昭和16年初夏
零戦の劇的な初陣を皮切りに重慶空襲の頻度は多くなったように思えた。後半には99式艦爆・97式艦攻も空襲に参加している。もちろん、迎撃機はいたが、零戦がほぼ撃墜させた。日本側の報告だけでも120機も撃墜しており、わが方の被撃墜は2機それも対空砲によるものだけだった。ここに「零戦の神話」が始まった。
「しかし、空戦の機会が減って、暇だな。」パチッ
「ああ、敵さんも奥地に引っ込んでしまったからな。」パチッ
才人と坂井は将棋をやっていた。
才人と坂井の会話で分かるように、中国航空隊は重慶を捨てて、さらに奥地の成都に後退して行った。しかし、奥地に追い込まれつつも隙を見ては日本軍に攻撃を仕掛けてきた。
「だけどな、こっちから空襲してきても、敵がいなければ意味がないじゃないか」パチッ
「敵さんが事前通報で逃げるからな。」パチッ
そう、彼らは宣昌を中継基地に成都に戦闘機隊のみで叩いてはいるのだが、多くの場合は事前通報で、いち早く逃げてしまうため、地上はもちろん空中で補足する事は容易ではなかった。
「だからといって、陸さんを無視するわけにもいかん。」パチッ
「ああ、連日、分隊長と指揮官が研究をしているんだがな。」パチッ
しかし、敵の戦闘機隊を是が非でも補足しなければいけない。彼らはいろいろと研究し、その方法を工夫した。その結果次の案がきまった。
「そろそろ、結論が出てもいいころじゃないか?」パチッ
「そうだな。・・・・王手。」パチッ
その方法とは、戦闘機だけによる夜間空襲――つまり黎明空襲という手であった。
だが、海軍は陸軍と違い、単座戦闘機による夜間作戦の訓練はあまり行われていなかった。そこで、進撃の航法は大型の陸攻で誘導し進撃することとなった。
作戦決行日――才人たちは前日の内に敵地に最も近い飛行場に進撃し、夜間を待った。やがて、日が落ち夜の闇となった。大空には満月が見えて、ほのかに明るかった。
――満月か。・・・ハルケギニアの二つの月は奇妙に思えたが、帰ってくるともう一度見たくなるのは何故なんだろうな?
才人は内心から来る可笑しさに笑ってしまった。
やがて、上空に爆音が響いた。誘導の陸攻がやってきたのである。その時に滑走路の両脇に待機した、整備士が次々にカンテラでドラム缶に火をつけて、道しるべを浮かび上がらせる。
そのドラム缶の火の間に零戦が3機ずつ離陸して行く。離陸した零戦は陸攻の間に入っていく。
やがて、零戦18機、誘導の陸攻7機による25機は闇夜の中を進んでいく。陸攻の排気管から出る青い炎を目標に、零戦が編隊を組んで進む。
暗闇の中で、排気管の青い炎と翼端灯の赤色が輝いてみえ、空は満月、
下は長江が反射していて幻想的な光景だった。
――なんとも綺麗な光景じゃないか。
才人は操りながら呟く。
1分が1時間でも2時間でも感じられるほどの長い盲目飛行であった。周りには月の明かりが見えるが何も見えない状態であった。その中で、陸攻隊の誘導を信じて進んでいく。
やがて、夜が明けた。東の空がぼんやりと明るくなる頃に才人たちは成都飛行場にたどり着く事が出来た。上空に敵機の気配がない。地上を見れば、多数の戦闘機が並んでいた。
――奇襲に成功したのだ。
指揮官がバンクを振り、急降下する。列機も付いてくる。
ぐんぐんと地面に近づくにつれ、地面の様子が分かってくるようになった。戦闘機に張り付いた整備士が必死にエンジンを掛けようとしたり、機銃弾をもった兵士が必死の形相で運んで行くのが見えた。
彼らも、黎明の奇襲に泡を食いながらも、反撃を行おうとしたのだろう。
だが、全ては手遅れだった。
指揮官が機銃を吠え、その後を列機が次々と目標を定め、狙い撃ちする。狙われた戦闘機は次々と炎上する。才人も1機狙い、炎上させた。
一通り通り過ぎるとすかさず、反転しもう一度、地上に銃撃を行う。その頃には準備が整ったのか、周りから対空機銃による火線がとんできた。
だが、零戦隊はその機銃に気もとめず、次々に戦闘機を炎上させる。
何機かは離陸に成功したようで、零戦に空戦を挑んでくる。才人もそれに応える。
その機は複葉機で速度は遅いのだが、身軽さを利用して、なかなか照準を定めてくれない。だが、才人は右に来ると予測し、右の方向に狙いをつけ、機銃を撃つ。すると、敵機が自分から入ってきた格好となり、弾が次々と命中し墜ちていった。
坂井もうまい事1機落としたようだ。
やがて、粗方つぶしたところで、帰還時間となった。指揮官が零戦をまとめ、上空待機した陸攻に集まっていく。
被撃墜された機体はなかった。何機かは被弾したようだが、飛行に影響はないようだ。
やがて、一つの編隊となりながらも、宣昌に帰っていく。
途中で、空模様がおかしくなり、大雨となり、大雨の中宣昌に着陸して行く。前の機体が、雨にとらわれて、1機がひっくり返り、1機が片脚を折った。才人は最後であったが、ぬかるみに取られながらも、着陸する事が出来た。
この日の戦果は、撃墜6機、地上炎上14機、地上撃破8機であった。再び、中国の制空権は日本が握ったのである。
中国の戦線は順調であるかの様に見えた。だが、その日本に太平洋を挟んだ国からの戦争の予兆が聞こえてきた。