「あれぇ~? ねえ、長沢くん。これ何かな~? ぴーでぃーえーのつーるぼっくす……? 2つあるみたいだけど……」
途中で入った部屋で黒いカートリッジのようなものを見つけた渚は、まじまじと見つめながら言う。マッチ箱程度の大きさで端子が付いていた。
「なになに? ちょっと貸してよ、姉ちゃん」
長沢は渚からそれを受け取ると説明文を読んだ。
『このツールボックスをPDAの側面コネクターに接続することで、PDAに新たな機能を持ったソフトウェアを組み込むことが可能です』
「やった! 姉ちゃんいいものを見つけたじゃん。つまりさ、このソフトをインストールするとPDAがパワーアップするんだよ」
「具体的にはどんな風に?」
こういう機械が苦手なのか、葉月は真面目な顔で覗き込んでくる。
「こっちが、今いる場所を表示してくれる。そしてこっちが生きている人の数を教えてくれるようになるんだよ」
葉月の問いに長沢はスラスラと答える。
「ただ、強力な奴や便利な物ほどバッテリー消費が早まるから、使い過ぎに注意、だって」
「それって~、どういうことなのかな~?」
「つまりさ、PDAが起動できなくなって首輪が外せなくなるから気をつけろってことだよ。それと、このツールボックスはひとつにつき、1台のPDAにしかインストールできないみたいだぜ」
「……となると問題は、誰のPDAにインストールするかということだね」
長沢としては全部奪ってしまいたい気分だがそうもいかない。説明書きが本当ならば、PDAのバッテリー消費が早くなるため、手当たり次第に、とはいかないのだ。
「うーん……難しそうだから~、二人で使っていいよ~。こっちが葉月さんのですね~」
渚はそう言うと長沢から片方のソフトを取って葉月に渡す。MAP上に現在位置を示すGPS機能の方だ。
「あ、渚の姉ちゃん! そっちは俺が……」
「これから一緒に行動するんだから~、便利なものは大人の人に預けた方がいいと思うよ~」
確かに正論である。長沢がさらに抗議しようと思った頃には、既に葉月がソフトをインストールしていた。
「ちぇっ、まあ、しょうがないか」
―――残りの生存者数、13人。
長沢がもう片方のソフトをインストールすると早速効果が現れた。13人、ということは誰も死んではいないのだろう。ほっとしたようなつまらないような。いずれ3人は殺さなければならないのだから、多いに越したことはないのだが。
「これで移動しやすくなったね……でも、なかなか道は険しそうだ」
葉月はPDAを眺めながら言った。地図によると階段自体は近くにあるのだが、ここからだと大きく回り込まなければならない。長沢の提案では上の階を目指すことにしていたのだ。
「部屋をのぞきながら行けばいいじゃん。何か武器があるかもしれないしさ」
「……進んで人を傷つけるわけではないが、我々も襲われた時のことを考えなきゃいけないね」
長沢たちは地図を頼りに再び歩き出した。
一方その頃、同じ2階でぼやく女性の姿があった。
「ふう、とりあえず火付けは上手くいったかしら。あれであの子もその気になったみたいだし。その気がないプレイヤーもスパイスとしては必要よね……。問題はこっちかしら。難しいこととわかってはいたけど、こうもあっさりと断られると面白くないわ。首輪の解除条件を考えれば、悪くない取引だと思ったのに」
こんな状況にありながら、彼女は手鏡を取り出して化粧を直している。その仕草にはどこか余裕すら感じさせる。だが、鏡に映った自分の顔を見ても、先ほどのことを思い返すとプライドが傷つき、不愉快の色までは消せなかった。
「それとも、年上には興味がないのかしらねぇ……」
語気を強めながら多少乱暴にコンパクトをたたむとそれらをバッグにしまい込む。
「仕方ない。次の手段と行きましょうか。何とかしないと事の存続に関わるものね。……はぁ、それにしても面倒だわ。やだやだ」
「おお! やったぜ!!」
長沢はクロスボウを片手に喜びの声を上げた。2階の部屋でついに武器を発見したのだ。ゲームでは当たり前に見るものだが、実物となると重さ、迫力共に違う。
「なにこれぇ~、おっきなナイフ……」
「こっちには食糧が入ってるね」
3人はそれぞれダンボールの中に見つけた物を見て溜め息をついた。渚はナイフを手に取ると驚いたように眺め、葉月は缶詰を並べていた。次の瞬間――
――ビュンッ!!
「ひゃっ!? びっくりした~~」
長沢が撃った矢は凄まじい速さで飛んでいき、隅に置いてある木箱に突き刺さった。突然の出来事に驚く渚と葉月をよそに、長沢は目を輝かせて呟く。
「すっげえ……!! やれる。これならあいつを!!」
「長沢君!」
「へへ、これをこうやって……あれ? 難しいんだな。……あ!!」
長沢の危険な目つきに不安を感じた葉月は諌めようとしたが、さらに矢をつがえようとしたところで、渚がクロスボウを取り上げた。
「あ! お、おい! 返せよ、渚の姉ちゃん!」
「こういう危ないものは、お姉さんにお預けなのです~」
「もう一回! もう一回でいいからさ、撃たせてくれよ!」
「こういうのはね、身を守るためのものなんだよ~? 遊びで撃っていいものじゃないのよ?」
渚の口調は穏やかながら、目は真剣である。
「けっ、それじゃあ、姉ちゃんのナイフでいいから貸してくれよ」
「危ないよ~? 長沢くんにはまだ早いと思いま~す」
――首輪解除条件を考えれば、ここで二人を殺すことも可能。むしろクリアを目指しているのならそうするべき場面である。それなのに長沢はこの時そんなことを思ってもみなかった。ただ、本物の武器に触れてみたい、それだけだった。一方、渚は長沢の危険性を考えての行動だったのだが……素直に引き下がられたのは予想外だった。
結局、葉月の説得もあってクロスボウは渚が、ナイフは葉月が持つことになった。そのままここで見つけた缶詰で食事をとることにする。渚は食糧と一緒に入っていたコンロに火をつけるとそのまま缶詰を温めた。
「ねえ~、長沢くんは食べないの~?」
缶詰の野菜スープを食べながら渚は尋ねる。
「いや、俺、さっき食ったから」
つまらなそうな顔をして答える。実際、その通りだが本音を言うと武器を取り上げられたのが面白くないからである。
「男の子なんだから、ちゃんと食べないとダメだよ~? はい、あ~んして?」
そんな長沢の心中を察してか否か、渚はわざとらしく長沢の前にスプーンを運んで見せる。
「え?」
「ほ~ら、長沢くん?」
「いや、いいよっ!! そんなの! 子供じゃないんだからさっ!!」
渚は無邪気に微笑むと長沢に催促する。しかし、流石に思春期の少年には度が過ぎたのか、長沢はムッとした表情を赤くして大声を上げた。
「あ~、照れてるんだ~? か~わいい~」
「いい加減にしてくれよっ!!!」
子供扱いされたことに怒る長沢だが、それでも渚は笑顔で相手をする。
「長沢くん、好き嫌いはダメだよ~? ちゃんとお野菜食べないと大きくなれないぞ~?」
「そ、そういう意味じゃないんだって!! あーもう! わかったよっ!!」
結局、観念したかのように長沢は口を開いた――
「ふふ……ど~う? 美味しい?」
「ん、んん……ま、まあね……」
相変わらず微笑みかけている渚と、顰め面を赤くしながら野菜スープを食べる長沢。どこかずれているやり取りに葉月は苦笑するしかなかった。……自分も思春期の頃あんな風だったのだろうか。少し懐かしくなった。
「はははっ、さておいて、食べられる時に食べておいた方がいいんじゃないか。長沢君も今食べられないとしても少し持ち歩いた方がいい」
缶詰の蕎麦をすすりながら、葉月は言った。言われてみれば尤もである。1階でちゃんと食べてなかったら、長沢は少女から逃げきれなかったかもしれないのだ。それにこんなところで手に入る食糧とは言え、味はなかなかのもの。長沢は素直に缶詰をリュックサックに入れた。
「ところで渚さん、料理は作るのかい?」
何気なく話しかけた葉月に対して、渚は急に真剣な顔になって言った。
「私、料理は得意なんですよ~? 和・洋・中から始まってエスニックとか、お菓子も作りま~す。最近凝っているのはチーズケーキで~、バターと混ぜる土台のクラッカーにこだわってるんですよ~?」
「すごいじゃないか。僕なんか結構面倒くさがりでね。こういうカップめんで済ませてしまうことが多いんだ」
「葉月さん、料理の道はそんなに甘いものじゃありませんよ~? カップめんだってネギを入れて~、お肉ともやしとキャベツを茹でて~、あ~、炒めてもいいんですけど~、それでとうもろこしか~、コーンの缶詰を入れれば~、ちゃんとしたメニューに早変わりなんですよ~?」
いつもより真顔で話す渚に長沢が突っ込みを入れる。
「でも、姉ちゃん、男は料理なんかしないぜ? な、おっさん?」
「こ~ら! 長沢くん! 自分のことくらいは自分でできるようにしないと、女の子にモテないぞ~?」
「ははは、お互いに気をつけないといけないな、長沢君」
そう言えば娘にも同じことを言われたような気がしたな。インスタント食品の摂り過ぎ、か……。孫の顔を見るまで健康でいたいものだな。葉月は思った。
「そうだよ~。有名なコックさんや、パティシェさんは~、男の人の方が多いんだからね~?」
言われてみればその通りだ。長沢は妙に納得してしまった。
それにしてもこんなに楽しく食事をするのは久しぶりだった。仲の良くないクラスメートとの学校の給食はもちろん、部屋でネットやゲームをしながらの夕飯よりも楽しく思えたのだ。
「……そう言えば、そろそろ聞いておいた方がいいかな。長沢君のPDAはどれなんだい?」
食事がひと段落ついたところで、葉月が急に切り出した。
「えっ……」
――それは突然にやってきた。