『よう! 元気!?』
『ふわっとさん! 来ないんじゃないかと心配しましたよ!』
広々としていて閑散とした空間に、軽快な声が響いた。
黒光りする巨大な円卓と並ぶ豪華な椅子、四十二席ある内一つだけ埋まっていた。
その一つだけ埋まった席に座る者、亡骸と言って良い骸骨が驚いて立ち上がった。
『招待しますけど大丈夫ですか?』
『おう、大丈夫大丈夫』
コンソールを操作し、ここには居ないメッセージで声をかけてきたキャラクターを招待する骸骨。
そして入口付近に光とともに現れるのは直立した怪物の影。
「おーっす、ちょっと出かけてて帰れるか焦ったわ」
「最後の最後に遅刻とか笑えませんよ」
骸骨がピョコンと笑顔の感情アイコンを頭上に表示する。
「悪かったって、【死害獣の宝玉】やるから許してくれよぉ~」
「……要らないもの押し付けようとしてません?」
「バレたか」
骸骨と同じように笑顔の感情アイコンを頭上に表示する影。
「それで、誰か来てた?」
「ええ、さっきまでへろへろさんが……」
「くそ! へろが来てたか! マジ失敗した!」
悲しみの感情アイコンが浮かび、影が肩を落とす。
「何か用事があったんでしょ? それなら仕方がないですよ」
「まあ、そうだけどなぁ」
話したかったなぁと影。
「たっちさんとか他の方も来てたんですけど、もうログアウトされたんで……」
「たっちの野郎、俺が来るまで待っとくとか言ってやがったのに……。 まあ……しょうが無いか、時間も遅いしな……」
ため息を吐きながらの影、その中で影が滑るように移動して嘗ての定位置であった椅子に座る。
「ほんと、最後にこれとか締まらねぇ……」
骸骨も座っていた席に戻る。
見渡してある四十二の席、二つだけ埋まって残る四十の空席。
「……もっと楽しみたかったな」
「……はい」
「ちょっと外に行って動きたかったが、そんな時間もないし話そうぜ」
「勿論! 色々有りましたからね」
そんなに時間はない、なにせサービス終了目前。
骸骨がこの十年間にあったことを思い出しながら話し、影は相槌を打ちながら耳を傾ける。
他人からしたら他愛のない話ではあったが、このギルドのメンバーであれは楽しく濃厚な思い出。
そうして話すこと十数分、サービス終了の二十四時まであと十分弱ほど。
「……ちょっとめぐろうぜ、大墳墓を」
骸骨が話している途中で、影が唐突に言葉を発する。
「思い出に浸ろうぜ!」
青春をかけたゲーム、実際はそんな青臭い年齢ではないが皆と楽しく遊んだゲームに思いをはせるのも悪くない。
その提案に骸骨も頷き、二人共椅子から立ち上がる。
「頼むぜぇ、モモ」
スルスルと骸骨に近づく影、そのままスルリと骸骨の影に入り込んで同化した。
「え、ええ……、自分で歩きましょうよ……」
「え!? 病人を歩かせるの!?」
「いつまでそのネタ引っ張ってるんですか!」
骸骨が文句を言うが、半分笑い掛かったものであり責めるような言葉ではない。
「ほらほら、行った行った」
ふわっさんはしょうがないなぁ、と骸骨が歩き出す。
骸骨の影に同化した、とは言ったがシステム的には選択したプレイヤーの後を追いかけるだけのオートラン機能であり。
ただアバターが見た目だけ影と同じ色と厚さになるだけで、実際にはちゃんと同化前の当たり判定がある。
他の人間種や異形種は普通にそのままの姿で背後に着いて追いかけるだけだが、この影の種族だけはその特性により影と同化して目視だけでは極めて判別し難いと言う利点がある。
しかし欠点もある、種族的な問題でHPや防御力が同レベルの平均値よりも低く、もしバレて攻撃されれば十以上下のレベルの相手であってもかなり痛いくらいに打たれ弱い。
勿論スキルとして影に潜って同化するものもあるが、今はただのオートランでしかない。
初期レベルの探査系や感知系スキルで簡単に発見できる、ただ目視が難しいだけの状態。
移動を骸骨に任せ、部屋を出ようとした所に思い出した様に声。
「……そうだ、あれ持てば?」
「あれ?」
「あれ」
骸骨の影の中から影が出てきて、指差したのは観賞用となっていた武器。
「……いや、あれは……」
「おいおいおいおい、もう終わりだぞ? 武器として造られたのに飾られるだけのこいつの気持ちも考えてやれよ!」
それはギルド【アインズ・ウール・ゴウン】のメンバーが総力を上げて作り上げたギルド武器、【スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン】。
ギルドマスターしか持つことは出来ないギルドの象徴、ギルドと表裏一体の極めて特異な性質を持つ。
もし破壊されればギルドの崩壊、そして敗北者と言う不名誉な称号が頭の上に浮かぶ強力だが危険性がある武器だ。
「……それも思い出なんだから、持ってってやれよ。 今更侵入者が来るわけでもないしよ」
「……良い、ですかね」
「俺は持ってって欲しい、武器として使えねぇならせめて象徴として使ってやってもいいだろ?」
ギルド武器はギルドの象徴、ならばギルドを支えてきたギルドマスターにこそ相応しい。
「……わかりました、最後の最後ですしね」
骸骨が移動して飾られたギルド武器の前に移動し、白い骨の腕を伸ばして手につかむ。
それと同時に禍々しいオーラがギルド武器から立ち上り、人の苦悶の表情が浮かび上がって崩れていく。
「……それ設定したの絶対タスだろおい」
「た、たしかそうです……」
作りこみが凄すぎてリアルなために二人してドン引きした。
「……まあいいや、モモには似合ってるしな。 だが見かけが貧弱貧弱ゥ! 装備しろよ装備」
華奢な骸骨が異様に豪華な杖を握っているその姿は完全に杖負けしている。
影に言われて、あれよあれよと言う間に骸骨は防具などを装備してギルド武器に負けていない姿へと変化した。
「よし、職業負けしてないわ」
種族レベルの死者の大魔法使いや死の支配者など、仰々しい名前に相応しい姿になった骸骨。
「それじゃあ行こうぜ」
影の号令にて二人は【円卓】と名付けられていた部屋から出る。
あれこれと思い出話をしながら歩くその途中、一人のメイドと鉢合わせた。
「おほー! 久しぶりだわこの子」
端的に言えば金髪の美女メイド、見目麗しいその姿は余程特殊な性癖を持っていなければ鼻が伸びるだろう美しさ。
このメイドを作ったのはメイド狂いだったよな、と影。
「ホワイトブリムさん、今メイドがヒロインの連載やってますよ。 メイド服を書き込みすぎてアシスタントを泣かせてるとか」
「奴ならやってもおかしくないのが恐ろしい……」
話しながらも端に寄り頭を下げるメイドの横を通り抜けて、ナザリック地下大墳墓を歩いて下へ下へと進んでいく。
時間がそれほど無いため、上の階層には行かずに九階層を通り十階層へと続く広々とした階段を降りる。
階段を降りきり、存在したのは広間。
そこに佇むのは複数の人影。
「ストップ」
「え? どうかしました?」
「ほら、あれだよ」
あれ、あれあれと影が言う先には執事と武装したメイドたち。
「セバスだろ、後プレアデス。 並んでる順でアルファからゼータ、だったよな」
思い出すように言う影、それに対して骸骨は。
「……そうです、よく覚えてましたね」
「今コンソール操作したでしょ? したよね? ねぇしたでしょ!」
「し、してませんって!」
「してたでしょ! 絶対に許さん!!」
嘗てのふざけ合い、周りを巻き込みながら輪を広げた会話。
だが今この時は巻き込まれる者は居ない、それでも笑みを浮かべてしまう懐かしさ。
この場で侵入者を待ち続ける執事とメイドたち、すれ違い名付ける際の騒ぎを思い出して語り合いながら最後の玉座の間に到着した。
「やっぱ玉座の間は力入れすぎですよねぇ」
「職人気質持ってんの多かったからなぁ」
何かに警戒しながら美しくも重厚な扉が自動ドアのごとく開き、何事も無く開いてほっとため息をつく骸骨。
「お前、ビビってるな?」
「……るし★ふぁーさんが作ったゴーレムに突然殴られたの思い出しまして」
「ああ、これ作ったのるしだったか。 突然高速で開いてぶっ飛ばされてもおかしくないな、つかそれを付けなかったのが疑問だ」
「いやいや! そんなの付けても困るだけですよ!」
付けるなよ! 絶対そんな機能付けるなよ! そう煽り続けたが終ぞ付けられることがなかったことに不満気を漏らす影。
文句をいう骸骨に、笑い取れるじゃん? と影は談笑しながら扉をくぐれば広大な空間。
「……いつ見ても力入れすぎだわこれ」
影が感嘆に呟く、これがナザリック地下大墳墓の極地だ。
美麗、ただただ美麗、一切の妥協を排して作り上げた最重要区画。
一種の芸術と言っていい、それほどまでに想いと力を込めて作り上げた空間。
「お、ビッチじゃーん!」
だが感慨深く呟いていた影は、あっさりと陽気な声に変える。
「え?」
「あれだよあれ、アルベドの設定。 ギャップ萌えだからってこんなん設定するタスはマジぶっ飛んでるぜ!」
愉快そうに影の笑い声が響く、それに骸骨も釣られて笑う。
確かにゲームのNPCとは言え、こんな設定付けられたアルベドが可哀相な気もしてくる。
せっかくの美しい姿なのに、ビッチとはこれ如何に?
「よく覚えてますね……」
「そういう設定したって聞いただけ、ビッチだけは覚えてた」
そんなことを話し合いながら玉座に近づく、壇上の玉座の前に骸骨が到着すれば影が笑う。
「せっかくだから設定変えようぜ、清純にしてもいいしビッチよりひどい大淫婦にしてもいいし」
「いや、それは……」
「いいだろ、別に」
影は骸骨の影の中でコンソールを弄る。
「部外者の俺が言うのも何だけど、ギルドメンバーで最後にログインしたの数年前だろ?」
影が見るのは真っ黒に染まったフレンドリスト、覚えている限りでは並んでいるキャラクターネームは倍以上有った。
ここのギルドメンバーと全員フレンド登録していたが、半分以上消えている。
数年前はまだそれなりにログインしていた、流石に全員ではないが寄り集まってワイワイと出来るぐらいには人数が居た。
だが今はどうだ? リストは真っ黒で嘗ての隆盛など微塵も感じられない。
ログアウト状態で名前が黒くなっているのではない、アカウントを消したのかこのゲーム上に存在していない状態。
「………」
骸骨は答えられなかった、今ログインしている骸骨と影を除くログアウト状態の三人。
一応在籍しているだけでこのサービス終了間際でログインしてきたのを除けば、数年前の引退する時にログインしてきたメンバーが最後だったと思い出す骸骨。
「笑って許すさ、少なくとも俺はな。 皆だって許すと思うぜ? むしろモモだからこそ好きにしていいって言うだろうよ」
支えてきたのはお前だ、そう骸骨に言う影。
「リアルのこともあるし、今みたいにいつか終わりが来る。 だけどこの瞬間までこのギルドを支えてきたのはモモなんだぜ? 辞めた奴らが文句を言う資格はねぇさ」
何より俺が変えたい、としみったれた空気を創りだしておいて勝手に壊す影。
「はっ、はははは! ふわっとさんらしいなぁ……」
「俺は俺のままで在り続けるのだぁ……」
ふざけつつも、ほれ玉座に座れってギルドマスター! と囃し立てる影。
急かされてしょうが無いなぁと骸骨、ゆったりとした動作で玉座に座る。
「……モモとか見ると影にしたのは間違ってたかと思っちまうなぁ」
玉座の影から現れるのは真っ黒い影、光を遮らなければ生まれるはずのない影が立ち上がっている。
「フル装備なのに真っ黒とか、運営仕事しろ!」
「……それでマントとか付けても似合わないと思いますけど」
骸骨と同じように、メイン装備で色々着けているのにあるのは怪物の形をした影だけ。
「手抜き言われても否定できんぞこれ」
「最初から装備品見えないんでしたっけ?」
「最初っから」
正式サービス開始時から真っ黒い影の悪魔の種族『シャドウデーモン』。
何の捻りもない種族名だが、これ以上に似合った名前はあるのか? と言ってしまうぐらいにそのままな種族名。
何を考えてか運営はこのシャドウデーモンに対して、ほんの一部の装備やエフェクト以外は全て非表示にされるというふざけた仕様にしていた。
どれほどきらびやかな装備を着けても、どんなに趣味の悪い装備を着けても、常に真っ黒い人影のまま。
「着せ替えできねーとかちげぇーぞ! ……まあ確かにモモが言うとおり、着せ替えして遊ぶ種族じゃねぇけどさ」
実際のところ、シャドウデーモンは着飾って遊ぶような種族ではない。
見た目ではなく、隠密性能など特殊技能やステータスの数値が高い異形種。
特に攻撃に関して極めて高い戦闘能力を持つが、守りに関しては他の種族の平均値を大きく下回る。
所謂高火力紙防御のピーキーな種族で、素早さもトップクラスと言う変態好みな性能。
この影はそれをさらに特化したステータスで、自分にも相手にも『当たれば即死する』を強要するような存在だった。
「それで、設定どうするよ」
「……うーん、どうしましょう」
コンソールを操作して、アルベドの設定変更を開こうとしていた骸骨の指が止まる。
「ほ、本当に書いてある……」
長い長い設定の最後尾、影が言った単語が載っていた。
「泣けるでぇ、こいつは」
人型の異形種のアルベド、こめかみから生えたねじ曲がる太い角や腰から生える艶やかな黒い翼を持つ絶世の美女。
常に穏やかな笑みを浮かべ、清楚なイメージが浮かぶだろうが残念ながらビッチだ。
「時間がないぞー、どうすんだー」
「……分かってますよ」
骸骨の指がふらふらと迷っているように揺れた後、一転して軽快に動いてコンソールを叩く。
「なになに? なんて書いた?」
「た、大したこと書いてないですよ」
残念ながらこの影はギルドメンバーではないのでなんて設定したのか確認できない。
「清楚系? それともやばいくらいの淫乱?」
「ふ、普通ですよ! 普通!」
「……本当かよぉ?」
「……勿論ですとも」
影が訝しんで聞くと、骸骨はちょっとどもりながらも返す。
「なんて書き換えたかわからんけど、そう言うんならそういうことにしておこう。 よし、他のも書き換えよう」
「……もうあんまり時間無いですよ」
二十四時まで五分を切っている、今から他の階層守護者たちを呼び出しても間に合わないだろうと骸骨。
「なら仕方ないか」
そう影が言えば、骸骨は言葉を発さずに静寂が訪れた。
二人して口を閉ざし、玉座の間を見渡した。
栄光を極めた玉座の間、天井から垂れ下がるメンバーのサインが入った大きな旗。
嘗ては溢れ、今は僅かしか居ない巨大な箱を偲んで思う。
「……楽しかったなぁ」
骸骨が万感の思いを込めて言う、それに同意を示して頷く影。
このナザリック地下大墳墓は楽しい思い出が詰まった宝石箱、開ける度にキラキラと楽しい思い出が輝く。
それがあと数分の内に消えてしまう、鮮やかな記憶と言う宝石が、電子のデータとは言え確固とした形を持つ記憶が、長い時を積み重ねてきた思い出がなくなる。
たかがデータ、されどデータ、価値観は人それぞれで二人にとってとても大事なデータだった。
「……続編に期待するしか無いか」
「……Ⅱの話とか聞いたことないですよ」
「……十年後に続編出たのが有ったりするからまだ希望はある!」
「十年かぁ……、長いなぁ」
ユーザーインターフェイスに表示される時間は後僅か、骸骨は自然とカウントダウンを口遊む。
影はそれを聞くだけ、頭の中ではカウントダウンをしていた。
「……明日、4時起きなんですよ」
「家でだらだら過ごしてごめんね!」
「ず、するい!」
最後まで締まらない会話で終わるユグドラシル。
だがそれが相応しい、感じてきた楽しさを最後まで失わずに世界は閉ざされ──。
──なかった。
「おっ!?」
「うおっ!?」
突如感じる浮遊感、眼下に映るのは闇に染められながらも月光にて僅かに照らされた大地。
眼上には闇色のキャンバスに様々な色の宝石を散りばめたような夜空。
見とれるほど美しい光景を前に二人は──。
「おわぁぁぁぁ!?!?」
「お、落ちっ!?」
重力に従って真っ逆さまに落下していた。
突然の落下に悲鳴を上げてしまった影こと【ふわっとしたなにか】に。
「ッ! <
慌てて骸骨こと【モモンガ】が魔法効果範囲拡大を唱え、落下を阻止するために飛行の魔法を唱える。
すぐさま効果は現れ、ふわっとしたなにかとモモンガの落下は止まって、空中に浮かんで留まる。
「……ちょっと」
その薄っぺらい手で、顔の部分に当たる何もない黒い平面を覆うふわっとしたなにか。
言いたいことがあるが、突然の事態過ぎて混乱しているのだ。
モモンガも反射的に魔法を唱えて、事態の悪化を阻止できた。
どうしてそう出来たのかといえば、昔ユグドラシルで同じようにダンジョンの罠でダンジョン内どころかその上空に転移させられたことがあったからだ。
その経験がなければ、落下死は同じように防げていたがもっと地面に近かっただろう。
「……えー、っと」
突然過ぎても少し時間を置けば、なんとか混乱から立ち直るふわっとしたなにか。
「……まず下りないか?」
「……そうですね」
見惚れるほど美しい、初めて見る光景をじっくり見れるほどの余裕はない。
空の上で会話というのも洒落ているが、落ち着くためにここはちゃんと足を地面につけて話したほうがいい。
そうしてスーッと二人はモモンガの飛行のもと、眼下に広がる広大な森へと降下していく。
高度が下がれば見えるのは木々の葉で作られた森の天井、突っ切るとカサカサと擦れたり枝に引っかかりかねないので、葉っぱの天井の間に空いた穴を通って森のなかへ降り立つ。
夜であるために薄暗い、それでいて落ち葉や太い木の根っこで平坦な部分が少ない森の地面に足をつける。
「……まったく、まじわけわかんねぇ」
疲れたように呟くふわっとしたなにか、モモンガも同じ気持ちだと頷く。
「……どうします? ログア……ウ……?」
カチカチとなっている妙に綺麗なモモンガの歯。
「……今、顎動いてなかったか?」
「………」
カチカチカチ、見事に顎の上に生え揃う歯がぶつかり合って音が鳴る。
「……あの」
「ほらやっぱ動いてる!?」
「ふわっとさんも凄くもやもや動いてますけど……」
「またまたご冗談を」
ハッハッハッと笑いながら自分の右手を見ると、凄く輪郭がもやもや動いていた。
「……いや、何で影なのにもやもや動くんだよ、おかしいだろ」
つい冷静に突っ込んでしまうぐらいに混乱していた。
「ほ、ほら、差別化とか?」
「……まあそこはいい、百歩譲って良いとしよう。 なんでインターフェイスも消えてるんだよおかしいだるぉ!!」
つい巻き舌になってしまうぐらい、平静を装う事はできなかった。
ふわっとしたなにかの慟哭を耳に、モモンガは状況確認のためにコンソールを呼びだそうとトントンと何もない空間を骨の指で突くも何も起きない。
「……!?」
出てくるはずのコンソールも出ず、見えているはずユーザーインターフェイスも表示されていない。
間違いなく異常事態、二人して空中に手を伸ばして何とかコンソールを呼びだそうと腕を動かし続ける。
数分経ってそれが徒労に終わると、力なく二人は座り込んで動かない。
「……なんだよこれ」
モモンガがうなだれて呟く、思いつく限りの手を尽くしたがコンソールは呼び出せなかった。
普段は使わない強制作動も無反応、それらが意味するのはログアウト不可能と言う事実。
「……ありえないだろ、これ」
ふわっとしたなにかは座り込んで地面につけていた手を動かす、それだけでジャリジャリと土が抉れる音を聞く。
言葉も出ないとはこの事か、二人して力なく呆然としていた。
─────────
──────
───
それからそれなりの時間を過ごして、呆然としてても埒が明かないと動き出す。
モモンガはナザリック地下大墳墓に戻ろうと
インターフェイスが表示されていない以上、登録してあるショートカットではなく直接使用しなければいけない。
なぜだか分からないがこう言う風に詠唱すれば使えると頭の中で確信、その通りにしてみても異界門が発生しなかったための疑問だった。
「何か間違えた?」
自分のミスを疑い、もう一度頭の中で使い方を反芻、異界門を唱えても何も起こらない。
「……どうした?」
ぐったりとしていたふわっとしたなにかがモモンガの奇妙な動きに声を掛けた、骸骨の頭がカクカク動いていれば聞きたくもなる。
「……いえ、ゲートを使ってるんですが開かなくて」
「場所は?」
「ナザリックの地表入り口です」
「じゃあ開かないとおかしいな」
ナザリック地下大墳墓、さっきどころか何年も通っていたホームであるのにゲートが開かないとはこれ如何に?
「……他の魔法は?」
うんうん唸る骸骨、理由は分からないがゲートが使えないなら他の魔法はどうだ?
そう提案されたモモンガはゲートの使用を中断して別の魔法を行使、長めの詠唱を経て魔法を発動させた。
「<
その瞬間大地が振動した、まるで意思ある者が支配者の命令通りに動くかのように変化し始めた。
あらゆる方向から地鳴りが響き、あるところでは地面が隆起し、あるところでは沈降した。
「ちょちょちょ! おいおいおい!?」
ふわっとしたなにかが驚き、モモンガも予想外の効果に慌てて天地改変を止める。
地鳴りと地響きが余韻として残ったが、周囲の様子は滅茶苦茶と言って良い。
左を見れば高さ十メートルはあるだろう地面を突き破った岩盤、右を見ればポッカリと大穴を開けた地面が見えた。
無事なのは二人の周囲十メートルだけ、木々は地面に突然生まれた巨大な高低差でへし折れたり根本から掘り起こされて地面に転がっている。
このヤバイ惨状ははっきりと言えば有り得ない、ユグドラシルで許容された変更値を大きく凌駕していたからだ。
超位魔法の中で数少ないデメリットがない物、と言えばどれだけ利用価値が薄いのかわかるだろう。
強いて挙げれば超位魔法に共通する詠唱時間が長いと言うだけで、発動不可時間や経験値減少などの他に見られるデメリットが無い。
フィールドによるダメージを受けるほどの熱や冷気を無効化する位にしか使われない、
それが今はどうだ? 飛行を使わなければ移動が大きく制限されるほどの変化っぷり。
ユグドラシルでこんな変化を出せたなら、飛ばせて撃ち落とす合戦か地形を利用した暗殺合戦になっていたに違いない。
しかも今の状況でさえ途中で止めた結果だ、続けて使っていたらどれほどの変化が起きていたか予想もつかない。
「……おかしいよなぁ? おかしいよなぁ!?」
動かないはずのものが動き、消えたインターフェイス、呼び出せないコンソール、知っているところに開かない異界門、変化が大きすぎる天地改変。
どれもこれもユグドラシルならありえない、起こってはいけない限界を超えたもの。
「……なんでしょうね、これ」
茫然自失、そんな具合でモモンガが呟く。
「……まじわけわか──」
混乱の極みに達して呟く言葉を途中で止めたのはふわっとしたなにか。
「……一.五キロ先にモンスター、レベル八三。 突然出てきたぞおい」
「さっきまで居なかったんですか?」
「居なかった、感知できなかった。 リポップしたのか? と言うか周りのレベルがチグハグだぞ?」
レベル一〇〇であるふわっとしたなにかやモモンガが普段狩るモンスターよりちょっと低いレベル。
複数のプレイヤー相手を前提としたレイドボス以外なら一人でも簡単に倒せる強さ、それが突然現れるのは倒されたのが時間経過で再出現でもしたのかとふわっとしたなにか。
それだけで見ればおかしくはないが、突然現れたモンスターとは別に存在するモンスターのレベルが著しく離れていることが不可解。
「……さらに一キロほど南に離れた場所にレベル三七が一匹、他にも同じぐらいのが居るな。 あとは、三〇〇メートルぐらい先にドライアードが一体」
言う事に左手は方向を指さし、右手の指先で頭を突きながらのふわっとしたなにか。
「見に行く? 見たこと無いタイプのイビルツリーだぞ?」
「見たことが無いって、未開拓領域だったりするんですかね……」
広大すぎるDMMORPG、ユグドラシルはサービス開始から終了までの一二年間あったが、それでも全て解明されたわけではない。
普通のゲームならそれだけの期間があれば大体は解明され尽くしている、探索だけを目的とした上位ギルドもあったというのに世界を全て暴くことは出来なかった。
「……行ってみますか」
そうして二人は移動し始めた、ぼっこぼこになった森の中を四苦八苦しながら。
「……もう飛び跳ねていこうぜ、歩くの時間掛かり過ぎる」
そう言ってぴょんとふわっとしたなにかがジャンプする、それを後ろから見るモモンガはユグドラシルでは気にしなかったが足がないのにどうやって飛んだんだろうと考えつつも同じようにジャンプして後に続く。
飛び上がり、時に飛び降りながら森の中をふわっとしたなにか先導で進んでいく。
「んー、HP特化のでっかいイビルツリー……かな?」
進行方向の先から、重苦しい鳴き声のようなものが聞こえてくる。
同時にバキバキとへし折れるような音も、でかいイビルツリーが何かしているんだろうと進んでいく。
「あーうん、雑魚だ雑魚」
ぶつぶつと言いながら、モンスターの能力を全て感じ取ったのだろうふわっとしたなにかがめんどくさそうに呟く。
「そんなに弱いんですか?」
「……束縛とかの耐性はない、一番強いのが時間停止耐性Ⅲくらいだな」
「……あー、雑魚ですねぇ」
時間停止耐性、レベル七〇辺りから必須になってくるがそれも他のスキルと同じで段階がある。
Ⅲ程度なら時間停止を振り払うのに十秒近く掛かるので、魔法詠唱者ならその間に魔法攻撃を設置出来るために時間停止が終了した瞬間有効な攻撃が同時に炸裂することになる。
なので時間停止耐性ⅠからⅣまではほぼ死にスキル同然であり、時間停止耐性Ⅴの完全無効化でなければ一方的に殴られて終わるのがユグドラシルの定番。
実際もっとレベルが上のモンスターだと時間停止耐性Ⅴは標準装備と言っていくら位に所持しているし、レベル一〇〇のプレイヤーも大体が時間停止耐性Ⅴで無効化している。
それが出来ていないあのでかいイビルツリーは狩られるだけの餌、経験値とアイテムドロップ役でしかなかった。
無論、今の状況がユグドラシルと同じなら、であるが。
「……ちょっとテストしてみようぜ」
木々の向こうに異様に太い何かが動いていた、あれがでっかいイビルツリーだった。
「了解、それじゃあ<
モモンガを中心として世界の時間が停止、この状況を認識できるのは発動した瞬間から無効化出来る耐性持ちか、時間経過で時間停止を振り切れた者だけ。
「いーち、にー、さーん──」
ふわっとしたなにかが指折り数えでカウント、曲げる指の数が増えていくがすぐに解除される兆候はなかった。
「──なーな、はーち、きゅーう、……やっとか」
予想通り十秒近くででかいイビルツリーが止まった時の中で動き始める。
「……狩ります?」
「初見だしな、もしかしたらなんか落とすかも」
そう言われればむくむくとモモンガの中で討伐してみたいという欲求が鎌首をもたげ始めた。
「やりましょう!」
「おーけい、いつも通りでいいよな?」
ふわっとしたなにかが前衛、モモンガが後衛の、いつもの構成。
「プランBだ!」
「そんなもん無いでしょ!」
ふわっとしたなにかが地形の凹凸を苦にせず、素早くでかいイビルツリーへと接近していく。
モモンガはすぐに補助魔法を唱えて、自身と離れていくふわっとしたなにかに掛ける。
<
<
<
<
<
<
<
<
<
<
<
さらにモモンガは魔法効果を強化する補助魔法を掛け、戦闘状態が整い。
「先手いきまーす! <
宣言、魔法を発動させると巨大なイビルツリーの下半身に向かって、地面から十メートルを超える巨大な肋骨が挟みこむように襲いかかる。
その巨躯であるために鈍重さが見てわかり、束縛耐性が無いのならと足止めの為に放った尖る肋骨の束縛が表皮を貫いて食い込む。
バキバキと音を立てて食い込んだ肋骨が巨大なイビルツリーを地面に縫い付け、まるで悲鳴のような音を巨大なイビルツリーが出す。
「死にさらせやぁぁぁぁぁっ!!」
ユグドラシルではあり得ない状況に溜めていたストレスを爆発させて、ふわっとしたなにかが全長三〇〇メートルはあるだろう触手のような枝にペラッペラの薄い右手を振り下ろす。
肋骨から逃れようと振り回していたそれが両断され、振り回した勢いのまま上空へと飛んで行く。
「気合入ってるなぁ」
その光景を見ながらのモモンガ、開いている反対側の触手に向かって攻撃魔法。
「<
<
一発くらいは耐えるかと思ったが、魔法的防御をほぼ無効化してダメージを与える空間切断は難なく枝を切り飛ばした。
「うーん、やっぱレベル相応か」
そう呟く間にもふわっとしたなにかが残りの枝を遠慮無く切り飛ばし、左側は丸裸。
さらに左腕を震えば、巨大なイビルツリーの口染みた刺々しい空洞が更に大きくなる。
腕を振るった反動をそのまま、まるでコマのように回転しながら右腕と左腕を交互に何度も振りぬく。
回転の勢いを弱めながら、モモンガより少し離れたところに着地するふわっとしたなにか。
「いただきまーす、<
左側面から補助魔法でもともと特化した攻撃力が尋常ではない威力となって何度も斬られた巨大なイビルツリーは瀕死。
グロッキーとなったそれにとどめを刺すのはモモンガ。
イビルツリーの斬られた断面や口の空洞から橙色の光が漏れ、爆炎を伴って上半身が粉々になって吹き飛んだ。
「お粗末さまでした、ってあっつ!?」
燃える木片が周囲に降り注ぎ、その一つに当たったふわっとしたなにかが悲鳴を上げた。
「ちょっ! 痛熱い!」
本来ならば上位物理無効化Ⅴを持つふわっとしたなにかに木片があたってもダメージを受けないが。
全属性攻撃脆弱Ⅴや炎ダメージ倍加などを所持しているために、燃える木片の火に当ってダメージを受けた。
「これ
熱っ! 熱っ! と言いながらモモンガの影に隠れるふわっとしたなにかに。
ユグドラシルならパーティを組む相手やギルドメンバーには味方の攻撃は当たらないはず、当てるとするなら意図的にそれを意識しなければならない。
勿論モモンガはそんな気は全く無く、と言うか倒して爆散したモンスターの燃える破片でダメージを受けるパーティメンバーなんて初めて見た。
「えっ、ちょっ!? ふわっとさん、攻撃する気なんて!?」
予想外の事態にモモンガも慌てたが。
「……すみません」
すぐに落ち着いてしょぼくれたように頭を影に向かって下げる。
「……わざとじゃねぇのか?」
「こんな意味不明な状況で、なんでふわっとさんをPKしなきゃいけないんですか……」
死んだらログアウトするかもしれない、その可能性もあるかもしれないが実践する気などこれっぽっちもない。
「……なんか、全体的におかしいようです」
がっくりと肩を落として、自分に起きている状況をふわっとしたなにかにに告げるモモンガ。
「……まあ同士討ちは気をつければいいから許すとして、その抑制されるのってやばくね?」
アンデッドのモモンガとは違い、精神作用無効を持ち合わせていないふわっとしたなにか。
大きな感情の波には蓋をして無理やり押さえつける、突発的な状況でも冷静にさせられると言えば便利ではあるが……。
「大丈夫なのか?」
「今のとこは、なんか大きく笑ったり出来そうにはない感じが……」
「……はぁ、やっぱいろいろおかしいよな」
モモンガだけではなくふわっとしたなにかも、この普通ではない状況に不快感など欠片も抱いていないのがちょっと恐ろしく感じていた。
おかしいと感じるが、この状況はしょうがないかと理由もなく受け入れているような気がするのだ。
「……一体どうすりゃいいんだ」
「ほんと、そうですよねぇ……」
巨大なイビルツリーを倒した高揚感など無く、訳の分からない状況に不安を浮かべるモモンガ。
ふわっとしたなにかは不安は浮かんでおらず、とりあえずこの世界でどう生きるか考えていた。
ピニスン「……ア、アハ、アハハハハ! 世界を滅ぼすってとても簡単なんだね!(錯乱)」