温泉から上がって服を着た後、ふと僕はつぶやいた。
「僕にベラさん見えるのかな……」
子供なのだから、見えるのが当たり前と言えば当たり前なのだろうけど、少しばかり特殊な自身を省みると疑問が残る。あんまり自覚ないけど、どうにも子供らしくないらしいし。なんて弱音を吐いたのがまずかったのか、大王がここぞとばかりに煽ってきて最高にうざったい。
「妖精であるベラ殿が見えぬということはつまり!ゼンは子供にあるまじきド汚い心を持った少年ということである!」
「いやあ、大人になるのが人よりちょっと早かっただけじゃないかな?」
「毛も生えぬ子供がよくも言うのものである!吾輩、へそで茶を沸かす勢いである!」
「人間みたいなこと言ってるけど、大王ってへそないでしょ?毛だって一本もないし」
当たり前のことを言っただけなのに、なぜか大王が目に見えてへこんだ。
「吾輩も毛が欲しいのであるー……」
大王の視線の先にいた十文字がすげえ嫌そうに鼻をならす。持つ者と持たざる者との明確な差がここにきて浮彫になった形だ。
とまれ、毛がないというのは僕からしても重要な問題だった。ここらはクッソ寒いからね、全身を覆う毛でもないとマジでやってられない。特にヨミが心配だ。どうにか入手しないといけない。
ということで、さっそくリュカ師匠に頼ってみることにした。師匠はいつもの紫ターバンとマントの上に、けがわのフードとポンチョ装備状態なのだ。どこで手に入れたのか聞いてみると、ベラさんからもらったとのことだった。つまりベラさんに聞くべきということだ。そうか……僕が毛を手に入れられるかはベラさんにかかっているのか。すなわち、毛の入手と引き換えに、僕の純真さが試されるということだ……!!
「あなたゼンクロウっていうの?私はベラよ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
なんか普通に見れた。
話に聞いた通り、ベラさんは紫色の髪の少女姿だった。ちょっと拍子抜けだ。どうやら僕は普通の子供だったらしい。
「普通の子供なら、むしろ私たちの姿は見えないわよ?あなたちょっとおかしいんじゃない?」
もうちょっと言葉を選んでくれないだろうか。僕がおかしいってなんですか。大王がゲコゲコ笑うのが凄い腹立たしい。
「私が見えるそのカエルさんも変よね。というか、カエル?でいいのよね…?」
「否ッ!吾輩は大王である!」
「はい、カエルです。笑い声もゲコゲコだし」
「ゲコォ!?そんな馬鹿な!」
憤ってもカエルである。
そして子供に弄ばれるのもまたカエルである。
どういうわけかおとなしかった金髪三つ編み少女のビアンカさんが、目をキラキラさせながら大王をつついたり持ち上げたりしている。つられたのか師匠までもがカエル遊びに興じ始めてしまった。大王に人気が集まって正直ちょっと嫉妬する。うらやましい。僕も師匠にかまわれたい!
なんて考えを胸に秘めつつ表面上は至極平静を装って、ベラさんに現在がどのような状況下にあるのか尋ねてみた。
ベラさん曰く。
ここは妖精の国であり、そして春が訪れない国でもある。
本来はとうに春の時期らしいのだが、春を告げる力を持つ春風のフルートが何者かに奪われてしまい、美しくも冷たい、極寒の世界が妖精さんたちを苛んでいるらしい。日に日に気温が下がっていくとかマジでヤバい。そこで白羽の矢が立ったのがベラさん。妖精の女王ポワン様に命じられ、早速フルートの魔力痕跡を追ったはいいが、見たこともない魔物たちに行く手を阻まれ、捜査はとん挫。自分一人で成せぬとあれば別の誰かの力を借りればいいと考え、お次は救世主探しに奔走。結果として、不思議な力を持つリュカ師匠とビアンカさんの助力を得ることができ、今は再びフルートの魔力痕跡を追って山登りをしていた最中だったらしい。
大体想像通りだ。
ここまで分かれば僕のこれからの行動も簡単に決まる。
「僕も行きます。お手伝いさせてください、師匠」
「危ないよ?魔物だっているし」
「大丈夫です。なんたって僕には心強い味方がいますから」
「ふふん!である」
ビアンカさんにつつかれながらふんぞり返る赤いカエルさん越しに、相変わらず暢気に欠伸なんかしている大柄な熊さんを見据えると、ぐおおといつもの重低音が響いた。
「確かに十文字殿は拙者が今まで出会った
そうでしょうそうでしょう。強者オーラが半端ないピエールさんだって太鼓判を押してくれている。何の問題があろうか。いや、ない。
「ねえ吾輩は?吾輩はどうなのである?」
「カエル殿はもう少し食べて大きく育った方がよいと思うでござる」
「失敬な!吾輩これでも大人である!」
これ以上大きくなれないんだね……。
僕のつぶやき声に返すように、ビアンカさんが「そのままでいいんじゃない?小さい方が可愛いわ、ねぇゲレゲレ?」と、抱きかかえた黄色い猫、もとい、ベビーパンサーに話しかけていた。撫でられて喉をゴロゴロと鳴らす様は完全に飼い猫だ。野生はどこへ。
というかビアンカさんのネーミングセンスやっぱりおかしいよ。ゲレゲレって。名付けられたゲレゲレが不憫だよ。ゲレゲレ。やれやれみたいな感じで使ってみたけど微妙だった。げれげれ。
「吾輩、かわいさよりも威厳が欲しいのである……」
「結構軽んじられちゃうもんね、大王って。あ、そんなことはともかく、師匠、早速行きましょう。これ以上寒くなるとか本当にヤバいし、さっさとフルート取り戻さないと。あとコートくださいベラさん」
「早速軽んじられているのである!!!」
憤慨する大王をなだめつつ、来た時と同じように十文字に抱いてもらって外に出た。
寒い。
けがわのコート欲しい。
物欲しげな視線を師匠に送ると、にこやかな笑みとともに彼は言う。
「ゼンクロウくんたちの分のコート取ってくるね。ちょっと待ってて。ピエール、行くよ」
「承知」
「あっ、私もいくわ!」
「にゃー」
取ってきてくれるのはありがたいんだけど、妖精の村に戻るのだろうか?疑問に思いながら林の中に消えていく背中を目で追ってしばらく。
突然すさまじい轟音が鳴り響き、地面が揺れた。
おののく僕らの耳に、やがておぞましい断末魔が届き、ヨミが軽く泣き出してしまった。僕も怖かったけど、ヨミをあやしながらどうにか自分を保つ。大王も十文字も警戒してくれている。だというのに、どういうわけかベラさんはいたって平静だ。妖精さんは僕らと精神構造が違うらしい。
気温のせいだけではない震えを我慢しつつ、警戒心バリバリでじっと待っていると、やけに明るい声をあげながら師匠が戻ってきた。
「ゼンクロウくーん、持ってきたよー。コートじゃないけど」
渡されたのはものすごくでっかい毛皮の服だった。原始人が着ている系の野性味あふれるアレだ。なにこれ、マジでデカすぎる。こんなの誰が着てたのやら……もしかしてさっきの断末魔はこれの持ち主とか?ハハハ、まっさかー。
「ちょっと大きすぎたね。でも、この辺で服着てる魔物ってアレしかいなかったからなー」
マジだった。信じられない。しかもこの大きさだ。十文字すら覆い隠せるレベルの巨大さがある。こんなの着る魔物なんて早々いない。僕が思い浮かぶのなんてあの魔物くらいだ。
「師匠、これの持ち主ってまさか一つ目の?」
「うん、一つ目のやつだよ」
師匠すげえ。