「お待ちを。ゼンクロウ殿、ヒミコ様のいらっしゃる日時をご存じなのですか?」
バルナスさんのふとした疑問に僕は唱えかけていたルーラを止めた。ぶっちゃければ、そんなの知らない。パっつぁん達を会わせた時だって、僕が温泉に出かけてヒミコ様が来てるのを確認してから連れてっただけだし。これまでだって、あんまり慌てて会いに行く理由もなかったから、用事があったとしてものんびり会えるの待ってたんだよなあ。
そもそも、僕の中で温泉>ヒミコ様の優先度だったわけだ。言ったら怒られそうだから絶対に言わないけど。
でもなあ、よく考えたら不便だよね。最近はヨミの修業もつけてくれてるし。
今はヒミコ様も僕もあんまり本気で修業させたいわけじゃないから、会えた時にやればいいってくらいのザックリ感でなんとなく合意しちゃってるけど。
そんな状況なわけだから、バルナスさんの疑問もごもっともで、かつミスったなあって空を見上げて嘆いているわけだ。
「やはり小僧は適当に過ぎるね」
「本当にこの子に頼んで良かったのかのう……」
ご老人二人がため息をついている。なんというか、申し訳ない。
まあね、でもね、過ぎちゃったことは仕方ないと思うんだ。前がダメならこれから改善していけばいいってだけだよ、うん。そんなに悲観することないんじゃないかな。
「私もついていった方が良さそうですな。少なくとも説明するにあたって魔物の一匹はいた方がよいでしょう」
「それなら大王がいるし、大丈夫じゃないですか?」
「ふむ、大王殿ならば……いやしかし」
「むっ、なんぞ吾輩では頼りなしとでも言うであるか?」
「そういうわけではないのですが……事の重さを伝えるにおいて、ヒミコ様と面識がない者を連れて行った方がよいかもしれませんな」
「なるほどー、そういう意図ですか。それならバルナスさんも一緒の方がいいかなあ。僕らだけだとなんだかんだでサラッと言って終わるだけかもしれないし」
いつものメンツならいつもの感じになるっていうのは大いにありうる話だ。僕自身、流れで話してしまって、結局は単なる話題の一部になっちゃう可能性……あると思います。
「じゃあ今回はバルナスさんも連れて行くってことで」
「あたしゃしばらくここでやることがあるからアンタらだけで行ってきな」
「はいよー、わかったー。そんじゃ行きましょー」
そんなわけでいつもの大王+バルナスさんという感じで聖なる泉へとルーラした。
までは良かったんだけど。
「いないね……」
「いないのであるな」
「しばらく待ってみましょう」
待ちぼうけること1時間。温泉入ったりして暇つぶしてたけどやっぱりヒミコ様は来なかった。うおー、なんかこう、急ぎの用事があるときにこれは。
「焦れるのである!」
「だね。いっそヒミコ様の家に直接行っちゃおうか?」
「ですがその場合、我々の存在が足かせになるのではございませんか?」
もっともなご意見に僕も大王も押し黙る。ええと、ここまで来て何もせずにいるのもアレだし……置手紙でも書いておこう。でも紙もペンもないんだった。どうしようか。木の板に炭でも使って書いておこうか。木彫りは労力がいるし、書き間違いしたとき面倒だし。
思いついたら即行動だ。
その辺の木をバギッて伐採し、板を複数作りながら削りカスを燃やして炭を作る。あとは細い溝を作った木板に炭を敷き詰め、同じ形状の板で挟んで押し固め、溝ごとに細くカットして、先っちょを削れば簡易鉛筆の出来上がりだ。紙はないのでさっき余分に作っておいた板に書きます。
うわ、超書きづらい。
ていうか思うように色がつかない。やっぱりちゃんとした黒鉛じゃないとダメだこれ。同じ炭素系の物質だからいける気がしたけど思い付きだけでやるもんじゃないなあ。
「ゼンは面白いことを考えるのであるなあ」
「そうなのかな。都の人達って、何を使って文字書いてるんだろうね?」
「うむ、一般的な例でいえば植物の種子などでつくられたインクだったはずである」
「あれ?大王そんなの知ってたんだ。以外だなあ」
「呪文を記すに必要なものであるからな。おばばが持っているのである。吾輩も使用経験があるのである」
「へぇー」
そういや僕、ばーちゃんちの奥の研究室に行ったことないな。いっつも台所みたいな場所で魔法授業受けてるし。なんなら大抵は屋外だし。実践的と言えば聞こえはいいけど、机上で講義受けてないのも知識的には良くないかも。
いっそ大王に机上での勉強教えてもらおうかしら。大王に板書してもらって……アレ?大王どうやってペン持つんだろう。
「ほい」
「ん?なんであるか?」
大王に作り立ての偽鉛筆を渡して持たせてみたら、でっかいこん棒持った人みたいになった。大王は偽鉛筆を装備した!みたいな感じ。
「専用武器みたいだね」
「吾輩ペンで戦うのである?」
「ペンは剣より強し!」
「意味が分からんのである。刃物の方が強いに決まって……もしや何かの隠語であるか?吾輩バカにされてる?」
「そんなことないよー。ちょっと現実逃避しただけー」
こんな書きづらいもので手紙書くとかマジナンセンスってやつ。今はやるしかないから、大王に手伝ってもらいつつ再度執筆に挑戦だ。
何度も何度もなぞるように板をがりがり鉛筆で擦る。時折大王に体全部使って書いてもらって、疲れたら交代。そんなことを繰り返していくうちに、不格好ではあるけどお手紙完成。字がヨレヨレだけど、とりあえず読めるから別にいいよね。
出来上がったものを温泉宿の玄関に放り出すと、次なる行動に出るべく大王を手に乗せたバルナスさんに向き直る。
「溶岩洞窟に行こうと思います」
「?」
あからさまに首を傾げられた。まあね、因果関係わかんないよね。
「んーと、僕の勘だけど、魔王の手先とかいう魔物がそこに現れるような気がしてるんだ。ヒミコ様いないし、とりあえず様子見に行こうかな、と思って」
「ふむ。しかしヒミコ殿が言うにはあの場所はここよりもさらに聖なる気に満ち満ちているのであろう?そのような場所にわざわざ近づくとも思えんのであるが」
「そうですな。私も同意見でございます。何か決定的な理由でもおありですかな?」
「さっきも言ったけど勘だよー。確たる理由なんて一切なし!」
元気よく言い切ると眉を顰められた。二人とも眉ないけど。まあね、もにょる気持ちはよくわかるよ。僕だって無駄じゃないかなって思うところはあるもの。
「念のためだよ、念のため」
納得のいかない大王を頭に乗せ、一人置いておけば間違ってヒミコ様に襲われそうなバルナスさんの手を引いて溶岩洞窟に向かう。バルナスさんの手は冷たかった。バーナバスだからなのかな。
対して、溶岩洞窟の中はそりゃもう暑かった。熱いって言い換えてもいい。そこら中にマグマがあるんだし、当然か。火の精霊様のいる場所に最も近いって以前ヒミコ様が言ってたのも納得だ。
彼女達のように神託の能力でもあれば精霊様の声が聞けたのかなあ。そうすればヤマタノオロチがここに来たのかどうかもすぐに聞けたのに。
あーでも、実際とっくの昔にヤマタノオロチが来てたら精霊様ってどうなってたんだろう。封印とかされてたのかなあ。封印か。ありうるなあ。
でも、これだけ強大な地形で「火」なんて概念を司る相手をどうやって封印できるんだろう。世界をどうにかしちゃう魔王なら何か方法があるんだろうか。考えたってわからない。分からないから対策が打てない。いつだって後手に回る方が不利になる。
だったら、分かる範囲で先んじて手を打ってしまえばいい。
そのための手段ついてはヒミコ様にも伝えてある。
僕らは贄の祭壇の目前まで来ていた。祭壇上には蓋をされ、密封されたツボが置かれている。ヒミコ様とその従者が定期的にささげている供物だ。
本当はアレの一部を温泉まで運びたかったんだけど、十文字連れてくればよかったかな。僕だと持ち上げるだけでも大変だ。他の人に頼ろうにもなあ。
「熱いのであるー……」
暑さでぐてっとした大王は役に立たないし、
「これはさすがに厳しいですな」
慣れない空気に消耗しているバルナスさんに無理させるわけにもいかない。
というわけで、助けを呼びましょう。
「おーい、誰かいませんかー!」
一声上げるとそれに応えるように近くの溶岩がどろどろと持ち上がり、手を形作って一つの物体を成していく。溶岩魔人だ。普通だったら僕らを襲いかねない相手だけど、今ここにいる彼だけは違った。
「ガンマ君元気してた?」
溶岩の親指がぐっと立てられる。
「僕ら以外、予想外の人たちがここにきてたりしてた?」
溶岩の手のひらが否定の意味でぐにゃぐにゃと揺れる。
「そっかー、じゃあまだ大丈夫なのかなあ。あ、ところでガンマ君ってヒミコ様がいつ頃ここに来るか知ってる?」
今度は溶岩の指が3本たてられた。
「3日後くらい?」
またもや親指が立つ。ガンマ君もジェスチャーばっかであんまりしゃべらないね。恥ずかしがり屋さんなのかもしれない。
多分、ヒミコ様のせいだと思う。召喚獣みたいな感じで契約結んでるんだろうけど、ヒミコ様の口上っていかにもカッコつけてるみたいで若干恥ずかしいもんね。無言にもなろうってもんだ。
それはともかく、ヒミコ様が来る時期も分かったし、とりあえずの用件は終わったかな。供物は……今度十文字でも連れてこよう。ガンマ君じゃ筋力的には問題なくても熱量的に問題あるし。
そんなわけでせっかく連れてきたバルナスさんにはいったんご帰宅願って、3日後にばーちゃんちで落ち合おうという話になった。
「仕方ないですな……」
妙に落ち込むバルナスさんの様子が気になったけど、まだまだ、これからだよ。大丈夫、大丈夫。きっとなんとかなるから。