少年はレーベの南にある洞窟を抜けた先にあるナジミの塔を上っていた。
かつて灯台としての機能を果たしていたこの場所も、今では魔物が蔓延る魔境となってしまっている。一昔前には魔王の配下が子供を攫ってこの塔に潜む、という事件が起こったこともあった。
そういった過去の事例から、定期的な魔物駆除を王宮の戦士が担っている。夜以外で明かりが灯るときは駆除が終わった時だ。
最上階には管理者として老人が一人住んでいるという。聖水をまき、特殊な結界呪文で魔物をやり過ごしているそうだが、それでも魔物はどこからか侵入してくる。淡々と魔物を屠りながらも少年は最上階を目指した。
果たして、本当に最上階にそのご老体はいた。
少年が声をかけると、突然手を掴まれ小さなものを握らされた。軽く首をかしげる少年を前にして遠い目で「夢を見たのだ。ルビス様のお告げだったのかもしれぬ」と笑った。
ご老体から少年に渡されたのは「盗賊の鍵」と呼ばれる代物だった。
少年の目当てはまさしくそのカギであった。アリアハンの牢にいた盗賊バコタがこの鍵を奪われた(正しくは、悪さをしないように取り上げられただけである)と、漏らしていたのを聞いた当時は鍵など不要、と気にも留めていなかったが、人生何が必要となるか分からないものだ。
少年はレーベに戻ると、早速盗賊の鍵をチコに渡した。
それからはもう、てんやわんやである。
祖父の家に突撃したチコは扉を開けるなり「この頑固爺!家族に迷惑をかけるんじゃない!」と叫び、問答無用で呪文を放ったのだ。器用にもかなり弱体化させた威力で放っていたが、いくらなんでも実の祖父への対応としては異常に過ぎる。少年が思わず庇いに入ったほどであった。
とはいえ、祖父にも問題はある。
最終的に軽度の小火(ぼや)騒ぎとなってしまい、祖父孫ともども、父母にこってりと絞られた。解せないのは少年がその場に同席させられたことであった。友人家族の問題に巻き込まれた形となったが、少年は相変わらず無口で文句を言うこともなく、じっと家族会議を見守っていた。
「ごめんね、エニクス。なんか巻き込んじゃって。特別な鍵までくれたのに」
「すまんかったのう……お詫びにこれを受け取ってくれんか?そしてその効果のほどを是非わしに聞かせてほしい」
「お爺ちゃんが知りたいだけじゃん!もう、ホント懲りてないね!」
老人の意向はともかくとして、少年は研究の成果である「魔法の玉」を遠慮なく受け取った。
その玉は魔法と名が付いてはいるものの、その実、いわゆる魔の発動原則と呼ばれる事象に一切関係ない爆発が起こせるものだった。呪文式を内蔵しただけの、火薬と化学反応を使った物理的な爆発を生み出すものだったのである。
これならば、いざないの洞窟の壁もあるいは、と考え至るのも当然であろう。
チコがお礼にご飯くらいと引き留めるのにも構わず、少年はいざないの洞窟に再び訪れ、そして躊躇なく魔法の玉を使用した。
爆音とともに見事に壁は破壊され、感慨もほどほどに少年は先へ進む。多少魔物がいたが、なんのことはなく対処していく。
普通に考えれば、壁でふさがれているこの場所にどうやって魔物が入り込んでいたのか疑問にも思うだろうが、その答えは最奥にあった。
水色に光り、波打つ、超常的な渦巻き。
旅の扉。
その存在が魔物すらも運んでしまっていたのだろう。手の届かぬところから脅威が入り込んできてしまう可能性があるのであれば、なるほど、封印されるのも致し方なしというところである。
少年は風説の類、あるいは物語の中の存在として旅の扉の存在を知ってはいたが、実際に目にするのは初めてである。ゆえに最初はそれが旅の扉だと気づかなかったのだが、実際に見たこともない祠の中へ飛ばされることで、ようやくその事実に気づいた。
祠から出ると、夕闇が周囲を包んでいた。
遠くに明かりらしきものが見えるが、少年は無理せず、一晩祠のそばで野宿することにした。
焚火を手早く準備してから、干し肉を取り出しかじる。
パチパチと音を立てる火を眺めながら、少年は、旅の扉の再封印を試みるべきかと考えていた。残念ながらその知識がなく、断念せざるを得なかったのだが、改めて考えるとそれで良かったのかもしれない、と思い直す出来事があった。
朝方、少年の後を追って、チコ達のパーティが旅の扉を通ってきたのだ。
魔物をどうにかできれば物資輸送の革命が起きるかもしれない。
「おお!勇者の坊主じゃないか!今度こそ勝負を……!」
「はいはい、ここでやるのは得策じゃないでしょ。町についてからにしなさいな」
「ここ、ロマリア近辺?」
「随分遠くに見えますが、あちらにお城が……こんな抜け道があるとは驚きです。これも神の御導きでしょうか」
「勇者の導きでしょ?お爺ちゃんの作ったモノを何に使うのかと思ってたら、まさかねえ……」
夜通し歩いて誘いの洞窟を抜けてきたのか、晴れやかな態度とは裏腹に、四人の顔には疲労が滲んでいた。少年は何も言わず、チコに飲み水の入った皮の水筒を差し出した。
相変わらず人が良すぎるわよ、とため息をこぼしながらも、チコは焚火跡の側に座り、受け取った水筒に口をつける。喉を鳴らして水を飲み、ぷはあと息を吐くと、そのまま寝ころんだ。
「少し寝る」
「私も寝る」
それにならうようにして武闘家ジーシェンが寝転ぶと、あっという間に寝息を立てて始めた。
「毎度思うけど、ジーシェンの寝入りの早さは本当にすごいわね……ああ、ほら、ファグナもアルリタも少し休んだ方がいいよ?」
「それはそうですが……見張り番を」
「アルリタが先に寝ろ。アタシが番をやる」
「いいから二人とも寝なさいな。エニクスが見ててくれるはずだから」
少年が頷く。立ったままの二人は顔を見合わせると、どうしたものかとしばし逡巡したが、結局横になった。
「今度は逃げるなよ、坊主」
「馬鹿ね……勇者は逃げないわよ。ね、エニクス……」
うとうとと目を閉じていくチコの視界の中で、少年は再び薪に火をつけていた。