衝撃だった。
ついさっき別れたはずの人が目の前にいる。それも随分と成長した姿で。
「驚いた。ゼンクロウ君……だよね?あの時からまったく変わらない姿だなんて、やっぱり君は不思議な人だ」
「いやいやいや、師匠こそ成長しすぎでしょ?」
「それはそうだよ。あれからもう十年経つからね」
「はい?ついさっき会ったばかりですよ?」
「君は何を言っているんだ」
師匠からものすごい神妙な顔で言われてしまった。
おかげでお互いの間に微妙な空気ができてしまう。気を使ったのか、大王が茶でも入れてやればいいと促したので、ばーちゃんの家にあるテーブルを勝手に外に引っ張り出して簡易的に野外カフェを創出した。
外はいい天気だった。さっきまで寒い場所にいたせいもあって、やたらと日差しが気持ちいい。まあこっちは夏場でむしろ焼け焦げる勢いだったから、大した間もおかずに木陰に場所を移したんだけども。実際その「日差しが強い」という事実も不思議なことだった。かなり長時間妖精の世界にいたはずなのに、こっちはまだ太陽が頂点過ぎたくらいであんまり時間の経過を感じない。
下手すると日をまたいでいたのかしら、なんて風にも思ったけど、師匠が言うには、僕らが旅の扉を通ってルザミに行ってから大した時間も経っていないらしい。師匠としてもアレが10年前の出来事であることは疑いようもないと言う。実際、師匠は大人になってるわけだし。
結局僕らが使ったものが尋常の物じゃないので、タイムスリップしてたんじゃない?という結論に落ち着いた。そんな馬鹿なって言いたいけど、事実は覆しようがない。
時を経た結果、ドラゴンキッズだったシーザー君はやたらとでかいグレイトドラゴンになってるし、ゲレゲレは完全にベビーを通り越したキラーパンサーだし、見た目ほぼ変わらないのはスライムナイトのピエールさんだけだ。あっ、でも人型の下のスライムさんの眼光がやたらと鋭くなってる気がする。なんか口の端が吊り上がり気味でニヒルな笑みって感じ。ワイルドだよぉ。
「ぶっちゃけ何が起きたかよくわかんないけど、ミトさんに怒られずに済みそうでよかったね、大王」
「うむ!」
なんて力強い頷きなんだ。
ちなみに当のヨミはゲレゲレのヒョウ柄体毛にうずくまって眠っている。暑くないんだろうか。うんざりする僕とは対照的に、十文字はどこか不貞腐れていた。見た目は努めて普段通りを装っているようだけど、いつものポジションが奪われて何となく寂しいオーラを醸し出しているのが僕には分かる。
もうちょっと素直になればいいのに。シーザー君なんて甘えたいのを隠そうともしていない。師匠のそばに寄り添って気持ちよさそうに撫でられている。師匠は師匠で、なんて穏やかな顔をしているんだろう。
「そういえば師匠はなぜここに?」
「僕は、勇者を探している」
そう言って、師匠は一振りの剣を取り出し、目の前のテーブルに置いた。刃の左右に折り返しが入っている刀身が特徴的な、美しい装飾の剣だった。鍔(つば)は竜を象った緑色のもので、尻尾部分がナックルガードのような形になっている。僕はその剣がなんであるか知っていた。
「てんくうのつるぎ……」
「この剣のことを知っているのかい?博識だね」
僕は魅入られるようにその柄(つか)に手をかけ、持ち上げようとした。けれども、あまりに重くて持ち上げることができない。んぎぎ、とか変な声出して頑張ってみたけど無駄だった。僕は勇者じゃないから、やっぱり持てないのか。わかりきったことではあるけど、少し悔しい。
「あるいは君が、とも思っていたんだけれどね。そう上手くはいかないか」
「やだなあ、僕は普通の子供ですよ」
「普通の子供は時を超えたりしないと思うよ」
師匠は苦笑して、柄の部分に触れないように剣を持ち上げた。そうすれば重くならないらしい。装備はできないけど持ち運べるってこういうことなのか。納得。
「やっぱり、当初の予定通りおばば様に聞くことにしよう」
「勇者はどこにいますか?って聞くんです?」
「そうだね。それ以外にも、いくつか……」
「アリアハンに行ったらどうです?」
僕の言葉が意外だったのか、師匠は目をしばたたかせた。
「もしかしてオルテガさんのことを言ってるのかな?」
「オルテガ殿にござるか。確かに彼の御仁ならば勇者と呼んで遜色ありますまい。サマンオサの雄、サイモン殿と並んで名声に恥じぬお人でござった」
然り、然り、とピエールさんがうなずいた。
「ピエールの言うように、あの人とは面識があるよ。幼いころに一度会ったきりだけど、彼も違った。あの人ほど勇者にふさわしい人はいないと、父も言ってたんだけどね」
「いえ、僕が言ってるのはオルテガさんの息子さんです」
「あの人に息子が?確かに、それなら可能性はありそうだ」
可能性っていうか、間違いなく勇者だし。これは予測じゃなくて、確信でもなくて、単なる事実だ。僕は知っているというだけ。そう知っている。明らかに不自然な知識だけど、深く理由を考えない。考えてはいけない。なぜならそれが僕の根幹だから。今はまだその時ではないのだと、はた迷惑な頭痛と気絶が毎度のごとく通告してくる。
「ゼンクロウ君は年の割にいろんなことを知っているね。なるほど、おばば様の秘蔵っ子というやつかな?」
「んもー、からかわないで下さいよー。確かに僕はばーちゃんから魔法使いとしての手ほどき受けてますけど、ばーちゃん性格悪いから、なかなか教えてくれないんですよー」
「言いたい放題言ってくれるね!」
ごちん、と箒で頭をはたかれた。しかめっ面を横に向ければ、そこにはピンク色の服着た横に太いばーちゃんがいた。やっぱり目に毒々しいなあ。
「おかえり。今帰ってきたの?」
「ああそうだよ。あんたらがいなくなってどうしたものかと思ったんだけどねえ、まさか先に戻ってるなんて予想外さね」
ばーちゃんはため息とともに、付き従うように後方にいるシロガネさんに向けて顎を引いた。
「あっ、もしかしてシロガネさんが呼びに行ってくれたんです?」
シロガネさんは相変わらず無口だ。首だけ振って肯定を示してくれた。
「そうか。シロガネか……良い名前をもらったんですね」
師匠の言葉に、再びシロガネさんが首を縦に振る。
「ふん、あれ以来か。ずいぶんと大きくなったね、紫の小僧」
「はい、ご無沙汰しております。相変わらずお元気そうで何よりです」
師匠が頭下げてる。ものすごい違和感があるんだけど、どういうことなの?
「シロガネさんもばーちゃんも知り合いだったの?」
「もともとシロガネはこの紫のと一緒に来たんだよ」
「そうなの?」
シロガネさんがまた首を縦に振る。口には出てないけど、心なしか、師匠が来たことを喜んでいるっぽい。ついでに言うと、ピエールさんもなんか喜んでた。「いざ手合わせを!」と、シロガネさんに詰め寄っている。
あれよあれよという間に剣戟をかわし始める二人。なんというか、すさまじい。ピエールさんの剣は過去の世界で見た時から流麗ではあったけど、今はそれに加えて得も知れぬ凄みがある。たぶん、本当に凄絶な戦いを経て、成長してきたんだろう。
ただ、驚くべきことに、それでもまだシロガネさんの方が上だった。剣の質が僕に教えていた時とは違って、時々力で捻じ曲げるような一閃を放っている。僕に教えてくれたものはあくまで型に過ぎなかったのだろう。あれは実地での剣術というやつかな。型破りな動きをしながらも、それを型に取り入れてしまっているというか。その動きが相手の虚をつき、実を生かしている。一言でいえばなんかすげえって感じだった。
「彼だって勇者に相応しいと、僕は思っていたんだけどね……」
どこか物悲しそうに師匠は言う。
そんな顔しないで下さいよ。きっといろんな悲しみに触れてきたんだろうけど、それはきっと何かで癒されるべきなんだ。だから僕は子供らしく空気読まない発言します。
「師匠、師匠。再会のあかつきに、また温泉なんてどうでしょう?鎧の二人は温泉は入れませんし、置いてっちゃってもいいですよね?」
「え?ああ、君はまったく……あの頃を思い出すね」
くすり、と笑ったそのお顔から完全に影は取れていなかったけれど、それでも仕方がないなあ、なんて言いつつ師匠は僕の提案に乗ってくれた。
いつものようにルーラで聖なる泉に飛んでいく。そこでまたヒミコ様に出くわしちゃったんだけど、シーザー君を見て腰ぬかしてたのにはちょっと笑ってしまった。
「これが竜……災厄か!」
いいえ全然違います。
不必要にきーきー猛るヒミコ様を最初は真面目にたしなめていたけど、だんだん面倒くさくなってきて、僕は有無を言わさず服を脱いで素っ裸になった。途端に清純なお人は顔を真っ赤にして逃げ出してしまった。ふふふ、おぼこい。悪い顔して笑っていると、師匠から拳骨もらってしまった。
「いたずら好きだね、君は。妖精たちと気が合うのも納得だよ」
「だって子供ですし」
「君が言うと、なんというか、モヤモヤするセリフだね」
よく言われますけど、そうですかね?僕自身もモヤっとしたので、師匠と並んで温泉に浸かって全てお湯に流す、もとい水に流すことにする。
誰のものともつかない、はあ、と弛緩した吐息が漏れた。
お湯の効果か、若干だけど師匠の口の滑りがよくなり、少しだけ今までのことも聞けた。
ビアンカさんとは幼少期に分かれて以来、会っていないらしく旅のついでに一応探してはいるのだとか。やっぱり波乱万丈な人生を送っているっぽいけど、ヘンリーさんとの冒険の話とか、本当に楽しそうに話していた。でもやっぱり時折見せる陰が何とも言えなくて、僕はつい口にしてしまった。
「もし過去に辛いことがあったなら、それを変えたいですか?あの遺跡ならもしかすると───」
「いいや、それは駄目だよ、ゼンクロウ君。人は取り戻せない過去があるから今を精いっぱい生きれるんだ。そもそも、だけどね。僕はキミ以外その遺跡を使う資格がないんじゃないかと考えている」
君も乱用は避けるんだよ、と忠告まで受けてしまったが、僕は少しモヤっとした。そうは言っても、好きな人たちが不幸に陥った過去があるなら、それをどうにかして変えたいと思ってしまう。師匠のことだってそうだ。できることなら過去を変えてしまいたい。
「ふふ、悩んで考えて、色々なことを経験して、それから君自身の心に従って決めればいい。君はどこか特別な存在だから、君自身にしか答えを決められないと思うんだ」
「あんまり持ち上げられても自覚が湧かないんですよねー……」
当人からしたらそうなのかもしれないね、と師匠は笑っていた。
◆
ひとしきり師匠との時間を堪能した後、ヨミと大王を引き連れて帰宅した(最近大王だけは僕の家についてくる。お目付け役のつもりらしい)。
師匠はもう少しばーちゃんと話すことがあるらしく、それを終えてから再び旅に出るとのことだった。アリアハンに行くのかと思ったら、別件もあって、その話が夜までかかりそうだと言われたのだ。
子供の僕らが夜まで親元を離れているのも問題なので、見送りまでできなかったのは残念だけど、そんな考えの僕を気遣ってか、師匠は別れ際に一つ贈り物をくれた。
それは妙な光を放つ果実(腐らないらしい)だった。師匠自身も果実がなんであるか分からず、物知りなばーちゃんも大王もその正体がわからず、首をかしげるだけだった。
寝転んで、つまみ上げて今頃師匠は旅立ってるのかなあ、なんてぼんやり考えていたら唐突に大事なことを思い出した。
「あっ。ああ。ああああああーーーーー!!」
「どうしたのであるか!?」
「サインもらうの忘れてたあああああ!!」
幼年期:冬の国 了
次回、幼年期:災禍の蛇 開始────