やっぱり英雄は子供のころから英雄なんだなあと感慨にふけりつつ、毛皮のコートをバギッて切り出し、自分たちの体に合わせて調整していく。紐がないので単純に穴をあけただけのポンチョ型だ。師匠とお揃いになってちょっとうれしい。
しかも試しに着てみれば、すごくあったかい。癒される……
「くしゃいー」
うん、嘘ついた。とてもじゃないけど癒されるまではいかない。ヨミのつぶやき通りなんか獣臭いのだ。魔物が着てたんだから仕方ないといえば仕方ないけど、いったん洗って乾かした方が良いかもしれない。でもこの寒さで乾くまで待つのも辛いし……
「ねえ大王、匂い消しの呪文とかってないの?」
「ないのである!」
「大王は役立たずだなー」
「まったく、ゼンは本当に容赦ないのである!そんな呪文賢者殿とて知らぬだろうに!」
「意外と知ってるかもよ?聞いたことないでしょ?」
「う……うむ?言われてみれば確かに……帰って早速聞いてみるのである!考えてみれば匂い消しの他にもいろんな用途の呪文がありそうでなさそうであるな!おお、その辺も踏まえて聞いてみねば!」
なんか大王の知識欲に火をつけてしまったらしい。
フルートを追って移動を始めた後も、あれやこれやと、ちょっとあったら便利かもねー、みたいな効果を大王が漏らし続けて若干うるさい。
「大王を黙らせる呪文ってなかったかなあ、沈黙の呪文といえば……」
「マホトーンか!本来の用途は魔封じであるが、確かに黙らせる呪文でもある!おお、見方を変えればそういった効果とも取れるのである!これはもしやすれば……!」
逆にうるさくなった。
「マホトーン」
しかしゼンクロウは呪文をおぼえていない!
残念すぎる。
結局、元気にしゃべり続けるポンチョ来た赤いカエルさんをBGMに、僕らは黙々と山登りをつづけた。フルート盗んだやつらって、なんでこんな山奥にいるんだろう。林とかが散在してて結構進みにくい。足元が雪に埋まって歩きにくい。ぶつくさ言いつつも枯草をかき分けて10分ほど進むと突然視界が開けた。
そこには真っ青なお尻があった。すんごいでっかいお尻があった。
なんだこれ、と恐る恐る近づこうとしたら、師匠が服をくれた魔物だよ、と仰られた。
あー、なるほどねー。
よくよくみたら確かにスカイブルーの肌に一本角と一つ目、そしてすんげえ巨体が目を引くギガンテスだった。たぶん出会ったら死を覚悟せねばならないレベルの魔物だ。でも今はそんなこと欠片も思わない。だって巨体は土下座するように膝を曲げて上半身を伏せ、腕の中にその顔をうずめてしまっている。
「オレ、マッパ ニ サレタ。ナカマ ニ ワラワレタ。ヒドイ、ニンゲン、ヒドイ。フク、ヌガス、ゲドウ、ヒドイ」
さめざめ泣いてるんだけどこの魔物。
完全に心折られてるんだけどこの魔物。
「何やらかしたんですか師匠」
「
「はい、簡潔で分かりやすいですが、ちょっと酷くないですかね?」
魔物なのに社会的に殺された感があるんですけど。
「うーん、最初は純粋に頼んでたんだけど、ビアンカが面倒になってラリホーかけちゃって」
「そして剥いたわ!」
「おお……ビアンカ姐さんすげえ」
「ウフフ、もっと褒めて!」
こんなでっかい魔物に対して物怖じもしない。
これが大人になったら、ちょっと幸薄そうな、でも芯が強くて面倒見のいいお姉さんになるんだから驚きだ。今は本当に見たまんまの勝気で無鉄砲なお嬢さんじゃないか。
「ごめんね、ギガンテス君。今の僕はキミに何もしてあげられない。代わりと言ってはなんだけど、大事に使わせてもらうよ、キミの服」
「ポンチョ感謝なのである!」
「うじゅ、ありあとー」
純粋なカエルさんと熊に抱かれて鼻をすする幼女のお礼がとどめになったのか、ギガンテス君はウォンウォン唸って泣き始めた。これさっきの断末魔……
全部見なかったことにして先に進もうか。
◆
それから僕らは比較的順調に山登りを続けていった。とはいえ、まったく何もなかったかというとそうでもない。剥かれたギガンテス君はともかく、なんかやたら魔物が強い。その分、ピエールさんと十文字の活躍が凄いんだけど、感嘆よりも違和感が先に来る。
「ベラさん、ここらに出る魔物って普段からこんなのだったの?」
「私も初めて見る魔物ばかりよ。フルートが盗まれてから異常なことが立て続けに起こってるの」
「もしかして異界とつながってたりするのかな?」
「わからないわ。ただ、恐ろしいほど強くて冷たい魔力がこの世界を覆っている感じがするのよね……」
そっか。気温が単に低いのだとばかり思ってたけど、この冷たさは魔力そのものから感じるものでもあるのか。言われてみれば確かにそんな感じもする。出現する魔物が寒冷地にいそうなものばっかりなのも、この魔力のせいかもしれない。
ブリザードにギガンテス。さっきはシルバーデビルとキラーマシンの混成群とも遭遇した。これ、いくら師匠やピエールさんが強いといっても、十文字と大王の助けがなかったら半分詰んでたんじゃなかろうか。ビアンカさんがヘルプメンバーに入っているのも納得の難易度だ。マジで師匠の父君がいてくれたら良かったのにとすら思ってしまう。
ロンダルキアじゃあるまいし、なんなのだろう、この調整ミスってる感。ある種の理不尽さすら感じる。
いや、相手が本気で殺しに来ているのか?
神妙な顔で考えていると、十文字がぐおお、といつもの重低音を響かせた。そりゃ頼りにしてますけどね、この先に何があるのやら。本気で即時撤退の手段は考えておいた方がいいだろう。といっても、ルーラ一発で済むだろうけどね。
「おっきなおうちー」
「ぴぇー」
やがて、目の前に現れた氷でできた館を見上げて、僕はごくりと喉を鳴らした。
一体この館の中には何がいるのだろう。想像通りの者がいるのだろうか。心臓が不安と恐怖でどくどくと波打つ。けども足は止めない。踏み出すんだ。勇気をもって踏み出すんだ。何せ僕のそばには英雄の卵がいる。彼と彼の仲間に無様なところは決して見せない。彼らへの憧れは即ち、僕にとっての矜持の一部でもある。
なるんだ、彼らのように。
なんて、ちょっとシリアスに思いながら堂々と館の扉をあけ放って、それでもその先に居座る存在に動揺を隠せなかった。愕然としてしまった。
「なんだ、お前達は!?このザイル様になんの用だ?
あっ!さてはポワンにたのまれて、フルートを取り戻しに来たんだなっ!?」
ただの布を目出し帽のように被ったそいつは言う。
肌に吸い付くピチピチのスーツを着たそいつは言う。
ピチピチスーツに黒いパンツと手袋とブーツだけを身に着けたそいつは言う。
見紛うことなきカンダタスタイルでそいつは言う。
「ポワンは、じいちゃんを村から追い出した憎いヤツだ!
フルートが欲しければ力ずくでうばってみろっ!」
変態だ。
ああ、変態だ。
なんて禍々しいオーラなんだ……ッ!!
あの蛮族スタイルは本人のセンスがマジでどうかしてるとしか思えない。