やまたのおろちとの協議の末、戦闘は一旦中断した。
ゲロ掃除のためだ。
やまたのおろちは一度吐いた後、酒臭いゲロの臭気にやられてまた吐いた。
どうやら胃の中が空っぽになるまで吐いたらしい。中には骨みたいなのもあったが、人骨でないことを祈っておこう。
ゲロの処理は焼却という手段を用いた。骨→処理→火葬、と連想したのが一番の理由だが、焼いたことでさらに途轍もない臭気が充満し、今度は僕が吐いた。少しばかり酒に口をつけていたので、僕も少し酔っていたのかもしれない。
死んだような目になりながら、ヤマタノオロチも火炎の息を吐いて焼却を手伝ってくれた。たまに口元から涎とはいいがたい液体を流してヴぁー、とか言ってた。その間にヒミコ様は温泉に入って、涙ぐみながら巫女服を洗っていた。最終的にはやるせない気分も汚物な灰も何もかも、温泉で洗い流した。
戦いは何も生まない────僕は心からそう思った。
「だからさあ、もうあきらめて帰ってくれないかな?」
「小僧……今となってはこの我も貴様が言いたいことが分からんでもない。だが、我もうぇっぷ」
「まだ無理しちゃダメだよ。マジでもうちょっと時間おうぇっぷ」
甚大な被害だった。敵味方の垣根を越えて、共通認識を持ってしまうほどに悲劇的な出来事だった。ああ、厄災だ。これは間違いなく、やー、くさいだ。くだらない。頭が回らない。
「とっ、とにかくだ。この程度のことで引き下がれん」
「はぁ……仕方ないね」
向こうも上司である魔王バラモスから色々と言い含められているのだろう。彼らにとっては悪事こそが仕事でもある。こちらとしても、そんなことを見逃すわけにはいかない。ただ、どうにもこうにも締まらないので、お互いに全部忘れて仕切り直しということになった。
◆
そうして僕らは再び臨戦態勢で向かい合っている。しばらく時間をおいたとはいえ、ヤマタノオロチも僕も完調とはいかない。ヒミコ様なんて、威風堂々と腕組みして仁王立ちだけれども、その目元は腫れぼったくなっていて、明らかに泣いたあとだ。
「ぐはは!よくぞ我が
「僕がヒミコ様を見誤るわけがない!」
「ひっ、控えよ下郎めが!わらわに成りすますなど言語道断じゃ!」
「……微妙にやる気が出ないのである」
「ぐおお」
そんなこと言わずにさあ……
僕らだって無理してテンション上げてるんだよ?
ジト目の大王と座り込んでしまっている十文字は、どうにもやる気が湧かないらしい。ガンマ君もぐつぐつ煮えたぎる溶岩から両目だけ出して手は引っ込めたままだ。うん、きっと彼らは魔物だから、もともと敵意が湧きにくいのもあるんだろう。そう思いたい。
「やっ、やまたのおろち!そもそも!お前の目的は何なんだ!」
「知れたこと!この国の、否、この世界の基盤の一つたる火の神域を支配することよ!」
「まさかっ!そのためにわらわらに成り替わろうとしたと言うか!?」
「然りッ!ぐはは!少しは頭が回るようだのう!」
「そんなことはさせない!大王!ラリホーマだ!眠らせて袋叩きにするッ!」
「ラリホーマ」
大王はやる気ないまま呪文を唱えたけれど、その効果はばつぐんだった。だって、相手は明らかに本調子じゃない。首5本の内3本が一瞬で墜落。続けて、残った頭に狙いをつけて僕がヒャダインを放つと、大蛇は火炎の息を放ってそれを相殺した。
「ぬぐぅ、やりおるわ……!少々不利か……!」
「分かったんなら魔界とかその辺の故郷にお帰りよ!」
「いいえ。そうはなりませんぞ、ゼンクロウ殿───
「良いところに来たなあバルナァアアス!」
「バルナスさん!?」
驚愕に声を上げると同時、眠っていたはずの竜頭三つがぐい、と持ち上げられて咆哮した。耳が痛くなり、体が硬直してしまうほど大きな雄叫びだった。でも、むしろ叫びたくなるのは僕らの方だ。
「バルナス!どういうつもりであるか!」
「ぐおお」
僕らが硬直した隙を補うように、十文字が邪竜の前に躍り出た。ようやくやる気を出してくれたらしい。ゲロ前の戦闘時を思い起こさせるかのように竜頭と激しい格闘を開始した。火炎の息はガンマ君とヒミコ様が協力して押しとどめてくれている。
そして僕と赤いカエルは背後から突然現れ、しかもやまたのおろちに協力するような真似をした、一匹の
「バルナスさん、どうしてこんな事を……僕らを騙していたんですか?」
「正直に答えよ!返答次第では吾輩、同胞の死もいとわぬ所存であるぞ!」
「いささか、おろち様の方が不利の様でしたのでな」
「ちゃんと説明してください」
「仕方ないのです、ゼンクロウ殿。これが大人の……魔のやり方なのですからな」
「ぐはは!情でも移って裏切ったかと思うておったが、このためか!手引きご苦労であったなあ!」
上機嫌になったやまたのおろちが十文字を吹き飛ばした。熊に似合わぬ身軽な体捌きで受け身取ってるから多分大丈夫だろうけど、なんかやまたのおろちのパワー上がってない?さっきまであんなグロッキーだったのにどういう事?いや、バルナスさんこそどういう事?頭の中は疑問符だらけだ。
「くかか、オーブのチカラがようやく効力を発揮し始めたようじゃわ」
ぞわり、と背筋に冷たいものが走った。この竜が現れてから濃密になっていた邪悪な気配が、さらに凶悪になっていくのを感じる。これはオーブのチカラなのか?確か、パープルオーブ……その力を利用している?目的が神域の支配?
「まさか、オーブのチカラで火の精霊を封印するつもり……?」
「ほお、バルナスの言う通り、なんぞ余計な知識を持っておるなア小僧」
「いやでも、オーブはアレの復活のためのもので、そんな風に使えるはずが……」
「これこそ魔王様のお力よォ!かのお方にかかれば聖なるものも邪に染まり、魔を強化する術となる!魔のチカラは聖なる剣ですら砕くのだ!がはははは!調子出てきわ!」
顔色だいぶ良くなってきたもんね。
いや、そうじゃなくて、オーブだ。オーブが魔物も利用できるんなら、内包されている力は正邪の区別がない、純粋なチカラなのかもしれない。なら、聖なる力でその指向性を打ち消せれば……
「大王、
「無理である!」
はい、詰んだ。
じゃなくって、聖なる力、魔なる力……道具に宿った魔を払う、邪を払う。すなわち呪いを。
「
「無理である!」
「くっそ!大王使えないなあ!」
「なんという暴言!吾輩僧侶ではないのであるぞ!」
知ってる。それどころか相反する魔物だもんね。
えーと、じゃあせめてオーブを取り戻そう。どこに隠し持ってるんだろう?腹の中?でもさっき全部ゲロってたしなあ。もしかして宝箱とか持ってたりするの?宝箱なら……
「
「
「さっすが知識欲の権化!じゃあ早速やまたのおろちに使ってオーブの場所調べて!」
「何やら思いついたようですが、邪魔はさせませんぞ!
「やばっ!」
「ぬおお!」
焦った僕は大王を引っ掴んで放り投げた。とりあえず効果範囲から外れれば問題ないはずだ。
赤いカエルがだらしなく手足を伸ばして空中を行く。飛び立った先には濡れた巫女服をバサバサ翻しながら炎を吹き出す人間火炎放射器がいて、大王はその端正な顔にべちって張り付いた。
「ヒミコ様ナイスキャッチ!」
「ゼンクロウッ!!」
二人に声を合わせて怒鳴られた。しょうがないじゃん、緊急事態なんだし。
実際余裕ないので、二人は怒鳴った後、すぐさまやまたのおろちの方に顔を向けなおした。あっちは大王達に任せるとして、僕はバルナスさんをどうにかしないとね。
声が出るあたり、マホトーンは空ぶったみたいだけど、念のため、腰帯に差しておいた聖なるナイフを抜き放って構えを取る。
まさかばーちゃんに持たされてたこれの出番があるなんて。いくらシロガネさんに鍛えられていても、子供の僕が魔物相手に肉弾戦挑むのは無謀に過ぎるから、本当にこれは最終手段なんだ。使わなくて済むように、まずは口からいってみよう。
「バルナスさん、ブラス老が言ってたように闇の波動に支配されてたりします?」
「そんなことはございません。これは私自身の意思でございます」
「んー……だったら、人質とか取られてたりします?」
バルナスさんは一瞬目を見開いたが、すぐに気を持ち直したようだった。
「……仕方がないのですよ」
やっぱりベヒモン君かなあ。ここの所姿見てないし、バルナスさんの態度にも違和感覚えてたし。
ただ、それでもやっぱりバルナスさんは気のいい魔物だったのだろう。なにしろ、やまたのおろちに手を貸すにしてもやり方が杜撰過ぎる。成りすましを完遂したいならヒミコ様が一人の時を狙えばいいのにそうすることもなく、僕らがこの場に鉢合わせるように手引きまでしている。
「ベヒモン君を僕らが何とかする……って言っても無理かな?」
「人の子である貴方に過度な期待はできませんな」
そうだよね。ベヒモン君がどこにいるかすら分からない僕にできることなんて高が知れてる。それこそ十文字とか大王みたいな規格外な存在でもないと対応できないだろう。うん、規格外な存在ね。やまたのおろちもそうだけど、他にもいるよね。
「バルナスさんってさあ、やっぱりかなりキレるよね」
「はて?何のことですかな?」
「こうして見合ってるだけでもいいってことかな?」
「何が言いたいのですかな?」
二人してにやりと笑いあう。