辺りは暗くなっており、夕闇が迫ってきた事を実感できる。空は大きな月が見えて、海は綺麗に凪いでいて静かだった。
その海上に赤々と照らされる存在があった。
それは、炎上する空母だった。
昭和17年6月5日
ハワイ攻略作戦の前哨として始められたミッドウェー作戦。日本海軍の作戦はのっけから躓いた。ミッドウェー島の無力化に失敗し、雷装から爆装に転換中に敵艦隊発見電が入り、再び爆装から雷装に戻すという二度手間を犯した。
そんな中で、空母の攻撃隊が来襲し、最初にやってきた雷撃機の攻撃に対しては、直掩隊の零戦の働きや各艦長の操艦もあってかわされた。
だが、この時が転換となった。
誰もが、雷撃機に注目して、いつの間にか視点が下に下にとなってしまい。上空ががら空きとなってしまったのだ。才人小隊と蒼龍以外は上空からの死神に気付かなかったのだ。
その上空から、死神、アメリカ海軍の急降下爆撃機SBDが急降下してきたのだ。まさに奇襲であった。各艦は雷撃機に注目し、低空に眼をやっていたのだ。機銃や高角砲は水平に並べていた。
だから、気付いた時はもう遅かった。
蒼龍はいち早く危機を察し、操艦で何とかかわす事が出来たが、赤城・加賀はSBDに気付く事が出来ず。直撃弾を喰らってしまった。
赤城・加賀は後部に直撃した爆弾により、格納庫におかれた魚雷・爆弾が誘爆し、後部が何かも吹っ飛んでしまった格好であった。各艦は混乱しながらも、燃え盛る炎を消そうと消火ポンプを運ぶが、水が出なかった。
爆発の衝撃で故障してしまったのだ。結局、各艦はバケツに海水を汲んで投げかけるほかなかった。
赤城にいた南雲中将は混乱しながらも、燃える赤城から脱出し、今は軽巡洋艦長良に旗艦を据えた。
だが航空戦の指揮は山口少将が掌握しており、結局、彼が出来る事は空母の救助と空母の援護を命令するほかなかった。
才人は茫然とした。
目の前で、赤城と加賀の上部に地獄絵図が映されていた。この世とも思えない業火が艦上に発生し、轟々と炎が渦巻いていた。
時折、航空機の残骸か人体か炎から黒っぽい物が巻き上げられていた。
才人が茫然としている間に、残された蒼龍は第2航空戦隊司令部飛龍から命令を受け取ったのか、エレベーターから零戦と99式艦爆が上げられ、発艦して行った。
その数は零戦7機、99式艦爆18機であった。離れた所で飛龍から発艦した飛龍隊と合流し、零戦13機、99式艦爆36機となって、一路、敵機動部隊に向かった。
才人は彼らに頑張れよと応援するほかなかった。
才人は蒼龍に着艦体制に入っていた。
あれから、飛龍・蒼龍のたった2隻となった空母に上空直掩した零戦が殺到してきた。
雷撃機を追いかけまわしたり、爆撃した後の爆撃機を復讐させたり、艦上戦闘機と空戦したりなどでそれぞれが、弾薬と燃料が無かった。
才人小隊が始めに着艦し前部に持ってきて、エレベーターで下したかと思うと次々と着艦し、格納庫に収容できるものは収容し、修理不能・がいると判断された機は海に投棄された。
それでも収容しきれない機が出て、駆逐艦のそばに不時着した機も多かった。
才人は搭乗員室で、一時の休息を味わっていた。朝から空戦の連続で、さしもの才人でも疲れていたのである。
才人が横になって寝ていると、人が来る気配を感じた。
才人が薄目になって確認すると、目に入ったのは東特務少尉であった。
才人は驚き慌てながらも、立ちあがって敬礼をしようとすると、
「ああ、お前も空戦で疲れているだろうからそのままでな。」
と言われて、また、座り込んだ。東特務少尉も座りながら才人に言う。
「平賀、今の状況は分かっていると思うが、俺達はこれから第3次攻撃隊として出撃する。」
「はい。」
そう、今朝ミッドウェー攻撃に行った97式艦攻が第3次攻撃隊として、今、雷装に準備をしていた。
才人はそれを理解していたが、次の瞬間、告がれた言葉には絶句した。
「そこで、第3次攻撃隊の零戦の一員にお前も入る。」
無茶なと才人は思った。第6空は上空直掩として編成されているし、何よりも航法が違うのだ。
基地航空隊の帰還する場所は、動かぬ基地であるから、目印に沿って帰るだけで済む。
だが、空母艦隊はそうもいかない。
何の目印もない海の上でもあるし、空母も動いているのだ。搭乗員は動いている空母の未来位置を予想して帰還しなければならない。
単座機は空戦をしながら帰還するルートを覚えるのは困難だと言ってもよい。帰還するなら、複座機や3座機がのる偵察員の航法に従うのが確実である。
だからこそ、一時的にせよ複座戦闘機というゲテモノが誕生したのである。
「ど・・・どうして俺なんですか?」
「数が足りない。護衛の零戦の数が足りないんだよ。先ほどの迎撃戦で少なからずの零戦が損傷してしまったし、これから出撃するのは敵機動部隊だ。戦力は1機でも多いほどいい。お前もいくぞ。」
「し・・・しかし・・・。航法とかはどうするのですか?」
才人はなおも言うが、
「航法は俺達が案内する。帰りもな。だからな平賀。」
と東特務少尉はここで言葉を切ると才人を見てにやりと
「俺達をしっかり守ってくれよ。でないと迷子の子猫ちゃんになるぞ。」
「ぶっ・・・わーははははっ!」
才人はツボにはまったのか、大声を出して笑い声を上げた。
その時、艦内スピーカーが入った。
『第2次攻撃隊ヨリ、打電。我、敵空母1隻ヲ攻撃セリ。現在、敵空母大破炎上ナリ』
その瞬間、艦内は大歓声が上げられた。万歳する乗組員もいた。
才人も喜びの表情が上げられたが、次の瞬間には東特務少尉に向けられた。東特務少尉も才人を見る。
「俺達を守ってくれよ。撃墜王。」
「はい。教官。」
二人は互いに敬礼を交わし合った。
蒼龍は第3次攻撃隊の準備が始められた。攻撃隊の内訳は、零戦8機・97式艦攻12機であった。
艦攻隊の隊長は第1次攻撃隊と同じ指揮管であるが、ミッドウェー攻撃で負傷したり、戦死したりなどで士官組が足らず、東特務少尉が第2中隊長となった。
才人たちは赤城所属の大尉の訓令を聞いていた。
「いいか、何があっても攻撃隊から離れるな!敵の直掩から艦攻を守る役目に徹しろ!1機でも多く敵空母に攻撃さすのだ!」
才人はその言葉に頷くと敬礼を交わした。
柳本大佐も飛行甲板に降り立ち、今から出撃する攻撃隊に一人ずつ握手を交わしながら激励する。
やがて、発艦の刻がきた。
先ほどの大尉が一番に発艦し、つづけさま零戦が発艦していく。才人も発艦する。今日3度目の発艦である。
97式艦攻も発艦していく。1機も事故機を出さずに全機が発艦する事が出来た。傍に並行で航行していた飛龍も攻撃隊を発艦する。
飛龍は零戦6機・97式艦攻10機であった。蒼龍・飛龍を合わせて、零戦14機、97式艦攻22機、計36機であった。正規空母の3分の1でしかなかった。
それでも彼らは逝く。ただ、ひたすら敵のところへ。
進撃途中で前方に黒煙が上がるのが見えた。もっと近づいてみると、炎上する敵空母だった。前から後ろ一面が炎に包まれていて、前部と中部に大きな破孔が見えた。傾いているものの、まだ、沈む気配が見えない。
だが、彼らの目標は違う。敵空母の止めをさすのではなく、無傷の空母の撃破である。彼らは、無視し、進んでいく。
すると、前方の海面上に幾つかの航跡が見えて、その後を見れば、敵艦隊があり、中央に空母が見えた。俺達の目標である。
指揮官がト連送を打ち、バンクを振ってその目標に向かって突撃した。
第2中隊長として任せられた、東特務少尉は列機の6機を伴って、低空へと這っていた。
敵艦隊は戦艦が無く、艦艇の数も少なかったものの隙間が無いほどにびっしりと詰めていた。
どうしたものかと思案していると、機銃員から悲鳴が上がった。
「7時方向にF4F!来ます!」
「何!」
首を動かせば1機のF4Fがあった。ミッドウェー攻撃の時にも見えた機であるが、今は獰猛な機体に見える。
「隊形を密集に旋回機銃で応戦しろ!」
その時、旋回機銃が応戦する音が聞こえたが、撃墜報告の代わりに、
「3番機、4番機被弾!」
機銃員から悲痛な叫びが聞こえた。
「くそっ!」
俺は罵声をもらした。1機でも貴重な艦攻が、一瞬で2機も失われた。
なおもF4Fは俺を撃墜しようと躍起になっている。
周りに火線が飛んでいるからだ。
それを微妙な横滑りでかわす。
もう一度攻撃しようとしたF4Fであるが、横から零戦が来て、F4Fをたたき落とす。
F4Fを落とした零戦が東機に並んだ。搭乗員の顔が分かった。平賀だ。俺は驚きながらも感謝の礼をした。平賀はバンクを振り、離脱して行った。
その様子を見た俺は呟いた。
「さすが、撃墜王。」
新聞の噂は伊達ではなかったということだ。
やがて、敵の輸形陣に近づいた。駆逐艦・巡洋艦が発砲するのが見えた。今まで経験したこともないくらいの熾烈な対空砲火であった。
俺は慌てず、対空砲火の密度が薄いところを探す。
「あそこだ!」
俺は小さく叫ぶと駆逐艦の間を抜ける。機銃員が慌てて機銃を旋回するのが見えた。
輸形陣の内側に突破するとより一層対空砲火が増す。特に1隻の巡洋艦は前部・後部の主砲からまるで速射砲のように、次々と弾丸を発砲するのが見え、俺の左を飛んでいた、2番機がいきなり吹き飛ぶのが見えた。2番機はバラバラに砕け散り、人体のようなものも見えた。
だが、俺は気にする暇はなかった。
敵空母が目の前に迫ってきたからだ。
俺は対空砲火に当たらないように注意しながら、慎重に位置を探る。やがて、好位置を見つける事が出来たので、そこに向かって進む。
敵空母に近づくほど、対空砲火が熾烈になる。敵空母の舷側が赤くともし、海面は機銃と高角砲の水柱が立ち、上空は高角砲の黒煙と機銃の曳光弾が彩る。揺さぶる機の中で距離を詰める。
敵が転舵しようともがくが、その前に俺達3機の艦攻達は位置に辿り着くことができた。
俺は、徐々に大きくなる艦体を睨みながら、慎重に射点を定める。
「ようそろ、ようそろー。ヨ―イ・・・テーッ!」
俺は叫び声と共に足下にあるレバーを上げる。
レバーを上げた瞬間、魚雷が投下され、機体が軽くなるのを感じた。800kgものの重量が離れたのだ。俺は急いで離脱しようとした。
衝撃を感じたのはその時だ。機体が大きく振動し、絶鳴がコクピットに響く。
「ぐおっ・・・。だいじょ・・うぶ・・か?」
俺は聞くが返事の声は無い。ただ、うめき声だけが聞こえる。
俺は激痛が走る体を押さえながらも、左を見た。そこには、主翼が燃えていた。俺は帰れない事を悟ると、浮きあげかけた機首を敵の艦体に向ける。
大きく膨れ上がる艦体を見つつも、俺は平賀の事を考えた。平賀は俺が今まで受け持った生徒の中で一番、異色だった。
他人よりもうまくできていながら、他人よりも知らなかった事が多かった。
それでも、俺が教えた生徒の中で一番になるだろうと予感めいた直感があった。
その予感は当たった。首都防衛や空母上空直掩などで平賀は大活躍をしていた。先のF4Fもそうだ。
あれほど、うまく飛べて、あれほど綺麗に落とせる奴は平賀以外知らない。
敵空母が間近に迫ってきた。機銃員の顔が見えるほどだ。俺はにやりと笑うと、
――平賀・・・・。お前は・・・・俺の・・・自慢の・・・・せ・・・い・・・と・・・だ。
次の瞬間、東特務少尉が乗った97式艦攻は炎を上げながらも、舷側に体当たりした。その時、魚雷が命中した。
才人がそれを見たのは偶然だった。敵空母の左舷から3本・右舷から2本の水柱が上がるのを目撃したのは。
水柱は、まず左舷から中部に2本立ち、遅れて右舷から前部・中部に1本ずつ立ち、最後に左舷後部に一本の水柱が立った。
才人は艦攻を狙おうとするF4Fを2機落とし、上空で1機落としたところであった。周りに敵機が無いかを確認した時に先ほどのシーンとなったのだ。
敵空母は黒煙を上げながら、左舷に傾いていた。
才人がそれを確認すると集合地点へと急ぐ。集合地点では数機の艦攻があったが、どの機もボロボロであった。才人は追いすがるF4Fを牽制しながら、帰還する。
才人は彼らと並んだ時、東機が見えない事に気付いた。才人は嫌な予感がしたが、頭を振りはらって否定した。
やがて、蒼龍が見えてきた。飛龍も無事であることが確認でき、負傷機から着艦してく。才人が着艦した後、東特務少尉と列機になった、艦攻隊に聞きに行く。
「おい。東特務少尉はどうした?」
平賀が尋ねるが、搭乗員はうなずくばかり。やがて、言葉が紡ぎだされた。
「東特務少尉は・・・・。少尉は・・・・。戦死です・・・。」
「何。」
俺は体から何かが抜けるのを感じた。
「東特務少尉は・・・雷撃した後、被弾し・・・炎上しながら敵空母に体当たりしました。」
搭乗員はもう泣きたそうな顔で言っていた。
「ああ・・・・。ありがとう・・・。」
才人はお礼を言うとその場を離れた。才人の恩師が戦死したのが認めたくないのだ。
だが、事実は覆らない。戦死した人は2度と戻らない・・・・。
第2次攻撃隊、戦果 空母1隻大破炎上 損害 撃墜零戦5機・99式艦爆12機
第3次攻撃隊、戦果 空母1隻大破炎上駆逐艦1隻中破 損害 撃墜零戦4機・97式艦攻13機