ブラス老が言うには、ここ最近邪悪な気配の強まり具合が甚だしいらしい。そこで先んじて手を打ったのがばーちゃんなんだとか。先んじてとは言ったけれども、結局元を断たずに対症療法なんだから、後手に回ってる感否めない。
そこを指摘してみると、ブラス老は若干苦々しい声で眉根を下げた。眉毛ないけど。
「確かにのう。お前の言う通り元を断たねば、いずれは取り返しのつかないことになるという可能性もある」
「それじゃあ、そのための話し合いをしたいってのが今回の意図です?」
「そういう事じゃな。して、おばばよ。我らには邪悪なチカラが増している原因がわからんのじゃ。ずいぶんと前に魔王が現れてからその傾向があったとはいえ───」
「数年前に一度、気配が大きく減じただろう?アレはおそらく近隣にいた魔王の配下、それもかなり上級のヤツが倒れたからさね。今になってその分が補完された───と、あたしは見ている」
「新たな魔王の手先が近くに来たということか!」
「そう考えるのが自然だろうねえ」
え?めちゃくちゃ物騒な話なんですけど。それもばーちゃんの見解的には魔王の側近とかそういうレベルの魔物が来てるってことじゃないの?
「大事じゃん。ヤバくない?」
「まったくもってその通りじゃ。恐ろしい災厄が近づいておるということじゃからの」
「災厄、災厄かあ……」
ジパングを襲う災厄。もしかしなくても、これがそうなのかな。だったら。
「僕、ヒミコ様に伝えてくる」
「ふむ、人間の頭(かしら)じゃな。ゼンクロウよ。わしがお前を呼んだのはそやつにこの災厄のことを伝えてもらうためなんじゃ。わしらは魔物じゃから人間相手にまともに話ができんでの」
「そですね。人間が聞く耳持つとは限らないし」
「それもあるのじゃが、わしらは人を見ると襲わずにおられん状態になっとる。マホカトールで邪悪なチカラを打ち消して、やっとお前と話ができる状態なんじゃよ」
「実際話してるとそんな風には思えないんですけどねー」
「こればかりは実際に体験せねば分からんじゃろうな。おばば達が特殊なんじゃよ」
ついでに言うと、シロガネさんや十文字、大王だってそうだ。僕の周囲にいる魔物たちがその理性を失うようなことは起きていない。バルナスさんに関しては色々と動き回る必要があるから、なんか特殊なアイテムをばーちゃんからもらったらしい。携帯マホカトールみたいなやつ。時々ばーちゃんの技術力が意味わからなさ過ぎて頭痛くなる。
ううんと唸る僕を見て何を勘違いしたのか、ブラス老はため息をついた。
「わしらとて、無闇に命を散らしたくないんじゃ。そこは人と同じじゃな。分かり合う以前に命が惜しい。それゆえに人と協力することも辞さないというだけじゃ」
魔王から発される闇の波動の影響は、戦闘に向ける以外の思考力をことごとく奪ってしまうらしい。闘争本能、殺意、その他もろもろ、黒い感情があふれて理性やら自意識やらはあっさり吹き飛んでしまうのだとブラス老は苦虫を噛み潰したように言っていた。
自分が自分ではなくなるというのは考えただけでも恐ろしいことだ。意識がなくなっている間に致命的な過ちを犯すとも限らない。僕だってそんな状態は絶対に避けたいと思う。
魔物だって生き物だ。怖いものはきっと怖いのだ。避けられるものならば避けたいのだ。
だからこそ、魔物と関りの深い、種族人間である僕が呼ばれたのだろう。
それを光栄と思うか、面倒だと思うかは人それぞれだと思うけど、僕はできる限り手助けをするつもりだった。
そもそもの話だが、僕は自分が不幸になるのも嫌だし、他人の不幸だって見たくないと常々思っている。難しいとは思うけれど誰もが笑いあって過ごせたらいいと考えている。
不幸は僕の敵だ。
それをまき散らす邪悪な存在は許せない。他者に不幸を強要するような幸せなんて認めない。
正義感とかそういういいもんじゃない。ただの我儘だ。我儘を貫き通すために僕は――――
ぐらり、と視界が揺れた。
「──!」
気づいたらシロガネさんに後ろから支えられていた。ふらついてもたれかかってしまったらしい。
シロガネさんからやたらと心配げな視線を感じる。
うーん、なんか頭がぼんやりするけど、とりあえず体は大丈夫かな。
「あれ?僕何考えてたんだっけ」
「小僧、今……」
「んー?んー……僕なんか変なこと言ったかな、ばーちゃん」
「いや、アンタは一言もしゃべってないよ」
「あ、そうなの?」
やたらと物騒なこと考えてた気がするけどまあいいや。今はそれどころじゃないよね。急いでヒミコ様に現状を伝えなくちゃ。でも、結局僕はどう伝えたらいいんだろう?
「ヒミコ様には状況をありのまま伝えれば大丈夫かな?」
「そうさじゃのぉ、現状でできることと言えば
「アンタの思うようにやればいいさ」
「うん、わかった」
僕一人でどうにかなるような話じゃないし、話すだけ話してヒミコ様に対策分投げようっと。僕は子供なんだし、自分がやれることだけやればいい。昔誰かにそう言われたし。
子供らしく楽しめって。賢者のように悟ったような態度取ったって、子供が背伸びして無理してるようで周りが辛いだけだからって。
思い返すとなんかヒドイ言われようだな。僕結構頑張ってるのに。
なんかちょっと腹が立ってきた。茶化そうか。
「ところでさ、ばーちゃん。マホカトールって賢者専用の呪文じゃないの?もしかしてばーちゃんって賢者?」
「あたしは賢者じゃあない。魔女さ」
「魔女?なんかカッコいい言い方してるけど結局それって種族魔法おばばのことでしょ?確かにばーちゃんは見た目も性格もババアそのものだよ」
「れでぃに失礼な小僧だね!」
「あいたっ!」
例のごとく箒で叩かれた。いつものことだけど、結構鍛えてるはずの僕がなかなか避けきれないって実はすごい事じゃない?呼吸をずらすのがうまいっていうかなんていうか……
「小僧が考えなど知ったことじゃないがね、一つだけ覚えておきな」
頭をさする僕をじろっとねめつけて、ばーちゃんはふん、と鼻をならした。
「なんだってそうさ。賢者にできることが魔女にできないわけもない」
ばーちゃんはやたらと得意げに笑ったけど、魔女なんて職業ないです。あるとしたら種族だけど、ばーちゃんはババアだし、やっぱり魔法おばばだよ。なんてこと言うとまた叩かれるから黙っておこう。
ばーちゃんとかシロガネさんとかやたらと強キャラで持ち上げられている感があってもにょる人もいると思いますが、そのうち納得できる説明するつもりです。だいぶ後になりそうですけど。(今更な言い訳)
ゼンが褒められているのは年のせい。二十過ぎればただの人。
大王と十文字に関しては完全に趣味です。動物愛護精神。