でも、あの作家いつまでたっても続刊出さねえ…みたいにならないように気を付けたいと思います、はい。
四つ足で歩く十文字の頭に大王が、背にはキョロちゃんを抱いたヨミをさらに抱え込むような形で僕が相乗りして、森の中を割って進む。
ヨミのことを考えてくれているのか、十文字の進行速度は結構緩い。緩いけど平気で木をなぎ倒していく。その度にヨミとキョロちゃんがきゃっきゃと嬉しそうに騒ぐ。
ヨミを楽しませてくれようとしてくれるのはありがたいんだけど、こんな事続けてたらその内森が無くなってハゲ山になっちゃいそうだ。
「全国のなんとか山さんが怒りそうだなあ……」
「ぐおお」
「んーん、独り言だよ。でも穏便にお願いね。分かってるでしょ?」
ふんす、と一つ大きい鼻息を吐いて十文字はどすどすと歩いていく。何があろうと自分がどうにかしてやるから安心しろってことだろう。木々への破壊行為も、実は周囲への威嚇を兼ねているのかもしれない。相変わらず頼もしいボス熊さんだなあ。
でも頭の上にちょこんと胡坐をかいているカエルさんはそれだけでは心もとないようで、しかめっ面をさらして唸っていた。
「うぬ、一体何者であるか。この辺りに吾輩らに盾突くものなどおらぬはずだが……」
「確かに僕たちが最初出会ったときもそんな感じで引いてくれてたね。でもさ、実際に誰かがつけてきてるし。ねえ大王、本当に心当たりない?」
「うむ、例えばあの笑い声など、実に怪しいものであるな」
「大王にも聞こえてたんだ?」
「吾輩一人が耳にしたのならば気のせいだろうと放置しておったやもしれぬが、他に二人と一匹も聞いたとなれば疑わずにはおれんのである」
「うーん、やっぱり妖精がいるのかなあ?」
「きゃつらは幼子のような心の清い人間でなければ視認さえできぬと聞く。吾輩ら魔物はもとより、スレた少年に見えぬ理由とすれば、まあ納得できるものである」
「言葉のトゲが痛いんですけど」
大王はゲコゲコと笑うが、遺憾なことに反論できない。年相応の少年としてあるべき姿と僕自身の精神性に大きな開きがあることは、言われずとも自覚しているのだから。
「冗談はともかくとして、ヨミにすら見えなかった、という事実を考えると、どうも腑に落ちんのである」
「それはレムオルで説明がつくよ」
「透明化の呪文であるか。しかしそれほど高度な呪文の使い手となると……目的が分からんのであるな」
声が聞こえるほど近くにいたのに危害を加えられるわけでもなく、観察されてただけだからね。何したいのかさっぱりだよ。
ううん、と一人と一匹して唸る。
「ぐおお」
「そりゃそうだけども」
十文字が面倒くさいと言って少しばかり前傾姿勢を取ったとほぼ同時だった。突然甲高い叫び声がして、空からひゅるひゅると何かが落ちてくる。
「ぬ、なんであるか?」
「ガルーダ!」
その怪鳥モンスターが持つその白い翼は真っ黒こげで、穴が開いてしまっている。何らかの外敵に燃やされたのは明らかだ。そいつは木々にぶつかりその体をはねさせながら墜落した。
そいつが落ちてきた空を反射的に見上げると、黒く大きな影がいた。咆哮を一つ上げて、その場でバサバサと翼を動かしながら滞空している。
「ドラゴン……?」
いや、ちょっと待って。そもそもこの世界にあんな魔物いたっけ?いるにしても、それこそ竜王くらいしか……いや、いやいやいや、そんな馬鹿なこと。
「ううむ、果たして何者であるか……もしや背後の者どもの仲間……」
「だとしたらかなり不味いね。相手ドラゴンだったら洒落になんないよ。とっとと逃げよう、十文字!」
「ぐおお」
「鶏肉美味そうとか言ってる場合じゃないでしょー!?」
少しばかり泣きが入った僕の声に蹴飛ばされるように、十文字は力強く駆けだした。僕はヨミとキョロちゃんを抱きしめて、その凄まじいスピードに振り落とされないように十文字の背中毛にしがみつく。
「おとーちゃんよりはやーい」
「ぴぇー」
こんな状態でもきゃっきゃとはしゃぐヨミ達の言う通り、確かに十文字は足が速い。速すぎる。パッつぁんなんて比べ物にならない。周囲の木々があっという間に後ろに流れていく。耳元にはごおおという風切り音がして、聴覚がさえぎられてしまうほどだった。ていうか風の勢いで吹き飛ばされそう。
「くぅっ、こんなことなら鞍(くら)でもつけとくんだった!うぼぁ!」
べちゃりという音と衝撃が顔面に響く。何かが顔に張り付いた。
「ぬおお!激しく同意である!」
大王だったらしい。なんとか赤い体をつまみ上げてキョロちゃんのくちばしの先あたりに持っていく。
「キョロちゃん、くわえて!」
「えっ、あっ、あっ、いっ、いやあああああ!喰われるのであるぅうううううう!!」
「ぴぇー」
心外だとばかりにキョロちゃんは赤いカエルを2、3回つついて僕の指示通り軽くくわえてくれた。とりあえずこれでなんとか。大王が完全に生を諦めた贄のようにだらんとなっているが無視しよう。
「後ろの奴らは!?」
「むっ!?奴らも速度を上げて追ってきているのである!!」
大王は首のあたりだけ器用に後ろに向けていた。赤い体が青く染まりかけているような気もするがやっぱり無視しよう。
「大王!バシルーラって使える!?」
「うむ、使えるのである!」
「メガンテは!?」
「うむ、使え……何をさせる気であるか!?」
「絶対使うなって言いたかったの!」
本当に最後の手段だからね。大事に大事に死蔵しておかないと。
「ばーちゃんちに早く行こう!シロガネさんもいるんだからきっとなんとかなる!」
「ぐおお」
その前に振りきるだって?さすが十文字、大した自身だ。でもリスクは考えて手を打っておかないとね。
◆
無駄な心配だった。むしろ心配するべきは大王だった。
ばーちゃんちのテーブルの上でぐったりとうつ伏せている大王はぐっちょぐちょでぬろぬろでぬめぬめしていた。言うまでもなくキョロちゃんの涎のせいだ。
良い子のキョロちゃんは僕の言うことを素直に聞いて赤いカエルを腹に収めることもなく、最後にはテーブルの上でぺってしたのだ。
「だいおーべちょべちょー」
「あっ、ダメだよヨミ。大王は汚いからね。汚物だからね。えんがちょだよ」
「だいおーえんがちょー」
「ぴえー」
「正直言って今の吾輩、怒ろうにも気力が湧かないのである……」
テーブルべちゃべちゃにされたばーちゃんもね。無言の圧力が怖い。
「……騎士よ」
無表情になってるばーちゃんの呼びかけで、シロガネさんは美しい白銀の手をぬめらせつつ大王を拾い上げ、洗い場に運んでいく。その間やっぱりシロガネさんは何も言わない。いや、ちょっと兜が傾いて大王からのけ反るような姿勢の気がするけど気のせいだろうか。
じゃぶじゃぶと音が聞こえてくる中でほっと一息。ぼんやりと椅子に座って唾液のあとを雑巾で拭いていると、突然屋外から重低音の獣の声が響いた。十文字だ。
同時にシロガネさんが洗い物をやめて家の外に出ていく。そしてまるで僕らに出ていくなと言わんばかりに大きく音を立ててドアを閉めた。
「まさか……」
「ちとまずいかもしれんの」
「なになにー?」
「ヨミはおとなしくしているのである。ゼンも……何をしているのであるか?」
大王も小さな布切れで体を吹きながら洗い場から出てきていた。ある程度拭き終わるとぴょんぴょんと跳ね飛んで僕の肩に乗っかった。なんか肩が湿るんですけど。
「ほら、こうやって外覗こうと思って」
言外に出るなと言われても見るなと言われているわけではないのだ。という屁理屈をもって、レンガづくりの壁の一部をちょこっとずらして隙間を作る。
「小僧、いつの間にそんな仕掛け作ってたんだい?」
「ごめん、この間呪文の加減間違ってココぶっ壊しちゃった。その時補修するついでに……あいたっ」
後ろからごん、と箒で頭をたたかれ、渋い顔になりながらも隙間をのぞき込む。
外には豹のような虎のような……黄色い下地に黒いまだら模様の体毛に包まれ、頭頂部から背中にかけて特徴的な赤いたてがみを持つ魔物がいた。口から飛び出す牙がいかにも獰猛そうで……ってアレまさか!
「キラーパンサー!?」
「ふうむ、見たことのない種類の魔物であるな。その様子だとゼンは知っているようだが……」
確かに知識にはある。けど、なぜだろう。知ってるものであるはずなのに違和感がぬぐえない。
「よみもみたいー」
「ぴぇー」
ヨミもぴょんと跳ね飛んで僕の背中につかみかかると容赦なくよじ登ってくる。ちょっと待って。皮膚をつねらないで。痛い。重い。
子供の容赦のなさにもグッとこらえて、さらにしかめ面になりながらも外の様子をうかがう。キラーパンサーと十文字とシロガネさんは互いに向かい合って警戒しつつも、動こうとしない。
三竦みのようなそこへ、さらにバサバサと翼をはためかせるような音がして、大きな影が空から降ってくる。黄金に近い感じの薄黄色い胴体と翼を構成する皮膜。そして爬虫類のような面構え。さらに十文字に匹敵、あるいは凌駕するような巨体。
「やっぱりドラゴン?しかもあれは……ッ!」
すげえグレイトドラゴンっぽい!
え、でもなんで?おかしくない?だってあの魔物が生息してるのは魔界とかじゃなかった?もしそういう存在がこの世界にいる可能性があるとすれば……
「ふん、本格的にまずいか。ここはあの二人に任せて逃げるよ、小僧」
「いや、ちょっと待って、ドラゴンの背中に紫色っぽい何かが……」
「いいから来るんだよ。あんたの妹が巻き込まれて怪我でもしたらどうするんだい?」
その言葉に背筋がゾッとした。
「わー、なんかおっきー」
こんな時でも変わらず能天気な声。それを泣きわめく声に変えたくない。背中で感じる小さな体を恐怖に震えさせたくはない。それはきっとばーちゃんもそうなんだろうけど。
「ちょっと言い方が卑怯じゃない?」
「そう言うな、である。なんとしてでも子供を守るのが大人の責務というやつである」
「子供の僕に言っちゃうの、それ」
「ゼンはお兄ちゃんであるからな」
はぁ、と溜息をつく。パッつぁんといい、大王といい、どうしても僕に保護者としての自覚を持たせたいらしい。
「仕方ないか……ヨミ、ちょっと出かけるよ」
「どこいくのー?」
「どこだろう?」
答えられず、ばーちゃんに視線を送ると、盛大に息を吐かれた。
「ついてきな」