昭和17年3月
あれから数日が経った。才人は数回空戦を経験した。最近ではアメリカ軍がオランダ軍に供給した、アメリカ海軍初の全金属単葉戦闘機バッファローと空戦したが、才人はP-40の方が手ごたえあったと感じた。
台南航空隊はジャワ本島との完全攻略が目前に達したため、次の作戦準備のためにフィリピン・ボルネオ・ジャワの広大な地域に散らばっていた零戦隊をバリ島に集結させた。
隊員たちは久しぶりの顔もあったが、姿が見えなくなった隊員もあった。それが、一層戦争である事を実感させられる。
「おー!平賀久しぶりだな!」
大声を出して才人を呼んだのは佐々木であった。才人とは別の戦区で戦っていたのだ。
「くっくっく、今までの佐々木であると思うなよ。」
「はいはい、今までの佐々木とはどう違うんだ?」
才人はこれから続くセリフは分かっていたが、あえて聞く。
「そうだ、俺はエースだ!5機撃墜したぞ。はーはっはっ。」
そう宣言したとたん笑いだした。
一方、才人は居た堪れない気分であった。
才人は、人殺しは慣れていないが、戦友を落とさせないために敵を落とすのだ。それでも大小合わせて、28機撃墜させているのだ。これは日中戦争からのスコアである。けれど才人は撃墜スコアを誇りに思わない。
才人は何人かの戦友を救う事は出来なかった。その中には才人の部下も含まれている。もちろん戦争であるし、仕方ない面もある。全てを救えるのは傲慢である。それでも才人は後悔し続けるのだ。
「どうしたんだ?平賀?」
「あ・・・ああ、いや何でもないよ。紫苑にいい土産話が出来たな。」
「おうよ、たーっぷり話してやるからな。」
佐々木は少年の様に無邪気な声で答え、才人は苦笑した。
それから数日、才人たちは戦塵を払うためにバリ島で休養し寛いでいた。
その間に、なぜかB―17がバリ島に着陸してきた。唖然とする才人たちの前にエンジンを切った爆撃機からタラップが下された。才人たちが鹵獲機かなと注目したが降りてきた人は白人であった。
これには才人たちも予想できず、ポカーンとてしまった。それは相手も同じ事でポカーンとしてしまった。数秒が経った、我に返った才人たちが各々武器を取り出し相手に照準を向けた。相手側は事情が飲み込めたのか両手を上げて投降した。
何でも、日本軍のバリ島進出があまりにも速かったのでそれを知らずに、バリ島飛行場はまだ自軍が確保されているものだと思って、着陸してしまったという。
才人たちは相手の爆撃機を生け捕りできたことで笑い話が出来た事に喜んだ。
バリ島の休養にそろそろ飽きてきて、若い元気な搭乗員たちが退屈を感じ始めた頃に、内地帰還の噂が流れだした。そのせいか隊員たちがどことなく浮かれた顔をしていた。
佐々木も浮かれた連中の一人で、知らせを今か今かと待ち構えていた。
その様子を才人たちは苦笑する他なかった。
「佐々木・・・。妹に自慢話したいからと言ってもあれほど浮かれてはな。」
「ああ・・・。さすがにあれは親友の俺でも引くわ。」
「ところで、宮崎。佐々木のスコアは全て本当か?」
と才人は佐々木と共に戦区を回った宮崎に聞く。
「ああ、本当だ。台湾で1機、スマトラで2機、ジャワで2機撃墜した。俺も撃墜するとこ見た事あるぞ。」
「ホントかよ。あの外れの佐々木だぞ。」
「ホントだ・・・。事実は覆らない・・・。」
そこで会話が途切れて佐々木を見た。佐々木はまだ浮かれていた。
その様子を見た才人たちは一斉にため息を吐き
―――ベテランパイロットならもう少し貫録を見せろ
と同じ事を考えていた。
やがて、山下政雄少佐が新郷大尉の後任として、内地から到着し、才人たちの新飛行隊長になった事を告げた。
「新郷大尉は転属となった。いまから内地に帰還する者の名を呼ぶ。」
隊員たちはそれを聞いて歓声を上げた。山下少佐は少し落ちついた頃をみはらかって内地帰還組の名を呼び始めた。皆は黙って耳を傾けた。
何人か読み上げた後、才人の名前が呼ばれた。才人は「はい。」と返事した。佐々木も呼ばれた。残念ながら、坂井や宮崎は呼ばれなかった。
「坂井、一足先に内地に戻るぞ。」
「ああ・・・。十分娑婆の空気を吸って来い。」
坂井は内地帰還を楽しみにしていたのか、やや覇気が無い様子だった。
「すまん・・。お前も楽しみにしていたのに俺だけ戻る形になってしまって。」
「ああ、かまわないよ。俺達台南空はこれからラバウルに向かうが、俺が残るという事は台南空が俺を必要としている証しだから満足しているさ。それにお前も東京を守ってくれよ。」
そう、才人たち内地帰還組は東京防衛の名目で帰還することとなっていた。
「ああ、まかせとけ・・と言いたいところだが、東京まで来るやつはいないだろう。」
「そうだな。まあ、十分内地を楽しめ。」
才人との会話はこれで終わった。だが、ありえないと思っていた事は1ヶ月後に破られることとなった。そして、彼らは運命を目撃したのだ。