大王はカエルのくせに物知りさんである。
その源泉は絶えることなく湧き続ける知識欲だ。なんだってそこまで色々と知りたがるのか不思議で仕方ないが、つまるところ大王は学者気質なのだろう。カエルなのにIQが高いのだ。脳みそも体に合わせて小さいだろうに、どうやってその知識をため込んでいるのやら。そもそも僕としては大王自身の存在が一番の不思議で一番知るべきなのはそちらだと思っている。シロガネさんとの稽古が終わった後、試しに本人に聞いてみた。
「大王ってさ、何者なの?なんでカエルなのにそんなに色々知ってるの?っていうかなんで人語喋れんの?」
「ふむ、それは吾輩が大王だからである!」
これなのだ。全然答えになってない。僕は別にそういう哲学的な答えなんて求めてない。いわば科学者が出すような、0か1かで判断できるようなものが欲しいのだ。でも、どうあっても大王はそれ自体が実質の答えみたいな感じで言うし、重ねて問うても同じ言葉が返ってくる。そうなると僕も諦めるしかない。自分から聞いといてなんだが、おざなりな態度になってしまうのも致し方ないだろう。
「はいはい、裸の大王、裸の大王」
「うぬ、吾輩のこの艶めかしくも麗しい、しっとりとした肌がどうかしたか?」
「えー、通じないの?あ、そっか、それがフォーマルスタイルだもんね。んと、だったら裸の大王……じゃなくって、裸の王様っていうお話をしてあげるよ」
「おお、ゼンの珍しい話を聞けるのであるか!楽しみである!」
大王は知らない話を聞けるとなると本当に嬉しそうにするなあ。さっきまでプリプリ怒ってたのに、純粋というかなんというか。感心と呆れをない交ぜにしながら僕は少しばかり得意げに知識にある童話を語る。
昔々、あるところにオシャレ好きな王様がいました。王様のもとにある日馬鹿には見えない服を作れるという職人が現れます。以下略。
「───子供は言いました。王様は裸だよ!」
「ほほう、集団心理の恐ろしさと、上位たる者がその尊厳を虚栄で見失う愚かさを指摘するものであるな。そして純真な者にそれは通じぬと」
「そんな難しい話じゃないよ。裸は恥ずかしいねってだけ。だから大王は恥ずかしいねって」
「いやいやいや、であれば十文字とて条件は同じであるぞ!」
「十文字は毛皮着てるじゃない」
温かな日差しを受けて目を細めて座り込んでいる十文字はくぁ、と一つあくびをした。相変わらずのんびりマイペースだけど、どうやら僕らの話は聞こえていたらしい。顔だけをこっちに向けて一声ぐおおと鳴いた。
「なんと!十文字までそう言うか!吾輩の美肌が恥ずかしいものだと……!!」
「恥ずかしいっていうか、素っ裸だし、露出狂の変態だよね。エロいよね。このスケベ!スケベガエル!!」
「なんたる言いざま!吾輩めっちゃショックである!」
大王は両手を地面につき、がっくりとうなだれた。いや、うなだれたつもりなのだろう。僕から見れば四つ足のカエルがちょっと下に顔向けてるくらいにしか見えない。ちょっとアホっぽいね。
「おおお……吾輩は一体どうすれば……」
「服着ればいいじゃない」
「しかし魔物である吾輩が服など……!」
変なところで常識的だなあ。自身が非常識の塊のくせにアンバランスだ。
「服着ないと賢者さんのところに連れてってあげないよ。素っ裸のスケベガエルを賢者さんに見せるなんて恥ずかしいし」
「それは困る!うぬ、服か、服であるな!?」
際立って狼狽したカエルさんご自慢のしっとりした肌は、今や汗でべっとりだ。カエルなのに感情に合わせた身体反射まで人間と同じだなんて、どこまで常識を覆せば気が済むんだろう。魔物だからそういうこともあると言ってしまえばそれまでなんだけどさ。
大王は二足で立ち上がると、そのままぺたぺたとした足音を連れてその場をぐるぐると回り始めた。腕を組んであーでもない、こーでもないと悩む姿は人間そのものだ。そうやってしばらく熟考していたが、やがて何事かを思いついたらしく、一声挙げてルーラで飛んで行ってしまった。ルーラを使える大王ガマってホントなんなんだろうね……。人間は考える葦である、なんて言った人もいるらしいけど、大王は考える……考えるカエルか。まんまじゃん。
どうにも消化しきれないもやもやした気持ちを抱えたまま、最近は獣臭さが薄れたふわふわ熊毛に埋もれると、ぽんぽんと頭を撫でられた。僕の気持ち、分かってくれているらしい。
「ぐおお」
重低音が耳に沁みる。
◆
大王がいなくなった後、いつものように十文字の超重量と格闘し、多量の汗にまみれた体をヒャドって作った氷水で癒していると、畑の手入れを終わらせたベビーサタンのベヒモン君が戻ってきたので魔法の練習を開始した。今日はベヒモン君の羽のばたつきがやけに激しい。もしかすると、最近まで温泉にかかりっきりで一緒に練習してなかったから嬉しいのかな。いや、珍しくバーナバスのバルナスさんが見物しているせいかもしれない。そう考えると、まるで父兄参観で張り切る子供のようだ。
「兄貴!オレッチ、ついにヒャドを覚えたッス!」
「へぇ、やるじゃないかベヒモン君。早速見せておくれよ」
「了解っス!オレッチの背筋に走る冷たいものを手に集めて───解き、放つッ!!」
トキハナツー。
ベヒモン君の小さな手から魔力がぶわっと漏れ出し、ぎゅっと圧縮されると、ツララが生み出された。そいつはすぐさま射出され、近くの木に突き刺さる。見事にヒャドだ。そして見事などや顔だ。それはいいんだけど、なんというか、これはまさか。
「もしかして、以前僕が言った通りのやり方で?」
「できたッス!兄貴のアドバイスのおかげでたった十日でモノにできたッスよ!それどころか……ヒャダルコッ!!」
ベヒモン君の威勢のいい声が響くと、ツララが突き刺さっていた木が見る見るうちに凍り付き、氷像となってしまった。マジか。
「すげえ……」
あんな適当理論で覚えられるだなんて、あまつさえその上位呪文まで習得してしまうなんて、もしかして物凄い才能秘めてるんじゃないかこの小悪魔。素直にブラボー、と拍手を交えて褒めてあげるとベヒモン君はさらに激しく羽をバタつかせて宙返りを始めた。
「イィィィヤッハァアアアアー!!」
バルナスさんも満足そうにうんうんと頷いている。しかも、いつもの不健康そうな青白い吸血鬼顔に笑みまで浮かべて。うん、完全にお父さんだコレ。
「バルナスお父さん」
「はい?なんでございましょう、ゼンクロウ先生」
いきなりのネタ振りだったのに、即興でこの返し方されるのか。この人頭の回転早そうだなあ。僕がポリポリと頬をかくと、胸に片手を当て、まるで執事のような仕草で頭を下げられた。なんでも僕から教えられるまで一向に呪文を覚えられなかったベヒモン君は、ああ見えてかなり凹んでいたらしい。とんでもないと僕が恐縮すると、バルナスさんは剥き出しの牙をさらに尖らせて笑った。
「どうやらゼンクロウ殿には教師の才能がおありのようですな。ご自身の魔法の習得が早いこともそうですが、育成手腕に秀でるというのはそれにも増して得難い才能です」
「いやーそれはどうかなあ。生徒が優秀なんだと思いますよー?」
やたら褒められてしまったが、事実としてやったことが口出しだけ、それも無茶苦茶な理論をテキトーに伝えただけだ。これで育成上手って言われても全然納得できないし、それを自慢げに吹聴すれば本物の教育者にブチ切れられそうだ。
「そういや、バルナスさんってベヒモン君に魔法教えたりしないんです?」
「私はそれほど魔法を使えませんので、おばば様にベヒモン君のことを頼んでいるのですよ」
「へー、意外だなあ。てっきりばーちゃんと魔法理論の語らいでもしてるものだとばっかり……あれ?じゃあ普段何の話されてるんですか?」
「そうですな、大体はこの辺りの魔物の統率と、今後の在り方についての相談でございます」
「なんかめっちゃ難しい話してるんですね。もしかしてここら一帯はバルナスさんがリーダーでばーちゃんが相談役みたいな感じで治めてたり?」
「統括は基本的には『鬼面道士』の一族が務めておりますよ。私は各地の魔物との橋渡し役のようなものでございます。もっとも、我々魔物の多くの生態を鑑みれば、有名無実という奴ですな」
そっか。脳筋多いもんね。獣と同じような輩も多いし、そりゃそうなるか。
納得してほうほうと頷いていると、ベヒモン君が満面の笑みでさらなる魔法を覚えたいと鼻息を荒くして詰め寄ってきた。うん、絶対にメガンテだけは教えないようにしよう。ひとまず戦闘系から離れてルーラでも覚えてもらおうかな。
「ベヒモン君、ルーラってどんな呪文かわかる?」
「飛ぶッス!」
「完璧な回答だ。ではやりたまえ」
「ルーラッ!」
途端に風が巻き起こった。砂埃が舞い上がり、ベヒモン君の小さな体が上へ上とぐんぐん昇っていく。やがて止まると、翼をはためかせながらゆっくりと降りてきた。
「どうッスか!?」
「うん、全然ダメ」
「ガーン」
「だって普通に羽で飛んでるだけじゃん。ルーラってのはね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで、静かで、豊かで……」
「深ぇ……」
「安心してください。誰かが言ってたことのパクリです。ま、僕の言葉じゃないってだけで、その重みは変わらないと思うけどね」
「やっぱ深ぇ……」
はー、と大きな息をついて感じ入るベヒモン君だったが、ここまで変に感心されるとちょっとくすぐったい。でもこうやって僕の戯言すら深く考察するベヒモン君だからこそ、急激な魔法上達を成しえたのかもしれない。そうであれば、うん、やっぱり僕何もしてないね。
「うーん、とにかくさ。ルーラってのは単純に空を飛ぶ呪文じゃないんだ。そもそも、まずは自分の飛びたいところを覚える必要があるからね。
僕はそれを独自にマーキングって呼んでるんだけど、大体マーキングできる場所はその人なりの土地の魔力を感じやすい座標なんだ。だから特に意識せずとも覚えているし、目的地を思い起こすだけで呪文が完成するし、もし覚えにくい箇所があったらルーラできないってことも当然発生する。
そして肝心の空飛んでるときだけど、さっき言ったようにただ飛ぶんだけじゃなく多少時空を歪めてるっぽくて、だから鳥が飛ぶよりも早く目的地に着くことができるんだ。ま、時空を歪めるって言っても瞬間転移とは明確に違うから屋根のあるところでやると頭ぶつけたり、着地地点にある何かにぶつかったりすぐぁ!?」
解説の途中でべちゃり、と顔に何かが張り付くようにぶつかり、後ろから倒れこんでしまった。背中をしたたかに打ち付けてしまい、声なき声でうめく。うごごごごご。
「おお!ゼンよ!死んでしまうとはふがいない!」
なんて失礼な物言いだろう。顔の上でぺちぺちと前足をほっぺたに叩き付ける赤いカエルをつまみ上げて睨みつけると、そいつは目線を逸らしてわざとらしくぴゅーと口笛を吹いた。
「ベヒモン君は気を付けてね?この通り、術者の方は魔力に守られてて大した影響はないけど、ぶつかられる方はたまったもんじゃないから」
「うむ、気を付けるのである!……あ、はい。ごめんなさい……である」
「あの大王が……やっぱ兄貴すげぇッス……」
よくわからないところに感心し始めるベヒモン君はまた何かしら深読みしているのだろう。それを悪いとは言わないけど、勘違いばっかりするのも問題だから気を付けてほしいものだ。
「それで、大王。そのみょうちくりんな恰好はなんなの?」
「みょうちくりん?みょうちくりんと来たか!うむ、確かに人間の服を着た吾輩ならそう見えることもあろうな!」
どこ行ってきたか知らないけど、帰ってきた大王は『皮のこしまき』を身に着けていた。どうやって作ったのか、サイズもぴったり大王に合わせてある。でもそれだけだ。腰巻だけだ。上半身は相変わらずの裸で膨らんだ腹の下も全部は隠れず、明らかに見えてしまっている。なんだこれ、チラリズムってやつ意識したの?
大王は腰巻の裾をめくりあげたりしつつ、その場でくるりと回った。カエルのファッションショーかよ。見ればすさまじいどや顔だ。どうだ素晴らしい出来だろうと言わんばかりのその顔に、僕は当り障りのない感想でお茶を濁すなどというふわっとした対応は即座に投げ捨てた。残酷な真実を突き付けてやる。
「蛮族スタイルじゃん。逆にIQ低そうだよ。なんかさ、裸よりもアホっぽく見える」
「なんと……!吾輩とゼンの衣服に何の違いがあるのか……!!」
「服じゃなくてセンスの違いかなー」
大王としてはなんか体に巻き付けときゃ大丈夫だろって感じなんだろうなあ。あまり人間を甘く見ないでほしい。人間の美的センスは古来から磨かれてきたものであり、僕の審美眼もまた曇りなきものだ。温泉宿を見るがいい。人間魔物の区別なく、見るだけで癒しを与えるというのもまた美しさがもたらす一つの効果だ。
僕の辛口評価に大王はゲコゲコといたく嘆いていたが、突然うめき声をぴたりと止めると背中越しにちらりと僕を見た。
「……吾輩、服を着てきたのである」
「そうだね」
「ということはつまり、賢者殿と会うための条件は満たしたということで相違ないな?」
「違うね」
「なぜに!?」
「前提として恥ずかしいカエルさん見せたくないって言ったでしょ?今の大王恥ずかしいまんまだし」
「しかし吾輩服を着たのである!」
「そうだね」
「ならば賢者殿の居られる場所へ吾輩を!」
「連れていきたくないなあ」
「約束が違う!ひどい!ひどすぎる!」
「さすが兄貴、魔物よりも悪魔だ。すげえッス……」
カダルさんは賢者という名に恥じない、心の広い人だし、本当は連れて行ってあげても何一つ問題ないんだけどね。そっちよりもマルモちゃんに与える影響の方が気になるんだよなあ。なんとなく大丈夫な気はするけど、できれば避けたいという気持ちもある。
「ゼンよ!魔物の矜持まで捨てて服を身に着けた吾輩に言うべき言葉はそれなのであるか!?」
「うん」
「ぬうぅううううううッ!!」
地団太を踏む大王をしり目に僕はひとつあくびをして、ベヒモン君に向き直った。さっきはせっかくまじめに解説してたのに大王に邪魔されたからね。別にそのことで腹を立てているわけではないけど、魔法授業の続きとしゃれこもうじゃないか。
そうして僕はベヒモン君に思う存分知識をひけらかし(それが正しい真実だったのかは別として)、満足のいく時間を過ごしたのであった。けれども。
「はぁー賢者殿に会いたいのであるー……」
チラッ。
「吾輩、最近人間の着る服の良さが分かった気がするのであるー……」
チラッ。
結局、知りたがりのカエルさんにしつこく、それこそ毎日どころか毎時毎分のレベルでチラッチラッされ続けて僕は折れた。うっぜえ。