というあれで、次回更新はマジで間が開きます。
ピンク色のばーちゃんは何もない壁の前でごにょごにょと何かしらの呪文を呟いた。そうすると間髪入れず、
ごごご……
と、重たい音を立ててレンガの壁が後ろに倒れていく。あとにはぽっかりと開いた暗がりがあった。よくよく見ると階段のようなものがある。ここを伝って地下に降りるのかな。城でもないただの一軒家に秘密の裏口があるだなんてなんかすげー。
「これ抜けたらどこに着くの?」
「行けばわかるさね」
ばーちゃんはそれ以上答えるつもりがないらしい。小さくメラ、と呟いて明かりをともすと、ずんずんと階段を下りていく。
「さあ、ゼンもいざ行かん!である」
頭の上に鎮座した大王に促され、僕もヨミの手を引きつつ、慌ててピンク色の背中を追いかける。
やがて着いた場所は完全に行き止まりの部屋だった。ただ、明らかに異常なものがそこにある。渦巻き。渦巻きだ。渦巻きとしか言いようがない。妙な力を放ちながら、水色の光がゆっくりと波打ち渦を巻いている。
「わー、わー、なんかぐるぐるー」
「ぴっぴぇー」
きゃっきゃとはしゃぐヨミ&キョロちゃんの声を聴きつつ、首をかしげる。なんでこんな場所にこんなものが。
「これ、凄く見覚えがあるんだけど?」
「ほお。小僧、おぬし知っとるのか?試しに言うてみい」
「旅の扉だよね?」
僕の回答に、ばーちゃんはかぶっていたとんがり帽子を小さく下に引いて視線を隠した。なんで黙り込むのさ。
「……まったく、一体どこで知識を手に入れたのやら。あんたの出自が気になって仕方ないよ」
「そう言われても覚えていない以上答えようがないよ?」
大げさに肩をすくませて凄まじいまでのヤレヤレ感をかもしだすと、ばーちゃんはそうだったね、と呟いて顔を上げた。そんなあからさまに呆れたような顔しなくてもよくない?
「そんなことよりさ、ばーちゃん。一体どこへ連れてこうってのさ?」
「忘れられた島さね」
「それって、あー、と。ひょっとしてルザミとか?」
「…………そうさ」
たっぷりと間をおいて答えたばーちゃんの視線は射貫くような鋭さを持っていた。僕は知らず身震いしてしまった。
ちょっと情けない感じがしたので、こほんと軽くせき込んでみせて、先んじて旅の扉に歩を進めた。水色の光が体中にまとわりつくが、特に温度やら手触りやらは感じない。
ほへー、とちょっと油断した途端にぐにょんぐにょんと視界が揺らぐ。
「ううむ、この感覚はいつまで経っても慣れないのである……」
「気持ち悪い……吐きそう……」
「ぐにょぐにょー……ぐにょぐにょー……」
「ぴっぴっぴっ、ぴぇー……」
僕の後を怖がりもせずついてきたらしいヨミとキョロちゃんは、急激な変化に目を回して座り込んでしまっている。
世界がちかちかと明滅する。耳鳴りもする。どこかで聞いたことのある電子音のようなものが視界も意識も閉ざしていく。
このままじゃ倒れる。
そう思った瞬間に視界が急激にクリアになり、僕たちはいつの間にか石造りの部屋にいた。そして目の前にはばーちゃんがいる。紫色のばーちゃんがいる。
後遺症でこめかみを押さえたまま立ち尽くす僕の前に、すっとピンク色のばーちゃんが表れた。おお、ばーちゃんが二人いる。どうやら僕は頭がおかしくなったらしい。
「ほほ、驚いたわ。誰かと思えばお前さんかい。久しぶりじゃのう」
「あんたこそ元気だったかい、グランマーズ」
「年の割には元気じゃよ。ほほ、お前さんには聞くまでもなさそうじゃのう」
グランマーズってどこかで聞いたことがある気がする。
えっと、占い師かなんかの人?
名前自体がうろ覚えなあたり、たぶん知名度微妙な人かな。
「で、その子供達はなんじゃ?」
「ちと訳ありでねえ。あっちが危なくなったんで逃げてきたのさ」
「そうかいそうかい。シロガネも後始末ばかりやらされて大変じゃわい」
ふぉっふぉっふぉっ。
年季の入った笑い方で紫色のばーちゃんが肩を揺らす。
ううん、どっちのばーちゃんも体型が似通っててぱっとみ姉妹に見える。同じ白髪だし、顔はしわくちゃだし。髪型がショートと前垂らしのダブルおさげで分かれてるけど、服の色が違ったら見分けつかないかもしれない。
ダブルおさげの方の紫ばーちゃん、つまりグランマーズさんは腰の後ろに手をまわして組んで、いかにもばーちゃんっぽいたたずまいだった。
「あの、グランマーズさん?」
「ん、どうしたかの?」
「あのグランマーズさん?」
「あの、とはよくわからんが、わしはグランマーズじゃよ」
「占い師の?」
「ほほ。よく知っておるのう。お前さん、名はなんという?」
「ゼンクロウです。この子はヨミで、ちっちゃい鳥はキョロちゃんって言います」
「吾輩は大王である!」
「知ってる」
みんな声をそろえて答えたが、その声音はどこか冷たかった。
◆
結局、グランマーズさんとの初顔合わせは僕とヨミとキョロちゃんだけだったらしい。僕らにはよくわからない会話も多かった。誰それが云々なんて話もあったけど、顔も見たことない人じゃへー、とかほー、とかしか言いようがない。
部分的に分かったのは、グランマーズさんが普段はルザミに一つしかない村に住んでて村長をしてることと、弟子の女の子(僕よりちょっと年上ですごい美人らしい。互いに自分の若い頃にそっくりとか言っててちょっとげんなりした)が元気にしてるってこと。あとは今いる場所が建設者不明の古い神殿の奥であること、そして、たまたまここに来て僕らと鉢合わせしたことくらいだった。で、その理由はマーズばーちゃん曰く、
「こんなものが浜辺に流れ着いたんじゃよ。もしかしたらこの神殿に関わるものじゃないかと考えての」
その手にあるのは石版の
「ねえ大王、あれってさあ」
「うむ、かもしれぬな!」
嬉々として大王はどこからか2枚の石板を取り出した。
「どこに持ってたのそれ……」
「ふくろである!」
「ちょっとまって。大王、袋なんて持ってたの?」
「? 頬袋ならここにあるのである」
ぷくーとほおが膨らみ、お馴染みのゲコゲコという鳴き声が響く。うん、確かに持ってたね。そうじゃなくてだね。
指でほおを押すとぷすーと、空気が抜けるような音がした。
「むむっ、吾輩で遊ぶのはやめてほしいのである!」
「そうだね。じゃあ大王、もう一回ほお膨らませてくれる?」
「う、うむ?」
「ほらヨミ、ここ押してみて」
「ぷくぷくー」
ぷすー。
「ゲコォォオオ!やめるのである!」
大王で遊んでいる間にばーちゃん達が大王から石版を奪い取り、ゆっくりとした足取りで部屋の中心にある台座に向かった。
ここが神殿だとして、あの台座はなんなんだろう?供物をささげる場所か何かかな?
そんな感じで軽く考える僕とは裏腹に、ばーちゃん達は二人して難しい顔をしていた。
「マーズよ、もしやこれは……」
「ふむ、神の導きやもしれんのう」
「どうしたの?」
近づいて台座の上に大王を乗せた後、僕も台座の上をのぞき込もうとつま先立ちになる。身長低いとこういう時に不便だなあ。
「おお!予想通り見事にハマっているのである!」
かろうじて目にするとができたそこには、大王の言葉通り台座のくぼみにカッチリと収まっている割れた石版があった。
「おー確かに。でもさあ、これに何の意味があるの?集めたら過去に行けるってわけでもないんでしょ?」
「あるいは、そうかもしれんのじゃよ」
神妙な顔をしてマーズばーちゃんは意味が分からないことを言い出した。当然僕の反応はこうだ。
「うっそだー」
「ぬぅ、信じないゼンには吾輩が特別講義をしてやるのである!」
で、相変わらず偉そうなちっちゃい赤いカエルさんが言うには、今でこそこの島は周囲に海しかない本物の孤島だけど、大昔はもっとたくさんの島が周りにあったそうだ。それこそ古代ってレベルの話で、なにがしかの災害で一旦文明が途絶えてしまっているのだとか。
ただ、この神殿のような遺跡が証拠として残っているらしく、それらを調べる限りでは古代文明はまさに
すごい胡散臭い。
「信じられんのも無理はないさね。エスタード諸島。その呼び名自体も失われて久しい」
「エスタード諸島ねえ……」
「ふぉっふぉっふぉっ、当時は島々を収める王国もあったんじゃよ。さて、己の目で見たものしか信じなさそうな童に、一つ面白いものを見せてやるとするかのう」
猜疑心が強くてすみません。
心の中で謝りながらも好奇心がうずいて、紫色のばーちゃんが取り出したものに視線が吸い付く。
「砂時計……?」
「わしらが見つけた古代の遺産……時の砂、というものじゃよ」
そう言って、ばーちゃんは手にした砂時計をひっくり返して見せた。なんということでしょう。ひっくり返ったのに砂が落ちる方向が変わらない。なにこれ、水中から泡が浮かび上がるみたいになってるんだけど。
「時の砂ってこういうものなの?時間巻き戻ったりしないの?」
「そう、それなのである!文献によるとそんな力があったらしいのである!」
「マジで?ちょっと触ってもいい?」
「ほほ、気を付けるんじゃよ。割れたら何が起こるか分からんからのう」
何かのフラグみたいに言わないでほしい。
ばーちゃんから受け取った砂時計をひっくり返したりさすったり、ヨミに見せてあげたり、こっそり魔力当ててみたりしたものの何の変化も見られない。結局、石版と同じじゃん。
「なんの変哲もなし、かあ。もし時間が戻るなら、一度会ってみたい人がいたんだけどなあ」
「誰にだい?」
なんでピンク色のばーちゃんはそんな鋭い視線を向けるかなあ。僕がこの遺跡に関わりがあるとか邪推してるのかな。ご期待に沿えずに申し訳ないけれど、僕とこの遺跡は何の関係もないよ?ただ、僕は思っただけなんだ。
「過去の偉人に会いたかったんだよね。僕その人に憧れててさ。すんごい徳の高い人でね、戦ったあとの魔物ですら友にしたっていう逸話があるんだ」
「ほう?それはわしも知っておる人物なのかのう?」
「知ってるかは分かんないけど、グランバニアっていう国の王様だよ」
そう答えた直後だった。
台座からいきなり光が放たれ、周囲が紫色に一瞬で染まる。当然みんな慌てふためき、口々に何事かと叫んだ。僕だってそうだ。
「時間差とか卑怯でしょ!」
焦って隣にいたヨミの体をかき抱くも、それだけしかできなかった。
世界がちかちかと明滅する。
意識が飛びそうだ。
あの時と同じだ。渦だ。僕は今、渦の中にいる。流れは僕らを強制的に押し流していく。このままじゃまずい。ああ、誰か、助けて。
ぐおお。
そうだ、十文字を呼ぼう。ボス熊さんなら僕らを────
◆
結論から言うと、十文字でもどうすることもできなかった。
ていうか、こんな異常事態、誰にもどうすることもできないんじゃないだろうか。賢者のカダルさんとか、伝説の勇者さんとかならなんとかできたのかなあ。
現実逃避気味に思考を巡らせると、何度目かのくしゃみが出た。ああもう、体が震えてしょうがない。
「さぶっ!」
僕たちは降り積もった雪の上に放り出されていた。
夏の日差しが懐かしいです。