ジパングの魔物使い   作:gamika

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少しキツイ話です。


29.上に立つ者の心意気

 僕にはちょっと焦りが生まれていた。

 

 最近呪文を覚え始めたばかりのヨミがあっという間にメラミまで覚えてしまった。マジで天才だ。このままでは兄の威厳が危うい。それ以上に、ヨミ自身が危うい。強力な呪文を覚えるだけならまだいいが、まだ本当に子どもである以上、その扱いには無邪気だからこその危険性がある。何かの拍子に自分を傷つけてしまいかねないし、パっつぁんやミトさんに不意に向けられてしまったときのことを考えると背筋がゾッとする。それこそヨミに消えない傷がついてしまう可能性があった。

 

 ヒミコ様が教育係なのだから滅多なことはないと信じているけども、その方針にも不満があった。同じく危うさを感じたのであろう彼女は、なんとヨミに自分で唱えたメラの炎を触らせたのだ。

 

 あまりの熱さに当然のごとくヨミは泣きわめいた。火傷だって当然する。幸いにもホイミで火傷は跡も残さず癒えたが、僕は憤慨のあまりいきり立ってヒミコ様に殴りかかってしまった。

 

 けれど、僕は結局子供で、それこそ心身を鍛錬している大人には女性であってもかないっこない。あっけなく組み伏せられてしまった。身動きが取れない。だから僕は、湧き上がっていた感情のままに叫んでいた。

 

「ヨミが何したって言うんだ!何のためにこんなことを!」

 

「わらわとてこんな事好き好んでやるわけがなかろう。自身で痛みを経験すれば、それはやがて他者への(おもんぱか)りになる。ゼンクロウ。そなたならば、これだけで理解できるはずじゃ」

 

「だからって認められるか!ヨミを傷つけるなんて!」

 

「やれやれ、そういうところはまだまだ童なんじゃなあ……」

 

 そう言ったヒミコ様の顔は悲痛さと苦々しさに満ちていた。当然だろう。あんな猫かわいがりしていた自身の娘のような女の子を傷つけるなんて絶対にやりたくなかったはずだ。

 

 でもそれ以上に、ヒミコ様は為政者であり、人の上に立つ人物だった。人の善いお姉さんである反面、冷徹で、厳格な部分もあり、人の暗がりを知るだけの経験を積んでいた。

 

「ゼンよ、幼き人の子に道理を説いても、早々学びには通じぬものである」

 

 大王の言葉通りだ。だからこそ、自身の経験をもって否が応でも理解させた。言葉でなく体験で、ただ褒められていたばかりのそれが実は危ないものだと認識させた。甘やかすばかりの僕では取れない判断であり、かつ、周囲から誉めそやされるばかりのヨミは、本人の資質に関係なく、危機感が薄くなる可能性は少なからず存在していた。

 

 対応としてはたぶん、正しい。他の方法だってあるにはあるだろうが、これが一番確実で、即効性がある。唯一の難点があるとすれば。

 

「こんな方法をとれば、ヨミが修業を嫌がるようになる!下手すれば忌避感を覚えて、二度と呪文を使えなくなる!そうなったらどうするんだ!」

 

 ヨミは泣いていた。泣いて十文字の毛皮にうずくまっていた。

 ヒミコ様はその背に悲し気な視線を送ると、僕の拘束を解いた。ゆっくり立ち上がれば、頭の上で巫女装束の長い袖が翻る。ヒミコ様にぽんぽんと軽く頭を叩かれた。

 

「その時は巫女候補から外すだけじゃ。ヨミはなんら気にすることなく母御の元で、普通の人生を送ることになる。わらわはちと寂しいが、それはヨミにとって幸せの形の一つじゃろうなあ」

 

「それで……周囲は納得するんですか?」

 

「させるとも。もとより巫女候補はヨミ一人ではない。現段階で、他に高い能力を持つ者もおるからの」

 

「でも……!」

 

 言い淀むしかなかった。僕だって、本心は巫女なんてややこしい立場をヨミにやってもらいたいなんて思っていない。権謀術数渦巻く宮中のような場所で心を濁らせる可能性を作りたくはない。あの天真爛漫な笑顔を歪ませるようなことはしたくない。それは今の状況だってそうなんだけど。

 

 憤りに顔が歪む。何かに当たり散らして済むようなことじゃないから余計にだ。

 

「そなたほど分別のつく童であれば、わらわとてこんな強引な手段はとらなかったのじゃがの。幼さが罪とまでは言うまいが、先行き思うがままといかぬは少々苛立つものよな」

 

 目前でまたも白衣が翻る。僕らから少し離れた位置を取ったヒミコ様は、すうと大きく息を吸う。

 

「ヨミよ!よく見ておれ!」

 

 十文字の毛皮から顔を放したヨミが、赤くなった目元を擦りながら振り返った。

 そこにいつもの笑顔はない。泣きわめく声は収まったが、まだぐすぐすと鼻を鳴らしている。ひどく胸が痛んだ。それはヒミコ様も同じだったのだろう。一度きつく唇を噛み、再び叫ぶ。

 

「炎よ!」

 

 ごう、と中空で炎が燃え盛った。呪文というにはあまりに発動が早い。おそらく火の精霊の力なのだろう。火種無しに巻き起こった聖なる炎の先に、美しく凛々しく、そして険しい顔が揺らめいた。

 

「人を傷つけた者には相応の報いがいる!立場など関係なく、わらわとて例に漏れず、そうあらねばならぬ!ゆえに見よ!そなたを炊きつけたわらわも今より罰を受ける!」

 

 宣言と共にヒミコ様は白衣の袖をまくり上げると、一切の躊躇なく、炎の中に己が腕を突っ込んだ。結果はそれこそ火を見るよりも明らかだ。

 

「ぐう……!」

 

 うめき声と共に焼け爛れていく腕には激痛が走っているだろう。でもヒミコ様はすぐには腕を引かず、歯噛みしながらそれに耐え続ける。たんぱく質が焼ける嫌なにおいが鼻についた。

 

「いくらなんでもそこまで……!」

 

「言うなゼンクロウ……!わらわとて自身を罰せねば気が済まぬのだ!ヨミへの償いとまではいかぬがッ!先人としての責任は果たさねばならんッッ!!」

 

「おねーちゃんだめー!!」

 

 逡巡する僕の前を小さな影が走り抜けていった。そして跳ね飛ぶようにしてヒミコ様の炎に巻かれた腕にしがみついた。

 

「ヨミ!」

 

「なっ!」

 

 あろうことか、炎は先ほどよりもより強く、さらに勢いを増してごうごうと燃え盛り、ヨミの体をも巻き込んだ。反射的にヒャドを唱えようとして、すぐさま僕はその必要がない事に気付く。

 

 炎は確かに燃え盛っているけれど、どういうわけか、ヨミの体に一切の影響がない。それどころか、抱え込まれたヒミコ様の腕が徐々に癒え始めている。

 

「安らぎの炎……」

 

 つぶやいたヒミコ様も愕然としているようだった。私見だが、あれは炎に見えるだけの治癒術の一種なのだろう。ヒミコ様の様子を見るに、ご自身で発動させたわけではないらしい。となれば、残る可能性はヨミだけだ。

 

「あついのはいたいの……おねーちゃん、だいじょうぶ……?」

 

「おお、そなたは本当に……」

 

 炎は時間と共に勢いを落としていき、最後にはぷすんと音を立てて消え去った。ヒミコ様の腕の火傷も完全に消え去っている。ヨミが離れた後には、瑞々しく白い柔肌だけがそこにあった。

 

 ヒミコ様は手のひらをくるくると返しながら己の腕を眺めている。そばにいるヨミもその腕を心配そうに見ていた。そこへ赤いカエルがぴょんと跳ね飛び割り込んだ。何度か跳ね飛ぶと、ヨミの頭の上まで到達し、ふんぞり返って偉そうに甲高い声で喚く。

 

「人の王よ、見事である!吾輩も同じ王としてその気概、見習いたく思うほどである!」

 

「ぐおお」

 

 十文字の方は苦言だったけど、まあそりゃそうだ。英才教育にしてもちょっと度が過ぎる。ヨミが王族とかならまだしも、あくまで庶民の子だ。いきなり王様の理屈聞かされて体現されたって、寝耳に水というやつだろう。王たる姿勢を早めに見せようって魂胆はわかるんだけどさ。

 

「あんまり無茶しないで下さいよ。心臓に悪いです」

 

「……すまぬな。ヨミよ、感謝するぞ。わらわはそなたの気持ちをとても嬉しく思う」

 

「ぶー」

 

 お礼を言われたところでヨミの機嫌は直らなかった。そりゃね、ケガさせて、自分もケガして、それが教育ですなんて言われたところで意味わからないだろう。でも、確実にヨミの心には残ったはずだ。理屈は分からなくとも理解の種は生まれたはず。

 

「なあ、ヨミ。これからもヒミコ様と一緒に修業できる?」

 

 僕の質問に、ヨミは唇を突き出したまま、首を縦に振った。強い子だ。優しい子だ。僕だったらとてもじゃないけど、キレずにはいられないし、場合によっては固辞するだろう。

 

「しゅぎょうはするけど、もういたいのはや。おねーちゃん、きらい」

 

「なん、じゃと……!?」

 

 そうなるよね。自業自得だ。こうなるのも当然の流れだ。ヨミはとてとてと走って僕に抱き着いてきた。顔をぴったりと僕の胴にこすりつけて、ヒミコ様に思いっきり舌を出した。あっかんべー。

 

 途端にヒミコ様が腕が焼けた時以上の苦悶の顔を浮かべて崩れ落ちる。うめき声が心底辛そうで、なんかぶつぶつと呟いている。

 

「わらわは、わらわは、人生で一番の間違いを犯したやも知れぬ……!おお、なんということじゃ!」

 

「ショック受けすぎでしょ……」 

 

 最初の心配とは逆に、ヒミコ様の心に消えない傷がついてしまったのかもしれない。

 

 

 




原作に今回の「安らぎの炎」っぽい特技とかあったっけ?
はっするはっするーしか思い出せない。
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