死の支配者とぶらり異世界の旅   作:BBBs

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その3

 

「……異世界かぁ」

 

 ピニスンと別れ、獣道すらなくなった酷い地面を乗り越えながらふわっとしたなにか。

 

「何と言うか、言葉にし難いですね……」

 

 先ほどモモンガが言った通り、誰かに説明したところで病院を勧められる状況。

 ユグドラシルのキャラクターそのまま、この異世界の平均能力次第では神如き能力と言っていいかもしれない。

 この森の水準が高いのか低いのか、それはまだわからないがまかり間違っても苦戦しうるモンスターは意外とあっさり倒してしまったザイトルクワエだけだ。

 もしかしたらザイトルクワエと同じように、探知や感知できない眠っている状態の凶悪過ぎるモンスターが存在しているかもしれない。

 判断するには情報が少なすぎるために決して油断はできないだろう、何せ二人とも戦闘不能状態になるつもりはないためだ。

 

「まあな、とりあえず当面の目標ってのを決めといたほうが良いと思うが」

「そうですね、やっぱり帰還の方法の探索って事でいいですかね?」

「それが妥当だな……」

 

 ふーっと有るはずのない肺から溜息を吐きつつ、視線を上に向ける。

 

「……落ち着いて見れば、すげぇよな」

「……ええ、大気汚染もなくて、空気が物凄く綺麗なんですね……」

 

 雲は少なく煌々と光を反射して輝く月に、暗闇に浮かぶ星々が飾り立てる夜空。

 人体に有毒な大気を濾過して呼吸を行えるようにする人工心肺、それを必要としない大気はなんとも言えない匂いを二人に伝える。

 

「すげぇわ、息を吸うのがこんなに気持ちがいいもんとは思わなかった……」

 

 二人して肺がないのに深呼吸、現実での呼吸はどこか淀んだものを吸って吐いての繰り返し。

 新鮮と言うものは決して感じられなかった、だがこの世界は澄み切った大気で満たされて心をも透き通らせる何かがあった。

 

「……いやぁ、何と言うか楽しみだなぁおい!」

「ええ!」

 

 未知の世界、人間種だったら食料などの心配もしただろうが二人は飲食不要の特性を持つ。

 この世界の食事を楽しめない不満感もあるが、無限と言える世界を見て回る事に冒険心が沸き立つ。

 

「……いやいや、冒険は後だな。 落ち着いていこう」

「チッ……、そうですね」

 

 ちょっと喜んでみたら精神抑制で冷静になっていたモモンガ、声の高揚も無くなっておりつい舌打ちをして不機嫌になる。

 

「……やっかいだなそれ」

「冷静になれるという点では良いかもしれませんが……」

 

 喜怒哀楽全てが抑制されると嫌な気分になる、そしてその嫌な気分も抑制されて小さな感情となる。

 その点が困る所、必要としていない場面では何とか無効化する術も調べたほうが良いかもしれない。

 延々とこれが続けば、抑制される前に感情の起伏を自分で抑えるようになるかもしれない。

 あるいは、外因で無効化するか。

 

「これ、どうよ?」

 

 取り出して見せたのはクラッカー、それは『完全なる狂騒』と言う使いきりアイテム。

 効果はアンデットのみで精神作用無効化を無効化すると言う、ネタアイテムの中で更に尖った代物。

 むしろ尖りすぎてゴミ扱いされているアイテムだ。

 まあ、他のプレイヤーを遊び道具にする阿呆どもには、使い道があったが。

 

「……ありましたね、こんなの」

 

 思いもよらなかった、そんな感情が篭ったモモンガの呟き。

 

「持ってる?」

「いや、普通持ってないですよ」

「ならプレゼント」

 

 ぽいっとモモンガの方に投げる、それを慌てて受け取った。

 

「これが意外に使えるんだわ、PKした相手を煽るのに」

「……これでどうやって煽るんです?」

 

 モモンガが白骨の指でクラッカーをひっくり返して眺めながら聞いた。

 

「下手に言葉で煽ると顔真っ赤にして通報してくるじゃん? だから笑いエモ出しながらクラッカーをそいつに向けて鳴らす」

「……ちょっとイラッとしますね、それ」

「一応いらついてる相手にしかしないからな、低レベル相手の異形種狩りとか容赦しないわ」

 

 このふわっとしたなにか、異形種狩りをメインとしたPKプレイヤー。

 異形種狩り狩りとでも言えば良いのか、異形種狩りを行う面々からは蛇蝎の如く嫌われている。

 特化した隠形で忍び寄り、スキルや装備に攻撃力増加を積みまくった超火力で壁役(タンク)だろうが即死させるので、奇襲されたら戦闘不能にレベルダウン確定なために嫌がられた。

 

「結局最後の方まで異形種狩りは無くならなかったしな、不利益しか生まないこだわり捨てられなかった運営マジ無能」

 

 異形種はモンスターと同じ扱い、なのでいくら人間種がPKした所でデメリットはない。

 しかも同レベルのNPCモンスターよりも経験値が多く貰え、確率で所持アイテムのどれかを落とす。

 下手をすればレアアイテム、高レベルになるとハイレアアイテムも落としかねないとの事でどのレベル帯でも異形種狩りは盛んに行われた。

 最後の最後までそのシステムを変えなかったせいで、異形種狩りの連中からすれば『運営が認めているから異形種狩りは正当な行為』と免罪符にしてPKに興じていた。

 人間種、あるいはそれに近い種族とは全く違う怪物でも遊べると言う売りを運営は自ら潰して、異形種プレイヤーの減少を引き起こした運営は異形種プレイヤーから『無能』とよく罵られていた。

 

「……本当ですよ、全く」

 

 人間種と異形種の対立、それは全く問題ないのだが適用してはいけないシステムにまで持ち込んだことにより問題を生み続けた。

 運営は贔屓が過ぎるのだ、『世界(ワールド)』やら『(ドラゴン)』やら格差を付け過ぎてどうしようもない状況に陥った。

 世界や竜程でもないが、職業の取り方によって人間種のほうが総合的に能力値が高くなるのも要因だったのだろう。

 異形種でプレイしたいが異形種狩りに遭ってまともに出来ないから人間種に変更する者、少ないだろうがユグドラシルを止める者も居た。

 それらに対してなんとかしたいとインタビューなどで答えていたが、結局変わらなかったための無能評価であった。

 

「……まあいいや、終わったことだし。 まずはこっちの方を色々調べんとな、魔法については任せるぜー」

 

 決していい気分になれない考えを頭から振り払って、目先の問題の解決を図る。

 見た先はモモンガだ、どうしてなのかわからないが強制的に落ち着かせられるらしい。

 それが進行して最悪何事にも感情が揺さぶられない、無機質な存在となってしまうかもしれない。

 機械的に反応するモモンガなど見たくはない、まずこれの無効化する方法を優先しなければならないなとふわっとしたなにか。

 

「こっちは任せておいてください」

 

 モモンガの頷きに期待を寄せるふわっとしたなにか。

 魔法を説明できる、もっと深く言えば【魔法の原理を説明できる】のは異常の一つだ。

 説明できる事は教えられることでも有り、条件が整えば魔法詠唱者のクラスを取っていなくても使える可能性もある。

 どこまでがユグドラシルで、どこまでか異世界か、その境界線を少しでも鮮明にしておくのは大事だろう。

 

「頼むぜ、それじゃあ手始めに近しい情報を集めるか」

「と言うと?」

「モンスター」

 

 人間を含めた敵性存在となり得る相手がどれほどの強さを持つのか、大体でいいので把握しておくと危険性を減らせるだろう。

 幸い、探知と感知を特化させているふわっとしたなにかによって、相手の状態を把握できる。

 範囲内の敵意の有無から始まり、名前やレベル、最大と現在のHPとMPに耐性、隠形や透明化した存在に高位虚偽情報の看破等など、探知能力を持たない者であれば魔法やらアイテムを使わなければ見れない情報を常時見て取れる。

 現に今情報を隠されていないモモンガを見ればHPとMPはどれくらいで、どういった耐性を持っているか、物理と魔法攻撃力に同様の防御力や素早さ、属性や取得している種族に職業も手に取るようにわかる。

 その上所持している魔法やスキルも効果ごとに知れる、流石にアイテムボックスの中身までは見れないが装備している武器防具もどんな能力が付いてるか一目瞭然と言った状態。

 この超位看破とも言える能力を前に、隠しきれるのは同様に何かを犠牲にして高めた隠蔽能力か隠蔽系のワールドアイテムでなければ不可能だ。

 

 ユグドラシルでは表示が多すぎて判別するには少々の時間を要したが、異世界だとすっと頭に入ってきて瞬時に判断できる状態になっているため利便性が凄まじく上がっていた。

 そんなバランスなんて知ったことじゃねぇと言わんばかりの能力で危険度を測れば、要らぬ危険を冒さず安全性を高めることが出来る。

 

「探知できるここら一帯で一番レベルが高かったのはさっきのザイトルクワエ、次いでレベルが高いのは三十代」

 

 正直ザイトルクワエは除外しても問題無いだろう、それこそイベントボスと同じ様な感じだ。

 そうなるとザイトルクワエとは違う特殊ではないモンスターを調べておけば、自ずと平均を理解できる。

 

「弱いのでレベル五、強いのが三八。 平均的に見て低レベルフィールドだな」

 

 序盤で向かう場所、そう判断できる場所。

 しかしその感知できたモンスターたちの総数はかなり少ない、恐らく天地改変による地面の大きな変化に巻き込まれて死亡したのもそれなり以上に存在するだろう。

 

「ザイトルクワエのように睡眠とかと違う休止状態のは探知出来んから、もしかしたら似たようなのが他の場所にも居るかもしれんが。 それ以外なら完全に雑魚しか居ない」

 

 現状ユグドラシルなら無防備に攻撃を受けても何ら問題ないモンスターしか居ない、二人とも物理無効化を持っているためにどうあがこうとかすり傷一つ付けられないだろう。

 魔法攻撃に関しても狙撃レベルの遠距離魔法でも事前に察知できるため、範囲攻撃でなければ上位魔法無効化Ⅲを持つモモンガを盾にすればいい。

 無論、魔法防御力が高いモモンガが大ダメージを負う高威力魔法攻撃であった場合、即効モモンガを担いで全速力で逃げるつもりである、それが出来なければ仲良くお陀仏だろう。

 

「そうなると問題は森の外ですね」

「だな、人間主体の世界かもしれんしな」

 

 モンスターは原始的であったが、人間はそうではない可能性がある。

 ユグドラシルは剣と魔法のファンタジー世界であるが、この異世界は遠距離からミサイルをぶっ放すような科学世界かもしれない。

 一応ユグドラシルにも銃や重火器もあったが、扱いは弓と似たもので弱ければ物理や魔法無効化を貫通できないためにそう心配することもなかったが。

 

「……突然ミサイルとか飛んできたらどうするよ?」

「……逃げたほうがいいですね」

「逃げれるならな!」

 

 人サイズの相手にミサイルで狙える科学レベルなら、人工衛星とか普通に有って遥か上空から観測されててもおかしくはない。

 

「んじゃ、モンスターを測るついでに人間様でも見に行ってみるか」

 

 まず目指すのは天地改変で生き残った、この森では強いのだろうモンスターを目指して歩き出す。

 

「……すみません、飛んでいいですか?」

 

 だがどうにもモモンガは地面の凹凸で移動に苦労していた、如何に身体能力が上がっていても高低差が五メートルとか余裕であるから仕方ない。

 もう一方のふわっとしたなにかは、まるで苦にせず凹凸を越えていく。

 

「おう、周りに村か街か、どっちかあったら大騒ぎだろうしな。 夜が明ける前に森を出とくか」

 

 潜むなら森の中がいいが、別に今は何かから逃げているわけでもない。

 人間の村があったとして、その混乱に乗じて危なげなく入り込めるかもしれない。

 ふわっとしたなにかの頷きを見て、モモンガは飛行の魔法を唱えて宙に浮く。

 そうして壊滅的な森の中をふわっとしたなにかの先導のもと、人間の全力疾走並みの速度で踏破していった。

 

「……居たぞ、多分こっから見えるはずだが」

 

 ある程度進んだところでふわっとしたなにかがスピードを落として大きく隆起した地面の上で止まり、それに習ってモモンガも空中で止まる。

 

「……ん?」

 

 モモンガが目を凝らして見る、月明かりは美しく世界を照らし、本来なら視界を遮るように乱立していただろう木々は殆どが倒れている。

 目は無いが目を凝らしてみるも、ふわっとしたなにかが指差した遠くの方角に白っぽい点が見えるだけ。

 よくわからないので遠隔視(リモート・ビューイング)を発動させ、白っぽい点を見てみる。

 

「……いやいや」

 

 そうしてモモンガはふわっとしたなにかが示すモンスターの姿と、記憶の中にある生物とほぼ一致してつい顔の前で手を振って否定した。

 

「……やべぇ、やべぇよ。 あんなのが居るとは本気で思わなかった……」

 

 ふわっとしたなにかは震えていた、そしてどうして震えているのか見当がついてため息をつきたくなった。

 

「……なんですかね、あの……、ハムスター」

「……ひっはっ、ハヒヒ!」

 

 モモンガがハムスターと言った瞬間、頑張って決壊しないよう耐えていたダムが崩れたかのように笑い出したふわっとしたなにか。

 

「何だよあのでかさ! 顔が! 顔がぁぁ!」

 

 膝、はないが膝にあたる部分を曲げて地面に付けて、腹を抱えて笑うふわっとしたなにか。

 改めて件のモンスター、ハムスターをモモンガは見る。

 まず一言で言うならやはりハムスターだろう、普通のハムスターと違う点を上げれば大きさだ。

 遠目で見てもでかいとわかる、恐らく全長五メートルは優にあるだろう体躯。

 それに見合って顔もでかい、多分顔だけでモモンガと同じか少し小さい位にはありそうだった。

 

「……ふわっとさん、あのハムスター……」

 

 ふわっとしたなにかは笑いすぎて苦しそうに、肺はないが苦しそうに地面に両手をついて俯いていた。

 

「……はぁー、はぁー、間近で見たらもっとやばいだろうな……」

「……もう良いですか?」

「悪い、こんなに笑ったの久しぶりすぎた」

 

 ゴホンと一度咳をして立ち上がり、体勢を立て直してからの返答。

 

「あれ、ユグドラシルのガチャモンスターとかなり近い」

「近い? そのもの、って事じゃないんですか?」

「違うね、名前付いてないし」

 

 ガチャモンスター、ユグドラシルで実装していた有料システムの一つ。

 実態は名称通り、アイテム課金で回せるランダムガチャから入手できる職業テイマーが扱う使役されたモンスター。

 ステータスやスキルにもよるが、大体のモンスターは捕獲して使役することが出来るが。

 高レベルエリアに居るような高レベルモンスターの捕獲はかなり難しく、使役できたとしても元のステータスより大きく劣りカンストレベル帯では特異なスキルでも持っていないと高火力で溶かされてさくっと消える。

 なのでテイマー職のプレイヤーが扱うモンスターは基本有料ガチャ製の、いわゆる高いステータスや効果的なスキルを持つ当たりモンスターを使役して戦力としている。

 

 そしてあのハムスターはそのガチャモンスターと似通っているようにふわっとしたなにかは見えた。

 

「何と言うか、モブモンスターのステータスじゃねぇんだよなぁ。 モブとガチャのステータスが合わさってるような感じなんだよ」

 

 ふわっとしたなにかが感じ取るステータス、そこに違いを感じての言葉。

 ガチャモンスターのステータスはプレイヤーと共用であり、ガチャモンスターであるならばプレイヤーである自身やモモンガのステータスと同じようになるはずだ。

 だが実際は違い、ザイトルクワエのような純粋なモンスターとガチャモンスターのステータスを足して二で割ったような感覚を覚えた。

 

「親か先祖がユグドラシル産かも知れんね」

 

 ピニスンが語ったようなザイトルクワエのような感じで、ユグドラシルのモンスターがこの世界に来たのかもしれない。

 そしてこの世界のモンスターと交配でもしたのか、繁殖して生まれたのがあのハムスターである可能性がある。

 だからこそ微妙な感じになってもそうおかしくはなさそうだ、とふわっとしたなにか。

 

「……意外と速く帰る方法、見つかるかもしれませんね」

 

 それを聞いたモモンガは呟く、ユグドラシルとの関連がありそうなことが短い間に幾つか見つかった。

 この調子で行けばあっという間に変える方法へとたどり着いてしまうかもしれないと。

 

「それはそれでいいんじゃねぇの? それよりもまずあれと接触したい」

 

 帰還方法に関して別段気にした様子ではないふわっとしたなにかを見て、やっぱり帰ろうと思っていないんだろうかと見ていたモモンガ。

 

「と言うか連れて行こうぜ」

「え? ……ハムスターですよ?」

 

 レベル三十代後半、ユグドラシルと関連がありそうだが所詮調査用のモンスターにすぎない。

 戦力として連れ歩くには弱すぎるし、ペットとして連れ歩くにもあの巨体で目立つこと請け合いだ。

 

「……あれでもモンスターなんですから、人間に見られたら怖がられるかもしれませんよ」

 

 下手をしなくてもモンスターを連れてくるなと厄介事になるかもしれない。

 モモンガはそう忠告してみるも。

 

「使役してるって設定にしときゃ良いって、試したいことも幾つかあるし連れて行くのも悪く無いと思うぜ?」

「その悪くない事とは?」

 

 連れ歩くデメリットを上回るメリットでなければ承諾しないとモモンガ。

 

「まず一つ目、テイマーのクラスを取っていない俺らであれを使役できるか」

「……ふむ」

「二つ目、使役できたとして戦わせたらレベルが上がったりするか確かめたい」

「なるほど」

「三つ目、可愛い」

「え?」

「可愛い」

「……そ、そうですね」

 

 真っ黒なので表情は見えず、声も高揚は見られず真顔で言っているように聞こえてとりあえず相槌を打ってしまったモモンガ。

 

「冗談だけども、あと露払いだな。 最初は実験で雑魚の相手をしててもいいが、ある程度試したら鬱陶しくなるだろ?」

「まあ、そうですね」

「あれがモンスターの平均以上なら露払いには十分。 それになかなかえぐいぞ、あのハムスター」

「えぐい?」

 

 はっきり言って、あんなただでかいだけにしか見えないハムスターが強いと言うか、えぐいようには見えないモモンガ。

 

「俺ら基準からすれば全くの雑魚だがな、同レベル帯の相手だったらまじやばい。 初見殺しの要対策モンスターだぜ、あれ」

「……まじですか」

「まじまじ、俺がレベル四〇なら絶対に近づかないね。 どうしても倒さなきゃいかんなら対策取ってパーティで挑む、そんくらいの相手」

「………」

 

 モモンガはもう一度遠く離れたハムスターを見る、周囲を伺っているのだろうキョロキョロと頭を動かしていた。

 

「多分近接型だろうが魔法が使える、全魅了と盲目とその他諸々で実に実用的だ」

「うげぇ……」

 

 このレベルで全魅了こと全種族魅了、モモンガは精神作用無効を持つアンデッドだから効かないが、それを持たない種族であれば対策を施さねば拙い。

 もし抵抗に失敗して魅了されれば攻撃出来なくなるし同士討ちを行いかねない、他の者には盲目を掛け攻撃も防御も回避もしづらくなればかなりの痛手を負うことになる。

 下手をすればそのまま全滅にも繋がりかねない、そういった意味であのハムスターはかなりえぐいと言える。

 それを避けるために最低でも二つは無効化を積まなければならないし、それに割引いた分能力の低下は避けられないだろう。

 複数の状態異常を掛けてくるモンスター、同レベル帯なら初見殺しと言っても問題ない能力だろう。

 

「大火力で速攻するか、対策積んで詰めていくしかないな。 初見タイマンは絶対したくない、近距離でも遠距離でも絶対痛い目見るぞ」

 

 一発目で即死か瀕死でもなければ、手出しできない遠距離相手でも逃げ出すくらいは出来る構成だと断じるふわっとしたなにか。

 

「そういう訳だ、雑魚を払うためにどうよ?」

 

 スキル構成を聞かされてみれば、中々お買い得ではないか? そう考えたモモンガ。

 

「そうですねぇ……、世話はふわっとさんがしてくれるなら良いですよ?」

 

 使役できるならですけど、と付け足すモモンガ。

 

「やりぃ!」

「……要らなくなっても世話しませんよ?」

「ちゃんと面倒みるから大丈夫大丈夫」

「子供みたいに、飽きたからって俺に任せるような事しないでくださいよ?」

「大丈夫大丈夫、その時は処分すっから」

 

 大丈夫を繰り返しながら、声を返すふわっとしたなにか。

 それに一抹の不安を抱えながら、モモンガは一つため息を吐いた。

 

「よっしゃ、それじゃあさっそく!」

 

 モモンガの心労など知らずに凸凹な地面も何のその、文字通り滑っていくかのように凹凸を超えてハムスターへと高速で直進するふわっとしたなにか。

 

「はやっ!? ちょっと待って下さいよ!」

 

 

 

 ───

 

 ──────

 

 ─────────

 

 

 

「喋ってる! すげぇぞこいつ!」

 

 モモンガがふわっとしたなにかに追いついた時にはなんだかはしゃいでいた。

 何してるんだかと、ふわりと少し離れたところに着地して声を掛けようとした時。

 

「よそ見は危険でござるよ!」

 

 モモンガは聞いたことのない声を耳にする。

 それと同時に二〇メートルは離れているハムスターから、何かが高速で飛んできたように見えた。

 

「っ!?」

 

 モモンガが警告のつもりで名前を呼ぶよりも速く、何かがふわっとしたなにかの目前へと迫った。

 言葉も出ないとはこのことだろう、ハムスターが繰り出したものは長い長い尻尾だった。

 一瞬であれば蛇にも見える、硬質化したのであろう皮膚に包まれた一〇メートルを超えた長い尻尾。

 初見であれば間違いなく距離を測り損なうだろう、伸縮する硬質の尻尾が僅かに弧を描いてふわっとしたなにかに迫る。

 

「おっ、面白いじゃん」

 

 パッと、ふわっとしたなにかが消えた。

 モモンガは瞬きはしていない、第一瞼が無いので出来ないのでそんな一瞬を見逃すような事はしない。

 それでも消えたように見えた、文字通り移動した瞬間が見えなかったのだ。

 

「ムムッ! 一体どこに……、よもや逃げたのでは!」

 

 伸びた尻尾を引き戻し、消え去った影の悪魔を探して見回し、居ないことに逃げだしたと判断したハムスター。

 そうなれば次に見るのはモモンガ、ファイティングポーズ……なのかその短い前足を踏ん張らせるように姿勢を変える。

 

「どうやら仲間は逃げた様子、置いて行かれたのは同情するでござるが残るのはそなただけでござるよ!」

「ジャンガリアンハムスターに同情されるなんて考えもしなかった……、もう良いでしょう? ふわっとさん」

 

 遊ばれていることにも気付いていないハムスターに、同情の視線を投げ返したモモンガ。

 一人だけ遊ばないでくださいよ、と言葉も投げかける。

 

「何を言──」

 

 仲間に置いて行かれた哀れなモンスターが独り言をつぶやいている、ハムスターは哀れみを持って少しぐらい話を聞いてやろうとした所で。

 

「──ふぁっ!?」

 

 ハムスターがひっくり返った。

 ドスンと、突然ハムスターの胸元から浮き上がって仰向けに転がった。

 突然のことで反抗する前に倒れ、一体何が起こったのか分からずに夜空を見上げた。

 

「効いた効いた」

 

 にゅっとハムスターの視界の下から黒い影が顔を覗かせる。

 一体どこから!? と慌てて逃れようとしたがピクリとも体が動かせない。

 

「効かなかったら困るでしょうに」

 

 カツンカツンと杖のつく音を鳴らして、モモンガが動けなくなったハムスターの傍に近寄る。

 見下ろしたハムスターは腹を見せ、強制的に服従のポーズをふわっとしたなにかに取らせられていた。

 そうさせているのは固有のスキルである『影の人形化(マリオネット・シャドウ)』、ハムスターはこれに掛かって心身ともに完全に支配下に置かれていた。

 固有スキルと言ってもやってることは精神系魔法の『支配(ドミネート)』の亜種である『人形化(マリオネット)』と同じ、だが使用する際の条件に『自分と対象の影が重なっていなければならない』と言うほぼ密着しなければ使えない産廃スキル。

 残念ながら支配よりも成功率が高いなどのメリットはなくこれ単体で考えれば使えないスキルではあるが、これの使用を前提とした派生スキルもあるのだがこちらも口が裂けても強力とは言えない、どちらかと言えば産廃に片足突っ込んだスキルだった。

 

「まあそうだけどな。 ほれ、起きろ」

 

 ふわっとしたなにかがそう命令すると、ハムスターがころりと横に転がって立ち上がる。

 一言も発することはなく、その場に座り込んで次の命令を待っていた。

 何というか、尻尾や髭が動いたりせず、身動ぎ一つすら出来ないので精巧で巨大なハムスターの剥製みたいだった。

 

「喋っていいぞ」

 

 また命令すると、ハムスターの口が勢い良く開いた。

 

「こ、これは何でござるか!? 動けないでござるよ!?」

 

 ハムスターの恐怖も交じる焦った声、そのくせ表情は感情を表していない。

 

「とあるスキルを掛けた、お前は心身共に俺の支配下にあるのだよ……」

 

 フッフッフッと演技混じりに不敵に笑いながら、ハムスターに何をしたのか言って聞かせた。

 聞かされたハムスターは恐らく恐怖で慄いているのだろう、リアクションを一切取れないために本当に恐れているのかわからないが。

 

「まずお前の攻撃を避けて、そのでっかい頭の下に潜り込んだ。 お前、その頭のせいで足元見えてないだろ」

 

 モモンガから見ていたら、確かにハムスターの攻撃で消えるように移動して見えたが、すぐにふわっとしたなにかの居場所はわかった。

 二メートル近い巨大な頭部の下に影よりも黒いものが見えたから、それがふわっとしたなにかだとすぐに気が付いた。

 遊んでいると表現したのも、頭の動きに沿って動いていたからだ。

 

「そのあと下から押してひっくり返した、それでちょっとしたスキルでお前に支配下に置いたって訳だ」

 

 消えたように見えたのは固有スキルの一つ、『影走り(シャドウ・ラン)』。

 影から影へと移る、移動先が影の中のみの転移(テレポーテーション)

 光源の向きによって相手の正面だったり側面だったり、影が一定以上の大きさでいけなかったりスケルトンのようなスカスカの細い影だと移動できないなど使い勝手は当然転移よりも下。

 その上転移と同じように『転移遅延(ディレイ・テレポーテーション)』などの阻害効果を受けると言う、勘弁してくれと言いたくなるスキルだ。

 まあそれでも魔法職でもないのに、限定すれば転移と同等の効果が得られるので重宝しているのは間違いない。

 

「………」

 

 ハムスターはパクパクと何度も口を開くだけ、言葉が出てこないのだろう。

 

「……しっかしロールプレイでも滅多に聞けん話し方だな、それに間近で見るとほんと顔デケェし」

 

 ふわっとしたなにかが顔を近づける、小柄に設定していたふわっとしたなにかの姿は150センチほどしかない。

 ハムスターの頭に、小柄なふわっとしたなにかがまるまる入ってしまえるだけの大きさだった。

 

「………」

 

 そんなモンスターに見られるモンスター、ハムスターは固まったまま言葉を発せられずに居た。

 恐怖に震えることすら出来ず、覗き込んでくる真っ黒な影に震え上がっていた。

 日が暮れ棲家で寝ていれば、いきなり地面が揺れ始めて生き埋めにされそうになった。

 なんとか抜け出て辺りを見回せばまるで別世界、あまりの変わりように呆然としていたところに直立する真っ黒な影が猛然と接近してきた。

 危険な存在と判断して攻撃しても仕方がない、その結果が強制的に支配下に置かれた。

 

「ところでハムスター、お前さんはこれからどうするよ?」

 

 ごくごく短い時間のうちに己は見るも無残な姿になっているかもしれないと、戦々恐々していたハムスターは少し呆けた後に口を開く。

 

「ど、どうするとは……?」

「普段何食ってるんだ? 動物か? それとも木の実とか? モンスターも取って食えそうだが」

 

 どうするんだと聞いておいて、次に出てきたのは何を食べているかの問い。

 話が飛びすぎてハムスターはよく理解できなかったが、とりあえず答えた。

 

「小動物とか木の実を食べているでござるが……」

「ハムスターって草食じゃなかったっけ? まあいいか、それ食ってたんならこれからはここらへんで食えなくなるからどうするんだって事だ」

 

 周囲の森の惨状を見れば、これからもここで暮らしていこうという気にはなれないだろう。

 

「う、うーん……」

「愛着があるかもしれんがな、ここに住み続けても飢え死にするしか無いぞ? それだったら俺たちとこの森を出て別の住処を探してみるのはどうだ?」

 

 そうふわっとしたなにかが提案する。

 ハムスターはうんうんと唸り、支配下から抜け出せないこともあり決断する。

 

「……わかったでござる、敗者は勝者に従うのが自然の掟。 お伴させていただくでござるよ」

「よし、決まりだ、一応言っとくけど俺らが良いって言うまで付いてきてもらうぞ」

「さ、さっき言ったことと違……」

「なんだって? 俺、耳が無いから聞こえないなぁ!」

 

 ふざけてからかい、それに対してひぃー! と悲鳴を上げ後悔するハムスター。

 ブヨブヨとやけに伸びるハムスターの顔の皮を引っ張りながら、質問を投げる。

 

「お前、名前ないけど他のやつに名前呼ばれてたか?」

「……時折森に入ってきていた人間から、森の賢者と呼ばれていたでござる」

「……この成りで森の賢者? 喋れるから賢者なのか?」

 

 こいつはハムスターだ、どう見てもジャンガリアンハムスター。

 それも平均的な成人男性が小さく見える程のでっかいやつ。

 でかくなければ愛玩動物でしか無いハムスター、しかし会話を行えると言うことは言語を理解している知能を有する。

 鳴き声ではなく特定の意味を持つ単語を組み合わせると言う都合上、判別して使い分ける必要性があり一定以上の判断能力が問われる。

 こうして問題なく意思の疎通が出来ている以上、このハムスターは人間に匹敵する高い知能を持っていることの証左、それ故に賢者などと比喩されているんだろう。

 

「これだけ頭が大きいと脳も大きそうですね」

「でも意外と小さかったりしてな」

 

 頭、割ってみるか?

 そんな会話を聞いているハムスターは涙目で震えるしか出来なかった。

 

「まあいいや、それで名前どうするか……」

 

 興味はあるが進んでグロテスクなハムスターを見たいわけじゃない。

 ハムスターの脳みその話を終わらせて、ふわっとしたなにかはモモンガを見て。

 

「モモンガ先生! 命名お願いします!」

「えっ」

 

 きっちりと腰を曲げて綺麗に頭を下げたふわっとしたなにか、現実で営業マンとして仕事をしてきたモモンガから見ても堂に入った会釈だった。

 

「……いや、なに言ってるんですか? ふわっとさんが飼うんですから自分で決めてくださいよ」

 

 なぜ自分が名前を付けなければならないのか? 世話をするって言うから認めたのに。

 ……待てよ? 敢えて名前を付けさせて愛着を持たせようとしているのか?

 そうだとすれば中々の作戦だ、ぷにっと萌えさん程ではないがかなりの策士っぷり。

 

「……フフフ、そうは行きませんよ。 敢えて俺に名付けさせて愛着を湧かせようという魂胆ですね? そんな作戦には乗ってやりませんとも」

 

 お断りします! 断固としてNO!

 断れる日本人っぷりを発揮したモモンガ。

 

「……あー、うん、ソウダネ。 そんな事よりもモモのネーミングセンスを光らせたい、AoG(アインズ・ウール・ゴウン)どころか俺さえも慄かせるような名前をこいつの授けてやってくれ!」

「……貶してます?」

「褒めてる、AoGのギルド名決める時の話は泣けた、主に腹筋が痛くて」

 

 ジーっと冷たい視線を送るモモンガに、サムズアップで応えるふわっとしたなにか。

 数秒見つめ合って、先に視線を逸らしたモモンガがため息を吐く。

 

「……今回だけですよ」

「こんなの複数抱えたくないんだけど」

「ひ、ひどいでござる……」

 

 拘束されたまま『こんなの』扱いにハムスターは涙を一つ流した。

 

「じゃ、センスの光るのを頼むぜぇ」

 

 凄いの期待してます! 副音声でそんな声が聞こえたような気がするモモンガ。

 とりあえず杖を収納して、ハムスターを見ながら腕組み。

 パッと頭の中に浮かんだのは『ハムスケ』だ、見たまんまのでかいはジャンガリアンハムスターであるため。

 だがハムスケと言う名前は安直にも思えた、そしてふわっとさんはセンスの有る命名を期待している。

 幾つか案を出した所で、奇妙だったり面白い名前の方を採用するだろう。

 

 そうなるとペットとは言え変な名前で呼ばれるハムスターが哀れに思えてくる、

 敢えておかしな名前を付ける必要もない、ここはウィットに富んだ名前を付けるべきか。

 

「……そうですね、『大福』、と言うのはどうでしょう?」

 

 これは中々のセンスだと思う、このハムスターの毛並みは白銀色で頭を隠すように丸まれば和菓子の大福餅にも見えるからだ。

 この名前ならきっと納得してくれるだろう、自信を持ってそう提案すれば。

 

「なるほど、カビが生え始めた大福餅に見えるな……」

「……ちょっと、止めてくださいよ。 せっかく人が頭を捻って考えたのに」

 

 台無しだ、カビ大福と言われ本当にそんなふうに見え始めてしまった。

 

「よし! 俺とモモのダブルネーミングで今日からお前は『カビダイフク』だ!」

 

 ビシィ! とハムスターに指さして名付けるふわっとしたなにか。

 

「わかったでござるよ! 今日から某の名前はカビダイフクでござる!」

「………」

 

 ふわっとさん、悪い意味で俺よりネーミングセンスが酷かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつやっぱ柔けぇや!」

 

 森とは呼べなくなった跡地の凸凹道をカビダイフクに跨る……、どころか遅いので持ち上げて移動するふわっとしたなにか。

 尻尾を除いても3メートルはあるカビダイフクが、2メートルはある真っ黒で巨大な手に下から包み込まれて頭上に持ち上げられている。

 

(何と言えば良いのやら……、こう言う感情は抑えてくれないんだな……)

 

 飛行で追いかけその光景を見下ろすモモンガは、何とも言いがたい感情に見舞われていた。

 

「だ、ダメでござる! 回すのは! 回すのはダメでござるぅぅ!!」

 

 最初は持ち上げて移動していただけであったが、暇になったのかポンポンとカビダイフクを手の上で回転させながら大地を疾走。

 起伏の大きな地面が有った際はより高く投げつけられて、それを超えた先で受け取ってまた手の上に収まるカビダイフク。

 まるでお手玉だ、カビダイフクにとっては絶叫マシンに延々揺らされての不幸。

 その光景を数十分、たっぷり見せられたモモンガは森の端へと到達した。

 

「……も、もうダメでござる。 カビダイフクはここでお別れでござる……」

 

 地面に力なく転がるのはカビダイフク、初体験が激しすぎたようで乗り物酔いと同じ症状でも患ってしまったか。

 その状況に追いやったふわっとしたなにかはお構いなし、モモンガも気にせず夜の世界を見渡す。

 

「あれか? 人が住んでるっつー村は」

 

 ふわっとしたなにかが指差した方向、モモンガは遠隔視によって現代じゃ決して見られない複数の家屋が集まって建っている村を見た。

 そこはおかしくないし普通でもあるが、広場らしき場所に大きな篝火が焚かれて多数の村人らしく人たちが集まっているのが見えた。

 

「……なんだか集まってますね、集会でもしてるんでしょうか?」

 

 ふとモモンガが腕時計に視線を落とす、示されているのは20時を少し過ぎた時間。

 祭を行っているような雰囲気でもない、一体何のために集まっているんだろうか?

 

「……避難してるんじゃ?」

「え?」

「避難、多分森のあれで地震が村にも伝わったんじゃないか?」

 

 ああ、確かに……。

 モモンガはちょっと落ち込み、精神を沈静化させられつつ頷いた。

 天地改変で地震のように激しく揺れた、森に近いあの村に振動が伝わっていても何もおかしくはない。

 二人してうんうんと頷き、徐ろにカビダイフクを片手だけで掴んで持ち上げるふわっとしたなにか。

 

「そいじゃ、観察しに行こうか」

「それは良いんですけど、大丈夫なんですか?」

 

 モモンガの杞憂、森の中で出会ったモンスターは取るに足らない雑魚だけ。

 一匹だけレベル八十代が居たが、二人掛かりだったとはいえ秒殺だった。

 時間は多少伸びるだろうが恐らくどちらか一人でも負けることはまず無いだろう、その程度でしかない雑魚ばかり。

 だが人間はどうだ? いくらレベルが高くてもモンスターは追い立てられる獲物でしか無いのでは? と言う懸念。

 

「だから近づいて確かめる、探知してやばい能力値なら即逃げよ。 心配なら待ってる? 斥候してくるけど」

「……いえ、一緒に行きます」

「オーケー」

 

 死んでいるカビダイフクを片手に、ふわっとしたなにかは地面を滑るように、モモンガは匍匐飛行で村へと近づく。

 出来るだけ開けた場所を避けながら、モモンガが遠隔視を使わなくても村が見える距離まで近づいて、大き目の岩の陰に隠れて座り込む。

 

「人間、大人と子供、家畜、全部レベル五以下しか居ない。 ノーダメ確定」

 

 このレベル差なら装備を除外してもレベル一〇〇の基礎能力値だけでダメージを0に抑えることが出来る。

 ユグドラシルの設定が反映されているなら、二人とも装備を外した全裸でも傷一つ付かないだろう。

 

「接触してみたいけど、どう?」

「言葉、通じますかね?」

「おう! カビダイフク! 森に入ってきた人間と話したことはあるか?」

 

 カビダイフクを持つ右手を揺らして聞いてみると。

 

「むかし、あ、あるでござ……」

 

 言い切る前にカクっとカビダイフクの頭が力なく垂れた。

 

「だってよ、多分通じるだろう」

「そうだと良いんですけど」

「じゃ、頼む。 おら起きろ!」

 

 ガクガクとカビダイフクを揺らして無理やり立たせて、するりと影の中に入り込むふわっとしたなにか。

 

「体隠せる装備はあるか?」

 

 カビダイフクの口からふわっとしたなにかの声が聞こえる、口を使われているカビダイフクは驚いているようだが言葉を発する事は出来ないようだ。

 

「ええ、有りますよ。 顔は……、これで大丈夫ですかね?」

 

 白骨の手を隠すためにゴツゴツしたガントレット、開いていた胸元もしっかり閉じる。

 髑髏の顔は『嫉妬する者たちのマスク(クリスマスのボッチ)』を被って隠す。

 骨の体と言うのを外から隠せはするが、常識的に考えてかなりの不審者が出来上がった。

 

「普通に外国から来たで問題無いだろ、出身地方の服装とかで押し通せる」

 

 情報社会では無いだろうし、それが嘘かどうか確かめる方法はない。

 別に害を加えるわけでもないし、多少怪しまれても普通に接していれば突っ込まれはしないだろうとふわっとしたなにか。

 

「ダメなら逃げる、オーケー?」

「オーケー」

「じゃ、行こうか」

 

 モモンガは頷き、カビダイフクを伴って村へと歩いて向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村の中に足を踏み入れたモモンガとカビダイフク。

 遠くから観察したとおり、特に侵入を妨げるものはなかった。

 防壁どころか柵もない、外敵の侵入をまるで考慮していない村だ。

 

「まずは……」

 

 足を向けたのは広場だ、篝火が複数立てられて辺りを明るく照らしている。

 村の男たちが集まり、広場の中央には女子供が一塊になっている。

 おそらくは家の中にいて、もう一度地震に見舞われれば危険だと判断して倒れてくる物がない広場に居るんだろう。

 少しずつ明かりに照らされて、全身が見える頃には当然広場に居る村人たちに気付かれる。

 怪しんだ数人の男が近づいてくる、手には鍬や鋤など農業用の道具を持っていた。

 

「あんただ──ッ!?」

 

 モモンガとカビダイフクに、住人は言葉を喉につまらせた。

 

「夜分遅くすみません、旅の者ですがここらへんで泊まれる所はないでしょうか?」

 

 できるだけ柔らかく、可能なかぎり警戒させないように語りかける。

 だが村人たちはモモンガを見た後、農具を構えながら後退って背後のカビダイフクに恐怖の色を見せた。

 モモンガは振り返ってカビダイフクを見た後、納得して村人たちに向き直る。

 

「ああ、大丈夫ですよ。 この魔獣は完全に私の使役下にあります、決して危害を加えませんので安心して下さい」

 

 来なさい、とカビダイフクに命じて側に寄らせ、頭を何度か撫でた。

 カビダイフクはその場に座り込み、なすがままに頭を撫でられて動かない。

 

「……ああ、驚いた。 魔獣が村の中に現れたなんて……」

 

 村人の一人は呟き、胸に手を当てて大きく安堵の息を吐いた。

 デカイとは言え、たかがハムスターにここまで驚くものか? と疑問に思いつつも話をすすめるモモンガ。

 

「驚かせたようで申し訳ない。 それで、この村でどこか泊まれる場所は無いでしょうか?」

「泊まれる場所、ですか……。 それなら村長に聞いてみたほうが良いかもしれません、案内しましょうか?」

「宜しいのですか? それは助かります」

 

 村人たちの案内、と言っても広場に居た初老の男の元に連れられた。

 やはりカビダイフクを見てかなり恐れられたが、命じて転がらせ腹を見せてやれば村人たちは安堵していた。

 勝手に暴れないないようしっかりと手綱を握れていると分かったためだ。

 驚きようが凄いので気になって聞いてみれば、カビダイフクは一目で分かるほど強力な魔獣だと言う。

 勿論二人からすればでかくて尻尾が伸びるハムスター、はっきり言って路端の石程度のモンスターにすぎないが村人たちには凄まじすぎる存在らしい。

 

 ユグドラシルでレベルが一〇も離れていれば、能力差故に勝ち目はほぼ無くなるのと同じ感覚なのだろう。

 とりあえず決してカビダイフクは危害を加えない事を念に押して、用件に入る。

 旅の者で寝られる場所を探しているので、泊まれる所は無いかと聞いた。

 そうすれば家具が残っている空き家があるからそこに泊まっていけばいいと村長。

 

「雨風を凌げれば構いません、助かります。 ……それで一つ問題が」

 

 ただで泊めさせてくれ、と言うのは流石に都合が良すぎる。

 不興を買わないよう、この国に来たばかりで使えるだろう通貨を持っていないと説明。

 代わりに手持ちの10億枚の中の1枚、ユグドラシル金貨を差し出して対価に出来ないかと尋ねた。

 返答は残念ながらただの金として見ても高すぎて頂けないと断られた、金貨は滅多に使われず村で流通しているのは銅貨や銀貨だと言う。

 しょうがないので代替案として両替出来ないか尋ねるが、これもダメで村中の貨幣を集めても難しいとの返答。

 

『単位がでかすぎるって事か、俺も小銭もってねぇしなぁ』

 

 一泊数千円の宿に泊まって、一千万円で支払いをしようとしている感じなのだろう。

 たしかにそれは無理だ、ちょっと非常識過ぎて難しい。

 

「……うーむ、どうするべきか」

 

 金は持っているが単位がでかすぎて無理、手持ちのアイテムと交換と言うのも無理。

 一番安いであろう下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を取り出してみるも、安い物でも銀貨数十枚は軽くすると言う。

 安いマジックアイテムでも金貨数百から数千枚すると聞いたことがあると村長と村人たち、なので代価として適当な物が何一つ無いと言う有様。

 勿論このまま去っても問題ない、言葉が通じるのは分かったし、村人たちのレベルも把握できた。

 少なくともこの村は脅威には成り得ないと判断できた。

 

『他にどっか村とか街があるか聞いたらどうよ』

 

 メッセージでモモンガの頭の中に声が響く。

 

『無理に泊まる必要ないですしね、そうしましょう』

 

 流石に雨に振られると困るが、空は快晴で雲一つない。

 寝転がって夜空を眺めながら一晩明かすのも悪くはないだろう。

 とりあえず対価を払えないので、家を貸してもらうのは遠慮しておいた。

 

「それと一つお聞きしたいのですが、ここ以外で大きな村や街はないでしょうか?」

「ああ、それならここから南に下ればエ・ランテルが、大きな街がありますよ」

「ほう、大きな街であれば何とかなりそうか……。 ありがとうございます、助かりました」

「……いえ、こちらもその、申し訳ない」

「いえいえ、当然のことでしょう。 それでは失礼」

 

 こんな状況では村人たちも、素性の知れない人物や魔獣を村に置いておきたくはないだろう。

 特に引き止められず、モモンガはカビダイフクを伴って村を出て行った。

 

 

 

 

 

 遠くに見て振り返る、それなりの距離だが篝火の明かりがまだ見える。

 

「意外と安全だったんだろうな、あの村」

「でしょうね」

 

 モンスターが居る森の近くでありながら、侵入を防ぐ防備が何もなかった。

 出てきたのは雑魚ばかりではあるが、それはレベル一〇〇である俺ら基準の話。

 もしこのカビダイフクが村に入り込み、その長い尻尾を振るえば大半の村人が為すすべなく命を落とすだろう。

 もっと弱いのが複数入り込むだけでも阿鼻叫喚になり得る、その可能性があって備えていないと言う事は今まで危惧する危険がなかったためだろう。

 今まではそうだったがこれからはどうだか知らない、食い扶持失ったのが村に来るかもしれんが想定してない方が悪いだろう。

 

「ま、とりあえず目的達成ってことで」

「何とかコミュニケーションが取れるのがわかって幸いでしたね」

「何で日本語で聞こえるのかわからないけどな」

 

 動く口と合わない言葉、そして頭に入ってくるのは日本語と言うよくわからない状態。

 頭の中で勝手に翻訳されている、そんな感じだ。

 

「……よくよく考えればカビダイフクも日本語で聞こえるよなぁ、ちょっと喋ってみろ」

「喋ってみろ言われても、何を喋ればいいでござるか?」

「ここでは異世界語で話せ」

「某は殿が何を言っているのかよくわからないでござるよ……」

「考えるな、感じろ」

「……お腹が減ったでござる」

 

 考えずに感じた結果、カビダイフクは空腹を訴えた。

 

「あー、そっか。 お前は飯が要るんだったな」

 

 ちょっと待て、とふわっとしたなにかはアイテムパックに手を突っ込む。

 

「んー、食べられそうなもん無いな。 モモはなんか持ってない?」

 

 そう聞かれてモモンガもアイテムパックに手を突っ込み、ガサゴソと動かすが。

 

「騎乗用ペットの飲水ぐらいしか持ってないですね……」

 

 アイテムパックから取り出したのは無限の水差し(ピッチャー・オブ・エンドレス・ウォーター)だけ。

 無限と名がついてるが、実際は見た目に反して容量がばかみたいにデカイだけの水差しに過ぎない。

 誰かが検証して無限ではないことを突き止め、遊び半分で改名要求を出して運営から拒否されたアイテムだ。

 

「しかたねぇなぁ、カビダイフクは肉は生でも食えるのか?」

「大丈夫でござるよ、お肉があるのでござるか!」

「今はねぇよ、少し待ってろ」

 

 踵、は無いが返して素早く離れていくふわっとしたなにか。

 それから五秒ほど経って戻ってきた。

 

「ほらよ」

 

 握っていた右手を広げながら、カビダイフクの前に何かを放った。

 それは一度バウンドしてから転がる、慌てて起き上がったのは茶色の毛を持った『ウサギっぽいもの』。

 急いで逃げ出そうとするも、それよりも早くウサギっぽいものが何かに巻きつかれた。

 カビダイフクの尻尾が逃すまいと巻きつき、ウサギっぽいものを締め上げていた。

 

「これは元気がいいでござるな!」

 

 キィ、キィ、と絞りだすような鳴き声を上げるウサギっぽいもの。

 同時にパキ、パキ、と折れるような音が小さく聞こえる。

 最後にギュゥ、と断末魔を上げてから動かなくなる。

 

「それではいただくでござる!」

 

 尻尾を動かし、顔の前にウサギっぽいものを持ってきて。

 

「そのまま食うのかよ」

 

 カビダイフクはウサギっぽいものを頭からかじり始めた。

 バリバリ、ゴリゴリと骨すら咀嚼して、血を撒き散らしながら食べていた。

 

「うおーすげー、まさに野生!」

「まさか頭からまるごと行くとは……」

 

 あっという間にウサギっぽいものがカビダイフクの口の中に消えていった。

 

「……この味は初めてでござるなぁ、やはり森と草原では色々と違うようでござる」

 

 そう言いながらこっちに振り返ると、口周りを真っ赤にした巨大ハムスターと言うちょっとしたホラーな光景。

 

「血生臭ぐせぇなおい、水差し貸してくれい」

「どうぞ」

 

 モモンガから無限の水差しを受け取り。

 

「ほら、ちょっと顔動かすぞ。 鼻に水入るかもしれんが我慢しろよ」

 

 カビダイフクの頭を傾かせ、口周りに水を掛けながら擦る。

 

「も、申し訳ないでござる……」

「そう思うならもうちょっと綺麗に食べろ」

 

 ゴシゴシとカビダイフクの顎を擦って血を洗い落とす。

 パチャパチャと赤くなった水が地面に溢れて音を鳴らす、それが約一分ほど続いて。

 

「……こんなもんか? まだ赤い気がするけど」

「水よりお湯の方がよく落ちるって聞いたこと有りますけど」

「沸かしてる間に固まるから無理だな、ほい」

 

 返すと差し出された水差し、それを見て。

 

「ふわっとさんが持ってていいですよ、俺は多分使わないでしょうし」

「そうか? そりゃ助かる。 代わりにこれをやろう」

 

 アイテムパックに手を突っ込んだままモモンガに近づくふわっとしたなにか。

 側に寄ってアイテムパックから取り出し、ふわりとモモンガの首に掛かったのは。

 

「……これ、もしかしてイベントアイテムの……」

 

 首掛けタオル、白くてふわふわとした手触りの良いタオル。

 

「ほら、外見変わるじゃん? それだけ」

 

 今度は青いタオルを取り出して、自分の首に掛けるふわっとしたなにか。

 シャドウデーモンはほぼ全ての装備アイテムが強制非表示にされる中、このタオルのような特殊な外見変更装備アイテムは消えずに用途そのままに表示される。

 なのでアイテムパックの枠を潰して所持していたふわっとしたなにか。

 

「え、これ確か一色につき一つ枠潰してましたよね?」

「うん、全色コンプ済みで持ってる」

「………」

 

 一色につき一枠、いくらか課金で拡張できるも有限であるために、素材を拾いすぎて選別しなければいけないと言ったこともままある。

 それなのに全色コンプリート済み、つまり十二色あるために十二枠も潰していることになる。

 

「ダミーも兼ねてるからな、無駄ではない。 せっかく倒して落としたアイテムがタオルとかだったらイラッとすんだろ?」

「……まあ、それは確かに」

 

 戦闘不能になった際、所持アイテムの中から落とすアイテムが自動で選ばれる。

 運営が確率は均等と言っていたのでPKに興じる際は無駄なアイテムでアイテムパックを圧迫し、落としたくないアイテムを落とす確率を減らすという対策が講じられていた。

 首に掛けていたタオルを取って、アイテムパックにしまうふわっとしたなにか。

 モモンガも手にとって眺めた後、同じようにアイテムパックにしまう。

 

「よし、行くか」

 

 ガシッ、とカビダイフクを掴んで持ち上げる。

 それに慌てたのはカビダイフク、バタバタと短い前足を動かして訴える。

 

「ちょ、ちょっと待って欲しいでござる! 食べたばっかりでござるし、寝ている所で起きたので眠いのでござるが……」

 

 そう言われてモモンガとふわっとしたなにかは顔を見合わせる。

 

「……そういやそうだったな、カビダイフクは睡眠が必要だったんだっけな」

 

 飲食や睡眠が不要な二人と違って、カビダイフクは普通の生物なのでそのどちらも必要。

 ついでに食べたばかりなので揺らすと逆流しかねない、ウサギっぽいものの残骸を浴びる気はないのでモモンガに提案する。

 

「ここで一晩明かさない? 別に寒かったりしないし」

「ええ、構いませんよ。 問題としては眠気が全く感じないところですが」

 

 基本的な生物にとって必要な、睡眠や食事は不要で、病気には掛からないしもっと根源的な酸素による呼吸すら必要としていない。

 なので放射能やらが病気扱いになるのであれば、極論宇宙に放り出されたとしても死にはしないというトンデモっぷり。

 

「ゆっくり眠れるってのも魅力的だけどな、寝なくても大丈夫ってのも魅力的だよなぁ」

 

 よっこらしょ、そう言いながらカビダイフクを下ろしながら草の上に座り込むふわっとしたなにか。

 

「カビダイフク、日が登ったら移動すっからよく寝とけよ」

「わかったでござる」

 

 同じようにその場に座り込んでから丸くなるカビダイフク。

 動いたり揺らされたり、元から寝てたのを叩き起こされたのだから疲れていて、あっという間に寝息を立て始めた。

 

「……すげぇなぁ」

「ええ、言葉に出来ないってこういう事を言うんでしょうね……」

 

 モモンガも座り込んで夜空を見上げる。

 闇夜に散らばる星々は美しい、モモンガが言う通り言葉では表現できない光景だ。

 まともな呼吸を行えない大気、浄化処理を行わないと飲めない水質、植えても正常に育たないか枯れてしまう土壌。

 それら汚れが一切ない、現実では嘗て数百年前までしか存在していなかった世界がここにあった。

 

「………」

 

 言葉が続かない、続ける言葉がないといったほうが正しいか。

 それを破るのはモモンガ。

 

「……ちょっと、意外でしたね」

「ん? 何が」

「ふわっとさんですよ、誰かと居るとずっと喋ってるようなイメージでしたんで」

「んなわけないって、話題だって無限にあるわけじゃねーし」

「それはそうですけど、話し聞いてる時ぐらいしか黙ってる時がなかったような気が」

「まあそうだな、ぶっちゃーみたいに『喧しい!』って言われないと静かにしないしな。 あと炎雷と異形種狩りPKの時はほぼ黙ってたな、喋るとバレるし」

「ハハハ、茶釜さんの時は言われてましたね」

 

 笑って数秒、不意に途切れた沈黙。

 それを埋める言葉を吐いたのはふわっとしたなにか。

 

「なぁ、帰りたいか?」

「………」

 

 突然の話、心の底に有った話題を持ち出してくる。

 

「今後の方針ってやつだ、この世界を見て回るのはいいが目的が有ったほうが良いだろ?」

「……ふわっとさんはどうなんです?」

「モモが先に答えてくれ、こっちの答えで考え変えそうだからよ」

「そんなことないですよ」

「じゃあなおさらだ、俺はもう決めてっからモモの答え聞いても変わらんし」

「………」

 

 モモンガの顔が動く、視線は空を見上げたままのふわっとしたなにか。

 また夜空に視線を戻せば、変わらず美しい輝きを放ち続ける光景。

 

「……どうなんでしょう、よく、わかんないですね」

「………」

「……最初は、寂しかったですよ。 皆どんどんログインしなくなってきて、引退するって言ってアイテム全部渡してきて」

 

 思いの吐露、ユグドラシルに掛かっていた感情が篭もる。

 

「この十二年、ずっとユグドラシルばっかりしてきました。 ナインズ・オウン・ゴールの時から皆でやってきて、なんでこんなに簡単に棄てられるんだって、何度も考えたことが有ります」

「そうだな」

「そうですよ、ずっとやってきたのに……。 でもわかってるんです、誰だって現実を選ばなきゃいけないって、辞めざるを得ないメンバーだって居たはずです」

「仕方ないもんな、空想を選んでも食ってはいけないし」

「でも、アインズ・ウール・ゴウンが、ナザリックが掛け替えのない程大事だって思ってたのは俺だけで、皆にとってユグドラシルはただのゲームなんだって、そう思って……」

「じゃあ、ユグドラシルが終わったあの世界に帰るのか?」

 

 そう言って、ふわっとしたなにかの顔の部分が動いた。

 

「………」

「……そっか、残るのか、モモは」

 

 はっきりそうだとは言っていない、ただあの世界に戻って何をすれば良いのかわからなかった。

 朝起きて、会社に行って働いて、帰ってきてユグドラシルにログイン、ギルドランキングから落ちないようにポイント稼ぎ、それが終わって寝て、また朝になる。

 習慣になったその一日の行動から、ユグドラシルの事を抜いたものが一日となる。

 戻ってもそうにしかならない、他のゲームをする気も湧いてこない。

 

「戻らない、それで良いんだな?」

 

 家族も居ない、執着していたものは終わってしまった。

 アインズ・ウール・ゴウンが大切で、皆で築き上げてきたナザリック地下大墳墓も、もうあの輝きは戻らない。

 

「……はい、あの世界に、もう未練はないようです」

「わかった、じゃあ次は俺の答えだな。 俺はあの世界に戻らない、あんな終わった世界に戻りたくなんて無い」

 

 終わった世界、汚れた大気、水質、土壌。

 改善する傾向は一向に見えてこず、目標として掲げるだけで何も変わらない世界。

 外に出るためには目を保護するゴーグルと大気浄化機能が付いたマスクをはめなければ外出できず。

 今見ているような夜空も過去には存在した、現実でありながら空想に成ってしまった。

 

「正直向こうに戻る位なら死んだほうがマシ、そのくらいには思ってる」

 

 マスク代も馬鹿にならない、DMMORPGをするためのナノマシーンも安くはない。

 アーコロジーに住むような特権階級以外はただの労働力、娯楽のためだけに労働することに嫌気が差していた。

 

「人間じゃあなくなっちまったけど、こんなすげぇ世界で生きれるなら安い対価って考えてるわ。 なのでモモが帰るってんなら、その手段を探して見送るだけだったな。 それに──」

 

 スゥーっとふわっとしたなにかがモモンガの視界から消える、まるで空気に溶けて消えてしまったかのように。

 

「生きるだけなら十分だろ?」

 

 いつの間にかモモンガの反対側に現れて告げる。

 そこに居るはずなのに見えなくなる、確かに生きていくには逃げると言う選択は非常に有効だろう。

 

「ふわっとさんは良いでしょうけど、俺なんか即死とかばっかりですよ」

「過去の自分を恨め」

「……ロールプレイ最高!」

 

 そう言いながら腕を伸ばし、草のベットの上に寝転がったモモンガ。

 

「あー、こりゃ人類の敵になりますわー、魔王さまになって恐怖振りまいちゃいますわー」

「ないない」

「鏡見てから言おうぜ!」

 

 ははははは、と笑い声が響く。

 

「ま、せっかくなんだし楽しんでいこうぜ?」

「ええ、この世界を解き明かすって言うのも良いですね」

 

 そうして真夜中の草原で、星々と月に照らされた異形種二人は笑いながら新たなる世界に夢見ていた。

 

 

 




ハムスケ=カビダイフク

オリ主のセンスのおかげで酷くなりました
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