零の飛空士   作:葛葉

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開戦

昭和16年12月

 

12月に入った。台南基地は文字通り嵐の前の静けさに包まれていた。戦闘機隊は全弾装備して燃料を満載し、即時出動の態勢をとって待機していた。

 

 

基地はまったく静まり返り、たまに飛び立っていく試飛行のエンジン音が印象に残るほどひっそりしていた。

 

 

搭乗員たちの様子は様々だった。顔を固く緊張させるもの、にやりと、わが意を得たりと笑うもの、顔色を変えない無表情のもの、戦友たちと話し合うものと様々だった。

 

ただ、一つ、共通している事は、いつでも戦争してもいいように荷物を整理し、遺書を書いたことであり、対米戦に覚悟していたことだ。

 

 

 

7日の夜、いよいよ明朝出撃という前夜、才人たち出撃戦闘機隊搭乗員45名は司令室に集合を命ぜられた。そして、全員が北の方の日本の空に向かって別れの敬礼をした。

 

司令斎藤大佐はいろいろと注意を伝えられた後に、

「いよいよ、明早朝、わが戦闘機隊は、マニラ周辺の敵空軍撃滅に向かって出撃することとなった。いままでの猛訓練で鍛え上げられた腕前で発揮してもらいたい。今夜ここに集まった45人の全員が、明晩、もう一度揃う事はまずないだろう。この内の何人かは永久に帰ってこないことになるかもしれない。みんな、よくよくお互いに顔を見合わせておくようにな・・・・・・。」

司令の言葉に、さすがの強者ぞろいの才人たちも、一瞬、しーんとなりを静めて、お互いの顔を見合わせた。

 

才人も部下の中田2飛曹・藤村3飛曹を見た後、戦友たちも見ていく。宮崎・坂井を見る。彼らも才人を見る。

 

佐々木を視界に入れかけた処で、

――いや、あいつはたぶん死なんから見なくて大丈夫だろう。

才人は薄情にも佐々木は見なかった。これは才人だけでなく、周りの隊員も同じ気持であったらしいと後に判明した。

 

 

これは素晴らしい信頼ぶりだ。

「何でじゃー!誰か俺の心配してくれ―!」

 

いや、これは皆が信頼しているからなんですよ。

 

 

 

その晩は、お赤飯が配られ、少量の酒で明日への出陣を祝った後に、才人たちは宿舎に戻って行った。

 

 

才人はベッドの上で思った。

――いよいよ、対米戦が始まる。この世界でも、避けれない事であったか。この内の何人は戦死し、何人が生きて終戦を迎える事が出来るだろうか。

 

才人は歴史の教科書から思い出した。真珠湾空襲で燃える戦艦、玉砕により戦死した兵、サイパンで崖に飛び降りた女性、特攻により突っ込む戦闘機、本土空襲により焦土した街、沖縄戦で白旗を掲げた子供、原爆により焼け野原と化した広島と様々な写真の様子が思い出される。

 

――こんな、悲劇行為を起こさせない。

才人はそう決意した。

 

 

才人の決意果たす事ができるかどうかは神のみぞである。

 

 

 

 

才人はパチッと眼が覚めた。周りはあわただしく準備をしているところだった。才人も真新しい下着に着替え、洗顔して、戦友たちと飛行場へと向かった。

 

朝は、静まり返っていた。風は無風に近く、深い星空が満天を覆っている。足もとも分からぬほどの暗さだが、通い慣れた飛行場の道を急ぐ。緊張しているせいか、いつもよりも遠く感じる。

 

機体の周りには整備士が忙しく駆け回っていた。整備士は前夜からの徹夜らしく、闇の中で、懐中電灯の灯がめまぐるしく交錯し、あちこちと呼びかわしている緊張した声が聞こえてくる。

 

 

指揮所に集まった搭乗員の顔は、誰もが緊張しているが、なんとなく晴ればれとしていて、輝いていて見えた。

 

 

簡単な戦闘食おにぎりを食べる才人。

 

 

 

やがて、出撃時間が近づいた。辺りはまだ、夜であったが、到着する頃は明け方である。

指揮所から発信命令が下された。

 

才人たちは顔を見合わせると、言葉無く愛機に向かって言った。才人は愛機にたどり着くと、零戦の周りを点検していく。ガンダルーヴの能力と合わせながら、点検していく。

 

 

やがて、異常がない事を確認すると、零戦に乗る。零戦に乗りながら、操縦棹、フットバーの操作をする。これも異常がない事を確認する。すでに、エンジンは掛っている。静かに発進の時を待つ。

 

 

発進の時が来た。重たい新鋭機の1式陸攻から離陸して行く。54機という数の陸攻は圧巻であった。無風状態で滑走路一杯に使わねば離陸できなかったが、幸いにも1機も事故を起こすことなく離陸する事が出来た。

 

 

次は戦闘機隊の番だ。1機ずつ離陸し、上空に上がると3機ずつ編隊を組んでいく。才人の番が来た、上空は先に離陸した陸攻が編隊を組んでフィリピンに向かい、すでに離陸した零戦が、編隊を組みながら旋回し待っていた。

 

才人はちらっと横を向いた。指揮所周辺に司令部と今回出撃出来なかった搭乗員が帽ふれを行っていた。才人は彼らに敬礼を行い、そのまま発進地点に着き、離陸して行く。

 

才人は制空隊の第4小隊長であった。才人は後ろを向いた。部下の中田2飛曹や藤村3飛曹も付いていっているようだ。

 

 

15分かけて、全機が離陸を終えて、一路、陸攻を追いかけて護衛に付く。才人制空隊は爆撃隊に先行して、爆撃10分前に目標クラーク・フィールド基地上空に達し、敵の邀撃戦闘機があれば、これを一掃するのが任務であった。

 

 

黎明時で辺りは闇に包まれていたが、やがて、陽が昇って行った。朝日の光を浴びて、輝く戦爆編体。まさに銀翼連ねてであった。

 

 

やがて、ルソン島上空に差し掛かった。才人は酸素マスクを付けて、敵戦闘機に備えて、各中隊、各小隊と順を追って整然と距離を開き、高度も6000メートルにとる。

 

 

才人は目を開いた。目前にクラーク・フィールドが見えてきたが、その上空に少なからずの数の戦闘機が舞っていた。数は目算で30機ほどだが、1機でも取り残すと陸攻に妨害をするかもしれない。全機落とさねばならないのだ。

 

幸いにもこちらに気付いた様子はまだ無い。先頭の指揮官がバンクを振ると同時に急降下して行く。列機も先頭に従う。

 

 

才人は、急降下しつつ1機を目標にする。だんだんと近づいてくると、敵の詳細が分かってきた。機首を大きくパックリ開いたような液冷機P-40であった。この機が、零戦とアメリカ機と初空戦相手であった。

 

敵は、零戦に気付いたであろう、機首をひるがえすもの、機首をこちらに向けるもの、急降下しようと腹を見せるものと様々であった。だが、初撃のイニシアブは完全に才人たち零戦が握っていた。

 

零戦たちの機銃が吠える。主翼が折れる機、機首に命中しエンジンが弾け飛ぶ機、パイロットに直撃した機と様々な機体が撃墜されていった。

 

才人も命中する事ができ、敵を炎上させた。中田2飛曹もうまいこと1機落とす事が出来たようだ。

 

 

この初撃で、9機が落とし、6機を損傷させる事が出来た。

 

 

才人たちは急降下から、機首を起こし、左旋回しながら、残存機に向かっていく。P-40も一部は遁走させながらもこちらに向かってくる。

 

才人は敵弾をかわすために大きく左に滑りさせる。敵がすれ違う。ちらっと後ろを見る。列機は無事だ。グッと操縦桿を後ろに引いて、旋回戦にもってくる。敵も旋回に乗る。

 

 

1回、2回周った。これが、数年前だったら、才人は音を上げたであろう。だが、あの初陣から、もう何回も空戦を経験し、これぐらいの旋回のGにも物ともしなかった。

 

 

才人は旋回中にフットバーを蹴って、操縦桿を引く、旋回の幅がさらに縮む。P-40は諦めたかのように直進し、離脱しようとする。

 

才人はすかさず、その隙を逃さず、直進に持ってきて、2秒間射撃し、上昇離脱する。下を見れば、先ほどのP-40が左主翼を折られ、炎上しながら墜ち行くところだった。

 

 

才人は部下の様子を見る。ちょうど、藤村機が敵を追い詰めているところだった。才人は周りを見る。幸いにも敵の姿はない。

 

視線を藤村3飛曹に戻すと、射点に着き射撃を開始したばかりだ。初陣によくありがちなオーバーシュートと射撃時間が長い事もあわせて、ようやく敵が炎に包まれ墜ちていった。

 

 

藤村3飛曹はコクピット内で笑顔で才人を見ていた。

 

いつの間にか敵機を全て落としたであろう。敵機の姿はなかった。才人は飛行場の様子を見た。飛行場には大きな4発機であるB-17や小型機がきしめいていた。

 

 

何があったかわからないが、ほとんどの機が地上にあった。何機かが離陸しようとするのが見えたので機銃掃射を行おうとしたが、ちょうど陸攻隊が到着した。

 

陸攻隊はクラーク・フィールド飛行場上空に来ると1機60kg爆弾12発ずつ落としていく。それが、第1派だけでも27機合計324発の爆弾がばら撒かれるのだ。

 

飛行場が次々と爆発し、並べられた機体が炎上したり、爆発していく。第2派も爆弾を投下し終えた後は、飛行場全体が燃えていた。数年前に漢口での様子がここに再現された。

 

 

才人は攻撃終了したと判断し、列機に帰還の合図を行おうとした時、殺気を感じた。

 

 

――っ!下から?避けろ!

才人は声を出して言いたかったが、この当時の無線電話は性能が低く、雑音だらけだった。このときに、無線電話が使えたらと願ったほどであった。

 

 

才人はフットバーを勢いよく蹴り、操縦桿も勢いよく倒し、後ろを見る。中田機は戸惑いながらも着いてきているが、初陣の藤村機はついてこれない。

 

――逃げろ―!藤村ー!

だが、彼は逃げる事はできなかった。下からの射弾をまともに受けた。風防内で藤村3飛曹がのけぞり、赤く染まるのが見えた。やがて、炎が上がり、地面に向かって錐もみになりやがて、途中で分解して行った。

 

 

藤村3飛曹を撃墜させた敵はP-40で、ここら辺の戦域では片付いたため、恐らく他の飛行場から出撃した機だろう。

 

才人が行動するよりも早く、中田機が前に出て、追いかけていく。我を忘れているような感じで、慌てて才人はサポートに回らなければいけなかった。

 

藤村3飛曹を撃墜したP-40は中田機を認め、格闘戦となった。やがて、気迫に勝る中田2飛曹が競り勝ち、見事にP-40を撃墜させることに成功し、復讐を遂げたのだ。

 

 

才人が中田機と並び、コクピットの様子を見ると中田2飛曹は男泣きをしていた。中田2飛曹と藤村3飛曹は同郷で弟の様に可愛がっていたのだ。それが、今回の初陣で無惨にも死んでしまったのだ。

 

 

才人は慰めたかったが、無線が通じないのだ。バンクを振って、帰還するぞと合図をするほかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

この日開戦1日目のクラーク・フィールドの空襲は成功を収めたと言ってもいいだろう。撃墜24機確実・6機不確実 撃破8機 地上炎上84機 

 

ほぼ、制空権を握った格好となったが、この戦果の陰には6機の尊い未帰還機があった。この中に藤村3飛曹も含まれていた。また、未帰還にならなくても、被弾したり、燃料が足りなくて途中で不時着した機が多かった。

 

 

 

 

 

エンジンが回る。下面には台南飛行場が見えていた。才人は注意を払いながら着陸する。列機の中田2飛曹も着陸する事が出来た。あれから、藤村3飛曹を撃墜した機に復讐戦を行ったせいで、燃料不足で不時着危機に遭いながらも、かろうじて台南基地に着陸する事が出来た。

 

 

才人は指揮所で報告を行い。搭乗員室に戻る。搭乗員室は坂井が先に帰還していた。

 

「おー!平賀、帰ってきたか。」

「ああ、お前も無事だったか。」

「まあな、ところで何があったんだ?暗い顔しているぞ。」

「ああ。」

 

 

坂井に質問されて、先ほどの部下が撃墜された様子を説明する。

 

「それは、気の毒だな。俺達は列機とも無事だったが素直に喜べんな。」

「ああ、これからも死んでいく戦友は増えていくだろうな。ところで、佐々木はどうしたんだ?」

 

 

佐々木の姿が見かけない事に才人は質問した。すると佐々木の行方を知っているかこう言った。

 

 

「ああ、佐々木は敵を追いかけ続けて、帰還する途中で燃料不足になって、たまたま近くを漁していた漁船に拾われた。」

「なんとまあ、あいつらしいというか。で、戦果はあるのか?」

「ああ、戦果はな・・・・。射点について射撃開始の所で機銃が故障して撃墜無しだ。」

 

 

才人はそれを聞いて、思わず、憐みの念を浮かばずにはいられなかった。

 

 

 

こうして、開戦1日目が過ぎた。

 

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