ジパングの魔物使い   作:gamika

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※三人称


11.閑話 キョロちゃんの日常

 キョロちゃんはデッドペッカーという魔物である。

 

 まだ幼く、サッカーボールほどの大きさしかない。その姿はまさにキョロちゃんであり、キョロちゃん以外に説明のしようがない。それでもあえて言葉で表すのなら、鳥の頭に足が二本生えた生き物、といったところであろう。自然には存在しえないはずの形状の生物。分類上は鳥とすべきかも迷う、あるいは幻想とも呼べる存在だったが、キョロちゃん自身にとってそれは割とどうでもよいことだった。

 

「ぴぇー」

 

「きょろちゃん、こっちこっちー」

 

「ぴぇー」

 

 甲高いが、ちょっとばかり妙な声で鳴くキョロちゃんが求めるのは愛する母だった。それすなわち、ヨミという幼い人間の少女である。

 種族は異なるが、キョロちゃんにとってはその少女こそが母親だった。抱きかかえられればすり寄るし、離れてしまえば必死に追いかけて母と共に在ろうとする。

 

 母子は幼いがゆえに純真だった。

 

 満面の笑みを浮かべた二人がやっているのはただの追い駆けっこである。たったそれだけのことだが、何が楽しいのか、きゃっきゃと声を上げながら一緒に走り回っていた。少しばかり冷え込むような季節になっていたが、それでも元気に駆け回っていた。

 

 やがて何を思ったのか、ヨミがキョロちゃんを中心にくるくると円を描くように走り始めた。それを追ってキョロちゃんもその場でぐるぐる回る、回る、回る。そのうちその眼もぐるぐるとし始める。ぴぇーと情けない声を上げてキョロちゃんはこてん、と転がった。

 

 倒れた子にかまわず、母はそのまま離れていく。向かう先には巨大な毛むくじゃらの大きなものがいた。そいつは巨大な熊だった。それも同種の魔物ですら襲うことのある凶暴な豪傑熊であったが、うつ伏せに寝転がっているそいつ、十文字に限ってそれは当てはまらない。体も大きければ器も大きい。それが十文字という豪傑である。

 

 ヨミはそのふわふわな毛に体を埋めながら背中へとよじ登ると、転がったままのキョロちゃんを見下ろし、その名を呼ぶ。

 

「きょろちゃん、おいでー」

 

「ぴ、ぴぇ」

 

 どうにか立ち上がったキョロちゃんは呼ばれるままに踏み出した。けれども回転酔いは簡単には解消できず、それこそ千鳥足でふらふらと数歩歩いて転ぶ。

 

「もうちょっとー。きょろちゃんがんばー」

 

「ぴぃ、ぴぇー」

 

 励ます声にこたえてキョロちゃんは再び起き上がり歩き出すが、やはり数歩進んだところでまた転ぶ。

 

「おきてー。がんばー、がんばー」

 

「ぴっ、ぴぇー」

 

 転がっては歩き、歩いては転がる。けれどもヨミは声をかけるだけだ。母としてのヨミは割とスパルタだった。そしてキョロちゃんもまた、その教育のたまものか、不屈の魂が宿りつつあった。ぐるぐるの目に炎がともる。

 

「ぴぇー!」

 

 一際大きい鳴き声を上げ、キョロちゃんは勢いよく走り出した。たとえ転んでもコロコロと数回転すると勢いのまま前に跳ね飛んで再び走る。

 

 小さな鳥が器用に二本の足だけで十文字の体をよじ登る。ふわふわの熊毛をかき分けて登っていく。それはもはや壁走りに近い行為である。それを成せるのだから、子供とはいえキョロちゃんの脚力は大したものであった。さすが魔物といったところか。

 

「ぴっ!」

 

 頂上にたどり着く直前で大きく跳ね飛び、ゆっくりと上下する熊の背中に着地すると、そこには小さな赤いカエルの脇下に手を差し込み、抱え上げたヨミがいた。その姿はまるで赤子を高い高いする母親のようであり、供物を天に捧げる巫女のようでもあった。

 

 供物化した赤いカエルはぷよぷよの足をだらしなくぶら下げ、力なくため息をつく。

 

「うぬ、瞑想の邪魔は辞めて欲しいのである」

 

「だいおーはめいそー?してたのー?めいそーってなにー?」

 

「うむ。瞑想とは目を閉じ、己の内奥を探り、感じ、またそれを通して世界の深淵に触れることである」

 

「んー、わかんない」

 

「ぴぇー?」

 

 ヨミが小首をかしげると、赤いカエルを見上げていたキョロちゃんもそれを真似して不思議そうな声を出す。子は親を見て育つ。一人と一匹の仕草はよく似ていた。もっとも、キョロちゃんの場合は首がないので体全体が傾いているという違いはあったが、それは細かな違い、誤差のようなものである。少なくともキョロちゃんはそう思っている。

 

「ぬ、キョロちゃんも分からぬと申すか。吾輩は優しいので、もう少し簡単に教えてやるのである。瞑想とはつまり、目を閉じてじっとしていることなのである」

 

「ねてたー?」

 

「いや、見た目は確かにそう見えなくもないが、そうではなくてだな……うぬぬ、幼子には難しいか」

 

「ねてたならひまー?ひまなら、だいおーもあそぼー?」

 

「分かった分かった。とりあえず降ろして欲しいのである」

 

 小難しい理屈を並べ立てる大王も、ヨミの前では形無しだった。幼いがゆえに言動が直線的で、簡潔で、欲望に素直で、それがまたどうしようもなく純粋で、いい大人を自負する赤いカエルは無碍にできないのだ。

 

 ふわふわ熊毛の上に降ろされると、大王はその場で胡坐をかいた。その上頬杖までついている。カエルの癖にやたらと器用である。

 

「ぴぇー」

 

「うぬ?」

 

 キョロちゃんは大王を見ていると、たまに動きを止める。とある欲望が湧き上がってくるのだ。

 

「な、なんであるか……?」

 

「ぴぇー……」

 

 くちばしの横からだらりと唾液が漏れ出ていた。鳥とカエル。弱肉強食、自然の摂理。言わずもがなの生理的反応であった。けれどもキョロちゃんは我慢を知っている。本能の赴くままやってしまえば間違いなくカーチャンに「めっ」されてしまうのだ。

 

 でもやっぱり生物的本能に抗うのは難しい。

 

「ぴぇー……」

 

「ちょっ、キョロちゃん、吾輩をそんな獲物を狙う猛禽類の目で見ないで……げ、ゲコォッ!?」

 

「はい、そこまでだよー」

 

 大気が渦巻き、キョロちゃんの体が風に乗って舞い上がる。この季節の風は少しばかり冷たい。思わず身を縮こまらせたのも束の間、すぐさま温かいものがキョロちゃんを包み込んだ。いつの間にか黒髪の少年に抱きかかえられていた。

 

 少年に羽毛を掻くように撫でられて、その気持ち良さにキョロちゃんは目を細めた。

 

 湧き上がる安堵とは別に、キョロちゃんは妙な感覚も味わっていた。自分を抱きかかえる黒髪の少年、ゼンクロウという存在が良く分からないのだ。もちろん、危険なものではない事くらいは分かる。ヨミや大王、十文字にとっても悪い存在だとは思えない。逆に言えばそれくらいしか分からない。

 

 不思議な人間だった。感覚的なものだが、色合いがおかしい。匂いもおかしい。

 魔王が放った禍々しい魔力は今や全世界に広がって、それによって魔物は凶暴化し、人を襲うようになっている。だがどういうわけか、その少年相手の場合はほとんど敵意が湧いてこない。己が人間の群れに飛び込んで平静を保っていられるのも少年が影響しているような気がするくらいだ。

 

「ぴぇー?」

 

「そうだね。大王は食べモノじゃないね。ちっちゃな雛鳥にビビっちゃうみっともないカエルだね」

 

「ゼンがそんな風に言うからキョロちゃんが吾輩に敬意を持たないのである!もう少し反省するのである!」

 

「はいはい、大王はホント大王だね。ブレないなぁ」

 

 ぴょんぴょんと十文字の背中で跳ね飛び抗議する赤いカエルだったが、少年はいつものように適当にあしらった。キョロちゃんにとっても見慣れた光景である。見慣れたがゆえにキョロちゃん的に大王のヒエラルキーは大分下である。また涎が出ていた。

 

「だめだよ、キョロちゃん。お腹壊しちゃうからね。先っちょだけならいいかもしれないけど」

 

「先っちょ?先っちょとはなんであるか!まさか吾輩の美しい手足を!?」

 

「やだなあ、大王は疑り深いんだから困っちゃうよ」

 

 全然困ってなさそうに笑う少年はキョロちゃんを地面に降ろすと、今度はヨミに向かって手を広げた。

 

「ヨミ、降りてきて」

 

 寝ている熊の背中を蹴って、ヨミは少年へと向かって飛んだ。小さな体を受け止めた少年がその勢いを殺すように回転するとヨミは声を上げて笑った。

 

 ヨミが笑っている。少年も、カエルも、熊も、みんなが好きだから笑っている。それが嬉しくて、キョロちゃんもまた笑う。

 

「今から温泉行こっか」

 

「あいー」

 

「ぴぇー」

 

 温泉とはなんだろう?キョロちゃんには分からなかったが、ヨミが笑っていればなんでもよかった。母の行くところが自分の行くところだ。小さな魔物の雛鳥は、ぬくもりを感じられれば幸せなのだ。温かさがあれば良いのだ。

 

「温泉はね、あったかくて気持ちいいところなんだよー?」

 

 物理的にも温かいなら完璧である。さぞ心地良いことだろう。

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