シークレットゲーム 勇者長沢   作:火金星人

60 / 60
Player   Card  Odds   首輪解除の条件
長沢勇治  3  Close     3人の殺害
矢幡麗佳  8  Death  近距離でPDAを5つ破壊
色条優希  4  Close   首輪を3つ取得
漆山権造  A  Death  QのPDA所有者の殺害
手塚義光  5  Close  24箇所のチェックポイント通過
陸島文香  9  Close  自分以外の全参加者の死亡
郷田真弓  Q  Death   71時間の経過
御剣総一  2  Close  JOKERのPDAの破壊
姫萩咲実  6  Close  JOKERの偽装機能を5回以上使用
北条かりん K  Death   PDAを5つ収集
葉月克巳  7  Close    全員との遭遇
綺堂渚   J  Error  24時間一緒にいた人間の生存
高山浩太  10 Close   首輪が5つ作動


第57話 夜明けの向こう側へ

――言葉が通じねえのも考えものだな。まだクマやイルカの方が会話ができるんじゃねえのか? 

 

銃を構えたテロリストを前にして手塚は思いを馳せる。もはや逃げ場はないというのに、不思議と自身は落ち着いていた。ゲームを最後までこなすことができた満足感だろうか……。自分でもわからないその理由にため息をつくと、どこで間違えたのかと思いを馳せる。

 

 

 

 

 

――跡継ぎ? そんなもん興味ねえって。そもそもお堅ぇ組織ってのは長男が継ぐのが筋ってモンだろ? 妾腹の俺なんかが継いだらまた派閥抗争が激しくなって、胃に穴が開きそうな毎日が続きそうだぜ? 

 

……あ? 兄貴も嫌がってるって? そりゃ知ってるけどよ。これも時代の流れだろ。今のご時世、極道も限界なんじゃねえのか? 取り締まりは半端ねえし、生き辛くて寿命が縮んでるって話もよく聞くもんだ。ま、オヤジには上手く言っといてくれって……。

 

 

 

 

 

――こんなことなら素直に言う通りにしといた方がよかったのかねえ……。もしかしたら、オヤジがああなったのは俺のせいだったのか……? 周りの言うことを素直に聞いとけってのは、俺にも当てはまってたのか……。

 

 

 

 

 

頭を駆け巡る後悔と諦観に両手を上げて審判の時を待っていた。その刹那、テロリストの視線が微妙に動くのを感じた。後方の鉄扉が開く音が僅かに聞こえる――

 

 

 

 

 

「てづか……おにい、ちゃん……。お迎えは……来たの……?」

 

 

 

今まさに全身をハチの巣にされようかと言う瞬間、ゆっくりと幼い少女が姿を現した。その頭には不釣り合いな帽子が乗せられており、寝ぼけ眼をこすりながら夜空の下へ姿を現す。テロリストたちは突然の来客に驚きつつも、無害な存在と判断したのか、射撃を躊躇う。

 

「お、おうおう! お姫さんよ……今、誰を連れて帰るかって、大事な大事な話し合いをしてるところだ。ほれ、危ねぇから戻ってなって……」

 

まさに一時的な救世主となった優希をゆっくりと抱き上げると、手塚は背を向けて数歩歩み出し、そのまま鉄扉の奥の階段を下りようとする……。何とか誤魔化して仕切り直すしかない。果てしない道を一歩一歩、まさにそんな感覚だった。

 

――追ってくるんじゃねえぞ……。頼むぜ……。

 

 

 

 

 

「待て……。動くな」

 

 

 

 

 

だが、その期待は空しく、夜空の風を引き裂くドス黒い一言により終焉を迎える。

 

 

 

 

――そう、上手く行くわきゃねえか……。

 

 

 

 

距離は取れたものの背後を取られている分、不利なことは変わりない。

 

 

 

「そのままだ。振り返るなよ。その少女が色条良輔の娘か……?」

 

「……さて、どうだかね?」

 

「こちらに渡せ……」

 

「おいおい、俺たちを皆殺しにするんじゃなかったのか?」

 

言葉と同時に腕の中の幼い身体が震えるのがわかる。眠ったと思っていた少女は目覚めていたのだ。そして、自分でも想像したくないくらいに自身の表情が強張っていることも理解できる。冷静さを欠いた上での交渉など、不利な結果になるのは目に見えている。

 

 

「その娘は利用価値があるだろう。お前は必要ないがな」

 

 

――この野郎…………舐めやがって……。 

 

 

優希の身柄と引き換えに見逃してもらうような交渉を考えたものの、無残にもその期待は裏切られる。そして、銃を向けられているとは言え、体よく扱われていることに怒りを覚える。素直に渡そうと拒否しようと、待っているのは確実な死。寿命が数分、数秒伸びるくらいかの差だろう。

 

 

「あいよ。俺の負けだ……」

 

「そのまま、その娘を下に置け。意に背いた場合、即座に二人とも射殺する」

 

 

相手が素人ならば、優希を投げつけてでも脱出しようとしたのだろう。だが、銃を構えたテロリストが三人では悪足掻きにもならないのは想像がつく。

 

――不意打ちでやれるのはせいぜい二人だったか、大将。背後を取られてこのザマじゃあ、勝ち目はねえか。チッ、しょうがねえ……。二人仲良く、ダメオヤジと感動の再会といくか、お姫さんよ……。

 

「てづか、お兄ちゃん……わたし、どう、なるの……?」

 

闇夜に浮かぶ手塚の表情とテロリストの声色からとても平和的な状況ではない。そう察した優希は、怯えの色を瞳に醸しつつ尋ねる。

 

「ハハッ、心配しなさんな。お前さんだけは助けてもらえるかもしれねえぜ?」

 

「じゃあ、他の……みんなは……? お兄ちゃん達は……?」

 

「ああ、少し遅れるって話だ。あの、黒いおっさんたちと一緒に待ってな」

 

本来ならば、優希を怖がらせるようなことを言った上で号泣を誘い、場を混乱させた方が時間稼ぎにはなったのだろう。しかし――

 

 

――柄にもなく、感情を込めちまったってのか……? まあいい……。

 

 

「最後に約束だ。その帽子は大切に取っておきな。何か良い事があるかもしれねえぜ?」

 

「…………」

 

優希は黙って手塚を見上げていた。気がつくと、その背後に浮かぶ黒煙交じりの星空が滲み、

涙が零れていく。もしかして、これから大変なことが起こるのかもしれない……。何とか言葉を発しようとするも、強面の青年が放つ妙な雰囲気と、今まで見たことの無い真剣な表情の前に、声にならない。

 

 

「何をしている……。早くしろ」

 

「そう焦りなさんな。今寝かしつけてるところだ……な? お姫さんよ」

 

 

 

 

 

――って……うおおっ!!?

 

 

 

手塚が優希を下ろそうとしたその時、爆音が響き渡った。また建物のどこかにミサイルを投下したのだろうか――一瞬、身を震わせるも、かなりの轟音であり、今までよりも近い場所が爆撃されたことがわかる。

 

だが、今の状況に影響を及ぼすには無理がある。爆音と僅かな混乱に紛れて6階へ戻るにしても、階段を駆け下りるまでに背後から撃たれるだろう。

 

「な……どういうことだ!? ヘリが……!? 何が起こったんだ!?」

 

「……確認急げ!!」

 

しかし、何か様子がおかしい。先ほどまでの落ち着き払った威圧的な声とは対照的な慌てようから、それがただの爆発ではないことは明らかだった。動揺し出した兵のうち二人が背を向けて走り出す音が聞こえる。混乱に乗じて僅かに振り返ると、大規模な炎が上がっていた。

 

「貴様! 動くな……うわあああっ!?」

 

 

優希を抱えたまま振り向いた途端、対峙した残る一人のテロリストが絶叫と共に吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。激しい金属音交じりの銃撃と思えるそれは、防弾チョッキを容易に貫いたのである。その背後に燃えるは赤い炎……。

 

「おいおい、何が起こってやがる……? 同士討ちか? まさか、助かったってのか……?」

 

 

――とりあえず、巻き添え食う前に戻りますか……。

 

 

流れ落ちた冷や汗を拭い、階段へ振り返ろうとしたその時――

 

 

――うふふふふ……動かないでね……? 手塚君、優希ちゃん……? 振り返るのもダメよ? いい子だから、ね……?

 

 

背後から聞こえた声に心臓が止まりそうになる……。そして、腕の中の優希が自分の身体に強くしがみつくのがわかった。

 

 

冷たい風に運ばれる熱風と炎の音に紛れて漂う殺気……。そして、その声には聞き覚えがあった。尤も直に聞くのは2日ぶりであり、初日に聞いた声色と比べれば大分淀んでいるように思えた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へへ、どうだっ!! 思い知ったか、このヘリコプター野郎!! これ以上爆弾を落とすなら、僕が相手だ!!!! 全部叩き落してやるぜぇぇ!!」

 

少年の怒号が夜空に響き渡ると共に、ヘリが火を噴き蛇行するかのように堕ちていく。やがて広い屋上のどこかに墜落すると、激しい爆音を立てて赤い炎が燃え上がる。

 

「落ち着け、少年……。携帯用対空ミサイルの数は限られている。闇雲に撃って外しては本末転倒だ」

 

「ああ、わかってるって! これ以上好き勝手にさせるかよ!! 渚の姉ちゃんが生きてたんだ!! このビルが破壊されたら、渚の姉ちゃんだって……ここで失敗するくらいなら、死んだ方がマシなんだ!!」

 

「…………」

 

本当にわかっているのかと制止したくもなる。こちらの話も耳に入らないほどの活力がどこから湧いてくるというのか。死んだ人間が生き返るはずがない。今日まで山ほどの死体を見てきた男にしてみれば、長沢の話はとても信じられるものではなかった。だが、ゲーム終了間近でありながらここまでの気力溢れる少年を見ていると、柄にもなく奇跡を疑いたくもなる。

 

「……下手な砲撃や勝ち鬨はこちらの居場所を教えているようなものだ。乗員が降下して地上戦になれば、我々だけでは捌ききれん。当然、空爆の直撃を受ければ綺堂がどうこうの話ではなくなるぞ」

 

「だったら降りてくる前に落としちゃえばいいじゃん。どうせ空にしか撃てないんだろ、これ。おっさんの言うとおりにやったら結構狙いやすいし、簡単だぜ」

 

自信に満ちた笑みで答える長沢に、高山は返す言葉もない。渚への使命感が含まれているとはいえ、何の躊躇もなく扱っている様はまさにゲーム感覚でやってるのだろう。それでも雰囲気に邪悪さが感じられないのであればその方が安全なのかもしれない。

 

――これが若さか……。不謹慎だが……時には勢いのまま進むことも必要なのかもしれんな。

 

大切な存在を守るために高揚した感情は恐怖心を穿ち、行動を大胆かつ自然なものへと変化させる。一見、守りが疎かになるように思えるが、自身への被害は既に覚悟の上で動くようになるため、こと戦闘においては怯えながら行うよりは遥かに優位に働くのである。

 

「……扱い方は先ほど説明した通りだ。撃てるか?」

 

「ええ……。まさか人生でこんなものを扱う日が来るとは、夢にも思いませんでした」

 

「すまん……本当は俺がやるべきなのだが……」

 

「頼むぜ、おっさん。武器を扱うレベルって言うのがあるからな。熟練度ってやつさ」

 

今までを思えば僕にやらせろと言わんばかりのシーンではあるものの、いざと言う時に何もできないのでは困る。全ては渚の為だと思えば、言動はともかく思慮深くなるものだった。

 

「二機ほど見えますが、どちらにしたらいいですかね?」

 

「指揮官機を落とせば奴らを恐慌状態に陥らせることができる。だが、現状判断は難しい。狙いやすい方に照準を合わせろ。……長沢、後を頼む」

 

葉月に近づき兵器の説明を施していた高山だが、途端に押し黙ると様子を伺うかのように周囲を確認して静かに立ち上がる。

 

「あ、高山のおっさん、どこへ行くんだよ!?」

 

「声を出すな。敵が近くにいる……」

 

徐にマシンガンとスナイパーライフルを手にすると高山は塔屋の陰から様子を伺いつつ、音も立てずに夜の闇に消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――うおおっ……何てこった……。最悪のカードを引いちまったじゃねえか……!!

 

 

一難去ってまた一難……それどころの騒ぎではない。相手の性格や感情を思えば明らかに状況は悪化している。

 

 

「いーい? あたしの言う通りにするのよ? 少しでもおかしな真似をしたら二人ともぐちゃぐちゃにするわよ?」

 

両腕に抱えた優希は手塚の腕に顔を伏せ、完全に怯えきっている。理由は考えずともわかりきっていた。だが、どうあろうと言葉が通じないわけではない。相手の様子がわからないでも、問答無用で殺される確率は下がっている。

 

「おう、早かったじゃねえか。3番手とは、年の割に頑張ったな」

 

「らしくないわねえ……手塚君。あたしにそんな口をきいたらどうなるか、わかっているはずよ?」

 

「てめえに俺たちを殺す理由はねえだろ。皆殺しを引いといて、生き残ったんだ。どでかい花火を眺めながら、パーティーの準備でもした方がいいんじゃねえのか? てめえのお仲間も空から派手に祝ってやがるぜ」

 

「それもいいかもしれないわねえ……。でもね、生憎そうもいかないのよ。貴方には理解しがたい複雑な事情が絡み合ってて、拗れに拗れた結果、こうなったってわけ」

 

「てめえらの内部事情には興味ねえよ。俺たちにとって大事なのは、お前に参加者を殺す必要はなくなったってことだ。当然、このお姫様をさらう必要もな。内輪揉めなら他所でやるこった。ここはゲームの会場だぜ」

 

 

ゲームのルールに則って考えるのならばまさにその通りである。そして、スミスの発言を信じるのなら、もはや首輪の発動もなく、警備システムもダウンしている。それならば、ゲーム終了の時間を待っていれば良い――

 

 

「そうかしら? 貴方がこの先あたしの邪魔をしない保証はどこにもないわ。それに……先の事を考えれば、不穏分子は抹消しておく必要があるのよ……うふふ」

 

「俺が不穏分子だぁ? テロリストに恨みを買った覚えはねえぜ?」

 

「うふふ……何か後ろめたい事でもあるのかしら? あたしが言ってるのは貴方が腕に抱えている優希ちゃんのことよ」

 

文香自身、生き残る算段ができたとは言え、崩壊しかかった精神が元に戻るまでには相応の時間が必要である。そして組織と敵対しているエースのテロリストと言えど、ここに至るまでの経緯を辿れば、澄んだ心で参加者を守りつつ、組織への破壊活動を行うなど到底できない状況だった。

 

……まずは自分自身を守らなければならない。他のプレイヤーと同じである。

 

「じゃあ、手塚君? 優希ちゃんをそこに下ろしなさい? そうしたらそのまま前に進んでくれると助かるわ。こっちを振り向いたら……撃つわよ?」

 

 

――ったく、テロリストってのは思考回路が同じなのか? 

 

 

偶然なのか何なのか、先ほどの連中と同じ台詞を吐き出す文香の言う通りにしたとして、最悪、銃器を突きつけられたまま転落するまで歩き続けさせられる恐れすらある。

 

「どういう風の吹き回しだっつんだ? このお姫さんを保護する必要はなくなったんじゃねえのか?」

 

「組織の次期トップになる子をどうしてあたし達が保護するのかしら? まあいいわ。今の口ぶりからすると……。どこまで知ってるのか教えて欲しいわね」

 

「どこまで知ってるってか? 別に俺はお前がお姫さんに消火器ぶちまけられて、小僧の言う通りの顔になったことなんか知らねえぜ。な、お姫さん?」

 

自身にしがみつく優希を見下ろしながら、薄ら笑いを浮かべる。心なし優希の表情が和らいだように見えたが、幼い少女にとっては状況を悪化するだけだと思えたのか、すぐに顔が強張る。

 

「ついでに、その後たらいに頭ぶつけて悶絶したことも、流行のアニメよろしく御剣と無理心中を謀ったことも、一人でてめえに酔って鏡に向かってたことも、公開熱烈接吻合戦に茶々入れたことも何も知らねえがなぁ? クックック……」

 

よくもここまで苦し紛れの悪態がつけるものだと自分でも驚いていた矢先、思い出すと本気で笑い転げてしまいそうなのを必死に堪える。背後から襲い掛かる殺気と腕の中から伝わる戦慄きをもコントロールしているのだと思えば、不思議と愉快になり笑いすら込み上げてくるのだった。

 

「あっはっはっ! それとだなぁ……うぉ!?」

 

だが、その瞬間、自身の蟀谷を掠める銃弾によって息が止まりそうになる。そして、背後から迫る殺気が一段と濃くなったのを感じる。

 

「あら、ありがと。手塚君。おかげで疑問が解けたわ。総一とのキスを邪魔したのは貴方だったのねぇ……」

 

感謝の弁とは逆に文香の表情には怒りの表情が浮かんでいた。

 

「あたしを妨害した下らない罠も、全部貴方だったってことよねぇ……?」

 

「まあ、待て……ありゃ、三流映画に見入ってる観客どもに水差してやろうと思っただけだぜ。てめえらにとっちゃ、ゲームの客も同類なんだろ? ここは感謝して欲しいところなんだがね。てか、お前さんがゲームを盛り上げてちゃ、本末転倒ってモンじゃねえのか?」

 

「ええ。感謝してるわ。貴方を撃つのに躊躇がなくなったことをね……。さぁ、お喋りの時間は終わりよ? 次は耳を削ぎ落としてあげる。優希ちゃんをそこに下ろしなさい。……ふふふふ」

 

腕の中の少女を引き渡したところで自分の安全が確保されるかどうかは甚だ疑問だった。それは先ほどのテロリストを見れば明らかである。そして、優希が必要ないのであれば、既に二人とも消し炭になっているはずではないのか。

 

「言う通りにしてぇのは山々なんだが、この通り。お姫さん、俺にしがみついて離れねえんだ。何とかならないもんかねえ?」

 

手塚は背を向けたまま両手を広げると、優希が首に手を回して顔を伏せているのが見える。文香の方を見ようともしないのは、今までの行動を思えば当然の結果だった。度重なる脅迫に暴力、殺人未遂行為……。彼女の元へ行くくらいならば、まだチンピラと一緒にいる方が安心できるのだろう。

 

頭では理解していた。そして仕方がない事であるともわかっていた。しかし――

 

 

こうなったのは誰のせいだと思ってるのよ……!!!!

 

 

幼い少女に拒絶され、自身がチンピラ以下だという烙印を押されたことで全身の血が逆流するかのような不快感に襲われる。

 

 

「ふざけてないで早くしなさい……。本気でぐちゃぐちゃにするわよ?」

 

 

――チッ、遊びが過ぎたか……。こんなことなら、余計なことしてねえで、あの時御剣と心中させとけばよかったってか……!?

 

 

 

文香の放つ恐ろしい声に為すすべもなく、手塚はしゃがみ込んで優希を地面に下ろすと首に絡みついた華奢な腕を静かに外そうとする。

 

「手塚……お兄ちゃん……」

 

「悪いな、聞いての通りだ。先にやっこさんのところで待っててくれや」

 

「い、嫌だよ……! 助けて……! それだったら、わたし、みんなと一緒に死んじゃった方が……」

 

立たされても尚、泣きながら手塚にしがみつこうとする優希と、何とか言い聞かせようとする彼らの様子は恰も別れを惜しむ親子のように見えるほどである。

 

 

――なんだ……? 父親と一緒にいたい娘が、常にイラついてる母親の元へ戻らなければならない。そんなシーンだってか? これが屋内だったら観客どもにも大受けなんだろうがなぁ……。ってそれどころじゃねえんだが……。

 

 

「滅多なこと言いなさんなって。お前さんはまだ生きられるぜ。生きてりゃチャンスもある。な、この帽子がお守りだ。ほら、早く行きな」

 

怯えながら目を奥にやると、そこには暗い空に浮かぶ月が照らす、蒼き恐ろしい存在が瞳に映る。バルカン砲を携え、切れ目の入ったスカートの内側に見える拳銃。

 

「うふふ……大丈夫よ、優希ちゃん。こっちへいらっしゃい? 悪い奴らは追い払ったし、貴方は無事に帰れるの」

 

その見飽きるくらいに繰り返される繕った笑顔は、優希にとって恐怖でしかなかった。絶対に碌なことにはならない……。

 

「でもね……優希ちゃん? その帽子、すっごく似合わないわよ? それと、手塚君は貴方をパパの敵対組織に売ってお金にしようとしてたのよ? 貴方を守ろうとしてるのはお金の為なの。騙されないようにね?」

 

――こいつ……。俺の相棒を……。それに全然違うだろうが。まあ、似たようなものか……。

 

早く行かなくてはまた文香の機嫌が悪くなる。そして自身の安全が脅かされる……。しかし、今まで一緒にいた他の参加者はどこへ行ったのだろう? このまま彼女の元へ行けば二度とみんなと会えなくなるのではないか。そんな気がしてならなかった。

 

 

「何をしているの? 優希ちゃん。早くいらっしゃい?」

 

 

――手塚、お兄ちゃん……。

 

数歩文香の方へ歩み寄りつつ少し振り返ると、手塚の大きな背中が見えた。どうするべきなのか答えを求めようにも聞くことすらできない。

 

――やっぱり、嫌だよ……!

 

「ふ、文香さん……」

 

「何よ?」

 

何気ないやり取り。言葉よりもその表情が既に答えを導いていた――

 

せっかくお兄ちゃんたちに会えたのに――

 

俯きながら仕方なく歩を進める。また文香と二人きりになったらどうなるのか。ずっと一緒にいなければならないのか……。考えるだけで気が遠くなりそうだった。

 

 

 

「ひゃっ……!?」

 

その刹那、激しい爆発音が鳴り響くと、地面が揺れたような感覚に襲われる。我に返って視線を上げると、文香の背に大きな赤黒い山が描かれる。突然の轟音と背後から押し寄せる熱風、そしてガスと煙の香りに流石の文香も動揺を隠せなかった。

 

「きゃっ!? な、なに……? 爆撃はまだ終わってなかったって言うの……!」

 

「クックック……違うな、どうも、ヘリが墜落したみてぇだぜ? お前さんのお仲間はどうにも同士討ちが好きらしいな。それか燃料切れってか」

 

「動かないでっ!!」

 

いつの間にか振り返りこちらを向いている手塚に拳銃を向け、強く釘を刺す。文香にとってはまさかヘリが落ちるなどということは想定外だった。これは事故なのか、それとも誰かがやっているのか。6階に存在する軍用兵器を考えれば不思議ではないのかもしれないが……。いずれにしろ、自己保身を図るためには優希の身柄は必要である。

 

「優希ちゃん、死にたくなかったら急いで!! 時間がないの、こっちへ来なさ……きゃあっ!?」

 

「……ひっ!?」

 

三度目の爆発……。これは爆撃なのか、それともヘリの墜落なのか……。今にこの場にも何かが落ちてきて爆発するのではないかと思うと、全員の動きが鈍り始める。互いの存在に注視しつつも上空に目を配ると、そこに映るのは紺碧の空色だけだった。

 

「クックック、派手な映画でも撮れそうだな……こいつはよ」

 

――チッ、性に合わねえが、お姫さんを犠牲にして他の連中を頼るしかねえのか? にしてもこの女だけは何しでかすかわかりゃしねえ……。

 

「……手塚君? 貴方、何をしたの……!!」

 

「おい。何抜かすかと思えば……。できるわきゃねえだろ」

 

「いいえ……貴方、あたしや総一しか知らないことを知っていたわよね……。そして現場にいなければわからないことも……。中央管理室で誰とどんなやり取りをしていたのかしら? 答えなさい?」

 

連続して上がる炎と爆音に、まさかの疑いを持つ。目の前の存在が何をするかわからない、それは文香も同じことだった。極限状態の中、予想外の出来事が立て続けに起これば平常心を保つのは難しい。ありえないことを想像することもある。

 

「クック……バレちまっちゃあしょうがねえ、実は超小型リモートコントローラーってのがあってな……」

 

時間稼ぎと混乱を招くためにいつもの調子で放った言葉を、強い風がさらった。瞬間、優希が頭に乗せていた帽子が凄まじい勢いで吹き飛ぶ――

 

「あっ……!」

 

「……きゃっ!?」

 

「似合わねぇ帽子を自在にコントロールできるんだよぉぉ!! テロリストさんよぉぉ!!!」

 

帽子が文香の顔に直撃した瞬間、手塚は全力で文香に掴みかかろうと突進した。状況を打開するために訪れた奇跡の天恵を最大限に利用するつもりだった。

 

「……遅いぜっ!!」

 

しかし、勢いに任せただけでは必ず隙が発生し、無理が生じる。希望的観測によって下手な博打を打たないのは現実を厳しく知るプロである。

 

「くっ……馬鹿ね。素人がよくやること……!」

 

視界が晴れると同時に拳銃を咆哮させると、目の前の憎らしい野獣は苦痛に顔を歪め絶叫し、その勢いを弱める。

 

「ぐぅああ!? うおぉぉっ……!!」

 

「おふざけが過ぎたわねぇ……。さようなら、手塚君」

 

勝利を確信し、体勢を崩した手塚にトドメの楔を打ち込もうとした瞬間、文香の喉笛に冷たい感触が走り、上半身が大きく仰け反る。そのままバランスを崩して後退すると後頭部を鉄の扉に打ち付け、目から火花が飛ぶような衝撃を感じる。

 

「うくっ!? ……何をする気!!?」

 

「手塚お兄ちゃん!!」

 

「地獄行き、ジェット、コースターの、発進だぜぇぇ!!!」

 

手塚は激痛を蹴散らすかのように、文香を力任せに扉の向こうへ追いやろうと、最後の力を振り絞る。文香は一歩下がってその場に踏みとどまろうと踵に力を入れるも、そこに床はなく、ヒールが空を切る。

 

「こ、この……! くっ……! あぁぁぁぁっ!!!」

 

「今なら、無料だ!! 遠慮はいらねぇっ! がぁぁっ!! ぐぅおおお!!!」

 

完全に体勢を崩した二人は6階へ戻る階段を縺れ合うように転がり落ちていった。激しく身体を打ち付ける音が何度も響くと、やがて二人は暗がりの向こうへと姿を消し、叫び声も聞こえなくなった……。

 

 

 

 

 

 

「何が起こっているんだ!? 仲間のヘリが次々に落とされている……!!」

 

「一体、誰が……。空に攻撃できる武器などここには……。うわああぁぁっ!!」

 

不慮の爆発により、色条優希を前に離脱を余儀なくされたテロリストたちは、懸命に走りながらヘリの着陸地点まで戻ろうとする。しかし、その矢先にまたもやヘリが墜落していく。最初の爆発だけでも想定外だが、それが連続で続くとなるとテロリストとはいえ焦りが生じる。

 

「これで3機目ですっ! 2番機、3番機……5番機が墜落、炎上しています! ここに留まるのは危険では……!」

 

「誰だか知らんがやってくれたな……! あれが始まる時間は?」

 

「大凡0500(マルゴマルマル)と予測されます」

 

「仕方あるまい。それまでに一人でも多くのプレイヤーを殲滅し離脱す……」

 

その先の言葉を紡ぐことなく、テロリストはゆっくりと崩れ落ちた。背後から首と胸の間を正確に撃ち抜かれたのか、二度と動くことはなかった。

 

「な……敵襲!? だ、誰だ!? くっ!!」

 

咄嗟に前後左右を警戒するも敵影は見当たらず、突然の凶行にパニックに陥る。次は自身の番かもしれない恐怖と危機感に焦りは頂点へと達し、一目散に逃げ惑うことになる。ほとんどのヘリがやられてしまっては、操縦技術のない自身は他の機体に乗せてもらうしかない。安全なところまで身を隠してから通信を入れようと、頭に思い描きながら全力疾走する。

 

「何故だ、何故こんな目に……がぁっ! ぐわぁっ!! ぐはぁぁぁ!!」

 

無暗に走り続けていたところへ銃弾の雨が降り注ぐ。気が付いた時には身体中に銃撃の洗礼を受け、意識が遠のいていた。……やがて、静かに崩れ落ちるのだった。

 

 

 

――そういう時は遮蔽物の陰に身を隠し、様子を伺うべきだった。

 

塔屋の上で二つの死体を作り上げた男は静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

上空で様子を伺っていたヘリが高度を上げ、ゲーム会場であるビルから離れていく。自身が操る1番機と着陸した4番機を除くヘリが撃墜された今、もはや危険を冒してまでミサイルのテストをする理由はなかった。

 

「非常事態だ。直ちにこの空域を離脱する」

 

「3機ものヘリが僅か15分程度で落とされるとは……一体何が起きているのですか!?」

 

「おそらく対空ミサイルだろう。携帯式のな」

 

「そんな武器まで会場に用意されていたなんて……」

 

黒煙と炎を背に向けると、高速で飛び去って行く。やがてビルは小さくなり漆黒の夜空へと消えていった。隊長らしき男に動揺している節はなく、その様はこうなることを納得して受け入れているようにさえ見えた。

 

「よろしいのですか……? まだ……」

 

「4番機はハト派だ。勝手にやらせておけばいい。確かに我々はミサイルの威力には興味があったが、参加者の皆殺しには反対だった。そうだろう?」

 

「しかし……これでは命令無視では!? それに、派閥は違えどハト派の中にも大佐……少将に疑問を持っている者もいます」

 

「その通りだ。後はそのほんの一握りの連中に任せる。部下を利用し、簡単に見捨てるような男の元で働く気は毛頭ない。我々とて命がいくつあっても足りんからな」

 

明らかに反逆的な姿勢を見せた男に部下は憤りを見せる。しかし、それはその男に対するものではなく、自身が所属しているテロ組織そのものへ向けたものだった。

 

「隊長! エースは組織と戦うために存在していたのではなかったのですか……!?」

 

……どこで歯車が狂ったのだろうか。部下の問いに応じるものはなく、悲痛な声は暗い空と海に吸い込まれていった。自身の正義を貫き、強大な力を持つに至ったテロ組織、エース。その厳しすぎる理念はいつしか身近に新たなる敵……別の正義を生み出し、激しく反発しあうようになった。もしかしたら、彼らにとって組織も敵対派閥も同じに映っていたのかもしれない。

 

「……この任務が終わり次第、派閥同士の戦争になるだろう。もはや止めることはできん。よもや組織のみならず我々エースも同じ運命を……」

 

5発のミサイルを命中させながらも、倒壊どころか外壁すら貫けなかったゲーム会場……。数箇所の屋上を深く陥没させたものの、攻撃部隊がほぼ全滅状態では到底褒められたものではない。

 

 

 

――我々は一体、何と戦っていたのだろうな……。

 

 

 

それでも組織のトップを壊滅させたことは大きい。作戦が上手くいったのであれば、幹部もそのほとんどが処理されたとも聞く。今後のゲームの運営は儘ならないだろう。その事実だけを糧に士気を保っていたものの、今度はその力は仮にも仲間である存在に向けることになるかもしれないのだ。自身の存在意義を思いながらヘリを飛ばしていると、正面から別のヘリが向かってくる。

 

「あれは……増援でしょうか?」

 

仲間が緊急回線でも使ったのだろうか、雰囲気から味方機であることは間違いない。自分たちの様子でも見に来たのかと、気にせずすれ違おうとするものの妙な違和感を覚える。

 

 

――1機……か。なんだ、あの下方部の物体は……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やるじゃない、おっさん。大当たりだぜ!」

 

「ふう……。本当にやってしまったね……」

 

遠くで響いた爆音と燃え上がる炎を見て意気込む長沢と対照的に、葉月は肩で息をしながら、その場に座り込んだ。

 

「これで全機だとありがたいが……。くれぐれも油断は禁物だ」

 

「あれ? 高山のおっさん、いつの間に!? とりあえずこっちは大成功だぜ!」

 

「ああ、哨戒に当たっていた。現時点で考えられる全ての人的脅威は排除しておいた。まずは一安心だ」

 

満面の笑顔を浮かべる長沢とは対照的に、葉月は疑問を投げかける。

 

「脅威とは、どういうことでしょうか?」

 

「誰かは知らんが、向こう側でも戦闘行為が行われていた。先ほど、明らかに参加者ではない連中がこちらに向かってきていたのでな。混乱に乗じて排除しておいた」

 

包帯を巻いた高山の右肩には血が滲み出ており、痛々しさを物語る。それでも流石はプロというべきか、表情一つ変えずにその場に腰を下ろす。

 

 

――ヘリで爆撃とは……対空兵器の存在を想定していなかったようだな。こんな低空飛行で接近すれば、恰好の的でしかない。尤も俺自身、このような兵器があるとは思わなかったが……。

 

 

今まで戦場で見たことのない最新兵器がこんなにも用意されているとなると、このゲーム自体が何らかのテストでも兼ねているのか。そもそも、参加者同士で戦わせることにおいて、対空兵器など必要ないことを考えれば……既に外部からの妨害対策としてあったのだろうか。片や夢現な壮年男性と、ゲームに勝利したかのようにはしゃぐ少年を横目に高山は考えていた。こんな素人でも少し説明すれば当たり前のように扱えることが恐怖に思える。

 

――現時点ではそれが逆に作用しているとは皮肉なことだ。向こうの戦場では当たり前の光景をまさか自国民同士で眺めることになるとはな……。

 

 

 

 

「ということは……!」

 

「ああ。……終わりだ。ご苦労だった」

 

上空へ目を向けるとヘリの姿はおろかプロペラ音もなく、屋上で吹き上がる煙と弱まった炎が静かな風に紛れているだけだった。先ほどの騒がしさと緊迫した空気が夢のように思える。

 

 

「ようし、やったぜ! あとは渚の姉ちゃんだな! 高山のおっさん、手伝ってくれよ。ちょっと距離があるけど、そんな遠くはないからさ。僕が嘘つきじゃないってこと、証明してやるぜ」

 

「……了解した」

 

無駄なことだとは知りつつも、渚の安否には興味があった。そのまま葉月の方へ目配せすると、彼は疲れ切った表情を浮かべながらも微笑んでいる。無事にすべてが終わったという解放感があるのだろう。

 

「ははは。僕は遠慮しておきますよ。何分、疲れました」

 

「ああ。これ以上は動かん方がいい。お互い様だがな」

 

「じゃあな! 絶対姉ちゃんを連れてくるから、待っててくれよ!」

 

 

戦闘が終わって逆に元気になってしまった長沢と、一気に疲れが押し寄せてきた葉月。そんな対比を眺めながら6階へ戻る階段を下る。

 

 

 

 

 

――しかし……偶然とはいえ、よくもこんな別ルートを発見したものだ。義理はないがテロリストどもの爆撃に感謝すべきか……

 

 

 

 

 

右手に持った拳銃……脇が開くのは……。

 

僅かに視線を上に向ける……。狂気を含んで歪む瞳と赤いリップを施した唇が綻ぶ。快楽に浸っているのか息遣いまで聞こえてくる……。一段とその瞳が大きく見開かれた瞬間、咄嗟に上体を左に逸らし、代わりに全身全霊の力を込めた右腕を突き出す。

 

「ぐふぁっ……!? かはっ……あ……あぁ……」

 

「ぬぅ……。くっ……!」

 

鳩尾に一撃を受け、文香は拳銃を取り落としその場に倒れこむ。一方、高山も銃弾が右肩を掠め、苦痛に顔を歪める。

 

「や、やった……わね……ぇ……!! げほ、ごほっ……!」

 

藻掻く文香を尻目に素早く部屋を飛び出すと、全力で駆け抜ける。背後から狙いをつけられたら今度こそ終わりである。できる限り距離を取らねばならない。

 

1㎞は走ったであろうか、PDAを確認しながら屋上を目指していると、正面の通路には通行禁止の意味合いである、瓦礫の山、石の塊が積み上げられていた。再びPDAを確認すると進行方向の右側に×印がついている。最初の爆撃の影響で瓦礫が通路に崩れ落ちたのだろうか。

 

つまり、正規の通路を進むことができないが、逆に通れないはずの方向へ進むことはできるようになっていたのである。

 

瓦礫で埋まっていたであろうその奥にはまた通路が広がり、心なし壁が綺麗になっているような気がした。こちらに進むしかない以上、身体を潜り込ませて先へと進むと、最新鋭の武器、兵器に食料、救護用品、膨大な資料など、多くの部屋に数えきれないほどの物資が置かれていたのだ。まさにSTAFF ONLYというわけである。

 

聞けば、長沢も同じような状況で隠し通路の方へ吹き飛ばされたらしい。そしてゲーム会場の広さを考えれば当然なのかもしれないが、屋上へ上がる階段は一つではなかったのだった。

 

 

 

 

 

「ゲーム運営側が利用している区画、というわけか」

 

「多分ね。だってどの階にもこんなに食料や武器なんて置いてなかったじゃん」

 

スミスが言った屋上へ上がる階段は、PDAには一ヵ所しか記されていない。しかし、いざ屋上へ上がってみると当たり前のように6階へ戻る塔屋が点在しているようにも見える。

 

「ほら、見てみろよ。姉ちゃんのPDA。全然違うところにGPSが……」

 

長沢は二つのPDAを取り出して得意げに説明しようとしたところ、自分の方のPDAに反応があることに気づく。

 

「あれ? トランシーバー機能かな。優希からだ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あと、少しだ……」

 

何度か床が揺れ、天井から破片が落ちてくることはあったが、もはや気にしている暇はない。咲実を背負いながら、足を引き摺るようにして歩を進める。その度に膝から流れ落ちる自身の血が滴り落ちてゆく。時に迸る激痛と疲労から何度も倒れそうになる。事実、いつ動けなくなっても不思議ではなかった。しかし、総一にとっては苦にはならなかったのだ。

 

――咲実と未来を掴み取るか、優希の元へ逝けるのか。

 

どちらに転んでも、願いは叶う。そして、心に響く優希の声が絶えず総一を前に進めようとする。それならば、限界を超える限界まで進む。そこまでしての結果ならば彼女は受け入れてくれる。精神的な支えが総一に凄まじい力を生み出させていたのだ。

 

「着いた、ぞ……。優希……。咲実、さん……」

 

屋上へ続くと思われる階段が見えると、初めて座り込んで呼吸を整える。身体が安堵感を覚えると急に膝の痛みが激しくなるような気がした。そして全身の力が抜けていくのがわかる。開かれているであろう外部へ通じる扉からは僅かに月明りが差し込んでいた。

 

――ここから出られる、のか……。

 

 

しかし、数分間の休息後、再び咲実を背負ってゆっくりと階段に向かって歩き出すと、到達目前、信じられない光景に出くわすことになる。

 

「ふ、文香さん……? この人は、確か……手塚、さん……」

 

そこには物言わぬ二人の男女が転がっていた。少し前に体温を肌で感じた存在は頭から血を流し、横向きに肢体を投げ出している。目元には髪がかかっており、その表情を伺うことはできない。そして片や仰向けに伸びており、半開きになった瞳は白目を剥いていた。腹部からは著しく出血しており、僅かな血だまりができている。

 

文香はともかく、手塚と会うのはゲーム開始以来のことだった。二人とも気を失っているのかぴくりとも動かない。一瞬、最悪の想像が広がる……。

 

もしかしてこの階段の上にいる何者かにやられたのだろうか? それに、何故この二人が一緒なのか、疑問も尽きない。二人の状態を確認しようと近づくと、屋上の扉が開き、小さな影が現れる。

 

「……ゆ、優希……!?」

 

「あ……。総一、お兄、ちゃん……」

 

ひとまず安心したものの、相当に怯えているのか優希は下りてこようとしない。

 

「ど、どういうことなんだ……? これは、誰が……?」

 

「気をつけて! 文香さんが……!」

 

優希にとって文香は危険な印象が大きい。だが、手塚とて見た目からまともな人間ではない。そして、今までの経緯を思えば――

 

無意識に文香に近づこうとした途端、優希の輪郭が明らかになる。まず目を引いたのは頭に乗せられた帽子だった。なぜ、手塚のそれを優希が……? 

 

「ダメ、起こさないで!! わたしが教えてあげるから、早くこっちに来て!」

 

「あ、ああ……わかった、よ」

 

ただ事ではないことは総一でも理解せざるを得ない。そして、突如優希が発した大声にも二人が反応することはなかった。もしかしたら既にこと切れているのか。湧き上がる疑問を胸に身体を奮い立たせ、総一は階段を一段一段と昇って行った。足に響く激痛を堪えながら。

 

 

 

 

 

自然の風はこんなにも心地よいものだったのか――愛する人を失ってからは何をしても何を見ても、そう心を動かされることはなかった。3日間、無機質な壁に囲まれた迷路を彷徨い続けていたこともあるのだろうが、この間に自身の心を振り返らせるような出来事が、絶えることなく起こり続けたからなのかもしれない。

 

「総一お兄ちゃん、根性あったんだね……」

 

「ははっ……。みんなのおかげだよ。優希、咲実さん、そして長沢……。俺は何も変わっちゃいないよ」

 

「あはは。そうだよね。厳しくしないと、甘えちゃうもんね、総一お兄ちゃん」

 

背負っていた咲実をゆっくりと下ろし、壁に凭れかけさせると、自然と自身の方へ身を寄せてくる。安らかな寝顔を見ていると自然と自分の顔も綻んでいく。

 

「みつ、る、ぎ……さん……? こ……ここ、は……?」

 

やがて今までにない風の音と、身体をくすぐる心地良さに呼応するかのように、咲実はゆっくりと目を覚ました。目に映る景色は暗いが、今までに見せ続けられていた冷たい壁に比べれば、透き通るような紺碧色は絶景だった。

 

「屋上だよ、咲実さん……! 俺たち、ゴールにたどり着いたんだ……」

 

「えっ……」

 

どこか虚ろだった咲実だが、徐々に五感が目覚め、見るもの感じるものが虚構ではないことを肌で感じ取り始める。

 

「私……あの大きな爆発の後に御剣さんと二人になって……そのまま眠ってしまって……」

 

「そう。俺が後から目が覚めて、咲実さんを連れて、ここまできたんだ……。少し、時間がかかったけどね……」

 

目の前に広がるのは、まだ星が見える明け方の空。澄んだ空気に紛れて煙も上がっているようだったが、自然を思わせる風は紛れもなく建物の外へ脱出したことを感じさせる。

 

「じゃあ、本当に……? これでゲームは……。私たちは生き残ったんですか!? 夢じゃないんですよね?」

 

「ああ。夢じゃないよ、咲実さ……って、痛てててっ!! 痛て!」

 

「あれ~? やっぱり夢かもしれないね、咲実お姉ちゃん。だって、頬っぺたを抓っても痛くないもん、わたし。えへへ……」

 

「こらこら、優希! 自分の頬っぺたを抓らないと意味ないだろ!」

 

急に頬を抓られた総一は間抜けな声を上げると、咲実は静かな笑い声を上げる。微かに胸が痛んで咳込みそうになるが、精神的解放感の前には微々たるものだった。

 

「もう、優希ちゃんったら……」

 

そして、じゃれあう二人を眺めていると、身体中の服の汚れや、総一が脚部に負った傷が必然的に目に入る。

 

――こんな身体で私のことをここまで……。

 

優希の乱れた髪とセーラー服を思わせる白い服に目立つ、黒ずんだ汚れ。自身に視線を落とすと、自らもひどいものだった。

 

「ふう、痛ててて。……どうした? 咲実さん」

 

咲実はいつの間にか溢れ出た涙を拭っていた。安堵感や感激に加え、今までに起きた数えきれないほどの出来事を振り返ると、自身がこうして生きていることが奇跡的に、そして申し訳なくさえ思えてくる。

 

「い、いえ……あの、ごめんなさい。安心したら涙が出てきてしまって……。御剣さんや優希ちゃんの方が、私の何倍も辛い思いをしているはずなのに……」

 

何度も咲実を守りつつ、深い傷を負ったままここまで連れてきてくれた総一。身内の揉め事から発展した大騒動の中で翻弄され続けた優希。二人に比べれば、助けてもらってばかりだった自分の苦労など……。身勝手な感情だとわかっていても、溢れる涙が止まらない。

 

「いいんだよ、咲実さん。俺だって咲実さんがいなかったら、ここまで来れなかったんだ。とっくにあきらめて、あいつのところで怒られていたよ」

 

「それは私も同じですっ! 御剣さんがいなかったら、私……。今まで何度も助けて頂いて……」

 

咲実は総一の身に縋るようにして、嗚咽を上げる。事実、正当な理由をもって死を迎えられる状況を望んでいた総一が、咲実たちを守ろうとしなかったら犠牲者はさらに増えていたのかもしれない。咲実も既に脱落していただろう。理由はどうあれ、総一の行動が彼女を助けたのは間違いない。

 

そして、一人ではまともな行動すらできず、守られていてばかりだった咲実。ゲーム開始時は総一に手を引かれてやっと移動ができるほどだった。それでも、行動を共にするうちに淡い感情が芽生え、総一を知りたいという想いが彼の凝り固まった異常な感情を溶かしていった。

 

 

短くも長い生死を賭した3日間によって、二人の人間が救われ、大きく成長したのだった――

 

 

 

――パパとママもこんな風に仲良くできたら……。

 

 

身を寄せ合う総一と咲実を眺めながら、優希は複雑な想いを抱いていた。このゲームを運営している組織のボスであり、優希の父親でもある色条良輔。

 

文香や手塚の話によればもうこの世にはいないと言う。しかし、幼い少女には受け入れ難く、増してやこの非日常の空間で言われても、本当は冗談だったのではないかと心のどこかで期待してしまう。

 

――パパ、わたしを助けにきてくれてたんだよ、ね……。

 

涙ぐんだ瞳をゆっくりと夜空に映すと、輝く星の彼方から迎えに来てくれるような……。あり得ないと知りつつもそんな期待すら生まれてくる。

 

 

 

 

その時……。

 

 

 

 

何か光るものが瞳の端に映ったような気がした。静かに瞬く星とは違い、徐々にこちらへ移動してくるような感じだった。

 

「あの……何か音がしませんか?」

 

咲実も目より耳で気づいたのか、いつの間にか身を起こして周囲に聞き耳を立てている。

 

「上、じゃないか? 何か空から近づいてくる……?」

 

やがて総一も気づいたのか視線を上空へ向ける。

 

……この時点でヘリによる数回の爆撃を目の当たりにしていたのは優希だけだった。屋上に上がればゲームは終了。スミスの言葉を信じるのならもう安心だったはずである。だから、総一も咲実も警戒はおろか、あまり気にも留めていなかった。もしも近づいてきたら、その時考えれば良い。

 

そして、優希も自身の父親が迎えに来てくれるのかもしれない……。そんな都合の良い期待を頭に描いていたのもあって、暫くの間は移動してくる光源を呆然と眺めていた。

 

……だが、その光が徐々に大きくなるにつれて疑問が生まれる。

 

「総一お兄ちゃん、咲実お姉ちゃん……! あれ……もしかして……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここでそんなことが……!? それじゃあ、今までのあの激しい揺れも全部爆撃だったってことか……。だから天井が落ちたり、床が抜けたりしてたり……」

 

「……向こうの方で上がっていた、あの煙も……」

 

「そうなの、手塚お兄ちゃんが言ってたような気がするの! この建物を爆破するとか、頑丈だとか……だから……」

 

よもやヘリによる無差別爆撃。その追撃だとしたら……!

 

 

――そうだ、手塚さんと文香さんは……!

 

屋上にたどり着いた喜びと達成感によって忘れていた疑問……それが優希の言葉によって鮮やかに蘇る。なぜあの二人が階段の手前で倒れていたのだろうか。疑問を解決すべく優希に尋ねようとするものの、咲実の言葉に遮られる。

 

「御剣さん、優希ちゃん! とりあえず、建物の中へ避難した方が……」

 

「そうだな……いったん、中へ戻ろう」

 

身体を滑り込ませるようにして、屋内に入ると階段をゆっくり下りていく。その先には相変わらず動かないままの手塚と文香が身体を投げ出している。

 

 

 

 

 

「手塚さんが、優希を助けてくれた? それに黒い人たちって……」

 

「でもね、昨日、わたしを助けに来てくれた人たちとは違う感じで、すっごく怖かったの……。そしたら文香さんが来て……」

 

その頃から屋上で爆発が何度も起こり、優希を巡った争いの果て、こうなった……。

 

もはや満身創痍の総一にはどうすべきか考える力はなかった。文香の目的や真意など到底計れるものではない。それは咲実も同じである。しかし、目の前で大ケガをしている存在を放っておくわけにはいかない。総一は身を引き摺るようにして、二人の元へ近づこうとするが、優希に遮られる。

 

「ダメっ! 文香さんは起こさないで……! 手塚お兄ちゃんもそっとしておいてあげて……」

 

「そういうわけにはいかないだろ。放っておいたら……」

 

「御剣さん……。二人には申し訳ないですけど、無理に動かさない方がいいかもしれません……。このまま時間まで待っていた方が……」

 

時間をチェックすると午前5:00を回るところだった。ゲーム終了まであと3時間……。考えれば考えるほど、なにが最善策なのかわからなくなる。確かにここで下手に争われても危険であり、巻き添えを受けることも十分にあり得る。

 

「それよりも、一緒にいた人たちはまだ建物の中にいるんでしょうか……? 長沢君と葉月さん、高山さんは……」

 

最初の爆発ではぐれてしまった三人……少なくとも、彼らなら一緒にいても安心である。だが、どこにいるのかはわからない。

 

「あ……! わたし、お兄ちゃんのこと呼んでみる」

 

優希はPDAを取り出すと、トランシーバー機能を起動させた。

 

 

 

 

 

――しかし、その試みが実行されることはなかった。

 

 

 

 

 

「……えっ!? なに? 眩し……」

 

 

 

 

 

屋上へ続く扉から僅かに覗く明け方の空が眩しく光り、凄まじい轟音と共に空間を揺らす。総一たちは悲鳴を上げる間もなく吹き飛ばされて壁に身体を叩きつけられる。もはや今の三人に現状を把握する余裕も体力も残っておらず、為すがままだった。激しい揺れは収まることを知らず、倒れていた手塚と文香の身体も濁流にのまれた木の葉のごとく右に左に叩きつけられながら、冷たい床を転がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――今までのミサイルとは段違いだな。最初からこれを投下すればよかったのではないか?

 

 

――予算の都合、でしょうか。安く上がるのであればそれに越したことはなかったのですが。ゲーム会場である建物の強度が我々の想像を遥かに上回っていた、というところですね……。

 

 

――確実に崩壊させるには核兵器が必要なのかもしれんな。

 

 

――物騒ですが……。その通りかもしれませんね……フッ。

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