ない私の趣味の空気を破壊しおってからに……! 許さん、許さんぞ!!」

 

「ふむ……仲間を疑わねばならんこの遊戯に比べれば、国の為に命を懸ける戦争など恐れるまでもない。増してやお主のような俗物など……」

 

不謹慎な賭け事をしていたことも忘れ、おろおろする婦人を尻目に、老翁は身を預けていた杖を両手に持ち替え、鋭い眼光を放つと、中年は割れた酒瓶を手に今にも襲い掛からんと憤怒する――

 

――ゲームに舞い降りた勇者と英雄の冒険譚……。あの世への手土産になるかの……。

 

「だ、誰か……!」

 

婦人が警備員を呼ぼうとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわっ、わぁぁ!! な、なんだ!? 何が起こったんだ!!」

 

「きゃあぁぁ!? あ、あなたっ!!」

 

 

船体が大きく傾き、テーブルや椅子が波のように流され、壁に衝突すると同時に会場には悲鳴と衝撃音が飛び交い、一瞬にしてパニックに陥る。酒が、料理がひっくり返り、多くの高級感あふれる紳士服やドレスに淀んだ紋様を刻み込んだ。

 

「何なのよっ!? この客船はっ!? 責任者は何を!?」

 

「痛てて……! 思いっきりこけちまったぜ……」

 

 

 

「ぬぅぅ……!」

 

先ほどまで中年と言い争っていた老翁は杖をつき何とか立ち上がろうとする。その刹那、背後に影が忍び寄った。

 

「ふはははっ……。私を侮辱した報いだよ。貴様はこの事故で……! 排除してくれるわぁ!」

 

しかし、酒瓶を振り上げたその時……船体が再び大きく揺れ、傾いた。どさくさに紛れて老翁を始末しようとした中年はバランスを崩し、踏ん張ったものの無様によろめく。

 

「うぅぅ……ふざけおって、ボロ船が……!」

 

だが、彼は酒の勢いもあろうが、数か月に一度の儀式により得られる快楽を奪われたことにより、老翁への怒りから他のことに気が回らなくなっていた。

 

 

「はぁ、はぁ、はははっ!! 死ねい! 老いぼれがぁっ!! はははははぁ!!」

 

 

そこへ……天井で何かが千切れる音がした。そして、それは酒瓶を振りかぶった中年を狙ったかのように轟音を立てて落下する。

 

「……ははははっ!! ……はっはぁ!? しゃ、シャン……デリ、アァ!? ……うわああああああっ!!!?? ぐわぁがはっ!!!」

 

 

激しくガラスが砕け散る音……。そして、飛び散る血飛沫……

 

 

 

 

 

「た、隊長!! 敵襲です……ぐわぁぁ!!!!」

 

「バカな……潜水艦だと!?」

 

その頃、船上デッキは火の海と化していた――火だるまになり、海に飛び込む者、次々に銃撃される隊員……。そして閃光と共に血を吹き出し、デッキに身を投げ出すテロリスト達……。

 

「入口の守りを固めろ!! テロリストどもを船内に通すなっ!!!」

 

「撃て!! 奴らを海に叩き落せっ!!」

 

……まさか、奇襲を受けるとは……だが、ここまで大胆な手を打ってくるなど……! お偉方のボスがここに来る予定はなくなったのではないのか……?

 

「行けっ! 我らエースの理想の為に!! 船諸共、悪魔どもを海の底に沈めるのだ!!」

 

「いかん! 投擲弾や砲を使わせるなっ! 船を守れ!! 撃て!!」

 

 

 

 

 

――ご苦労様。色条良輔は……この子の父親は現れないのに。うふふふふふ……。そんなことしたって意味がないのに……。そろそろあたしも覚悟を決めなくちゃいけないかしら、ね……。

 

 

 

 

 

「早く決めようぜ。考えてる時間がもったいないよ!?」

 

長沢たちは互いのPDAをチェックしながら、次の作戦を練っていた。迫りくるゲーム終了の時間に会話する間も惜しくなる。このまま逃げ続けていては、いずれ三人とも時間切れで一巻の終わりとなる。

 

「やっぱり、もう一度文香さんに会わないと。JOKERがなければ咲実さんの首輪は外れないからな」

 

「……そうですね。長沢君の話を聞くと……優希ちゃんが心配です。あと、首輪を言うなら御剣さんも、ですよ?」

 

語末の少し怒ったような言い方に会話が途切れたが、そこで長沢が別の提案をする。

 

「それよりもさ、優希のPDAを探した方がいいと思うけどな。さっきの一人で4つも持ってる奴、気になるだろ? 死んでるかもしれないし。早く取りにいかないとまた別の奴に持ってかれちゃうかもよ?」

 

「ええと……どうしましょう? あっ……!」

 

突然、何かを思い出したかのように、咲実が素っ頓狂な声を上げる。

 

「どうした、咲実さん?」

 

「あ、あの……さっき長沢君が言ってた、その……全員が6階にいるって、その……! じゃあ、葉月さんも……? この階、に……?」

 

思いも寄らぬ言葉にその場が固まる。自分たちのことで精いっぱいで、ついクリアした人物のことは蚊帳の外へ置いてしまっていた。

 

「そっか……。でもさ、葉月のおっさんには出歩いてもらった方が安全かもしれないよ?」

 

そう。ツールによっては、進入不可エリアにも入れるようになるのだ。長沢たちは知る由もないが、その懸念はまさに的中していた……。

 

「おい、長沢……文香さんに限って……それはないだろ?」

 

前と同じく否定してくる総一に、いい加減うんざりしてきた長沢が反論しようと後ろを振り返ったその時――

 

 

 

長沢の表情が凍り付き、嫌悪感を露わにして総一を睨んだ。

 

 

 

「そんなに怖い顔するなよ? 別に俺はお前を頭ごなしに否定……」

 

「っ!! み、御剣……さん……!」

 

……それは突然やってきた。心の準備を整えていざ、覚悟を決めようかと思うよりも前に。恐怖と戸惑いの対象とて、動いているのだから当然ではある……。

 

「どうしたんだ、二人して?」

 

長沢と咲実が目をやっている方向……後方へゆっくりと視線を移すと、そこには――

 

 

 

 

 

「総一君、咲実ちゃん……。うふふ。そんなところにいたのね……」

 

 

「…………!!」

 

 

「あら……ボウヤも一緒なのねぇ……? うふふふふふ」

 

 

 

……後半から徐々にトーンが低くなる不思議な音色だった。

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