ジパングの魔物使い   作:gamika

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※三人称


青年期:勇者の旅立ち
39.オルテガの息子


 それはエニクスが16歳になる誕生日のことであった。

 

「おきなさい。おきなさい、私のかわいいエニクスや……」

 

 母親の優しい呼びかけによって、少年はゆっくりと瞼を開いた。

 

「おはようエニクス。もう朝ですよ。今日はとても大切な日。エニクスが初めてお城に行く日だったでしょ。この日のためにお前を勇敢な男の子として育てたつもりです」

 

 その言葉は紛れもない事実であった。

 エニクスは無口な少年であったが、それでも尚、周囲はその存在感に目を背けること叶わず、彼自身が執拗なまでに己を追い詰め、鍛え上げていく姿を見れば、なるほど、確かに彼こそがアリアハンに並ぶ者なき勇者オルテガの息子であると誰もが思い知らされる。

 

 そして、父を追うその姿勢は既にアリアハンの王にも認められ、異国へと旅立つ許可を得られる手はずになっていた。16歳ともなれば、この世界では成人の扱いである。

 

 母に促されるまま、少年は身支度を整え、玄関の前に出ると大きく息を吸い、迎いの家を見上げた。視線は二階の窓に注がれている。

 

 果たしてそこには、彼の幼馴染たる一人の少女がいた。名をミルトという。薄水色の髪を長く伸ばした可憐な少女であった。少女は窓枠に手をかけ、しかしその取っ手に手をかけることなく、どこか物悲し気に眼下の少年の姿を目に焼き付けていた。

 二人を分け隔たっているのは透明なガラスだけだったが、互いに言葉をかけることもない。声は交わることがない。ただひたすらに視線だけが少年少女の間を行き交う。

 

「行ってくる」

 

 少年は声を届かせるつもりもないのか、ただ一言そう呟くと、アリアハン城への道をたどっていった。

 

 母親と同道して行く先々では、顔を合わせた人々が立ち止まり、少年へと激励の言葉をかけていく。彼らも事前に聞いてはいたのだ。オルテガの息子が父を追って旅立つ日がいずれくると。

 

 せいぜい頷く程度の反応しか見せない少年の代わりのように、母親が町民に返事をしていた。こういうところはまだ子供なのだなと、町民たちは微かに笑った。

 

「ここからまっすぐ行くとお城です。王様にちゃんと挨拶するのですよ。さあいってらっしゃい」

 

 母親は城の目前まで来るとようやく少年を一人見送ることにしたようだった。少年は事前に一人でよいと見送りを断っていたのだが、母親はそんなことはできぬと頑として譲らなかった。未練とならぬよう、少年に本心を明かすことはなかったが、こうして家族を見送るのは二度目のことだ。一度目がいまだ帰らぬ夫であれば当然の事、彼女の心情察するに余りある。その瞳から一滴が零れ落ちるのも致し方ない事だろう。

 

 けれども、少年はそれを振り切った。振り返ることもなかった。決意は固い。戻らぬ父を追うために、その死を信じられぬ己の心を救うために。

 

「よくぞきた!勇敢なるオルテガの息子エニクスよ!そなたの父オルテガは戦いの末、火山に落ちて亡くなったそうじゃな」

 

 謁見した王の言葉は王宮の兵士からも聞いたものだ。一人旅立ったオルテガを追い、そして戻ってきたライアンという兵士がもたらした報告だという。

 

「その父の後を継ぎ旅に出たいというそなたの願いしかと聞き届けた!

 敵は魔王バラモスじゃ!

 世界の人々はいまだ魔王バラモスの名前すら知らぬ。

 だがこのままではやがて世界は魔王に滅ぼされよう」

 

 魔王の名が王の口から漏れ出るたび、少年の顔がわずかに強張る。ただ名を呼んだに過ぎないというのに、まとわりつくような不快感が脂汗を呼び、おぞましさが背筋を駆け抜けるようだった。だからこそ、魔王の存在に疑いを持つこともない。人にとって忌むべき何かが確かにいる。だからこそ、その存在を―──

 

「魔王バラモスを倒して参れ!」

 

 有無を言わさず少年に課された、魔王討伐という王命。実のところ、この場においてのそれは、ただの建前に過ぎなかった。今でこそ規模は縮小したが、かつて絶大な権勢を誇ったアリアハンの王ともあろう者が、たった一人の少年に全てを任せてしまうほど愚かなわけがない。

 

「街の酒場で仲間を見つけ、これで装備を調えるがよかろう。ではまた会おう!エニクスよ!」

 

 全ては、父を探したいという少年の想いを汲んでいるからこそ生まれる言葉だ。わずかばかりとはいえ、民の血税から支援を引き出すことまでするあたり、為政者としては情に傾きすぎだとすら言える。

 

 少年はいくらかの武具と金を受け取ると、深々とこうべを垂れた。

 

   ◆

 

 城をあとにした少年は、ルイーダの酒場へ来ていた。

 

 酒場では多数の冒険者がくだを巻いていた。アリアハンの周囲は比較的魔物が弱く、その見返りも少ないのだが、これほどの数が集まっているのは理由がある。王命だ。魔王に対抗するため、自国の戦力だけでなく、傭兵という外の力も求めた結果だった。

 

 いかつい冒険者の只中に、まだ年若い少年が混ざると、次々と値踏みするような視線が投げかけられた。冒険者たちも当然のごとく聞き及んでいる。アレが名高き勇者オルテガの息子なのだと。果たしてどれほどの物か、気にならない方が珍しい。

 

「ここはルイーダの店。旅人が仲間を求めて集まる出会いと別れの酒場よ。何をお望みかしら?」

 

 耳目が集まる中、少年はさして気負った風もなく女店主ルイーダに言った。

 

 己よりも強い者がいるか、と。

 

「はぁん?坊主、ちいとばかり調子に乗ってんじゃないかい?」

 

 色めきだつ冒険者の中から一人の女が歩み出た。くせのある紫紺の長髪と共に、女とは思えぬ筋肉を震わせている。分かりやすく怒っているようだった。

 

「ファグナさん、そう短気を起こさずに。麗しき乙女がそれでは、神も嘆きます」

 

「神はともかく、アルリタの言う通りね。やめといた方がいいよ、ファグナ」

 

「無理」

 

 ファグナという女傑はルイーダの酒場でも一目置かれる強者だ。かつて「ごうけつぐま」をたった一人で打倒した経験もある、紛れもない豪傑である。

 その背から忠告をかける女性三人は僧侶アルリタ、魔法使いチコ、武闘家ジーシェンといい、ファグナを含める4人のパーティはこの場でも上から数えた方が早い実力者達だった。そういった顔ぶれからすれば、先ほどの少年の言葉は身の程知らずと受け取られても仕方がないが、実際に立ち上がったのはファグナのみである。

 

「かぁー!あんたたちこのアタシとパーティを組んでおいてそんな事言うのかい!あんな坊ちゃんにアタシが負けるとでも!?そりゃあチビならあんなのにビビるのも分かるけどねえ!」

 

 憤慨するファグナの言葉にムッとした顔を見せたのは、ミルクを飲んでいる魔法使いの少女だった。ともすれば幼い子供しか見えない彼女だが、少年よりも年上である。加えて言うなら、チビは禁句だった。

 

「エニクス。少し痛い目見せてあげて」

 

「あぁ!?あんたアタシを侮って……!?」

 

 突然迸った威圧にファグナは途中で言葉を切った。警戒を含んだ視線の先にはまだ16になったばかりの少年しかいない。

 

「なるほど……アタシが間違ってるのかもねえ……?」

 

「そうね。でも勘違いしないで。あの子はただ優しいの。優しくて、もしも体のことで馬鹿にされてる女の子がいたら必ず助けようとするってだけよ」

 

「はは……!いいねえ!ゾクゾクするじゃあないか!」

 

 言うが早いか、ファグナは鋼の剣を抜き放ち、刀身を背負うような独特の構えを取った。完全に臨戦態勢である。「脳筋」と、口数の少ない武闘家ジーシェンが呟いたが、それには耳も貸さず、目前の少年を睨め付ける。

 

 対する少年は動かない。構えを取ることもなく、気勢だけが油断なくまき散らされている。

 

 そのまま睨み合いを続けて、ふっと少年が視線を逸らした。瞬間、ファグナは地を蹴り飛び出そうとして、後頭部をしこたま殴られた。

 

「いてぇ!」

 

 つんのめっって倒れかけたが、なんとか体勢を立て直す。涙目で振り返る女傑の背後には、フライパンを持ったもう一人の女傑、店主ルイーダがいた。

 

「あのねえ……ここは出会いと別れの酒場って言ったでしょう?闘技場じゃないの。暴力禁止」

 

「いや、でも分かるだろ!?コケにされて黙ってるわけにはいかないんだよ!プライドの問題がなあ!」

 

「はいはい、プライドの問題ならまずはチコにあやまったら?」

 

「そうです!さあ誠心誠意先ほどの発言を謝りましょう!そうすれば神もお許しになるはずです!そしてともに祈りましょう!人類のとこしえの友愛のために!」

 

「大仰」

 

 少年は既にその場からいなくなっていた。




今後こんな感じになるので雰囲気変わります。前の方が好きだった人はごめんね。

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