16.夏場は涼を取りたいから
気付けば冬が終わって春も過ぎ、クッソ暑い夏になっていた。みんみんと鳴き喚く蝉時雨を背に、僕はえんやこらせと畑にクワを叩き込む。頭の上に小さな桶を乗せて手拭いで固定して、水をちゃぷちゃぷと鳴らしながら、何度も何度も飽きることなく叩き込む。ほとんどヤケクソだった。
「これはパっつぁんの分!これはミトさんの分!これはヨミの分!これはキョロちゃんの分!あとはえーとめんどいな!これは僕の分!僕の分!僕の分!」
「やかましいわ!意味の分からん掛け声だすな!」
「ちゅーてもパッつぁんよォ、こう暑くちゃ叫ばずにゃいられねんだども」
「また妙な喋り方して。暑さで頭が湧いちまったか?」
「確かにそーかも」
「じゃあもう休んでな。子供にゃこの暑さは厳しいだろ?」
「うーん、でもなあ……」
ヒャド、と小さくつぶやいて氷の塊を口に含む。ああ、冷たい。ガリガリと氷を噛み砕きながら、ぱちんと指を鳴らすと、頭上の水をたたえた桶に浸かっている赤いカエルさんがフバーハを唱えた。途端に暑さが半減する。相変わらず日差しはきっついけども。
「一応、反則気味の気温調節っぽいことしてるしなあ……」
「吾輩のおかげであるぞ?吾輩のおかげであるぞ?」
「そんなどうでもいいこと二回も言わないでいいよ。黙ってたけど、すぐサボって呪文解いてるよね?僕汗だくだよ?」
「うぬ、しかしゼンよ。もともとフバーハは熱効果抑圧の呪文なのだ。高すぎる温度や低すぎる温度でないと調節が逆に難しいのである。気温程度だと温度が半端過ぎて効果が低く、それでも効果を発揮させようとすると、すさまじく燃費が悪い。さすがの吾輩も根を上げるほどだ。賢者殿とも相談したが、現状これ以上の改善はできないのである」
「唱えっぱは疲れるってことだね。そんなことはわかってんだよぉおおおお!!暑いぃいいいいいいいいい!!」
「この国に住む以上は諦めるしかないのである。……ううむ、水がぬるくなってきたのでヒャドを頼む」
「自分で唱えればいいでしょー!?」
「ゼンの常識離れした頭のおかしい呪文でないと効果が薄いのである」
「頭のおかしいって……あーもー!ヒャダルコッ!!」
「ゲコォッ!?」
イライラをそのまま冷気に変えたおかげで、見事な大王の氷像ができた。そうだなあ、名づけるなら「桶浸しガエルの活造り@氷固め」というところだろうか。
「相変わらず大王には容赦がねえなあ。大丈夫なのかよ、これ」
「大丈夫だよ、魔物だし」
普通の大王ガマなら耐性持ってるから、ヒャダルコはギリギリDead or Aliveぐらいの威力だったはずだ。普通じゃない大王なら精々体力半減程度だろう。凍った大王を桶ごと放り投げたあと、もう一度ヒャドを唱えてパッつぁんに一塊の氷を渡してから、地面に突き刺したクワにもたれかかる。
僕がそうやって休んでいる間も、筋肉黒光りなパっつぁんはもの凄い勢いで畑を耕していく。化け物か。若干鼻歌交じりなあたり、あのおっちゃんも相当おかしい。筋肉か。筋肉のせいなのか。僕も服がはちきれんばかりの筋肉があればアレくらいやれるのだろうか。子供にしては鍛えられた自身の腕を見ながらぽつりとつぶやいた。
「無理だね……」
魔法学習を通して僕は知ったのだ。ばーちゃん然り、ベヒモン君然り、各個一人一人に、その人独自で成立する法則がある。この人だからできる、この人だから分かる、そういった個々人の特性は他人が簡単に真似できるものではない。「どうしたらできるの?意味わかんないんだけど」と聞いたところで「なんでできないの?意味わかんないんだけど」しか答えが返ってこないのだ。大王が大王だから人語を解するのと同じだ。呪文をなんとなくで唱えられる僕自身にだってそれは当てはまる。意味があるようで、意味がない。もし、その意味を解き明かすことができるとしたら、それはきっと神様くらいだろう。
いや、神様でもできるかどうか。だって神様ってルビス様だし。なんかさ、怪しいよね。あの神様って何ができるんだろう?何がしたいんだろう?よくわかんないや。
ぼんやりとそんな埒もないことを考えていると、甲高いヨミの声が届いた。やべっ、僕の考えてることが不敬だって怒られるかも。
「おとーちゃーん、おにーちゃーん、なんか変なのあったー」
どうやら杞憂だったようで、ちょっぴり身構えてしまった僕をヨミは気にも留めていなかった。それよりも口にしていた「変なの」とやらを見て欲しいらしく、これなに?これなに?と餌を欲しがる雛鳥の如くせっついてくる。まるでキョロちゃんだね。ぴぇぴぇと鳴く本物の雛鳥からもせっつかれ、思わず小さく笑ってしまった。
さてさて、と気を取り直し、その「変なの」とやらを確認してみると、割れた板みたいな石だった。
ヨミの小さな手からぐいと差し出されたそれを受け取って、ためつすがめつ眺めてみれば、どうも何かしらの絵が刻まれた石版の一部のようだ。割れているのでガラクタ同然にも思えたが、微妙に魔力的なものを感じることができ、なるほど、ヨミが変なのと言っていた理由にも納得だ。
ほうほう、と頷きながら魔力を直接浴びせてみたりして検分を続けてみたものの、結局よくわからなかった。見識豊かな誰かに意見を求めたいところだが、こんな時に限って大王は氷像と化している。
「ちぇっ、使えない大王だなあ」
「使えないとはなんであるかァアアアッ!」
バキンと音を立てて大王の氷像が砕け散った。違った、まとわりついた氷が砕けて飛び散った。何か呪文でも使ったのだろうか。ぴょんと飛び跳ねた大王は空中でくるりと一回転。そのままヨミがひょいと差し出した手のひらにおさまった。
「まったく、まったく……!まったくもう、これだからゼンは……ッ!!大王たる者に向かって何たる言いざま!吾輩、怒り心頭であるッ!怒髪天を衝くとはまさにこのことであるッッ!!」
「いやいやいや。大王、そもそも毛がないじゃん」
「だいおーケガないー?わー、つめたー」
「う、うぬ!?ヨ、ヨミよ、そんなあっちゃこっちゃ触られると……あふん!」
すっかり冷え切ってしまっていた大王は、ヨミにとって体の良い納涼道具に過ぎなかった。ペタペタとまさぐられて大王が変な声を出したところで、見かねたパっつぁんが取り上げて高く持ち上げる。
「こらこら、あんまり大王触ると手が生臭くなるからやめな」
「ほんとだーなまぐさーい」
「生臭いて……」
手の匂いを嗅いではくさいくさい、きゃっきゃきゃっきゃ、と顔をしかめながらもはしゃぐヨミにほっこりする。それにしても、親子そろってひどい言いようだ。目に見えて落ち込む大王をほんの少し哀れに思った。でも事実だから仕方ないね。
「ぴぇー」
「うん、生臭くてもきっとおいしいって褒め言葉じゃないからね、キョロちゃん」
「生臭い……」
そうだ、今日は焼き魚にしよう。夏場の生臭は避けるに限る。