あれから、一年が経った。
彼女のいなくなった寺。京太郎は今日も本尊を前に座禅を組み、じっと瞑想に耽っている。
故人との対話は、それを望むものが心を開けばすぐに行える。そう教えてくれた彼女の父は、あの日から仏の世界に心を閉じ込めたままだ。
夏、真っ盛り。本堂に吹き抜ける風が、深い思念に沈む京太郎の首筋を撫でて、汗を飛ばしていく。
誰かの気配がして、京太郎は瞼を持ち上げる。壁のない本堂から見える境内、その入り口に人の影。
珍しい、来客だ。じっと動かないまま京太郎が見つめる中、人影はどんどんこちらに近づいてくる。
夏の厳しい太陽に照らされて明るく輝く金色の髪が、風に乗ってふわりと揺れる。
「!」
大星淡、であった。
「久しぶりだね」
淡の笑顔は相変わらず明るい。
「…ああ、そうだな」
「あのひと、亡くなったんだってね」
「去年にな」
「全然知らなかった」
「…そうか」
淡の笑顔が、すこし陰った。
「結局、あのひとには勝てなかったなあ」
「…」
「…お墓、お参りしてもいいかな?」
「…ついてこい」
彼女は実家の境内に眠っている。ある意味実家暮らしだななんて、当時は彼女の父と涙ながらに冗談を言ったものだ。
淡とふたり並び、手を合わせて目を閉じる。
怜、聞こえるか。心の中で呼びかける。
もう、そっちに行ってから一年が経った。もうこっちのこと覚えてないかもしれないな。
いま、淡が来ている。覚えてるか?長野であっていきなり突っかかってきたこと。
こっちはまた夏がきた。インハイにも面白い選手が来ている。
たわいもないことを話しかけて、けれど彼女は微笑むだけで返事はしないまま。
軽い疲れを覚えて京太郎が目を開けると、ちょうど淡も目を開けるところだった。
「急だったしなにも用意できてないんだが」
言い訳しつつ出した麦茶を飲んで、淡はこちらに向き直る。
「実は、ここにきたのはもう一つ理由があるんだよね」
「…ほう」
「キョータローはさ、あのひとがいなくなってからずっと独り身なわけ?」
「まだ一年しか経ってないし、これからも誰かと連れ添う気はないが」
「…ずっと?」
「そのつもりだ」
「…そっか」
「…なんでまたそんなことを?」
「ううん、聞いてみただけだよ」
そう言ってにっこりと笑う淡は、まるで泣いているようだった。
「じゃあ、帰るね」
「…ああ」
「また連絡するかも。その時はよろしく、なんてね」
「元気でな」
帰る間際、淡はなにか吹っ切れたような顔をしていた。
急な質問の意味も、長かった彼女との対話でなにを話したのかも、京太郎にはわからずじまいだった。けれど、なにかが引っかかる。
明日、こっちから電話してみるか。つぶやいて、京太郎は得体の知れない不安を振り払った。
「大星プロ、急死 自殺か」(日刊スポーツ 8/16号外)
8月16日未明、横浜ロードスターズ所属のプロ雀士・大星淡さん(23)が大阪の宿泊先ホテル自室で倒れているのが見つかり、病院に緊急搬送されたが死亡が確認された。
ホテルの室内にあったメモパッドに遺書とみられる書き置きがあったため、大阪府警は自殺とみて捜査している。
大星プロは15日に大阪入り、同日夜にプロ麻雀の公式戦に先鋒として出場。試合後の打ち上げに出席せず自室に戻り、その後自殺を図ったとみられる。
横浜ロードスターズによると、最近の大星プロに不審な挙動はなかったとのことで、自殺を図った原因は不明である。
(写真・大星プロの宿泊先にあったメモ 大星プロの遺書とされている)
えー、大変長らくお待たせいたしました、「第二回・咲ワン」にエントリーしました当作品の完結章です。
投稿予告から半年、紛失した原稿が見つからなかったため書き直しに踏み切りました。
楽しみにしていた方がいらっしゃるかはわかりませんが、長らくお待たせしてすみませんでした。
それでは、さよーならー
【追記】投稿先ミスりました、マジですいませんでした