「バルナス!何をしておる!早く小僧を殺してこちらに手を貸せぃ!羽虫どもが中々しぶといのだ!」
「ぐおお」
わあ。やまたのおろちも十文字も決め手がなくて凄いイライラしてる。
背後から感じる圧迫感がすごい。
見る限り、やまたのおろちの方が優勢なんだけど、後方支援があるから十文字も倒れないで済んでいるのだ。一度目の戦いと同じく、完全に消耗戦だ。長引けばどんどん力を増しているやまたのおろちの方が有利になっていくからもっと余裕を見せてもいいはずなんだけど、たぶん上位魔物としてのプライド的に許せないんだろう。なんだかんだ言って、十文字が「種族・ごうけつぐま」なのは事実だし。
それにしても大王まだオーブ見つけられないのかな。さっきから呪文唱えてる気配はするんだけど。補助呪文と併用だからあんまり手が回ってないのかもしれない。ヒミコ様の補助呪文があってそれでも尚足りないか。やっぱりやまたのおろちはどんどん強力になってるんだ。
「早くしろォ!あの小悪魔がどうなってもいいのかッ!?」
邪竜の一声でバルナスさんから表情が消えた。代わりに溢れ出すのは紛れもなく闘気だ。その気勢は、普段シロガネさんを相手にしている僕でも軽く怯んでしまうほどのものだった。
さすがにまだ気取られるわけにはいかないか。
僕は聖なるナイフを再度掲げ、ゆっくりと腰を落とした。
「
唱えると同時、地を蹴ってバルナスさんに肉薄する。驚愕に染まる顔に向けてナイフを振るった腕は二の腕を叩かれる形で弾かれた。その勢いを殺さず、そのまま後方へと退避。バルナスさんも僕も一旦そこで動きを止め、睨み合った。
「驚きましたぞ。それほど速く動けるのですな。まるで瞬間移動のようでした」
「そうかな?バルナスさんこそ強いね。僕、これでも一般的なごうけつぐま相手なら速度で翻弄できるだろうってシロガネさんに太鼓判押してもらってるんだけどな」
「フフ。速度は十分ですとも。ですが、筋力が足りませんな。逃げはできても勝てはしない、といったところでしょう」
「さすが。そこまで分かるんですね」
「ええ。その程度ではもちろん私にも勝てませんな」
「じゃあ、試させてもらうね!」
発声と同時に再び斬りかかった。けれどバルナスさんは対人向けの体術もかなりのもで、僕の攻撃はすべて払われてしまう。その度に僕の腕やら何やらを叩かれて、めっちゃ痛いです。泣きそう。僕凄く打たれ弱いんだよね。どっちかっていうと魔法使いタイプだし。
そんな自覚もある僕があえて呪文を使っていないのは単純に
そんな感じで誤魔化しつつ戦っていたら、当然焦れてくるのが人情というもので。
「バルナスゥ!いい加減にせんかぁ!」
ついに我慢の限界を迎えたやまたのおろちが僕に向けて火炎の息を放った。うわ、やばい。
「させぬぞ!」
すかさずヒミコ様の炎が相殺してくれた。さっきから何度も起きた光景だ。やれやれ、これなら安心してバルナスさんの相手を───
「さっきからしつこいわぁ!もう本当に貴様らいい加減にせいよ!許さんッッ!許さんからなッ!死ねッ!死ねッ!死ねえええええーーーーッッ!!」
うわ、やまたのおろちが威厳とか体面とか完全に放棄して本格的に暴れ始めた。もう狙いも何もない。とにかくあたり一面に燃え盛る火炎を吐き出しまくっているし、尻尾も首もしっちゃかめっちゃかに振り回している。そんなことをすれば一番影響を受けるのが地形だ。当然温泉も滅茶苦茶になるし、宿だって。
「あっ」
一つの炎弾が僕の頭上を越えていった。首を回してそいつを追った先には、僕が苦心して作り上げたログハウス風の温泉宿があった。多大なる労力を費やし、並々ならぬ愛着により細々としたアップデートを繰り返してきた木造建築があった。
宿に炎が直撃する。宿は木造りだ。炎が当たって燃えないわけがない。はじめは直撃を受けた屋根が燃え始めた。それが徐々に広がっていくかと思いきや、次々と炎が空から降ってくる。宿が避けてくれないかなあ、なんて現実逃避気味に思ったけど、そんなことが起こるわけもなく、当然の帰結として、更なる燃焼が巻き起こる。
宿が。
僕の宿が。
「あ。ああっ、あああああああああああああーーーーーーーーッ!!!!」
僕の悲痛な叫び声でヤマタノオロチがぴたりと暴れるのをやめた。燃え盛る宿を見て、僕を見て、もう一度宿を見て、僕を見て、ニタァと、それはそれは邪悪な顔で笑った。
「おやおやぁ?小僧、こいつはそんなにも大事なものだったのかぁ?」
「まっ、まさか……!!」
「ぐはは!さらに破壊してくれる!」
「やっ、やめっ、やめろォオオオオオーーーーーッ!!」
ヤマタノオロチはどすんどすんと巨体を揺らして走り出し、炎ごと吹き飛ばす勢いで、僕の宿に思いっきり体当たりをした。
結果、宿が砕け散った。
「うあああ……!ああっ、あああああ!!」
臆面なく泣きわめく僕の傍に、突然光が舞ってピンク色の太いものが現れた。よく見なくても分かる。ばーちゃんだ。多分シロガネさん達と一緒にルーラで飛んできたんだろう。冷静にそう判断する部分と激情に駆られる部分とがせめぎ合って、僕はただ叫んだ。意味のない音の羅列を叫び続けた。
「どういう事さね、これは。ずいぶんと景気よく燃えてるじゃないか」
「おばば様……」
「ああ、バルナスいたね。あんたの言ってた通り、捕まってたこの子はこうして連れてきてやったよ。感謝しな」
「え、ええ。ありがとうございます。大変助かったのでございますが……」
「ウっス。オレッチはこうして無事に帰ってこれたっス。あの、どうして兄貴が泣いてんスか?もしかしてそんなにもオレッチのこと心配して────」
「ベヒモン君ッ!僕の、僕の宿がっ!」
泣きながら皆の顔を見る。誰かどうにかしてよ。燃えてるんだよ、ねえ。あんなに苦心して頑張って作って、みんなだって癒されてきたじゃないか。あんなに、あんなに大切にしていたのに!僕が初めて作った大掛かりな施設だったのに!経年劣化とか台風とか地震とかそういった自然現象でもなく、ただの魔物一匹に!
「僕の宿がッ!燃えてッ!ぶっ壊れてぁああああああああああああーーーーッ!」
誰も声を発さない。どういうわけかやまたのおろちまで黙り込んでしまっている。
ただ僕の嘆きだけが響いている。
「バ、バルナス。ひ、人の子ってここまで家に執着するのか……?我ちょっとドン引きなんだけど」
「は、はぁ。ゼンクロウ殿が特殊なのだと思いますが……」
なんだ、一体。どうしてこうなったんだ。そんなの分かり切ってる。だって、やった奴が目の前にいる。
「よくも、よくも僕の宿をっぉおおーーーーッ!おのれッ!おのれぇえーーーーッ!!許さんぞヤマタノオロチィィィイイイイイッ!!」
泣きながら立ち上がって僕は吠えた。
本当にドン引きしているのか、邪竜はあからさまに身を引いた。
「ゼンクロウ、そんなに泣くでない。壊れたものはまた作り直せばよいであろ?」
ヒミコ様が慈母のような声音で僕の顔を覗き込む。
でも、そこには隠し切れない感情があった。
胸がすっとしたみたいな感じ。ちょっと目の奥で笑ってるヒミコ様の顔が余計に僕を昂らせる。
怒りを声に出しただけじゃ収まらない。僕はさっきと打って変わって押し黙り、肩を抱いてくるヒミコ様の手を払いのけ、ゆっくりと自身の体内で魔力を巡らせた。復讐する。絶対に復讐する。
本当ならおそらく現存する呪文の中での最高位、ギガデインを食らわせたいくらいだけど、勇者固有の呪文なので僕には使えない。それどころかメラゾーマのような上級呪文も扱えるレベルにない。で、あれば。
であれば、その強力な呪文を使える存在を呼び出せばいい。
自身で復讐が、圧倒的な蹂躙が叶わないなら誰かに頼んでしまえばいい。
そんなことが可能なのか?そんな疑問を持ってはいけない。疑心を持てばそれだけで可能性の実を摘む。大王が言ってたじゃあないか。僕の才能は何なのか。
《
かつて僕自身がベヒモン君に説明したことがある。ルーラは単なる移動呪文ではなく、時空をゆがめる呪文なのだと。実際に時空を超えて《書》にたどり着いた経験もある。ガンマ君を呼び出すヒミコ様の術も見たことがある。
知識と見識と基礎技術は既に僕の内に存在するのだ。
ならば。
ならば、できないはずがない!
「《しょうかん》ッ!!」
破壊。破壊だ。破壊するための最強の存在!そいつを呼び出す!
狙うは一点、僕が知る最強の幻魔ドメディッ!
「我が呼びかけに応え出でよ!そして、そしてッ!眼前の邪龍をことごとく食らい尽くせええええ!!」
魔力が体外に放出され、僕の周囲を駆け巡る。この世界を書き換えてしまえとばかりに駆け巡る。
その魔力は僕の意思を受け、一点へと集中し、爆発的に増大した。
(ダメです!ゼンクロウ!まだその力は───!)
誰かの声が聞こえたような気がしたけど完全に無視した。もう、誰も、僕を止めることはできない。
僕の呼び声に応えて、まばゆい閃光が奔った。