ジパングの魔物使い   作:gamika

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14.悟るに至り、書が開く

 眼前にすっげェ美男美女がいた。

 

 違った。美女じゃない。美少女、いや美童女と言った方が正確か。小学校入りたてくらいの小さな女の子だ。セミロングの髪は手入れがされておらず、そこかしこが破れた服を着ていて、抱きかかえているクマのぬいぐるみもぼろぼろだ。一言でいうなら薄汚れた浮浪者といった感じだった。整った顔と相まって余計にそれらが際立つ。さすがにあのくらいの年頃の子供がそんな格好をしていると心が痛む。

 

 女の子の傍にいる美男子も同じように思っているのだろう。上半身をすっぽりと覆うスカイブルーのローブから手を差し出し、少女に向かって優しげにほほ笑んだ。

 

「君、名前は?」

 

「……」

 

 少女は答えない。視線も合わせようとしない。美男子が困ったように薄い水色の長髪をかき上げると、特徴的なサークレットが見えた。

 

「あのー、賢者さん?」

 

「なにかね?……むう!君は一体いつの間にここへ?」

 

「ついさっき転げ落ちてきました」

 

「書が開いた感覚は一向に感じなかったのだが……その上二人もか」

 

 唸りを上げて考え込み始めた賢者さんを尻目に、僕は少女の方にも声をかけてみるが、少女は変わらず無言のままだった。つれない態度にめげず、尚も話しかける僕に彼女はどこを見てるんだか良く分からない瞳だけを向けている。聞こえているかも分からない感じだったが、とにかく僕は我慢ならない事があってしつこく口を動かし続けた。ぬいぐるみ。そう、ぬいぐるみだ。抱えている熊のぬいぐるみがやたら汚いのが一番気にくわないんだ。人間は自分の体を自己判断で清潔に保つことができる。でも、熊はそうもいかない。奴らに水浴びの概念はない。だから教えてあげてほしい。もっと愛を与えてあげて欲しい。熊は大事にしないといけないのだ。

 

 懇々と諭し続ける僕の声を一際大きい唸り声が遮った。周囲にそびえたつ岩陰からぬっと首をもたげて出てきたのは竜の顔。驚いてうめいてしまった僕に気付いて、そいつは体全部を現わした。でかい。十文字よりもでかい。大きな甲羅に身を包み、四足をどすんと響かせているのは亀か竜かで意見の分かれるガメゴンと呼ばれる魔物だった。いや、オレンジ色の体表からしてガメゴンロードか。慌てて逃げようとして少女の手を取るが、思いっきり手のひらを叩かれた。少女は先ほどから変わらぬぼんやりとした瞳のままだ。

 

「ここから消えて」

 

 その言葉でちょっと泣きそうになった僕を責められる者はいまい。でも折れなかった。僕の心情はともかく、現実に逃げないといけない状況であることは変わらないのだ。

 

「君のお願いは後で聞くから今は戦うか逃げるかしないと!」

 

「ふむ、確かに」

 

 どごん、ととんでもない音がして、ガメゴンロードの首が吹っ飛んだ。発動したのがイオ系の呪文だったことは分かる。でも、上位呪文かどうかは分からなかった。凄まじい爆発だったが、ガメゴンロードのほとんど一点に集中して、イオ系特有の全範囲攻撃と言うにはあまりにも規模が小さかったのだ。その反面、結果を見ればそれが下級呪文と呼ぶには過小評価と呼べるほどの衝撃を与えたものだったことは良く分かる。呆気にとられる僕の頭の上から、美男子のハスキーなイケメンボイスが降ってきた。

 

「原因はわからずとも、とりあえずこれは言わねばなるまいな」

 

 彼が頭部を砕いたガメゴンロードは物言わぬ屍となって(そもそも口ごとなくなったのだが)、それと同様、彼の言葉によって僕の頭も砕けるような思いをすることになった。

 

「───ようこそ、《賢者の書》へ」

 

「は、え?」

 

 ガメゴンロードと僕の違いは、素っ頓狂な声を漏らす口が有るか無いかくらいだった。

 

 

 ◆

 

 

 賢者さんはカダルと名乗り、根気よく少女に問いかけることを繰り返して、その名がマルモと言うことも判明させた。カダルという名に聞き覚えがあったが、質問した限りではどうも僕の知る大賢者カダルとは同じ名前の違う人物らしい。合体魔法なんてトンデモ技術を生み出してるわけでもないそうだ。

 

 マルモという名前にも聞き覚えがあったが、そちらについては黙っていた。「君の名前聞いたことがあるんだけど、どこかで会ったことない?」これじゃあまるでナンパ男のセリフだ。そんな考えに及んで、なんとなくその台詞を吐きたくなかっただけだ。特に深い意味はない。

 

「さて、ゼンクロウ。君のこともいろいろ聞かせてはくれないか?」

 

「マルモちゃんはいいんです?」

 

「彼女はあとで……余程疲れていたのだろうな」

 

「そですね」

 

 簡易的なベッドに横たわり、穏やかな寝息を立てる少女はクマのぬいぐるみをしっかりと抱きしめたまま毛布にくるまっている。お腹一杯に食べて、体をきれいにして、そして僕らが彼女を害する気がないと知って、ようやく安心できたようだった。彼女のことを知ってしまった以上、どうにかしてやりたい気持ちにも駆られるが、それはきっと僕の役目じゃない。安易な救済は時に害悪と化す。彼女自身を救う者はきっと別にあるはずで、それはこの世界とはまた別次元の話だろう。

 

 ただ、一つだけ分かったことがある。彼女の幼さが教えてくれた。伝説における現在の時間軸。それをこの賢者に語るべきか、結局僕は決断できなかった。淡々と僕がこの世界に現れた経緯、そして今まで体験してきた事実だけを述べただけだ。つまるところこう言った。自分が何者かもよくわかんねえ。

 

 一通り話を聞いてカダルさんは言う。

 

「君も彼女も何かに導かれたのかもしれんな」

 

「ルビス様とかにですか?説得力が微妙……」

 

「はっはっはっ、君にかかれば神も形無しだな。僧侶が聞けば怒髪天を衝く勢いで叫ぶかもしれん」

 

「おおぅ、こいつは失言でございました。賢者であるカダルさんも信徒のお一人でしたね」

 

 神に許しを請う僕を見て、カダルさんはカラカラと笑う。

 

「なに、神となればこそ、人間一人の愚痴如き歯牙にもかけぬだろう。何に対しても疑いを持つのが人間として当然の姿だと知っている者なら、その程度のことで怒ったりせぬよ」

 

「慈悲に感謝を」

 

 仰々しく十字を切って、芝居がかった仕草で手を合わせると、カダルさんもまた同じように十字を切って祈り、やがて二人の笑い声が夕焼けの空に響いた。いやあ、寛大な人で良かったよ。さすが悟りを開いた賢者様だ。一般人の失言も冗談として軽く受け流してくれる。

 

「さて、そろそろ私は夜の食料を確保しに行こうと思うのだが、君はどうするかね?」

 

「そーですねえ……うーん、時間もあれなんで帰ります。突然いなくなってみんなも心配してるだろうし。それじゃ、また来ますね。マルモちゃんにもよろしく言っといてください」

 

「待ちたまえ。書を閉じるのはここに来てすぐでは難しい───」

 

「ルーラ」

 

 温泉を行き来するためだけに最近覚えた呪文を唱えると、ふわりと体が浮いて、すぐさま急激に上昇加速する。それから息一つ挟むくらいの合間に空間にぽっかり丸い穴が開いて、僕はその中に飛び込んでいった。

 

 淡い光を放つその穴の中から下を覗くと、呆けたような様子のカダルさんが見えた。手を振って別れの意を示すと、やっぱりどこか上の空のような感じで手を振り返してくれた。変な見送り方する人だなあ。

 

 穴の中から飛び出た先は温泉の真上だった。服を着たまま勢いよく飛び込むはめになり、まさしく濡れ鼠のまま、ぽたぽたと滴を垂らしつつ湯の中を割って歩く。洗い場に上がると同時に小さな影が僕に体当たりを仕掛けてきた。

 

「おかえりなさーい」

 

 ヨミの抱き着く勢いに負けて、そのまま後ろから湯船の中に再びダイブする羽目になった。きゃっきゃと笑うヨミへの仕返しとばかりに、ほっぺたへぐりぐりと指を押し付けていると、不意に体が浮いた。十文字が服の襟をつかんで湯の中から引き揚げたのだ。つまみあげられたその姿は親猫にくわえられた子猫のように見えただろう。

 

「ぐおお」

 

「アッ、ハイ。心配かけてごめんなさい」

 

 素直に謝ったものの、それから僕はみんなにめっちゃくちゃ怒られた。そんな激おこにならなくてもいいだろうに。僕だってあれは予想外で、言わば突発的な事故のようなものだ。気を付けろと言われてもどうしたらいいか分かんないよ。そんなことを考えもしたが、結局口には出さなかった。ばーちゃんとか大王はともかく、ヒミコ様みたいにちょっと涙声で叱られてしまうと罰が悪いったらありゃしない。

 

「結局、ゼンは今まで一体どこで何をしていたのであるか?」

 

「ちょっと悟り開いてきた」

 

「うむ。全くもって意味がわからんのである」

 

 それは仕方ないだろう。悟りというのはそういうものだ。別に僕は何かに開眼したわけでもなし、アレで賢者になる資格を得たとも思えない。たぶん全部が全部偶然なんだ。それを説明したところで聡明な赤いカエルが納得するわけでもなし、僕は早々に詳細な説明を投げ捨てた。それはある意味で僕も本当に悟っていたからだ。

 

 説明すんのめんどくせえ。

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