28.妹のために
絶えることなく噴き出す火の岩が存在する場所は、炎の精霊による強い恩恵を受けているのだという思想がある。それゆえか、溶岩魔人を従えるのは巫女たるものの証として、必ず与えられる試練であった。逆説的に、巫女となる者は溶岩魔人を従えた者から選ばれる。
なんて簡単に言うけれど、実際にその資格自体を得る人間なんてほぼ皆無に近い。それこそ、現在のヒミコ様が幼少の頃より大人となった今に至るまで、他の候補が一切いなかったという現実が他でもない証だった。
こんな物言いだと勘違いが入るかもしれないので一応断っておくと、巫女となるべく選ばれた少女が今までまったくいなかったわけではない。神託を受ける能力は最低限の資質であって、頂点に立つためにはさらなる才能、結果が要求されるだけだということだ。それに足りないものは巫女見習いとして修業を積みつつ、ヒミコ様の身の回りの世話をする従者となる。
そういう意味で、すでにキョロちゃんという魔物を従えるというか、飼っている状態のヨミはかなりの有望株だったらしい。ふらりと村に現れた
ミトさんがものすごい真剣な表情で「逃げろ」と命令したからだ。
とはいえ、行った先で即座にヒミコ様に出会ってしまったときは変な笑いを浮かべることしかできなかった。
今は温泉宿の一室、畳張りのさくらの間で向かい合って座っている。大事な話ということでヒミコ様も僕も正座していた。
「事情は把握した。それでわらわに便宜を図れと言う事かえ?」
「ですです。どうしてもヨミを連れて行ってほしくないみたいで。僕も小さなこの子に過酷な運命は背負ってほしくないですし、その意見に否やはないです」
「ふむ。しかしの、わらわとしてもヨミには是非とも跡を継いで貰いたいと考えておる」
「交渉決裂ですか」
「これこれ、そんな怖い目をするでない。
「あいにくと腹芸とか苦手でして。素直に感情を表に出すのはむしろ子供らしいと僕は思うんです」
「感情の使い方が童らしくないと言うとるのじゃ。自分の態度がそのまま交渉に通ずると理解しておるであろ?」
「ぼく、むずかしいことわかんなーい」
「この
あからさまにとぼけた表情をすると、ヒミコ様がぐりぐりと手を押し付けるように僕の黒髪をかき回した。
「ヨミもするー」
ヨミまで一緒になって僕の頭をわちゃくちゃと混ぜ返す。ヒミコ様だけだったら叩いてでもやめさせたかったけど、ヨミの手を無理やりに払うことはためらわれて、しばらくなすが
「それで……
「はい、それはもう猫かわいがりで。ヨミを見れば納得すると思うんですけど」
「そうじゃなあ、わらわも手放しとうない」
居直って話の続きをしようとしたら、ヒミコ様の太ももの上にヨミが居座った。わかりやすすぎる程にニコニコ上機嫌なヒミコ様は、しきりに手を動かしてヨミの頭やら頬やらを撫でさすっている。それだけでも楽しいのか、ヨミはむうむうとむずがりながらも喜んでいる。
「こういうのはどうじゃ?ヨミは幼く、今は己で判断もつかぬだろう。ならばもう少し時が進み、成長したのちに自身に判断をゆだねるという風に……」
「それで都の偉い人たちも納得するんです?」
「難しかろうな。わらわの時もそうじゃったが、こと、巫女の後継ぎとなるとあやつらも目の色が変わる。それこそしきたりを超えた部分で干渉を始めるだろうのう」
実際、そうなってるしね。それだけ希少な人材ってことだ。この国の行く末を思えば、偉い人たちの入れ込みようも理解できる。ただ、それでも個人の意思を尊重したいと思う僕はわがままなのだろうか。
「と言うてもな、わらわが健在である以上、早々ヨミにお役目が回ってくるわけでもない。幸いにもヨミはわらわと直接会う手段があるのじゃから、都に出ずともここで徐々に修業を積ませ、来たるべき日に備えると言えば説得できぬでもなかろう」
「それじゃあ……」
「うむ。わらわから話を通しておく。さすれば通例の齢十二に満ちるまでは自由にできるじゃろうな」
「よし、言質取った!」
「そういうところが童らしくないんじゃがの……」
拳を固く握る僕を見つめながら、ヒミコ様は一つため息をついた。そしてヨミを持ち上げると、くるりと体を回して目を合わせた。
「ヨミ、わらわと一緒に修業してくれぬかえ?」
「しゅぎょうってなにー?」
「僕が十文字とかシロガネさんとやってることだよ」
「おすもうとかー?」
「そうそう、そんな感じのやつ。でもどっちかというと、ばーちゃんとやってることの方に近いかな」
「わー、あたしもじゅもんおぼえるー。おにいちゃんといっしょー」
「そうかそうか、やってくれるか。ほんにヨミは愛いやつよのう」
それからというもの、ヨミは時々聖なる泉と呼ばれる温泉へと出かけることが増えた。もっとも、ヒミコ様も頻繁に訪れるというわけでもないから、行ったきりにならないのであればとミトさんも渋々と承知した。実際に都から偉い人が来ることもなくなったし、認めざるを得なかったのだろう。
とはいえ、ミトさんもパっつぁんも親である以上、子供を一時的にでも預ける相手のことは気になる。請われて一度ヒミコ様と顔合わせさせてみたけど、なんだかんだ言っても相手は権力者だ。さすがに大きな態度をとることもなく、土下座するみたいに頭を下げていて、僕はちょっと意外だな、なんて間抜けな感想を覚えていた。
実際の所、頭を下げた二人の気持ちは分からなくもない。横柄な態度をとれば、本当に権力にモノを言わせて、なんて方法をとられるとも限らないのだから。ただ、それでもやっぱり────
「それではヨミに問題じゃ。火の呪文と言えば?」
「めらー」
「そうじゃそうじゃ、よぉくできたのう」
よしよし、と頭を撫で擦ってご満悦のヒミコ様を見ればそんな心配するだけ無駄だとよく分かる。ご両親の前じゃ威厳保つのに執心してたみたいだけど、化けの皮が剥がれればすぐこれだ。何をやってもすぐ褒めるんだから、甘やかしすぎじゃなかろうかと僕は逆に不安に思ってしまう。
「おにいちゃん見て見てー、めらー」
ぼっ、と音を立てて小さなろうそく程度の炎が宙に舞う。ふふ、教えられてすぐに覚えてしまうヨミはもしかして天才なんじゃなかろうか。素晴らしいです!
「すごいね、さすがヨミだ。偉い偉い」
「えっへん」
どや顔がまた愛らしい。僕もヨミの頭を撫でまわす。でもヒミコ様の手が邪魔だ。押しのけるようにしてわしゃわしゃと髪をかき混ぜているとヒミコ様の手が僕の指先に触れ、そして手首を捻りあげられた。あっ、と思ったときには僕はレフリーに勝利宣言を受けたボクサー状態になっている。レフリーの方は僕なんてどうでも良さげに空いた片手でヨミを撫でまわしていた。
「邪魔しないで欲しいんですけど」
「ゼンクロウこそ邪魔するでない」
「んー、んんー」
ヨミの頭上で、制空権の奪い合いは熾烈を極めた。ヨミはどちらの手が触れていてもきゃっきゃと無邪気に喜んでいる。その足元では、ぴぇぴぇと鳴く毛玉がすり寄っていた。キョロちゃんも参戦か。
「親バカしかおらんのである……」
「ぐおお」
魔物たちが何やら言っていたが、ヨミを可愛がるのは僕の役目だ。
ヨミを可愛がるのは僕の役目だ。
大事なことなので二回言った。