シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

57 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  Close     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  Close   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  Close  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  9  Close  自分以外の全参加者の死亡
郷田真弓  Q  Death   71時間の経過
御剣総一  2  Close  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  Close  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  Close    全員との遭遇
綺堂渚   J  Death  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10 Close   首輪が5つ作動


第54話 消えゆくゲームの舞台裏

「ふーっ、いいタイミングで飛び込んできてくれたぜ、おっさんよぉ。おかげさんで手間が省けたってもんだ」

 

中央制御室の真ん中に陣取る青年は、椅子に深く寄りかかりながら大きく息をつくと、機器に手を乗せて鋭い視線でモニターを刺していた。口元は緩みつつもその目は真剣である。

 

「全く、あまり無理すると寿命が縮まるぜ。……まあ、そいつは俺も同じか」

 

呆れと共に吐き出した言葉には半ば驚愕も紛れていた。青年にとっては、ここに至るまで自身の価値観ではどうにも理解できない現象の連続だった。それだけならば珍しいことではない。事実、過去には自分以外の人間の知能の低さを疑問に思う事も多かった。

 

――性に合わねえ仕事ってのは長続きしねえもんだ。少なくとも、俺はオペレーター業務には向いてねえ……。

 

だが、今回は違う。何故このゲームで出会う人間は、ここまで自身の利益を無視した行動ばかりとるのだろうか……。

 

疑問を浮かべながらも次の展開に備えて状況を眺めていると、傍らの通信機がけたたましく鳴り響く。

 

――うるせぇっつーの。

 

悪態をつきながら、器用に腕だけを伸ばして機器をつかみ取った。

 

「何だっつんだよ? 今ちょうど盛り上がるところじゃねえのか?」

 

この状況を眺める限り、観客にとって目が離せない展開であることは明らかである。そのタイミングで連絡を試みるという事、それは悪い知らせであることは容易に想像がついた。……案の定、通信機から飛び出す慌てふためいた声が制御室に広がる。自分以外に誰もいないせいか相手の捲し立てた言葉が冷たい壁に反射して、二重に喧しく思えた。

 

「……おお。そうか、そうか。そいつはお笑いだな? 人の事なんざ言えた義理じゃねえのは百も承知だが……悪いことはできねえもんだぜ? なぁ?」

 

身勝手な連中の注文を受けるよりも、奴らの行く末を眺める方が面白い――さっさとあしらってディスプレイに集中しようとしたが、よほど慌てているのか、行動を遮るかのように激しく言葉が飛んでくる。

 

「ああ? そいつはてめえらの都合って奴だろうが。ここまで誰もくたばらねえように演出してやったんだ。それじゃ、そっちもせいぜい頑張れよ、じゃあな」

 

これだけやっておいて、今さら知ったことではない。青年はおどけた口調で会話を打ち切ろうとした。

 

しかし……。

 

次の言葉のやり取りであからさまに顔色を変えることとなる。

 

「…………はぁ!? おい、ちょっと待て! それじゃ、俺たち全員助からねえってことじゃねえか!? 何考えてやがる!」 

 

 

 

――ゲームだったらちゃんとルールを守ってやらせろっての。あいつらと心中なんざ、冗談じゃねえ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最悪の、或いは最高のタイミングで飛び込んできた男の表情は苦悶に満ちていた。肩で呼吸をしながら、身体に巻かれている包帯に滲み出る赤色が凄惨さを物語る。

 

しかし、その目には力強い決意の色が浮かんでいた。

 

「おじ……様……。どうして……?」

 

最も驚いたのは狂気を発していた文香だった。自身の行いを考えれば、この男がこの場に立っていられるはずがないのだ。幼子を射殺しようとした手の動きが止まり、双眸から溢れ出る涙が床を濡らす。

 

「もう、いい……。もういいんだ……文香さん。自分で自分の心を壊すようなことは、しなくていい……」

 

男の言葉に敵意はなかった。それこそ先ほどまでに飛び交っていた怒号や挑発的言動が嘘であるかのように、荒んだ空気が落ち着きを取り戻す。そして、この場にいるほとんどの人間に不信感を持たれていた文香は、急に訪れた安らぎに全身の力が抜けていくのを感じた。

 

「葉月さん!」

 

「葉月のおっさん!」

 

一方、優希に向けて駆け出そうとしていた長沢たちは、そのまま男に向かって走り出した。いつの間にか葉月の背に隠れるようにしていた優希も相まって、一家の大黒柱を出迎える家族のような光景だった。

 

「みんな、待たせたね……。……ふう……」

 

 

 

「おじ様……。あたし、あたしは……」

 

茫然自失とその場に立ち尽くしていた文香は、半ば放心状態で長沢たちを眺めていた。今まさに血と硝煙の殺戮を自らの手で行おうとした瞬間に現れた、害意のない存在。

 

「間に合ってよかった。よく生きていてくれたね、総一君。そして文香さんも……」

 

「あ、あははは……はは……。は、はい」

 

この場で起きたことを知ってか知らずか、安堵を交えて語る葉月に文香は気まずさと息苦しさを覚える。一方、次から次へと起こる予想だにしない出来事に、混乱を極めた総一は笑うしかなく、乾いた笑い声が空しく響く。

 

 

 

「文香さん、君はJOKERを持っていると聞いたが……」

 

「…………」

 

「不躾ですまないね。けれど、僕たちには時間がない。もし、それが本当ならば、総一君と咲実さんの首輪を外すことができるんだ。それで、優希ちゃんも助かる」

 

「…………」

 

淡い期待と強大な不安。各々が固唾を飲んで言葉の行く先を伺っていた。

 

流れるは沈黙――

 

 

――あたしがどんな思いをしてきたのか何も知らないくせに、いきなりJOKERの話?

 

 

全員が敵……。負の感情に支配された文香にとっては火に油を注ぐ結果となっても不思議ではなかった。だが……。葉月の包み込むかの如く静かに語り掛ける声色には、誰が何と言おうと耳を貸さなかった文香も、動揺を覚える。

 

 

 

「ゲーム終了まで、あと8時間あるかないかだ。それに、危険な奴らがここへ向かっているとも聞いた。みんなでこのゲームから抜ける為にも、君の力が必要だ……そこはわかってくれるかな?」

 

「…………」

 

この場にいたのは敵ばかりだった。そして、自身の生き甲斐でもあった「エース」でも居場所が残っているのかわからない。反対派の妨害工作、重ねて生まれたイレギュラー……。エース30年の悲願が達成される日が来る。そう信じて必死に感情を抑えつつ行動したところ、飛び込んできた情報――組織内の反乱。

 

 

そして作戦は失敗――

 

 

上官からは切り捨てられ、タカ派を潰すための生贄に……。

 

 

――冗談じゃないわ。

 

 

真実を確かめる為、生き延びようとエースの信念を封じ込め、PDAに相応しい選択をしてみれば、悪戯に恨みを買い敵のみを増やす結果となった。

 

 

「ふふ……うふふふふ……」

 

「……文香さん?」

 

「ふふふふふ……。何も知らないのね……おじ様……。うふふふ……。それ、何だかわかるかしら……? 咲実ちゃんのPDAよ。バカな子よね。自分で壊しちゃったのよ? おじ様……笑えるわよねぇ……。ねえ?」

 

文香が顎を向けた方向の床には、何かが壊れたような金属片が散らばっている。この場にいる面々を見れば、わざわざ取り上げて壊すような人間は見当たらない。驚きながらも咲実の方へ視線を落とすが、彼女の様子に変化は見られず、むしろ平然としていた。

 

「だから、あたしがJOKERを持っていたところでどうすることもできないわ。咲実ちゃんは間違いなく助からないわよ? 残念ね」

 

「……そんな事か。ははは。びっくりさせないでくれ」

 

明らかに困るであろうと予測し、悪態をついた文香の期待は簡単に裏切られ、返ってきたのは普段と変わらない余裕を持った声だった。

 

「それなら、咲実さんだけじゃない、長沢君だって同じだ。そうだろう? 総一君」

 

「え……? な、長沢、が……?」

 

しばし放心状態でいたせいか、総一は間の抜けた声を放った。PDAが破壊された咲実はともかく、長沢はまだ3人の殺害を遂行していないだけである。

 

「彼には人殺しをさせないと約束させたんだろう? それに……今の長沢君にこれ以上人を殺めることができるとは、僕には思えなくてね」

 

長沢に視線を向けると、咲実からもらったと思えるハンカチで頬の傷を押さえていた。言葉はないものの、嬉しかったのか微かに表情が緩んでいる。

 

「……僕もこの身だからね。そして……文香さん。僕は、君にもあきらめないで首輪を外す方法を探して欲しいと思ってる。もちろん、誰も殺めたりすることなく、だ」

 

「葉月さん……」

 

咲実の瞳には涙が溢れていた。それは先ほどとは違う、怒りや悲しみではなく感激を受けたことによるものだった。

 

理性的に見れば、この状況からして誰も争う必要はない――

 

「…………」

 

「少なくとも、ここにいるみんなと争うよりは容易いと思うのだが……どうだろう、文香さん?」

 

俯いている文香の目には髪がかかり、その表情を伺うことは誰にもできない。一つだけ言えることは、彼女の反応がここにいる参加者の命運を決めかねないという事である。

 

「うふふふ……ふふふ。ねえ、おじ様」

 

「……どうしたんだ、文香さん?」

 

表情を見せずに薄ら笑いを響かせる文香に各々が不安の色を浮かべる。言いたいことは山ほどあった。もはや文香に何を言っても無駄かもしれないこと、総一と心中しようとしていたこと。その総一でさえ、文香の毒気に晒され腑抜けになりかけていること。

 

だが、誰も言葉を発することはできなかった。緊張と不安に凍り付いた空気が音を出すことさえ憚られていたのだ。

 

「おじ様……ひどいケガしてるわよねぇ……? 誰がやったか、わかってるのかしら……」

 

「…………」

 

「ふふふふ……。あたしよ……? あたしがおじ様を撃ったのよ? かりんちゃんと一緒にいる時に、ね……?」

 

暗く淀んだ声と共に、文香はゆっくりと顔を上げる。薄ら笑いを浮かべたその表情は、涙で剥がれ落ちた化粧の効果も相まって、不気味さを醸し出すには十分過ぎた。

 

「なに……!? おい、てめえ!!」

 

怒りを必死に堪えていた長沢の声が上がる。昨日、戦闘禁止エリアで見立てていた推測……。9のPDAを持っているのが文香ならば十分に考えられることだった。

 

「手榴弾で驚かせて……スモークグレネードで貴方たちの行動を封じ込めてね。うふふふ……。おじ様を殺すつもりでいたのよ、あたし。うふふ……あっははははは!!」

 

「…………」

 

「はぁ、はぁ……。そのあたしにも助かって欲しいだなんて、正気なのかしら? 現実が見えていないのね?」

 

文香は嘲るように高笑いを響かせる。だが、葉月に動揺した様子は見られない。心のどこかでわかっていたことなのだろうか、表情一つ変えずに見守ってさえいる。

 

「若いうちの過ちならいくらでもあるさ……。増してや信頼していた人たちに裏切られたのならね……」

 

これだけ挑発すれば、相手も平然としてはいられないはずだった。それなのに、何故……? 

 

静かに発せられた言葉に、文香は視界が揺らぐような衝撃を受ける。葉月の仕草や雰囲気からは演技や嘘の香りが感じられない。そして、恰も事情を知っているかのような思わせぶりな言い回しは……? 目の前の男は何を知っているのだろうか? 胸が苦しくなり、呼吸が乱れる……。

 

だが、ありきたりの綺麗事などにもはや耳を貸す気もない――

 

 

「あら……随分と余裕なのね……。おじ様。少しは驚いて欲しかったんだけど……ねえ?」

 

「…………」

 

「ふふふ……そうだわ。いい事を教えてあげる。ねえ、ボウヤ……それと、優希ちゃん? 今まで何度かガスが発生したことがあったでしょ? 漆山と争ってる時に。あれも全部あたしがやったの」

 

挑発的な眼差しを向けられた長沢はつい大声を上げそうになる。しかし、葉月に冷静な視線を向けられると、今は感情に身を委ねる時ではないと知り、静かに切り返した。

 

「ふーん…………。で? どういうつもりだよ? お前が僕たちを助けるなんて」

 

「勘違いしないことね、ボウヤ。君と漆山だけだったら、二人とも撃っていたわ。……あの時高山さんが邪魔してくれちゃったから、その場は退いたけど」

 

優希の脳裏に恐怖の場面が蘇る。暗い煙幕の中を死への恐怖を抱いて遮二無二走り続けたあの時……。おそらくその後かりんに襲われた時も、まだ名目上、自身の身柄を保護しなくてはいけなかったから、殺されずに済んでいただけなのだろう。

 

「うふふ……怖いことを思い出させちゃったかしら? ま、いくらあたしでも保護対象の優希ちゃんを器用に避けて狙撃するなんてできないわ。言うこと聞かずにちょこまか動き回る子だし。ねえ、ボウヤ? 優希ちゃんに感謝することね」

 

そして、漆山が殺された時……。

 

ゲーム開始間もない頃は文香も配布されたPDAに違和感を覚えつつ、エースの信念に則った行動を取っていた。だが、徐々にそれが内部抗争によるものだとわかると、自身が生き残るための選択と、優希の保護という難度の高い戦術の同時進行を強いられることになる。……優希を保護しつつ、然るべき時に邪魔者は排除しておく――その結果だったのだろう。

 

 

 

「……へえ。そういう事か。やっぱり保険を掛けてたんだな。優希は殺せないけど、他は必要ない。でも、御剣の兄ちゃんたちは利用価値があるから、JOKERを持ってることを黙ってたってわけだ。どうせ最後は全員殺さないといけないわけだからな」

 

長沢は予想が的中したとばかりにしたり顔を浮かべ、仲間を見回す。

 

「それはどうかしら。あたしだって皆殺しには抵抗があったわ。その頃は、ね。それにゲームに参加させられた優希ちゃんを、組織のボス……色条良輔が助けに来たってわかってからは……ねえ? 癪だけど優希ちゃんを保護しなくちゃならなかったし」

 

しかし、何らかの理由で色条良輔は行方不明に――それは優希を組織の令嬢からただの小学生へと変えてしまった瞬間でもあった。加えて文香に残酷な事実を齎した時、それは惨劇の始まりだったのである。生きる目的と帰るべき場所を失った彼女はもはや狂気のテロリストとして回帰するしかなかった。

 

「パパは……パパはどこへ行ったの!? わたしを助けに来てくれてたの……?」

 

藁にも縋るような思いで優希は声を上げる。今の文香に話しかけることが危険だとわかっていても言わずにはいられなかったのだ。

 

「うふふ……。知りたい? 優希ちゃん」

 

邪念を含んだ残酷な文香の笑みが嫌な予感を彷彿とさせる……。

 

「……死んだわ」

 

冷たく言い放たれた途端、優希の顔から血の気が引き、瞬く間に蒼ざめていくのがわかった。

 

「……う、ウソ、ウソだよっ!! 信じないもん!! パパがわたしを置いて、そんな……!!」

 

「ま、死体は見つからないでしょうから、正確に言えば行方不明かしらねえ……」

 

「パパはわたしを助けに来てくれるもん!! 絶対にいなくなったりしないもん!!!」

 

優希は溢れる涙を抑えきれずに金切り声を上げる。それは突然宣告された非情な現実からの逃避に他ならなかった。

 

「ねえ、ウソだよね!? 本当はパパは生きてるんだよね!?」

 

誰でもいい。ただ否定して欲しかった。

 

しかし、少女の願いに応えてくれる者はなく、それぞれが表情を凍りつかせるだけだった。

 

 

 

 

――組織のボスの足取りはついさっき消えた。おそらく消されたのだろう……。それで奴らの計画は頓挫したかに思えたが――各地で攻撃準備に入っていた連中の過激派が一斉蜂起したとの情報もある。奴が消されたとなれば、色条も保護する必要はなくなる。加えて陸島のPDAが9ならば……。放ってはおけん。恐ろしいことになる――!  

 

 

 

 

高山の言葉が葉月の脳裏を過る。

 

 

「ゆ、優希ちゃん……」

 

助けを求めるかのように泣きついてきた優希を、咲実はやっとの思いで抱きしめて背中をさする。

 

「若い子はいいわねえ、優希ちゃん。泣きたい時に泣けるって」

 

嘲るように言い放った文香の表情には悔しさとも悲しさともとれる苦渋の色が浮かんでいる。それは挑発や侮蔑というより、本気で憤っているようにさえ見えた。

 

 

泣きたいのはあたしの方なのよ――!!

 

 

「文香さん。それは今優希ちゃんに言う事じゃないだろう。僕たちが今やるべきことは、この先、どうやって力を合わせて首輪を解除するかだ。それがわからない君ではないはずだ」

 

「……随分と上から目線で言ってくれるわね……おじ様」

 

事あるごとに冷静に、しかし温かい言葉をかけてくる葉月に文香の心は荒れ狂う。

 

「あたしだって……あたしだって……迷ったわ!! こんなふざけたゲームを終わらせようと何年もやってきて……! でもね……! あたしは捨てられたのよ。仲間にも、貴方達にも……!! みんなであたしの事を怖がって、バカにしてっ!!」

 

文香は涙目になって声を荒げると、怒りを込めて静かに佇む葉月を睨みつける。だが、葉月に恐怖心はなく、懐かしさを覚えるほどであった。

 

 

――そうか。君も……。あの時の、僕の娘と……そう、変わらない……。

 

 

「これでわかったかしら? もう、総一以外はあたしの世界に必要ないの。……おじ様、貴方もよ……。みんな、みーんな殺して、二人で一緒に旅立ちましょ? ねえ? 総一……」

 

「い、いえ……文香さん……俺は……」

 

そっと総一の肩に手を添えながら、涙を浮かべて青みがかったドス黒い瞳で呟く文香に、誰もが嫌な予感を覚えずにはいられなかった。そして、咲実の捨て身の説得により僅かながら正気を取り戻した総一からも、自身の狡さに気づきつつあったのか、生返事が吐き出される。

 

「一緒に死んでくれるのよね? 総一……。うふふふ」

 

ふと、淀んだ瞳の文香と目が合うと、総一はつい視線を逸らしそうになる。

 

「そんな事やってるから、捨てられたんだろ! てめえが渚の姉ちゃんに、優希に何をしたか覚えてないのかよ!! そんなに死にたきゃ一人でくたばれってんだ!!」

 

「やめるんだ、長沢君」

 

身勝手な願望を唱え始めた文香に激昂した長沢を葉月が諫める。ここが外の世界ならば、忙しない家族喧嘩のワンシーンだったのかもしれない。

 

「うふふふ……。あたしの理解者にでもなったつもりかしら? ねえ、おじ様……。痛かったでしょ? 苦しいでしょ? これ以上苦しまないように……貴方から楽にしてあげるわ。あたしの心を揺さぶった罰よ……!」

 

毒々しい表情を浮かべ、文香はゆっくりとサブマシンガンを葉月に向ける。しかし、葉月は命乞いどころか怯む様子も見せず、毅然とした態度を崩さずにいる。そんな男に面白くないのか、文香はさらに煽り立てる。

 

「いいのよ? おじ様……。もう我慢しなくて。もっと怒ってみたらどうかしら? そこの口だけのボウヤみたいに……。最後の言葉くらい聞いてあげなくもないわ? あたしは貴方が思っているほど立派な人間じゃないの。ふふふふ。貴方を撃ったのはあたしよ? あっはははは!」

 

だが、返ってきた葉月の言葉は文香の意に反して自身を包み込むかのような優しい言葉だった。

 

「これくらい……ははは。娘の時に比べれば……。文香さん、君はそんな人ではないだろう。この場で一人でも撃ったりすれば、本当の意味で君は死ぬことになる。君にも僕と同じく、帰ってから成さねばならないことがあるんじゃないのかな?」

 

腹部の包帯に微かに赤が滲む。その温かい眼差しは娘を見守る父親そのものであった――

 

「うふふふ。じゃあ、貴方もあたしと同じく壊れちゃったのかしら? 恐怖で。ねえ? おじ様。残念だけど……あたしは貴方の娘でもなんでもないわ……。そんな目で見ないで欲しいわね……!」

 

「…………」

 

「そんな……優しい、目……で……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

割れた酒瓶、散らかった机と椅子、そして血痕が散乱するパーティー会場……。豪華な装飾が意味のないものと思える程に荒れきった空間に聞こえるのは、同じテロ組織に身を置く存在が半狂乱と化した姿だった――

 

「この女は……今回潜入予定だった、ハト派の……。あれだけ偉そうなことを言っておいて、このザマとは……大したことは……ない、な……」

 

必死の思いで呟いてみたものの、実際に彼らエース過激派の思うところは別の部分であった。それを口に出すのも憚られ、何かを語ろうとした結果だった。

 

「我々の派閥の仲間が陥れたという噂もありますが……。それにしても……」

 

考えてはならない言葉が脳裏を過る――だが、言わずにはいられなかった。

 

「我々が……やったことは……正しかったのでしょうか……」

 

「…………」

 

答えることができない。

 

自分達の上官が強行したことで起きたイレギュラー。組織のボスの娘をゲームにねじ込み、恐怖に陥れた挙句に死を与え、ボスに絶望を味わわせる。それが目的であり、復讐だった。

 

だが、いざこのように見てみれば、何も知らない少女を苦しめているだけでしかなかった。それも敵対派閥とは言え、正義を掲げる自身達の仲間によって、である。

 

派閥は違えどエースの存在としてその醜態には不愉快さが増すばかりであった。年端もいかぬ少女を執拗に苦しめるなど……。

 

 

一方、会場のモニターに釘付けになっていた視線を観客の方へ向けると、やはり事前に聞いていた雰囲気とは全く違うことに驚かずにはいられない。

 

自身らテロリストが乗り込んできても動じないことはもちろん、誰一人として笑いもしなければ興奮することもない。増してや賭けたチップの対象プレイヤーの行く末を声を上げて煽ることもない。その様は映画に見入っているかのようである。

 

 

 

「今回のゲームは……何だか色々考えさせられるところがあったか、な……。まあ、かなり損はしたけど……」

 

「ああ。……俺としては正直なところ、金よりもどういう結末を見せてくれるのか、そっちの方が興味津々だけど、な」

 

「それよりも……。この男は……一体……何者なんだ……?」

 

凶器や兵器で身を固めた女スパイに対し臆することもなく、優しく諭す壮年男性に不本意ながら目を見張ってしまう。黙って戦闘禁止エリアで休んでいれば何事もなく済むと言うのに。

 

「ただの、サラリーマンのおっさん……じゃないか」

 

「…………」

 

「そうですわ。わたくし達が……心のどこかで見下して、笑っていた……」

 

「金も力もない、無力な貧乏人……。安い賃金で下らぬ労働を毎日繰り返す、つまらん存在……」

 

「…………」

 

「昨日の今日まで私たちはそう思っていたんだ……」

 

つい口から漏れ出た言葉に、観客たちが反応していく。小馬鹿にして見下していた存在に心を打ちのめされ、逆に自身達のやっていることの醜さに気づかされた今、ここに残っている観客の興味は誰が生き残り、大金を手に入れるのかということではなく、皮肉にもできる限り死なないで欲しいなどと願う結果となってしまったのである。

 

「私たちは……。ここまで……できたのだろうか……」

 

「あなた……」

 

「同じような状況になった時……恐れずに誰かを諭すことなど……」

 

狂気に陥ったテロリストに臆しない同世代の男の姿を見ると、ひどく自身が情けなく、そして身勝手な存在に思えて、自己嫌悪を覚える。

 

 

自分ならば、金ならいくらでも出すからなどと命乞いをするのではないか――?

 

 

 

「その男だけではない。お主たちも聞いただろう。あの少年少女たちの、魂の叫びを……生きようとする想いを、な……」

 

「…………」

 

人の生死に金を賭けては興奮し、一喜一憂するという卑劣な行為……。

 

その非人道的行為が組織の資金源になるのであれば、断固潰さなければいけない。しかし、現場にそのような空気は感じられず、ゲームの存在を否定する自分達すら参加者のやり取りから目が離せなくなりつつある。

 

その場にいた観客の誰もが、目の前に自分たちを亡き者にしようとしていた存在がいることも忘れ、モニターから視線を逸らすことができなかったのである……。強襲をかけたテロリストでさえもが、ゲームの行方に見入ってしまっている……。

 

 

そして、何より今、このカジノ船を襲撃したテロリストはもうほとんど残っていない。そう思っていた。

 

 

 

 

 

だから、奥の扉が勢いよく開いて何者かがなだれ込んできても、取るに足らないことと思っていた。

 

 

 

 

 

……やがて、アサルトライフルの激しい音と共にモニターは閃光を上げて輝き、短く静かな悲鳴がところどころに上がる。何が起きているのかもわからないまま、映画館と化していたゲーム会場は、地獄絵図へと姿を変えていった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御剣の兄ちゃん!!」

 

「御剣さんッ!!!」

 

「そ、総一、お兄ちゃ……ん……?」

 

理解者を模った優しく、鬱陶しい影……。それを散らすかのように放ったサブマシンガンが捉えたのは、立ち塞がった愛しき存在だった……。

 

「そ……う……い、ち……? どうし、て…………?」

 

残酷とも言える挑発を繰り返した結果、相手を屈するには至らず、実力で排除しようと細い指を絡めた引鉄……。我に返りすぐに指を離したものの、すでに右手の凶器は咆哮していた。

即座に銃口を逸らしたつもりが、それは彼の膝から下を数発薙ぐことになった。

 

「……文香……さん……。もう……やめましょう。……お、俺は卑怯者でした……。貴方さえも利用して……楽になろうとしていました……」

 

「総一君!? ……すまない! 大丈夫か!?」

 

総一は苦痛に顔を歪めながら、必死に言葉を吐きだす。膝からは血が滴り落ち、やがて激しい流血となって床を赤く染める。

 

 

「俺は、あいつに死なれてから、死ぬことばかり……考えていました。どうすれば……正しく、自然な方法で……あいつに会いに行けるのか……」

 

 

「は、ははは……嘘よ……総一……。総一があたしの邪魔をするはずがないわ……」

 

 

「やっと……気づくことができたんです……。誰かを、守ることであいつの元へ行こうとしていたこと……。そして……それが今一緒にいる、守ってきたつもりだった、みんな、をどれほど苦しめて、傷つけることになるのか、を……」

 

「御剣さん……!」

 

痛みに耐えながら総一は微笑む……。その先にいたのは、夢現のまま茫然と言葉を吐きだす文香ではなく、一番最初に出会った少女、咲実の方だった。

 

「咲実、さん……。これならいいんだろう……? 俺はあいつに会いたくてやったんじゃない……。葉月さんにも……文香さんにも……生きていて欲しい……。本当にそう思った、から……」

 

 

「お、おい、御剣の兄ちゃん!」

 

 

 

「……悪かったな、長沢。偉そうなことばかり言って……。お前に立派なことばかり言ってた癖に……。お前はずっと前から……俺たちを助けようと、本気で思ってくれてたんだよな……? それなのに……。あの時、俺がお前の方へ行っていれば……北条さんだって……。あの子は、俺がお前に、殺させてしまったんだ……! 俺が……やったんだ……」

 

 

 

必死に語った総一はやがて血の海に片膝をつき、崩れ落ちそうになる。葉月の元から飛び出した長沢と咲実がその身を力いっぱい支える。

 

 

「ま、待てよ! それは御剣の兄ちゃんのせいじゃないだろ!?」

 

「御剣さん……! 貴方はひどい人ですっ!! そんな、そんな……言い訳を!!」

 

咲実自身、今の総一の行動に欲望など微塵も含まれていないことはよくわかっていた。だから咄嗟に出たその言葉は責めるつもりではなく、自身の言葉に向き合ってくれたことに対する嬉しさから出たものだった。制服が赤く汚れることなど気にもせずにただ、総一を強く抱きしめる。

 

「総一お兄ちゃん……! 大丈夫なの……?」

 

葉月に隠れるようにして息を潜めていた優希も静かに歩き出し、長沢に寄り添って問いかける。

 

「はぁ、はぁ……。ははは、大丈夫、だ……。今度こそ死んだりしたら、逆にあいつに……いや、咲実さんに何を言われるかわからない、からな……」

 

力なく咲実に微笑みかける総一に、咲実は感激を隠せなかった。決死の覚悟で総一に浴びせた言葉はしっかりと届いていたのだ。そして、やっと自分が「優希」と同じ場所に立てたことに。

 

「も、もう……。御剣さん……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねえ……どうしてよ? どうして、邪魔をするのよ……? 誰も彼も、みんなで、みんなであたしの邪魔をして……!!」

 

不測の事態とは言え、自身の手で総一を傷つけてしまった文香の視界が歪んでいく……。理想の世界を作ろうとすればするほど、現実は逆に傾いて愛しき者は離れ、敵対者は結託していくこととなる。

 

 

 

 

 

「……ああ……。そういうことね、総一。本当はまだ優希ちゃんのところへまだ行きたがっているのね……? もう……咲実ちゃんに気を遣わなくてもいいのよ、総一……。うふふふ……うふふ……。あはははははっ! 」

 

「文香さん、もう気が済んだだろう!」

 

自らの行いを省みず都合よく現実を捻じ曲げ続ける文香に、葉月も父親の如く強く窘める。だが、既に心が闇に染まりつつある彼女にまともな言葉が届くことはなく、激情に火を付けるだけであった。

 

「よくも偉そうに言ってくれるわね……!! おじ様……貴方のせいであたしの総一がこんな目に遭ったのよ……!!」

 

「……誰を殺しても君の心は救われはしない。何も解決しない。それに……僕たちは今、君と事を構えるつもりも必要もないんだ。……だから、最初に出会った頃の……優しく、しっかり者の文香さんに戻ってくれないか……」

 

「許さない……! 絶対に許さないから……!!! ……殺してやる……!!!」

 

狂気を込めた毒を吐きながら、文香は再びサブマシンガンを葉月に向け直す。もはや、逃げようがないことは誰の目にも明らかだった。

 

 

「お、おじちゃん!!」

 

「……文香、さん……!」

 

「葉月さんっ!!」

 

「いい加減にしやがれ!! このバ……!!」

 

どうにもならない状況に各々が絶望と怒りを込めた単語を発しかけた時だった――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「く、くふっ……。あ、あなた……。はぁ……はっ…………」

 

「ぐ……。ぬ……おお…………」

 

絨毯に身体を投げ出した男女は苦悶の表情を浮かべ、荒い呼吸を繰り返していた。高級感あふれる衣裳は赤い紋様に彩られ、絨毯に赤が滴り落ちる……。彼らだけではない。先ほどまで静かにモニターに集中してした存在はほぼ全員が床に伏しており、既にこと切れている者もいた……。

 

一方、銃撃に巻き込まれたテロリストは防弾チョッキにより致命傷を免れていた。だが、無傷と言うわけにはいかず、衝撃で地面に膝をつくとやがて崩れ落ちた。

 

うつ伏せに倒れたまま必死に顔を上げると、そこには見下すかのような視線を浴びせてくる第二の侵入者がいた――

 

 

「き、貴様ら……は……。な、何故……!?」

 

 

 

「組織の資金源となる船など、沈めても構わんと思ってな……。お前たちタカ派が大暴れしてくれたおかげで、ここまで楽に潜入できた。フッ……礼を言うぞ」

 

「ば、バカな……」

 

現れた存在に自身の目を疑う。そこに立っているのは自分の仲間であると同時に敵対派閥である、エースハト派の男だった。何故、こんなところにまで来たのだろうか……? そんな疑問を投げかけるよりも早く、数名の部下が続いてくる。

 

「隊長、脱出を試みた組織の連中は粗方片付きました。一部、客と思しき者も紛れ込んでいましたが……。どうやら、多くの観客を見捨てて自分達だけボートで逃げようとしていたようです」

 

「そうか。ご苦労だったな。全く……危機が迫れば真っ先に逃げるとは……組織の連中の底が知れるな……」

 

「ええ……。見苦しいものでした。泣いて命乞いをする者もいれば、発狂する者もいました。いや……ほとんどがそうでしたね。自分達のしたことを棚に上げて、よくやるものです。はははっ。……例外なく、全員血祭りに上げておきましたが」

 

ハト派の人間とは思えない発言に、倒れていた男は驚愕した。ハト派ならば水面下の行動が主となっており、不必要な殺生は避けるのではなかったのか――

 

そもそも今回の襲撃はボスを見失ったことで頓挫したのである。しかし自分達タカ派が、組織に大打撃を与える絶好の機会には変わりないと、一斉攻撃に移ったのだ。当然、ハト派は速やかに手を引いたはずだと思っていた。

 

 

「どういう、ことだ……!? ……無関係の、人間には……危害を、加えないのでは……なかったのか……!?」

 

ハト派がこの場に現れること自体不可解ではあったが、彼らの理念とはかけ離れた言葉が飛び交うと、一抹の恐怖を覚える。

 

「その通りだ。表面上は、な……」

 

「…………!!」

 

その疑問が晴れるより先に、見下ろしていた男のライフルが一斉に火を噴いた。

 

さらに侵入者たちは倒れているテロリストたちに銃口を向けると、容赦なくトドメを刺して回っていく――

 

「ククク……船に攻撃を仕掛けたのはお前たちタカ派の方だ。この船の惨劇は全てお前たちがやったこと……。全員力尽きて、船と共に沈む……。フッ……なかなか良くできたシナリオだろう?」

 

「ええ。これでタカ派の失脚は決まりましたね……。おっと、残りも始末しておかなくては……。船を襲撃した犯人は奴らなのですからね。……そこで伸びているゲームの観客どもはどうしますか?」

 

「放っておけ。この傷では助かるまい。……大佐の仰る通り、人の生き死にに金を賭けているクズどもだ。十分に苦しませ、自らの罪と向き合わせてから死ねばいい。フッフフ……似合いの末路だろう……。では、仕上げと行くか……」

 

 

――さっさと、皆殺しにすれば良いものを。僅かでも組織の利益に加担したのなら、その存在は組織の一員だ。そんな奴らに容赦はいらない。貴様らタカ派は表面上は雄々しく見えるが、知恵が足りないばかりか、詰めが甘いのだよ……。

 

 

「了解。情報によれば、最高幹部会の一人がここに残っているはずですね。……まだモニター上のゲームが進行しているとなると……管理者もいるかもしれません。見つけ次第射殺……ということで」

 

「もはや連中の戦闘力はゼロだ。捕らえて拷問にかけてもいいかもしれんな。持っている情報はすべて吐かせて……な。じきに大佐もこちらへ来られる。それまでに捕縛するぞ。それにしても……ふふふ」

 

微かな笑みを浮かべた隊長に、部下は淀んだ目を動かし疑問を呈する。

 

「……どうされました?」

 

「見ろ。あの女……大佐直属の工作員ではないか」

 

隊長が顔を向けた先には、サラリーマン風の男を始めとする少年少女に襲いかからんとするばかりの女性が、呼吸を乱しながら邪悪な目を光らせていた……。

 

「おお……。あの方は……。クールで大人びた印象がありましたが……。また違った一面を見た気がしますねぇ。いや、怖いものです。あんな子供相手に本気になって」

 

「まあ、こうなるのも無理はないがな……フッ。だが、あちらの素人どももなかなかだ。彼女が殺しを躊躇するくらいの戦術はこなしていたのだろう……。傑作ではないか」

 

ハト派であるはずの自分達も、観客とそう変わらなくなっている……。その愚かさに気づくこともなく不謹慎な時間を愉しんでいると、部下がおどけたように言葉を発する。

 

「しかし隊長、大丈夫でしょうか? あのまま彼女が生き延びれば……一部の仲間と共に、我々に牙を剥いたりしませんかね。彼女の同期は結束が固そうでしたが」

 

派閥内における仲間割れ……言わば内部ゲバルトは、どのような目的を持って戦っている集団にもつきまとうものである。増してや、あと一歩まで追い詰めておきながらこの現状となると憂いの種が撒かれたことになる。

 

「フッ、その心配はない。何故ならば……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――どの道、プレイヤーは皆、死ぬのだからな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぬ、ぬ…………。こ、この……大、馬鹿者、ども……が……」

 

銃撃に巻き込まれた老翁は、揺らぐ視界の先にある杖に必死に手を伸ばす。だが……もはや立ち上がるだけの体力は残されておらず、テロリスト達の姿を睨むしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おしゃべりが長引いたな。行くぞ」

 

「了解です」

 

侵入者たちが名残惜しくもモニターから目を離し、その場を立ち去ろうとしたその時だった。突然光り輝いたモニターに再び視線を奪われる。

 

「いつまで眺めている? さっさと行くぞ」

 

「……なんだ……? 何が起こったんだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「きゃあっ!? ……み、御剣さん、あ、あれは……」

 

「爆発……!? 一体、誰が……」

 

突然、激しい爆音と共に葉月が入ってきた側の扉が崩れ落ちると、炎が上がり黒煙が立ち込める。急に齎された異変に一行は驚きを隠せず、その場に固まる。

 

「…………!」

 

逃げられるかもしれない、そう思った優希の身を長沢は抑える。扉までの距離を考えると、銃を持ったテロリストには無謀な行為だと、理解していた。

 

「うふふふ……。残念ね。あたしを巻き込むには距離が足りないわよ?」

 

余裕綽々と言った感じで文香は長沢たちに勝ち誇った視線を向けると腕を組み、全員を鬼のような形相で睨みつける。

 

「……誰? 誰がやったのかしら……? こんなバカなこと……!! それとも……どこぞのバカが潜んでいるのかしら?」

 

総一はもちろん、駆けこむように突撃した方からすれば、誰も身に覚えなどあるはずもない。そうなると――

 

視線は遅れて飛び込んできた葉月に集中することになる。

 

「おじ様の悪足掻き……そんなところかもしれないわね……?」

 

「…………」

 

 

急に静まり返った長沢たちを一瞥すると、文香は懐から火炎手榴弾を取り出して壊れた扉の向こうへと放り投げる――

 

「あっ……」

 

優希が驚きの声を上げる間もなく、すぐにそれは爆発し、赤い炎を延々と上げ続ける。この炎の中を走り抜けるのは危険極まりないことは容易に想像がつく。いとも簡単に脱出口は封じられてしまったのだ。

 

「うふふ……。これで逃げられないわよ? 時間稼ぎも終わりね……。さあ、おじ様……お仕置きの時間よ。今度こそ逃がさないわ……。まあ、貴方達も逃がさないけど……!!」

 

突然の事態に何が起きたのかわからないまま、長沢たちはまともに言葉を発することはできず、文香の独壇場となっていた。しかも状況は完全に悪化している……。今の事態を葉月が作ったものだと思い込んでいるのなら、もはや文香には何を言っても届かないことは容易に想像がつく。

 

「ああ、総一。そんな顔しないで。貴方だけは助けてあげてもいいわ……。終わったらデートの続きをしましょ? うふふふ……」

 

 

 

絶望が空間を支配していた。誰も何も言えず、考えることすらできず、その場にただ立ち尽くし、精神が崩壊した文香の、妄想を交えた恐ろしい声だけが響く。

 

 

 

 

 

 

 

――万事休す。

 

 

 

 

 

 

 

――パパ……。ほんと、に……死んじゃった、の……。助けて……。パ、パ……。

 

 

 

 

 

――くぅっ……。みんな……すまない。せっかくの約束は、守れそうに、ない……。娘だと思って接したのは、間違い、だったのかもしれない、な……。

 

 

 

 

 

――俺だけ、助かるなんて……。そんなの、死んだ方がマシだ。でも、俺はもう逃げない。そうだ……文香さんは、俺を殺すつもりがないのなら……俺が盾になれば……!

 

 

 

 

 

――お終いなんですね……。何もかも……。……でも、私はこの経験を通して、少しだけ強くなれたような気がします……。御剣さん、私、貴方と出逢えて……。

 

 

 

 

 

――見てるか? 渚の姉ちゃん。結局、僕は誰も助けられなかったぜ。笑ってくれよ。あの素敵な笑顔でさ……。ただ……。姉ちゃんと会えなかったら、僕、こんなところまで来られなかったと思うんだ……。ありがとう、渚の姉ちゃん……。

 

 

 

――こんなババアに殺されるのは癪だけど、な……。

 

 

 

 

 

 

 

今度こそ、終わりである……。全員が絶望と覚悟の元に審判の時を待っていた――

 

 

 

 

 

その時――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急な爆音に鼓膜がおかしくなりそうになる――

 

 

 

 

 

 

 

先ほどの爆発の比ではない。その場にいた全員が我に返り、視線を送ると、少し離れた反対側の扉が吹き飛んでいた。

 

「……誰!?」

 

即座に文香は件の方向にサブマシンガンを向ける。だが、誰かが入ってくる気配はない。それならば――

 

しかし、長沢たちは突然の出来事に唖然としており、何が起きたのかもわからない様子だった。総一が皆の前に立ちはだかり、後ろに葉月、長沢……そして、咲実と優希……。

 

異常がないと判断した文香は、素早くあたりを見回すと、まだ炎が上がっている側の入口から小型のロボットが侵入してきたのを見つける――

 

「それで陽動のつもり? 笑わせるわねぇ。そんなせこい手が通用すると思ってるのかしら……?」

 

すぐにサブマシンガンをロボットに乱射しつつ、文香は機体に外装されている銃口の射線から飛びのこうとする。

 

 

 

 

 

それは一瞬の事だった――

 

 

 

 

 

文香は心のどこかで長沢たちを素人だと甘く見ていた節があった。精神を半壊させながらも自身の邪な願いを叶える為に最低限の注意を払ってはいた。だが……現時点で起きた不可解な爆発も、その逆側から侵入してきたロボットを見切った事によって、ここにいる誰かが遂行した稚拙な騙し討ちだと信じて勝ち誇ってしまった。

 

だから、文香のすぐ足元に何かが転がり込んだことに気づくまで僅かな間があった――それはすぐに激しい音を立てて爆発する。

 

 

「きゃっ!? な、なに……!? 何をするのよ!? こ、このっ!! 誰!?」

 

 

 

 

 

 

「総員退避だっ!! すぐに脱出しろ!!」

 

 

 

 

 

 

恐ろしいほどの速度で何者かが破壊された扉から飛び込んでくると、文香の周りで白煙がもうもうと上がり、こちらにも広がり迫ってくる。

 

「た……高山さん!!」

 

白煙に巻かれる寸前に咲実の視界にうっすらと見えたのは、間違いなくあの精悍な傭兵、高山の姿だった。

 

「走れ!! こっちだ!!」

 

闇に差し込んだ一条の光。既に煙は周辺まで迫っていたが、扉の方向は辛うじてわかっていた。

 

「総一君! 走れるか!?」

 

「は、はい……何とか……! 咲実さんは!?」

 

「大丈夫だ。真っ先に走っていったはずだ。さあ!」

 

文香の銃撃により足を負傷していた総一だが、多少無理すればこの場から逃れることはできそうであった。葉月に導かれるまま、総一は無我夢中に声が聞こえた扉へと思しき方向へ足を引きずる。

 

背後に怯えながらも部屋を飛び出すと、扉は吹き飛んでおり白煙が廊下にまで流れてくる。

 

「高山さん、どうして!? ずっと様子を伺っていたんですか?」

 

「話は後だ。……全員無事か」

 

息をつくのも束の間、瞬時に咲実の顔が凍り付く。

 

「あ、あの……長沢君と優希ちゃんが……!!」

 

「長沢っ!! 優希っ!! こっちだ!! 早っ……」

 

幼い二人が逃げ遅れたことに気づき、たまらず総一は大声を上げる。だが、それは文香に自分たちの居場所を教えているようなものである。すぐに声を遮られ、我に返る。

 

「総一君……大きい声を出してはいけない!」

 

「で、でも……これじゃ、長沢君と優希ちゃんが……!」

 

 

 

 

 

 

「……葉月」

 

「は、はい」

 

普段から厳しい表情を見せることが多い高山だったが、この時は何かが違っていた。

 

「手筈通りだ。後を頼む……」

 

「高山さんっ!!」

 

短く呟くと、総一達が言葉を発する間もなく、まだ白煙の立ち込める部屋へ飛び込んで行った……。

 

 

 

 

 

 

 

 

「どうあろうとあたしの邪魔をするのね……ふふふふ。あたしにスタングレネードを使うなんて……無謀だって教えてあげる」

 

煙に巻かれる中、漸く取り出したゴーグルを付けると、突進してきた憎たらしき存在を確認する。

 

「バカね。遅いのよ」

 

文香はその、突進してきた存在の突き出た頭から足元にかけてサブマシンガンを掃射する。

 

しかし……舐めるように全弾を放り込んだ直後に異変に気づき、目を見張ると、大きな鉄の塊が自身に向かってくる――!

 

「ぐっ!? 何を……!? きゃっ!」

 

そのまま正体不明の物体に押されると、流石の文香も重さに耐えられなくなり、よろめいて地面に倒れ込んだ。

 

 

 

 

「……おじちゃん、お兄ちゃん……!! どこにいるの……? た、助けて……!?」

 

「優希っ!? どこにいるんだ!? うわっ!? わあ!」

 

「きゃあっ!? いや……!」

 

閉ざされた空間を彷徨っていた二人の身体が一瞬にして宙を舞い、空を飛んでいる感覚に陥る。突如訪れた事態に耐え切れず悲鳴上げた二人だが、肌身に伝わる感覚に安堵し、懐かしさを覚える。

 

「……しっかりつかまっていろ!」

 

高山は二人の少年少女を抱えて肩に担ぎあげると、一目散に出口の方へ駆け出す。文香にこの部屋の様子がわかる以上、そちらに目を配る余裕はなかった――

 

 

「長沢君! 優希ちゃん!!」

 

長沢と優希を抱えた高山が廊下に身を乗り出した途端、咲実は感激の声を上げる。葉月と総一も加わると二人を抱えるように下ろし、奇跡的な幸運に一息つこうとする。

 

「助かりました……高山さん。本当は僕が説得できればと思っていたのですが……」

 

「おじちゃん……ありがとう」

 

涙目になって縋ろうとする優希に微かな笑みを向けている。そんな高山を見て、長沢はやっぱり本物のヒーローだ、と感心していた……。

 

 

だが……

 

 

その表情がみるみる曇っていくのを長沢は見逃さなかった。

 

「高山……さん……?」

 

異変に気づいた咲実の声が漏れ出ると同時に、高山の背後に赤い雫が音を立てて滴り落ちる……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――チッ! 気が安まりゃしねえ……。いつまでもこいつらのお守りしてねえで、ずらかっちまった方が得策か……。にしても、逃げ場がねえ……。さて、どうしたものかね――

 

――いや、待てよ……。

 

妙手が思い浮かんだのか、青年は再び薄ら笑いを浮かべる。

 

「おいおい、いいのか? 俺たちが全滅ってことは、当然、お姫様もあの世行きってことになるんだがなぁ? てめえの存在とゲームの輝かしい未来を賭けた英断がおじゃんになっちまうぜ?」

 

やっている事が完全にあべこべになっていることに自分で突っ込みを入れたくなる――そんな滑稽さを堪えながら、青年は相手の出方を伺う。しかし、返ってきたのは……。落ち着き払い、悲壮な覚悟を決めた男の声だった。

 

「って、おい!! 馬鹿野郎、てめえ、死ぬ気か!? おい! ……って、一方的に言いたい放題言って切りやがって、なんて野郎だ……。まさかここまで根性があるとはな……。ふんぞり返って楽ばっかしてる類だと思ってたんだがねえ。あーあ。俺が悪かったっての。完全に降参だぜ……」

 

青年は帽子を前にずらしながら、思い通りにならない結果、そして予測が外れたことにため息をつくと通信機器を乱雑に放り投げる。

 

「……にしても、俺以外、全員馬鹿に思えてきたぜ……。なんつーか、この感覚、ガキの頃を思い出すってもんだが……。こんなセンチになるのも何年ぶりだかな……」

 

 

――どうやら、最後の手段で行くしかねえか……。――おい、大将! って……こんなに煙を立てやがって。なにしてやがんだ……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――うふふふふふ。あははははっ!! あーっははははははは!! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに……!? ……大将ッ!!」

 

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