中々見ないCPとは思いますが、気にせず読んで頂ければ!
前回に続き誤読感は悪いかと思われます
酸いも甘いも感じられるオトナの恋を感じて頂ければ幸いです。
pixivにもアップしております
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私は雨が嫌いだ。
しとしとと優しく注ぐ雨も、ごうごうと唸りを上げて叩きつける雨も。
ーー例え、この先何かの間違いで雨に命を救われるようなことがあったとしてもだ。
昨日の朝から街を風にはためく銀幕で包み込んだ雨は、
全てを濡らし尽くした後も止む気配は全くない。
天候に人格があるとするならば、この雨は相当にねちっこい性質なのだろう。
悪天候のせいで1日顔を覗かせることのなかった太陽は、
厚い雲に阻まれて人知れず地平線に身を沈めたのか。
お陰で朝から時間の感覚がない。
豆球1つ付けた部屋の中でぼんやり時計に目をやると、
どうりで先程から空腹を感じるはずだ。
針が指すのは夕方と呼ぶには余りに遅い時間。
そんなことを考えながら、誓子は今日も〝友人〟を抱く。
友人の顔は、輪郭すら朧げで。
とても近くにある筈なのに、どんな表情をしているのかすら分からない。
脱ぎ捨てられた2人分の衣服、乱れたシーツと軋みを上げるベッド。
四肢が千切れそうな程に激しく溶け合いながら、やがてやって来たその瞬間。
脊髄が粟立ち、米神に火花が弾けるような快楽の波。
それは誓子の身体を一瞬強張らせた後、次第に力を奪って行った。
するりとしな垂れ掛かって来た重さを、誓子は横に押し転がす。
すると少しだけまだ息の荒い友人が、子供のようにじゃれ付いて来た。
「どしたん、チカコなんやツンツンしとんなぁ」
さも面白そうに口の端を歪めながら隣で頬杖を付く友人。
それを軽くあしらい、誓子はベッドの上でくるりと背を向けた。
会話する相手を失った友人は、つまらなさそうに非難の声を上げたが無視を決め込む。
しかし、その頃には忘れていた空腹も限界を迎えていたらしく、
胃の辺りで虫が盛大に鳴き声を上げた。
誓子は背後で聞こえる笑い声に力任せに枕を投げ付けると、
宅配ピザのチェーンのチラシを探すべく、ベッドから身を起こす。
*****
電話で注文して丁度30分。
玄関先でずぶ濡れの宅配員の姿を見ると少し哀れにも思えてくるが、
背に腹は変えられない。
赤いユニフォームの上から薄いレインコートといった出で立ちの宅配員から、
ピザと釣銭を受け取り部屋へ戻る。
すると、友人は既にベッドから抜け出して下着に手を掛けている最中であった。
何処か獰猛な印象すら与える薄紅の生地は、
ケミカルレースによって縁取られて彼女の肢体を扇情的に彩り、
妖艶さすら漂わせている。
自分では一生食指の伸びることのないチョイスであろう。
そもそも身体の造りが違い過ぎるのだ。
露になった均整の取れた艶かしい肢体は、
これまで幾度と無く目にして来た今でも羨望と嫉妬の対象である。
とりわけ目を惹く豊かな胸部、くびれすら浮かぶウエストと形の整った臀部はデッサン用の石工彫刻のようでもあり、誓子にはそれを形容するだけの表現が浮かばなかった。
その視線に気付いたのか、友人は何とも意地の悪い笑みを浮かべる。
「なんなんジロジロ見て、無理矢理襲ったりはヤメてなー」
「しないわよ、バカ」
そう言ってわざとらしく身をくねらせる友人。
その姿にうんざりと溜息を吐いて、
誓子はまだ十分に熱を持つピザを机に置き一切れだけ取り出した。
「早く食べないと、冷めちゃうわよ」
「ん、ほならご相伴に預かろか」
彼女も余程の空腹だったのだろう。
座るが早いか嬌声を上げながらピザに手を伸ばす友人を一瞥して、
誓子は溶けたチーズが落ちそうになるのに気付き慌ててピザを一口齧った。
*****
我ながら、情けないと思う。
我ながら、卑怯だとも思う。
我ながら、最低だとすらも思う。
あの人に別れを告げたのなど、ありふれた理由で。
余りにも合わない時間、すれ違い。
その昔、会えない時間が愛を育てると言うフレーズを聞いたことがあるが。
夢見がちにも程がある、と誓子は思う。
〝待つ〟のが得意だったあの人と、〝待てなかった〟自分ーー
誓子の心に芽生えた奇妙な感情の芽は時間と共に成長し。
あの日、遂に一線を越えてしまったのだ。
その日から数え切れないほどの泪を流し、数え切れないほどの後悔もした。
それでも自身に巣食う自責の念は、
あの人が燕脂の髪を揺らしながら浮かべていた自信に溢れた笑みと共に晴れることは無い。
「……ちょ、チカ、激しっ……て」
だからこうして数え切れないほどに、友人と〝肌を重ねている〟
殊更艶っぽい声を上げた友人が誓子の背中に腕を絡み付けた。
引っ切り無しに友人が上げる啼き声は、誓子のマグマのような情欲を更に焚き付ける。
行きずりで始まってしまったこの関係すらも、
底なし沼のように誓子を捉えて離さない。
〝溺れる〟とはこのことを言うのだろう。
食事を終えた後、どちらともなく誘い合い始められたその行為。
それは、先程のそれよりも更に激しさを増している。
まるで、激しく窓に叩き付けられ始めた雨と同調するように。
もし見ている者が居れば何と形容するだろうか、
およそ愛を確かめる行為とは掛け離れたあまりにも本能的な行為。
猛禽の食事にも似ているそれ。
空調の切られた部屋の中で、甘く痺れたような嬌声と僅かに聞こえる水音だけが部屋の中に充満していく。
肌に粟粒ほどの汗を滲ませながら、2人はいつまでも淫らに絡み合う。
この歪に爛れた関係の正体に、友人は気付いているんだろうか。
*****
街灯だけが差し込む仄暗い部屋の中。
誓子は静かに寝息を立てる友人を起こさないよう細心の注意を払い、
シーツが湿っているせいで居心地の悪いベッドから抜け出す。
何かに導かれるように手を伸ばした先にあるのは、白い木枠の写真立て。
その中にあるのは1年前に撮影した元恋人との写真。
向けられる2人の笑顔は目が眩むほど眩しく、
それが誓子の心をささくれ立たせる。
「——!」
激情を瞳に宿して木枠から写真を抜き取り、指先に力を込める。
次の瞬間、誓子の手によって裁断された写真だったモノが床に散らばる——
——筈だった。
だが、床に落ちたのは写真ではなく、鈍い音と共に崩れ落ちた誓子の膝。
また、出来なかった。
今日こそ、今日であればと臨んだ思い出との決別。
これ以上、どんな感情に頼れば忘れさせてくれると言うのか。
心臓が針金に縛られるように冷たく疼く。
手にした写真を胸に抱えて啜り泣く、誓子の声にならない叫びは
〝寝ている〟の友人の耳にはどう聞こえたのか。
瞳に鈍い色を揺らめかせて目を細める友人の沈痛な面持ちは、
誓子の位置から遂に伺うことは出来ない。
雨は未だに雨足を弱める気配を見せずに、
硝子に跳ね返っては激しく飛沫を上げ続けていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どうしたんアンタ、辛気臭い顔して」
「何よあんた、ほっといてよ」
「うわっ、ノリわっるー」
「ノリとか……ていうかあんた誰なのよ」
行きつけのバーに突然現れた、名も知らぬ黒髪の美人は自分のことを清水谷竜華と名乗った。
聞こえて来た名前に、誓子は眉間に皺を寄せる。
『清水谷竜華』ーー
高校で麻雀に携わっていた人間であれば、知らぬ者などいないであろう名前。
関西の名門校で大将を務めていたその人が、何故ここにいるのかは分からない。
誓子の狼狽を気にする素振りすら見せず、
彼女は馴れ馴れしくも隣の席に腰を下ろし機関銃のようにトークを披露し始める。
「ほら、アンタにはそっちの顔の方が100倍似合ってるで」
その不意打ちの言葉に、誓子は息を呑む。
並んだ酒瓶に映り込む自分の顔は、確かに朗らかな顔をしているように見えた。
ほらな、と隣で優しげな微笑みを浮かべる彼女。
その笑顔を見て誓子の胸中に黒い感情が湧く。
このヒトでなら、全ての〝スキマ〟を埋められるのではないかと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
初めて竜華と出会って半年。
あれからダラダラと続けている、この関係。
——ズルいオンナ
と、朝の出勤時間。
誓子は会社までの道程を雨の中歩きながら自嘲に顔を歪める。
朝起きると、竜華は既に部屋から出て行った後。
彼女がどんな仕事に就いているかなど聞いた事もないし、
何処に住んでいるのかなど今更興味もない。
それを知った所で意味を成さないことを誓子は分かっていたからだ。
この関係はただの〝友人関係〟であり、それ以上でもそれ以下でもない。
最初は、ちょっとした気晴らしの為の寄り道位にしか思っていなかった。
それが今では、自宅に呼び出してはドス黒い感情を吐き出す為だけに逢瀬を重ねている。
もうそうする事でしか、胸を掻き毟るような感情を抑えられなくなっていた。
多い時には一週間毎日。
部屋に招き入れる前の玄関先でだけ見せる、
彼女の暗い影を落とした表情の意味は分からないままに。
そうこうしている内に、会社に到着していたらしい。
ぼんやりと歩いていたせいか危うく通り過ぎそうになった所で、
同僚から呼び止められてしまった。
ごめんね、と手を顔の前で合わせて謝り誓子はそそくさと傘を閉じてビルに入る。
後ろから感じる同僚の訝しげな視線を無視し、エレベーターの方に足を早めた。
*****
事務の派遣として働き始めたこの職場。
給料は悪くない上に、家からも近いこともあってズルズルと転職の機会を先延ばしにしてしまっている。
一般事務と言えばある程度のパソコンのスキル、ビジネスマナーが求められる。
だが誓子の職場に限って言えば来客も殆どなく、電話対応と簡単な資料の作成だけで何とかやって行けているレベルで。
それが輪を掛けて誓子をぬるま湯に浸からせる原因となっていた。
オフィスが俄かに騒がしくなる昼食時。
開いていたパソコンを閉じて眉間を指先で揉み解していると、
誓子は傍に置いた携帯がランプを点滅させているのに気が付いた。
差出人の欄には見慣れた名前。
内容はどうやらランチの誘いらしい。
誓子は鬱陶しく思いながらも、
返事を打つ為に携帯の画面に渋々指を滑らせた。
*****
ランチの場所に選ばれていたのは、
誓子のオフィスからも程近い大通りに面したカフェ。
テラス席を備え本場の豆を使ったコーヒーとパスタが売りのそのカフェは、
雑誌やテレビなどでも何度か取材経験もあるという人気のイタリアン・カフェである。
既に竜華は店内の一番奥に陣取って、
携帯に目を落としながらアイスコーヒーを啜っていた。
肩からずり落ちそうなバッグを身体ごと揺すり上げ、
未だ誓子の接近に気付いていない様子の竜華の元へ無言で近づく。
急に目の前で止まった足音に、竜華は顔を上げながらわざとらしい声を発した。
「なんや、来てたんなら声くらいかけてーな」
「あんたが呼んだんでしょ」
空いている席に荷物を置きながら軽口を一蹴する。
そうやったっけ、ととぼけた顔をしている竜華を尻目に、
誓子は通り掛かったウエイターを呼び止めた。
晩夏の雨とは言え、まだまだ昼間は変わらぬ湿気と気温である。
涼しげなカッフェ・フレッドを啜る竜華に倣い、
誓子の注文はカッフェ・シェケラート。
エスプレッソに砂糖と氷をシェイクしたイタリア風のアイスコーヒーは、
歩いた所為で乾いた喉を冷たく潤してくれる。
運ばれて来た飲み物をストローで乱暴に掻き混ぜながら誓子は、
呑気に追加で注文したボンゴレをフォークで巻き取る竜華を皮肉った。
「あんたからランチの誘いなんて珍しいわね」
ボンゴレを口一杯に頬張った竜華から即座に返答は得られず、
代わりにパスタを飲み込む喉の音が微かに聞こえて来た。
銀色に光る食器をフォークレストに丁寧に並べた後、ゆっくりと竜華が口を開く。
「ええやん、たまには普通の食事っちゅうのも」
なんかデートしてるみたいやんか、と続けた竜華。
その言葉に、誓子は口に含んだ飲み掛けのシェケラートを盛大に吹き出した。
しきりに咳き込む誓子をよそに、竜華は腹を抱えて笑っている。
口元をハンカチで拭き上げて苛立ちを隠そうともせず、
誓子は座る椅子を弾き飛ばして立ち上がった。
「もう私仕事の時間だから」
ふざけないでと吐き棄てると、誓子は財布から千円札を取り出す。
それを木製の机に叩き付け、踵を返して足音荒く店を後にした。
*****
午後からの業務は、全くと言っていい程手に付かなかった。
カフェで友人の放った一言が、誓子の胸を掻き乱す。
デートみたいだ、と竜華は言った。
彼女には、あの一瞬がそう思えたのだろうか。
誓子は、自らの考えを振り払うようにかぶりを振る。
そんなことが、自分に許されるはずがない。
過去を塗り潰す為に、他人を利用するような人間には。
帰り着くなり脱ぎ捨てられた洋服と、
放り投げられたバッグだけが生活感を与える無機質な部屋。
何かがぽっかりと欠落したその空間の中で、
誓子は温もりのないベッドの上で膝を抱える。
時折身を捩ると、年季の入ったスプリングの軋む音が暗闇に響いた。
ふいに、点滅する物があることに誓子は気付く。
暗闇の中手を伸ばし、バッグを弄ると手にぶつかる携帯電話。
今度はメールではない、通話の着信である。
白んだ薄明かりの中、着信の相手をぼうっと映し出す液晶を握り締めながら誓子は通話のボタンを押した。
*****
「ごめんな」
誓子を迎えに来た竜華は、車を手頃な駐車場に止めて気まずそうに口を開いた。
「どうしても、謝りたかってん」
カーステレオから流れるざわめきに満ちた、奇妙な沈黙が流れる。
サイドガラスを舐めるように流れ落ちる水滴を眺めながら、
誓子はぽつりと疑問を口にした。
「何がごめんなの、何に謝りたかったの」
一切視線を交えることなく投じられた質問に、竜華は眉間に皺を寄せる。
「良い人面しないでよ、私のこと」
——何も知らない癖に
と、続けた誓子の口から最後まで言葉が吐き出されることは無かった。
不意に感じる人の体温と鼻先を掠める嗅ぎ慣れた香水だけが、誓子に状況を教える。
「知っとるよ」
カーステレオから途切れることなく流れる音楽は、
音量を下げてもいない筈なのに心無しか小さくなったように感じられた。
誓子の耳に残るのは、車のルーフを叩く雨粒の合唱と諭すような友人の声だけ。
「そんなはずない」
「ある」
「そんな馬鹿なこと」
「分かるんや」
「なに?同情?」
「そんなんじゃない」
お互いの表情は見えない。
押し問答のように続けられた竜華とのやり取りは、心を嵐のように激しく揺さぶった。
堰を切ったように、誓子の口から言葉が溢れ出る。
「私は、あんたのこと利用してるのよ」
「知っとるよ」
「私は、もう人を好きになっちゃイケないのよ」
胸を突き上げる激情で、闇雲に涙が流れる。
その悲痛な叫びは雨音に押し流されて、再び二人を沈黙が包む。
しかし、一拍置いて竜華の口から紡がれた言葉は、誓子の息を詰まらせた。
——じゃあ、ウチがチカコのこと好きになる
背中に回された腕に、一層力が込められるのを誓子は感じる。
「知っとるよ、チカコはもう人を好きになっちゃあかん人間や、だからウチがあんたを好きになる、忘れられんもんは覚えててええ、捨てられんもんは取っとけばええ」
それならええやろ、と竜華は腕を解きながら無邪気に笑って見せた。
「なに言ってんのよ、ばか」
「ほら、やっぱりチカコはその顔が1000倍は似合ってるで」
ハッとして、サイドガラスを覗き込む。
其処には流れる雨を暗幕の代わりにして、
優しく笑う自分の顔が確かに映し出されていた。
誓子は観念したように呟く。
「ズルいオンナね」
「おあいこやろ」
隣を見ると咎めるような目線のまま眉毛を片方釣り上げる竜華に、
誓子は笑いを堪えきれなかった。
明日の休みには、きっと部屋も片付け始められる筈。
勿論、竜華にも手伝って貰うつもりだ。
「アリガトウーー」
気を良くしたのか竜華がカーステレオのボリュームを捻ったせいで、
誓子の呟きは音量を上げて流れ出すアップテンポな曲と混ざり合い、
誰にも聞こえることは無かった。
この雨もきっと明日には上がるはずだ。