魔法には二つの発動要素がある。
一つ、常態に非ざるもの、即ち非現実を起こすためのシークエンス。
一つ、非現実が内包した存在力を発揮し続けるシークエンス。
共にその内奥には魔力という源が必要となる。すなわち、これをもって魔の発動原則と呼び、非常識、非現実を巻き起こし、保つ法則───魔法と呼ぶ。
「難しい言葉を並べ立てて意味が分からない感じで説明すると頭がよく見えるよね」
「茶化すでない」
ごつん、と箒の柄で頭を叩かれ、しかめっ面になる。
「痛いなあ、もう。でも意味は分かるよ。ようは魔法を起こすのにも魔力がいるし、起こした状態を維持するのにも魔力が必要ってことでしょ?」
「その通り。それゆえに、魔力をうまく操作せねばそもそもの現象を起こすこともできず、また、現象自体に内包された魔力が尽きれば自然消失する」
ヒャド、とばーちゃんがつぶやくと、手のひらの上に四角い氷ができた。
「努力を怠らず進めば、このように一般定義されている魔法の在り様を変えることも可能じゃ。だが……」
つぶやいたばーちゃんは握った氷を僕の頭めがけて放り投げた。反射的に頭をかばった僕だったがしかし、ぶつかる直前で氷は消失してしまう。文字通り消えたのだ。水になるでもなく、あるべき空間からごっそりとなくなった。
「結局は原則から逃れることはできん。魔力供給を断ち、内部に残った魔力が消費されれば必然、その現象も消え去る」
「つまり?」
僕は自分でヒャドって作り出した氷をコップの中に放り込みながら大きなあくびをした。魔力供給を断ち、氷の中に含まれる魔力自体も消えている。けれど、氷は確かにそこにあった。魔法の力に関係なく、残ったままになっていた。
それはともかく、これで何個目だっけ。前に作った氷は解け始め、つめたーい水が出来上がっていた。これ飲んだら頭がキーンってなりそうだ。
「つまり、小僧が使っているのは厳密には魔法ではない。というか、アンタ本当に何者だい?」
「わかんない」
「だろうねえ。本気で言ってるのが分かるだけに、徒労感が凄まじいわ」
「えへへ、そんな褒められたら照れる」
「褒めとらんわ!理不尽すぎてむしろぶん殴りたいくらいさね!」
有言実行とばかりに再びばーちゃんは箒の柄を振りかぶった。僕はそれをひょいとかわすと、舌を出した。シロガネさんに鍛え続けられている僕がその程度かわせないとでも?
「甘いわ小僧!」
振り下ろされた箒の先が地面に触れるなり、魔力がほとばしる。冷気を伴ったそれは、氷のつぶてとなって周囲一帯にばらまかれた。
「あだだだだだだ!」
拡散豆鉄砲。豆ほどに小さな氷が節分よろしく僕にぶつかって、思わず悲鳴を上げてしまった。すぐ傍で僕と同じく氷の雨にさらされたものの、キンキンと弾いて何食わぬ顔の白銀の鎧が少しばかり妬ましい。
「シロガネさんのアレは固くて雄々しくて、羨ましいなあ」
そう言うと、シロガネさんは目にもとまらぬスピードで鞘付きの剣を僕の頭に当てた。痛い。
「誤解を招くような言い方してすみません」
「本当に口の減らない小僧だね」
「うん。ばーちゃん、ごめんね」
「これを飲んだら許してあげるさ」
「なにこれ……」
虹色に光るその液体はとても神々しく、それ以上に僕の不安を呼び起こす。いや、単色であればまだいいよ?でもさ、七色に色が変わって光るって、それ生き物みたいにうごめいてるってことじゃない?これやばくねえ?
「飲め」
「いやいや」
「ゼンよ!ここが男の見せ所であるぞ!武人の心意気しかと見せよ!」
「いやいやいや、大王こそ王様なんでしょ?今こそ人の上に立つ資質の見せどころじゃない?」
「いや、吾輩ただのカエルだし」
「プライドねえのかよ!」
「カエルは人語を解さないのである。ゲコゲコ」
「この野郎!」
ここぞとばかりにしらばっくれる大王に怒鳴り散らそうとして、不意に体が強張った。鬼気迫る。まだまだ達人には及ばないとはいえ、僕も多少武をかじった身。この気配には覚えがあった。
「あの、シロガネさん……?」
シロガネさんの常軌を逸した力が僕を束縛している。後ろから羽交い絞めにされ、目前には七色の光輝く謎液体がちゃぷちゃぷと音を立てている。ご丁寧に、僕が作った氷入りのコップに移し替えられていた。
「もしかして、さっきの一言、気に入りませんでした……?」
シロガネさんは無言だ。その圧迫感凄まじく、僕の背に冷たいものが走った。そっちはまだいい。前の冷たいものが口に押し付けられると、自然と顔が真っ青になる。
「シロガネはね、見た目通りに潔癖なんだよ」
頭がキーンとする。
「下ネタ、ダメ、絶対」
口の端から七色の液体を垂らしながら、僕は崩れ落ちた。
口惜しいことに、その後の僕はすこぶる体の調子が良かった。認めたくないが、七色謎液体のおかげらしい。飲んですぐは胃の腑から込み上げる生ゴミのような臭気に吐き気を催し、履きつぶした靴底をなめるくらいの不味さに意識を失ったのだが、体に浸透するとその前症状が何だったのかというくらい快調になった。
万病に効く薬作ってみた、とばーちゃんは言っていたが、まあ死にかけなら我慢して飲むんじゃねえかな、コレ。いくら効果抜群でも風邪くらいだったら絶対飲まないけどね。ばーちゃんが寿命で死にそうなときに飲めばいいんじゃねえかな。たぶんあまりの不味さにあの世から帰ってこれるよ!ザオリク並みだよ!
健康状態で飲んだらザラキ並みだけどね……
それはそれとして、ばーちゃんに指摘された僕の魔法の異常さが気になっていたので、それを検証するために色々と魔法を唱えていた。で、気づいた。これが意味あるのって、精々ヒャドくらいだわ。
だって、メラなら火種なしに燃える炎だから、魔力が消えれば当然ただの炎になってすぐ消える。ギラも光源がただの熱だから光るだけ光って拡散してやっぱり消える。バギも鎌鼬起こしたらあとは勢い弱ってただの風になるし、イオなんて元々が爆発した時点で終わりだし。ピオリムも素早さを上げるって良く分からない効果だけど、ばーちゃんから聞いた限りじゃ魔力が体に干渉してる状態を作ってるって話だから魔力なくなったら意味ないし、この分だとルカニとかスカラでも一緒だろう。
「つまるところ、これしか意味が無いんだなあ」
「こおり、しゃくしゃくー」
「ぴー」
「あたまきーんってするー」
「ぴぃぃぃ……」
「うん、落ち着いて食べようね?急いで食べるとそうなるから。キョロちゃんもあんまりがっつかない様にね」
ヨミは僕が木を削り出して作ったお手製スプーンを手に、しゃくしゃくとかき氷を食べていた。シロップは蜜柑っぽい何かを森の中で見つけたので、それをすり潰して作った。最近蒸し暑い季節が続いていたのもあって、大好評だ。
村のみんなにもシロップを自分で準備する前提でご馳走したら大変喜ばれました。みんな頭抑えてたけど。誰しもが通る避けられない道。それが冷たい頭痛だ。
ただ、そのあとどこで氷を手に入れたんだと聞かれて、僕の魔力で作った氷だよ、と返したら皆がすっげえ微妙な顔をしていたのだけが納得いかない。ミトさんなんて僕を無言で引っぱたいたからね。何が気に入らないって言うんだ。僕が手ずから絞り出した魔力なのに。いわば僕そのものを削って作ったかき氷なのに。懇切丁寧に説明した僕の苦労を返してほしい。
「美味しい?」
「おいしー」
「ぴー」
その点、ヨミは精製方法を知っても、素直に頂戴って自分から催促してくるんだからかわいくて仕方がない。天使だわこの子。羽ついてるのは隣の小さい鳥だけど。あ、いや、翼ないから羽毛ないんだっけ。
「キョロちゃん、『ぴー』じゃなくて『クエッ』って鳴いてみようか?」
「ぴー?ぴ、ぴぇ……ぴ……く……」
飼い主に似て純粋らしいキョロちゃんは言われるままにその音を出そうと苦慮している。はは、この小鳥もかわいいなあ。
「おにいたん、きょろちゃんいじめちゃめー」
「あはは、ごめんね。キョロちゃん、好きなように鳴いていいよ」
「ぴぇー」
変な声になってる。