それでは今回の話。
今回は、題名から予想されるような内容になっています。鈴音東高校でのとある一日の物語です。みなさんが思うような甘さが出せていたらいいなと思います。
それでは、お楽しみいただければ幸いです。
どうでもいいかもしれないが、とある市立高校のバレンタインデーについて話したい。その学校では、十年前にやって来た家庭科の教師によって、バレンタインデーにチョコを渡して告白、というのが伝統になっていた。そして、その家庭科教師は、かの日に行われる行事をこう呼んだ。
“恋の聖戦”……と。
鈴谷町 鈴音東高等学校
その日は、戦いの日だった。己の想いを賭けた、聖戦が行われる日だったのだ。彼女は、教室で己の想いの結晶を、想いの丈を込めた武器を握りしめた。しかし、包装紙に皺などは作らない。そんなへまなど、起こさない……起こせないのだった。
「ゆう、きっ!!」
「ふぇ!? あ、ああ……おはよう」
「うん、おはよー! ハイ、これ優希ちゃんに」
「私?」
「うん。友チョコだよー」
少女……優希は、友人からチョコを渡された。しかし、自分は彼女の分を用意してはいなかった。
「あ、私……」
「ああ、優希ちゃんはいいよ。彼のことでいっぱいいっぱいだろうって、皆も分かってるからさ」
「みんな?」
「そうそう、皆」
友人は、ある方向を指差す。優希が視線を移すと、そこにいたのは優希の友人達だった。
「え、えっと、あれって……」
「“優希と三坂の仲を応援する会”のメンバー達だよ!! 本当は、もっといるんだけどね」
「なんなの、あの会!?」
「なんなのって、そのまんまだよ」
友人はあっさりと言った。そして、ニヤニヤ笑いながら優希の肩をたたく。
「私達は、優希と三坂がこれからもイチャコラするのを楽しみに待ってます!! 他人の恋は蜜の味!!」
「……絶対、そっちがメインだよね?」
「えー? 何のことー?」
友人はすっ呆けた様な反応をした。優希は、友人の顔は相変わらずにやけているが、目は心配といった気遣いが籠っているのに気が付いた。友人は自分の緊張を和らげてくれているのだった。
「……ありがとう」
「え? お礼なら、惚気話でいいよー」
「アハハ、分かったよ。『勘弁してっ!!』って、言いたくなっても止めないからね?」
「了解。覚悟しておきますっ!」
友人が敬礼をしながら真面目な口調で返事をする。しばらく沈黙が流れたが、二人は突然噴出した。
「アハハッ、何それ?」
「ふふっ、いいじゃん? これで三坂が来ても安心でしょ?」
友人がそう言った瞬間、教室の扉が開く。そして、そこから現れたのは……
「……お、重い……」
「重い、想い……」
「……そういうシャレ、いらないからな?」
……チョコレートの山だった。山はこのクラスの支配者……もとい、クラス委員長である西崎新二の席に積まれた。
「去年よりも増えてるっすね」
「そうだな。西崎、お前、何をしたらこんなことに……」
「さあ。僕にも分からないんだけど……」
「羨ましいな。俺も、こんなうれしい悲鳴を上げてみたいもんだ」
三人の友人に質問攻めにされる新二。彼は、目の前にあるチョコレートの山に苦笑いしながらつぶやく。
「……向こう数週間の間食には、困らないだろうね……」
「ああ、そうだな。まあ、早くしないと賞味期限が切れるけどな」
「まったくだよ。……一部、食べるかい? もちろん、僕は全部、一口は食べるつもりだけど……」
「ほんとっすか!? 今年は、チョコに悔しい思いをすることになるかと思ってたっすよ!!」
「他人のチョコを分けてもらう方が空しい気もするけどな……」
「み、三坂っち!! それは言わないのがお約束っすよ!!」
チョコを食べれるという言葉に歓喜した響に、周りの三人が苦笑する。思わず漏れた貴大の言葉は、響の言葉を聞いていた人、全員の想いだっただろう。
「……ほら、三坂、来たよ」
「う、うん」
「頑張って!!」
「あ、ありがとう。頑張るから」
優希がそう言って、席を立ったと同時、再び教室のドアが開く。そして、全員の視線が扉に向くと、そこから一人の女の子が入ってきた。
「し、失礼します……」
「あれ? 笠原さん?」
「あ、山宮先輩。おはようございます」
「部活の後輩か?」
「ああ。一年でマネージャーの笠原海羽さん」
入ってきたのは、和馬の後輩だったようだ。その手には、大量のチョコレートが入った袋がある。そして、この教室に……和馬のもとに来たことから、部活のメンバーにチョコレートを配っているのだろう。
「笠原さん。チョコなら、部活の時でもよかったけど?」
「えっと……早めに渡しておきたかったので」
「早め……ああ、溶けたら良くないもんな」
「いえ、そういうことではなくて……」
海羽は袋からチョコを取り出した。しかし、それはほかのものとは明らかに違っていた。
「先輩!! 私、先輩のことが好きです!! 付き合ってください!!」
「な、何ィ!? な、なんで……」
「部活で先輩を見てた時、心地良い風が吹いてきた感じがしたんです。それで、気が付いたんです。先輩のフォーム、すごくきれいで……。それから、ずっと先輩のことを見てました」
「走ってるのなら、本井や高瀬の方が……」
「違うんです。速さじゃなくて、走り方。走りにこめてる想いの方に惹かれたんです。本井先輩達は『大会で勝つ、いい記録を出す』ために走ってるって言ってました。でも、先輩は『速く走った時に感じる何かを見つけたい』って。それが、すっごくいいなって思ったんです」
「それは、ちょっとカッコつけたくて……」
「でも、完全に嘘ではないですよね?」
「…………」
海羽の言葉に、和馬は閉口させられた。実際、和馬はそのために走っていた。大会はそのついで、のようなものだったのかもしれない。あの、風と一体になる時、周りとは違う時間を過ごす時、確かに何かを感じるのだ。それが何かは分からない。だが、だからこそ、それが何かを知りたいのだ。
「恋人らしいことをしてほしいとは言いません。でも、先輩が何かを見つけるのを、今までよりも近くで助けていきたいんです」
和馬は何も言わない。目の前にいる海羽のことをずっと見つめている。海羽の方も、じっと見つめ返していた。しばらくして、和馬はポツリと零した。
「俺は、走ることばっかりで、恋人とか、そういうことは分からない」
「知ってます。でも、そういう先輩に惹かれたんです」
「そうか。なら、返事はもう決まったよ」
和馬は海羽の手に握られたチョコレートを、ゆっくりと受け取った。その顔は少し赤くなっており、その答えは言うまでもなかった。
「こんなで俺でいいなら……よろしく」
和馬のその言葉が聞こえた途端、海羽はパッと顔を輝かせ、教室にいた生徒達は拍手や指笛で祝福する。
「先輩……さっそく、今日の放課後から走り込みですよ?」
「……ああ。頑張ろうな」
二人は顔を真っ赤にさせながらそう言った。それは、明らかに照れ隠しをしている様子だった。そして、海羽が教室を出ると、和馬の周りに大勢の生徒達がやって来た。
「おい山宮!! 羨ましいぞ!!」
「これで山宮も彼女持ちかよ……」
「お前、部活一筋だと思ってたのに……」
その声には、羨望や祝福ばかりで、和馬はそれに顔を赤くしながら「ああ」とか「そうだな」としか、返事ができなかった。
「これで、山宮っちも彼女が……」
「そうだな。西崎もこの結果だし……」
「この中で、希望すらないのって、俺だけっすか?」
絶望したような口調の響きに、貴大が後ろから声をかける。その声は、同類を慰める者の声だった。
「片山。俺も希望もないぞ? 大丈夫、仲間はい……」
「三坂っちは、もう、彼女がいるも同然っすよ!! 気づかないようなリア充は爆発しろっ!!」
「え、ええっ!?」
響の叫びに、本気で驚く貴大。それを見た周りの生徒達も、「そうだそうだ~!!」「羨ましいぞ三坂!!」といった言葉をかける。それを聞いてさらに驚く貴大。その時、また教室の扉が開く。
「今日は、いつも以上に元気ね……」
「いいんじゃないですか? 元気がないよりは、ある方がいいと思いますけどね」
入ってきたのは、叶と麗華だった。二人共、その手にはチョコレートがいくつか握られている。それを見て、叶と仲がいい良太郎と麗華に好意を持つ少年が近寄った。
「チョコか? 誰から?」
「ああ、これまで手伝ってきた人だよ。お礼……つまり、義理チョコだよ」
「手伝い?」
「うん。みんなの願いが叶うように、って」
「え? じゃあ、叶が“
「……僕、その二つ名、先週聞いたんだけど」
“
「あら、あなた二つ名持ちだったの?」
「それはどうでもいいですよね。それよりも、なぜあなたがチョコを……」
「そうだ!! 氷道さん!! なぜ、誰からそれを……」
「……私、一部の生徒から“お姉さま”って、呼ばれてるらしいのよ」
「……ああ。もう、分かりました」
麗華は普通ではありえない時期に転校してきたことによって、学校では有名人になった。そして、さらにその人柄のせいで、下手な男子よりも女子にモテるようになってしまったのだった。
「まさか、ライバルは女子だったなんて……」
「いや、そこを気にするんですか?」
「俺も、俺もチョコを作ってれば……」
「逆チョコ!?」
男性生徒の悲痛な呻きに、叶がツッコミを入れる。しばらく、このコントは続きそうだった。
「……や、山宮のがあったからさ、優希もやりやすくなったんじゃない?」
「そ、そうだにぇ!!」
「……なんか、ダメそうだね」
告白しようとしたところで、邪魔が入ってしまった優希は、覚悟が消えてしまってガッチガチに緊張していた。
「俺にも!! 俺にもチョコをっ!!」
「だ、大丈夫。きっともらえるから……」
「リア充は黙れっ!!」
「理不尽っ!?」
響は相変わらず絶叫していた。毎年大量のチョコレートを貰う新二。告白されて彼女持ちになった和馬。そして、相手とお互いに想いあっている貴大。……はっきり言って、彼の周りにはリア充が多すぎた。だが、類は友を呼び、朱に交われば赤くなる。つまり、そういう……奇跡が起きた。
「ひ、響!」
「……夏。いったい、なんの用っすか?」
「知り合いか?」
「……幼馴染、という名の腐れ縁っすよ」
「ひどいなあ。……あ、初めまして。間原夏です」
「どうも。三坂貴大です」
貴大は、自己紹介をした瞬間に思った。……チョコをくれる人、ここにいるじゃないか、と。
「なあ、チョコをくれる……」
「三坂っちの言いたいことは分かるっすよ。でも、夏はこれまで一度もくれなかったし、彼氏とかもいたっすから」
「そ、それは……」
夏は言葉を詰まらせた。そして、しばらくして響の手を握った。
「ちょっと来て! 話したいことがあるの」
「今じゃないとダメっすか?」
「うん。今すぐ、言わなきゃいけないことがあるの。これまで、直接渡すの恥ずかしくてお母さんを通したり、嫉妬してくれるかと思って彼氏も作ったけど、全部無駄だと分かったから」
「何言ってるんすか?」
「いいから! 響は勘違いだらけなの!」
「ちょ!ちょっと待って……」
ズルズル……。響は腕をつかまれたままどこかに連れて行かれた。貴大はそれを眺めた後、あるものを見て呟いた。
「……間に合うかな?」
最初の授業が始まるまで、残り五分を切っていた。つまり……
「……ゆ、優希」
「ぶ、部活もあるし、渡せるよ」
……優希がチョコレートを渡して告白する時間もないということだった。
鈴原町 鈴音東高等学校
「ううっ。ついに放課後になっちゃったよ……」
優希は、泣きそうな声でつぶやく。しかし、その声は誰にも聞こえることなく都市研の部室に響いた。外からは、運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。
「どうしよう……」
「ゴメン、優希。遅くなった」
「み、三坂君!?」
「ど、どうした? そんなに慌てて」
「い、いや……」
優希はいきなり現れた貴大に驚いてしまった。しかし、何とか取り繕って貴大に質問した。
「な、何かあったの?」
「え? ああ、ちょっとな……」
貴大は顔を赤らめながら言葉を濁した。その時、優希に雷が落ちた。優希は、その雷にもたらされた答えを口にした。
「誰かに……告白された?」
「なっ!? み、見てたのか!?」
「……本当だったんだね」
「……カマかけたのか……」
貴大はため息をついた。そして、少し視線をずらしながら釈明した。
「そ、そりゃあ、嬉しかったけど……けど……こ、断ったし……」
「断ったの!?」
「あ、ああ……」
優希の顔は、ものすごく輝いていた。貴大は、優希の笑顔に思わず顔をそらした。その顔は、耳まで赤かった。
「な、なんで……」
「な、なんでって……その……」
貴大はそれ以上先は言えなかった。……優希のことが好きだから、とは。だから、必死に逃げの一手を探す。そして、何とかその答えを絞り出した。
「優希は、どうして知りたいんだ?」
「え? ……えっと……」
今度は、優希が言葉に詰まる番だった。優希は必死に考える。そして、悟った。これは、チャンスなのだ。偶然かもしれないが、貴大がくれたチャンスなのだ、と。
「よ、よし!」
「よし?」
「な、何でもないからね! ちょっと、ちょっと待ってて」
優希はそう言って、チョコレートを鞄から出した。そして、ふるえる手でチョコレートを出した。
「……これは?」
「ちょ、チョコ」
「……お、俺に?」
「う、うん……」
優希はチョコレートを貴大に渡した。貴大は、受け取ったチョコレートをじっと見つめている。そして、ゆっくりと言葉を絞り出した。
「えっと、これって……ぎ、義理?」
優希はその質問に言葉は発さず、首を横に振るだけで答えた。貴大は、それを見てさらに質問を重ねる。
「その……………………ほ、本命?」
優希は、首を縦に振った。優希は顔を真っ赤にして、うつむいている。それを見た貴大も、顔を赤らめた。
「そ、その……」
「い、今は、いいよ。その……大変なこともあるし、ね?」
もちろん、大変なこととは“使心獣”のことである。貴大は何も言えずに黙り込んでいた。しばらく、沈黙が流れた。
「えっと……た、食べてみていいよ?」
「あ、ああ……」
貴大はチョコの包装を開けた。中からは、中央に“
「いただきます……んっ、うまい」
「そ、そう?」
「ああ。うまいよ。……食べるか?」
貴大はそう言って笑った。それを聞いた優希も笑った。
「じゃあ、一口だけ」
「はい」
「……うん、さすが私、だね!」
「自分でいうか、それ?」
「いいじゃん。自画自賛もしたくなるんだよ」
二人はそう言って再び笑った。チョコレートは、最初こそ苦味が来るが、その後には笑顔が漏れるような甘さがあった。
どうでしたか? 僕なりの恋愛もの、でした。
バレンタイン、いいですね。僕は親戚以外からチョコを貰ったことはないですけど。いつか、そういうのがもらえたらいいですね。
それで、次回以降の話ですが、一気に物語の終結まで戦います。二つの戦いに真実を語る回。この物語の“
それでは、次回[悾]の回も見ていただければ幸いです。
See you next time!