昭和17年3月
才人たちは零式輸送機に乗って台湾を経由し本土に戻った。才人たちの東京防空隊として第6航空艦隊で木更津に編成され、4月1日より開隊された。6空は台南空・3空出身者を基軸に飛練を卒業したばかりの若手で配置されていた。
さて、東京防空隊として開隊された6空であるが、保有機が零戦4機・96戦2機と僅か6機しかなかった。才人たちが6空としての初任務は機材集めであった。
しかし、零戦は各地各隊から引っ張り凧で、なかなか揃わない。それでも、1機ずつ1機ずつ領収する事が出来た。才人には三菱工場に出張した時、今までの零戦とは違う型が充てられた。
才人は気になったので工場主任に質問した。
「この零戦は何ですか?」
「ああ、この零戦は21型甲です。」
エンジンも変わっていない、機体も変わっていない。だが、武装は違っていた。
21型は機首・主翼合わせて15ミリ機銃が搭載されていたが、主翼は20ミリ機銃へと換装されていた。20ミリ機銃は97式であるが、零戦開発時の97式1号機銃と違い97式2号機銃であった。
2号機銃は1号機銃に見られた低初速・弾数・弾道性の不具合を解消するために開発された機銃であった。機銃の銃身を長身化させ、低初速・弾道性を改善させ、弾数はベルト給弾化で弾数アップさせた。
零戦21型甲は20ミリの反動に耐えるために主翼に補強されており、若干の速度低下されたものの問題ないとされた。
97式2号機銃は未だ試作品であるので、実戦テストを防空隊である才人の6空に依頼したのである。
「まあ・・・。東京防衛ですからたぶん実戦は無いと思いますが。」
「とはいっても、現在の工場ではこの機しかないので受け取って下さいよ。」
しぶしぶ、才人はその機を受領し木更津に帰還した。
翌日、才人は21型甲で基地上空にて各種試験を行い、射撃試験も行った。20ミリ機銃は改良されたとはいえ15ミリ機銃よりも若干初速が遅い物の問題は無かった。
才人は21型甲についておおむね問題無しと報告した。
数日後、才人は列機と共に洋上編成飛行訓練と哨戒飛行を兼ねて朝から太平洋上にあった。才人小隊は中田2飛曹が抜け代わりに北条3飛曹が入り、3番機に飛練を卒業したばかりの柴田1飛(飛行兵)が入った。
才人は正午近くになり、そろそろ基地に帰還しようかと思案していた時、馴染みとなった殺気を感じた。
――っ!敵が日本の近くまで来ているということか?
才人は辺りの周りと上空を見回した。だが、敵機の姿は見えない。ふと、下を見れば、高度100m付近で飛行する双発機の姿があった。その数は13機であった。
味方の陸攻かと一瞬考えたが、その機は味方の陸攻と違い、スリムな葉巻姿ではなく、腹が大きく膨れていた。そして何よりも星条旗のマークが見えた。
――敵機!
才人は備えられた無線で敵機発見を知らせるヒ連を打ち、そして位置を知らせた。一連の作業を終わらせた才人は列機にバンクを振ると同時に敵機に向かった。
――もうすぐ日本だ!パールハーバの復讐もできるし、我がアメリカの低下した士気を高揚させる事ができる。
爆撃機に乗っていた機長はそう思っていた。
2月から始められた厳しい訓練とここまで運んでくれた海軍は全て此処にあった。
発艦するのはもっと後であったが、母艦が日本の哨戒艇に発見されたのだ。それを繰り上げて発艦したが、ここまで敵機に発見された様子もなく、後30分で日本に着く事が出来た。機長は奇襲成功を確信した。
――日本に空襲すれば俺も英雄にな「敵機です!真後ろ」くそ!そう簡単にはいかないということか
機長は改めて怒鳴り返した。
「敵機は何機だ!」
「3機です!」
俺は咄嗟に大丈夫だと考えた。現在のB-25は空母を発艦したり、長距離飛行するために軽量化されているのだ。軽量化の関係で防御火器は機体上面の12,7ミリ連装砲塔1基と機首の7,7ミリ1丁しかなかった。
だからこそ、大勢に襲われたら任務が達成できないが、3機なら振り切れると判断した。
「安心しろ!密集隊形で弾幕を張れ!」
俺はそう怒鳴り、列機に先ほどの命令が行き渡り、やがて機体内は機銃の喧騒に満ちた。
俺は、機首の側面の窓から外を見た。敵機は報告通り3機であった。1機は実戦経験がよほど無いのか大した事のない機銃の火線で泡ふためいているが、残りの2機は姿勢を崩す様子もない。
俺は舌打ちしたい気分だった。残り2機はよほどのベテランだ。その2機は1機の爆撃機の陰に隠れた。
「10番機墜ちまーす!」
聞きたくない報告が後部銃座から聞こえた。軽量化されたとはいえこうも鮮やかに撃墜されるとは予想外だった。
「とにかく踏ん張れ!日本はもうすぐだ!」
だが、待てど敵機撃墜の朗報が無く、ただ、自軍の損害ばかりが聞こえていた。1機ずつ櫛の歯が欠けるように落とされていった。
特に1機の敵は他の2機と比べて敵ながらも鮮やかな飛行し、すでに5機も落とされていた。すでに編隊は自機を入れて4機に減っていた。やがて日本本土が見えてきた。
だが、機首席から絶望的な報告が上がった。
「前方に敵機!敵機の数・・・複数!」
機首の見張員の報告通りに日本本土の前には10機以上の敵機が見えた。
――任務失敗だな。
俺は、静かにそう考えていた。全てがうまくいくと思ったのに一つの不確定要素が入り込んだがゆえに全滅しようとしていた。
――ここが俺の墓標か。出撃前はそんなことかんが「敵機、直上!」
俺は報告につられて、直上を見た。直上に俺たちの爆撃機を5機撃墜した奴がいた。
俺はいろんな意味を込めて呟いた。
「悪魔め。」
その直後、激しい衝撃を感じて、俺ことジェームズ・H・ドーリットルの意識は永遠の闇に落ちた。
――敵機撃墜!
才人は自分の射撃で燃える爆撃機の脇を通り抜けながらそう思った。
敵機は何かの改造をしていたのか、アメリカ機らしくないほど燃えやすかった。お陰で才人は15ミリよりも弾数が少ない20ミリでも僅かの射撃で落とす事が出来た。
才人は6機・北条3飛曹は3機落とし、初陣の柴田は1機落とす事が出来た。全機弾切れになったが、ちょうど基地から応援がやってきて、残った3機も間もなく落とされた。
才人は首都である東京爆撃を阻止する事が出来た。だが、敵の目的である本土空襲を阻止する事はできなかった。最初から関西方面に向かった3機の別働隊は名古屋・神戸・四日市とそれぞれ別に現れ、爆弾が投下された。焼夷弾は民家に被害を出し、死傷者20名余りを出し、迎撃を受けずに大陸に遁走された。
敵機の内の1機はウラジオストックに着陸し、2機は中国大陸に辿り着いたものの1機は日本勢力圏内に墜ち、中国軍の基地に辿り着いたものは僅かに1機しかなかった。
大本営は関西方面の空襲を阻止することができなかった責任を避けるために、首都空襲を阻止した才人小隊を英雄として祭り上げ、特に単独で6機撃墜した平賀才人1飛曹の名前を大々的に取り上げられた。
だが、この時の空襲が後の日本の運命を決定づけたと説が名乗り上がるほど、今回の空襲の衝撃は大きく、才人でも歴史の流れを抗うことはできなかった。