一旦は落ち込んだ大王だったが、石版の
「ううむ、なんであるかこれは!」
ペタペタと触り、こつこつと叩いたり、僕と同じように魔力を浴びせてみたりと色々やっていたが、その結論は果たして僕と同じだった。
「さっぱり分からんのである!!」
役に立たねえ。
がっかりだよ、と肩を落とす僕に反して、大王は何故だか意気揚々と石版の欠片を掲げる。分からん分からんと言いつつもめっちゃ嬉しそうだ。そんなに未知の何かに触れることが嬉しいのか。
この場では更なる調査をしようにも埒があかぬ、ということで、とりあえずばーちゃんのところに持っていくことになった。大王が言うには、ばーちゃん家の地下室には研究用のいろんな道具があるらしく、それ使って調べればさらに何かわかるかも、とのことだった。じゃあ、早速行きましょう。
その前に、パっつぁんにごめんけど仕事休ませて、と断りを入れに行くとサクッと快諾された。
「この暑さの中、子供を無理やり働かせたとなっちゃあ男が廃るってもんよ!がはは!おう、ヨミも行きたいのか?ババアんとこなら問題ねえぞ、行ってこい行ってこい!」
「相変わらず大雑把だなあ。小さなヨミを一人で出歩かせることになるんだよ?不安はないの?」
「一人?馬鹿言っちゃいけねえよ。お兄ちゃんが一緒にいてくれんだろ?」
「あー……」
大きな手でわしゃわしゃと頭を撫でられるのと一緒にかけられた言葉は、思いがけないものだった。
「もう、やめてよー」
「なんだあ、照れてんのか?ま、なんにせよ、俺がいねえ時はヨミを頼むぜ」
大きな手がさらに強く僕の頭を撫でこする。髪がぐちゃぐちゃになってしまった。快活に笑うパっつぁんをジト目でにらみながら手串をかけてキレイに髪を整え、それが終わるなり、ヨミの手を引きつつ一旦家に戻ることにした。
「ただいまー」
「ただいまー」
「お邪魔するのである!」
近くの木陰で寝転がっていた十文字を横目に家に上がると、ミトさんが慌ただしく何かをやっていた。いろんなものを引っ張り出してはその辺に置いていく。これも違う、あれも違う、と呟く様子からして、何かを探しているようだった。
「ゼンかい?丁度良かった、あんたまな板どこ行ったか知らないかい?」
「まな板?知らないけど……ないの?」
「さっきから見つからないんだよ!いつも置いてあるはずの場所には変な板があるし!」
見るからにイライラしているミトさんが指さした先には、確かに変な板があった。僕の頭の上にのってふんぞり返っていた大王がぴょんと降り立ち、その板に触れる。片手にはヨミが持ってきた板もある。それにしてもよくもまあ、自分の体よりも大きいモノ持てるなあ。バイキルトでも使ってるのかな。
「ふむ、同じものであるな。なんとびっくり、割れた部分がぴったりとハマるのである!」
呵々と笑う大王はその場に胡坐をかくと、じっくりと品定めを始めた。ヨミもその隣に座り、大きな瞳をキラキラと輝かせながらクスクスと笑った。
「ん?」
いや、ヨミは笑っていない。興味深そうに大王の手元を覗いているだけだ。でもなんかさっきからクスクスと笑い声が聞こえる。
「キョロちゃん、何か言った?」
「ぴぇー?」
キョロちゃんでもないらしい。そもそもキョロちゃん自身にも笑い声が聞こえているようで、右往左往しながら辺りを見回している。変だなあ、と思いながら僕も周囲に目を配るが、何一つ妙なものはない。精々が石版の割れ目をなぞりながら唸る小さな赤いカエルと、グチグチと呟きながら衣装棚をひっくり返し始めたミトさんと、僕と同じようにキョロキョロし始めたヨミくらいしかいない。ということは、ヨミにも聞こえるのか。
「だれかいるのー?」
「ぴぇー?」
返事はないが、たぶん僕ら以外の誰かがいる。僕の中の何かが訴えている。こいつぁキナくせぇって具合に。けれど、声のする方に慎重に近づいても声ばかりで姿が見えない。まるで透明人間だ。透明?
「そうか!レムオルだ!大王!凍てつく波動出して!出して!早く出して!」
「んっ!?うぬ……?」
なぜだかびくっと震えた大王は、首筋(と言っていいのか分からないが)あたりをさすりながら振り返った。そして不思議そうな顔で僕を見る。
「ほら大王、凍てつく波動だよ、凍てつく波動」
「なんであるか、それは?」
「知らないの?ほら、あらゆる呪文効果を打ち消すっていう魔王クラスの特技だよ」
「なんと!魔王はそんなエゲツない技を使うのであるか!?吾輩のバイキルトも打ち消されると!?」
「その様子だと使えないみたいだね。んー、残念……」
とはいえ、肩を落としてばかりもいられない。際立った悪意は感じないけど、どうにもモヤモヤする。きっと今ここには何か得体のしれない異形のモノが────
「────あったぁ!ゼン!あんた、こんなとこにまな板隠してどういうつもりだい!?」
いた。異形の鬼がいた。般若の面かぶったようなミトさんがいた。衣装棚のすぐそばでまな板を振りかざして僕を睨み付けていた。超怖いんですけど。でも僕はその恐怖を乗り越えて反論した。
「意義あり!そんなことしないよ!僕じゃない!冤罪だ!」
「じゃあヨミがやったとでもいうのかい!?」
「それこそあり得ないよ!」
そりゃそうだ、と二人して首をかしげる。本当に僕じゃないのかって問われても、そもそもそんな事して何の意味があるのさ、と言い返せばそりゃそうだ、とやっぱり二人して首をかしげる。物の怪の仕業かもね、と僕が思いついたまま呟くと、ミトさんは物凄い疑いの目で大王を見ていた。恐れおののく大王の前に仁王立ち、いやいや、大王がやったとしたらそれこそ何のために?子供じゃないんだから、そんな悪戯するはずがないよ、と擁護すると、やがてミトさんはため息一つついて事態の追及を諦めたようだった。
「精霊様がいたずらでもしたのかねえ……」
「精霊っていうか妖精かなあ。古今東西、妖精ってのは悪戯好きだと言われてるし」
「しかしこの辺りに妖精種などおらぬぞ?ミ、ミト……ミト殿。に、人間達の認識もそう……であろう?」
びくびくとしながらも大王が問うと、ミトさんはそもそも妖精と精霊の違いが分からないとか、根本的なことを言い出した。面倒になって端折って説明したが、精霊は自然を司る神様みたいなもので、妖精は僕ら人間や魔物と同じく生物の一種だと伝えると、案の定ミトさんはだったら魔物以外に人間以外の種族は知らないと答えた。
「まぁいいさ。結局まな板は見つかったんだし、少しばかり時間を浪費しただけだね。ヨミ、ゼン、今日の晩御飯は何がいい?」
「焼き魚で」
「なまぐさくないさかなー」
「……」
微妙な顔で閉口する大王は放っといて、僕はミトさんにも今からばーちゃんのところへ行くことを伝えた。ヨミを連れていくことも話すと、ミトさんは気を付けて行っておいでとヨミをぎゅうと抱きしめていた。それも小一時間ほど。その間、僕はぽけーっとそれを眺めていた。前にヨミを温泉に連れて行った時もこんなことあったなあ。相変わらず子煩悩な母親の鏡だ。
「そんなに離れたくないなら許可しなきゃいいだろうに」
「あたしの我儘だからね。それに、ヨミだっていずれは巫女様として離れていくんだ。今のうちから少しでも慣れとかないと、あたしが耐えられないんだよ」
「……愛情が深いってのも困りもんだね」
「まったくだよ」
愛おしそうに我が子を抱きしめ頭を撫でる母親の姿に、目を細めてそのぬくもりを感じる子の姿に、少しだけ胸が痛くなった。
* もうちょっと導入続きます。