シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

54 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  3.8     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  6.4   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  1.3  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  9  4.5  自分以外の全参加者の死亡
郷田真弓  Q  Death   71時間の経過
御剣総一  2  3.2  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  5.7  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  2.1    全員との遭遇
綺堂渚   J  Death  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10  3.6   首輪が5つ作動


第51話 黄泉からの甘い誘惑

天恵か悪夢か……何が起こっているのか理解しきれない迷いの中で、無我夢中に走り続ける。これが正しい判断なのか考える余裕もなく、何かから逃げるかのように長沢たちは走っていた。振り返ろうものなら背後から迫っている悪魔の手が、自身に振り下ろされそうな予感さえした。

 

「はぁ、はぁ、はぁっ……びっくりしたぁ……。はっ、はっ……」

 

どれくらい走っただろうか、やがて勢いの落ち始めた優希が足を止め出すと、他の面々も速度を落としつつ歩き始めて呼吸を整える。激しく乱れた4人の呼吸音は、信じられない事態が一斉に起きたことで、何からどうやって考えればいいのかわからない状態を如実に表していた。

 

「と、とりあえず、と、止まろうぜ……。ぜぇ、ぜぇ……」

 

一時的にとは言え、身体が千切れるくらいの恐怖から脱することに成功した長沢と優希は、体育の授業後とは比較にならないほどの息苦しさを感じていた。しかし、二人の表情はどことなく明るい。優希に至っては楽しそうに見える程である。

 

「ゆ、優希、お前……文香さんに何をしたんだ?」

 

漸く呼吸が落ち着き始めた総一が優希に問う。お化けだと慌てふためく長沢の視線の先にいた、白い粉を被ったような女性は間違いなく文香のはずだった。

 

「何って……これをかけただけだよ? 文香さんがよく使ってたようなやつ」

 

「ああ……ガス缶、か。……んっ!?」

 

優希が笑顔で差し出した銀色の缶を受け取って調べてみると……総一は突拍子もない声を上げる。

 

「ガス、じゃない……? こ、これは……」

 

「な、何なん、です……か、御剣さん……?」

 

咳き込みながらも興味が沸いた咲実が、総一の腕の中を覗き込もうとすると予想だにしない答えが跳ね返ってくる。

 

「しょ、消火器じゃないか!? 小型の……。スプレー型なんて、こんなのがあったのか……」

 

「え……!? 消火器……なんですか? じゃあ……」

 

総一と咲実はここに来て納得した。煙幕による視界の遮断に顔や服まで汚す効果はないのだから。

 

「そう、だな。だから、文香さんの顔が……あんな風に……」

 

「そういうことかぁ……。いや、魂消たぜ。いきなり顔が変わるんだもんな、あの女。優希、あれってさ……あの時みたいな煙幕じゃなかったのかよ!?」

 

「ううん。わたしもあまりわからなかったの。文香さんから渡されて、何となく持ってただけだし……」

 

スモーク弾にしては妙に晴れるのが早く、毒ガスにしてはやたら煙く、咳を誘発していたことを考えれば確かに疑問だった。何より、文香の顔を白く染め上げたという事も。普通の煙幕では視界が封じられようとも、顔色まで変えてしまうことはないのである。

 

「……でも、消火器だったんだ、あれ。あははっ。文香さんの顔、面白かったよね? 総一お兄ちゃん? あはははっ! きゃははははっ!!」

 

「…………」

 

「し、失礼ですけど……何て言ったらいいのか……」

 

満面の笑みを浮かべて無邪気に言う優希に、総一は言葉を詰まらせる。一方、咲実は微妙に頬を緩ませている。優希としては文香に脅されて散々な目に遭ってただけに、興奮冷めやらぬと言った感じである。

 

「何だよ、御剣の兄ちゃん、少し笑ってたじゃないか。どちらかって言うと、僕は怖かったけど」

 

「あ、あれは、煙くて咽ただけだっ!」

 

「本当かなぁ?」

 

「わ、私もどちらかと言えば……長沢君の感じに近いかなって……」

 

長沢の鋭い突っ込みに総一は狼狽える。事実、一緒になって笑っても不思議ではなかったが、現状を考えるとそんな余裕もなく、曲がりなりにもお世話になっていた人物に対する罪悪感もあった。

 

「それよりも長沢、お前の背中も大分汚れてるぞ。少し叩いておけよ? ほら」

 

総一が話を逸らしながら長沢の身体をバシバシ叩くと、紫色のパーカーとリュックサックから白い粉末が舞い上がる。

 

「い! 痛て!! 痛てぇって!! そんなに強くしなくても大丈夫だって!」

 

長沢の言葉を戒めるかのような光景と微笑ましさに、つい咲実も笑みが零れる。

 

「うふふ。じゃあ、私も……ほら、優希ちゃん、後ろを向いてください?」

 

「うん!」

 

咲実が桃色の髪の汚れを落として優希を撫でていると、その横で長沢は何かを思い出したかのように自らのリュックサックを漁り出した。

 

「あ、そうだ! ……これ、優希のだろ? あの時……拾ったんだ」

 

長沢の手には白い帯状のものが握られていた。優希に助けを求められて駆けつけた場所に落ちていたリボンである。

 

「あっ……わたしのリボンっ!! ありがとう、お兄ちゃん!」

 

「いやあ、やっぱり優希にはこのリボンが似合うんじゃないかなってさ。ずっと取っておいたんだ」

 

「……えへへっ、嬉しいなっ……。じゃあ、あ、あれ……?」

 

受け取るが早いか、優希は下ろした髪にリボンを結ぼうとするものの、鏡もないせいかなかなか上手くいかない。

 

「ふふ、大丈夫ですか、優希ちゃん?」

 

リボンと格闘する優希に咲実がそっと手を添える。日常の光景のようなそれは「ゲーム」と言う非常の空間を僅かながら忘れされてくれる安らぎがあった。

 

「そう言えば……私たち、長沢君とはそこで再会したんですよね? あの時の長沢君には驚いたんですよ? 私……。優希ちゃんのリボンを握りしめて……。うふふ。そうですよね、御剣さん?」

 

優希の髪を結びながら咲実は意味深な笑みを浮かべると、長沢は総一達と出会った時のことを思い出して赤面しつつも弁解した。

 

「いや、だ、だって、あれはさぁ……。あまりにも悔しくてカッコ悪くて……なんて言うか、その……僕、負けてばっかりで……さ」

 

咲実としても最初から長沢と行動できるとは思っていなかった。不敵な笑み、好戦的な発言……。本来ならば、長沢にとっては咲実も総一も恰好のターゲットだった。むしろ彼らに襲い掛からない手はなかっただろう。紆余曲折の果て、今ここでこの面子が集っていること自体が奇跡なのだ。

 

「で、でもさ、あの時の御剣の兄ちゃんだってさ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「姫萩さんを惑わすくらいに真剣だったわよね? 勇治君? ふふふふっ。いつもそうだといいんだけど。ねえ?」

 

「ちょ、ちょっと待て! 優希、別にあの時は……」

 

彼女は長沢の方を向いてにこやかに語り掛けると、桜色の髪を靡かせてこちらに振り返る。

 

「わかってるわよ。アンタの言葉にも行動にも嘘はないわ……あの時はね。でも……いい加減、自分のことばかり考えるのは終わりにしないといけないわね? そろそろ気づいてもいいんじゃない? アンタがズルをし続けていることに……」

 

「なっ!? 俺が……? そんな……」

 

自分が楽な方へと流される度に、彼女はこんな表情を浮かべて総一を戒めていた。そして、うんざりしながら言うとおりにする度、僅かな心地よさと彼女の笑顔、加えて大きな疲れに襲われた。

 

「べ、別に俺は……長沢と優希を見捨てたわけじゃないんだ。どうして首輪が止まったのかもわからないし……結果オーライだなんて言う気もない。それに、文香さんがあんなことするなんて……」

 

思い違いの方向に会話の答えを導き出した総一に、「優希」は呆れるように腕を組んで見せた。

 

「ふう……。世話が焼けるわね? じゃあ、単刀直入に言うわ。総一……アンタはこのゲームで何をしようとしているの?」

 

「何をって……みんなが生きて帰れるように……。な、何だよ!? それじゃ、如何にも俺が悪いことを企んでいるような……」

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだろ!? 御剣の兄ちゃん!!」

 

「んあっ!? ああ……」

 

明後日の方向に意識が飛んでいた総一だが、突然話しかけられると現実に引き戻される。目の前に立っているのは長沢と、再びリボンをつけた優希の楽しそうな表情だった

 

「……わたしも見てみたかったなぁ。根性なしの総一お兄ちゃんのカッコいいお顔」

 

「もう、御剣さんたら。自分で言ってたら世話がありませんよ?」

 

「そ、そうだよ、な……あはははっ」

 

そこにいるはずのない彼女に難解な宿題を出された総一は、会話の長沢たちの言葉に生返事をするのがやっとだった。

 

――俺が、ズルをしている……? このゲームで、何をしようって……。みんなと生きて帰るに決まってるじゃないか。咲実さんだって優希だって長沢だって……助けられるんだったら、誰も見捨てたりなんかしない。そうだ。文香さんだって……みんなが生きて帰るためになら、俺は……!!

 

「変な総一お兄ちゃん」

 

唐突に話しかけられた視線の先には、無邪気に微笑みかける優希の顔があった。そんな少女に総一は必死に苦笑いを浮かべていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迷いと後悔、そして自分たちの想いと引き換えに得た束の間の安らぎも、けたたましい警報音により終わりを告げる。モニターをカジノ船に切り替えると、手負いのテロリストが数名、船内を駆ける姿が映し出される。

 

「……特別攻撃隊を振り切り、敵テロリストが船内に侵入しました!! 警備の者を向かわせていますが、果たしてどこまで持ちこたえられるのか……」

 

「時間の問題だな……。所詮数には勝てんと言う事か……だが、よくもってくれた方だ。客の避難はどうなっている?」

 

オペレーター達が客の誘導に当たっている今、希望の映像をディスプレイに映し出すにも時間がかかる。ディーラーが操作に手間取っていると、今度は非常回線のベルが鳴り響く。

二人は顔を見合わせると、気まずい表情を浮かべる。ゲームの管理、そして現状だけでも悪手に悪手を重ねているのだ。

 

「……私が出よう。引き続き対処を頼むぞ」

 

機器に手を伸ばそうとしたディーラーを制し、金田が受話器を手に取ると、そこから聞こえてきたのは先ほど何度も連絡を試みたはずの相手だった。

 

 

 

 

 

「大変なことをしてくれたようだな。ルールを無視して一プレイヤーに肩入れするなど……ゲームを運営する上であるまじき愚行だ」

 

「……全責任は私が負う。だが、今はそれどころではないのだ! 本船はエース過激派による奇襲を受け……」

 

「そんなことは聞いていない。客の目は誤魔化せているのだろうな? 貴様らの行為が客に知られでもしたら今後のゲームに悪影響が出ることは必至だ。わかっているのか」

 

「…………!! わ、わかっている……」

 

手痛い指摘に金田は背筋が凍る思いをした。あの時、ディーラーはダミー映像を用意できたのだろうか……。たとえ色条良輔がいなくなったとしても組織が存続する限り、ゲームは続くのだ。最高幹部会の人間からして長きに続いてゆくゲームを思えば、この場のみの維持に命を懸けるのは愚かなことなのだろう。

 

「……時と場合によっては貴殿には重大な処罰が下ることを忘れるな。命に代えてもな」

 

「それについては、後で弁明する。……それよりも今述べたように本船はテロリストの奇襲を受けているのだ。防衛任務についた特別攻撃隊も押され気味だ。このままでは客にも害が及んでしまう!! 大至急応援を……!」

 

「生憎だが……今現在、各地でエースの過激派どもが点在する我が組織の拠点を強襲している。そちらに大多数の部隊を派遣していてな」

 

――本来ならばカジノ船に色条良輔が降り立ったところ、エースの部隊が襲撃してくる予定だったのだ。そして、同時に組織の重要拠点をエースの強襲チームが攻撃を仕掛ける……そのはずだった。

 

しかし、色条良輔が行方不明になったことにより襲撃は中止になるはずが、次はエースの内輪揉めが重なりタカ派が一方的に味方の制止を押し切って、命令無視の暴挙に走ったのである。

 

「金田、貴殿とて最高幹部会の端くれだ。貴様の器量で見事そのカジノ船を奴らから守って見せよ」

 

「な……! 待て、応援は……!」

 

漸く連絡のついた幹部会の、突き放すような対応に金田は絶句する。呆気に取られていると相手は何事もなかったかの如く、流暢に語り出す。

 

「そして、貴様らの失態により客の不満も暴発し、山のような苦情が押し寄せて来ることが予測される。そちらも上手く釈明し、やり過ごすことができたなら今回の件は不問にしておいてやろう」

 

「おい、貴様、客の救助はどうなる!? このままでは最悪、船が沈みかねんのだぞ!?」

 

「……チャンスは与えた。後は貴様次第だ。最高幹部会の一員として見事汚名を返上して見せよ」

 

「待て……! まだ話は……。おい!!」

 

金田が大声を上げるも、受話器の向こう側に届くことはなかった。

 

「……こちらの連絡を無視しておきながら、今度は一方的な要求、というわけですか……」

 

怒りのあまり握りしめた受話器にヒビでも入りそうな力が加わる。深い落胆を示すディーラーとは対照的だ。

 

「金田様、もはやこれまでです……。幹部会の皆様は我々を見放したと……。あの時、ダミー映像は間に合いませんでした……。申し訳ありません……」

 

――我々は用済み、というわけか。いや……むしろ詰め腹を切らされると言ったところか……。困ったものだな、色条……。お前のような坊やに付いたのが運の尽きだった。

 

いよいよ私も年貢の納め時、か……。

 

 

「悪足掻きですが……一旦、警備兵をカジノ会場付近へ集めて、直ちにテロリストの迎撃に向かわせます。その隙に客に事情を説明し、今回のゲームは……」

 

――だが、姫様だけは何としてでも守って見せよう。お前が望んだように、な……。

 

金田は目を閉じて思いを馳せる。だが、覚悟を決めようとしたその時、ディスプレイの映像を切り替えたディーラーが血相を変えて振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よろしいのですか……万に一つという事があっては……」

 

「客については既に手を打ってある。……奴はもともと色条の派閥、言わば穏健派だ。頭の固い老人を始末するには絶好の機会だろう。ここからは我々が組織を導き、ゲーム運営の礎を作っていかねばならんのだからな。クックック……」

 

黒いスーツに身を包んだ男は邪悪な笑みを浮かべて答える。21:38――ふと時計に目をやると、本来のエースによる襲撃時刻を回っていた。事と次第によっては、現在飛ばしているヘリコプターは既にカジノ船入りして、組織のボス諸共身柄を押さえられているのかもしれなかった。

 

「今頃、奴らは我々の拠点を襲撃しているんですかね」

 

「おそらくな。それでなければ、カジノ船が襲撃されたりはしないだろう。連中のタカ派における狂気と実行力は凄まじいとも聞く。本来ならば、色条が捕まり、組織の拠点も潰されていた……あとはわかるな?」

 

「…………」

 

そのまま組織は壊滅へと向かい、ゲームは終わる……。エースの勝利。

 

そしてゲームはこの世から消滅する。

 

そんな展開もあったのかもしれない――

 

 

だが、彼らの暗躍により、組織のボスが引き返したとの情報を手にしたエースは、作戦の中止を余儀なくされることになった。しかし、タカ派の士気、そして積年の大怨は頂点に達し、もはや止めようがなかった。そして感情赴くままハト派が止めるのも聞かず、攻撃に移ったのである。

 

「おかげで我らは安泰、さらに邪魔者が一人、始末できた。全く素晴らしいテロリストどもだよ。フッフッフ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何よ……この顔……」

 

激しく水を吹き出す蛇口の前で彼女は呼吸を整えると、仇敵を目の前にしたかのような勢いで自らの顔に水を叩きつけて、ゆっくりと正面を見つめる。

 

――はぁ、はぁ、はぁ……。

 

「何なのよ、あの罠は……!! この顔も……コントやってるんじゃないわよ!!」

 

少し痛む頭をさすりながら声を荒げると、呼吸を整える。急に粉状の気体を吹きかけられた挙句、相反しながらも信頼を築きつつ行動を共にした仲間に逃げられ、笑い慄いた少年たちを追おうとした瞬間に発動した罠……。

 

 

――たらい地獄。重量のある銀色の桶が天から降り注いでくる。上手く身をかわせばどうということはないかも!?

 

 

何度となく使ってきた常套手段――スモークグレネードやスタングレネード、ガス缶による敵部隊のかく乱。テロ活動中には勿論、今現在のゲームでも多くのプレイヤーをこれで混乱に陥れ、翻弄してきた。その報いが今、思いも寄らぬ形で我が身に跳ね返ってきたのだ。

 

あり得ない事態に動揺したのも事実だが、優希にガス缶を渡したままにしておいたことに腹立たしさを覚える。子供だと思って少し甘く見ていたところもあった。だが、それを抜きにしても、まさあのタイミングでガス缶を噴射してくるとは……。咄嗟のことでゴーグルを下ろすこともできなかった。何より、そのガス缶が消火器だったとは予想だにしておらず、自身の詰めの甘さを呪う他なかった。

 

鏡に映るは、白い粉と共にファンデーションが剥げ落ちた年相応の素顔。気を抜くと再び咽かえってくる。小型とは言え消火器の直撃を受ければ、顔はもちろん、髪も洗い流さなければならない。一方で、埃を被ったかのようなブルーのスーツやスカートもこのままにしておけない。

 

呆然と鏡を眺めると、眠たそうな、諦観しているようなクールな女性が死んだ魚のような目をしてこちらを見つめてくる。

 

あの悲劇からどれくらいの時間が過ぎたのだろう。

 

理不尽なゲームに組織に抗った末生き残り、仲間たちと強く誓った組織との戦い。そしてゲームの終焉――生死の境を共にし、同じ目標を掲げて今日まで生きてきた。友情を超える固い絆で結ばれていると強く信じて。

 

 

――一緒に生き残りましょう? 

 

――こんなふざけたゲームは終わらせて……。

 

――皆で……生きて、帰るの。

 

 

そう、胸のペンダントに誓った言葉も今は……。

 

「ふふ、ふふふふ……こんな顔じゃ、総一君の前には出られないわね……。あははは……。みんなに捨てられるなんて、あたし一人で踊ってるみたい……うふふふ……ふふふ」

 

心中の絶望感とは裏腹に笑いがこみ上げてくる。ゲームに生き残ることよりも、そして任務を遂行することよりも、自身の見栄えを気にしている自分に。尤も今が平和な日常ならそれが正解なのかもしれないが……。

 

一瞬シャワーでも浴びようかと考えたものの、ここは6階の戦闘禁止エリアである。その危険性は自身が一番理解している。無防備なところへ敵討ちだと言わんばかりに少年が乗り込んできたり、不安の芽を摘もうとチンピラが罠を仕掛けてくることもあり得るのだから。

 

洗い流した髪をバスタオルで拭い、まだ水気の残る濡れた髪をドライヤーで乾かして櫛を通す。すると、先ほど鏡に映った自分ではないような白い顔の女性はどこかへと消えていた。だが、まだ何かが足りない。

 

「ふふふ。こんな状況なのに。女性プレイヤーへの配慮って奴かしら? それとも、戦闘禁止エリアはラブホテル代わりってわけ? 笑わせてくれるわね」

 

何気なく開けた引き出しには、ブランド物のコスメやコロン、果ては避妊具まであった。本来ならば、それほど化粧にこだわらない文香も、ゲーム終了が近いことも相まって化粧品に手を伸ばす。

 

 

化粧下地を引き、ファンデーションを塗ると先ほどまでの自分が消えて元の陸島文香に戻っていくような気がした。軽くアイラインを整えて、目立たない程度にチークを施すと不思議と自信が蘇ってくる。

 

「あたしと郷田さんを並べても、ボウヤはあんなこと、あたしに言えるのかしらねえ……」

 

最後に薄く口紅を引くと、キュッと唇を結んで鏡に向かって微笑んでみる。

 

 

――うーん。

 

 

この方があたしらしいけど……。もう最後かもしれないし……うふふふ。新境地に挑戦してみようかしら……。

 

文香は鏡に向かってひとり呟くと、ローズピンクに染まった唇を拭き取って赤系のリップを手に取った。不思議と緊張して震える指先と鏡の自分を交互に見つめる。やがて意を決して唇にそっと紅を施すと、何故か涙が溢れてくる……。

 

 

――あははは。何やってるのかしら……あたし。バカみたい……。

 

 

零れ落ちた涙が化粧を落とさないように、自身の感情と格闘しながら口紅を引くと、生まれ変わった自分を鏡の中に見つけて、すぐに微笑んで見せる。だが、ニコッと歯を見せて得意の笑顔を浮かべると、唇の赤が健康的なそれとは逆効果に映る。

 

「違うわね……こう、かしら?」

 

それならば――大人っぽさを意識して、唇を閉じたままおしとやかに微笑んでみると、妖艶さを増した自分が鏡の中にいた。両耳のイヤリングが自身を祝福するかの如く静かに揺れ始める。

 

――よし。

 

「赤よりの口紅……。少しは映えるのかしら。化粧なんてどうでもいいと思ってたけど……最後くらいは綺麗でいたいものね。ま、連中の用意した高級コスメだと思うと癪だけど。うふふ」

 

気取った表情で鏡に艶やかな笑みを向けると、いつか聴いたような懐かしい曲が頭に浮かんでくる。

 

「でも、今は女から仕掛ける時代なのよねえ……」

 

赤いリップをつけた唇を遊ばせながら口紅を引き出しに放り込み、文香はゆっくりとPDAを取り出した。デフォルト画面に映るは9つ並んだスペード――ある一人を除いて誰にも見せることの無かった悪夢のナンバー、皆殺しの9。それを片手に妖しく微笑む仕草は正に邪悪な魔性の美貌。美しく見せるべき赤い唇がより恐ろしさを引き立てる。

 

「はぁ……本来なら今頃、ゲームのボスが現地入りして、あたしの仲間がカジノ船を強襲

しているのかしらね。まあ、いいわ……。最後くらい、あたしが素敵なエンディングを用意してあげる。うふふふ……」

 

 

――でも、ま……あんなことしたら……。うふふふふふ。バカな客たちでも気づくでしょうね。優希ちゃんを依怙贔屓した代償は破滅で払うことになるなんて知らずに……本当、バカな奴らね。うふふふ。あっははははは!! 

 

まだ負けたわけではない。最後まで抗ってやる……そんな文香のプライドとエースの信念が、折れかけた心を支え直し、良くも悪くも力を与えていく。

 

「あたしは終わりだけど……このゲームはあたし達の勝ちよ? 自分で首を絞めて……バカな連中ねぇ? せいぜい泥沼の中で悶え苦しむがいいわ……。でもね……まだ終わらせないわ。もう一仕事させてもらうとしましょうか……」

 

 

 

……待っててね。真島君。もうすぐそっちへ行くから。彼と一緒に、ね……。あの子もきっとあなたとは仲良くなれると思うわ……。うふふふ。あっははははっ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修羅場を乗り越えて得た安らぎの時間――この時が永遠に続けばいい。誰もがそう思っていた。だが、ゲーム終了までの時間が刻一刻と迫ってきていることを忘れられるはずもない。このまま4人で逃げ回っていても何の解決にもならないのだ。

 

 

――僕も最初は驚いたんだ。でもさぁ、このPDAの話が本当ならやっぱり優希の首輪が止まったのは……。

 

――声が大きいぞ、長沢。優希には秘密にしてあるんだ。あまり組織のボスの話題を出すな。

 

率直な疑問を投げかけた長沢だが、すぐに総一に阻まれた。しかし、長沢の考えはあながち間違ってはおらず、文香の話を聞いていた総一と咲実もほぼ同じ考えでいた。

 

発動した優希の首輪が急停止した原因――

 

「それよりも……まずは優希ちゃんのPDAを探さないと首輪を外せませんよね? 首輪だって3つ集めないと……」

 

無邪気に咲実に話しかけている優希とは対照的に、僅かに耳に入ってきた総一達の話題を変えようと咲実が口を開く。

 

「そうだな……後はJOKERがどうしても必要になる。でも、文香さんが持っているとなると……どうしたものか……」

 

「何だよ、御剣の兄ちゃん。僕はどうでもいいってのか!?」

 

振り返ると長沢が困ったような表情で総一を見上げている。

 

「そんなわけないだろ。いざと言う時の為の手段を、お前には考えてあるんだから」

 

「へえ。でもさ、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない? 僕があの女をぶっ倒してJOKERを奪い取れば、全部解決すると思うけどなあ?」

 

確かに長沢の案は理想的で容易く、一番手っ取り早いのかもしれない。だが、今までの経過を思えば正に言うは易く行うは難し、である。当然、それは長沢自身もわかってはいたのだが、総一も咲実も疲れたような視線をこちらに移すだけだった。

 

「い、いや、だからさぁ……その、み、みんなで力を合わせれば、さ……! だから、あの機関砲をここまで持ってくればよかったよな……。もっと強力な武器を探そうぜ」

 

一人でなんだってできる。そう思っていた自分が協力を説くとは……そう驚いていたところに返ってきたのは咲実の生返事だった。

 

「やっぱり、あそこで逃げたのはよくなかったのかもしれません……。文香さん、相当傷ついたんじゃないかって……」

 

文香がJOKERを持っている、と心の準備も何もないところで突然暴かれた挙句、嵐の如く勢いで吹き荒れた災難――

 

 

――いいわ。いつかは言わなきゃいけないって思ってたし。

 

 

彼女の言葉を思い出すとやはり、文香への期待と希望が頭をもたげてくる。本当は……文香は自分たちに危害を加える気はなかったのでは……?

 

 

「咲実の姉ちゃん、またそれかよ!? あいつは間違いなく、僕と優希のことは殺すつもりでいたんだぞ!?」

 

未だに文香の顔色を窺っているような咲実の言動に、長沢も嫌気が刺してくる。幾度となく繰り返してきた文香についての議論も行動も平行線を辿るだけで何の進歩もない。本来ならば、長沢も優希もここにはいなかったかもしれないというのに。

 

「でも……やっぱり、もう一度会いに行かないといけないのかもな……」

 

「嫌だよ……。わたし、文香さんと会うの、怖いよ……!! せっかく逃げてこられたのに……!」

 

咲実のつぶやきに賛同しかかった総一を優希が遮る。目には涙を浮かべ、小さな身体を震わせており、本気で怖がっているのは明らかである。何より、あの場面で敵対心を隠さなかった長沢と、自身の姿を笑った優希を文香が受け入れるとは思えないのだ。もはや子供の悪態と笑い飛ばせる余裕はないのだろう。

 

優希の悲鳴を皮切りにその場は静まり返る。全員ゲームから脱出しようと思えば思うほど、八方塞がりとなる。憔悴と疲れの表情が浮かぶ中、長沢は疑問を整理する。

 

 

 

そもそもあの女は間違いなく優希の首輪を発動させたんだよな。それを止める方法はないってルールに書いてあったし……。それが止まるとなると……。

 

やはり考えられるのは一つしかない。

 

でも、御剣の兄ちゃんの話によると……あの女は優希を守らなくちゃいけなかったんだよな……? それなのに平然と殺そうとしたってことは……? 僕への見せしめか? それほど僕が憎らしかったのか!? うーん……。

 

「なあ、御剣の兄ちゃん、今は優希のPDAを探した方が良さそうだぜ。さっき映ってたPDAをいっぱい持ってる奴のところへ急がないとさ」

 

複雑な大人の事情を解き明かすにしても長沢には早すぎたのか、答えが出ることはなかった。ここで時間を浪費しているわけにもいかない。いまだに優希を説得している総一達に長沢は声をかける。

 

 

「そうですね……。文香さんにはもう一度、ですけど……先に優希ちゃんを何とかしてあげた方が……御剣さん」

 

「やっぱり、優希が先だよな。優希のPDAは北条さんから誰の手に渡――」

 

 

 

「その必要はない」

 

 

 

納得した総一が聞いた話をもとに推測を始めたその時、突然落ち着いた声が空間を切り裂く。

 

颯爽と現れた影。もう二度と会えないかと思っていた、あの背中――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これが……奇跡なのね……。私達の願いが天に通じたのね、あなた……」

 

「あ、ああ……。しかし、これは……一体……」

 

投げ出されたかのように散らかったテーブルと肘掛け椅子、割れたボトルとワイングラス、そして絨毯を染める数々の名酒。先ほどの激しい揺れが嘘であるかのように会場は落ち着いていた。船外で激しい銃撃戦が行われていることに気づきもせず、ドレスに身を包んだ貴婦人は涙を流しながら、隣の紳士に身を委ねる。

 

「きっと、あの子の勇気が女の子の悪夢を晴らしたのですわ……。そうに違いありませんわ」

 

本来ならば間髪入れずに異を唱える声が沸きあがり、疑問の声を呼び寄せて我に返る客が多かったのかもしれない。だが、その主となる観客は既にこの場から姿を消している。今やカジノの会場にプレイヤーの姿を嘲笑う者はなく、その行く末を案じて見守る者が多数を占めていた。

 

「これって……喜んで、いいの、か……? お前……」

 

「……どうだかな。少なくとも俺は大喜びだけどな」

 

脱落すべくして脱落するはずの存在が、理解できない現象によってそれを免れている。その理不尽さがここにいる人間の財産や享楽、果ては運命まで左右してしまっては怒りの声が上がらないはずはない。しかし、耳を澄ませどそのような怒号が聞こえてくることはなく、会場は静かな空気を湛えていた。

 

「まあ、これが勝ったのかと言えると微妙なんだが……。それよりもあの女の顔……傑作だったな。やっぱ度が過ぎた行動は我が身に跳ね返ってくるもんだぜ」

 

「……嫌味かよ? まあ、本当なら僕も大笑いするところだけどな、なんか、そんな気分じゃない」

 

感情にまかせて擲った全財産が失われると覚悟した矢先、あり得ない奇跡によりとんでもない額となり、我が手に戻ってくるのかもしれない――それならば更なる期待や興奮にかられて狂喜し、取り乱すかと思えば自身は不思議と落ち着いている。何故なのか自分でも理解できないまま、若者はオッズが書かれた電光掲示板を見上げると、別の集団に目をやる。

 

 

「間違いなく、死ぬはずだ……。何故、生きている? 何故、何も起きない!? 首輪が発動したら、ショータイム……ではなかったのか?」

 

「だが、これは……今までのゲームを思えば……」

 

「そうですわ……。わたくしも不思議に思っていたのです。このゲームは、あまりにも都合が良すぎました。今日までわたくし達が望んだ通りに事故が起きたり、プレイヤーが傷ついたり、戦いが起きたり、剰え脱落したり……」

 

周囲の空気に呑まれ戸惑いつつも疑問の声を上げる観客に、いつかの淑女が答える。彼らも思い当たる節があるのか、言葉を詰まらせていた。

 

「皆様の願いが強ければ強いほど、大きければ大きいほど、それはゲームに反映されて……

いつか主人が言っておりました。我々が声を上げて盛り上げればゲームはもっと我々の為に楽しく恐ろしく答えてくれる、と……」

 

「バカな……。では……これは……。私たちが望んだことだというの、か……? 」

 

「その時はわたくし達もお酒の勢いがありましたし、思い通りに事が運ぶことに酔いしれて適当なことをいったのかもしれませんわ。でも、今は……あの子たちを見てると、そんな気がしてならないのですわ……」

 

「我々が……望んでいる、だと……? ゲームの盛り上がりや楽しみ、賭け金の行く末よりも……彼らの無事を……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

準備などしていなかった。辻褄合わせの演出はおろか、ダミー映像すら用意できなかった。ただ色条の娘を助けたい一心で、感情赴くままゲームに介入してしまった。

 

観客が大喜びするように、ゲームが盛り上がるようにゲームマスターと連携し、客の望む展開を予想、先読みしながらプレイヤー達を駆り立てる。それが運営の役割である以上、自身の私情を優先させた今回の行動は完全に悪手である。

 

当然、ルール通りに事が運ばないことに対する疑念が生まれ、会場は大荒れとなる。そして批判の嵐が飛び交い、説明や返金を求められるものだと。最悪、裏で手を引いていると噂が広まり、ゲーム存続そのものが危ぶまれる。

 

「き、聞きましたか……金田様、客たちの声を……」

 

驚きの表情で振り向いたディーラーに促されるまま、会場の様子を把握した金田は固まった表情を保ったまま、やっとの思いで言葉を発する。

 

「納得しているというのか……客たちが……?」

 

「え、ええ……」

 

……予想外と言う他はない。観客は一プレイヤーに起きた不可思議な現象に対して、運営による不正行為を疑うどころか、天から降り注いだ奇跡だと捉えているのだ。

 

「……テロリストどもはどうなっている?」

 

沈黙も束の間、我に返った金田が尋ねるとディーラーはすぐさまディスプレイに振り向き、機器の操作を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「葉月のおっさん……! それに……」

 

「高山のおじちゃん!!」

 

二人の姿を認めるが早いか、長沢と優希は彼らに駆け寄っていった。この状況でこれほど心強い存在に会えたことは幸運以外の何物でもなかった。やがて総一達も振り返ると、彼らの姿に驚かされる。重傷を負っていた葉月が何故、ここまで来れたのだろうか。

 

 

「すげえな、葉月のおっさん……不死身じゃないか!」

 

「ははは。本当にそうなら、もう君たち全員を助けているよ」

 

腹部に巻かれた包帯は微かに赤く滲んでいる。見ただけで痛々しく思えるものだが、当の本人は我関せずと言わんばかりに何の懸念もないような余裕を醸し出していた。

 

「あの、本当に大丈夫なんですか? どこかおかしいところとか、その、頭痛だったり、吐き気だったり……」

 

「ありがとう。今のところは問題ないよ。それよりもこうしてまた会えたんだし、みんなの首輪を外す手助けができればと思ってね」

 

驚き、心配する咲実や長沢を他所に葉月の様子は頗る順調だった。むしろ、戦闘禁止エリアで出会った時よりも元気を取り戻しているように見える。

 

 

そして、総一と咲実にとっては、3日目にして漸く出会う機会が訪れた高山。話は長沢や優希から聞いていたものの、彼には見覚えがあった。あの時は声をかけるのも躊躇っていたが……。

 

「あなたが……高山さん、ですか?」

 

「ああ。随分と遅い自己紹介になってしまったがな」

 

「あ、あの……私……」

 

「手塚から聞いている。学生の二人組……御剣と姫萩、だったな」

 

総一達が会話している間にも、優希は高山の衣服をつかむようにして安堵の表情で身を委ねている。そんな二人を見ていると、状況によってこうも見た目が変わるのかと驚く。1階で高山を遠目に見た時は、獲物を探しているかのような表情で自分たちの前の通路を横切っていったのだ。しかし、今はその獣のようなオーラは感じられなかった。何より、迷子になった幼子が親を見つけたかのような優希の安心しきった表情がそれを証明している。

 

「無事、陸島から逃れられたようだな、色条。それに、少年……申し訳ないが、

まだ生きているとは思っていなかったぞ」

 

「そ、そりゃないぜ、おっさん。僕だって本気出せばこれくらいはさぁ」

 

「そうだよ! お兄ちゃんがいなかったら、わたし……」

 

二人の少年少女に怒られた傭兵は笑みを浮かべながら受け流すと、総一達へ視線を向ける。

 

「これもお前たちのおかげか……?」

 

高山は優希に手を添えると、総一の方へ向き直る。だが、順序立てて説明しようとしながらも、何をどう組み立てて話せばいいものか……二人が迷っていると先に優希がまくし立てた。

 

「あのね、あの後、総一お兄ちゃんと咲実お姉ちゃんが来てね、文香さんと難しいお話をしてたの。それは……よくわからなかったんだけど、文香さんがわたしのことを9時半になるまで、とか言ってて、それで、怖くなってわたし、一生懸命逃げて……そうしたらお兄ちゃんがいて、それで……」

 

「お、おい、優希……落ち着け。すみません、高山さん……。ちょっと、もうゲームだけの問題じゃなくなっていて、複雑な事情が色々と込み合ってて……」

 

ゲームが行われる理由、組織とエースの戦い、生き延びるための行動……。すべてを理解してもらったうえで、文香や優希、長沢の行動を解説していたら時間がいくらあっても足りない気がした。とりあえず一呼吸置こうと総一が頭を回転させている傍ら、咲実は9時半と聞いた時、高山の表情が変わるのを見逃さなかった。

 

「待ってください、御剣さん……。あの、高山さん……。もしかして、このゲームの秘密とか知っているんじゃないですか……?」

 

「…………」

 

「陸島さんって……文香さん、ですよね? あの人から無事に逃げる、って……。何か、優希ちゃんにあったんですか……?」

 

「……お前たちはどこまで知っている」

 

高山について、咲実自身が思った通りだった。しかし、まだお互いの事情や素性すらわからない状態で素直に今までの情報を話してもいいのだろうか? 咲実が迷っていると、横から顔を出した長沢が得意げに語り出した。

 

「高山のおっさんさぁ、このゲームってショーなんだぜ? 僕たちに金をかけてる奴らが大勢いてさ……」

 

既に周知の事実と化した内容に驚く者は誰もいなかった。眉一つ動かさない高山に肩透かしを受けたような気分になっていると、突然誰かのPDAが鳴った。

 

「ん!? 誰だよ?」

 

知識の披露を遮られた長沢が言うより早く、その場にいる参加者が一斉に自分の懐からPDAを探り出す。

 

「高山さん、もしや……この子のPDAをお持ちでは……?」

 

「えっ……わたしの……? おじちゃんが持ってるの?」

 

手持無沙汰になっていた葉月は自分と同じ状況の優希に気づくとすぐに声をかける。一方、高山も音声の正体が自分のPDAからではないとわかると、思い出したかのように手持ちの中から一枚を優希に差し出した。

 

「これか」

 

「わあっ! クラブの4……わたしのっ! ありがとう、おじちゃん!!」

 

「初日に見せてもらっていたのでな」

 

PDAを明かすという序盤では自殺行為な行動がこうして役に立つこともあるのかと、高山は思いを巡らせる。優希のものだと知らなければ、手塚に渡したままにしていたかもしれないのだ。

 

「優希ちゃん……! よかった……本当に」

 

「へえ……PDAを沢山持っているのが高山のおっさんだったのか。僕の予想通りだぜ。……あれ!? それより、なんでおっさんが優希のPDAを持ってるんだ!?」

 

「ああ……それらも含めて、お前たちに話しておかねばならないことがあってな」

 

急に語彙が強くなった高山に、咲実は僅かに身を震わせる。

 

「話しておかなければならないこと……? 何でしょうか?」

 

「このゲームについて、だ。各自その上で今後の身の振り方を検討してもらいたい。時間も時間なのでな」

 

各々が顔を見合わせていると、総一だけが少し離れたところでPDAを耳に当てて、誰かと会話しているのがわかった。先ほどの効果音は総一のPDAだったのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

――よかった。出てくれないのかと思ってたわ、総一君。

 

――ふ、文香さん? その、すみません。俺も色々なことがいっぺんに起こり過ぎて、咄嗟に逃げ出してしまって。

 

――いいのよ。あたしも大人げなかったわ。年甲斐もなく頭に血が上っちゃったわね。あんなに恐ろしいこと……。優希ちゃん、あたしの事を恨んでるでしょうね……。

 

――いえ……文香さんに引けない事情があることは理解しているつもりです。それに……長沢の言葉は事の善悪と関係なく言ってはいけない言葉ですよ。俺から厳しく言っておきましたので。

 

PDAの向こう側から聞こえる声はいつになく落ち着いていた。皆と離れて少し頭が冷えたのだろうか、心なし悲しそうにも聞こえる。

 

――ありがと、総一君。でも……君も今一瞬、長沢君と同じようにあたしの事を思ったんじゃないかしら? 許さないわよ?

 

――ははは、まさか。勘弁してくださいよ。そんな事あるわけないじゃないですか。

 

――本当かしら。うふふ。それで。ねえ……総一君? 一つだけお願いがあるの……。

 

 

「けっ、調子がいいぜ、御剣の兄ちゃん」

 

冗談が言えるくらいには元気になったのかと、総一が胸をなでおろしていると、その様子を見ていた長沢が口を尖らせる。嫌な相手と話してるとわかると忽ち会話の内容に興味を失い、事の終わりを待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「総一お兄ちゃん、おじちゃんが大事な話があるって。早く来て」

 

やがて優希の声がかかると共に、総一がPDAをしまいながらゆっくりと長沢たちの方へ歩み寄る。その足取りからは何か決意めいたものを感じさせる。

 

「あの……どうかしたんですか? 御剣さん?」

 

明らかに雰囲気が変わった総一に、咲実は不安げに声をかける。

 

「みんな……。俺……」

 

他の面々も総一の変化に気づくと声を失い、視線を集中させる。さながら重大発表でもあるのかと言わんばかりの緊張感と沈黙に包まれた。

 

「何だよ? 御剣の兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと、文香さんのところへ行ってくる。一人で」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――優しいのね、総一君。うふふふふ……。

 

 

 

 

 

 

一通り会話を終えた彼女はPDAを口元から離すと、ゆっくりと頬を緩ませる。それは思惑取りに事が運んだからか、本当に嬉しかったからなのか……。

 

 

紅いリップを施した唇が微かに釣り上がった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。