「ねー、おにいたん。おにいたんはろこからきたのー?」
親指を咥えたヨミに問われて、僕はうーんと唸った。
「一体どこからだろう?」
「しらないのー?」
「うん、知らない世界だ」
たぶんこの世界じゃないんだろうなあ。何の疑問も抱かせずに浮かんでくるこの世界の詳細知識からして、おそらくはここを俯瞰できるような上位世界とでも言うべきところなんだろうけど。
正直言って、なんかロックっぽいものが掛かってて分かんないんだよね。
このことについて考え始めると微妙に意識が混濁し始めるし。なんとなくだけど、この世界で生きる人間として、過去は捨てろって言われてる気がする。
でも知識は使っていいとか、微妙にアレな感じだよね。ダブルスタンダードってやつ。とはいえ、その知識も記憶の中からあふれ出てくる、そう、「思い……出した!」って感じのヤツだし、何かトリガーでもないと能動的に使えないんだよなあ。しかも僕自身、その知識が当然と思っちゃってるから、ちょくちょく知らないはずの知識であることに気づかなくて、有効活用することもできなかったりするし。
よく考えてみたら、ばーちゃんとかシロガネさんとか、この地域にいないはずの種族なのに、なんで僕知ってんの?ってあとから驚愕しちゃったよ。この分だと、異次元知識で無双とか無理っぽい。それで困るわけじゃないけど、まったく。
「不便だよね」
「んにゅ?」
首をかしげるヨミ。年相応に可愛らしいその姿に癒される。思わずくしゃくしゃと頭を撫でまわしてしまった。
「結構髪伸びたね」
「のびたー」
ちょっとボサボサ気味の黒い髪を撫でまわし続けていると、ヨミは目を細めて僕に身をゆだねる。ああ、本当にかわいいなあ、この子は。守りたい、その笑顔。
「だああ!もうっ!サボんなゼン!仕事しろぃッ!!ヨミもカーチャンとこに行けって言ったのに!」
目を背けたい、その怒り。
パっつぁんは鍬を振りげて思いっきり畑に突き刺すと、幼いヨミへの配慮を忘れたように遠慮なく喚き散らす。まったく、子供相手になんて言い草だ。頭冷やした方がいい。
「ヒャド」
つぶやくと小さな氷の球が空中にできて、そのまま自由落下した。ごつん、と音が鳴る。
「いでぇッ!何すんだゼンッ!」
「頭冷やしてもらおうと思って」
「ぶつけたところがむしろ熱くなったわ!」
「やれやれ、ヨミのおとーちゃんは熱血漢だね」
「おとーちゃん、あつくるしいのー。おかーちゃん、ゆってたー」
「ヨミまで……俺の何が悪いってんだ。チクショウ、たんこぶできちゃってるよ。マジで痛ぇ」
「心が?」
「頭がだよ!」
「仕方ないなあ。これで冷やしたらどう?」
畑の中に割って入り、転がっていた氷の球を布にくるんで渡すと、パッつぁんはそれをおでこに当てて、ふう、と一息ついた。
「ふふん、僕のおかげで氷があったんだよ?」
「その氷でケガしたんだけどな」
ごもっともで。
お前のせいだろ、と明言しないあたりパッつぁんは良く分かってるお人だ。さすがに悪いと思ったので、その後は真面目に畑仕事した。ヨミは近所のお子さん数人と一緒に走り回ってなんかしていた。
辺りが暗くなって、帰り際。
いつも通りヨミを肩車してのしのしと歩く大柄なパっつぁんは、額のあたりをさすりながら一つぼやいた。
「つーかよ、ゼン。氷じゃなくて、ホイミかけてくればいいのによ」
「そんなものもあったね。忘れてた」
「マジかよ」
マジだ。本当に有効活用できてない。ウケる。
たんこぶは冷やすもの。当然の知識だから仕方ないよね。
「魔力節約ってことで一つ」
「じゃあヒャドとかすんなよ」
「すんあよー」
ぐうの音も出ないわ。
◆
僕は『まほうおばば』であるばーちゃんのところにちょこちょこ通ってるわけだけど、それはパっつぁん達も周知の事実だ。危ないからやめろと言われるでもなく、大王を頭に乗せた十文字が迎えに来ても怯えることもなく、淡々とその事実を受け止めてくれている。
というか、昔から村ぐるみでばーちゃんと交流があったみたい。
でもばーちゃんが魔物だということは知らなかったそうで、晩飯食った後にそのことを告げるとさすがに驚いていた。
「いや、確かにババアは俺が生まれる前からあの姿らしいしよ、結構年齢いってるはずなのに、20年も生きてられんのはちょっと妙だとは思ってたんだよ」
「アンタ、恩人に何失礼なこと言ってんだい!おばば様のおかげでアタシ達は魔物に襲われずに済んでんだよ!」
「おばばしゃまはおんじんー。おくすりもくれゆー」
「そうだねえ、おばば様は大事にしないとねー」
ヨミを抱きしめてハートマーク出しまくりなカーチャンこと、ミトさんもばーちゃんの事は悪く思ってないらしい。
「しかし、アンタに魔法の素養があったのは驚いたよ」
「フフフ、このゼンクロウ、単なる穀潰しじゃないのだよ」
「そうだねえ。小生意気なクソガキだねえ」
「カーチャン容赦ねえな。俺もそう思うけどよ」
「夫婦そろってひでえ」
だが、どうしようもない事実だ。頭で考えるよりも先に口が出る。それはもう僕の性分と言って過言ない。余りにも『しょうじきもの』過ぎる性格が災いしているわけだ。この性格を変えるとしたら、もうそれは『本』を読むしかないだろう。
「『しょうじきもの』はつらいなあ」
「アンタが『しょうじきもの』だって?ハッ、ちゃんちゃらおかしいねえ」
「お前みたいなのは『ひねくれもの』って言うんだぞ。覚えておけ、ゼン」
「ひでえ」
「ちあうー、おにいたんは、『いっぴきおおかみ』らよー」
娘の評価を聞いて怪訝な顔になる夫婦。全然似合わねえって言いたいんだろう。でも僕はなんとなくだけどその理由が分かる。
「もしかしてルビス様がそう言ってるの?」
「あいー」
やっぱりね。
根本的に存在が違うってことなんだろうなあ。
「おとーさん、おかーさん、僕はいずれ、旅に出ます」
その言葉に二人は少しばかりぎょっとして、でも淡々とその言葉を受け止めた。少しばかり悲しそうな顔をしているのは気のせいじゃないと思いたい。
「そうかい」
「その時は娘さんを僕に下さい」
「あんた、こいつ殺そう」
「よし来た」
「冗談が通じねえ!?」
全然淡々としてなかった。激情で『般若の面』かぶったような顔になってた。
そのあと、しこたまミトさんに尻を叩かれ、冗談でもそんなこと言うんじゃないよ、と叱られた。パっつぁんも神妙な表情して拳骨を僕の頭に一発叩き込んでくれやがった。
その日は一晩中、出来上がったたんこぶと腫れあがったケツにひたすらホイミをかけ続けた。よし、魔法を有効活用できてる。失敗から学ぶ僕偉い。
犬のごとき格好で突き出したケツに淡い光を纏っていると、ヨミが眠たそうな顔で言う。
「おにいたんはあほー」
確かにアホみたいな格好だ。まさに無様。でも、ヨミが自分からそんなこと言うなんて思えないし、もしかしてこれは。
「ルビス様がそう言ってるの?」
「あいー」
ルビス様も容赦ねえな。