「さっきのイビルツリー倒したせいで平均レベルが激減だけど」
レベル八三と言うのはユグドラシルと言うゲームにおける終盤に入りかけた数値。
所謂高レベルエリアに分類され、レベル八〇から九〇辺りのレベリングに使われるモンスター。
しかしふわっとしたなにかが把握する領域に、その高レベルモンスターは今しがた倒したでかいイビルツリーだけだ。
残りは序盤の中頃から中盤に入ったばっかりと言った低レベルのモンスターばかり、次いでレベルが高いモンスターでも三〇代という隔絶した差がある。
ここが高レベルエリアなら他のモンスターもレベル八〇代はなければおかしく、低レベルエリアだったならあのイビルツリーはレベルが高すぎる。
「何かのイベントボスだったんですかね?」
爆散したイビルツリーの破片を手に取り、ドロップアイテムを探しながらモモンガが言う。
「かもな、でも初心者の怨嗟の声が上がるんじゃない?」
イビルツリーが消えても感知できる範囲でのレベル差は二〇を超える、一桁代が居れば三〇代も居る。
このエリアのボスモンスターであってもレベル差が大きすぎて、レベリングに使うには難しい場所だ。
レベル一〇代や二〇代がレベル上げに来たら、レベル八〇代モンスターが出てきたとか低レベルプレイヤーは間違いなく近づかないだろう。
レベル三〇代も居るから、間違って遭遇したらそのままやられる可能性だって十分にあるためにレベリングが難しいどころか向いてない場所だった。
イベントボスだったとしても、こんな場所にレベル八〇代を置いたらそれ目的の高レベルプレイヤーに荒らされるだけの未来しか見えない。
「俺なら一段下の場所にするな」
あれを置いたのが運営なら、殆どのプレイヤーが場違いだと言うだろう。
「……んー、ドロップアイテムはないみたいですね。 クリスタルも見当たりません……」
「倒し損、って訳でもないが……」
ふー、と一息つく。
チリチリとまだ燃え続けるイビルツリーの木片を見ながら、次はどうするかと考える。
「次どうするよ?」
なんか勢いでイビルツリーを倒してしまったが、ドロップもなかったから別に倒さなくても良かった気がする。
普通であれば未発見モンスターで喜ぶ所だが、異常な状況で素直には喜べなかったふわっとしたなにか。
「森から出てみるか?」
未発見モンスター、あれだけ目立つのが見つかっていなかったのだから、今感知できているのも未発見である可能性ある。
世界を解き明かすと言うのもユグドラシルの楽しみ方の一つだ、だが今世界解明に精を出す気などさらさら無い。
「ここらへんに他のプレイヤーはいないんですか?」
「ンー、モンスターだけだなぁ」
ふわっとしたなにかはモモンガの問いに顎、があるだろう場所の右手をやりながら応える。
「サービス終了なのにここらでレベリングしてる奴なんて居ないだろうしな」
アナウンスがされているゲームのサービス終了前に、一時的に復帰してくる人はいるだろうが新規で入ってくるのは居ないだろう。
余程物好きと言うか、時間もないので無駄な行為になるだけ。
「……そうですね、森の中に居たってここがどこなのかわかりませんし」
インターフェイスの消失によってマップの表示がなくなり、今居る場所の名前も見えなくなった。
コンソールも含めて頼れる情報ソースが無くなり、自分で確認しなければいけない状況。
「じゃあいくか、多分こっち」
「……遭難とか止めてくださいよ?」
「腹減らないからへーきへーき」
種族が飲食を必要としない異形種であるから、アイテムパックを圧迫する食料を持ち歩かなくていいと言うのは一つの利点だった。
他には疲れを取る睡眠や呼吸のための酸素も不要、疲労による肉体ペナルティに耐性など人間種などの生物とは完全に違う実体を持つが故の能力。
遭難して食料が尽きて……、と言う戦闘不能状態に陥ることが無いための強行軍。
また二人共薄暗かった森の中でも<
尤も、天地改変で月光を遮っていた葉っぱの天井はなくなっているため、闇視が必要ないくらいの明るさがあって無意味だったが。
「……ほんと、何が起こったんですかね」
「……バグにしても酷すぎるだろ、運営と開発の責任者捕まるんじゃねぇか?」
この異様な状況、不具合だったとしてもログアウト出来ない状況は電脳法に抵触する。
例え意図的でなかったとしても罪に問われ刑罰を与えられても何らおかしくない。
「災難といやぁ災難だけど、俺らのほうが災難だしな」
賠償要求したら案外通るんじゃね? そんなことを笑って言うふわっとしたなにか。
「もしかして大金持ちですかね? いや、喜ぶところじゃないですけど、ははは」
相槌を打って力のない笑い声だった、高揚のない笑い声のなかに一抹の感情が込められたことがふわっとしたなにかは感じ取ってしまった。
モモンガの感情、戻れるか否かの不安が混ざっているんだろうと考えたが、返事をせずに凹凸の激しい地面を進んでいく。
「……やっぱイベントボスかねぇ」
幾つ目かわからない凸凹を乗り越えてふわっとしたなにかが言う。
「さっきのですか?」
「ああ、それ関係かわからんがなんか尾行してくるドライアードが」
「……尾行って」
「凸凹の地面で四苦八苦してるけどな!」
「……あー」
周囲は酷い有様だ、どれだけ広範囲にわたって地面が変化してるかわからない。
これを起こしたモモンガは罪悪感を感じて申し訳なく思っていたが、天地改変がこんな風になるとは思っていなかったと自己弁護していた。
「別に振りきってもいいんじゃ? 正直飛んで行ったほうが良いと思うんですけど」
森を抜けると言っても別に歩く必要はない、飛行で飛んだほうがどこに何が有るかの把握は簡単だろう。
「まあそうだけどな、ちょっと気にならねぇか?」
振り向いて言うふわっとしたなにか。
ユグドラシルのクエストにとあるモンスターを追いかけろという物が有った。
それは本当に隠形など必要ない、ちょっと距離を離して付いて行けばいい簡単すぎるクエスト。
報酬に経験値や今となってはしょっぱいアイテムが貰えたりした、昔の懐かしい思い出だがよくよく思い出してみると追いかけるのは有っても追いかけられるクエストはなかったなとモモンガ。
「……追いかけてきてるドライアードがイベントモンスターってことですか?」
「かも知れん、話を聞いてみるのも悪くはないんじゃないか? 意思疎通出来るかわからんが」
イベントのモンスターだと定型文だが会話が出来るのも居た、もしかしたら追跡者も同様のモンスターかもしれない。
会話が出来るなら話を聞いてもいいし、出来ないならさっさと消えてもらえばいい。
「……まあ、ふわっとさんがそう言うなら」
簡単に振りきれるとしても、余り周りを彷徨かれても邪魔になりそうだから。
その非常に弱い理由にモモンガは納得した振りをする、本来ならそんなの無視して森を抜けるべきだと主張しただろうが口にしなかった。
モモンガにとってふわっとしたなにかは掛け替えのない友人だ、次々と去っていくギルドの仲間たちとは違ってずっとユグドラシルに居続けたのだ。
何時か戻ってくるかもしれない仲間たちの為に【アインズ・ウール・ゴウン】を、ギルドマスターの責務として【ナザリック地下大墳墓】を延々と維持してきた。
だが現実は非情で、残ったのはログインし続けるたった一人のギルドメンバーのモモンガだけ。
サービス終了の間際まで、モモンガはずっと待ち続けていた。
寂しくて悲しくて、なぜこんなに簡単に棄てられるのかと怒りさえも湧いた。
だがそれを発散させたのは待ち続けていた仲間ではなく、ギルドメンバーではないプレイヤー。
一人仲間が戻ってくるのを円卓で待ち続ける中で、毎日声を掛けてくるのはふわっとしたなにかだった。
気を掛けてくれている、もしかしたら必死に縋り続けるモモンガを見て哀れんだのかもしれない。
それでも声を掛け、冒険に誘い続けるふわっとしたなにかにモモンガは救われていた。
たった二人だったが楽しいユグドラシルを続けることが出来た、暗い気持ちを大きく減らすことが出来た。
恩や感謝の気持ちこそあれ、友人の言葉を無碍には出来なかった。
「よし、じゃあ行ってくる。 なんか有ったら連れてくるから待っててくれい」
そう言ってふわっとしたなにかは近くの倒木の陰へと滑りこんで消えた。
「……変なことにならなきゃいいけど」
───
──────
─────────
ぼそりとモモンガが呟いた時には、ふわっとしたなにかは目的のモンスターの背後に居た。
具体的に言えばドライアードの影の中、そこにスキルを使って瞬時に移動していた。
影の中から見るドライアードはユグドラシルのものと見かけはそう変わらない、無事だった木の影からモモンガが居る方向を覗いていた。
その姿を観察する、探知も使いより正確な能力を見抜く。
測定したレベルは低く、序盤のレベルで十二分に倒せる程度、どう足掻いたところでふわっとしたなにかやモモンガに勝てはしない。
(イベントキーのモンスターじゃないのか? いや、クエストによって強弱の差があるしなぁ……)
そんなことを考えながら、ふわっとしたなにかはドライアードの影からゆっくりとせり上がってくる。
隠形全開で音もなく、ドライアードの背中の方へと影が伸びているためにドライアード自身に影が差し掛かることはない。
ふわっとしたなにかの全身が現れる頃には、黒い右腕がドライアードの肩に伸ばされ。
「……何で動かないんだ? あいつら」
ピタリと伸ばしていた腕が止まる。
(……ふーん、
腕を下げてからゆっくりと、爪先をドライアードの背中に押し当て。
「動くな! ユグドラシル警察だ!」
─────────
──────
───
「……何で正座?」
涙目のドライアードが俺の前で正座していた。
理由を聞いたらなんでも脅したというか、大声で警告したら泣き出したらしい。
「ふわっとさんがわるいとおもいます!」
「ちがいまーす! ももんがくんのかおがこわいからだとおもいまーす!」
「………」
ドライアードに涙目のまま、何言ってんだこいつらって顔された。
「……あー、この人すぐふざけるんで、すみません」
ついつい頭を下げてしまった、涙声ながらも内容がわかる話し方。
ちゃんとした応答でユグドラシルのNPCでは絶対に不可能な会話、だからこそ普通に頭を下げた。
「……さっきプレイヤー居ないって言ってたじゃないですか」
頭を上げてから横目でふわっとさんを見る、嘘は良くないですよ嘘は。
「居ないよ、それはNPCモンスター」
指差して言うふわっとさん、その指差す異形種へと視線が戻る。
「……またまた! えっと、ドライアードさんはプレイヤーの方ですよね?」
「……ぷれいやー? ぷれいやーってなに?」
「ほら、だからNPCだってこいつ」
ドライアードがわけがわからないといった風に、俺とふわっとさんを交互に見ている。
「……本当、なんですか?」
「嘘だったら?」
「……ちょっと、冗談はやめてくださいよ」
「なんかの匂いが漂ってきて、がっしりと握った感覚がして、魔法があり得ない効果を発揮する、物凄い冗談だな!」
「………」
そう言われて言葉に詰まる。
──この世界は何だ? 本当にゲームのユグドラシルの中なのか?
不明だ、ユグドラシルの魔法が使える以上ユグドラシルの中であるかもしれない。
だが天地改変ではユグドラシルだと到底不可能な効果が発動した、一番不憫な超位魔法が超位魔法らしい凄まじい効果だと言える。
目の前に居るドライアードもNPCとは到底思えない、プレイヤーと話しているとしか思えない違和感のない会話。
しかし、このドライアードは異形種のプレイヤーではなく、NPCモンスターだとふわっとさんは言った。
ふわっとさんが嘘を付いている可能性は恐らく無い、他人の五感を運営でも開発でもない一プレイヤーのふわっとさんがどうにか出来るわけがないと考えた。
「俺はユグドラシルじゃないって考えてる、モモは?」
「……ユグドラシルの中じゃない、でしょうね」
恐らく、いや、間違いなくユグドラシルじゃないと断じることが出来る。
ダイブ型で感覚を十全に発揮させるのは危険であると判断され、電脳法で規制されている。
そして今の状態は電脳法に抵触する、いつの間にか電脳法が緩和されていた可能性もあるが、ログアウトできない状態は変わらずで拉致監禁と同じ。
そんな犯罪行為を運営と開発が行うだろうか?
「だろ? なんでそのままなのかわかんないけど、多分ユグドラシルの中じゃないと思うな」
会社ぐるみで犯罪を行う利点がない、逮捕者だって出るし大勢の社員が路頭に迷う可能性もあるし、そんなことは出来ないだろう。
不具合の可能性と安全上の理由で停止させられずにいるのかもしれないが、それの解消に期待して待ち続けるのは如何なものか?
「異世界、そう考えてみるのもありっちゃありだな」
「ファンタジーのゲームしててファンタジーの異世界に入り込むって、やけに古典的ですよね……」
なんかユグドラシルと混ざってるし、とつい口から出てしまった。
「ま、色々と情報集めなきゃ色々困りそうだしな。 それでピニスンちゃん! この森ってどこらへんにあるの?」
「な!? 何で私の名前知ってるんだ!?」
そう言われたドライアードが顔色を変えてふわっとさんを見る。
「何でだろうなぁ? あ、レベルは八で耐性は水Ⅰ位だな、後は目立った物はなし」
「……うぅ、一体何なんだよ君たちは……」
「……すみません」
からかう影に疲弊して呟く木の妖精に謝る俺、傍から見たらさぞかしシュールな光景だろう。
「さっきのイビルツリーの事も知ってる? ザイトルクワエって言うらしいが」
「……なんで! って……もういいや、さっき君たちが倒したのは世界を滅ぼせる魔樹で、確かザイクロなんちゃらの一種……だったはず」
記憶が朧気なのだろう、自信なさげに言うピニスン。
「ふーん、八三で世界を滅ぼせる……ねぇ。 だったらユグドラシルじゃ世界消滅なんて日常茶飯事だな」
「た、確かに……、ってゲームとごっちゃにするのもどうかと思いますけど」
「でもなぁ、やっぱユグドラシルとかぶるんだよなぁ。 ザイトルクワエはでっかいイビルツリーでしかないけど、他のモンスターは大体同じようだし」
腕組みをしてうーんと唸るふわっとさん。
色違いなどの使い回しはあったが、大体の巨大なモンスターは一点物が多い。
苦しみますツリーに使っていたイビルツリーは巨大と言えば巨大だったか、あのザイトルクワエの五分の一以下の大きさだった。
「……ザイトルクワエ、聞いたことないですけどやっぱりユグドラシルのモンスターなんですかね?」
「ユグドラシルかどうかってのはわからんけど、ザイトルクワエの名前の方ならちょっと心当たりが」
「神話からの引用とかじゃないですよね? タブラさんからそういう話を聞いたことないですけど」
「神話と言えば神話だな、タスも知ってたはずだがちょっと普通じゃないからなぁ」
そう聞いて首を傾げる。
普通では無いとはどういう意味だろう?
「創作神話だよ、確か二〇〇年くらい前に作られたやつ。 大体クトゥルフかクトゥルーって呼ばれてる、それに出てくるでかい木のザイクロトルって言う神格だったはず」
「あー、神ですか。 一体どんな話なんですか?」
「人間が神格とその配下の怪物たちに蹂躙される話」
「……ええー」
骨が鳴る、神話と言えば偉大な英雄と成る人物の活躍だったり神の理不尽さを表す物だったりする。
タブラさんから聞いた神話の薀蓄も、神様酷すぎと思ってしまうような話も結構あったけど……。
「結構酷いぞ? 人間が配下の怪物見ただけで大体発狂したり、神格見たら体が塩の柱になったり魂が砕かれたり、人間が神様に勝てるわけ無いだろ!! って話がメインだったはず」
「それは酷い、と言うか塩の柱とかえぐいですね……」
「多分モモが想像してるよりもっと酷いと思う、タスの姿をもっと気持ち悪くしたらクトゥルフに出てくる怪物と大差ねぇぞ」
待てよ? 確かマインドフレイヤーもクトゥルフが元だったか? と続けて呟くふわっとさん。
タブラさんの姿もなかなか奇抜……だったけど、更に酷くした姿というのがよく想像できなかった。
「まあどこかしらにクトゥルフの影響あったから、ザイトルクワエがユグドラシルのモンスターでも不思議ではない」
元ネタと同じで木の怪物だしなぁ、とも。
「と言うことだけど、ザイトルクワエがこの森にいる理由って知ってる?」
そう言ってふわっとさんの視線がピニスンへと向いた。
「……えっと、私が生まれる前のずっとずっと大昔に、突然空を割って幾多の化け物が大地に降り立ったことがあったんだって」
「その一匹がザイトルクワエ?」
「うん、物凄く強くてドラゴンの王様たちと互角に闘ったんだって。 でも最終的には殆どが倒されて、その中のザイトルクワエは傷を負っただけで深い眠りについていたって話さ」
「お、ドラゴンかー。 いい思い出ねーなー」
ドラゴンと聞いて蘇ってくるのは楽しく、また苦い思い出。
「開幕防御力無視の超威力広域ブレス……」
アインズ・ウール・ゴウンの皆でドラゴンのワールドエネミーに挑んで、あっさり全滅したのを思い出した。
「そのザイトルクワエは、世界を滅ぼせるだけの力を持ってた……んだけど」
ピニスンの視線がふわっとさんと俺の間を行ったり来たり。
「……君たちは本当に一体何者なんだ? 昔ザイトルクワエの一部を倒した七人よりも……」
「やったじゃん、俺達救世主だぜ!」
「喜ぶところですかね、そこ」
ピニスンの言葉が聞こえていないかのように喜ぶふわっとさん。
「いやいや、PK三昧の晒されプレイヤーが救世主とかカルマ値がわけわかんなくなるぜ」
「た、確かに……、これで変動するんですかね」
ふわっとさんも俺も、人間種をメインとしたプレイヤーキルで晒されるくらいには有名だった。
人間種の異形種狩りを相手にPKしてた事もあり、善悪の属性を示すカルマ値が悪側へと極端に偏っている。
それこそ最大値の-500であり、異形種が人間種をPKした際に蓄積されていった数値。
ちょっとやそっとのことではカルマ値は変動しないが、世界を救うという偉業ならば善側へと多少なりとも傾くのでは? と考えるも。
「ステータス確認できねーからダメか……」
コンソールなど表示されないゆえに、自身の能力を見ることが出来ない。
元からカルマ値極悪の二人には少し善側へと傾いた程度で、変化するものは殆ど無いのでそれほど気にしなくもないが。
カルマ値参照の攻撃もあることから、多少なりとも善側に動けばダメージが減るだろう程度の認識。
「まあここでそれが役立つかわかんないのもあるか、なんかテンション上げた意味なかったわ」
もうどうでもよくなった、そんな感じで次の話題とピニスンへ視線を向ける。
「ピニスン、この森の名前ってあるの?」
「え? ああ、たまに入ってくる人間たちがトブの大森林って言ってたのを聞いたことあるけど」
「人間かー、どうする?」
森の名前がわかった、また人間が居ることもわかった。
その上でどうするか……。
「……人間種が居るってことは村か街か、どっちかあるんでしょうけど……」
その一言にふわっとさんは理解してくれたのか頷いた。
ユグドラシルでは基本的に異形種は人間種が支配する村や街には入れない。
「モモは隠蔽のアイテムとか持ってたっけ?」
「ええ、持ってますけど……この姿じゃちょっと無理ですね」
言わずとも異形種、どう着飾っても見た目骸骨でしかない俺。
普通に姿を見せれば間違いなく警戒されるだろう、ユグドラシルだと人間種が支配する街に姿を見せれば喜んで異形種狩りの連中が出てきたし。
「隠形に透明化は? 辺境だったら入れるっしょ?」
「それもありですね、偽装して堂々と入るのもいいでしょうけど」
ふわっとさんに言ってアイテムボックスへと手を突っ込む。
スッと引っぱり取り出したのは一つの涙を流しながらも怒っているような赤い仮面。
「………」
それを見て同じようにアイテムボックスから同じ仮面を取り出したふわっとさん。
「俺は人間をやめさせられたぞ! モモ──ッ!!」
そんな事を言いながら赤い仮面を右手に持ったまま。
「俺は人間を超越するッ! ピニスンお前の血でだァ─ッ!!」
鋭く尖った左手をピニスンに向けながら、勢い良く向き直り迫る。
それを目にしたピニスンは……。
「きゅう……」
「あ」
正座したまま、気を失って後ろに倒れた。
─────────
──────
───
ふわっとしたなにかは思っていたよりピニスンにインパクトを与えていた。
ピニスン曰く、ザイトルクワエは『世界を滅ぼせるだけの力を持った魔樹』との事。
それを片手間で倒した二人は『世界を滅ぼせる力を持った異形種』と言う事になる。
そんなのが突如物騒なことを言いながら向かってくれば、怯えてしかるべきであった。
「ビビらせちゃったかな?」
「脅かしすぎですよ……」
気絶して伸びているドライアードを見ながら、ちょっとだけ反省する。
正座したまま後ろに倒れているので、若干体を逸らしたままのピニスンの隣りにしゃがんで軽く頬を叩く。
「ほれ、起きろー。 起きないとあんなことやこんなことしちゃうぞー」
「……下品ですよ」
「勇者ペッチーよりも?」
「……同じ穴の狢?」
「ひどい!」
ペシペシと、ピニスンの首が千切れ飛ばないようかなり加減した力で頬を叩くも魘されたようにうーうー言うだけ。
「同意と見てよろしいですね!?」
「普通に犯罪だと思うんですけど」
ふわっとしたなにかがピニスンの頬を叩くのを止め、顔の前にやった両手の指がぐねぐねと別々に動いて、それが妙に卑猥に感じたモモンガ。
「警告、来るか確かめたいんだけど」
「……止めた方がいいんじゃ? 引っかかったらどうなるかわかりませんよ?」
ふわっとしたなにかもモモンガも、気絶したピニスンを見た。
身体つきからして『彼女』であろうドライアードは、一本の大木から切り出されて掘られた裸婦像と言える。
瑞々しい新緑の葉っぱで作られた髪を持ち、肌は丁寧に磨かれたかのような光沢を放つ。
売り出せば高値が付きそうな芸術品、そう言って差し支えない姿がこのドライアード。
そこまで体の起伏が大きい訳ではないが性別的に見て『女性』と判断されるだろう、その彼女の胸などに手を出せば拙い。
年齢制限がユグドラシルには有り、十八禁は当然でもっと規制の緩い十五禁と判断される行為でも規約に則ってがっつりと処分される。
プレイヤーではなくNPCのモンスター相手であっても同様だ、性的なものであれば誰であろうと関係ない。
それにあえて踏み込もうとしているのがふわっとしたなにか、だが危険だとわかっていても試す価値は間違いなくあるとモモンガは考えていた。
もし警告が入ればここは変わらずユグドラシルの中で、警告が入らなければユグドラシルの中ではないと一つの判断材料になる。
「……よし、起きろや!」
決意したのか、モモンガの制止を払って行動する。
先ほど軽く頬を叩いていたのが可愛く見えるほど、ふわっとしたなにかは両手でピニスンの肩を掴んでガクガクと揺らす。
「優しくしてりゃつけあがりやがってぇ!」
「優しく……?」
これまでのふわっとしたなにかの行動に、どこに優しさがあったのか疑問を呈しながらのモモンガ。
ガクガクと数回揺らされてピニスンの瞼がゆっくりと開いた、それを確認して。
「ちょっと乳やケツ触らせろやオラァ!」
それを聞いてモモンガは骨の左手を顔に置いて溜息、これはあまりにも酷すぎた。
「………」
酷すぎるダイレクトな物言い、これがユグドラシルなら間違いなく運営より警告が入る。
ふわっとしたなにかの言動は十八禁には抵触しないが、十五禁には触れるセクハラ行為と判断されるだろう。
そのセクハラ行為でアカウントの凍結や削除が行われたと、そう言った例はこの十年余りで何度も聞いてきた。
「……無いな」
少し待ってぼそりと呟く、警告が入らなかっただろう言葉。
「ふえ……?」
一方睡眠とは違う、恐らくピニスンには初めてであろう気絶からの復帰で上手く頭が回っていないようだった。
「ふわっとさん、少し任せてもらっていいですか?」
「え!? ロリコン!?」
「ちょっと何でですか!?」
あれだけ怖がらせたピニスンの前に、ふわっとしたなにかが居たのではまた気絶しかねないと判断したモモンガ。
そうなったらまた時間が掛かるからまだましであろう自分が相手をしようとした、それなのにいきなりロリコン呼ばわりで叫んでしまう。
「え、だってこれ以上は……ねぇ?」
セクハラ発言で警告を貰わなかった以上、もっと深く踏み込まなければならない。
セクハラ以上となれは直接触れるしか他にない、いや、セクハラ発言を繰り返す手もあるが。
「胸やケツ触らせろって言ってた人が言っていい言葉じゃないですよね?」
「せやな」
全くこの人は……、可笑しな状況に巻き込まれたというのにもうペースを持ち直している。
おかげで必要以上に考えこまなくて気が楽だといえば楽だが、あまり楽観視が過ぎるような気もするので自分がしっかりしなくてはとモモンガ。
「いいですか、ふわっとさんはふざけすぎて話が進まなくなるんで俺がやります」
「なんでや! 進んでるやろ!」
「似非関西弁止めてください、さっさと進めます」
呆っとしているピニスンの前に膝を付いてしゃがみ、出来るだけ優しく語りかけるモモンガ。
「大丈夫ですか? すみません、ちょっとあの人はふざけ過ぎる性格でして」
後ろで「なんでや!」を連呼しているうざったい影の悪魔が一体居るが、無視してモモンガは続ける。
「私たちは通り掛かっただけで、攻撃する気はないので……」
「……あー、うん。 別に良いよ、私ももうそんなに長くないだろうし」
ふわっとしたなにかもモモンガも、ピニスンに害意を持っておらず倒す気はない。
それなのにそう長くないとは一体どういう事か。
「それはどう言う?」
「……周りを見たらわかるだろ? 森の中はめちゃくちゃで私の大本も倒れちゃってるんだ」
周りの木々の悲鳴が聞こえるよ、そう呟くピニスン。
それを聞いて、モモンガは出るはずのない冷や汗をかいた気がした。
曰く、いきなり地面が動き出して知覚出来る範囲の木々は殆ど倒れたり、地面から突き出た岩などで折れたりした。
多分今この森に生えている被害に遭った木々は殆ど死ぬことになり、私の大本も遠からず死んで私も消えると諦めたように話すピニスン。
勿論森の木々が全滅することはないだろう、倒木の上に芽が出たりして新しい世代の木が育っていく。
だとしても木の数は激減するだろう、恐らく元の森に戻ることはないし、同じ位の森になるまでには数えるのが面倒くさくなるほど日が昇っては沈んでいく位は掛かる。
どの位の範囲でこんな光景になったかわからないけど、森全体がこうなっていれば森は小さくなるし色々と変わってくるはず。
そこまで言って溜息を吐いたピニスン。
「ふーん? その大本ってどこにあるんだ?」
「……それを聞いてどうするのさ」
「乗りかかった船だしな、助けるのもやぶさかではないよなぁ、モモちゃんよぉ?」
いやらしい声だった、こんなことになった原因は天地改変を使ったモモンガのせいであることを知っているためのからかい。
「そ、それはもちろんですよ」
こんなことになった原因が目の前の自分だと知ったら、このドライアードは怒るだろうとモモンガは考える。
事が大きすぎて自白する勇気もないので、せめて罪滅ぼしのために助けるのに賛成した。
「……本当に?」
「もっちろーん、任せてもらって構わない。 幹が折れてたりしないよな?」
「……うん、倒れた時に枝が折れたけど、すぐに枯れる程じゃないから大丈夫だと思う」
「なら行こうぜ、案内頼むわ」
「ええ、善は急げと言いますしね!」
「そうだな!」
うんうんと頷く骸骨に、小声で「自作自演って素敵」と呟いた影。
それを聞いてビクリと一度震えるモモンガに、真っ黒でなければ間違いなくいやらしい笑みを浮かべていただろうふわっとしたなにかであった。
─────────
──────
───
そうしてピニスンの案内のもと、凹凸の激しい地面と無残な姿となった木々を乗り越えてたどり着いたのは一本の木の傍。
「あれが私の大本だよ」
言いながら指差しで示すピニスン、二人は根が露出している倒木を見た。
言っていた通りに倒れて、沢山の青い葉が付いた枝が何本か折れた木。
全長十メートルくらいか、別段特別な感じはないただの木だった。
「……とりあえず移し替えるしか無いか」
運が良いのだろう、まだ地面に埋まっている根の方は分からないが、露出している方は折れて断面を晒していたりはしない。
これが折れていたりしていれば、埋め直した所で長く持たない可能性があった。
木が折れることは人間で言う骨折からの傷口が見えている状態と変わりないだろう、適切な処置をせずそのままなら菌などで感染症を起こしてそのまま死滅する事だってあり得る。
「よし、どこらへんが良い?」
「そうだなぁ……、あそこかな」
凹凸の激しい地面の中で、平坦に近い地面を指差したピニスン。
「おーけい、ちょっと地面掘るからモモは木の方見ててくれ」
「わかりました」
スルスルと地面を滑るように移動したふわっとしたなにか、前屈みになって地面をその手で掘り始める。
ゴリゴリと、スプーンを突き立て掬い上げられたプリンのように地面が簡単に削れていく。
補助が有ったとはいえ、HP特化のザイトルクワエをあっという間に削っていったふわっとしたなにかの筋力が遺憾なく発揮される。
数分で大穴と山盛りの土が出来上がり、その間にモモンガはピニスンの大本を見て回る。
「……うーん、確か折れたままは拙いって聞いたことあるような」
折れた枝の断面を見ながら呟く、とりあえず折れて地面に転がる枝を一本拾う。
「これ、ピニスンさんの折れた枝ですか?」
「……うん」
表情で顔を顰めながら、ピニスンは頷く。
言ってしまえば自分の折れて取れてしまった手足のようなもの、それを見せられいい顔など出来ようはずもない。
「……ちょっとくっ付くかどうか試してみたいんですけど、良いですか?」
「え? くっつけられるの?」
「接合するかわからないですけど」
まあ変なことにならないなら良いよ、そう言質を取ったモモンガは頷いてからアイテムを取り出す。
それは赤い液体が詰まった細長い瓶、回復アイテムの下級ポーションだった。
アンデットであるモモンガが使えば回復どころかダメージを食らう物ではあるが、使う相手はポーションで回復できる仲間だったので当然所持していた。
植物だって生き物なのだからHP回復効果が出るかもしれない、そう思って折れた部分と合う枝をピニスンに聞きながらくっつけてポーションを振りかけてみるモモンガ。
「わ! なにこれ!」
初めて感じる感覚なのか、声を出して驚くピニスン。
モモンガがポーションを振りかけた枝の接合部分を見ていれば、巻き戻すかのように折れた枝がくっついて行く。
「予想は当たっていたか」
手放しても落ちることもなく、樹皮もくっついていき十数秒経てば折れていたとは思えない枝がそこにあった。
倒れた状態でもくっつけられる枝をくっつけ、残りは植え直してからくっつけることにする。
「……よーし、こんくらいか」
大穴から飛び上がってくるふわっとしたなにか、倒木の近づいて埋まっている根も掘り出していく。
「こっちも折れてないか……、運が良かったなぁ」
「折れてても問題無いですよ、折れた部分くっつけてポーションかけたら接合しましたし」
「ほうほう、ドライアードにも効果があるから大本も、ってことか」
「はい」
ここがユグドラシルの中ではない異世界であるなら、ユグドラシルのシステムに完全に縛られていないのでは?
ふと頭の片隅に浮かんで実践してみた、その考えは当たっていて生物なら植物でもポーションで回復できると証明できた。
「やるじゃん!」
「偶然ですよ、偶然」
ふわっとしたなにかの純粋な賞賛に、どこか気恥ずかしくなって頭を掻きながら視線を逸らしたモモンガ。
「それでもどっかで役立つかもしれんからな、知らないよりは知っておいたほうが良いだろ」
親指を立ててサムズアップ、そのまま植木続行を勧める。
「じゃあ俺こっち持つから、上の方頼むわ。 持ち上げられそうか?」
「やってみます」
ふわっとしたなにかは根元の方に腕を回し、モモンガはギルド武器をアイテムの中にしまって幹の下へと腕を潜らせてぐっと力を入れる。
「大丈夫ですね、行けます」
「よし、いくぞー」
モモンガが軽く木を持ち上げたのを見て、ふわっとしたなにかが合図を出しながら木を持ち上げる。
人間ならば重機を持ち込まなければ不可能であろう、全長十メートルを超えた大きな木を二人だけで簡単に持ち上げる。
後衛の魔法詠唱者であるモモンガでも、レベル一〇〇ともなれば積み重ねた筋力は相当なものとなる。
木が傷付くことを考えなければ、それこそ一人だけでも持ち上げることが出来る。
ふわっとしたなにかは言わずもがな、特化型であるためにモモンガの数十倍の筋力が有り、文字通り片手でも持ち上げることが出来た。
「オーライ! オーライ! ゆっくりなー!」
「……っと、立てますよ」
「良いぞー」
「
モモンガが魔法を唱えて、肩に担いだ木が持ち上がっていく。
ふわっとしたなにかは下手にずれないよう、根本を抑え続ける。
「……そのままー、って腕伸びたぞおい!」
垂直になっていく木をゆっくりと押して掘った穴へと誘導していれば、ふわっとしたなにかの腕が伸びていく。
「……よーし、降ろしていいぞー」
穴の縁に立って、木を押して穴の上。
ここで騒いでも木が倒れるかもしれないと、とりあえずスルーして植木を続行。
そのままゆっくりとモモンガが下降、伸びた腕を縮ませながらふわっとしたなにかが木も穴の中へと降りていく。
「あー、斜めになる。 ちょっと調整するか、そのまま支えられるか?」
「大丈夫です」
返事を聞き、木を手放して根の上に降りたふわっとしたなにか。
腕を伸ばして土を掻き出し、垂直になるよう調整する。
「よし、降ろしていいぞー」
「はーい」
さらにモモンガが下降し、完全に根が掘った穴の中に入る。
「埋めるからもうちょいそのままで」
穴の隣にある土山に移動して、薄っぺらい黒い腕を交互に動かして土を穴の中に入れていく。
時折下りて根の下などの土を詰めて、空洞などにより傾かないようにしていく。
そうして掘るのが速いが埋めるのも速い、あっという間に土が根の上に重なって穴が埋められる。
「……どうだ?」
「大丈夫……、そうですね」
モモンガが木を手放すが、傾いたりせずしっかりと立っていた。
「ちょっと地面を固めておこう」
根本に這いつくばるふわっとしたなにか、広げた手で地面を叩くとボンボンと音を立てて地面が手の形に凹む。
交互に叩いて木の周囲を一周、穴を埋めたところの土の色が違うが、それ以外ではおかしな所はない。
「よーし、どうよこれ」
素人にしては良いんじゃない? 植木の『う』も知らない素人にしてはまっすぐ植えられた。
「……うーん、多分大丈夫だと思うけど」
自信なさ気にピニスンが呟く、所詮素人の浅知恵でしかない植木でうまくいく方がおかしいだろう。
「申し訳ないが、専門家でもないし流石にこれ以上は無理」
「そこまで求めちゃいないよ! こうしてまっすぐ植え直してもらっただけでも有り難いんだ」
倒れたままなら間違いなく枯れていた、いずれ枯れるにしても先延ばしになったのだから感謝こそすれ責めることは出来ない。
「……あの、助けてもらったついでで悪いんだけど……」
そうして言いづらそうにもじもじとピニスン。
「……他の木も、植え直してもらえないかい?」
「無理」
顔の前で右手を振って即答するふわっとしたなにか。
「何でって、言わないでもわかるでしょ」
恐らく倒れた木の数は四桁に優に届いているだろう、折れてしまってポーションを掛けなければダメな木もまた多く有るだろう。
一本一本助けてやっていくとしたらどれほど時間がかかるだろうか? 地面の激しい高低差もあって軽く月単位の時間が掛かるだろう。
それを一々してやる義理はない、モモンガには有るかもしれないがこうなってしまった原因の魔法が予想外過ぎてどうしようもなかった。
そしてこの森の惨状の原因がモモンガであることも教える気はない、確かに森は酷いダメージを受けたかもしれないが、ふわっとしたなにかにとっては『一つの森がだめになりそうだ』と言った認識でしか無い。
ピニスンを助けてやったのもモモンガの罪悪感を軽くしてやろうと思っただけ、それと多少なりとも情報提供の礼が有っただけだった。
「……どうしても無理、かな?」
「同族を助けたい気持ちってのはわかるがね、こっちにも都合が有る。 声が聞こえて辛いかもしれんが、そういう物だと割り切ってくれ」
僅かにもピニスンの願いを聞いてやる気はない、先程と同じく断る。
「……そっか、無理言ってごめん」
「ほんとほんと。 あと他を心配するのはいいけど、まず自分が助かったことを喜んだら? 昔もザイトルクワエが動き出した時に助けてもらったんだろ? 二度も助かって超幸運じゃん、三度目は無いかもしれんから自分の命を大事にな」
俯いていたピニスンが「うん」と小さく頷く、そして顔を上げて。
「……ありがとう、君たちは見た目によらず……、その、案外優しいんだね」
見た目スケルトンにデーモンだ、これで他者を助ける良いモンスターだと一目でわかるのはおかしい。
そう言った事でピニスンの目は正常だと言えただろうが……。
「……ぐわー! 傷ついたー! 今の一言でめちゃくちゃ傷ついたー!!」
残念ながら節穴だった。
よよよとわざとらしく崩れ落ち、右手で胸がある部分を抑えながら棒読みで言う。
「まじ傷ついたわー! めっちゃくちゃ心を傷つけられたわー! これはお願い聞いてもらわないと治せないわー!」
「え、ええ!? ……まあ助けてもらったから、出来ることなら聞いてあげるけど……」
そう言ってしまったピニスン、それを聞いたふわっとしたなにかはすっと立ち上がって。
「じゃあ胸と尻を触らせてくれ」
「へ?」
妙に格好つけた声で言い切るふわっとしたなにか、モモンガはそれを聞いてまた左手で顔を抑えた。
先ほどと同じでダイレクトでストレート、セクハラ行為でアカウント削除待ったなし!
「……え? ええ?」
何を言われているのか理解しようとしているピニスンは疑問の声を上げていた。
「……やっぱこれではだめか。 ちょっと確かめたいんだ、これでも警告入んないから限界を行きたい」
「………」
それを聞いてピニスンの視線がふわっとしたなにかからモモンガへ、『この人何言ってんの?』と言いたげな視線がモモンガには辛かった。
「……ふわっとさん、流石に止めましょうよ。 例え大丈夫だったとしても別の意味で終わりですよ!」
「俺は一向に構わんッッ!」
ずいっと一歩分の前進、ふわっとしたなにかはピニスンに近づく。
「先っぽだけ! 先っぽだけでいいから!」
「それネタだったとしても笑えませんから!」
洒落にならない、そうモモンガが突っ込む。
「……しゃーない、本気で聞くけどダメか? ダメなら止めるが」
「……触ってどうする気だったの?」
胸辺りを腕で抑えているピニスン、見た目が悪く無い人型だからか中々様になっていた。
「消されるかどうか確かめたい」
「ふわっとさん!」
「大事だろ、これは」
確実かつ手っ取り早い方法、これでも何ら警告が入らなければユグドラシルではない可能性が極めて大きくなると言える。
規制が緩んだ可能性はあるが、それはそれで間違いなく警告は入る。
警告が入らなければ最上位の厳しい年齢制限が付いていることになるが、それを知れない状況に有るために断言するには厳しい。
だが『そう言った行為』が出来るかどうかは、今後の行動の目安にも出来る。
「で? どうだ? 触っていい?」
「……うー、消されるってのは分かんないけど……。 さ、触るだけ?」
「その先も!? やだ! いやらしい娘ね!」
「んなわけないだろ!」
恥ずかしがっていたピニスンが一変して怒鳴るが。
「……まあ、少しだけなら」
助けてもらったししょうがない、しぶしぶとかそんな感じで呟いた時には。
「ほい」
いつの間にかピニスンの目の前に近づいていたふわっとしたなにかは、遠慮無く真っ黒で薄っぺらい右手をピニスンの左胸に置いた。
「……せ、せめて一言あったほうが……」
「………、──ッ!」
「おおっと!」
するりとピニスンの背後の周り、いきなりで叫ぼうとしたピニスンの口を手で塞ぐふわっとしたなにか。
「人間の感覚と違ってると考えてたけど、案外そうでもないんだな? ピニスンちゃんよぉ……!」
先程までは確かに感謝の念を抱いていただろうピニスン、だが一転して恐怖が表情に浮かんで涙目になっていた。
その状態のまま、さわさわとピニスンの臀部に手を這わすも、すぐにピニスンから離れたふわっとしたなにか。
「……本格的に異世界かもな、どうするよこれ」
完全にセクハラを行ってなお、平然とそこに居続けるふわっとしたなにか。
警告はなかった、もはやユグドラシルと切り離してもいいかもしれない。
なぜユグドラシルの魔法が使えるのかと言う疑問も残る、魔法の法則が行使者の内側で完結していたり、偶然法則が合致している可能性もある。
そこら辺は種族固有魔法しか使えないふわっとしたなにかでは深く探れないこと。
「……そういやモモ、魔法って使おうと思ったら使えるんだよな?」
「え? そうですね、使おうと思えばユグドラシルでの効果範囲とかが頭の中に浮かんでくる感じです」
「……じゃあ、それを説明できるか?」
それを聞いた時、パカっとモモンガの口が開いた。
「………」
見つめ合う、数秒の沈黙の後にモモンガの口が閉じてまた開いた。
「……はい、説明出来ます」
「……まじかよ、あーくそ、ますます分かんねぇ!」
ゲーム感覚で使おうとして使えるのはわかる、文字通りユグドラシルの時と同じ感覚で発動できるのだ。
だが説明出来るのは間違いなく違う、ユグドラシルに限らず大体のゲームではレベルが上がったりして【最初から完成した形】で使えるようになる。
モモンガもふわっとしたなにかも、魔力配分とか魔法陣が云々など学んで魔法やスキルを使えるようになったわけではない。
「……まあいいか、考えたところでどうしようも出来んしな。 それでモモ、人が居る方に行ってみるか?」
「……良いですけど、なんだかすごくさっぱりしてますね」
「今のとこどっちでもいいしな、伝える気も無いだろ? 魔法で何とか出来て、帰れるにしてもこの世界見回った後が良いし」
どうしても今すぐ帰りたくなったら
天地改変と同じように効果変わってるかもしれん、まじ万能魔法だったりして帰れないとわかれば絶望するかもしれないが、とふわっとしたなにか。
「ま、可能性として帰れないかもしれないってことは頭ン中に置いといたほうがいいぜ」
「……留意しておきます」
「でよ、行くか?」
「ええ、行きましょう」
そうして二人は歩き出す、まるで背後のピニスンなど最初から居なかったかのように。
「……え、ちょ、ちょっと! ちょっと待ってよ!」
つい呼び止めてしまうピニスン。
「ん? 何だ?」
ふわっとしたなにかが振り返り、モモンガも同じように振り返る。
「あ、いや……。 えーと……」
「何かまだ用が?」
「………」
用と言うものはない、いきなり現れて世界を滅ぼしうる魔樹の本体を圧倒して。
倒れた本体を助けてもらったと思ったら、胸やお尻を触られた。
言うなれば嵐のような存在だ、現れては周囲をかき乱してそのまま去っていくようなそんな存在。
だが、釈然としないが助けられたのは事実、だからピニスンは口を開いた。
「あ、ありがとう!」
ピニスンが腕を振る、言葉とともに体でも感謝を示す。
「……いいってことよ!」
「……また会えるかわかりませんけど、お元気で」
それに応じて二人も手を振る、昔ザイトルクワエの一部を倒した七人もちょっとおかしかったが、この二人……と言うかあのデーモンが輪にかけておかしいかったけど助けられた。
スケルトンの方にも折れた枝をくっつけてもらった、こっちの方にはちゃんと感謝の念を込めて腕を振り続けた。
「……役に立てるか分かんないけど! 困ったことがあったら会いに来てよ!」
その言葉に少しの間を置いて二人は頷く、そうして別れた。
ピニスンにセクハラしたかった、ただただそれだけだった。