ーーこの気持ちをどう表せば良いのか私には分からない。
久しぶりの雨。いつも使っている場所は屋根が無いから、今日だけ特別にこの公園に来てみたがやっぱり誰もいない。・・・当たり前か。こんな雨の中公園に来る奴なんて私くらいなものだろう。地面はドロドロ、傘を差していたのに服も靴の中もびしょびしょだ。足踏みをするたびに足の指の間を水が行ったり来たりしている。でも幸いなことに相棒のギターだけは濡れずに持ってこれた。濡れていたら発狂していても不思議じゃない。
「雨かぁ」
吐く息が少し白い。気温のせいか指も悴んで擦り切れて痛いはずの指の感触が無い。私にとってこれは好都合だ。これなら一日中弾ける。
ケースからギターを取り出してチューニングをする。これも慣れたものでものの1分で終わらせてギターの弦に指を乗せる。この一瞬が堪らなく嬉しい。辛いことも悲しいことも全部歌に乗せて飛ばしていける。自分の心の叫びを歌としてぶつけてやれる。とは言ってもこの天気では観客の一人もいやしないのだが。
「さ、歌おうか」
この前ピックをなくしてしまったから指で弦を弾いてアルペジオ風にアレンジ。まだ下手糞な私ではプロの演奏には遠く及ばないけどいつかその領域に入って、そこから見える世界を感じてみたいと思っている。
「全力でもう倒れそうだ」
体から毒が抜けていく。ストロークでは得られないしっとりとしたギターのしらべ。サビを激しくして強弱を明確にするとより世界に浸れる。
「希望照らす光の歌を」
ああ、終わってしまう。それが残念でならない。歌は世界を創るもので私はその世界にずっといたい。けれど終わりがあるから始まりが楽しいんだ。終わったならまた始めれば良い。だって私は始める術を知ってるんだから。
演奏を終えて顔を上げる。先ほどまでの世界は消え私の知っている退屈な世界がそこにはあった。と思ったんだけど・・・。
「ん、終わりか?遠慮することはない。続きを始めよ」
金色の髪、赤色の瞳。モデルのような美しさの男性外国人だ。観光かなにかで来て偶然私を見つけたのだろうか。ちょっと偉そうな口調にイラッとするけど我慢我慢。せっかくの観客だ。持て成すとしよう。
「あ、はい。次はーーです」
それから多分2時間くらい歌い続けた。途中で声が枯れたけど歌い続けた。なぜだか知らないけどいつもの十倍くらい歌いたかった。この人なら私の歌を理解して受け止めてくれると確信してたから。期待通りこの人はルビーのような瞳を閉じて聴き続けてくれた。そしていつの間にか雨が上がっていた。
「そんな存在になって見せるよ」
全能感にも似た脱力感。やりきった、燃やしきった。後何回やってもこれ以上は望めない。今の私を全部出し切った。私はギターを太ももに寝かせて律儀に聴いてくれたたったひとりの観客を見る。腕を組んで、口元はわずかに笑っている。
「ふむ・・・悪くない。我の無聊を慰めたその功績は誇るが良いぞ雑種」
「ざ・・・ありがとうございます」
「その褒美をくれてやる。我が決めるのも味気ない故、貴様が決めよ」
「・・・褒美?」
いきなり何をいってるんだこの人は。もしかしたらと思ってたけど、この人どっかの国の富豪とかなのかな。金持ちの気まぐれってやつね。でもお金取れるほど私の演奏は上手くないし断るのも・・・機嫌を損ねそうだ。なら、これしかない。
「分を越えた願いでなければ何でも与えてやろう」
「じゃあ、この近くにいる間できるだけ私の歌を聴きに来てくれませんか?一度でも構いません」
私の言葉にこの人はーー笑いだした。ツボに入ったみたいで大声で笑っている。ギャクでもなんでもないんだけど。
「フハハハハハハ!!王たる我に、もう一度足を運べだと!?クククッ・・・なんと戯けた女よ。だが許そう。我もこの時代に少々飽きていたのでな。暇つぶしくらいにはなるだろう」
王様・・・って王制の国って今時あんまりないはずだけど。国務とか大丈夫なのかな。本人が許すって言ってるし大丈夫なんだろうけどさ。
「ははは・・・じゃあ今日はこれくらいで。私は岩沢まさみって言います。貴方は?」
「・・・そうだな、ではアーチャーと呼ぶが良い」
「アーチャーさんですね。いつもはーーで歌ってるんですけど来れそうですか?」
「そちらの方が近いな。ではな、雑種」
アーチャーさんは不敵に笑って帰っていった。名前を教えたのに呼ばないってどうなのとは思ったがあの人らしいか、と諦めた。そんな些細なことよりもあの人ともう一度会えることに私の胸は高鳴っていたから。
この晩、私は興奮して眠れなかった。
あれから2週間。アーチャーさんは毎日歌を聴きに来てくれている。特に会話もないけど、一つだけ言えるのはこの人がすごい人だってこと。分かりにくいミスや私が見落としたミスを的確に指摘してくれるしそれに伴って私の演奏が前に比べると段違いに進化した。道行く人たちで足を止めて聴いてくれる人が増えて、ギターケースにお金を入れてくれる人も増えた。昨日など合計7万も集まった。おかげで新しい弦を購入できた。新しいギターも欲しいけど、頑張ってくれているこの子をもっと歌わせてあげたいから保留中だ。
「今日もありがとうございました。明日には新曲が出来るのでぜひ聴きに来て下さい」
返事はない。一度たりとも帰ってきたことはない。口元が笑っているから多分明日も来てくれるに違いない。半端な歌にならないよう頑張らないと。
「遅いなぁ」
アーチャーさんは今日に限っていつもの時間に来なかった。いろんな人が聴いてくれているから嬉しいんだけどやっぱりあの人がいないとモチベーションがあがらない。私はいつからそうなってしまったのか。
日が暮れて人々がそれぞれの道を帰っていく。もう夕暮れか。結局あの人は来なかった。国へ帰ってしまったのだろうか。
「ねぇねぇ、君可愛いね。良かったら俺らとお茶しない?」
「奢っちゃうよ~。ささ、行こうぜ」
「ギターは俺らが持ってあげるからさ」
耳障りな声。見てみれば関わり合いたくない人種だった。サングラス、鼻にピアス、いかにも軽そうな態度。私を誘って襲うつもりだとその腐った顔が告げている。
「興味ないからどいてくれる?帰りたいんだけど」
「いいじゃん遊ぼうよ。絶対楽しいって」
「しつこい」
無理やり間を通ろうとすると男の一人が腕を掴んできた。
「おい、そういう態度はないんじゃね?」
思いのほか強い力で握られているせいで腕が痛い。
「離してよ」
「ああん!?」
口で駄目なら暴力でとかありえない。道行く人たちも我関せずと顔を伏せて通り過ぎていく。当たり前か。誰だって面倒ごとには首を突っ込みたくはない。下手に口を挟んで自分にまで被害が及んではいけないからだ。だから彼らは間違ってはいない。間違っているのはこの歪んだ世界の方だ。
「もう容赦しねぇ。おい、さっさとこの女ヤっちまうぞ」
「おう」
抵抗しても引きずられていく。こんな・・・こんなくだらない奴らに従うなど耐えられない。従うくらいなら死んだほうがましだ。
「離せ!!」
裏路地にまで引きずられて一人の男に羽交い絞めにされている。3人の男に囲まれてもうどうしようもない。助けを呼んでも誰もこないだろう。結局私はこうなる運命だったんだ。一生地べたを這いずって生きていくだけの踏みつけられる人生。
ーー諦められない。
やっと這い上がってきたんだ。諦めてたまるか。
「ああああああああああああああ!!!」
「うわっ!!」
私は羽交い絞めにしている男の腕に噛み付いて、緩んだ隙に距離をとる。噛んでやった男の顔が苦痛に歪む。
「てめぇ、噛みやがったな!!糞ったれ・・・犯して殴ってまた犯してやる。泣いてもゆるさねぇ、絶対にな!!」
怒りに任せて突進してきた男。私は逃げ切れずに押し倒される。男は容赦なく私の服をもって強く引っ張った。ボタンが弾け飛んで下着が見える状態になる。男は獣欲に任せて私を押さえつけて顔を近づける。
「へ、へへへ」
傍で見ていた男2人も私の両手を押さえつけて動きを奪う。私は体を乱暴に動かして逃れようとするが男たちの力に及ばず徒労に終わる。
「さーて、やりますか」
「死ねクソッタレ、ペッ!!」
「てめぇ、唾吐きやがったな!!」
私の上に乗った男の平手が頬を叩く。耳にも当たったみたいで耳がキーンと悲鳴を上げた。男は一発では足りないようで何度も何度も私の顔を平手打ちしたが私は男をにらみ続けた。
「な、なんだよその眼は!!クソ、クソッ!!」
やがて私の顔全体が晴れ上がって感覚もなくなっていった。視界も狭くなって見ずらいがそれでも睨むのだけはやめない。やめてやるもんか。負けない。だってあの人は諦める人間は好きじゃないはずだから。身の丈以上の夢をもって全力でもがく人間が好きな人だから。私はあの人だけは裏切れない。抵抗し続けてやる。
「はぁ、はぁ、はぁ・・・。ははは、ひでぇ顔だな。これから犯してやるから覚悟しとーー」
上の下着を剥ぎ取って私の胸に触れようとした男の手が消えた。比喩でもなんでもなく物理的に消えた。手首から噴出す血を唖然と見つめる男。突然すぎて理解出来るはずがない。
コツンッ、コツンッ、コツンッと路地に響く靴の音。その音を辿って視線を向けるとーーあの人がいた。いつも通りポケットに手を突っ込んで堂々とこちらへ向かってきている。違うのはその表情。口元が笑っていない。いや、わかりにくいけどあれは怒っている。それも恐ろしいくらいに。
「うぁ・・・うあああああああああああああああああああ!!手が!!俺の手が!!」
「お、おいしっかりしろ、おい!!」
「何だよこれ!!」
「外したか。確実に息の根を止めるつもりだったのだがな」
「誰だよてめぇ!!てめぇがやったのか!?」
「虫けら風情がこの我に問いを投げかけるか。よほど死にたいらしい」
アーチャーさんが指を鳴らすと手を失った男が吹き飛ぶ。その胸には大きな風穴が空いていた。
「うぁあああああ!!人殺し!!なんで殺す必要まであるんだよ!!」
「我が敷いた法に背いた。その女は王である我のものだ。王のものに手を出したのだ。死罪が妥当であろう」
右側を抑えていた男も胸に穴を空けて吹き飛んだ。残る一人は私から離れて背を向けて走り出した。
「我に背を向けるだと?不敬な虫けらには串刺しが似合おう」
足から順に何本も剣が突き刺さって男は痛みを味わうまでもなく絶命した。圧倒的すぎるシーン。人は死んだが死んでも仕方がない奴らだから構わない。問題はアーチャーさんが逮捕されてしまうかもしれないことだ。・・・それも問題なさそう。この人に出来ないことなんてないだろうし。
「我の宝物がこのような下らぬ虫けら共の血で汚されようとはな。もはや回収する気すら起こらぬ」
そういって私を見るアーチャーさん。心なしかその瞳は優しげだ。私も人が死んでいるのにやけに落ち着いている。きっとアーチャーさんが近くにいるから冷静でいられるんだろう。
「ずいぶんと薄汚れたものだな雑種よ。醜い貌だ」
「・・・結構殴られましたから。あーあ、ついてない」
「さすがにその貌を見続けるのは気分が悪い。我の気まぐれに感謝せよ」
アーチャーさんの背後が歪んでそこから黄金の壷らしきものが出てきた。それを私の頭上で傾けると中から液体が流れ落ちてきた。当然私の全身を濡らし
て、全身がずぶ濡れだ。
「えっと・・・」
「こんなものか」
「この液体は薬かなにかですか?」
「そうだ。これを浴びた貴様は常人を遥かに超える治癒能力と強靭さを得る」
「はぁ・・・えっ、本当に治ってる」
鏡を手渡されて自身の顔を見たら本当に治っていた。さっきまでの腫れた感覚もないし完治したみたい。世界中どこを探してもこんな薬は存在しないはず
。いよいよこの人の正体が人間じゃなくて神様なんじゃないかと思えてきた。
「まさみ、我を神などと勘違いするな。我は貴様ら雑種を裁定するもの。断じて神などではない」
心でも読めるのかこの人は。
「すみません」
「特許す。それよりもだ。新曲とやらは完成したのか?」
「はい。ただ、ギターを置いてきちゃったので取りに行かないと」
「それならば我が回収しておいてやった。さぁ、我のために歌うが良い。我がその真価を確かめてやろう」
ギターを受け取って構える。死体が転がっているが関係ない。今この瞬間はこの人に捧げる。そう決めた。
出だしは優しく、儚く。
「苛立ちをどこにぶつけるか探してる間に終わる日」
世界が私とこの人の二人であるような錯覚と優越感。
「泣いてる君こそ孤独な君こそ正しいよ人間らしいよ」
永遠があるならきっとこの人のためにあるんだろう。話して、触れて、理解した。
「だから手を伸ばすよ」
見守ってくれる貴方に救われて。
「挫けた君にはもう一度戦える強さと自信とこの歌を」
貴方にもらったたくさんの強さを忘れない。
「こんなにも汚れて醜い世界で」
暗い世界に貴方という光を感じて這い上がろうと頑張れるだけの心を持てた。
「出会えた奇跡に」
奇跡があるならこの出会いが奇跡だったんだ。
「ありがとう」
ありがとう。私は貴方に出会えて最高に幸せです。
いつの間にか月明かりが私を照らしていた。瞳を開けるとそこにはもうアーチャーさんはいなかった。
「いっつ!」
右の手の甲に痛みが走る。確認すると赤いタトゥーが刻まれていた。更に、ギターのネックにネックレスが掛けられていた。
「・・・結局、お別れの言葉は言えなかったか」
これはこれであの人らしい。私は笑って月を見上げたーー。
「ってことがあったんです」
「え~、またまた~」
「ふふふ、信じてもらえないかもしれませんけどあの人はいつでも私の王様なんですよ」
「そのネックレスがもらったっていうヤツ?」
「はい。もう十年も使ってるのに汚れ一つも付かないんです」
「ふ~ん、不思議な話ですねぇ。・・・さて、では歌ってもらいましょう。曲名は?」
「The King Of Heroes」
ーー私は世界に手を伸ばした。