女王様の氷の呪文はマジでえげつない威力だった。そもそもが氷の環境というのもあるかもしれないけど、それを差し引いてもすさまじい。たった一度の呪文の応酬でバズズの右腕が一瞬で凍ってしまった。
そもそもバズズの呪文選択も微妙なんだよなあ。マヒャドにマヒャドぶつけるなんて、氷属性そのものの人に勝てる自信あったのかなあ。あったのかも。なにしろ、やたら悔しそうな表情だもの。ギラ系の呪文で氷溶かしながらギリギリと歯噛みしてるけど、どこからそんな自信が来るんだろう。
「勘違いしないことね、バズズ。この世界は私が生み出したもの。約束を守らなかったあの男に報いを与えたいだけ。お前はそれに乗っただけの門外漢でしかないのよ、お猿さん」
「ぐぅ……!失礼、しました……」
おー、これはまた見事な上下関係だ。部下が見るからに不満アリアリなあたり、言葉通りのワンマン操業らしい。
でも外部の人間である僕たちにそれは一切関係ないのでどうでもいい。それよりも女王様の言葉に気になる点があった。どうやら師匠も同じことを思ったらしく、僕と視線を合わせると頷いて、その凛々しいお顔を女王様に向けた。
「約束……?女王様、約束ってなんですか?」
「知れたこと。私と出会ったことを誰にも話さない、ただそれだけの約束。あのドワーフはそれを破った。故に相応の報いを受けねばならない」
「初耳だわ」
ベラさんのその一言に、女王様はそれまで一切感情を乗せなかったその瞳を驚愕に見開いた。
「えっ」
えっ、て何? 「マジで?嘘でしょ?」って顔してるんだけど、この女王様。まさか思い込みだけでここまでのことをやっちゃったの?
「ザイル君、何か知ってる?」
「少なくともオレはじいちゃんから女王様のことなんて一言も聞いたことないぞ!女王様に聞かされて初めて知った!」
おやおや?
「ベラ、何か知ってる?」
「60年前からあのご老人がザイル以外の誰とも話さず、ほとんど外界との関りを断っていたということは知っているわ」
「60年ってすごい昔よね……女王様と会ったのっていつなのかしら?」
「50年前……」
ビアンカさんの疑問に女王様が思わずつぶやき答える形で発覚してしまった事実。
おじいさんと女王様が出会う以前から、おじいさんは世捨て人。
誰かに話す機会がそもそもなかったってことはつまり、約束守ってたのとほぼ同じだ。
なにこれ。思ってた心のすれ違いと違う。
「雪の女王よ、私たち妖精に春風のフルートをお返し願えないでしょうか?」
「…………」
女王様は答えない。さっき一瞬見せた驚愕の表情もすっかり消えて、出会い頭の無表情がその心中をうかがわせない。これ知ってる。ポーカーフェイスってやつだ。でも絶対、心の中で「やっべぇ間違えた」とか思ってる。
それを敏感に感じ取ったのか、お猿さん呼ばわりされたお猿さんが慌てた様子で怒鳴り散らす。
「おっ、お待ちを!ドワーフも妖精も嘘をついているのです!このバズズこそが真実を知っている!あのドワーフは確かに過去の出会いを私に話したのだ!!」
「バズズ。お前は以前、約束を破ったか問い質してきたと言っていたわね。明らかに矛盾している。私を……騙したのか?」
「いや!これは手違いで……!」
恐ろしいほど底冷えする魔力が空間内に充満していく。お怒りの様子ですけど、これ人のせいにして自分の勘違い誤魔化そうとしてるよね?空気の読める僕は何も言わないけど、白々しいなあ。
「雪の女王よ!同じく王を冠する者として言わせてもらおう!フルートはとりあえず返すのである!」
「ぐおお」
「そうね……妖精たちには済まないことをした」
「ダメだ!それは看過できんぞ!!こうなれば力づくで……!!」
お猿さんがいきり立っているが、この場は多勢に無勢。いくら教団の幹部、邪神官の側近とはいえ、無謀じゃなかろうか。師匠たちと僕らだけだったらまだ分からなかったけど、雪の女王様って明らかにバズズと同格以上だし。
◆
勝った。
そりゃもうヒドイ一方的な展開だったので詳細は割愛するけども、お猿さんは腕をぶった切られ、しっぽが氷漬けにされ、体毛に隠れた地肌が見えるくらいに切り刻まれて、這う這うの体で退散していった。追撃しようとしたら、師匠の憐みの視線に気づいて立ち止まってしまった。
「仲間になりたそうにこちらを見てくれればなあ……」
師匠、さすがにそれは無理かと。
僕なら、仮にそうなっても「いいえ」一択です。あんな常時腹に一物抱えてる仲間なんていらないわー。
そんな一幕も、春風のフルートを返してもらって喜色満面のベラさんを見てたらどうでもよくなった。対面の女王様は相変わらずの無表情だったけど、きっと心の中では汗かいてたと思う。でもまあ、冷気に汗ってそぐわないものだしね。常に冷静沈着なのは、あの人の性質なのかもしれない。
フルートを取り返した僕らは、そのまま急いで妖精の村へ向かった。雪の女王様が魔力の放射を止めてくれたからのんびり行けばいいかなあ、と僕は考えていたけど、実は師匠の仲間が一人で妖精たち相手に支援してたらしい。
実際、村に着いてみれば、一匹のドラゴンキッズが炎を一生懸命吐いて暖炉に火をつけて回っていた。女王様の魔力がもたらす効果は想像以上に影響力が強く、単に寒いだけじゃなくて、火の点いた薪があっても、しばらくしたら水をぶっかけられたみたいに消えてしまう状態らしかった。おまけに単純に火をつけるのすら上手くいかない。
火をつけるだけなら若干の魔力さえ伴えば、サクッと点火できるらしく、魔力のこもった炎を吐けるドラゴンキッズ君が大活躍してたようだ。
でもいくら得意な技とはいえ、村全体に火を吐いて回るのは相当な負担だったらしく、出会った当初はすごい辛そうだった。しんどそうに丸まって、潤んだ瞳を向けられると同情が沸いてしまう。
「お疲れ様。がんばったね、シーザー」
それでも師匠に撫でられるとキュウキュウ鳴いて嬉しそうにすり寄っていくんだから、マジで伝説の魔物使いのカリスマ半端ない。僕もあれくらいの扱いができるようになるといいんだけどなあ。
そんなことを思いながら頭上の大王を撫でると、あふん、とか言って身をくねらせた。相変わらずカエルの肌って微妙に湿ってて妙な質感だ。
「撫でられた感じどう?気持ちよかった?」
ちなみに僕の撫で心地はあんまりよくなかったです。
「こそばゆいのである!ムズムズするのでやめるのである!」
先は遠いや。