部屋に入ってきたのは二人の男女だった。一人はネクタイを締めた初老の男性だ。
漆山よりは年上に見えるが、顔立ちは整っており体型も細長い。真面目なサラリーマンと言った風貌をしている。もう一人は大学生くらいの女性。最初に目を引いたのはその服装だった。最近のゲームに出てくる女性キャラクターのような服、俗に言うゴスロリ衣装を身にまとっていて、この場に似つかわない印象を受ける。服のせいで幾分幼く見えるが年齢は麗佳よりも上だろう。このゲームが本当のゲームだったら……きっとチュートリアルにこんなキャラクターが出てくるのだろう。長沢はそう思った。
「それじゃ、さっきの悲鳴は君だったのか」
葉月克巳と名乗るその男性は渋い表情を作った。長沢が少女に襲われた時の悲鳴を聞いて、この近くまで来たら血痕があった。それを追ってこの部屋まで来たという。
「はい。これでだいじょ~ぶだよ~?」
渚と呼ばれた女性はナイフで斬られた長沢の腕を消毒し、上から包帯を巻いた。二人が途中で見つけた救急箱を持っていたのが幸いしたのだ。
「あ、ありがとう、姉ちゃん……」
「ううん、痛かったよね……? 怖かったでしょ?」
女性は悲しい表情で訴える。他人に心配されたことなどいつ以来だろう……? そして他人にお礼を言うことも。こんな目に遭っていながらも長沢は少し嬉しかった。
「あ~、それとね~、私は綺堂渚って言うんだけど~、君のお名前を教えてくれないかな~?」
「ぼ、僕――俺は、長沢勇治」
「長沢くんって言うんだ~? お姉さんたちは傷つけるつもりはないから。大丈夫だからね~?」
「しかし、こんなに早く危害を加える人間が出てくるなんて、少しショックだね」
戦闘禁止が解除されてから2時間が過ぎた。本来ならやる気になっている参加者がいるのは普通のことかもしれないが、今だ誰も死んでない状況ではそれが異様に思える。
「長沢君の話を聞くと、既にその子も誰かと戦ったのかもしれない。それで誰も信用できなくなったんじゃないかな」
「だからって、丸腰の男の子に斬りつけるなんてひどいよね~。でも~、このゲーム機に書いてあるルールって~、本当なのかな~? それもわからないし……」
「あのさ、俺を襲ってきた奴は、変なおばさんに何かされたみたいだった。麗佳の姉ちゃんにも襲われたって言ってたし……」
「襲われた? 麗佳さんに!?」
長沢の言葉に二人は顔色を変えた。
「ええっ、長沢くん、麗佳ちゃんと会えたの~!?」
「そうだよ。ゲームが始まって、一番最初に会ったのが麗佳の姉ちゃんだった。ルールの交換した後、すぐに逃げられちゃったけど。見た目鋭そうだけど、案外怖がりみたいなんだよな。姉ちゃんたちも知ってるの?」
「麗佳さんとは少し前まで一緒に行動してたんだが……戦闘禁止が解除されると、一人で行ってしまったんだ。どうやら、僕たちのことが信じられなかったみたいでね。僕も最初は半信半疑だったから無理もないが、自分の娘よりも年下の子たちが傷つけあってるのを見るといたたまれないな」
結局、麗佳については共通の面識があったものの、おばさんの方についてはわからずじまいだった。長沢が見る限りでは郷田が該当したのだが……
「郷田さん、か。まだ一人でいた時、僕と同じくらいの男性……漆山さんだったかな。彼にその名前を尋ねられたね。渚さんは、会ったことがあるかな?」
「え、あの、ごめんなさい。わからないです~……」
渚の複雑な表情に気付いた葉月が質問したが、思い込みだったようだ。
この時点で長沢は11人と会っている。最後の一人はどんな奴なんだろうか? それを知るべく問いかける。
「姉ちゃんたちは俺以外の誰に会ってきたんだ? 教えてくれよ」
「実はあまり多くないんだ。麗佳さんと漆山さんの他には……ええと」
「手塚くんと会ったよ~。少しお話したけど、すぐに行っちゃったかな~。何だか急いでるみたいだったね」
知ってる奴ばっか……まあ当然なのだが、チンピラにしか見えない手塚が何もしないと言うのが不思議に思えた。長沢が1階で多くの参加者に会えたことに対し、渚たちはそうでもなかったらしい。だが、その時葉月が言葉をつないだ。
「そう言えば、もう一人見たね。背が高くて、威圧的な雰囲気を放つ男性が」
「あ~、それって、さっき影から見た人ですか~?」
遠くから見ただけのようだが、話によれば少し前に長い通路の向こう側にある十字路を長身の男性が歩いて行ったらしい。歩くスピードが早かったのと、その雰囲気が危険そうに見えたので特に追いかけることはしなかったという。
「そのでかい男、御剣の兄ちゃんたちも見たって言ってたぜ……これで、13人そろったな」
参加者の大体の概要が掴めたところで、長沢の出血も徐々に止まってきた。そこでこれからのことも考えて3人はルールの交換をすることにした――と言うよりも長沢が知っているルールを渚と葉月に教えたのだ。
「すご~い、長沢くん、よく暗記してたね~?」
「当然じゃん。楽しくゲームをやるためには操作方法は欠かせないだろ。それと同じさ」
「警備システムや首輪の解除条件が本当だとするならば……やはり、我々をここに閉じ込めた連中は殺し合いをさせるつもりなんだろうな」
葉月の言葉で長沢は我に返った。彼の首輪解除条件は参加者のうち3名以上を殺害することなのだ。当然この二人でも構わない。
――しかし、長沢の心に迷いが生まれつつあった。
見知らぬ人間を……それこそ学校にいる嫌なクラスメートを3人殺すくらいなら、何のためらいもなく出来る気でいたのに……
結局、長沢は二人と一緒に行くことにした。さっきのように武器もないのに一人でいる時に襲われたら危険だからだ。やっとパーティプレイができる、と、頭の中に仲間が増えた時に流れる音楽を思い浮かべながらも、彼は複雑だった。
「ほう、長沢君もか……僕の娘もどちらかと言えば外に出る方じゃなかったからね。失恋した時なんか、しばらく引きこもりになってしまって。僕の方が心配になったもんだよ。今はすっかり独立したけど、少し寂しくなったね」
「ふーん、よくわかんないけど……振られたくらいでそんなに落ち込むもんなのかなぁ?」
長沢の中で言う恋愛、恋人と言うとゲームで一緒に行動している男女が様々なイベントを起こしているうちに仲良くなって、いつの間にか……という程度のものである。
「もう少し大きくなれば嫌でもわかるさ。長沢君にもいつかこの人と将来を……! と考える時が来る。やっぱり僕の世代だと、男から仕掛けなきゃ、と思うしね。それで失敗したりすると……なかなかつらいもんだよ。ははは。遠い記憶だけどね」
2階を探索しながら会話が弾む。思えば最近、学校や塾以外では部屋に籠ってネットとゲームの日々。自分の父親とも碌に話していなかったのだ。ちなみに葉月は地方公務員だそうで、会社の帰りに襲われたらしい。一方、渚はバイトの帰り道にさらわれたと言う。
「へ~、いつもゲームばっかりしてるの~? お友達とかと遊びに行ったりしないんだ~?」
「いや、俺……友達いないし。学校でも誰も相手にしてくれない。まあ、あんなレベルの低い奴らとは別に話したくもないけどな」
渚には長沢が強がっているだけなのが目に見えてわかった。俗に言う中二病、それを差し引いても自分のプライドを守るのに必死なのだということを。
「そうだったの……? それじゃあ、渚お姉さんが友達になってあげるね~」
「な!? べ、別にいいって!」
「えへへ。わ~い、長沢くんの最初のお友達なのだ~」
「ははっ、良かったね、長沢君」
「は、葉月のおっさんまで!」
――もう一人子供がいたらこんな感じになっていたのかもしれないな。姉弟のように打ち解け合う二人を見て、葉月はしみじみ思っていた。
「だから大丈夫だって! ネットじゃみんな俺の話を聞くしさ、それにゲームでキャラを育てたり、物を壊したり人を斬りまくったりするのって楽しいんだぜ?」
「……む~、そういう乱暴なことを言う子は、お姉さん嫌いだぞ~」
渚は腰に手を当てて頬を膨らませた。
「い、いいじゃねえかよ。ゲームの中の話なんだしさ!!」
悪態をつきながらも長沢は思う。
――この人たちをいざという時に殺せるだろうか……?
時おり、ゲームのクリア条件を忘れそうになる。それに、もしかしたらここに連れて来られた人たちは、学校の人間とは違う、自分を認めてくれる人もいるのではないか……? 確かに人を殺してみたい、そう思っていたし、実際にそれが許される場だ。だが――
長沢自身にもその答えはわからなかった。