突然現れた賢者カダルさんにはそりゃもうビックリしたけれど、どうやら今回は僕に用事があるわけじゃないらしい。三人の勇者への伝言があるのだとか。
ルビス様曰く。
『アリアハンより旅立ったオルテガを追え』
カダルさんの補足説明だと、どうやらルビス様は何かに手を取られているらしく、神託を下されたはいいが、おおまかなニュアンス程度しか分からなかったらしい。ヒミコ様も同じように、かなり曖昧にしか聞こえないと言っていた。たぶん、ヨミが聞いている時もそうなんだろう。
「そんなんだったら受け取り手次第で勘違い入るんじゃない?」
そう質問してみれば、確かにそうだけど自分たちにはどうすることもできないよね、とごく当たり前のように返された。うん、神様になんかできるならそれは人間じゃないよね。逆説的に、人でなき者なら神たる存在へ何がしかの影響を及ぼせるのだろう。
人じゃないモノ……大魔王が何かしたのかなあ。
石化の呪いを受けた?でもまだ声は届いてるし……
いくら考えたって予測の範囲を出ない。確かめたければアレフガルドへ行くしかないだろう。
うーん、そろそろ僕も外の世界に出るべきかもしれない。
何ができるか分かんないけど、ただの足手まといになるかもだけど、それでも助けたい人達がいるから。
そう思うのは当然僕だけじゃない。
「闇を払うのは僕たちの使命であり、願いだ。喜んで請け負うよ」
ロランさんはそう言って、すぐさま旅立とうとしたけど、僕は子供らしく駄々をこねて引き留めた。そんで、いろんな旅の話をせがんだ。僕が意図せず呼び出す前の話だ。
それは最初の旅立ちから邪教の神官を倒すまでの苦労話だけに留まらなかった。その後もいろんな戦いがあったらしく、ここに呼び出される直前も、別の闇と戦っていたそうだ。
なんかすげーやべー術によって自身を魔物と化した帝王と、全世界の国家が相対して起こったそれは、人類の存亡をかけた世界大戦とも呼べるものだったらしい。怖すぎるんだけど。
そのヤバい帝王の名前を聞いてみたけど教えてくれなかった。なんでも、強大な魔物の名はそれ自体が言霊になるらしく、知るだけで魔の力を呼び寄せかねないんだとか。ルーナさんが聖母のように微笑みながらそう忠告してくれた。
ああ、それじゃあ僕もあんまり魔王の名前とか口にしない方がいいのかな。今まで、幸いにも口にしなかったけど、これからは十分注意した方がいいかもしれない。闇は深く、一度まとわりつかれたら払うのは難しい。僕もそれは知っている。かつての経験から知っている。
───かつて?いつ、どこで?
考えただけで、脳みそが軋むような痛みに襲われた。耐え切れずにぶっ倒れた。
これも考えるなってことか。
ズキズキとした痛みに顔をしかめながら、仰向けになって空を見上げる。
ルビス様、これさあ、やっぱり制限大きすぎない?たぶん昔の僕は何か知ってたんだよね?
何度目か分からない、大王の心配げな声を遠くに聞きながら目を閉じる。
「ゼン!しっかりするのである!死んではダメなのである!死んだら吾輩が新しい物語を聞けなくなるのである!」
「僕の価値そこだけなの?」
「うむ!あっ、いや、じじ……冗談。そう、冗談である!」
ジト目でにらむと大王はゲコゲコとあからさまなとぼけた鳴き声を響かせた。
「うぬ、その……なっ、何も成せぬまま死ぬは人としての矜持が許さんのではないか!?」
「一つ成したよ。ヒミコ様を災厄から救えた」
「そうじゃのう。お前と、お前の仲間たちのおかげでわらわはこうして五体満足にしておる。感謝するぞ。ようやったのう」
僕の頭が持ち上げられて、柔らかいものの上にそっと置かれた。
ヒミコ様の膝枕は気持ちいい。なんていうか、母さんにしてもらってるみたいで酷く安心できる。
細い指に前髪を救いあげられながら、ゆっくりと目を閉じた。
「これだけでも、頑張った甲斐がありました」
「はは、小さな勇者はここにもいる、か……」
遠い目をしたロランさんが笑った。
◆
カダルさんは勇者三人に、伝えるべきことを伝えた後、僕らとの会話もそこそこに「賢者の書」へと帰っていった。たぶん、マルモちゃん一人残したままなのが不安だったんだろうね。大王がちょっと寂しそうだったけど、また連れて行けば簡単に会えるしいいじゃないって言ったら飛び上がって喜んだ。
「また連れて行ってくれるのであるか!?」
しまった、墓穴掘った。言わなければ連れて行かなくて済んだのに。でも、今回大王も頑張ってくれたしね。ご褒美代わりにいいかもしれない。十文字にはまた魚でもご馳走しようかな。
そんなこと考えてたら、ヒミコ様が今度家に招待したいとか言い出した。なんかご褒美くれるらしい。でも断った。
「なぜじゃ?幼子が好きそうな甘味も出せるぞえ?」
「んー、それよりロランさん達ともっと話したいし」
「ならば三人とも連れてゆけばよい」
「それだと大王と十文字が連れてけないじゃん。魔物はダメでしょ?」
むむむ、と唸るヒミコ様は疲れてはいるけど大した傷もない。可能性だけで言えば、彼女が死んでしまう未来もあったはずだけど、うまく回避できたし、僕としては十分な結果だ。いや、それ以上だ。
なにせ、ロランさん達三人と会えるとは思ってなかった。完全に埒外の結果、僥倖ってやつだ。これこそ僕に対するご褒美そのものだ。
そんなわけで、ひとまずオルテガさんの出身地、アリアハンの地理的な説明を餌にして、三人をばーちゃんちにいざなった。ヒミコ様は置いてきた。がなり立てて煩かったけど、政務あるでしょ?って言ったら黙った。パープルオーブの保管もあるし、やることちゃんとやってからねって言ったら恨めしそうな目で見られた。
ヒミコ様はいないけど、そこそこに話は盛り上がった。
いろんな話を聞いたし、今度は僕もいろんな話をしたんだけど、その中で以前リュカさんに出会ったときにサインをもらいそびれて滅茶苦茶悔しい思いをしたことも語った。
「う、うん……それは、その、残念だった……ね?」
ロランさん達が一歩引いてるのが不思議だけど、ともかく僕の目的の一つがこれだから。
「あんな悔しい思いはもうしたくないし、なんか記念に下さい!!僕の勇者コレクションに加えるので!」
「お前はなんつーか、遠慮しないよなあ」
「うむ。ゼンの美点であり、悪癖である」
若干呆れ気味のサトリさんを前にしても僕は引かなかった。押せ押せだ。
「そもそも俺らがやれるもんなんかないぞ?」
「そこはほら、旅の途中で余った武器とかそんなんでもいいんですし、あ、そうだ!僕、前にリュカさんからはこれ貰ったんです!」
僕が手のひらで輝く、不思議な果実を三人に見せると、三者は顔を見合わせた。
「同じもの持ってるわよね?」
「ああ、持ってるな。《願いの欠片》だって言ってたっけなあ」
「用途は良く分からないけれど、集めれば願いが叶ったりするかもしれないね。ゼンクロウ君にあげるよ。僕らは僕らの力だけで願いを叶えるから」
ロランさんはそう言って、袋から取り出した輝く果実を僕にくれた。まあすぐに大王に奪われたわけだけど。どうやら話を聞いて興味を持ったらしい。本当に知識欲の権化だなあ。
そんでしばらく話し込んで、一晩経った次の日。
早くも旅立とうとしている三人に僕は意を決して言った。
「僕も一緒に行きます」
「それは……」
ロランさんはかぶりを振った。それはダメだ、危険な旅になるから連れてはいけないと。
そんなことは百も承知だ。分かった上で頼んでいる。色々と言葉を尽くして頼んだけれど、結局受け入れられなかった。なによりも反対したのが、意外なことにシロガネさんだった。
子供だからじゃない。お前は単純に力不足だ。足手まといになる。
わかってたことだけど、明確に言葉にされると意外とショックだった。
こなくそと思って八つ当たり気味に大王を放り投げ、十文字に体当たりした。僕も放り投げられた。地面にたたきつけられたところで大王が僕の顔面にべちっと音を立てて着地した。
痛い。
この痛みでいやでも思い知る。僕は弱い。ちょっと魔法が使えるだけの子供に過ぎない。
無性に叫びたくなったので、思いっきり叫んだ。意味のない言葉の羅列をただ叫んだ。それで幾分かすっきりしたけど、虚しさは完全に晴れない。
だから僕は一般的な人間らしく、何か別のことに打ち込むことにした。決意を言葉にして、自身の慰めにしよう。もともと、一つやりたいことはあるわけだし。
「温泉宿、作り直さないとね」
自分で言っててちょっと泣きそうになった。畜生、やまたのおろちめ……
涙ぐんだ僕は再度、温泉宿の建築にとりかかろうと聖なる泉にルーラした。
この世界の勇者が来るまでに、この地方の名物にしてやるぞ、と小さな野望に燃えながら。
幼年期:災禍の蛇 了
次回、青年期:勇者の旅路 開始────
次からは三人称。ゼンクロウ君は主役から引きずり降ろされます。
だって本物の主人公の話だもの。