最近、僕はかなり真面目に呪文とか覚えている。あまりの力の入れようにばーちゃんに何か良からぬことを企んでるんじゃないかと疑われたくらいだ。なかば孫ポジションの僕を信じないとは、なんてひどいババアだ。
「よくもまあそんなセリフが言えたもんさね。普段の自分を省みな」
「そういう反論のしようもないことは言ってほしくないでーす────ヒャダイン」
呪文を唱えると、まずは吹雪が巻き起こる。直後、呪文効果の中心にでっかい氷塊が出現し、砕けると同時に周囲にばらまかれた。鋭利な槍のようなそれらを迎え撃つのはシロガネさんだ。呪文効果と言っても結局は物理現象だ。氷である以上、それは剣でいなせるし、叩き斬ることも可能だ。
範囲に合わせて白銀の鎧が駆けめぐる。その度に剣が閃き、あっさりと氷塊を真っ二つどころか細切れにされてしまった。それも全部だ。凄すぎる。
「これをやるんです?自分で?」
「そうさね。半分は曲芸みたいなもんだがね、練習にはなるさ。アンタはあいつほどの身体能力はないだろうから、全部斬ろうと思えば効果範囲を絞るしかない。まあ頑張ることだね」
「さすがに無理ありまくりじゃんこれー。制御力つける目的は分かるけどさー」
泣き言を言うと甘えたことをぬかすなと叱られる。やっぱりひどいババアだ。まあ僕からお願いしてる部分はあるし、ただ無茶言われてるだけだから、やれなくて何がどうなるってわけでもないんだけど。
「ヨミに追いつかれるよ」
「奮起せざるを得ない!」
そんな感じで日々努力を続けている。気づけばさっきのようにヒャダインまで唱えられるようになってしまった。ばーちゃん曰く、僕は氷系との相性がそこそこいいらしい。普通は質量をもつようなモノを具現化する呪文は総じて覚えづらいらしいんだけど、僕はちょっと特殊なのかもしれない。
「おお、寒い寒い。メラ!である!」
「ぐおお」
「うぬ、仕方なかろう!吾輩両生類であるからして、冷気には弱いのだ!」
毛皮が燃えるから近づけるなと大きな熊が文句を言い、赤いカエルさんが我慢しろという。いつもの光景だけど、毎度毎度おんなじやり取りをよくやるなあ。
「ゼン!そもそも、お前が他の呪文の練習をすればよいのである!」
「えー?でもやっぱり一番相性がいいやつ練習した方が効率いいでしょー?」
「効率が良いのは事実であるが、一番ではないのである。吾輩の見立ててだと、ゼンは移動系呪文向きであるぞ」
「そうなの?」
「うむ。実際ルーラを唱えた際の効果は通常の枠にとどまらぬ領域にあるであろう?」
確かに。賢者カダルさんのところ、ええと《賢者の書》だっけ。あそこに行ったりとか普通はできないだろう。呪文の暴走とかそんな感じに思ってたけど、ある意味暴走が起こること自体も才能なのかもしれない。
「言いたいことは分かったけどさー。でもルーラじゃ敵倒せないじゃん」
「ぐおお」
「んんー?確かにバシルーラなら使い方次第ではいけるのかなあ」
バシルーラは簡単に言えば相手を吹っ飛ばすだけの呪文だ。でも例えば、吹っ飛ばした先に剣があれば突き刺さるようなこともあるだろう。言葉にした通り使い方次第だ。ただ、かなり状況とか環境に左右されるし、困ったときに使える一手程度に考えておいた方がいいかもなあ。
思考をめぐらせながらも、続いて呪文を唱える。範囲を絞って絞って、維持したまま移動を開始。剣を振り回して氷の槍を砕いて回る。ああ、やっぱ全部は無理だわ。ヒャダインの制御しながら体動かすの自体がすごく難しい。シロガネさんと競争して氷砕きやってるけど、僕が砕けるのは良くて一割だ。
こうやってMPが空になるまで同じことを続けるのが最近の僕に与えられた課題だ。最適化最適化最適化。ひたすらに効率と応用力を求めて呪文も剣も熟練度を上げていこう。数値が見えないから成長度合いがよくわかんないけど、たぶん成長してるのだと信じるしかない。
とはいえ、難しいものはやっぱり難しい。悪戦苦闘しながら修業をしていると、ふらりとバーナバスのバルナスさんが現れた。
相変わらずの尖りまくった犬歯をのぞかせながら笑みを浮かべている。スーツ着てるし、紳士的なのは実際そうなんだけど、やっぱり魔物だね。青白い笑顔が物騒だわ。
「お久しぶりですな、ゼンクロウ殿」
「お久しぶりです、バルナスさん。今日はベヒモン君いないんです?」
「ええ、別件でお使いを頼んでおりまして」
「そうなんですかー。ベヒモン君お手伝いも頑張ってるんですねー」
「フフ、頼んだ時は嫌がっておりましたが、結局は渋々ながらも請け負ってくれるのでございます。あの子は素直ではありませんが、根はとても良い子でございますよ」
ですよねーうんうんと頷くと、青白い笑顔が打って変わり、遠くを見るように目が細められた。なんか変な反応だなあ。ベヒモン君の生い立ちとかに何かあるのかな?でも、僕の立場であんまり深く聞かない方がいいかな。
「今日もばーちゃんに用事なんですよね?家の中にいますよ」
「確かにおばば様に話は通さないといけないのですが……今回はゼンクロウ殿にも関りがあるお話でしてな、是非ともご同席をお願いしたのでございます」
「珍しいですね。人間の子供に用事だなんて」
「実はですな、ゼンクロウ殿のことを鬼面道士の一族に伝えておいた方が良さそうな流れがあるのです」
「あ、そういう話です?」
鬼面道士の一族と言えばこの辺の魔物たちをまとめている存在だったはずだ。ちょっとよく分かんないけど、政治的なアレかしら?ということは、ばーちゃんの弟子としての立場を買われてって感じだろうか。
疑問に思ったことをちょろちょろと聞いてみたところ、どうやら鬼面道士への顔見せが必要らしい。それも、できれば早急に。
そうであるならば仕方がない。修業はいったん中断だ。
ばーちゃんに声をかけにいくと、あからさまな不機嫌面を見せられた。面倒なのはわかるけど、バルナスさんの立場もあるしちょっとくらい慮ってやってよ。ヒミコ様じゃないけど、人としてそれくらいはさあ。なんて考えたけどよく考えたら全部魔物相手の話だった。そりゃ道理とか義理とか吹き飛ばすきらいあるよね。
まあまあとなだめて、十文字をお留守番に残してバルナスさんのルーラで鬼面道士一族の住処へと飛んでいく。向かう先は溶岩洞窟付近だろうと思ってたけど、思ったより離れた位置らしい。草木生い茂る森の中を人工的に切り開いたような場所だった。
そこには意外なことに竪穴式住居が複数建っていた。魔物はぶっちゃけ野生動物とそう変わらない輩が多いから、てっきりそこらの天然洞窟とかに住んでるのだと考えてたけど、思ったより文化的だ(上から目線)。それよりももっと意外なことに、この区域にいると妙に清涼な空気を感じる。魔物が暮らしてる場所なのに妙だね。何か仕掛けでもあるのかな。
「バルナスよ、そやつがゼンクロウじゃな?」
「そうでございます、ブラス老」
現れた鬼面道士はどういうわけか全体的に水色だった。
水色と言えば賢者カダルさんのパーソナルカラーのイメージが強くて、なんとなく賢者っぽく思える。たぶん特殊個体で鬼面道士さん達の長なんだろうなあ。
他の鬼面道士さんたちもわらわらと集まってきたので、赤の中に水色が一滴たらされた感じで、いやが上にもよく目立つ。見た目としても突出した雰囲気の、まさしくリーダーって感じ。逆に同じ賢者っぽい能力持ちの大王は赤色に囲まれて没個性状態だ。王様って言ってるのに没個性とかウケる。
「それで、なんであたしを呼んだんだい、鬼面のジジイ。あたしゃ忙しくてね、他の魔物なんて知ったことじゃない。そいつはよく知ってるだろう?」
「うむ、知っておるとも。そう言いながらもワシらに最低限の手助けをしてくれとることもな」
「話がとんと見えないねえ。あたしにそんな覚えはない」
「やれやれ、ここぞとばかりにとぼけるのぉ。ワシらが正気を保っているのはお前の呪文──マホカトールのおかげじゃろう?気づかないと思うたか?」
カラカラと笑うブラス老は好々爺然としていた。